« 初ランはショート・ビルドアップ | トップページ | インターバルで正月ボケとお別れ »

生きる場所を求めて~野ブタ再考

人気アイドル達を中心とする学園ドラマ『野ブタ。をプロデュース』が終了して、

早くも3週間近くが経過。その後も、日テレHPのアクセス・ランキングで上位に

位置してる。年末に見た時は1位! 今現在は、一昨日・昨日と放映された『箱

根駅伝』が1位、年末に再放送した『女王の教室』が2位で、野ブタは3位。主演

の3人(亀梨和也・山下智久・堀北真希)の人気はスゴイし、大型書店では依然

として原作本が平積みだし、ウチのブログの記事にもいまだにかなりのアクセス

が入り続けてる。

 

野ブタが、視聴率以上に広くて深いインパクトを与えたのは間違いない。したがっ

て、こんな時期に今さら野ブタを再考することにも、そこそこの意味はあるだろう。

以下は、野ブタの原作をふまえた上での、ドラマ全体の再考で、かなりマニアック

な内容になってる。ドラマ、原作、ウチの記事(一番下に列挙)についてのある程

度の理解を前提としてるので、その点よろしく♪

 

放映中の記事でも、既にかなりの考察を行ってるけど、ドラマ終了時点でも

気になる点が色々と残されていた。全体として、何を表してるのか? 主役

3人はどうゆう人間なのか? プロデュースとは何か? 「野ブタ。パワー注入」

とは? カスミの不自然な設定はなぜ? これはハッピーエンドなのか?・・・

これらを考える上で録画が役立ったのはもちろんだけど、それ以上に役立った

のは原作だった。原作そのものについては、既に記事を書いたけど、ここで今

書いてるドラマのまとめ記事も、原作の手助けによる所が非常に大きい。

 

そこでまず、原作とドラマの関係について、野ブタに限らず一般的に考えてみ

よう。原作は小説だから、ドラマ放映前までは、基本的に少数の活字愛好者を

前提としている。そこでは、かなり深い内容、難しい表現、過激な題材が許され、

評価される。一方、ドラマはTV番組だから、遥かに多くの人を対象としており、

当然かなり制約が強い。特に民放の場合は、スポンサーからクレームを付けら

れそうなものは作りにくい。その代わり動画の持つ圧倒的な力で、有名タレント

や美しい景色の魅力を最大限利用できる。いずれにせよ、原作とドラマは一長

一短。それぞれ異なった特性をもつ、独立した作品だ。だからこそ、ドラマ終了

までは原作を意識的に避けて、ドラマだけをまず鑑賞していた。

 

ただ、「原作」と言う以上、ドラマは原作をある程度以上は反映する必要がある

のに対して、原作はドラマを気にする必要はない。この違い(非対称性)のため、

ドラマの理解に原作が大きな役割を果たせることになる。もちろん、ドラマは一応

独立した作品だから、その理解に原作が必要不可欠なわけではないし、原作を

「基準」にしてドラマを考察するのも不自然で不自由なことだ。今までの記事の言

葉で言うと、あくまで原作はドラマの「外側」にある。

 

それでは、原作はどんな役割を果たせるのか。まず、ドラマだけでは理解しがた

い部分を納得するのに役立つ。「原作がこうなってるから・・・」と考えることで初

めて納得できることは色々とある。もう一つは、単なる「ヒント」とか「参考」として

役立つ。単なる「思いつき」の材料して利用できるってことで、「原作はこうなっ

てるのか。フーン、試しにドラマもこう考えてみようかな。アッ、これは筋が通って

るな!」って感じで利用する。当然、こっちの利用法は、上手くいかなかったり、

複雑な変形が必要だったりする事が多い。いずれにせよ、原作はドラマと別物

だけど、ドラマの理解に役立つ。それでは、原作をふまえたドラマの全体的考察

に向かおう。

 

