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「限界効用逓減の法則」というミクロ経済学の仮説について

経済学者リカードの「比較優位の法則」について書いた堅い記事は予想

以上のアクセスだし、哲学者(叔父)と心理学者(甥)の名前がついた「ジャ

ネの法則」の記事は、予想通りそこそこのアクセスを集めてる。そこで日

曜日の今日、またしても朝日新聞・土曜朝刊の別刷beから話題を拝借し

てみよう。勝間和代のコラム「人生を変える『法則』」、昨日(5月15日)の

見出しは「人間は刺激にすぐ飽きてしまう──ゴッセンの第1法則」だった。

     

刺激に飽きるというのは当たり前の話として、ゴッセンという名前は聞い

た覚えがない。でも、「限界効用逓減の法則」と呼び換えてくれると、一応

知ってるミクロ経済学の「仮説」だ。「限界効用」とは、何かを1単位(ある

いは微小量)追加することで得られるメリット。「逓減」とは、徐々に減るこ

と。したがってこの法則は、「何かを追加的に獲得することによるメリット

は、徐々に減っていく」ことを表してる。

          

英語なら、the 「law of diminishing marginal merit」だ。仮に、ものの量や

効用が実数的な連続性を持つとするなら、微分を用いて d²U/dx² < 0

(2回微分が負)とか、偏微分で ∂²U/∂x² < 0 と書ける。ただ、経済

で扱うものの量(正確には量というより数)は、せいぜい有限小数(2.36

とか)であって、実数的な連続性や無限性は基本的に持ってないことには

注意したい。微分を持ち込むには滑らかな連続性を「仮定」することになる。

          

勝間が最初に挙げてるは、空腹時のおにぎり。1個目はおいしいけど、

2個目、3個目と増えるにつれて、あまり美味しく感じなくなる。つまり、お

にぎりを胃袋に追加することによる感激は、徐々に薄れるという話で、表

面的には納得しやすいことだろう。

       

けれども、よく考えてみると、1個目はガツガツ食べるから、味はあまり分

からないかも知れない。それに対して、2個目の方が、ご飯や具(シャケ

とかタラコとか)をじっくり味わえるかも知れない。そうすると、0個から1個

へと追加する時の喜び(=限界効用)より、1個から2個へと追加する時

の喜びの方が多いことになる。「限界効用逓減」ではなく「限界効用逓増

となるのだ。

    

勝間の別の例でも、似たような疑問が湧く。「男女間で恋愛の最初の頃

のわくわく感は徐々になくなり、夫婦になると、ほとんど落ち着いてしま

います」。これまた、一見納得しやすい話に感じられる。

     

けれども、恋愛の一番最初は、一緒にいてもあまり楽しくなくて、しばら

く付き合った後に楽しくなってくることは珍しくないだろう。また、結婚して

落ち着くと、わくわく感は減るにせよ、代わりに安心感が増すことは考え

られる。これまた、「限界効用逓増」となるわけだ。

     

こういった疑問は、勝間の記事を読んだ瞬間に感じたから、「経済学の

もっとも重要な法則の一つ」という言葉にもかなり違和感を感じて、早速

ネットと参考書で調べてみた。結論から言おう。これは、「もっとも重要な

法則」と言うより、「(過去の)有名な仮説の一つ」にすぎないのだ。。

       

        ☆          ☆          ☆

この種の学問的な話をネットで調べる時、日本語版ウィキペディアはあ

まり当てにならないということは、これまでも度々示して来た。今回も日

本語版はほとんど役に立たなかったけど、英語版ウィキはかなり有益だ。

同じウィキでも、世界を相手にする元祖・英語版はレベルが違ってる。

                        

まず、勝間の「ゴッセンというドイツの経済学者が最初に唱えたもの」と

いう説明は、間違いとまでは言わないけど、ある程度割り引く必要がある。

というのも、法則の大雑把な意味(ものが希少な時ほど価値が高いとか)

なら遥か以前まで歴史を遡れるし、厳密な意味ならゴッセンより後になる

からだ。

        

そもそも「限界効用」とは、後のヴィーザーの「Grenznutzen」(英語の直

訳は border-use)を、更にマーシャルが「marginal utility」と英訳した言

葉らしい。「限界」とか「marginal」という言葉は、昔の数学で微分を説明

する際に使われてたのかと思ったら、そうゆう訳でもなさそうだ(この用語

の問題は今後も注目する予定)。

       

一方、私の家にある本を探してみると、西村和雄『ミクロ経済学入門』

(岩波書店,初版)と奥野正寛『ミクロ経済学入門』(日本経済新聞社)が

見つかった。どちらも大物の学者らしいけど、奥野の本は薄めの新書に

話を詰め込んで、数式も少ないので、西村の方が分かりやすい。

         

ちなみに、アマゾンその他で西村の本の感想を見ると、パッとしないもの

が並んでる。これはおそらく、数式を削った第二版だからだろう。私が持っ

てる初版は、数式もグラフも豊富で分かりやすく、記述も装丁も好感を持

てるものだ。ただし、今の学生が好むタイプのマニュアル本(受験参考書

とかマンガ的なもの)ではないから、難しく感じられる可能性はあるだろう。

        

