みずほ オレが愛し合ったのはお前だけだ オレはそれが嬉しい 嬉しいんだ
ホントに ホントに死ぬつもりなの?
お願い お願いだから 私だけだったなんて止めて
あの人の命日まで まだ時間があるでしょ
お願いだから 残った時間で誰か他の女の人と ネ
どうして?
いやなの いやなの いやなの いやなの いやなの いやなの
あなたの人生で 女は私だけだったなんて
そんなのいやなの いやなの だからお願い
あなたが 私だけを思って死ぬなんて そんなの そんなの止めてよ
みずほ お前がそんな風にオレに何か頼むなんて初めてだ
聞きたいことがあったんだ どうしてオレと結婚してくれたんだ
お前はオレの 一体何が良かったんだ 教えてくれないか?
あなたは優しい 人が良すぎて 人を疑うことを知らない 人を悪く思わない
あなたはこの上なく善良なの 善良が服着て歩いてるみたいだった
だからダメだった 私は、そうゆう男が大嫌い
この世界の中で、最も嫌いなのはそうゆう男
だっ だったら だったらどうして?
あの時の私は ホントの私じゃなかった 私じゃなかったの
もう二度と 私の前に現れないで さよなら
でも ホントのお前じゃなかったのは どうしてなんだ
聞かないで・・・
待て! 会ってくれて ありがとう
そうゆう所が ダメなのよ
☆ ☆ ☆
いやいや、久し振りにちょっと途方にくれたなぁ。。『ガリレオ』じゃ、湯川(福山
雅治)の数式やウンチクが満載だったから、解読に苦戦することはあっても、
何書けばいいの?って思いにとらわれることは全くなかったもんね。『喜多善
男』にせよ『1ポンドの福音』にせよ、ドラマの第1話は最初だから書くことだら
けだし、『喜多善男』第2話も問題なし。『1ポンド』や『薔薇のない花屋』の軽~
いつぶやき記事なんてものは、単なる時計との戦いだ。
で、この第3話は久々に途方にくれたんだけど、それはネガティブなものじゃな
くて、むしろポジティブなもの☆ 一体これで自分は何を書くのかな?っていう、
ワクワクするような感じさえある♪ 底なし沼みたいに深みがあって、解釈の余
地がたっぷり残されてるし、小ネタっぽい要素も満載。あとは解釈の中心テーマ
を1つ絞って、タイトルを決定して、そこに向けて話を組み立てればいい。
『薔薇』の場合は、大量の浅いネタを巧みに組み合わせてあって、その多さと
巧みさには感心するものの、本気で考える気にはなりにくい。それに対して『喜
多善男』第3話なんてのは、本気で考えないとレビューは成立しない。だから、
キャストやストーリーや時間帯まで考え合わせると、視聴率で約3倍の開きが
出るのも不思議じゃない(19.0%と7.3%)。ほとんどの視聴者は、楽にそ
の場だけ楽しむ人だからだ。でも、マニアックサイトが評価するのは、もちろん
『喜多善男』♪ 選択に間違いはなかった。ネタバレに注意しながら少しずつ
慎重に読み進めてる原作(正確には原案)『自由死刑』(島田雅彦,集英社)も、
予想通り面白いしね☆
☆ ☆ ☆
書き始めるまでにかなりの時間考え込んじゃったから、早速本題に入ろう。
ウチは、ドラマのサブタイトルってものはほとんど無視してる。ピント外れのも
の、表面的なもの、大げさなものが多いから、自動的に無視するようになっ
ちゃってるし、誰でも書けるものよりオリジナルのタイトルを付けたいからだ。
実際、ウチのレビューの内容は、自分でタイトルを付けた時点で路線がほぼ
決定される。
でも今回のサブタイトル「3日目 元妻と密会・・・暴走」ってのは、極端に短い
まとめとしてはおかしくない。「密会」とか「暴走」っていう大げさな言葉はウンザ
リだけど、喜び多き善人な男=喜多善男(小日向文世)が元妻・鷲巣みずほ
(小西真奈美)と11年ぶりに会って、その後、宵町しのぶ(吉高由里子)と箱根
へタクシーで暴走したのは確かだ。
この流れを表面的に見るなら、みずほの極端に冷酷な態度にショックを受け
て、前から好きだった女性タレントの誘惑にフラフラ乗っただけってことになる。
だけど、その通俗的な枠組みの周辺には、奇妙な要素が散りばめられてた。
