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「三段論法」と伝統的論理学~『ビブリア古書堂』第3話の解説

(☆1月28日追記: 書籍自体の記事を新たにアップ。

 『論理学入門』(ヴィノグラードフ&クジミン)の内容紹介~『ビブリア古書堂』 )

   

    

         ☆          ☆          ☆

今期はどのドラマを見ようかな・・と思った時、まず浮かぶのがフジ月9だ。

過去、安定的な質と話題性を保ってるし、何より私にとって見やすい曜日&

時間帯なのだ。ちょうど仕事から帰って来た時間帯だし、月曜はランニング

を休むことが多いから。 

   

そこで今期も、まずは剛力彩芽主演の『ビブリア古書堂の事件手帖』を見始

めたんだけど、初回直後にいきなり深刻なPCトラブルが発生。ブログどころ

じゃなくなって、完全に出鼻をくじかれてしまった。それもあって、第2話は大

遅刻。最後の15分くらいしか見てないから、僅かなつぶやきしか残してない。

     

ところが、第2話終了後の予告で、第3話が扱う本が大昔の『論理学入門』

だと知って、総合マニアック・ブロガーの血がムラムラと騒ぎ出した♪ 渋

すぎるし、ほとんどの人は軽くスルーするだろうから、ウチがこだわりを持っ

て扱うネタとしてはピッタシだろう。

   

という訳で早速、『ビブリア古書堂』の原作本(三上延,アスキーメディアワー

クス)の該当箇所をチェック。そこで扱われてる、伝統的論理学の「三段論

」についてまとめることにした。今現在はまだ、第3話放映の4日前だか

ら、ネタバレ気味になってしまうが、物語との関係は薄い。まあでも、ドラマ

にまっさらな気持ちで向かいたい方は、ご注意あれ。。

    

       

        ☆          ☆          ☆

さて、伝統的論理学というものを、最初からきっちり教科書的に説明しよ

うとすると、非常に長くなってしまうので、ここではあくまで、『ビブリア』の

原作本の中で「三段論法」とされてるもの3つを具体例として、程よいマ

ニアックさで説明してみたい。

      

では、最初の三段論法について。原文の言い回しをほんの少しだけ変え

たものからスタートしよう。物語の文脈は、おしゃべりのホステスが無口な

男性客にグチをこぼすシーンだ。

       

    ホステスはバカに向いてない。

    私はバカだから、ホステスに向いてない。

     

この日常会話の文2つは、次のような3つの文へと、論理学的にまとめ直

すことが出来る。

   

    すべてのバカは、ホステスに向いてるものでない。

    私はバカだ。

    よって、私はホステスに向いてるものでない。

     

これは、1段目・2段目の文(または「判断」)から、3段目の文(または判断)

を導く論法の形をしてるので、「三段論法」と呼ばれる。そして、前に置かれ

た2つを「前提」、後で導く1つを「結論」と呼ぶ。三段論法とは、2つの前提

から1つの結論を導く、「推論」の中心である。とりあえず、こう書いておい

て、三段論法という言葉のやや突っ込んだ説明は後回しにしておこう。つま

り、三段論法は三段とは限らないとかいう妙な細かい話もあるのだ。。

    

     

         ☆          ☆          ☆

上で、まず3段目の結論を見てみよう。主語(Subject)である「私」を

(Predicate)である「ホステスにむいてるもの」をと書く。また、1段目と

2段目に共通する部分である「バカ」という言葉をと書くことにしよう。は、

対象の範囲が小さいから、「小名辞」(minor term)、は逆に「大名辞

(major term)、その間のは「中名辞」(middle term)と呼ばれる。名

辞とは、名「詞」とは限らないが、名詞みたいな働きの言葉や概念だ。

       

ちなみに、主語、述語という言語学的な言い回しの代わりに、思考を示す

哲学的な言葉として、「主語概念」、「述語概念」などと言ってもよい。『ビブ

リア』で話題になる古書、ヴィノグラードフ&クジミン『論理学入門』(青木書

店)では、言語よりも思考を意識したまとめ方になってる。

    

