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オバマ米大統領の広島演説、全文の感想(英語&日本語訳)

(☆16年6月3日の追記 : 関連する新たな記事をアップ。

  オバマの広島演説推敲、「能力」を「手段」に変更&プチ自転車 )

 

 

         ☆          ☆          ☆

私の小学校では、夏休みの8月6日は登校日だった。校庭でラジオ体操を

した後、家に帰って朝ご飯。少しドキドキしながら、再び学校へ向かい、半

月ぶりにクラスのみんなや担任の先生と会う。面倒と言うより、楽しい思い

の方が強かった気がする。

 

もちろん、その日の授業は楽しいどころか、重々しくて分かりにくいものだっ

た。社会見学として広島訪問があったし、原爆(ピカドン)が恐ろしくて悲惨

なものだというのは何となく分かる。午前8時15分に始まる、1分間くらい

の黙とうという儀式も、お葬式や墓参りの延長として、みんな真面目に行っ

てた。ちょっと薄目を開けて、先生に注意されたりしながら。

 

ただ、ケンカでやり過ぎた生徒は、先生に厳しく叱られるのに、戦争でやり

過ぎたように感じられる米国は、それほど叱られない。

 

日本が先に手を出した形の真珠湾攻撃と比べても、広島や長崎の被害は

遥かに大きいけど、遥か昔の話だし、米国の方が日本より強いからかな。

口ゲンカももう止めようってことかな。。当時は、そんな感じでモヤモヤして

たと思う。

 

子どもにはまだ、日米安保とか同盟関係、核の傘、国家間の対立と防衛、

米国における原爆正当化論の強さなど、分かってなかったわけだ。今でも

分かりにくいくらいだから。

 

ちなみに下は、少し手伝ってもらいながら、オバマ大統領が自分で折った

という折り鶴の写真。読売新聞HPより平和と公益性のためにお借りした。

赤系と青系で、赤系が前側に位置。何気に、よく考えられてる構図だ。

 

160528a

 

 

          ☆          ☆          ☆

さて今回、2016年5月27日に実現した、現職の米国大統領の広島訪問。

細かい違いはあっても、多くの反応は好意的なものになってる。米国でも

そうだし、日本や広島はさらに歓迎ムード。右派、左派、中立派の違いはあ

まり関係ない。反対や批判も一応あるけど、目立つほどでもない。

 

私もオバマ米大統領を歓迎するし、少なくとも今の時点で、謝罪を求める

考えは無い。謝罪が嫌で広島を避けるより、謝罪なしで広島を訪問する方

が、一歩か二歩、現実的な前進なのだ。たとえ平和記念公園に、核攻撃の

許可装置(フットボール)を持参してたとしても、仕方ないこと。残念なのは、

僅か1時間半ほどの訪問だった点くらいだ。

 

仮に今回、オバマの個人的判断で、即興の謝罪を示してたら、米国の対日

感情が一気に悪くなっただろうし、今後の大統領選や対日政策にも影響して

ただろう。東アジア、特に中国も黙ってなかったはず。「日本は被害者であ

る以上に、加害者だ。南京を忘れるな」、といった感じか。

 

というわけで、以下のオバマ広島演説を読んだ感想は、個人的な批判とか

反感を示すものではない。単に、政治的・歴史的に重要なスピーチの中身

を、英語原文と日本語訳で具体的にチェックしてみるということだ。

 

使ったのは、今日(5月28日)の朝日新聞・朝刊。他のメディア報道との比

較まではほとんど行ってないので念のため。朝日新聞デジタルにも日本語

英語 で掲載されてる。訳文の全文閲覧には、無料か有料の会員登録が

必要。読売新聞HPの訳文なら現在、無料公開中。

 

 

         ☆          ☆          ☆

日本語で4000字弱となってる全体を、小学校低学年向けにザックリ超訳

するなら、次のような感じだろう。

 

  「わたしたちは、広島や長崎の原爆を忘れず、 

   戦争を止めて仲良く平和にくらすことを目指しましょう。

 

46字だ。これが100倍近くになってるのだから、ある意味、冗長という見方

はできる。ただ、それほどインパクトも無い抽象的な内容よりも、肉声の語り

を長く響かせること自体に意味があった。世界のトップに立つ人間が、17分

間という時間、じっくり世界に平和をアピールするだけでも貴重なことだ。

 

もちろん、100倍になるのは、過去から現在に至る社会・政治・戦争・歴史・

科学技術などを語る内容だからでもある。ただ、それはまとめであって、新し

い内容はほとんど無い。おそらく、米国人にとって目新しいのは、序盤にあっ

た、「十数人の米国人捕虜を含む死者を悼む」という言葉くらいだろう。

 

 

          ☆          ☆          ☆

では、一番最初の文を引用してみよう。

 

  Seventy-one years ago,on a bright,cloudless 

  morning,death fell from the sky and the world

  was changed.

