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妻、隣人、そして自分・・戦争をはさむ死の影のレール~原民喜の小説『翳』(2020年センター試験・国語)

(☆1週間後の追記: 全文と関連小説を読んだ上の批評別記事としてアップした。

 魯迅『孤独者』が敷いた死のレール~20年センター・原民喜『翳』全文を読んで )

   

   

最後の大学入試センター試験となるらしい、2020年の問題。来年から新たに開始される予定の大学入学共通テストは、センターよりも思考力や判断力を問われるという話だから、とりあえずこのタイプの試験とはお別れになる。まあ、以前からある新テスト批判や去年の(政治的)大混乱を考えると、まだ予断を許さない状況ではあるが。

      

当サイトで初めてセンターの国語を扱ったのは、2011年の評論(鷲田清一)。1年おいて、13年からは毎年、小説の解説レビューを続けて来た。要するに、その少し前くらいからスマホとSNSが一気に普及して、国語の問題もネットのネタの定番になったのだ。ブロガーの私にとっても面白いし、検索アクセスも多いから、今年もしばらく前から楽しみに待ってたほど。

   

   

     ☆     ☆     ☆

ところが昨日15時過ぎにツイッター検索で感想を見ると、どうも今年は面白いネタが無くて盛り上がってないようだ。画像検索をかけても、国語に関する面白い箇所はヒットせず。最後は無難に締めくくったということか。

    

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私が問題文のpdfファイルを手に入れたのは22時ごろで、河合塾はまだだったが、今話題の東進ハイスクールが公開してた。第2問の小説は、題名通り「翳」(かげ)のある内容で、文体は淡々とした昔の語り口。設問も普通、難易度レベルも普通で、試験直後のツイッターの反応通りだ。

   

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とはいえ、作者・原民喜(はらたみき)について調べると、出題者の隠された思いや意図が分かったような気もした。1948年の小説発表の僅か3年後、作者は自殺してたのだ。上は日本大百科全書の説明(コトバンクHPより引用)。

   

問題文のラストに登場する、鉄道を利用して。次の一文で引用を終わりにしてるのは、偶然とは思えない。

   

終戦後、私は郷里にただ死にに帰って行くらしい疲れはてた青年の姿を再三、汽車の中で見かけることがあった。・・・・・・」

   

   

     ☆     ☆     ☆

小説「翳」(かげ)の初出はまだハッキリしないが、国立国会図書館の検索結果によると、たぶん雑誌『明日』第14号(日本人民文学会編、公友社、1948年・昭和23年)だと思う。もし間違ってたら、後ほど訂正する。

   

その後、『原民喜全集』第3巻(芳賀書店、66年)に収録。現在、普通に手に入るものなら、『原民喜戦後全小説』(講談社)が手頃だろう。アマゾンで見ると評価は1つだけで、しかも最低レベルのレビューが掲載されてるが、小説の内容ではなくて商品表示や配送への不満らしい。

   

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「講談社文芸文庫」カテゴリーでベストセラー1位となってるのはおそらく、今回のセンター出題を受けてのもの。電子書籍Kindle版で直ちに読んだ人(予備校・塾の分析担当者とか)が多かったのかも。安ければ私も購入してたかも知れないが、電子書籍で1980円というのは割高の値段だから、無料サンプルだけ確認。目次を見ると「翳」の収録が確認できた。

   

  

     ☆     ☆     ☆

さて、ネット情報によると、78年の青土社版全集・第1巻では11ページほどの短編小説らしいが、問題文の前後にどの程度の文章があるのか、今のところ不明。

  

問題文だけで考えると、冒頭が「私は一九四四年の秋に妻を喪ったが、ごく少数の知己へ送った死亡通知のほかに・・・」で、そこからずっと知り合いの魚屋の死が語られてるから、死が全体のテーマだろうと思われる。妻も魚屋の若者も、直接的には病死だが、その背後には第二次世界大戦、太平洋戦争の翳(かげ)がある。

   

妻の死を、満州にいる「魚芳」(うおよし)に知らせたのに返事が来ないという冒頭。今の高校3年生や浪人生はいきなり引っかかってしまったかも。というのも、これは実は魚屋の店名で、川瀬成吉というお店の小僧の愛称としても使ってるのだ。

   

  

     ☆     ☆     ☆

社会人なら魚芳という名前で何となくお店のイメージが湧くだろうが、ここだけ語句説明が無いし受験生に不親切だろう・・と思いつつ読み進めると、理由が判明。その点は、問6の選択肢1に書かれてるのだ。表現に関する説明6つの内、適当でないものを2つ選ぶ問題。

  

「1行目『魚芳』は川瀬成吉を指し、18行目の『魚芳』は魚屋の名前であることから、川瀬成吉が、彼の働いている店の名前で呼ばれている状況が推定できるように書かれている」。

  

これは適当な説明だから、答ではない。答の1つは、選択肢3。「とぼとぼと」が擬態語であるのはいいが、暗く重い文脈で用いてるから、「ユーモラスに描いている」と説明してしまうと適当でない。

   