         ☆          ☆          ☆                                          

まず簡単な補足から入りたい。もともと、野ブタに関してここまで本気で書くこと

になるとは思ってなかったので、最初のうちは記事が軽いし、第1話と第2話に

は題名が付いてない。今付けるなら、第1話は「生きる場所を求めて」、第2話

は「外見と中身」だろう。そして、この第1話の題名が、ドラマ全体を現す言葉

でもある。つまり、このドラマは、3人がそれぞれの生きる場所を探していく物語

であり、その中心は修二だ。野ブタは修二の模索を手助けする(あるいはプロ

デュースする)役であり、彰は修二の分身あるいは内心。また、生きる場所を求

めるってことは、今現在、生きる場所がなくて困ってるってこと。詳しく見ていこう。

 

まず、修二について。彼は、本当はすごく孤独な淋しがり屋で、だからこそ人が

大好きなんだけど、嫌われたり傷ついたりするのが怖いし、実際の他人には色々

と違和感を感じることも多い。だから、本当の自分とは別に、人気者「桐谷修二」

をセルフ・プロデュースすることで、自分を守りつつ孤独を何とかまぎらわせてる。

 

けれども、所詮ウソの自分、表面的な人気にすぎないから、心の底では孤独感

が増していて、どうする事もできない。ドラマの冒頭で、この世のすべてはゲーム

だと思わないとやってられない、とか語ってたけど、これは少し不正確。本当は、

自分のセルフ・プロデュースなんていう虚しいものこそ、ゲームだと思わないとやっ

てられないはず。でも、ゲームの外に本物の対人関係を築けるわけでもないから、

このゲームは終了できない。結局、表面的に上手くやってても、実際は凄く生きに

くい状況に陥ってるわけで、だからこそ第1話で、孤独だけどたくましく生きてる柳

の木を心の支えにしていた。

 

次に野ブタ。=信子について。彼女も淋しい女の子だけど、修二とは淋しい

理由が違ってる。修二はもともと人一倍の淋しがり屋なんだけど、信子は周り

に人がいないから淋しいだけって感じ。人がいないのは、オドオドした内向的

性格が主な理由で、これをもたらした一つの原因は、幼児期に義父から受け

た冷たい言葉。いずれにせよ、修二の寂しさとは違ってる。この微妙な違いは、

ラストにも反映されてた。信子は最後は一人立ちして、修二は彰と再び一緒に。

 

もちろん、2人とも淋しい点は同じで、それを的確に表してたのが、第3話の

文化祭で修二が先生達と歌ってた『真夜中のギター』だ。「街のどこかに 寂し

がりやが一人 今にも泣きそうに ギターを弾いている 愛をなくして 何かを

求めて さまよう 似たもの同士なのね・・・」。この曲が直接的に表してたのは

信子と義父だけど、間接的には信子と修二を表してる。ただ信子の場合、修二

と違って、日常的な学園生活でもイジメなどで非常に生きにくい状況だから、柳

の木で自殺をイメージしたりもするし、表面的には人気者へとプロデュースされ

る側に立つことになる。

 

この2人と比べると、はかなり違うキャラになってる。彼は信子と違って、

イジメられてる訳ではないけど、クラスの中で浮いてる存在。ただ、孤独に

苦しんでるって感じでもなく、なぜか修二と信子に特別の好意を持ちつつ、

マイペースで生きてる。したがって彼の場合、生きにくさをもらたしてるのは、

孤独と言うより、生きる方向性の無さだ。

 

第1話で「やりたい事も欲しいものも何もない人間」と自嘲してた彰からす

れば、修二と信子はある意味で羨ましい存在。なぜなら、修二は自分の

セルフ・プロデュースにパワーを注いでるし、信子は悲惨な実生活の中で

生き延びる事にパワーを注いでる。それに対して彰は、瓦を何枚も空手

で割るパフォーマンス(第4話)に象徴されるようなパワーを何に注げば

いいのか分からないまま、階段を降りる時のクセみたいにヒラヒラと生き

てる(第1話)。

 

