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リアルな人間との向き合い方 野ブタ原作

野ブタ。の放映が終了して一週間、2つの事に驚かされた。

    

まず、ドラマ終了後まで避けてた原作をじっくり読んで、そのインパクトの強さ

に驚いた。誇張じゃなくホントに、読み終えた直後に寒気がした。面白さと明る

さにおいてはドラマの方が上だけど、完成度とリアリティにおいては、明らかに

原作の方が上。ドラマ記事の中ではっきり指摘しておいた、正体不明の悪意

やラストの不自然さは、もちろん原作にはない。また、コメント欄に書いておい

た根本的な疑惑が見事に的中してた点にも大きくうなずいた。つまり、修二は

「自分では、上手く人気者としてセルフ・プロデュースしてるつもりのよう」だけど

「むしろ、根暗なイケメンが無理して人気者になりきってるので、周りが温かく

受け止めてる」んじゃないか、「だから、除け者への突然の転落も自然」なこと

じゃないか、っていう疑惑が、原作の設定とほぼ一致してた。

     

この場合、物語は必然的に、救いようもなく暗い内容にならざるを得ない。けれ

ども、土曜のゴールデンタイムのジャニーズ系ドラマなら、視聴率を考えても、

細部はともかく全体として明るい話にした方が得策だ。そうゆう外側の事情が、

ドラマのラスト、主人公の突然の引越&転校に親友が付いて行って今まで通り

仲良くするっていう話に代表されるような、諸々の不自然さにつながったんだろう。

       

さて、放映終了一週間でもう一つ驚いたのは、俗っぽい話だけど、アクセス数が

ほとんど減らないこと。特に、このXmas期間のアクセスの入り方から考えると、

かなり多くの方が、予告済のまとめ記事を読みに来て下さってるようだ。書く側

としてはすごく嬉しいけど、その一方で、今さら下手なこと書けないなって感じは

強い。最終回の記事に「一週間以内に」と書いたのは、それを過ぎるともう人が

来なくなるかもと思ってのことだけど、予想以上に野ブタ人気は根強かった。

と言う訳で、こうゆう事にした。もともと、最終回の記事の時間切れ部分を補って、

チョコッと原作も考慮する程度の考えだったんだけど、もっと気合を入れて書く

ことにする。原作もきっちり扱い、ドラマや記事も全部見直してまとめたい。とり

あえず今夜は、原作について書いておく。残りは、年内に書き上げる予定。

            

原作『野ブタ。をプロデュース』(白岩玄著,河出書房新社,2004)のあらすじ

は次の通り。勉強、恋愛、友人関係、おしゃれ、日常生活、全てを上手くこなす

高校2年生「桐谷修二」を演じる修二。ある日、クラスに転校生・小谷信太が

やって来る。名前の読み方は、ノブタかと思ったらシンタ。デブでキモイ、イジメ

られっ子で、最初は修二もみんなと一緒に軽くイジメてた。けれども、ある日、

トイレでワルにやられて鼻血を出してる信太を助けてやると、信太は修二に

弟子入りを志願。そこで修二は、彼の外見そのままに「信太」を読みかえて

「野ブタ」と名付け、人気者へとプロデュースすることに。作戦は見事に成功、

野ブタは人気者になる。

           

ところが、プロデューサーの修二の方は、友達がワルにやられてるのを見捨

てたと勘違いされ、それをキッカケにして、これまでの人間関係が表面的な偽

物だったと見抜かれてしまう。突然、クラスで除け者になってしまった修二に、

ガールフレンドのマリ子は温かく手を差し伸べるが、修二は自らそれを拒絶、

迷惑だと暴言を吐いて、マリ子を泣かせる。4日休んだマリ子がようやく学校

に現れた時、修二は、ちゃんと謝った上で好きだと告白しようと決意。ところが、

泣いてるマリ子を野ブタが慰めてる光景を目撃して、修二はその場を去り、再

び自分のカラに閉じこもる。マリ子への暴言に対する不満を野ブタが言いに来

たとき、修二はプロデュース終了を宣言して、野ブタともケンカ別れ。完全な孤

独に陥った修二は、人気者「桐谷修二」を演じる新たな場を求めて、転校する。。

                             

この小説の本質は、プロデュースではない。野ブタのプロデュースにせよ、

「桐谷修二」のセルフ・プロデュースにせよ、二次的な問題だ。重要なのは、

なぜ他人や自分を「プロデュース」しなくちゃいけないかって事。それは結局、

彼がリアルな人間との向き合い方に失敗し続けてるから。「桐谷修二」の

セルフ・プロデュースは、リアルな他人から適度な距離を保ち、リアルな自分

からもしばらく目をそらすことができるから。一方、野ブタのプロデュースは、

「桐谷修二」のプロデュースに成功していると自ら確信(or 錯覚)するためと、

他人をコントロールできる有能な自分に自己満足し、自己愛を注ぐためだ。

       

