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和解の方向、未来からの審判~小阪淳&高橋源一郎&濱野智史「論壇時評」(朝日新聞・12年11月)

(☆13年4月28日追記: 最新記事をアップ。

 あの日から2年、疎通の深化~小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・13年3月) )

       

      

         ☆          ☆          ☆

今回も掲載から丸1週間遅れとなったが、朝日新聞の複合記事、「論壇時

評」について軽く論評しよう。11月分(29日の朝刊)は、小阪淳のCG、高

橋源一郎の時評に加えて、濱野智史のコラムという構成。小阪と濱野が直

接的に総選挙を扱ってるのに対して、高橋は間接的に扱った形になってる。 

    

ではまず、いつものように小阪のCGから見て行こう。「現代社会をイメージ

した作品」というより、むしろ毎回、『現在』社会をイメージした作品になって

るので、今回の題材が総選挙になるのは当然予想できた。ちなみに、野田

首相が実際に衆院解散を行ったのは11月16日の本会議だが、14日に

はニュースが出てたし、その数日前から年内解散という噂はあった。野田

は今現在でも、現職の内閣総理大臣であって、世間的な評判の低さの中、

議員とは別格の立場を誇示している。

        

小阪の作品は、今現在でも朝日新聞デジタルで閲覧可能。無料で、登録も

不要だし、紙面と違ってカラーなので、いつものように閲覧をお勧めしとこう。

高橋や濱野の文章は、無料だと冒頭しか読めない。最近は、先行した日経

に続くようにして、朝日も読売も有料の電子化を推し進めてるようだ。

     

    

           ☆          ☆          ☆

「方向」と題する今回のCGは、大きく分けて上下2つの部分から出来てる。

上が選挙用の必勝だるま。下が国会議事堂だ。もちろん、両方とも小阪らし

いヒネリが入ってる。

      

上段の達磨は、多くの「方向」の顔を合成したもので、直接見える鼻の数だ

け数えても8つある。嘉田知事の新党とか「未来の党」結成のニュースが流

れたのは11月26日だから、小阪の制作時にはまだ考慮されてないだろう。

121206a

  すると、自民、民主、公明、生活、共産、

  社民、みんな、維新の8党ということに

  なるだろうか。他の勢力は気の毒なが

  ら、目立たない裏側に顔があるのだろ

  う。ちなみに左は単なる参考写真で、

  ウィキメディアより(以下すべて)。パ

  ブリックドメイン=公的所有となっ

  てる画像だ(作者はChrisO氏)。

       

小阪の達磨は、回転させた形で複数の顔を合成してるので、どの目も黒目に

なってる所も異様だが、それ以上に特徴的なのは、達磨の下半分が黒くなっ

てて、「必勝」という文字の下の「勝」がほとんど見えなくなってること。その上

121206b

  の「必」もかなり見えなくなっ

  てる。これは、原爆のキノコ

  雲をイメージしてるかも知れ

  ない。実際、今回の最大の

  争点(の一つ)は核の利用、

  つまり原子力発電なのだ。

  左もパブリックドメイン=公

  的所有となってる(アメリカ

  合衆国連邦政府作成)。

            

様々な方向の複数の顔が、1つの達磨の身体にまとまってるのだから、日

本の衆議院という1つの政治組織を表してるとも考えられるし、1つの中心

的な同一性を持つ政治思想・行動・共同体とも見れるだろう。政治家だけで

なく、有権者だけでもなく、国民と国家全体が達磨なのだ。

            

その全体は、戦後70年近く、単に核兵器防衛という意味を超え、より広い

意味で「核の傘」に覆われ続けてる。放射能被「曝」に関する反応も、原爆

の被「爆」を抜きにしては語れないだろう。被曝と被爆が、同じ発音でほぼ

同じ漢字になってることが、不安を増幅させてることは間違いない。もちろん

両者には共通点や関係もあるが、被害には大差があるのだ。。

        

    