この方向性の無さを表現してたのが、彰が最初にドラマで語ってた、「神

死んだ」っていう哲学者ニーチェの言葉。つまり、たとえ自分で方向性を作

れなくても、社会共通の絶対的価値に従って生きるっていう方法はあり得

る。例えば、聖書に従って生きるとか、共産主義社会の建設を目指すとか、

一流大学に入って一流会社に就職してお金を稼ぐとか。けれども、そんな

社会共通の絶対的価値はいまや消滅してしまった。

 

だから自分で方向性を作らなきゃならないのに、どうも作れない。その意味で、

彰も生きにくい状況にある。ただ、こんな悩みはごく普通のもので、とりあえず

生きるのには困らない。彰だけ金持ちっていう設定に表現されてた、この余裕

が、孤独な修二と信子を結びつけることになる。確かに、もともと修二と信子は

「寂しがりや」の「似たもの同士」で気持ちが通じる部分はあったけど、プロデュ

ース・ゲームへと2人を導いたのは、余裕があってパワーを持て余す彰だ。

また、2人がもめた時に仲を取り持つのも彰だし、3人が集まってたのも彰の

下宿だった。

 

ここで、原作と比較してみよう。原作でも野ブタは、イジメられっ子の転校生

だけど、信子じゃなくて男の信太(シンタ)。信太は不運にも外見に恵まれてない

からイジメられてるけど、実は社交的で律儀で優しくて力も行動力もある。プロ

デュースのキッカケも、たまたま暴力から助けてくれた修二に自分から頭を下

げて弟子入りしたことだし、プロデュースの手助けによってアッと言う間に人気

者になって、マリ子(原作ではカタカナ)まで奪い取ったほど。

 

ただし、原作の記事に書いた通り、原作は救いようもなく暗い話なので、その

ままだと土曜のゴールデンタイムのアイドル系ドラマには使えない。そこで、

野ブタを(ホントは)可愛い女の子にして、代わりにイジメられる理由をオドオ

ドした内向的キャラにした。すると、プロデュースするキッカケが無くなってし

まう。原作では、信太の弟子入り志願に加えて、修二がマリ子に嘘つきだと

見破られてるかも知れないっていう不安を持ってた。だから、自分の嘘つき

能力、プロデューサーとしての力を確信したくてプロデュースを引き受けた。

ところが、明るく楽しい学園ドラマにこうした設定は似合わない。

 

そこで、修二と信子を結びつける新たなものとして、彰が登場する。第1話で、

最初にプロデュースをやろうと言い出したのは彰だった。原作と比較すると、

この彰には別の役割も見えてくる。原作の修二にあって、ドラマの修二にな

いもの、それを補うのが彰だ。修二(ドラマ)+彰=修二(原作)。

 

つまり、人気者「桐谷修二」のセルフ・プロデュースなんて虚しいものを除くと、

二にも実は生きる方向性なんて無いし、パワーを持て余してるし、心の底

では男女を問わず深い本物の人間関係を持ちたいと願ってる。また、女に

は大して興味ないっ感じを装いつつ、実は普通に女好きだ。修二のこういっ

た部分をドラマで明確に表してたのが、修二の内心を表す分身としての彰だ。

 

こう考えれば、彰がやたら修二に好意的だったこと、やたら信子に恋してたこ

とも納得しやすいし、時々エッチな言葉を発してたのもよく分かるし、引越&

転校した修二にくっついて行ったこと、「2人で1つ」とされてたことも理解でき

るだろう。 

 

 