具体的に見てみよう。彼が避けようとしていたリアルなものとは何か。身体的

なもので言うと、体温、臭い、唾、汗、脂、鼻水、血、傷、など。これらは人間

にとって全く基本的なものだから、いくら避けようとしても距離感ゼロで関わら

ざるを得ないし、否応無く影響されてしまうものだ。次に、精神的なもので言う

と、彼が避けてたのは耐え難い孤独感や他人の生々しい感情。これまた、い

くら避けても繰り返し直接的に襲ってくるものだから、常に適度な距離を保って

表面的な人間関係で気晴らしし続ける必要が生じてくる。

    

さらに、身体と心の両方に関わるもので修二が避けてたものは、性あるいは

「女」(生身の女性)。これは高校2年の男子にとって最もリアルなものだろうが、

修二は必死に遠ざけようとしている。「どうせ孤独は埋まらないんだ。愛してるっ

て抱きしめたって、抱きしめられたって何一つわかりやしない。いつだって疲れ

て、虚しさに苛まれるだけだ」(p.71)。実は童貞の修二に、なぜそんな事が分

かるのかは問わないとしても、性とか女から逃げ切れるはずはない事だけは明

らかだ。

          

人間にとってリアルなものは、いくら避けようとしても、必ず自分へと帰ってくる。

こうしたリアルなものを避けようとしてた修二が、転校生・信太をプロデュースし、

それに成功したのに「桐谷修二」のプロデュースに失敗、転校するハメになった

過程を追ってみよう。最初に修二が信太を助けた時、修二自身は風邪の鼻水

と熱に苦しみ、信太は鼻血を出していた。言葉のイジメなら自分も加担してた

けど、目の前で血を流して苦しんでるクラスメートを見れば、やっぱり何とか

してやりたくなる。でも、助けた信太に弟子入りされるのは迷惑だ。ところが、

その直後に保健室で寝てる時、家にいるっていうウソをマリ子について、すぐ

バレてしまう。「・・・・・・どうして嘘つくの?」。この時、セルフ・プロデュースへ

の不安が一気に広がる。実は、自分の演技はバレバレで、見透かされてる

んじゃないか。そこで修二は、自分が有能なプロデューサーであることを証

明するのに役立つ「楽しい遊び」として、野ブタをプロデュースし始める。

           

野ブタのプロデュースは見事に成功したのに、「桐谷修二」のセルフ・プロ

デュースはたった一つの偶然から崩壊する。友達がワルにボコられてる所

にたまたま居合わせたのに、友達とは気付かなかったから。ここで象徴的な

のは、修二と友達の距離。修二は明るいコンビニの中、友達はコンビニの外

の暗い駐車場。修二がこだわってた「適度な」距離感のために、「自分は相手

を友達と思わない(分からない)」けど、「相手は自分を友達と思う(分かる)」って

いうアクシデントが生じたのだ。そのため、修二は裏切り者になってしまい、そこ

からさらに、口先だけ適当な事を言って表面的に友達のフリをする人間だって

ことがバレてしまった。

      

アッと言う間に、人気者から除け者へと転落。直接のキッカケは偶然だけど、

いずれ似たような偶然と出会うことは必然だった。と言うのも、修二が思ってた

ほど、人気者「桐谷修二」のプロデュースは成功していなかったからだ。

     

 「騙されていたのは俺なのか。仲良いフリしてたはずなのに実際はフリされ

  てたのか。固めていたはずの自分の周りがぐにゃぐにゃと流動体に変わり、

  ゆらゆらと揺れ始める。その波に身を揺らされ、足を奪われ、俺にはしが

  みつくものが見当たらなかった・・・・・・誰も、俺のことなど信じていなかった

  のだ」(p.168)。

         

最後の言葉は、小説の中で一行だけ前後と切り離されている。つまり、原作

の中心にあるのは、救いようの無い絶望的な孤独感。それに対して、ドラマ

の中心に据えられたのは、揺らぐことの無い友情と信頼。その意味で、原作と

ドラマは完全に逆方向を向いてることになる。必然的に、転落の後の経過も

全く異なるものになる。原作ではどうなったのか。

           

