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抑制された上質の不運、倒錯した愛~映画『白夜行』レビュー

昭和55年(1980年)   

   亮司(小学生)  ここを出たら もう会わないようにしよう

              世界で 俺たちにしか分からない 秘密      

   雪穂(小学生)  亮ちゃん! 亮ちゃん!。。 

 

 

平成10年(1998年)    

   笹垣(刑事)   (飛び降り自殺で血まみれの亮司の遺体を抱いて)

              この男が誰だか分かりますか?  

   雪穂        ・・・・・・私は知らない。。。

                   (コツ コツ コツ ・・・・・・) 

 

 

           ☆          ☆          ☆

先日、フジ月9『デート』第7話を見てると、主人公・巧の父親役として、平田

満が出演。本や映画のレビューを沢山書いてるブロガーとして、ニートの息

子に「クソのような奴」とけなされてた。素直なブロガーとしては、これだけで

も直ちに、映画のレビューを追加したくなる♪

 

この平田満という味のある俳優の名前を私が覚えたのは、2006年のTBSド

ラマ『白夜行』をブログでレビューしたから(最近少しアクセス増加)。小学生

の可愛い女の子の身体をお金で買って廃ビルで弄んでる最中、息子に刺し

殺されるという、まさに「クソのような奴」を好演してた。以来、彼の名前や顔

を見るたび、反射的に『白夜行』の初回を思い出す。『デート』でも、62歳の

風吹ジュンに赤い下着をプレゼント。守備範囲の広さを誇示してた。

 

そこへ更に、偶然が重なった。Yahoo!のトップページに、映画版『白夜行』

(2011年、GAGA配給、深川栄洋監督)の無料動画の宣伝が載ってたの

だ。ヒロインは私の好きな堀北真希。ヒーローというか男性主人公は、昨年

の夏に数学的レビューを続けたドラマ『ハードナッツ!』で助演役となってた、

高良健吾。映画を中心に、地味に活躍し続けてる若手俳優だ。

 

これだけ条件が重なると、珍しく動画の映画でもレビューしてみようかという

気になって来る。実は9年前、ブログで『白夜行』の原作記事か何かをもう1

本くらい追加すると言いつつ、そのままになってるから、ずっと引っ掛かって

たのも事実なのだ。ただし時間が無いから、簡単な感想に留めとこう。2時

間半の作品を通しで見るだけでも大変だったもんで。。

 

 

          ☆          ☆          ☆  

ほとんど知らない人のために、ごく簡単なあらすじを書いとくと(ネタバレに

注意)、父親を刺殺した男の子・亮司と、その父親に弄ばれてた女の子・雪

穂が、2人だけの秘密を守り通すため、罪に罪を重ねて生きて行く物語。暗

いけど、かすかな光が照らし続ける、白夜みたいな人生。雪穂は薄暗くて

狭い部屋の中。亮司はほとんど光もスペースも無い、ダクト(送風管)の中。

 

離れたまま、密かに最低限の連絡を取り合い成長していく2人を、1人の刑

事(途中で退職)・笹垣(船越英一郎)が追及し続ける。父親みたいな愛と共

に、執念深く。最後、亮司が自殺して血まみれになった姿を見ても、ファッショ

ン業界で華やかな成功を収めつつある雪穂は知らないふりをし続ける。オー

プン間近のお店の名前は、「R&Y」。おそらく、Ryoji & Yukiho。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

まず、表面的なデータで、ドラマ版と比べてみよう。今現在(2015年3月5日

150305a  夜)、映画『白夜行』

  はGYAO!の動画

  ランキングの1位と

  なってる。それでも、

  デイリー(日ごと)の

  再生回数が4万回

  だから、配信期間

  2週間でも、おそらく

100万回前後だろう(今日が最終日)。

 

ドラマだと、視聴率が低めだったとはいえ、世帯視聴率の平均で12.3%。

個人視聴率に換算すると、0.7倍として、8.6%。日本の人口が1億2500

万人くらいだから、毎回の視聴者が1000万人いる計算になる。やはり、無

料のメジャーな動画でも、まだ地上波テレビとの差は大きい。

 

一方、放送時間で見ると、この映画は2時間29分だから、かなり長めには

なってる。東野圭吾の原作小説(集英社文庫など)が長編だから、忠実に作

ればそんなものだろう。

 