            ☆          ☆          ☆

ドラマ自体に戻って、今度は「プロデュース」というものについて考えてみよう。

彰の提案をキッカケにして始まった、野ブタ。のプロデュース。その理由は、表

面的に見るなら3人それぞれ異なってる。修二の場合は、成り行きと、ごく平凡

な同情と、プロデュース・ゲームの拡張による退屈しのぎ。信子は、イジメから

の脱出。彰はパワーを注ぐ対象の獲得だ。けれども、本質的には3人とも同じ

で、生きる場所を探すこと。第1話の柳の木が、引き抜かれて船で海を渡って、

新たな場所で再び生きようとしてたのと同様に、3人も、プロデュースの中で想

定外のプロセスを経て、新たな場所にたどりつくことになる。ブロデュースって

いう言葉は、本来はプロデューサーが自分以外の物事を離れた場所から思い

通りに動かすことを言う。だけど野ブタでは、ドラマも原作も、結局プロデュー

サーとタレントが互いに影響し合いながら、誰もが思いもしなかった場所で新

たに生きることになった。ドラマだと、修二と彰は、深い友情と信頼を携えて、

新しい街と学校へ。信子は、深い友情とほのかな恋心を、遠くの2人に差し

向けながらの、「ちゃんと笑える」明るく楽しい学園生活へ。一方、原作だと、

修二はセルフ・プロデュースを一からやり直さなければならない別の学校へ、

信太は友達にも可愛いガールフレンドにも恵まれた楽しい学園生活へ。この

プロセスを、今度は追ってみよう。

 

第1話で、野ブタ。のプロデュースを始めることになった3人。既に予行演習

的な企画として、ゴーヨク堂での立ち読みに成功している。

契約後の第2話では、まず外見の好感度アップに取り組み、一定の成功を収

めたものの、結局は信子の気持ちを尊重して中止した。ここで大事なのは、

外見より中身だと考えるようになったことよりも、タレントの意見をプロデュー

サーが取り入れるようになったことだ。

 

第3話では、人気者になること自体よりも、偶然「キセキのような、かくりつ」で

出会った3人が、力を合わせて一つの事に向かうこと自体の価値やきらめきを、

今この瞬間に全身で味わおうって気持ちが生じてくる。つまりプロデュースが、

人気者作りから、仲間作りのための共同作業へと変質し始める。また、信子

と彰が相当なパワーを持ってることが明らかになり、特に信子の純粋さは人

の心を動かす力を持ってることが分かる。お化け屋敷の最後に書き記された

言葉がみんなの感動を呼んだことを思い出そう。

 

第4話では、悪意によって偶然巻き込まれた恋の告白イベントと、偶然知った

修二の誕生日、偶然出会った「ホントおじさん」などを通じて、3人が本当の自

分を見つめることになり、それが3人の新たな変化につながっていく。修二は

信子と彰を好きになってる自分に気付くし、信子は友情以外にも修二へのほ

のかな思いをかすかに意識し始めるし、彰は信子への恋心に気付いて動揺

する。また、信子がイジメっ子のバンドーの心を動かしたことで、表立ったイジ

メは収まることになった。バンドーと対決する力を与えてくれたのが、視聴者に

好評だった「野ブタ。パワー注入」のアクション。これを信子に教えたのが、一

番パワーに余裕がある彰だったのは、偶然ではなかろう。このアクションが与

えるパワーは、目的が限定されている。つまり、カラに閉じこもりがちな自分を

外へ開いていくパワーを与えるのが、「野ブタ。パワー注入」なのだ。

 

第5話では、信子がさらに成長する。初めて男の子に告白され、異性の好意を

受ける立場を経験する。プロデュースの一つとして、デートも体験。この途中で、

信子が「野ブタ。パワー注入」を行ったのは、修二たちと別れてまた閉じこもり

そうになる自分の心を、シッタカへと開いていくため。さらに信子は、2人のプロ

デュースを受けるだけでなく、キャッチボールみたいに自分も投げ返したいと

思うようになる。受け身になってるだけでなく、自分から能動的に言葉や行動を

投げかけていくことを目指したいと考え始める。これは独立心にもつながるから、

強気なプロデューサーの修二とケンカしたのは自然な流れで、彰のフォローで

無事解決。一方、イジメっ子バンドーの代わりに、正体不明の悪意(=カスミ)

