統合失調症の診断基準、統計、および歴史的経緯

今まで精神疾患と関わる記事はかなり書いてるけど、ここ最近では広義

の「うつ病」(躁うつ病や新型も含む)をずっと扱ってきた。それは、たま

たまNHKのうつ病特集番組で記事を書いたら、予想以上にアクセスが

多かったということもあるけど、より根本的には、ここ最近うつ病が極端

に増えてるという事情がある。

     

それは、メディアの扱いの多さや、大きな書店に並ぶ本の数を見るだけ

でも分かるが、正確な情報となると、厚生労働省が3年に1度行ってる

大規模な「患者調査」が最も参考になるだろう。先日(2009年12月3日)

に発表された、平成20年(2008)患者調査では、うつ病の患者が初め

て100万人を超えたことが話題になった。

    

ここ10年で2.4倍もの急増。しかも、ここで言う「患者」とは、病院などで

診療を受けた人だから、診療を受けてない人を含めた「うつ病にかかっ

てる人」を計算すると、おそらく数倍になるだろう。こうしたデータをどう読

みとるかには、色々と議論がある。特にうつ病の場合はおそらく、以前な

ら病院に行かなかったような軽症の人が、治療を受けるようになったこと

が、数字に大きく反映されてるだろう。

         

一方、うつ病と並ぶもう一つの代表的な精神疾患、「統合失調症」では、

ここ12年間(患者調査5回)で、患者数がほぼ一定のまま。変わってな

い。今回の「総患者数」を見ると、約80万人となっている(統合失調症

型障害及び妄想性障害も含む)。日本の人口と比べた時の患者の割

合は0.6%強だから、あちこちに書かれてる0.5%とか1%といった

数字と整合的なデータだろう。

      

ちなみに、「中分類」において三番目に多い精神疾患は神経症で、約

60万人だ。ただし、うつ病や神経症と違って、統合失調症の場合は

入院患者の割合が非常に多いのが特徴だろう。2008年だと約40

万人だから、ほぼ5割に達している。「失調」という言葉は、いま「調」

子を「失」ってるけどいずれ復調できる、というニュアンスを持ってるは

ずだし、薬物療法の発達もしばしば口にされるものの、まだまだ実情

は大変なようだ。。

     

        ☆          ☆          ☆

ところで、この「統合失調症」。以前は「精神分裂病」と呼ばれてたこと

は、わりと有名な事実だろう。「精神」が「分裂」してるという病名は重

過ぎるから、全国精神障害者家族会連合会が要望を出し、2002年

に日本精神神経学会が「統合失調症」へと改名した。

         

この時もかなりの議論を経て、結局改名が実現したので、今話題になっ

てる「障害」という表記も、いずれ「障碍」(あるいは「障がい」)へと正

式に変更される可能性は十分あるだろう。

       

話を戻すと、元の名が精神分裂病であるとか、英語では「schizophrenia」

(スキゾフレニア)のままだという話は、わりと知られてるのに対して、そ

の前に何と呼ばれてたかについては、まだ一般に知られてないと思う。

近代精神医学の父とも言うべきクレペリンが「早発性痴呆」と呼んでたも

のを、ブロイラーが「精神分裂病」と改名したとかいうのが普通の説明だ

                   

この点を再考してみると、「早発性」の「痴呆」と、「精神」の「分裂」という

のはかなり違う概念であって、単なる呼び換えでないことは容易に推測

できることだ。そもそも、対象とする病自体、あるいは患者自体が微妙

にズレた可能性は十分ある。

      

とりあえずここでは、そのズレの可能性を指摘するに留めて、更にクレ

ペリン以前へと遡ってみよう。すると、カールバウムとヘッカーという師

弟が唱えた「緊張病」と「破瓜(はか)病」に到達する。簡単に言うと、そ

れぞれは、身体的な緊張と、発症の若さが特徴だから、この名が付い

ている。これら2つの型に、クレペリンが「妄想型」を加えてまとめ直し

たのが、「早発性痴呆」ということだ(この言葉自体はモレルから継承)。

       