            ☆          ☆          ☆

一方、CGの下半分で達磨を支えてるのは国会議事堂だが、それは上下7

121206c_2

  段くらいの積木から出来てる。そ

  の積木は左右に微妙にズレてる

  ので、「大地震」があればすぐに

  壊れるだろう。左は A.Drauglis

  Furnituremaker の画像。そう

  言えば、積木を積み上げる際の

  基本は山型、つまり国会議事堂

  型だ。大組織の階層構造と言っ

  てもいい。人間界でも自然界で

も同じ形が基本になってるのは、偶然だろうか、それとも必然だろうか。

        

積木という素材は、それだけでどこか懐かしさを漂わせてる訳だが、小阪の

制作時期とギリギリ重なってたかも知れない11月23日、24日には、二晩

連続で『積木くずし 最終章』と題するテレビドラマが放送されたようだ。この

原作の第一作は82年のベストセラーで、俳優・穂積隆信の体験記としてそ

の後もしばしば話題になってる。ウィキペディアを見ると、関連書籍は実質で

8冊、ドラマ化は4回。

     

穂積の名字に「積」という文字が入ってることを考えても、「積木くずし」という

タイトルは印象深い。しかも本物の積木と同じく、何度も積み上げては、何度

も崩れてるのだ。「崩れた」と言うより「くずし」たという側面も十分あるので、

まさに、日本の政界再編の象徴にふさわしい言葉だろう。 

        

積木くずしの更に8年前には、布施明の『積木の部屋』という曲もヒットしてい

る。検索で有馬三恵子の作詞を見ると、これも興味深い言葉が書かれてる

のだ。「やりきれぬ淋しさも愚痴も おたがいのぬくもりで消した もしもどちら

か もっと強い気持ちでいたら 愛は続いていたのか」。そして最後、二番の

ラストは、次のように終わってる。「こんな終わり知らず 部屋をさがしてた頃

 そうさ あの日がすべて」。

         

政党の積木ごっこの黙示録とまで呼ぶと、言い過ぎだろうか。ちなみに、私

は全く読んでないが、『積木くずし』の全体、つまり穂積の実際の人生をウィ

キペディアで見ると、壮絶な悲劇が記されてるので言葉を失ってしまった。こ

れはあまりに極端すぎて、実話でないとテレビドラマにしにくいだろう。極端

すぎる政界再編の様子も、実話だからこそマスメディアに流れるわけだ。。

          

     

           ☆          ☆          ☆

最近はあらゆる分野でカラフルになってるので、積木も色付けされて、カラー

ブロックみたいな感じもある。それに対して、小阪の描いた積木は、カラー画

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  像で見ても、昔ながらの

  木の色でモノトーン。これ

  は積木の古さと単調さを

  示すものだろう。メンバー

  にせよ、思想的・政策的

  要素にせよ。

  

  写真はカラーブロック(レゴ)

で作った階段で、Diomidis Spinellis 氏の作品。これはカラフルで頑丈そ

うに見えるが、素朴な積木だと、色の単調さだけでなく、結合力もかなり弱い。

           

小沢一郎を中心とし、消費増税をめぐって民主党から独立した政党、「国民

の生活が第一」は、7月11日に出来たばかりだが、党議拘束がなかったよ

うだし、日本未来の党への合流で早くも解党を発表。その「未来」の今後(つ

まり未来)もかなり不確かだと思われる。もちろん、その点は、太陽の党が

合流した「日本維新の会」も同様。「みどりの風」など、政党としては、あっと

言う間に消滅してしまった。これでは、選ぶ側も分かりにくい。世論調査の際

にも、党名を読みあげなければ思い出せない回答者が少なくないそうだ。

         

ただ、維新の場合、たとえ石原慎太郎と橋下徹が分裂したとしても、自民党

との関係その他で、近い内にどちらかが首相になる可能性が一応ある。小

阪のCGで、積木の一番上、つまり達磨の下だけが、なぜか新しい積木に

なってるのは、その可能性を表してると見れなくもない(特に橋下)。

   

最後に、もう一つだけ積木の国会議事堂の特徴を挙げるなら、それは「幼

さ」だろう。ブロックの場合、高度なものは大人でさえ遊べるだろうが、積木

121206e

  の対象年齢を有名ブランドのHP

  で見ると、1歳からとなってた。

   