が前面に登場し、信子の友達になりすます。修二と彰は、ますます信子の気持

ちを考えることの重要性を認識していく。

 

第6話では、プロデュースの目的が、人気者作りから金儲けや悪意との対決へ

と逸れていく。この脱線は、自然な流れだ。なぜなら、既に表面的なイジメは収

まってるし、信子には2人の親友と1人の片思いと1人の女友達モドキがいるん

だから、人気者を目指す意味がない。だけど、プロデュース無しの友情関係も

まだ築けないから、何か新しい目的に向かうのは当然のこと。金儲けは甘くな

かったけど、野ブタ。キーホルダーを通じて信子の人気は高まった。けれども、

信子が人気者になるってことは、みんなのものになることでもあって、恋する彰

にとっては辛過ぎる。ついに彰は、プロデュースを止めると宣言。ちなみに今回

の「野ブタ。パワー注入」は、自分達3人を広く大勢の人達へと開いていく道具

であるキーホルダーへと向けられた。

 

第7話では、最初にプロデュースが中止されたものの、結局3人で信子のビデ

オ作りを行うことに。一度修二から切り離された信子の中で、ほのかな思いが

今まで以上に膨らんでいく。これは彰の嫉妬を招き、気まずい状況になって、

彰は一応潔く諦めることを決意。修二は、信子や彰の友情や純粋さに触れる

うちに、ウソの自分にガマンできなくなって、まり子にキッパリ別れを告げたもの

の、まり子を泣かせた自分に落ち込む。これを見た信子は思わず抱きしめて

しまい、すぐ逃げ出したけど、修二は上手く信子をフォローしてやれず、そんな

自分にますます落ち込む。一番寂しい人間は、間違いなく修二だ。

 

第8話では、恥ずかしさで修二を避ける信子をフォローするためなのか、修二

がプロデュース再開を提案。昼休みの生放送『小谷突撃飯』のプロデュースに

成功して、信子の人気は決定的なものに。ところが、ひょんな事から修二が嘘

つきだってことがバレてしまい、さらに不運が重なって、修二は友達を裏切った

奴としてクラスの除け者に転落。おまけに、カスミが今までの犯行を修二に告

白し、対決姿勢を明確に。カスミは、3人がバラバラになるように嫌がらせを

続けたが、結局3人はお互いあらためて深く信じることで、結びつきを強める。

それぞれを、3人の輪へと導く(or 開いていく)のに使われたのが、「野ブタ。

パワー注入」だった。

 

ところで、正体不明の悪意の真犯人カスミの問題。放映中の記事では、不自然

だし不要だと厳しく指摘しておいた。違う言い方をすると、視聴率稼ぎのための

内容的失敗ってこと。ただ、その後原作を読んで色々と考え直すうちに、少し考

えが変わって来た。つまり、仕方ない面もあるな、登場する意味は一応あるな、

と思うようになって来たのである。まず、簡単な話をすると、原作のイジメはかなり

簡単に解決してるので、このままだと1クールのドラマは作りにくい。かと言って、

延々とクラス全体のイジメをドラマの中で続ける訳にもいかないだろう。イジメ抜

きの友情ドラマにすると、原作のもつ毒が消えてしまい、別の話になってしまう。

つまりカスミには、人間の負の側面を一人で背負うっていう役目がある。原作の

修二に見られる、絶望的な孤独の中で嘘をつき続けるっていう性格や、陰に隠

れて人を動かして遊ぶっていう悪趣味、あるいは、信太やマリ子も含めたクラス

みんなの冷たさ。さらに、ドラマでのバンドーを中心としたイジメ。こういった負の

側面を一手に引き受けることで、他の人達全体のマイナス・イメージを和らげた

り消したりしてる部分は認めてもいい。いわば、ドラマ作りの上での「スケープ

ゴート」。と言う訳で、カスミに対する現在の見方は、前ほど厳しくはない。ただ、

それでもやはり、不自然で不要だとは思ってる。

 