ちなみに「破瓜」期とは、16歳くらいの思春期を指す伝統的な(or 古

めかしい)言葉で、「瓜」という感じを左右に「破」ると、「八」が2つになっ

て、合わせて16という事らしい。冗談みたいな言葉遊びが、小学館

『大辞泉』や三省堂『大辞林』に載っていた。

        

        ☆          ☆          ☆

と言う訳で、統合失調症という概念を百数十年遡ると、緊張型と破瓜

型と妄想型、3種類の重い精神疾患に到達する。そして現在、世界標

準となっている米国精神医学会『DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の診断・

統計マニュアル』(医学書院)を見ても、基本的な3つの病型はそのま

ま残されてるし、診断基準にも反映されている。

     

最新のマニュアルにおける統合失調症の診断基準は、次のA、B、C

すべてが満たされることだ。実際はもう少し詳しいし、項目もFまである

ければ、長過ぎるので省略してある。専門家もしばしば省略してるので、

特に大きな差し障りはないと思う。

          

   A.特徴的症状:以下の2つ以上、おのおのは1ヶ月ほどの期間

             ほとんどいつも存在する。ただし、(1)や(2)が  

             顕著なら、1つだけでもよい。

         (1) 妄想 

         (2) 幻覚

         (3) まとまりのない会話

         (4) まとまりのない、または緊張病性の行動

         (5) 陰性症状。すなわち、感情の平板化、思考の貧困、

            または意欲の欠如

   

   B.社会的または職業的機能の低下

   C.期間:持続的な徴候が少なくとも6ヶ月間存在する。

     

          

こうしてみると、重い病としては、意外なほど単純な診断基準のように

も見える。大まかに言うと、1と2は妄想型、3と5は主に破瓜型(現在

の言い方では解体型)、4は破瓜型と緊張型の特徴だ。

     

統合失調症の症状は、非常に多彩だと言われるものの、少なくとも専門

家が見れば、比較的簡単に診断できるのかも知れない。特に、妄想と

幻覚(特に幻聴)は、分かりやすい特徴だろう。ただ実際は、この種の診

断基準に付きものの、他の障害との区別という困難が待ち構えている。

     

統合失調症の場合は、失調型・シゾイド・妄想性という、3つのパーソナ

リティー障害(or 人格障害)との区別が微妙な所だ。DSMをよく読んで

も、統合失調症とパーソナリティ障害の違いを強調する箇所もあれば、

類似性を指摘する箇所もある。病因論がまだ曖昧な中、結局は、症状

の程度や期間の長さで診断することになると思われる。

           

       ☆          ☆          ☆

次に何を書くか、まだ決めてないけど、もう1回いわゆる精神病的な重

いものを扱うか、精神疾患全体をまとめるか、あるいは神経症的なも

のについて考えるか、いずれにせよまだしばらく精神医学記事は書き

続ける予定だ。

        

最後に、いつもと同じく大切な助言を書き添えとこう。身の回りで心当た

りのある方には、まず専門家のもとを訪れることをお勧めしたい。ネット

情報とか、本やテレビの話などは、あくまで素人向けの簡単な参考資料

だし、一般論にすぎないわけだ。個別の具体的な症例については、経験

を積んだ専門家が直接診るしかない。

    

それでは、今日の所はこの辺で。。☆彡

    

      

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cf.うつ病の診断基準と抗うつ薬~NHK『ためしてガッテン』

  うつ病の診断基準2~気分変調性障害

  うつ病の血液診断と遺伝子変化

  うつ病の診断基準3~双極Ⅰ型障害(躁うつ病)

  うつ病の診断基準4~双極Ⅱ型障害(軽い躁うつ病)

  新型うつ病の一つ、非定型うつ病について

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  心理療法を無料で全国民に~朝日新聞「欧州の安心 イギリス」

  大胆かつ繊細な試論~香山リカ『雅子さまと「新型うつ」』

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山下達郎『クリスマス・イブ』&JR東海CM『X’MAS EXPRESS』~朝日新聞