石鹸で滑った後の浴槽への落下とか、携帯・ランプ・ハトの糞の落下について
は、今までと同じ話であって疑問はない。喜多の不運さも含めて、「下に向か
う傾向」、広い意味での「マゾヒズム」の表現だ。ネガティブ善男が登場するシー
ンでの、背景の「鮨処 あし田」なんてのももちろん、先週の足裏マッサージか
らの流れを受けて、「あし=したの、喜多善男」が下(した)へ向かう傾向を表し
ている。足とは人体の一番下にあるものだ。
でも、そんなマゾヒスティックな話には収まらない要素も色々とあった。順に書く
と、ウェディングドレスのみずほ(喜多の夢)。みずほが社長の会社・Waycys
=ウェイシスの広告(ポストカード,ポスター,看板)。喜多が昼間から食べて、
調査員・杉本マサル(生瀬勝久)と茶髪男・与田良一(丸山智己)が羨ましそう
に見てた、伊勢海老とアワビのプレミアムカレー。そして、2人が会った商品
ルームのマネキン2体。
これらを紡ぎ合わせる核になるのは、やたら強調されてた広告だ。これには2
種類あったのに気付いただろうか。目立ってたのはもちろん、カッコイイ外人男
性がウェイシスの明るいオシャレな服を着た写真の中央に、Waycysの大きな
ロゴがあって、その下にフランス語で、「Non Vetements Non Ma vie」
(=服なしに私の人生はない;アクセント記号省略)と書かれてた方だ。
まず矢代平太(松田龍平)が喜多に、みずほの勤め先としてポストカードを渡す。
その後、平太の勧めで、喜多とリカが連れ立って洋服屋へ。そこでカードと同じ
デザインのポスターを発見して、喜多は同じ服装を購入。喜多がオーディション
に向かう外人モデル軍団と共に社内に潜入して、廊下からみずほを見守る時
の後ろの壁にも何気なくあったし、商品ルームにもあった。最後は、会社から
出た後、銀座のビルの看板だ。
ところが、別の広告もあった。元社長の急死と経営難で揺れる社内の統制を
保つために、みずほが熱弁を振るってた定例会議の時だけ、別のポスターに
なってたのだ。ロゴとフランス語は同じだけど、男性の写真の代わりに女性の
イラストになっている。黒い洋服を着た八頭身の女性だから、明らかにみずほ
を表すもので、実際映像的にもみずほと重ねあわされてた。
明るいキレイな服を着た男=喜多善男と、暗いキレイな服を着た女=みずほ。
この共通性とコントラストから、全てが明らかになっていく。「喜多善男」は、実
は「着た善男」なのだ。つまり、善人な男という服=仮面で覆われたフツーの
男。みずほは「善良が服着て歩いてる」と言ったけど、実は「凡人が善良な服
着て歩いてる」だけなのだ。その意味では、普段の喜多善男よりも、むしろ今
回の明るい服を着たネガティブ善男の方が、実際の彼に近いと言っていいだ
ろう。11年ぶりで死の直前なのに、あれだけ冷酷な姿を見れば、「みずほの
悪口言うな」って言う方が不自然だ。ネガティブの方がナチュラルなのだ。
喜多は、普段から善良さというキレイな服を着てるんだけど、この日は明るさ
が加わっていた。それは、みずほに会う喜びと共に、特別なキレイさ=善良さ
をも表してる。商品ルームの男性マネキンが明るいタキシードを着てたのも、
そうゆう意味だ。
彼にとってのみずほとは、この上なく美しい外見をもつ女性で、だからこそ手帳
に挟んだ写真も、夢の中のみずほも、純白に輝くウェディングドレス姿だったし、
回想の中では白衣で微笑む優しい姿なのだ。だからこそ、商品ルームの女性
マネキンもキレイなパーティードレスを着てたのだ。
でも、本当のみずほは違う。あるいは、別のみずほもいる。キスに怯えるみず
ほ、初夜を嫌悪するみずほ、そして、今回の冷酷なみずほだ。みずほ自身は
自分のそうした部分をよく知ってて、だからこそ目をそらせたい。ところが、善
人な(服を着た)喜多と向き合うと、どうしても自分の暗い部分をネガティブに
意識させられてしまう。実は喜多も服を着てるだけなのに、みずほにはそれが
分からない。