第9話では、カスミの攻撃が全面的に展開される。写真で脅迫して、無理やり

プロデュースに参加してワガママな言動を行ったり、信子に悪意をバラすことで

傷つけて、信子を部屋に引きこもらせたり。ところが、カスミの信子への攻撃

が、結果的に修二をシカトから助け出すキッカケを与えることになった。と言う

のも、信子を元気づけるためのビデオを作るために、修二がクラスみんなの

前で深々と頭を下げ、これをみんな素直に受け入れて、ビデオ作りと信子の

復帰を通じて修二へのシカトは収まったから。原作では、シカトは最後まで

収まらずに修二は転校へと追いやられるけど、学園ドラマがそんな暗い結末

を迎える訳にはいかない。その意味で、カスミは結果的に、シカト収束のキッ

カケ作りの役割も果たしてることになる。結局、修二、信子、カスミら全員が、

「取り返しのつかない場所」から、人の力で何とか帰還できた。

 

最後に第10話。もはや、イジメも悪意もシカトも収まってるし、3人の友情も

揺ぎないものになってるから、基本的に明るい局面。カスミ一人が、クラス全

体の負の部分を背負うかのように、自宅に引きこもる。あとは、原作に形だけ

合わせて、修二が転校するだけ。新しい学校や地域へと修二を送り出す時に

使われたのが、巫女さん姿の「野ブタ。パワー注入」。最後の視聴者サービス

とも言える。みんなとキレイにお別れして、修二は一人、田舎の海沿いの街へ。

そして、ラスト。意外にも、彰が修二にくっついて行き、信子はちゃんと笑える

ようになって、遠くの2人を思い描きながら空に向かって涙の笑顔。修二と彰

はビーチではしゃぎながら、修二のつぶやきで終了。

「俺たちは、どこででも、生きて行ける」。

 

          ☆          ☆          ☆

こうして、プロデューサー2人もタレントも、思いがけないプロセスを通じて、

全く新たな生きる場所へと到達した。でも、最後にまだ大きな問題が残ってる。

このラストは、果たしてハッピーエンドなんだろうか? 信子はいいとして、修二

と彰はこれでいいんだろうか?

 

このラストを見た時の違和感とその納得の仕方については、既に第10話の

記事で触れておいた。簡単に言うと、修二と彰の友情をメインにするっていう

基本方針とか、主題歌の歌詞に合わせてるだけだろうって話。でも、実は他に

2つ気になる点があった。それは、最後の修二のつぶやきと、主題歌のメロディ

ライン。これまでわざと書かないように配慮してたけど、どちらも決して明るくは

聞こえない。メロディはともかく、つぶやきについては説明が必要だろう。前にも

書いたように、そもそも修二はホントに人気者だったのかっていう根本的疑問

がまずある。ドラマを表面的に見れば、確かに人気者に見えるだろう。でも、

修二は長い間、みんなをだます演技をしてきたわけだ。本人は上手くやってる

つもりのようだけど、所詮フツーの高校2年生のウソ。大勢のクラスメートが、

そんなものを真に受けるだろうか。また、もし本当に人気者だったら、たかが

些細なウソ一つと、クラスメート一人の裏切り者発言で、除け者へと一気に転

落するだろうか。まず、あり得ない。弁当を食べた、食べないなんてウソは、

全くどうでもいい事だし、裏切り者発言してるのは自分より人気で劣ってるクラス

メートただ一人なんだから、むしろその生徒の方がウソつき扱いされる可能性

が高いはずだ。さらに言えば、人気者がイジメられっ子とこっそり相談し続ける

なんて事が可能だろうか。実際、まり子は何度も目撃してたって話だった。

と言う訳で、控え目に言うとしても、別の見方が可能になる。つまり、実はもと

もと修二の人気者演技なんてバレバレで、それを周囲のみんなが暖かく(or

冷めた目線で)受け入れてただけなんじゃないかっていう見方。これは実際、

原作の設定と一致していた。この場合、エンディングの見方も暗いものとなる。

 