  もちろん積木と言っても、しっか

  り木を積み上げるということなら、

  日本には素晴らしい伝統も存在

  するわけだ。左は世界最古の木

  造建築と言われ、耐震性に優れ

  た柔構造でも名高い、国宝&世

  界遺産。法隆寺の五重塔。

  663highland氏の作品だ。

    

なお、今回の記事タイトルは、小阪のCGタイトルと高橋の時評の見出しを融

合させたもの。「和解」とは、複数のものが争いを止めて仲良くすることで、こ

こでは直接的には、維新や未来の内部、あるいは未来と社民の選挙協力な

どを表してる。もちろん、維新・自民・公明の選挙後の「和解」なども視野に入

れてのことだ。

   

様々な和解が、将来=未来から振り返ってどのような評価=審判を受ける

のか。差し当たり、最初の審判は10日後に迫ってる。12月16日の夜遅く、

本当に両目になるのはどの達磨なのか。そこへのプロセスも含めて、じっく

り見守りたい。有権者の1人として、どの候補者、どの政党を選ぶか、決定

する重い「義務」もあるので。。

    

    

   

            ☆          ☆          ☆

続いて、高橋源一郎の時評については、より簡単に。今回の見出しは「和

解への道」「未来からの審判 応えるには」となってる。ここでいう和解とは、

炭鉱や原発における被害者と加害者・責任者の和解を始めとして、日本と

韓国(慰安婦、竹島=独島など)、米国の奴隷制、橋下徹vs週刊朝日、橋

下vs労組・学者などに関するものだ。

    

高橋が言う「未来からの審判」とは、具体的には2つの議論から導かれたタ

イトルだ。まず、東郷和彦による、日韓関係(慰安婦問題)と奴隷制との重ね

合わせ(『世界』12月号)。過去の奴隷制であっても、その当時においては

自然だったという考えは受け入れられず、現在から見て審判されるべきもの

だ。その考えを日韓の慰安婦問題に用いるなら、たとえ国や社会による狭

義の「強制」が無かったとしても、現在から見て「人道に対する罪」ということ

になる。。

       

現在から見るということは、過去の時点にとっては「未来からの審判」となる

わけだが、こういった話は具体的に書かなければ意味は薄い。つまり、奴

隷制が許されないと見る現在、昔の奴隷制に対してどのような処罰を下す

のだろうか。既に死んだ多くの人に罪を負わせて、墓地に刻むのか。あるい

は子孫や現在の自治体・国などが、代わりに何か罰を受けるのか。時効や

不可抗力といった話はないのか。単に「許されない」と観念的に言うだけな

ら、「昔は悲惨だった」という平凡な感想にすぎない。

       

実際、日韓の問題も、観念的な歴史認識では済まないのだ。仮に、現在か

ら見て許されない「罪」だと審判が下ったとして、「罰」はどうするのか。お金

にせよ、「特別な謝罪」にせよ、両国や双方の当事者の合意を形成するの

は大変な作業で、少なくとも落とし所を大まかに示す必要がある。もちろん、

その落とし所が何であっても相当な反発があるだろう。そこで初めて、問題

の複雑さや重さと直面することになるのだ。

       

「未来からの審判」という言葉につながる、もう一つの議論は、朴裕河(パク・

ユハ)による、竹島=独島問題への提言(『atプラス』14号)。過去、彼女は

慰安婦問題について、韓国(朝鮮)側の問題点、いわゆる被害者側の持つ

加害者性をも鋭くえぐり出したようだが、今回も、どちらが悪いという一方的

な判定はくださない。

           

「古文書に依存して『今、ここ』を決めるようなおろかな拘束から自由になる」

べきだし、「『過去』をもとに現在を考えるのではなく『未来』に向けて現在を

作って」いかねばならない、と説いたそうだ。

    

未来志向という小奇麗な話も、抽象的に言うだけなら平凡だし、何の解決に

もならない。現在を「どのように」作って行くのか。それを具体的に決める際

に、過去が大きな参照点になるわけだし、過去を突きつめて行けば、古文

書研究の世界へと直ちに辿り着く。それは日中の尖閣諸島の領有問題で

も同じことなのだ。

         

高橋が結語で言うように、和解への道筋は確かに必要で、そのためには相

手を理解しようとする強い思いが必要だ。では、理解への強い思いはどう

すれば生み出せるのか。

            