それに対して、ドラマだと11回放映で、しかも初回は1時間延長だから、実

質12回。1回あたり実質45分として、合計540分。映画が約150分だから、

3.6倍の長さになってる。

 

映画のトータルの観客動員数は不明だけど、おそらく100万人以下だろう。

DVDは映画に限らずドラマでもあるから、結局、視聴者数でも内容量でも、

映画よりドラマの方がはっきり上なのだ。客観的な数字の上では。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

それでは、肝心の作品の出来、質の面だとどうか。正直、私はあまり期待せ

ずに見始めたけど、すぐに「意外と、いいね」と感じた。美少女・堀北のセー

ラー服姿や、薬剤師・典子(粟田麗)のバブル的ボディコン姿に萌えたから・・

という訳ではない。地味に可愛い、子役の福本史織のおかげでもない♪

 

映画らしい、抑えた描写もいいし、原作に忠実な点も好感持てる。ドラマの

雪穂(綾瀬はるか)や亮司(山田孝之)と違って、堀北と高良が疎遠なまま、

感情表現しない点も、奥行きの深さをもたらしてる。視聴者側の想像力をか

き立てられるのだ。

 

ただそれは、私がドラマを見てるし、小説も読んでるからかも知れない。映

画というものは一般に、省略が多くて分かりにくい物だが、もし何も知らず

に映画だけいきなり見ると、分からない事だらけで感情移入しにくいと思う。

 

殺人、レイプ(婦女暴行)を中心に、多数の犯罪(または事故)が登場するけ

ど、誰がどう関わってるのかハッキリした話はほとんど出て来ないし、主人公

の2人、雪穂(堀北)と亮司(高良)の直接の関わり合いもほとんど無い。

 

2人の関係は、映画の一番最後になって、少し映像で紹介されるだけ。目線

や鏡の反射光による合図、アクセサリーで作ったモールス信号、会話なしの

電話を除くと、2人は多分たった1度しか言葉を交わしてない。この記事冒頭

に載せた、「もう会わないことにしよう」、「亮ちゃん」、だけなのだ。

 

 

          ☆          ☆          ☆

物語のスタートにあるのは、古代ギリシャ以来有名な、エディプス神話。男の

子が、愛(最初は母が対象)のために、ライバルである父を「知らない内に」殺

し、その罪悪感に苦しむという筋書きで、フロイト派精神分析理論の根幹にも

なってる。

 

『白夜行』の場合、幼い亮司が雪穂への愛のために、雪穂を弄ぶ父を衝動

的に殺した。無我夢中だから、「思わず」、「知らない内に」、あるいは半ば

「無意識的に」殺したと言ってもいい。雪穂への愛というのは、母にあまり愛

されてなかったことの裏返しでもあるから、元をたどると母への愛とも言える。

 

結局、亮司が雪穂(=母)への愛のために、ライバルの父を知らない内に殺

して罪責感に苦しむわけで、映画の終盤には絶叫する姿も映ってた。まさに

エディプス・コンプレックス、エディプス的な複雑な思いを、極端な形で具体化

したような人生だ。

 

一方、雪穂も、(映画の場合は)亮司の助けを借りて、母を殺してる。亮司の

父殺しを闇に葬るため、また、自分の身体を売り飛ばしたことへの復讐のた

め。父がいないことを考え併せると、ギリシア神話のエレクトラに似た立場

と言える。こちらは、ユングによって、エレクトラ・コンプレックスという概念へ

とつながった。

 

 

          ☆          ☆          ☆

こうした始原的な罪は、キリスト教(の一部)における原罪にも通じるもので、

普通は何らかの「罰」へとつながる。

 

分かりやすいのは社会的・法的な刑罰だが、それより一般的に、まずは自分

自身の罪悪感に苦しめられることになるはず。罪も償わずに逃げ続ける自分

は、自分自身から見て「クソのような奴」だから、平然と生き続けるのは非常

に難しい。実際、ドラマ版の『白夜行』だと、自首という話が何度か出てた。早

めに自首してれば、子どもの犯行だから、それほど大きな罰にもならず、更

生できたのだ。

 

ところが、ドラマでも結局、最後まで自首しなかったし、映画では全くそんな話

はない。それどころか、長年にわたって罪を重ねていく。亮司の場合、最後

に刑事・笹垣に見つかった時に自白。「全部、オレがやった事だ!」と叫んで、

飛び降り自殺という罰を自分に与えた。

 

