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「頑張って」「頑張ろう」~支援・激励・共感の言葉を求めて

久々に強烈な余震。。ちょうどこの記事を打ってた所だったから、思わず

パソコンを身体で覆ってしまった。むしろ、身体を守るべきだったかも。幸

い、それほど大きな被害は無かったようだけど、まだまだ安心できない状

況が続いてるね。とりあえず、気を取り直して、それでは。。

        

         ☆          ☆          ☆

何らかの意味で非常に辛い状況にいる人に、「頑張って」という言葉を

にしたくなるのは、ごく自然な感情だし、言葉の習慣でもあるだろう。その

言葉を実際に口にするのを、私がためらうようになったキッカケは、阪神・

淡路大震災の頃の、精神医学的な報道だったと思う。「頑張ってください」

などと激励してはいけないことは、専門家なら常識だし、一般市民もその

専門知識に従うべきだというわけだ。

         

そうした考えの背景には、その少し前に日本に伝わって来た、米国精神

医学系PTSD(心的外傷後ストレス障害)の理論があると思う。ただ、今

日は学術的な話を扱うつもりはないので、単なる指摘に留めとこう。

       

阪神大震災との前後関係が曖昧だけど、多分その少し前にも、スポーツ

の世界での「頑張って」に引っ掛かってたような気もする。記憶が曖昧だし、

あえて名前は書かないが、ある世界トップクラスのスポーツ選手が、「頑

張って」と言われることに不快感を示してたのだ。この選手はかなり個性

が強いので、「らしいな」という印象が強かったが、そうゆう人もいるのかと

いう学習にはなった。

            

その後、「そうゆう人もいる」どころか、世の中に心の病とか、うつ病とされ

る状態が急速に広がると共に、「頑張って」という言葉がタブーとされるこ

とが、珍しくなくなって来た。つまり、一部アスリートや心の病関連だけでな

く、多少の「知識」を持ってる人達やメディアが、その言葉を事実上、禁止

するように語り始めたのだ。

        

こうした動きに、私はかなり違和感を持ち続けて来たけれど、一種の社会

現象であれば、個人的にひたすら抵抗する気にもなれない。結局、誰に対

してというわけでもなく、う~ん・・とつぶやくしか無くなったのだ。実際の場

面でも、瞬間的に言葉を選ぶ習慣が身について来た。

      

        ☆          ☆          ☆

ここで、最近の実例を挙げてみよう。まず、3月23日の朝日新聞・朝刊で、

人気作家・高村薫が、被災者に「がんばってください」とは言えないと書い

ていた。腹の足しにならない言葉だと言うのだ。

       

29日の朝日・夕刊コラム「ロケットトーク」では、元スピードスケートの金メ

ダリスト、清水宏保が、次のように書いていた。長野五輪での実体験にも

とづくもののようだ。「被災地の人たちのご苦労は想像の範囲を超えてい

ます。逆説めいていますが、いま被災された方に『頑張って』と声をかけ

ないでほしいんです」。

             

さらに、翌30日の毎日新聞・朝刊の社説、「被災した子ども 泣いたって

いいんだよ」では、「がんばって」「弱音を吐くな」「負けるな」といった叱咤

激励は禁物だと書いている。今、必要なのは励ましよりも、小さな変化に

周囲が気づき適切なケアをすることだ」。

         

ちなみに、高村が「頑張って」の代わりにかけるのは、生きてくださいといっ

た言葉。清水の場合は、「今言うのは酷ですが、つらい環境は必ず自分を

育ててくれます」。もちろん2人とも、実際の行動で示してるらしき支援の方

が遥かに重要だろうが、かける言葉としては、こんな感じなのだ。はたして、

素朴な「頑張ってください」と比べて、どう評価すべきだろうか。。

     

       ☆          ☆          ☆

さて、自分としては違和感があっても、なるべく周囲の考えに合わせるの

が、大人とか社会人というものだろう。10年ほど前からは、少年少女た

ちの間でも、周りの「空気を読む」のがサバイバルの技術になってる。

          

ただ、「頑張って」と言ってはいけないという考えは、社会の多数派とか

「空気」というほどのものにはなってない。だから、ますます対応が難しい

のだ。「頑張って」や「頑張れ」は、身近でも聞いてるし、海外からの声

援にも入ってる。今日(4月7日)の朝日・朝刊国際面にもあった。

    