答のもう1つは選択肢6で、東進は「やや紛らわしい」と寸評。「57行目『私の妻は発病し』、60行目『妻の病気は二年三年と長びいていたが』、62行目『病妻』というように、妻の状況を断片的に示し、『私』の生活が次第に厳しくなっていったことを表している」。

  

それら3つの表現は、直接的には「私」でなく「妻」に関するものだし、「次第に厳しく」という点は表現されてないから、適当でないのだ。

   

   

     ☆     ☆     ☆

小説自体に戻ると、魚芳=川瀬成吉から返事が来ないと思ったら、父親から彼の訃報が到着。実は妻が死ぬ5ヶ月前、日本に戻って1週間後に病死。悲しいことに、死ぬためだけに日本の故郷に戻ったらしい。小説といっても私小説だから、ほぼ実話だろうと思われる。

    

その魚屋の若者の人柄を示すエピソードとして、元・野良犬にこっそり魚の頭を与えてたとか、米屋と一緒にふざけて妻を笑わせてたとか書かれてる。ただ、妻が笑ったのは、銃を肩にかける「になえつつ」(担え銃)の姿勢だから、「何か笑いきれないものが、目に見えないところに残されているようでもあった」。

   

それより暗示的な翳は、鵯(ひよどり)の挿話。店の裏に小鳥が沢山集まるから、毎日のようにエサで獲って、食用にプレゼントしてくれてたらしい。1948年の著者の意識レベルでは、本当に楽しい思い出だったのかも知れないが、2020年・令和二年の日本においては、これも「翳」だろう。「小鳥は木の枝に動かなくなっている」という表現も残酷な印象がある。

   

実際、その話の直後に、魚屋の入営(軍務につくこと)と、妻の発病が並べられてるのだ。やがて、2人ともほぼ同時に死亡。弾んだ様子で小鳥を獲ってた彼も、「ひどく面白がった」上に喜んで料理してた妻も。「ミイラ取りがミイラになる」ということわざがあるが、「小鳥獲りが小鳥になった」形だ。彼らを獲ったのは戦争、あるいは時代だろうか。。

   

  

     ☆     ☆     ☆

引用文の最後で、魚屋と同じく死ぬために郷里に帰る青年を再三、汽車で見かけた末に、作者自身も汽車で死亡。直線的に伸びる、死のレール=軌道。そこから振り返ると、「翳」と題するこの作品の内容が、作者に忍び寄る死の翳と言えるだろう。さらに言うなら、これを書く執筆行為も、すでに死の翳に突き動かされていたのかも知れない。

  

青空文庫で51年の遺稿「死について」を読むと、冒頭はアンデルセン童話『マッチ売りの少女』。「人の世に見捨てられて死んでゆく少女のイメージの美しさが狂ほしいほど眼に沁みた」そうだ。死という翳は、単に暗く哀しいだけでなく、しばしば美と結びつく。その奥に、根源的な「死の欲動」みたいなものを想定するのも、不思議ではない。

    

事実、梯久美子の評伝『原民喜 死と愛と孤独の肖像』(岩波書店)のキンドル本無料サンプルを読むと、「若い頃から何度も轢死の幻想を口にしていた」とのこと。『溺没』(39年)には、自分の胴の上を走る列車の「女の靴の踵が、轢死した彼の上を通過している」とまで書いてることから、死と生=性の欲望の融合や歪曲も感じられる。

   

  

     ☆     ☆     ☆

最後に、作者が原爆の被災者だということも考えると、現在の日本社会に対して出題者達が感じ取ってる翳も、問題に反映されているだろうと想像する。直接的に書かない辺り、流石は専門家集団の国語力と言うべきか。

  

もちろん、社会とか政治など関係なく、人間誰しも死の翳の中で生を全うするのだ。大勢の他者の死の翳に続き、自らの死の翳に覆い隠されてしまうような流れで。

   

レール(rail)という英単語の語源は、支配する、命令する、導く、といった意味らしい(English Wiktionary)。神か仏かはさておき、死のレール、軌道とは、厳粛な天の定め、永遠の天命なのだろう。

   

なお、16年の本屋大賞、宮下奈都『羊と鋼の森』には、原民喜が憧れの文体を書いたエッセイ(『砂漠の花』)が引用されてるようだが、そろそろ記事を終わりとしよう。今週は計17554字で終了。ではまた来週。。☆彡

  

  

  

cf. 妻と再会できた夜、月見草の花畑~上林暁『花の精』(2019センター試験・国語)

 自転車というキュウリに乗って、馬よりゆったりと♪~井上荒野『キュウリいろいろ』(18センター国語)

 「春」の純粋さと郷愁が誘う涙、野上弥生子『秋の一日』~17センター国語

 キャラ化されない戦後の人々、佐多稲子『三等車』~16センター国語

 啓蒙やツイッターと異なる関係性、小池昌代『石を愛でる人』~15センター

 昭和初期の女性ランニング小説、岡本かの子『快走』~14センター

 幻想的な私小説、牧野信一『地球儀』~13センター

 鷲田清一の住宅&身体論「身ぶりの消失」~11センター

   

      (計 3767字)

  (追記76字 ; 合計3843字)      

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