ともかく、西村の本を見ると、まさに私が思ってたことが理論的に書いて

あった。「限界効用逓減」というには、効用を「大きさのある数値」で表す

必要がある。つまり、「基数」的効用(cardinal utility)が必要になる。とこ

ろが、ヒックスという学者の登場によって、「基数的効用を用いることは、

現在では非現実的として斥けられている」そうだ(無意味とは言わない)。

    

代わりに使われるのが、「序数」的効用(ordinal utility)だ。おにぎりの例

で言うと、0個、1個、2個という順「序」にしたがって、満足の順「序」が決

定すればいい。例えば、不満、満足、大満足、といった感じだ。西村は明

示してないけど、別に効用が増えて行く必要もないだろう。したがって、お

にぎり5個まで増やすと、効用は「やや不満」へと減少する可能性もある。

     

とにかく、現在の序数的効用分析では限界効用そのものは意味をもち

ません」し、仮に限界効用というものを考慮するにしても、「必ずしも限界

効用は逓減する必要がありません」と言われることになる。西村がここで

出してる2つの例は、まさにどちらも私が自分で考えてたものだ。つまり、

飲むほどに酒が美味しくなるとか、デートを重ねるごとに楽しくなるといっ

た場合は、限界効用は「逓増」してるわけだ。

        

したがって、限界効用逓減の法則とは、昔(19世紀中心)の基数的効用

理論が「仮定」したものにすぎない。「基数的効用を用いる場合・・・効用

も限界効用も・・・一定の性質をもつことが仮定されます」。でも、それを

用いる必然性はないし、用いるにせよ、単なる理論的な仮定にすぎない

わけだ。前掲した奥野の本など、実質的に序数的効用のみを扱っており、

限界効用逓減など相手にしていない。

         

今現在、「ゴッセンの第1法則」は「経済学のもっとも重要な法則の一つ

になっています」と勝間がいかにも学問的に語る時、あるいは「この法則

は、私たちが人間である限り不変です」と断言する時、どうゆう根拠に基

づいてるのか、気になる所ではある。勝間のファンがひたすら信じるの

はともかく、そうでない読者には、ぜひ自分で調べたり考えたりしてみる

ことをお勧めしたい。面白話としてはよく出来てるけど、パッと見ほど説

得的な話でもないことが分かるだろう。。

       

       ☆          ☆          ☆

なお、日本版ウィキの説明の最後を読むと、まるで今現在、序数的効用

理論が再び基数的効用理論に戻ったかのような印象を受ける(逓減す

るかどうかはまた別の話)。ここでもやはり、英語版ウィキの方が冷静に

説明してあった。

                

天才フォン・ノイマンらによって、20世紀半ば以降、再び基数的(つまり

量的)な効用理論が脚光を浴びてるのは確かだけれど、それは主に、

リスクとか不確実性を考慮した上での投資行動を理論づけるための仮

であって、おにぎりや男女交際に関する現実の話とはかなり違ってる。

投資はそもそも、最初から量的なもの(貨幣、貴金属、原油、債券など)

を扱ってるわけだ。

            

おまけに、その投資理論がどの程度の信頼性を持ってるのかが疑わし

。以前華々しく語られた「金融工学」のリスク回避能力がかなり怪しい

ことは、今回の金融危機でも大まかに実証されたことだろう。リスクの分

散など、机上の空論に過ぎなかった。経済学にせよ医学にせよ、極度

人間的な分野へ数学・自然科学を持ち込む時には、常に大幅な無理

が生じる。単純な物質を扱う物理学の成功とは話が違うのだ。

              

ちなみに、法則の普遍性を断言した後、「だからこそ」という接続詞を付

けて、勝間は次のように結論付ける──自己の欲望と折り合いをつけ、

周囲に期待しすぎず、思慮深さとチャレンジ能力を併せ持つことが重要

なポイントだ──。この結論だけなら、もっともな話だろう。問題は、経済

学的な法則の扱いと、「だからこそ」という唐突な結論の出し方なのだ。

      

なお、勝間が出典として挙げてるゴッセン『人間交易論』(日本経済評論

社)は、いずれチェックしてみたい。一応ドイツ語の原書(Entwicklung

der Gesetze des menschlichen Verkehrs und der daraus fliessenden

Regeln fur menschliches Handeln,1854)は、Googleブックスで無料で

全文入手。なるほど、非常に数学的な本で、出版当時ウケが悪かった

という逸話に思わず頷いた♪ 昔のドイツ語特有の飾り文字だけでも非

常に読みにくいので、せめて英訳をどこかで発見したいと思ってる。

                               

ではまた。。☆彡

         

           

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P.S.5月22日の勝間のコラムは、引き続き「ゴッセンの第2法則」を

    扱ってた。普通の呼び名は、「限界効用均等の法則」。コラムの

    タイトルは「人は常に最後の1個の喜びを計算している」。参考文

    献はレオン・ワルラス『純粋経済学要論』(岩波書店)。

    

    これまた「昔の有名な仮説」というべきものだけど、差し当たり時

    間がないのでスルーしておく。いずれ記事を書きたいとは思う。

       

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

cf.数学的な経済理論の問題点~リカード「比較優位の法則」&勝間和代

  年を取ると時間が短くなる~ジャネの法則(仏語原書に即して)

  言葉の意味、口調、表情~「メラビアンの法則」をめぐって

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