実は、原作にはあと2ヶ所、一行だけ切り離されて強調された文がある。その

うちの一つは、性あるいは女に関するものだ。

 「下が膨らむことと好きだという気持ちは同じなのか?」(p.132)。

いくらマリ子と距離を保とうとしても、たまたま雨に「濡れて張り付いた灰色

のスカートが白い太ももをくっきりといやらしく浮かび上がらせていて」(同上)、

修二の下半身は反応してしまい、それは気持ちにも変化を及ぼす。その少し

後、クラスで除け者にされて自分のカラに閉じこもった修二の心をノックした

のも、「ルーズソックスに包まれたマリ子の白い足」(p.173)だった。テスト中

に無駄だと思いつつもマリ子に合図してみると、マリ子の足が左右に振れて

応答が返ってきた。これだけで涙を流し、救われた気がした修二。テスト後

に2人で帰った時が、立ち直りのチャンスだった。ところが、マリ子さえ、自分

を信じきってはいないことが分かり、おまけに同情のような言葉をかけられて

しまって、修二の溶けかけた心は一転。マリ子に暴言を浴びせてしまう。

    

 「私は・・・・・・そんなことで修二のこと嫌いになったりしないから・・・・・」

 ・・・・・・(中略)・・・・・・

 「迷惑なんだよ。俺の女みたいな顔しやがって。・・・・・・わかったような口

  きいてんじゃねぇ!」(p.176)

          

そして、この暴言を反省して、マリ子に謝り、好きだと告白しようとした時が

最後のかすかなチャンスだった。ところが、マリ子が野ブタに肩を抱かれて

泣いてるのを見た瞬間に、チャンスは終わった。文字通り、それまで「修二

がいた場所」(2人きりで弁当食べてた教室=マリ子のそば=上の立場)を

野ブタが奪ってしまった。これまた、単なる不運のように見えても、ある意味

必然だ。なぜなら、修二自身が分かってるように、「人間、中身を嫌われる

とどうしようもない」(p.105)から。中身を嫌われた修二と、外見は悪くても

中身はいい野ブタの、女をめぐる闘い。勝敗はおのずと明らかだろう。

     

皮肉にも、修二に最後に残った人間関係が、いまや人気もマリ子も手に入れ

た野ブタだ。ここで、原作にあと一つだけある、一行だけ切り離されて強調さ

れた文を引用してみよう。

 「あのブタ・・・・・・なぜ俺を助けない!」(p.65)。

これは、熱と鼻水に苦しみながらも、鼻血を出してる信太を助けた修二が内心

思ったことだけど、同時に、修二が転校するハメになるのを防ぐ可能性があった

唯一の人間、野ブタが、最後に修二を助けないことをも暗示している。けれども、

助けないのは、野ブタが悪いんじゃない。修二が、助けを求めれば良かった

だけのこと。野ブタは、泣きそうな目で助けを求めていたし、頭を下げて弟子

入りを志願した。危機に陥った時に、自分をさらけ出して、プライドを捨てて自分

を救おうと努力した。それが出来ない修二に、もはや救いはない。

     

ラストシーン、転校後の修二の言葉は、ほとんど絶望的に悲しい。

 「もう一度やり直しだ。

  敏腕プロデューサー『桐谷修二』なら、必ず俺を無敵のタレントにしてくれる。

  暑過ぎず、寒すぎない、丁度良いぬくいところ。

  そんな場所に今度こそ俺を連れていってくれ。

  ・・・・・・(中略)・・・・・・

  俺は人の好さそうな顔をつくると光の溢れる教室に入っていった」(p.186)

            

光溢れる、暗黒のラスト。読者に出来るのはただ、リアルな人間とそれなりに

上手く向き合える日が来るまで、彼が生き残れるように願うことばかりだろう。

たった一人、本気で愛せる女性を見つけるだけで、あるいは心から信頼できる

友達ができるだけで、光が差してくるはずだけど、それが間に合うだろうか。。。

             

以上、不十分ながらも野ブタの原作について考察してみた。それではいよいよ、

原作をふまえた上でのドラマの考察に向かうことにしよう。

              

P.S. 「野ブタ。をプロデュース」、面白い♪(第1話の記事)

     「野ブタ。をプロデュース」第2話

     一瞬のきらめき、出会いの美しさ~野ブタ第3話

     本当の自分を見つめて生きること~野ブタ第4話

     人は人間関係に何を求めるのか~野ブタ第5話

     大切なもの、欲しいもの~野ブタ第6話

     人を好きになることの難しさ~野ブタ第7話

     信じること、本当の事~野ブタ第8話

     取り返しのつかない場所からの帰還~野ブタ第9話

     誰かのために、自分のために~野ブタ最終回

     生きる場所を求めて~野ブタ再考

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

      野ブタ最終回(突っ込みヴァージョン)

     水田芙美子さん(野ブタ・バンドー役)の疑問への応答

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つ、ついに来ました最終話!! 10月の始めから2ヶ月第10話に渡って放送された、 【野ブタ。をプロデュース】も今日で終わりました・・・ タイトルは「青春アミーゴ」ということで、 まさに青春!青春!青春! アミーゴは友情・友達って意味でしたっけ? とても素晴らし...... [続きを読む]

受信: 2005年12月26日 (月) 23時05分

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