雪穂を助けるための父殺し。雪穂の母殺しの手伝い。雪穂に頼まれた数々

のレイプ。薬剤師・典子にもらった青酸カリ(シアン化カリウム)による、殺人

(相手は雪穂を調査する探偵)と殺人未遂(相手は笹垣)。おそらく、母親の

昔の愛人だった松浦が殺された事件にも関わってる。

 

すべて自分のせいだと認めた亮司に対して、「違う! 違うぞ、亮司!」と

笹垣は叫んだ。事のキッカケは不運と不幸だし、幼い時の犯行。その後の

罪も、最初の殺人を隠すため、雪穂を守るためにやったという側面が強い。

ドラマでは確か、早く2人を捕まえてやれなかった自分を悔やむ笹垣(武田

鉄矢)の姿が映った気もする。

 

比較的、恵まれた人生、あるいは悲惨過ぎない人生を送って来た立場の人

間が、極度の不運を背負わされた人間の罪を非難することが出来るのかど

うか。その点は微妙な所だろう。ここ数年のいくつかの大きな事件を思い出し

ても、容疑者・被告・犯人に対して、ちょっと気の毒な気もするなと思う人は、

少なくないはずだ。もちろん、直ちに情状酌量や極刑回避などにつながるわ

けではないとしても。

 

逆境に負けず、立派に正しく生きてる人も、もちろんいる。しかし、確率論的、

統計的に、極度の逆境におかれると罪をおかしがちなのは、ほぼ明らかだ

ろう。特に少年・少女の場合、家庭や学校、地域の環境の問題が非常に大

きいと思う。

 

 

          ☆          ☆          ☆

一方、映画版の雪穂は、表面的には最後まで罪を認めず、罰を引き受けよ

うとしてない。もちろん、内心の苦悩はあるだろうけど、彼女の場合、良心の

形成が未熟すぎるから、罪の意識が弱い可能性がある。

 

罪を感じるのは、良心があるから。この良心を十分に形成するには、幼い頃

の環境が大切だが、雪穂の場合は亮司と比べても、極端に恵まれてない感

じになってた。児童館での温かいふれあいくらいでは、とても補いきれない。

 

他にも、「反復強迫」という精神医学的現象を見てとれる。不快な経験にも

関わらず、それをさまざまな形で反復するよう、無意識的に強いられること

があるのだ。

 

分かりやすいのは、レイプだろう。自分が度々被害にあった犯罪を、周囲の

他の人にも経験させること。これが止められないのは、投影型の反復強迫

と言える。

 

この時、自らのレイプ体験を投影する相手は、自分自身でもあり、ナルシシ

ズム(自己愛)の対象でもある。だからこそ雪穂は、いじめっコの藤村とも、江

利子(緑友利恵)とも、義理の妹の篠塚美佳(小池彩夢)とも、親しい関係な

のだ。憎悪と共に愛情をも注ぐ関係は、アンビヴァレント(両面価値的)とも言

えるだろう。

 

 

          ☆          ☆          ☆

もちろん、そんな雪穂でも、自分を闇の中で支え続けるのは不可能。やはり、

僅かな光が遠くから差し込むからこそ、生きていけるわけだ。まるで、ミラー

(手鏡)の反射光によるモールス信号みたいな、白夜の月のような光がある

からこそ。

 

    誰の人生にも昼と夜がある

    太陽のように 定期的に日の出と日没を繰り返すわけじゃないけど

    私はいつも夜だった でも暗くはなかった

    太陽に代わるものがあったから

    明るくはないけど 私には十分だった

 

 

太陽に代わるものさえ無い不運におかれた時、人は過激な脇道、犯罪的

方向に逸れてしまうのかも知れない。より穏当な逸れ方としては、合法的な

性的倒錯(特にフェティシズム)という形もあるし、宗教という崇高な形、思想

という堅い形もある。お金、貴金属、ファッションなども同様。

 

いずれにせよ、人は、何らかの輝きを持つ光を欲望するのだ。良し悪しや、

好き嫌いの違いはさておき。世界中で人気の女性向けSM、『フィフティ・シェ

イズ』なら、主人公のドミナント(支配者)グレイの倒錯した人生の中で、よう

やく遭遇した明るい太陽こそ、サブミッシブ(服従者)のアナだったわけだ。。

 

 