去年、一昨年と、クリスマスの時期に、『さんま&SMAP!美女と野獣』

『明石家サンタ』、2本のテレビ記事をアップして来た。今年もそのつも

りでいたのに、『さんま&SMAP』がなぜか13日に早々と終了(副題は

~絶対に触れてはいけない~禁断の都市伝説)。代わりに何か、クリス

マスっぽい記事を書きたいなぁと思ってたら、ピッタシのネタを発見。

     

プレゼントしてくれたのは、朝日新聞・朝刊(2009年12月19日)の別刷、

「be on Saturday」。最初の全面2ページを使った大型連載企画「うたの

旅人」で、10月末の唱歌『ふるさと』の際には、ウチで記事をアップした。

今回の「うた」は師走の定番、山下達郎の名曲『クリスマス・イブ』。「旅」

の目的地は名古屋市だ。「イヴ」ではなく「イブ」が正しいので、念のため。

        

        ☆          ☆          ☆

達郎の『クリスマス・イブ』を使った、JR東海(本社・名古屋市)のCM

「クリスマス・エクスプレス」(88~92年)は、バブル全盛期から終焉に

かけての名作として、その後も度々色んな番組で再現されているから

(録画やコント)、平成人間と称する私でさえ知っている♪ ただ、諸々

の詳しい情報については、今回の朝日の記事や、ウィキペディアの説

明を見るまでは全く知らなかった。 

             

まず、朝日の記事でなるほどなと思ったのは、87年の国鉄分割民営化

だったという話。CMを担当した、入社6年目の坂田一広や電通の

三浦武彦らには、古臭くてお堅い国鉄のイメージを変えたいとか、社内

アイデンティティーや士気を強化したいという意図があったようだ。

       

その結果は、「まれに見る大成功」☆ JR東海には曲名の問い合わせ

が殺到。83年のアルバム『メロディーズ』に収録されてた『クリスマス・

イブ』は、6年後の89年に音楽チャート1位を獲得。名古屋駅を中心に

撮影されたCMは、数々の広告賞を受賞、JR東海は89年春の人気就

職企業ランキング1位に躍り出たとのこと。社史に残る大成功を収めた

だけでなく、「社会現象になった」とまで言われるらしい。

                                     

と言うのも、イブの夜、20代の若者カップルが、バブル(=泡)のよう

に美しく儚い一夜を高級ホテルで過ごす流行とCMとが、時期的に重

なってるかららしい。コラムニストの堀井憲一郎によると、クリスマス

が恋人たちのものと宣言されたのは、83年12月の雑誌『an・an』の

クリスマス特集とのこと。その流れが頂点に達した80年代末、クリス

マスのイメージを見事に演出したのが、JR東海のCMと、達郎の曲

ということになる。

     

       ☆          ☆          ☆

ただ、曲とCM自体は、決してバブル的な内容ではない。だから、朝日

の記者・中島鉄郎(「鉄ちゃん」か?♪)は、ほぼ20年ぶりにパソコン

でCMを見て、拍子抜けしたんだろう。「映像の2人はけなげ、感じが

よくて応援したくなるほどだった。バブルの気配はみじんも感じられな

かった」。

      

けれども、このCMにはさらにヒネリがある。バブル期の代表的CMなの

に、内容的には純粋で真っ直ぐ。ところが、そこにはやはりバブル的な

要素も少し加味されてたのだ。それが、新幹線のホームで彼氏を待つ女

の子の、「真っ赤な口紅」。バラの花束や高級シティーホテルの一夜を連

想させる、「きらびやかな妄想に誘う色」。

      

当時15歳の深津絵里を、「どこか気の強そうで、ちょっぴり遊び人風、

いわゆる清純そのもの風の女のコではない」感じに演出する口紅につ

いては、コンセプト担当・三浦と演出担当・早川和良の間で論争があっ

たらしい。

                             