とにかく、小名辞S、大名辞P、中名辞Mを導入すると、元の三段論法は

以下の「形式」に変換される。参考として、いわゆる「オイラー図」も挿入し

ておこう。

           

130124a

   すべてのMはPでない

        SはMだ

   よって、SはPでない

    

      

これは、日本語(ひらがな)の部分を除いて、S、M、Pの並び方だけ見た時、

第1格(first figure : figure 1)と呼ばれる形式だ。第2格、第3格、第4

格と合わせて書き並べてみよう。

   

   (第1格)     (第2格)    (第3格)     (第4格)

    M-P      P-M      M-P      P-M

    S-M      S-M      M-S      M-S

    S-P      S-P      S-P       S-P

     

3段目は必ず「SはP」となるから、変化できるのは1段目と2段目。どちら

にも媒介役としてのMが入るから、結局は、1段目のPが右か左か、2段

目のSが右か左かを考えて、2×2=4通りになるわけだ。

     

一方、『ビブリア』の例に戻って、1段目は「すべてのMはPでない」となって

るから、「全称否定命題」、または「全称否定判断」と呼ばれ、記号で表す。

英語なら、「universal negative」だ。2段目は、「私(のすべて)」が主語で

あって、暗黙の内に「すべてのSはMだ」となってると考えられるから、「全称

肯定命題」(または判断)と呼ばれ(universal affirmative)、記号で表

す。最後に3段目は、「すべてのSはPでない」だから、再び「全称否定命題」

(または判断)であって、記号Eで表す。

        

ちなみに、「私は」で始まる命題のように、特定の一つの主語を持つものは、

単称命題」という呼び名もあるが、単称命題は全称命題の特別な場合

考える。というのも、どちらも例外がないことを示すからである。

    

結局、『ビブリア』の例は、第1格、EAE 式と呼ばれる正しい推論の形式

に従ってるのだ。他に、「あるSはMだ」なら「特称肯定命題」(または判断)

と呼ばれ(particular affirmative)、記号で表し、「あるSはMでない」

なら「特称否定命題」(または判断)と呼ばれ、記号(オー)で表す。ちな

みに、Aと I (特称肯定)は、肯定を表すラテン語「affirmo」の母音に由来

し、EとOは否定を表すラテン語「nego」の母音に由来する。

   

格が4種類、3つの段がそれぞれAE I Oの4種類に変化するから、三段

論法のパターンは全部で4×(4×4×4)=256種類となる。このそれぞ

れが正しいかどうか、すべて調べるのが、伝統的論理学なのだ。正しいの

は全部で24種類。ただしその内、5種類は他のパターンから直ちに導け

るので、本質的には19種類とみなされてる。

        

    

          ☆          ☆          ☆

続いて、『ビブリア』の2つ目の例も簡単に見てみよう。元の文章を少しだけ

言い換えたものが、次の通り。物語の文脈は、ホステスのボヤキに対して、

客が論理的に

   

   君は三段論法を使った。

   バカは使えない。

   君はバカじゃない。

     

これは過去形と現在形が混ざってるが、気にせず現在形だけで論理学的

にまとめ直すと、次のように書ける。

    

   すべてのバカは、三段論法を使えるものでない。

         君は、三段論法を使えるものだ。

     よって君は、バカでない。

     

例のS、M、Pを使うと、     すべてのPはMでない。

                   (すべての)SはMだ。

              よって、(すべての)SはPでない。

   

ということは、第2格、E AE式ということになる。これも正しい推論形式で、

例の24種類(あるいは19種)の内の1つだ。ちなみにオイラー図は、前と

同じになる。

    

     

          ☆          ☆          ☆

最後に、『ビブリア』の3つ目の例。まずは、少しだけ変えた文章から。物語

の文脈は、男性客がホステスにある告白をしたのに対して、ホステスが前か

ら分かってたと応じる場面だ。そばで、店主の栞子(剛力)と五浦(AKIRA)

が温かく見守ってる。

    

   バカじゃなければ分かる。

   私はバカじゃない。

   だから私は分かった。

     

論理学的にまとめ直すと、次の通り。

   