最悪なのは、いわゆる夫婦生活。つまり、初夜も含めたセックスだ。人間同士
が服を脱いで裸で触れ合うセックスは、それだけでも、服に執着するみずほ
にとって苦痛な行為だ。裸の醜い自分を、無防備なまま相手にさらす恐怖。服
を脱いだみずほの裸体そのものは、美しいだろう。でも、服を脱ぐという行為
は、自分の醜い内面をさらすという象徴的意味を帯びてしまってるわけだ。み
ずほにとっての喜多は、無理やり服を脱がせる恐ろしい男。実際、定例会議
で「強いイメージ」という服を着てたみずほは、廊下の喜多に気付いただけで、
社員に無残な姿をさらして「全部台無し」になっていた。
こう考えてくると、みずほが喜多に「誰か他の女の人」を強く勧めた理由(の1
つ)も想像がつく。みずほの見方では、このままだと喜多にとってみずほだけ
が「裸になると醜い女」だということになってしまう。世界中で自分だけが、善
良な男によって否定されるように感じてしまう。だから、他の女も裸になると醜
いことを喜多が知ること、それが望まれる。その象徴的表現が、喜多と他の
女との肉体関係なのだ。
いまや、あの奇妙なほど豪華なカレーの意味も明白だろう。あわびを食べる
とは、女性との関係を示してる。一方、伊勢海老は、武勇と長寿を表す豪華
な象徴だ。したがって、あれは「残された9日間を悔いのないように楽しむ」と
か、みずほと会う前の景気づけって意味だけじゃない。あのカレーを食べるこ
とは、勇気を持って女性と関係を持つことが素晴らしい生の延長につながる
ということの象徴表現なのだ。
今回のラスト。喜多はしのぶのワガママに感謝していた。東京から箱根まで
のタクシー料金はもちろん高い。ドラマでは途中のメーターが「高速・2割増・
21860円」となってたけど、ネットで計算すると3万円を超える。キャバ嬢3人
(巨乳のプー=渡辺万美,髪の長いまーくん=片山瞳,電話かけてきたミュウ
=桂亜沙美)を連れて電車で行く方がよっぽど安い。でも、「しのぶはオレの
悲しみに浸る時間を全部奪って、そのおかげでオレは残りの時間を生きてい
ける気がした。オレの、オレの残り少ないあしたを」。
おそらく喜多のこの感謝は、やがてもっと大きなものになるだろう。しのぶとの
関係が、太腿の口紅の線(来週の予告)で止まるのか、もっと上まで行くのか
は分からない。でも、裸の足に素手で触ることが、「服のない人生もある」こと
を教えてくれるはずだ。それはやがて、自殺の中止、または延期につながって
いくだろう。
もちろん、モノローグで前回から語られてるように、「まだ気付いてない」「痛み」
は経験するはずだ。そしてまた、しのぶへの感謝には、おそらくネガティブなも
のも添えられるだろう。なぜオレを生き延びさせたんだという、かすかな恨みも。。
☆ ☆ ☆
それにしても、人間は「裸」の人生を本当に送れるのだろうか。「裸」とは、「服
を脱いだ状態」を示す言葉だけど、「服」を全部脱いだ状態というのは現実に
はあり得ない。人間は本質的に、他人に対して、あるいは自分に対して、外見
を作り上げる動物なのだ。したがって「裸」で生きるとは、正確には「色んな服
装全体」を意識して生きることを指す言葉と考えるべきだ。もちろん、厚着の状
態から服を脱いで行くことは可能で、その際には徐々に服を全部脱いだ状態
に近づいていく。ただし最後の1枚は皮膚であって、生きてる限りは脱げない。
その意味では、広告のコピーはやっぱり正しいのだ。
「服のない人生はない」。
さて、来週は再び、喜多の足フェチ的マゾヒズムが現れるってことなのかね。ま
だ殺し屋・片山(温水洋一)の活動は本格化しないでしょ。って言うか、何で温
水なの?♪ スポンサーのau(by KDDI)が無理やり押し込んだってことか。そ
れならリカ役も仲間由紀恵にすれば視聴率上がったのにね。ま、松田龍平が
温水に殺しを依頼するっていう倒錯した図式で、面白みを出そうってことか。
ともかく、「あし=したの、着た善男」の今後にますます期待しよう。間違っても、
「イケメンの、貧乏男」なんてものに浮気しないように!