結局、早川が押し切ったものの、三浦は最後まで納得してなかったよ

うだ。けれども、2人が一致してたのは「CMのあと」の2人。会えなかっ

た寂しさをホテルで埋め合わせすると考えておきながら、依頼主のJR

東海には「2人は家に帰りますよ、当然」とキレイ事を提示。JRの坂田

は「だまされました♪」と、懐かしく回顧していた。。

      

        ☆          ☆          ☆

肝心のCM内容については、朝日の記事はわりとあっさりした記述で

終わってる。88年の第1作CMから4枚の静止画を紹介。最初の2枚

は、いかにも無理したっぽい派手な化粧の、深津の顔のアップ(正面

と横顔)。タートルもイヤリング(or ピアス)も、アイシャドーも赤。

       

続いて、現れた彼氏の胸を、深津が俯いたまま両手で押しつける姿。

深津のロングスカートは赤い花柄、彼氏のパンツも赤、手に持ったプレ

ゼントも赤。2人とも、ファッションがおそろしく古い♪ 当時の感覚でさ

え、意図的に懐かしさやフツーっぽさを狙った感がある。最後は、2人と

は関係なく、大勢の一般客が新幹線を見送る姿。手前には、子ども連

れの奥様が旦那さんを見送るように手を振る姿が置かれてる。明らか

な演出だろう。

          

これでは名作CMに対する解説として物足りないので、私がウィキその

他の情報を交えながらマニアックに補足してみよう。まず、そもそもJR

東海のCMシリーズ「クリスマス・エクスプレス」(X’mas Express)は、

正確には89年の牧瀬里穂のヴァージョンが第1作。深津が出演した

のは、「ホームタウン・エクスプレス」(HOME-TOWN EXPRESS)

の「X’mas編」とのこと。

            

そうは言っても、もちろん88年の深津版が、「実質的には」第1作だ。

このCM、15秒から1分までいくつかヴァージョンがあるようだけど、フ

ルの1分版を細かくチェックしてみたい。

           

まず新幹線が到着。ところが、彼氏が見当たらなくて、深津がしばらく

スネたような怒るような、寂しげな様子を見せる。当時から演技派だっ

たようだ。無情にも、新幹線は発車。赤い(or オレンジの)ヘッドライト

がホームの端をく縁取り、数メートル離れた柱の列も同じ色の点で

彩る。狙い澄ました構図だ。歌詞は、「きっと君は来ない ひとりきりの

クリスマス・イブ ♫」。

                                       

スネた深津が、足で軽く蹴る仕草と共に、そっぽを向く。そこへ柱から

現れるのが、赤い包装紙のプレゼント。気付いた深津のしばらく先の

柱から、彼が、マイケル・ジャクソンでお馴染みのムーンウォークで後

ろ向きに登場。プレゼントで顔を隠したまま、ロボットダンスを踊る。全

身の各部分をカクカクと動かす懐かしのブレイクダンスの技だ。この辺

りで曲は、「心深く 秘めた想い ♫」というサビっぽい盛り上がりになる。

              

わざと彼女を心配させたイタズラ好きの彼に対して、深津がプイッとい

じけて顔を背けると、彼はムーンウォークで再び柱の陰に消えて行く。

「もぉ~~っ・・」という感じの深津を映した後で、例の写真の通り、彼の

胸を彼女が押しつける姿に切り替わる。プイッとまたソッポを向く彼女

を彼が後ろから抱き締め、クルクルとメリーゴーランド。熱いね♪

            

重なるナレーションは、渋い男性(おそらく有名な人)の声で、「帰って来

るあなたが、最高のプレゼント」。白いロゴは、右上に横2行で「会うのが、

いちばん。」。最後は、女性の声でインパクトをもたせて、「JR東海」。新

幹線が走り去り、オレンジ色の光を長く残していく。画面中央には、企業

イメージのオレンジ色で「JR東海」のロゴ。

                            

う~ん、完璧な内容☆ 試写で見た電通の社員やスタッフの何人か

泣いてたそうで、特に年配の方の涙が驚きだったようだ。やはり、駅で

の再会や別れの情景には、紋切り型だからこそ世代を超えた普遍的な

力があるんだろう。私もこうして書いてるだけで、ウルウルするほどだ♪

                     