   すべてのバカでないものは、分かる。    

   私は、バカでないものである。

   よって、私は分かる。

   

S、M、Pに変換すると、     すべてのMはPだ。

                  (すべての)SはMだ。

             よって、(すべての)SはPだ。

     

130124b

  ということは、第1格、AAA 式というこ

  とになり、これも正しい論理形式だ。オ

  イラー図(またはベン図)は左の通り。

         

  ちなみに、同じ図で、SとMとPが完全

  に一致する場合を考えると、S=M、

  M=P、

よってS=P、という風に言うことも可能。原作の栞子は、典型的な三段論

法をそう説明していた。。

   

     

           ☆          ☆          ☆

最後に、「三段論法」とは、正確にはどうゆう意味なのか。小学館『大辞泉』、

三省堂『大辞林』、小学館『日本大百科全書』を見ると、上で見たように、2

つから1つを導く3段のものとされている。例の『論理学入門』でもそうだし、

藤野登『論理学 伝統的形式論理学』(内田老鶴圃)、坂本百大、坂井秀

寿『新版 現代論理学』(東海大学出版会)でもそうなってる。英語版のウィ

キペディアも同様。

   

ところが、飯田賢一・中才敏郎・中谷隆雄『論理学の基礎』(昭和堂)では、

次のように書かれてる。

   

     三段論法ギリシア語で「シュロギスモス」と言うが、これは二つ

     以上の前提命題から一つの結論命題を導出する推論のことで、

     必ずしも三段である必要はない

    

似たような話は、出典なしで日本語版ウィキにも書かれてる。そこで、定評

あるスタンフォード大・哲学百科事典(オンライン)を見ると、「古代ギリシャ

の代表的哲学者アリストテレスの論理学」が説明されていた。本人の著作

『Prior Analytics』(分析論後書)における「Syllogismos」(三段論法の

ギリシア語)の説明では、前提も結論も単なる複数形で、個数は不特定ら

しい。だから、この項目の執筆者ロビン・スミス(Robin Smith)は単に、

deduction」(演繹=えんえき=論理的導出)とだけ訳してるのだ。

        

ただ、その後の論理学の歴史を通じて、2つから1つを導く3段の形式にま

とめられたから、三段論法と言われるようになったのだろう。ちなみに元の

ギリシャ語は、英語版ウィキによると、単に結論とか推論という意味らしい。

        

三段論法については、またいずれ記事を追加するかも知れないが、ドラマ

やライトノベルとの関係なしにどれだけ読者がいるのか、微妙な所だろう♪

私自身は結構、面白がってる。現代の記号論理学、特に一階の述語論理

との関係も興味深い所だ。それでは、今日はこの辺で。。☆彡

               

         

    

P.S. ドラマでは、男は中村獅童、女はサトエリ=佐藤江梨子。台詞は

     ほぼ小説通りだった(三段論法3つとも)。ちなみに「倫理学入門」

     という検索アクセスがたまに入ってるが、「論」理が思考や言葉の

     筋道であるのに対し、「倫」理は人間が生きる筋道のことだ。ただ、

     非常に広い意味では、倫理も論理の一種だと言えなくはない。。

        

                                 (計 4265文字)

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コメント

テンメイ様、おはようございます。

ドラマの始る前に存在する記事。
その記事をドラマの始る前に読む。
ドラマが終わった後に記事に追記がある。
その記事をドラマの終った後に読む。

この文の真偽はほぼ問われない。
これが一つの命題なのですな。

人と人は対話をいたします。
それは常に議論なのですが
あるいは雑談とも称されます。

論理には常識がまとわりつき
三段論法は
常識と常識を組み合わせて
非常識を常識に変換する突破口であるとも言えます。

つまり、突き詰めて言えば説得の技法なのですね。

ドラえもんで言えば
竹とんぼがある。
ヘリコプターがある。
だからタケコプターがある。

・・・と言うようなもの。

全称否定命題の例として
「すべての牛は空を飛ぶ」がございます。

で、これは基本的に偽とされるわけですが
イランは「猿は宇宙に滞在した」と
真偽定かではない特殊肯定命題を提出してまいります。

結局、前提となる命題を常識的に
共有しないと突破はできないのですな。

でございますのでマニアックな常識を
広く布教せしめるテンメイ様に
悪魔は地獄から賛美を惜しみません。

そして・・・キッドの妄想では
とにかく・・・
サトエリがたどたどしく読んでくれる
「論理学入門」がなんとも甘美に
幻の耳をくすぐるのですな。
もちろん、膝枕で・・・下から
豊かなる突起を見上げつつ・・・virgotyphoon