 

  (朝日の翻訳) 

  71年前、明るく、雲一つない晴れ渡った朝、死が空から降り、

  世界が変わってしまいました。

 

これだけでも注目すべき語り口だ。要するに、自分たち米国が原爆を落とし

て世界を変えた、という話を、巧みに言い直してるのだ。米国とか連合軍な

どを主語にせず、死や世界を主語にする。

 

ただし、「world was changed」という受け身の英文は、直訳するなら、

世界は変えられた」となる。これだと、「何によって? 誰によって?」とい

う、変えた兵器や主体への問いにつながるわけだが、それを「世界が変わっ

てしまいました」と、自動詞の完了形のように訳してるので、中立的な文に

なってる。

 

実は、スピーチの最後の段落も、似た英語で始まってるのだ。

 

  The world was forever changed here.

  (朝日の訳) 世界はここで、永遠に変わってしまいました。

 

やはり、元の英語は「変えられた」、訳文は「変わった」となってる。試しに

読売の訳を見ても同様だった。まあ、「世界は変えられた」という日本語は

慣習的に不自然だから、妥当なところか。

 

ちなみに、「was changed」という英語の例文を検索してみると、一般に

堅い場面で使われる表現のようだった。

 

 

         ☆          ☆          ☆

71年前に世界を変えた主体や核兵器を遠回しに語る傾向は、他にも確認

できる。「we」「our」「us」、我々という、人類全体なのか自分たちなのかが

曖昧な代名詞の多用が最大の特徴。ただ、分かりやすいのは「atomic 

bomb」(原爆)という連語が僅か一度しか使われてない点だろう。

 

日本の感覚なら、広島と言えば「原爆」。これを「核兵器」と言ってしまうと、

抽象的・一般的な話になるし、左派=リベラルなどの反核運動のニュアン

スも出て来る。71年前の特別な経験はやはり、原爆なのだ。

 

オバマの声明でたった1回、原爆と語ってる長い文も興味深いので、引用

してみよう。

 

  We see these stories in the hibakusha,the

  woman who forgave a pilot who flew the 

  plane that dropped the atomic bomb,because

  she recognized that what she really hated 

  was war itself.

 

  (朝日の訳)

  私たちはこうした物語を、ヒバクシャの中に見ることができます。

  原爆を投下した爆撃機のパイロットを許した女性がいます。なぜ

  なら、彼女は本当に憎いのは戦争そのものだと分かっていたか

  らです。

 

 

          ☆          ☆          ☆

上の訳文。「ヒバクシャ」を一般的な言葉のように訳してるのは、ミスリーディ

ングな(誤解を招きやすい)ものと言えなくもない。原文の「the hibakusha」

は、直後の「the woman」とつながるものだから。ただ、これは英文自体が

わざと被爆者一般であるかのように語ってる側面もあるから、許容範囲か。

 

ちなみにこの個所でも、米国という言葉は入ってない。ギリギリの注意深い

表現を選んである。しかも、女性が許したという話を用いて、過去の悲惨な

対立から現在・未来の良好な関係へという、ポジティブな流れを作ってる。

 

なお、他にも朝日の訳文の中盤に、「原子爆弾」という言葉が1回使われて

るが、元の英文は「the bomb」(その爆弾)。ただし、このすぐ前の英文に

「splitting of an atom」(1つの原子の分裂)という表現があるから、原

子爆弾と訳す方が分かりやすいのは確かだ。

 

 

         ☆          ☆          ☆

他にも、英文と訳文の微妙な違いは色々あった。

 

特に重要な個所というわけでもないけど、日本語で読むと少し気になるの

が、次の文章。

 

  いつか、証言するヒバクシャ(被爆者)の声が聞けなくなる 

  日がくるでしょう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶を 

  薄れさせてはなりません。

 

高齢の被爆者との初対面で、彼らの死とその後を意味する言葉を使うのは、

やや配慮に欠けてるような気もしてしまう。ところが、英語原文だとニュアン

スが違ってて、問題ない。

 

  Someday the voices of the hibakusha will no longer

  be with us to bear witness.But,the memory of the

  morning of August 6th,1945,must never fade.

 

要するに、「たとえ被爆者の声が消えても、記憶は決して消えない」という

英文で、意訳するなら、「被爆者はずっと生き続ける」ということだ。これな

らむしろ、高齢被爆者に十分配慮された文章と言えるだろう。

 

朝日の訳だと、被爆者は死ぬけど、我々が記憶し続けよう、という意味にな

るから、誤訳ではないにせよ、ちょっと引っかかる所なのだ。

 

実は全文掲載の前置きとしても、朝日は「記憶を薄れさせてはなりません」と

引用してた。だからむしろ、これは左派メディアとしての朝日の主張、社説が

入った訳文なのだろう。オバマ個人の反核の姿勢と共に。。

 

 

         ☆           ☆          ☆  

そろそろ時間なので、このくらいで終わりとしよう。次はやはり、安倍首相の

真珠湾訪問&演説という流れだろうか。

 

日本の保守派がどう反応するのか読みにくいけど、作家・塩野七生が強調

してたような品格とか品位を示す方がいいと思う。米国大統領が謝罪しなかっ

たのだから、逆に日本の首相だけが謝罪するというのも、考慮に値する。

 

国家や国民の成熟が問われてるのだ。ちょうど、オバマ演説と同じくらいの

字数に達した所で、今日はこの辺で。。☆彡

 

 

 

cf. オバマ大統領の広島訪問、米国の共和党(保守派)が批判しない理由♪

 

                         (計 4007字)

              (追記 86字 ; 合計 4093字)

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