なお、ウィキによると、深津の厚化粧には高熱の体調をカバーする意

味もあったらしい。男性は2人使ってるそうで、顔の出てる方鶴田

史郎。ダンスはジュニーズJr.出身の武口明。ダンスシーンで顔を隠

してるのは、そうゆう事情もあったわけか。撮影の大部分は名古屋駅

だけど、乗客が降りて来るシーンは岐阜羽島駅とのこと。要するに、空

いてて撮影しやすいってことね。じゃあ、アレは全員エキストラなのか。。

     

       ☆          ☆          ☆

さて、ウチに初めて来た方は、記事の長さに驚いてるかも知れないけ

ど、まだ延々と続けるのがマニアックサイトというものだろう♪ 今度は、

正式(形式的)には第1作。牧瀬里穂の「X’mas EXPRESS ’89」

を解説してみよう。

            

いきなり、真っ赤なジャケットを来た牧瀬がプレゼントを持って走る。要

するに、プレゼントを持った女のコが動くのだから、要するに深津ヴァー

ジョンの逆になってるわけだ。ウィキによると、故郷へ戻って来る彼氏

を迎えに行く所らしい。到着した新幹線から、まず彼の足だけが映り、

やがてバンダナを頭に巻いた、童顔のイケメン・長沢幸男の顔も映る。

    

その後は、彼がゆっくり歩いて改札口に向かう様子を間に挟みながら、

懸命に走る牧瀬の様子が映し出される。途中で年配の男性にぶつかっ

て、頭を深々と下げて謝る姿は、印象的で好感持てるショットだ。ここ

でアニマル柄の帽子とプレゼントを落とす辺りも芸が細かい。素朴な誠

実さや、慌てん坊の可愛さと共に、プレゼントを抱き締め直す姿を入れ

てるわけだ。

       

改札に着いた後、牧瀬は不安そうにキョロキョロして、改札内側の階

段を降りてくる彼を発見。一気に笑顔になって、柱の陰にイラズラっ

ぽい表情で隠れ、手に持った帽子をかぶり直す。アニマル柄のバッグ

とお揃いで、精一杯のクリスマス用のオシャレ。カメラはやや引いて、

画面左には、柱で目を閉じた笑顔の彼女。右には短いムートンのジャ

ケットと淡いブルーのジーンズを履いた彼が歩いてやって来る姿。

    

ここで、前年と同じ声の男性ナレーションが入る。「ジングルベルを鳴

らすのは、帰って来るあなたです。クリスマス・エクスプレス」。なるほど、

それで牧瀬のプレゼントには、珍しくベルが3コ付いてるわけね。ベル、

アニマル柄、タートル、ジャケットのボタンが、すべてゴールド=茶系に

まとまってる点も見逃せない。

       

画面には白いロゴで縦書き2行に、「X’MAS EXPRESS」。縦書きに

してる理由は、大文字で強調されて横に並んでる「X」から想像できるだ

ろう。「X」’masとE「X」press(新幹線)を分かりやすく結び付ける、やや

サブリミナル(潜在的)な効果を狙ったデザインなのだ。縦に並べるより、

横の方が分かりやすい。他にも、「鉄ちゃん」の方々には「XX」が線路と

か鉄道関連の記号に見えるのかも知れない。

                      

CMの最後は、これまた前年と同じく、女性の声で「JR東海」。走り去る

新幹線を上から俯瞰で映し、左下から右上へと車両全体が曲線を描く。

その右下に、車両に囲まれるような形でオレンジ色の「JR東海」のロゴ。

左下には、オレンジ色のヘッドライト。これまた完璧な出来栄えだろう。。

        

       ☆          ☆          ☆

その後、JR東海のCM「クリスマス・エクスプレスは、90年に高橋リナ

(or 理奈)で第2作(深津からだと3作目)を制作。これまでより年齢を

少し上げた設定だ。いきなり新幹線が映り、強烈なヘッドライトのオレ

ンジを目に焼き付けた後、コンビニの中の彼女を外から映し出す。

     