投稿: キッド | 2013年1月30日 (水) 05時55分

> キッドさん
   
こんばんは。お待たせしました clover
   
まず、この場を借りて、目立つ形で
記事修正の告知をさせて下さい。
実はこのレスを書いてる途中、記事の
一部が間違ってることに気付きました。
  
「私」とか「キミ」が主語のものは、「特称命題」だと
書いてましたが、実は特殊な「全称命題」でした。
「すべての私」、「すべてのキミ」と
一応みなせるからです。
普通は「単称」と考えるけど、全称と特称に
二分する時には、全称と考える。
    
この点は、『入門』にもハッキリとは書かれてませんが、
よく読むとそうなってるし、他の本に書いてました。
  
まあ、単なるグループ分けであって、論理的正しさとは
関係ありませんが、間違いは間違い。
先ほど訂正しておきました。
読者が少ない方の記事で良かったかも(^^ゞ
『入門』紹介記事だと、7倍くらいの
アクセスがありますからね(この差はビミョー・・)。
   
逆に考えると、読者の少ないマニアックな話
だからこそ、書き手まで間違えたわけです。
そもそも現在の論理学だと、普通は、「私」や
「キミ」を「すべての・・」とは考えませんしね。。
   
    
では告知を終えて、コメントのレスってことで cute
論理というのは、自分が正しく考えるための技法で
あり、また他人と議論するための技法でもあります。
他人との議論には、共同的思考という面と、
対立的説得という面があります。
      
いずれにおいても、前提と論理、両方の正しさが
重要ですが、自分も他人もお互い不完全。
自他の不完全さの度合いには差がありますが、結局、
不完全な者同士(or同志)が共に考えることになる。
80点の人と60点の人が話すようなもので、
当然そこでは、厳密な論理の力は限られてます。
前提が違うし、論理も怪しいし、感情や欲望も絡むし。
    
まあしかし、効果が限られてるという点においては、
論理だけでなく、他の知も大同小異。
少しでもマシな方向を目指すのが人間社会の一般論
なので、論理の習得もそれなりに有意義でしょう。
     
例えば今年のセンター試験の数学Ⅰ・Aは、
ド・モルガンの法則を使わないとわかりにくいけど、
使うと結構キレイに解けます。
    
  
ちなみに、うっかりミスだとは思いますが、
「すべての牛は空を飛ぶ」は全称否定ではなく
全称肯定です。述語が肯定形だから。
もちろん、真偽についてなら、偽ですけどね。
    
あと、「猿は宇宙に滞在した」は、「ある猿が」の意味なら
特称命題ですが、今回のイランの場合はむしろ
「この猿は」といった感じで特定されてるでしょう。
特定されてる場合は、特称ではなく全称命題なのです。   
非常にまぎらわしい話ですよね。
    
実はキッドさんのコメントのこの箇所を考えてる内に、
自分の記事の間違いに気付いたわけ (^^ゞ
貴重なヒントを頂き、どうもでした。
   
  
最後に、僕はどうしても女性を視覚と触覚で
とらえてしまいますが、聴覚も重要ですね。
特殊な声だけでなく、朗読の声も味わうべきかも。
『もう一度君に』の和久井映見の朗読とか♪
  
まあでも、声だけだとやっぱり物足りないですよね。
サトエリなら当然、ハニーの姿で読んで欲しいもの virgo
できれば、キューティーじゃなく、如月ハニーで(笑)。
   
それでは、ひとまずこの辺で。。shine

投稿: テンメイ | 2013年2月 1日 (金) 22時59分

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