また、今日の朝日・夕刊では、宮城出身の柔道選手・阿部香菜に対して、

被災者である父が「頑張っておいで」と電話で励ましたことが書かれてる。

そのすぐ下の記事では、見事な実績で有名な福島大・陸上部の川本和久

監督が、全国でチャリティー陸上教室を開いてることが書かれている。教

室の副題は、「負けんな、福島! 立ち上がろう、福島」だ。

           

私自身母親や教師からは、そうした体育会系のノリの教育を受けて来

て、別におかしいと思ってないし、マラソンのレースで限界まで頑張ってる

終盤に、観客の方々から「頑張って!」と声援してもらって、腹が立ったこ

となど一度もない。「はい、頑張ってます♪」とか思いながら、ありがたく

激励を頂戴するだけのこと。そもそも、本当に限界状況なら、周囲の細

かい言葉使いなど、気にしてる余裕はないのだ。

           

        ☆          ☆          ☆

こうした中で、結局どのような姿勢を選ぶべきなのか。もちろん、ケース・

バイ・ケースというのが無難な一般論だろう。

         

自分も被災者なら、周囲の被災者に対して「頑張って」「頑張ろう」というの

いいと思うし、それをとがめる人達の声も沈黙するはずだ。また、片言の

日本語しか知らない外国人が「頑張れ!ニッポン」と励ましても、みんなほ

ほ笑むだけだろう。

           

一方、まったく直接的被害を受けてない日本人(例えば西日本)だと、被

災者への声の掛け方は難しい。不自由のない人達が「頑張ろう」と言って

も、言葉に重みがなく、相手に「わかってたまるか」と思われるおそれがあ

る。「元気を出してください」とか「前を見て進みましょう」などでも、他人事

のような言葉に感じられるかも知れない。

             

その中間が、私も含めた関東の人間なのだ。関東だと、地震とその直後

はみんな混乱したし、その後もしばらく生活は不自由。余震も続いてた。

今でも街は、文字通り「暗い」し、原発と放射能の問題は重く影を落とした

ままだ。

          

こうした関東の人間なら、お互い同士が「頑張りましょう」と言葉を掛け合う

のは何の問題もないし、被災地の人にも多少は声をかけやすい気はする。

私自身の実際の例だと、被災者である友人の様子を知った上で、「頑張っ

てますね! 素直に感心しましたよ」とメールで伝えてみた。すると、まもな

く返信が来て、丁重で心のこもったお礼の言葉が書かれてて、ホッと笑顔

になれた。返信の最後は、今後も頑張るしかないというものだった。

        

        ☆          ☆          ☆

結局、言葉の問題というのは、人間同士のコミュニケーションの問題であっ

て、つながりとか絆、共感の問題だろう。お互いの間にそうしたものがあれ

ば、言葉自体にこだわる必要はないし、言葉など不要でもある。

    

親しいもの同士なら、肩をポンと叩いて微笑むだけでも十分、あるいはそ

れこそが最善の行為の一つなのだ。以前扱った全国規模での「節電」とい

う現象・要請も、そうした非言語的なコミュニケーションの代表例と言える。

         

それでもあえて言葉を選ぶのなら、避難・疎開してる方々には「早く故郷に

帰れることを祈ってます」、病気の人には「元気になるといいですね。お大

事に」とか。親しい間柄なら、もっとくだけた表現でいい。あと、もちろん「

に出来ることがあれば、ご遠慮なく伝えてくださいね」といった実質的援助

の言葉も定番だろう。できる範囲で、気持ちを込めて行えばいいのだ。

     

最後に、お互いの共感を広く作り上げつつ、全体を支援し激励する言葉と

しては、やっぱり「頑張ろう」が代表のような気がする。スポーツ系ならもち

ろん、そうでなくても、その言葉の後に「ニッポン!」という大きな言葉を続

けてもいい。スタジアムなら、さらに「チャチャチャ」と手拍子を加えればい

いわけだ♪

          

頑張ろう」とは、要するに、共に困難に立ち向かおうとする言葉。その意

味では、桑田佳佑・福山雅治ら、芸能事務所アミューズの所属タレントが

歌う支援ソングのタイトル「Let’s try again」も同じことだ。「もう一度、み

んなで一緒にチャレンジしましょう」という意味なのだから。あるいは、ジャ

ニーズ事務所の支援プロジェクト「Marching J」も同様。「皆さんと共に、

前に歩いて行きます ジャニーズ一同」と言ってるわけだから。

         