1人で外に出て、白いため息を吐く。ビニール袋を提げたまま、トボトボ

ときらびやかな街を歩いてると、ショップのウインドウには黒と白で着飾っ

た男女のマネキンが抱き合おうとしている。見とれた後、緑の公衆電で

連絡しても、彼にはつながらない。また、ため息。暗いガード下では、酔っ

払いがクラッカーを鳴らして騒ぐ。団地(or アパート)に帰っても、304号

室のポストには何も入ってない。

                   

淋しく部屋に帰ってみると、ドアには1枚の絆創膏でメモ用紙が貼られて

いる。小首をかしげた彼女が見ると、「Merry X'mas! ○○で待ってる

」といった感じの内容が書かれてる。大きな口を一気に横に広げて喜

び、ダッシュで街へ逆戻り。誰かが誰かにプレゼントする(?)様子と赤

いバラのショットが一瞬入った後、笑顔の彼女がダッシュし続ける。

    

その途中には、さっき淋しく見とれてた白い(ウエディング?)ドレスのマ

ネキンが、祝福するかのように映る。やがて、またあの渋い男性の声で、

どうしてもあなたに会いたい夜があります。クリスマス・エクスプレス」と

ナレーション。白いロゴは横2行で「X’MAS EXPRESS」。前年は左右

だったが、この年は上下に太字の「X」を重ねてる。

                         

ライトアップされた歩道を彼女が走る時、画面左端にはショップのウ

インドウ、その右脇には後ろ姿のやや年配のカップルが歩いてる。

年齢層を上に広げようとする狙いは明らかだ。並木のイルミネーショ

ンをボカす形で映すことで、まるで星か雪が降るようなイメージを作り、

冒頭と同じ新幹線の顔へと持って行く。

         

最後は再び女性が「JR東海」。オレンジ色のロゴが真ん中。その右下

と左下には、オレンジ色のヘッドライト。それまでの2年と比較すると、

やや地味な印象だけど、年齢層を上げてることだし、バブルも末期。そ

の意味で、負けず劣らずの研ぎ澄まされた秀作だと思う。

               

       ☆          ☆          ☆

さらに、91年のCMは「XMAS EXPRESS」となってて、「X」と「M」の

間のアポストロフィー(省略記号)が無くなっている。女優は溝渕美保

全体的に、光量を落とした独特の芸術的映像になってて、過去3年と差

別化されている。駅の雑踏をボカして映す映像で始まって、ゴールドの

円形イヤリングがチャリンと落ちる。余韻が響く中、微笑んだ彼女が耳

にしっかり取り付ける。

         

おじいちゃんから、さらには駅員さんまで、前年より更に間口を広げ

た、普通の人々の楽しげな様子を映す中、真剣なまなざしの彼女だけ

はずっと1人きり。アップに耐える、美しい顔だ。さすがに顔がくもって

来た所で、そのままラストへ。そこで、今までと違うやや高めの男性の

声で、「あなたが会いたい人も、きっとあなたに会いたい。クリスマス・

エクスプレス」とナレーション。

        

まずツリーが映り、つぎのショットで彼女の顔が左にボケて映る。ズーム

レンズ(?)の焦点はやや遠くに合わせられていて、イヤリングの輪の中

に彼の笑顔がぼんやり映る。どうやら、彼女はガラスに映った様子を見

て振り返ったらしい。最後に白い横2行のロゴで、「XMAS EXPRESS」。

上下に並べられた「X」はまるで光輝く星のよう。。

                   

駅のホームからは新幹線が走り去り、手で合図する駅員を左に映した

状態で、右には赤っぽいオレンジのヘッドライトが4つにボカされて映る。

最後は女性の声で「JR東海」。右下にオレンジのロゴ。美しい。。☆

この芸術的な柔らかい映像には、スモークが使われてるため、撮影の

ほとんどはスタジオで行われたらしい。ちょっとストーリー性は弱いもの

の、映像美という観点ならこの年が最高だろう。

         