           ☆          ☆          ☆

最後に、非常に目立つ脇役、刑事の笹垣について。映画の場合、最初から

完全に、病気で死んだ自分の子どもと亮司たちが重なり合ってる。時期的に

も、年齢的にも。

 

その前提のもとで、淡々と静かに2人を追い続ける映画の笹垣は、ドラマの

デフォルメ(強調)された笹垣とは違う、枯れた味わいがあって、これはこれで

いいと思う。ドラマと違って、親鸞の歎異抄を唱えたりもせず、大声を出すこと

もない。

 

ところが、最後の最後で、抑制しきれずに、ドラマ的な説明過剰が出てしまっ

た。脚本担当の3人、監督・入江しんご・山本あかりが我慢しきれなくなった

のか。いくら必死に自殺を止めるシーンとはいえ、「俺に父親代わりをさせて 

欲しい」とまで言うと、テレビ的な説明過剰となってしまう。「俺をお前のそば 

にいさせてくれ」だけで十分。最後に遺体を抱きしめるだけでも良かった。

 

それに対して、2人の描き方は最後まで抑制されたもの。亮司は、隣のビル

の屋上から笹垣に鏡の光を当てたり、「いつか必ず来ると思ってた」と語った

程度の愛情表現。雪穂に対しても、遠くから幸せを見守って涙ぐむ程度。

 

 

         ☆          ☆          ☆   

そして雪穂は、笹垣と亮司に向かって「私は知らない」とだけ口にした後、コツ

コツコツと白いハイヒールの音を響かせて遠ざかる。上品なスーツも白で、微

かな笑みを浮かべつつ、年輩の大物支援者・三枝会長(ウルトラマン黒部進)

と明るい未来に進むのだ。ドラマよりも表面的に明るく、『風と共に去りぬ』的

な力強さを漂わせたまま。「中へ」とだけ、やや意味深な言葉を口にしつつ、

親しげに腕を組んで。

 

もちろんこの姿こそ、反復強迫なのだ。無意識の内に、小学校時代と同様、

遥か年上の、お金を持った男性に愛される方向に進んでしまうという意味で。

あれほど不快な記憶、トラウマにも関わらず。。

 

なお、最後にウルトラマンが出て来るのは、TBSのドラマへの軽いオマージュ

(経緯を込めた模倣)かも♪ 第4話では、雪穂が通う大学での偵察のため、

亮司はウルトラマンの着ぐるみまでしてた。結局、偽ウルトラマンが、本物の

ウルトラマンに負けるという、円谷プロの特撮パターンにもなってるのだ。

 

ちなみに主題歌は、挿入の仕方も含めて、映画の『夜想曲』(珠妃)も悪く

ない。ただ、ドラマの抒情的なテーマ曲『影』(柴咲コウ)と比べると、インパ

クトが弱い気はする。亮司の得意な切り絵の使い方も、ドラマの方が明確。

 

逆に映画では、鏡やアマチュア無線、モールス信号の使い方が上手かった。

離れたままの、密かなコミュニケーション。  

JH1WFK。Juliett(ジュリエット)、Hotel(ホテル)、1(ワン)、Whisky

(ウイスキー)、Foxtrot(フォックストロット)、Kilo(キロ)」。

無線独特のアルファベットの伝え方の勉強にもなった♪ 

 

CQ(シーキュー)」は、誰でもいいから交信してください、という意味。淋し

さや孤独の裏返しか。レイプ目標の「シノヅカミカ」のモールス信号(ツー、

トンの組合せ)は、次の通りらしい。

─ ─ ・ ─ ・   ・ ・ ─ ─   ・ ─ ─ ・   ・ ・   ・ ─ ・ ・

 ・ ・ ─ ・ ─   ・ ─ ・ ・

 

機会があれば、まだ原作小説のレビューもしてみたいと思ってるけど、また

延々と先延ばしになるかも。それでは、今日はこの辺で。。☆彡

 

 

 

cf.愛がもたらす夜の太陽~白夜行第1話

   太陽の下を2人で歩くために~白夜行第2話

   良心と幸福の欠落を埋める愛~白夜行第3話

   薄明かりに共生する命の温かさ~白夜行第4話

   無条件の愛という困難~白夜行第5話

   父と母~白夜行第6話

   昼間の幽霊~白夜行第7話

   コントロール不能な欲望~白夜行第8話

   殺すことと生かすこと~白夜行第10話

  救われない生の終焉と存続~白夜行最終回

 

                                  (計 6247字)

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