たまたま前の学校では、下手な演技を受け入れてくれてた。また、偶然にも

上手く1人プロデュースできたし、他に1人親友もできて今も一緒だ。だけど、

新しい学校でそんなに温かく迎えられるとは限らない。むしろ、都会の同じ

場所から仲良く来た2人は浮いてしまい、演技に関する自信過剰も以前の

ままだから、結局2人でカラに閉じこもることになるんじゃないか。この時、

修二のラストの自信に満ちたつぶやきは、本人の意識と反して、絶望的に

暗い響きを持つことになり、実はこれこそ原作のラストなのであった。さらに、

そもそも原作を参考にすると、まさしく修二と彰は「2人で1つ」だから、新た

な対人関係は、(遠くの信子を除けば)何一つ生じてないことになる。した

がって、修二がこれからすべき事は、彰と仲良くすることよりも、演技やゲー

ムを止めてリアルな人間関係を新たに真剣に築くことのはず。それなのに、

修二は新しい学校でも「この世のすべては、ゲームだ」とつぶやき、担任に

「すみません、ちょっと緊張しちゃって」っていう軽いウソをついて、トイレで

髪型を整えていた。つまり、多少は意味が変わってるとしても、依然として

セルフ・プロデュースゲームを楽しんでおり、一度リセットして、再スタート後

の演技を再び楽しんでるだけのこと。そして、ドラマの終了後には、あの暗い

メロディラインの中、自閉的な響きのある歌詞が続いていく。。。

 

もちろん、これは1つの解釈、非常に暗い見方であって、多くの人にとって

共感できないものだろう。イケメンのジャニーズが仲良くビーチではしゃぐ

姿に、素直に頬を緩めてる方が幸せなのかも知れない。ただ、これだけは

忘れて欲しくない。絶望的に暗い見方の原作が広く評価されたこと、その方

が、リアルな現実を映し出してるかも知れないということ。そして、暗い現実を

真正面から冷静に受けとめる事は、明るい未来への第一歩なのだという事を。。

 

 

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P.S.ここで時間切れ。いずれ加筆・修正する可能性あり。

 

P.S.2 2016年2月20日、亀梨主演の日テレ『怪盗 山猫』に堀北真希

      がゲスト出演。亀梨は堀北に、「野ブタパワー注入!」、「バイセ

      コー」と声をかけたらしい(現在21日0時半、私はまだ見てない。)

 

 

      「野ブタ。をプロデュース」、面白い♪(第1話の記事)

     「野ブタ。をプロデュース」第2話

     一瞬のきらめき、出会いの美しさ~野ブタ第3話

     本当の自分を見つめて生きること~野ブタ第4話

     人は人間関係に何を求めるのか~野ブタ第5話

     大切なもの、欲しいもの~野ブタ第6話

     人を好きになることの難しさ~野ブタ第7話

     信じること、本当の事~野ブタ第8話

     取り返しのつかない場所からの帰還~野ブタ第9話

     誰かのために、自分のために~野ブタ最終回

 

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

      リアルな人間との向き合い方~野ブタ原作

     野ブタ最終回(突っ込みヴァージョン)

     水田芙美子さん(野ブタ・バンドー役)の疑問への応答 

 

 