        ☆          ☆          ☆

そして、普通に見るならラストとなる92年のCM。女優は吉本多香美

マウンテンバイクも愛する行動派で、ウルトラマン・黒部進の娘である

のは有名だろう。CMの最初は「チーズ!♪」。プリクラではなく、駅の

免許写真撮影室(?)で、両手のピースサインで白黒写真を撮った彼

女は、牧瀬のように走った後、新幹線に乗って彼のもとへ。これまた、

新しい構想だ。

                    

車内でもコンパクト・ミラーや洗面所の鏡を使って、「チーズ」と笑顔の

練習。到着先の駅のホームで彼を探すと、遠くからゆっくり彼がやって

来る。僅かに傾いたショットが非常に効果的だ。ウィキは「彼に会いに

行く」と書いてるけど、実は彼とどこかで待ち合わせしたようにも見える。

つまり、彼も別の新幹線で同じ駅に到着したのかも知れない。

     

彼を見た彼女は、「チーズ」と口にするものの、練習と違って笑顔を作

れず、涙顔になってしまう。満面の笑みの彼とのコントラスト(対比)が

鮮やかだ。抱き合う2人にかぶせられるのは、おそらく前年と同じ男性

の声。「会えなかった時間を、今夜取り戻したいのです。クリスマス・エ

クスプレス」。彼女のモノクロ写真が入ったフォトフレームが映り、写真

と共に、上側の「Merry Christmas」の文字へとズームイン。

    

ラストは走り去る新幹線の顔とオレンジ色のヘッドライト。中央に白い

横2行のロゴで「Xmas eXpress」。「X」だけを大文字にすることで、

2つのXを強調。さらに、右上から左上へと、2つのXの車線がつなげ

られている。右下には例のJR東海のロゴ。やっぱ、上手いね。。☆

     

      ☆          ☆          ☆

結局、「バブルの記憶の由来」(新聞記事の大見出し)は、経済バブル

やクリスマス・バブルとの時期的な重なり合い、バブル的ではないけど

曲やCMが持つ独特の輝きに加えて、制作者が巧みに考慮・加味した

バブル的要素の香りだと言っていいだろう。

     

その後、7年間の空白期間を経て、2000年に(1日だけ?)再登場

メイン女優の星野真里に加えて、懐かしの深津と牧瀬も共演。まず、

部屋で準備して待ってる彼女の元に、携帯でドタキャンの電話らしき

ものが入る。「ウソでしょ・・・」。暗い部屋に1人坐る彼女を遠くに移し

て、カメラは手前の深津を映して行く。「雨は夜更け過ぎに・・♫」

    

会社では、彼が携帯を手にして「仕方ないよ・・」。それを受けて今度

は牧瀬が手前に登場。「雪へと変わるだろう・・♫」。つまり、毎度お馴

染み、淋しい光景が美しい光景へと変わる流れを歌い上げる。彼女

を映した後、真っ暗な画面の真ん中に横1行で白い文字。「ひとは、

きっと、ひとりじゃない。」。駅に新幹線がやって来て、オレンジ色のラ

イトが光る。

                   

そこで暗転した直後、昔のCMの深津(彼をにらむ横顔)と牧瀬(柱

で待つ姿)が挟まれる。新幹線がホームに到着。深津と牧瀬が見届け

る。先頭がくちばし型になった新幹線を強調した後、コツコツと音を鳴ら

して、星野が階段を駆け上がって来る。牧瀬のように真っ赤なコートと、

ゴールドの包装紙のプレゼント。

      

間に合った彼女を深津と牧瀬が微笑んで見送る中、深津か牧瀬の

声で「何世紀になっても、会おうね」とナレーション。走り去る新幹線

のヘッドライトは真っ赤。その下に「Xmas EXpress 2XXX」。少な

くとも2999年までの約10世紀間は、JR東海の新幹線が恋人たち

を演出してくれるようだ♪ 次はリニア・ヴァージョンのクリスマスCM

を見せてくれることだろう。。

     