ではまた。。☆彡
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P.S 商品ルームのシーンは、台詞や演技だけじゃなく、映像も巧みだった☆
ポスターの男がみずほを背後から見るカット、そっぽを向いてる女性マ
ネキン、回転カメラ、牢獄のようにラックの金網越しに撮った映像。さら
に、あそこに向かう前、みずほはストッキングに包まれた足をパンプス
(=足の上着)に入れて、広告の女性のような姿で歩いて来る。泣き崩
れた時には、パンプスの裏側なんていう珍しいカットまでハッキリ映され
てる。ストッキングとパンプスに包まれたみずほの黒い足裏が、裸足の
しのぶの明るい足裏と対比されてるのは明らかなことだろう。
P.S.2 将棋も囲碁もオセロも五目並べもやるけど、マージャンはやらないか
ら、雀荘のシーンはオンタイムだとさっぱり分からなかった。平太が
店員に要求してた「むこうぶち」ってのは、裏の意味では殺しの依頼
みたいだけど、表の意味では麻雀のマンガのタイトルなわけね。店
員が平太に渡してた、高レート裏麻雀列伝、雑誌『近代麻雀』連載中
の長編漫画。天獅子悦也(作画)、安藤満&ケネス徳田(協力)。主
人公の一匹狼ギャンブラー・傀(かい)が相手に負けを宣告する時の
台詞が「御無礼」で、ドラマでは温水が真似してた。
この漫画とドラマの本質的な類似点は、ありがちな勝者のストーリー
じゃなくて、敗者のストーリーってことかな。それはともかく、砂糖なし・
クリームなしのコーヒーを「なしなし」って言ってたけど、あれは麻雀
ルールの通称(後付けなし・喰い断なし)の転用だってお話。へぇーっ
て感じだね。意味分からないけど♪
P.S.3 みずほの秘書・森脇大輔(要潤)。ここまでやたら献身的に社長を
助ける好青年になってるけど、ホントにこのまま行くのかね。何か裏
がありそうな気がするな。外見の美しさには要注意。
P.S.4 また出た、ぬれせんべい♪ 「上手いけど、ノド渇く」だけじゃなくて、
「パンチねぇ」。まだ車に常備してるってことは、茶髪男のケガが治っ
てないってこと、つまり僅かな時間しか経ってないことを示してる。と
言うより、味わい深いけどインパクトがいまいちの調査員コンビを示
してるようにも思えるな。
P.S.5 今回、みずほが夢を見なかったり、カウンセリングを中止したのは、
筋が通ったエピソードだ。つまり、夢やカウンセリングは、過去や本
物の自分と出会うためのものだけど、今回はその役割を喜多が果
たしたのだから。
P.S.6 「Waycys(ウェイシス)」っていう名前は、「鷲巣(ワシズ)」の変形か。
P.S.7 介護へのこだわりが、やっぱ気になるな。来週また喜多のお母さん・
静子(加藤治子)が出るようだし、認知症で施設に入って介護されるっ
て展開なのかね。でも、僅か10日ほどの時間だから、ストーリーの進
展は難しそうだなぁ。
P.S.8 喜多の踊りについては、パワーの身体的表現ってことで、しのぶと
の関係の予兆と見れなくもないけど、ちょっと遠すぎる気はするね。
P.S.9 「鮨処 あし田」は実在する店で、「あした」じゃなく「あしだ」と読む。
P.S.10 みずほと別れた後、トボトボ歩く喜多の隣を、少し離れて並んで歩
く人の演出は良かった☆ 映像的にリズミカルだし、分身=ネガ
ティブ善男の登場の予兆にもなってる。
P.S.11 初回から注目してる吉高由里子。今回もますます良かった☆ 喜
多への電話は、「下手な芝居」を上手く演技したものだったし、部
屋からタクシーまでの一連のシーンも、とても演技とは思えないほ
ど自然だ。言い換えると、「芝居じみた不自然な言動」の、自然な
演技なのだ。この複雑な構図が正確に見えないと、単に「不自然な
演技」になってしまうだろう。タクシーのシーンなんて、ちょっと萌え
ちゃったかも。喜多と同じく、「嬉しいよ」♪
cf.パンドラの箱に残されたもの~『あしたの、喜多善男』第1話
母を抱擁するマゾヒスト~『あしたの、喜多善男』第2話
魂の道の永遠性~『あしたの、喜多善男』第4話
善悪の混沌への誘い~『あしたの、喜多善男』第5話
父殺しへと向かったファザコン~『あしたの、喜多善男』第6話
偶然という名のふれ合い~『あしたの、喜多善男』第7話
束縛された愛の喜び~『あしたの、喜多善男』第8話
死ぬ自由より、生きる不自由~『あしたの、喜多善男』第9話
つながり合う心と心~『あしたの、喜多善男』第10話
生へとつなぎ止める他者~『あしたの、喜多善男』最終回
『あしたの、喜多善男』最終回、原作『自由死刑』との比較
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吉高由里子のフェチドラマ『紺野さんと遊ぼう』に期待☆