       ☆          ☆          ☆

   現在から未来へ、あなたと共に~『サプリ』最終回

   『1ポンドの福音』最終回、軽~いつぶやき

   神、自然、そして人間~『神の雫』最終回

   僅かな腹ごなしラン&『ヤマトナデシコ七変化』第1話

   緑色の渇きをうるおす人間の温かさ~『妖怪人間ベム』第1話

   亀梨&深キョンの夜エロ~『セカンド・ラブ』第1話

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   亀梨和也主演ドラマ、視聴率の推移(野ブタ~妖怪人間ベム)

 

      ☆          ☆          ☆

   愛と死を目指して生きる~『最高の人生の終り方』第1話

   無風ぽかぽかラン&『コード・ブルー2』最終回   

   男のビート、女のメロディー~『ブザー・ビート』第1話

   ドクターヘリを取りまく腕~『コード・ブルー』第1話

   ブカブカの大きな愛に包まれて~『プロポーズ大作戦SP』

   遠い夜明け~『クロサギ』最終回

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   山P=山下智久主演ドラマ、視聴率の推移(野ブタ~コード・ブルー2)

   山P=山下智久『ルート66』、男のアメリカ横断一人旅が熱い☆    

|

« 初ランはショート・ビルドアップ | トップページ | インターバルで正月ボケとお別れ »

「文化・芸術」カテゴリの記事

「映画・テレビ」カテゴリの記事

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

テンメイさんのおすすめにしたがって、
「野ブタ」を観た簡単な感想をアップした中に、
「野ブタ」再考の記事へのリンクを貼らせてもらいましたので、
御連絡させていただきました。
私の感想は、連絡するのもはばかられるほどの
本当にメモ書き程度の簡単な感想ですが、
テンメイさんの記事を参考にさせてもらいましたので
お礼の意味をこめて御連絡しておきます。

 

投稿: azami | 2007年1月18日 (木) 18時55分

>azamiさん

これはこれは、野ブタですか☆
私のおすすめに従って昔のドラマを見て、
おまけに記事を書いてリンクしてくださる。
ブロガー冥利につきますね♪
この記事、自分で見るのも1年ぶりですが、
気合入ってたなぁと自分で感じます。

それはともかく、今39.6度っていう人生最高の
高熱で死んでるんですよ(^_^;)
ノロウイルスで免疫機構が破壊されてたようです。
そちらへは後ほど伺いますネ。生きてたら♪

投稿: テンメイ | 2007年1月19日 (金) 00時08分

テンメイ様
TBさせてもらおうと伺ったら
大人は38度くらいでもうふらふらだと思うのに
39度6分ってマジですか?
インフルエンザでしょうか・・・
そんななかコメントへの返信までしてくださって
ありがとうございます。(涙)
そんな状態ではまさかインターネットは見てないと思うけど
ゆっくりやすんで、はやくよくなってくださいネ。

投稿: azami | 2007年1月19日 (金) 01時38分

>azamiさん

ご心配頂き、どうもです♪
今となってみれば、39.6度くらいで
驚いてた頃が懐かしいほど。
40.2度なんて、信じられないでしょ。
脳がやられるんじゃないかと心配。
ブログの記事のレベルが急激に下がりそう。。
さて、そろそろまた寝なきゃ。
明日は41度かな。。

投稿: テンメイ | 2007年1月20日 (土) 00時09分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/123750/8010027

この記事へのトラックバック一覧です: 生きる場所を求めて~野ブタ再考:

» 「野ブタ。をプロデュース」~一年遅れの感想 [あざみ野荘つれづれ日記]
  一昨年の秋から冬にかけて放送されたドラマ「野ブタ。をプロデュース」のDVDを [続きを読む]

受信: 2007年1月19日 (金) 01時29分

» 「野ブタ」最大の謎~母親の不在について [あざみ野荘つれづれ日記]
 「野ブタ」に描かれていた世界を観てきて、ずっと気になっていた、このドラマの世界 [続きを読む]

受信: 2007年1月21日 (日) 01時40分

« 初ランはショート・ビルドアップ | トップページ | インターバルで正月ボケとお別れ »