言うまでもなく、このブログ記事も、一緒に前進しましょう、という思いを伝

えるためのもの。ただ、マニアックサイトとしては、普通のつぶやきに、少

しこだわった味付けをほどこしたわけだ。

それでは、今日はこの辺で。。☆彡

     

      

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

cf.中部・関西などの節電は「無意味」ではない

                     ~電力の総合的考察(情報源明示)

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コメント

コメントありがとうございます。
自分のブログにまだ皆さんにお返事書く
気力がないので、こちらに。
名前が変われど中身は変わらず・・・
でも、片の荷はおりました。
近頃また欝も少し戻ってきましたが、テンメイ様の
記事を何度も読み返しています。
難しい部分も頭に入りました。
凄い所からのアクセスには以前の日記でさすがに
テンメイ様は素晴らしいと尊敬と拍手です。
今日の”頑張れ!”の言葉は自分の経験上、
今まで欝の時に散々言われ、内心「何もわかっていない
癖に、綺麗事で頑張れなんて言わないで。頑張ってるんだから
これ以上、どう頑張れば良いの??」って
凄い反発してましたが、今回数人の友人家族が
レスキュー隊とか、自衛隊で現地に行ってて、
自衛隊は現地に着くまで、トラックの中で体躯座りで
ずーっとその姿勢で車の中。
現地に着けば、キャンプで自分達はレトルトの
食事で1日中働いてる。
そんな家族を持つ友人に、頑張って!としか言えない自分が
情けなく・・・
自分の時はそんな言葉なんて聞きたくないと思っていましたが
”頑張ってね”できる事は何でも言って下さい。としか
掛ける言葉が無く、ジレンマに押し潰されそうでした。
停電も無く、放射能も心配する事は余り無いですが
やはり政府の報道の仕方が、国民を余計に不安に
させたと思います。
私は新聞の記事は信用しません。テンメイ様の
こちらの記事を信用してますので、友人達に
放射能関係は
冷静に教えてあげられて感謝しています。

投稿: みに子 | 2011年4月 9日 (土) 01時35分

> みに子さん
   
こちらこそ、コメントどうもです。
ひそかにお待ちしてましたよ note
どう思ってるか、聞いてみたかったもんで。。
   
まずは、ブログの名前変更おめでとうございます bell
中身は、非常時から日常に戻りつつあるってことね♪
今後は日常そのものの変化にも
前向きに進めることを願ってます。
   
     
で、ウチの難しい記事が頭に入って来たと。
それは素晴らしいですね☆
米国海軍の読者は多分、頭に入って・・
おっと。。余計な事を書いてると、
「異人さんに連れられて」行くハメになるのか♪
「イイじいさん」とは限らないから気を付けよっと。。yacht
   
   
軽口はともかく、そうですか。
やっぱり凄い反発を感じたと。。
   
でも、代わりにどう言うかが問題なんですよね。
やっぱり、「頑張って」は自然で便利な言葉だし、
「頑張ろう」だと使う状況が限定されちゃう。
   
昨日から、福山雅治の24時間ラジオをちょっと
聞いてたけど、時々「頑張って」とか「頑張れ」って
言葉が使われてました。あくまで控えめに。
  
ちなみに、ゲストの彼は使ってなかったかも♪
多分、そこまではチェックしてないでしょ(笑)
相変わらず、丁寧で感じのいい好青年でしたよ。
福山とも仲良しなんですね cute
微笑みを与えてくれるものは愛犬とのこと dog
心配してたら、地震を気にせず家で寝てたとか♪ 
  
    
政府や新聞よりウチの記事を信用してくれるのは
光栄だけど、僕も各種の情報は参考にしてますからね。
   
それは、震災関連の対応でも同じこと。
1人きりで出来ることは僅かだし、
独りよがりになっちゃう可能性もある。
   
情報、人、物、色々とつながりを保った中で、
自分なりの事を行うのが大切。
その意味で、ウチでは今後もあちこちに目配りしながら、
独自のマニアックで正確な記事を書いて行こうと思ってます。
    
今後も、参考の一つにして頂ければ幸いです。
ではまた。。shine

投稿: テンメイ | 2011年4月10日 (日) 14時05分

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