そのためには、問題と直接関係のない経済的・民間交流や、可能な範囲で

中立的な現代史の教育に加えて、文化的な興味・関心が大切だ。もう今年

の紅白歌合戦には間に合わないが、来年以降の両国に、相手国を強く引き

付けるような魅力を持った人・物・カルチャーが浮上することを願うとしよう。

反感の中でも好感は生まれるし、両者はある程度以上、中和しあうはずだ

から。。

    

      

       

           ☆          ☆          ☆

最後に、コラム「あすを探る」について。今回のテーマはメディアで、担当は

濱野智史だ。見出しは「ネット選挙 参加する喜び」。朝日新聞だけでも、論

壇時評その他で2回以上読んでるから、また彼が大好きなAKB48の話が

出るんだろうと思ったら、その通りだった。良し悪しはさておき、これが32歳

の論客の「若さ」だ。

       

内容も、味付けや題材が少し変わっただけで、要するに「同じ料理」なのだ。

「AKB48みたいな総選挙」。つまり、みんなが「ガチで」参加する喜びを味

わえるような楽しいエンターテインメントのシステム。政治の場合は、マスメ

ディアだと暑苦しい「プロレス」(=政局)になりがちだから、政策のクールな

取捨選択に向いてる双方向的なソーシャルメディアを認めるべきだという話

で、津田大介を援用する点も含めて、最初に結論ありきといった印象だ。し

かも、その結論には細部がないし、さほど明らかでもない。

        

ちなみに、単に「ネット選挙」というだけなら、既に一部は解禁されてる。「選

挙公報 小選挙区」で検索すれば、直ちに全国の選挙広報が読めるのだ。

もちろん、濱野のポイントは双方向的なソーシャル、ツイッターやfacebook

などであって、「クール」とはとても思えないが、大まかな方針としてなら導入

賛成の人は多いだろう。

    

ただ、ネット特有の問題がある。サイトの書き換えなどの攻撃、あるいは、

なりすましや炎上。デマ、間違い、中傷誹謗などの拡散も問題だ。ネットに

はトラブルの修復機能のような性質も備わってる気がするが、選挙戦の場

合は短期間の勝負で、取り返しがつかない(間に合わない)恐れがある。

特に、投票直前のトラブルの対策は重要だろう。技術的にそれがどの程

度難しいのか、残念ながら素人には想像さえ困難だ。

      

      

         ☆          ☆          ☆

とはいえ、「近いうちに」ソーシャル選挙も実現するとは思うから、その点は

別に気にならない。今日の朝日・夕刊によると、イタリアではネットによる直

接民主制を目指す政党が、ネット投票で候補者を選ぶそうだ。

     

それより、話はズレるが、彼のAKB48に対する強烈すぎる執着が、ファン

でない者にとっては違和感がある。たまに、半ばジョークで話題として持ち出

すのならいいのだが、彼は遂にAKB48を崇拝する本まで出版した。『前田

敦子はキリストを超えた』(筑摩書房)。

   

この本は今日、12月7日が発売日だが、既に何らかの方法で読んでる人

もいるようだし、発売前から刺激的なタイトルが話題になってる。ネットを

見渡すと、控え目に言っても、微妙な反応のような感はある。

         

まあ、昔の『山口百恵は菩薩である』(平岡正明)に仏教界が抗議したとい

う情報はネットで見当たらないから、今回も少なくとも、日本のキリスト教界

から正式なクレームがつくことはないだろう。しかし、AKB総選挙の問題点

(ほぼ同じCDを何枚も買わせる集金システムなど)に少しも触れず、ひた

すら肯定的にとらえて本物の選挙と結びつける辺りは、かなり気になる。そ

もそも彼は、AKBのCMにまで登場してるのだから。

         

まあ、著書の中には、「アンチ」(反対派)や総選挙の話も当然書かれてる

ようだから、後ほど確認して、ここに追記したいと思ってる。濱野の場合、未

来からの審判と言うより、至近未来や現在からの審判の方が問題だろう。

第三者としては、社会の寛容性に期待しよう。彼自身の未来からの審判が

どう下されるのか、10年後の彼の回顧(または反省)にも注目したい。

      

 (翌日追記: 早速、著書を確認。AKBは「ロングテール」、つまり不人気

          メンバーの数が非常に多い商品群で、全体として集客力が

          あるし、老若男女で盛り上がる総選挙によって「正統性」も

          確保するから、「世界宗教」になれるという主張だった。。)

         

もちろん、そういった細かい事より、原発、TPP、増税、領土、憲法などをめ

ぐる複雑多様な和解の方向こそ、重要なことだ。まずは16日、個人的に、

至近未来からの審判を下すことにしよう。和解とは一般的に、固定された

美しい結果ではなく、流動的で曖昧なプロセスの僅かな断面に過ぎない。

したがって、審判も半永久的な営みであって、我々はその都度判断をくだ

し、プロセスの軌道修正を続けていく必要があるのだ。

        

こうした現実の中で生きるからこそ、フィクション=虚構の物語の中では、

典型的で分かりやすい勧善懲悪やハッピーエンドが好まれるのだろう。

残念ながら現在、水戸黄門は実在しないのだ。無数に溢れ返るアイドル

や、遠い過去のキリストや菩薩ならともかく。

               

それでは、今日はこの辺で。。☆彡

    

        

       

cf.震災後、身の丈超えぬ「ことば」に希望

      ~高橋源一郎&小熊英二「論壇時評」(朝日新聞) (11年・4月)

  非正規の思考、その可能性と危険性

         ~高橋源一郎&濱野智史「論壇時評」(朝日新聞・5月)

  みんなで上を向いた先に真実はあるか

         ~高橋源一郎&平川秀幸「論壇時評」(朝日新聞・6月)

  スローな民主主義と『スローなブギにしてくれ』

          ~高橋源一郎&森達也「論壇時評」(朝日新聞・7月)

  柔らかさ、面白さが無ければ伝わらないのか

          ~高橋源一郎&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・8月)

  人を指さす政治的行為のマナー

          ~高橋源一郎&酒井啓子「論壇時評」(朝日新聞・9月)

  希望の共同体を楽しく探るために

          ~高橋源一郎&小熊英二「論壇時評」(朝日新聞・10月)

  アート・ロック・ゲーム、多様な変革運動

    ~高橋源一郎&濱野智史&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・11月)

  どの常識をどう疑い、何に立ち向かうのか

    ~高橋源一郎&小阪淳&平川秀幸「論壇時評」(朝日新聞・12月)

  対称的な関係の中にある前進

    ~高橋源一郎&小阪淳&森達也「論壇時評」(朝日新聞・1月)

  現在の中に過去を見ること

    ~高橋源一郎&小阪淳&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・2月)

  自ら切りひらく主体相互の共生

          ~小阪淳ほか「論壇時評」(朝日新聞・3月)  (未完)

  「常識がない」ということの意味

        ~小阪淳ほか「論壇時評」(朝日新聞・12年4月)  (未完)

  破壊と建設、善意と悪意

   ~小阪淳&高橋源一郎&濱野智史「論壇時評」(朝日新聞・12年5月)

  未来を「一から」創り出すこと

   ~小阪淳&高橋源一郎&平川秀幸「論壇時評」(朝日新聞・12年6月)

  古きを温め、新しきを育む

   ~小阪淳&高橋源一郎&森達也「論壇時評」(朝日新聞・12年7月)

  変える楽しみ、保つ安らぎ

   ~小阪淳&高橋源一郎&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・12年8月)

  不変の変化という、不変の夢

   ~小阪淳&高橋源一郎&酒井啓子「論壇時評」(朝日新聞・12年9月)

  方舟の進路、風任せにしない

   ~小阪淳&高橋源一郎&小熊英二「論壇時評」(朝日新聞・12年10月)

  アートとツール(道具)

   ~小阪淳&高橋源一郎&平川秀幸「論壇時評」(朝日新聞・12年12月)

  対話するインテリジェンス

   ~小阪淳&高橋源一郎&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・13年1月)

  ひとりで揺れる時の振幅

   ~小阪淳&高橋源一郎&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・13年2月)

                

                                   (計 7697文字)

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