        ☆          ☆          ☆

と言う訳で、CMを解説してたらとんでもない時間が経ってしまった。長

い記事は毎度のことだけど、こんなに楽しく書いたことは珍しい。そのく

らい素敵なCMだし、素敵な曲だと思う。本来なら、達郎の曲の歌詞も

もっと深く解説したい所だけど、著作権の問題があるから止めとこう。

    

一言でまとめるなら、曲も歌詞も絶妙なのだ。淋しさや切なさの中に、き

らめきや輝きを織り込んでて(特にイントロ&編曲)、聞きようによっては

ハッピーエンドのようにも受け取れる美しい曲。冷たい「雨」が美しい「雪」

へと変わることを期待させる歌詞で、「何世紀になっても」残るだろう。

        

ちなみに、制作の三浦&早川コンビがCMについて語った『クリスマス・

エクスプレスの頃』(日経BP社)には、DVDが付いてて、深津と牧瀬の

CMも見れるそうだ。表紙は、柱で待つ牧瀬の大きな写真。手袋のデザ

インまで、バブル的に凝ったオシャレだという事が分かる。

         

名古屋駅のJRセントラルタワーズでは、「タワーズライツ」と呼ばれるイ

ルミネーションが、1月上旬まで輝いてるとのこと。クリスマスには、駅前

の恋人たちや家族連れを、達郎の名曲が祝福するのかも♪

ではまた。。☆彡   

     

     

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P.S.たまたま今日(12月19日)の朝日新聞・夕刊には、鉄道と旅を

    愛する首都圏の女子大生&OLが作った「鉄旅ガールズ」なる

    ものが紹介されている。彼女たちは、「鉄子」ほどのマニアでは

    ないものの、気軽に鉄道を楽しんでるらしい。

    それなら、JR東海の名作CMも皆さんで楽しんでは如何?♪  

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自転車でも活躍、元F1レーサー・片山右京が富士山で遭難・・

RUN 12km,54分02秒,心拍156

スポーツはかなり色々と楽しめる方だと思うけど、冬山登山とかロック

クライミングの類は全くやる気がしない。平地でさえ、昨日や今日は冷え

性でパソコンを打ちにくいほどだし、マイナス10度以下だった北海道・キ

ロロスキー場では、1本滑るたびにトイレに駆け込んだほど。蒸し暑さに

も極端に弱いけど、寒さにもかなり弱いのだ。もちろん、岩にしがみつい

て1人で登るなんてのも、全くあり得ない。

        

そんな私から見ると、この冬一番の寒波が襲来した富士山に3人で登っ

て、6、7合目辺りでテントに寝るなんてのは、信じられないことだ。別に

非難してるわけじゃなくて、純粋に驚いてしまう。

           

まあ、南極の登山に備えた練習だし、最高峰・エベレストにもあとちょっと

で登頂できたくらいの片山なら、それほどの事でもないんだろう。富士山

の直前には、ホノルルマラソン2009も完走してるほど(タイムは5時間

52分27秒)。実際、今回も本人だけは無事下山。意外なほどしっかり

記者会見してた。

                       

そうは言っても、一晩は極限状態を過ごしたはずだし、直後の様子はど

んなものかと気になって、動画ニュースをチェック。淡々と話す中、1人

での下山を決めた際の、仲間2人(カタヤマプランニング)の様子を聞か

れた時は、流石に言葉に窮して、付添の関係者(事務所関連か)が助け

舟を出してたほど。要するに、二人とも既に冷え切って、意識が無かっ

たんだろう。一般人の想像力の限界を超えた情景だ。

          

ニュースでは今現在、1人死亡・1人重傷説と、2人死亡説が入り乱れて

るけど、片山が別れてから更に丸1日経ってることを考えると、非常に厳

しい状況なのは間違いない。私が気になるのは、2人のご家族のこと。

保険とかも気になるけど、そもそも冬山登山に同意してたのかな。

    

右京自身に関しては、奥さんとNHKのテレビで話してる所を見たことが

ある。「こうゆう人だから、もう仕方ない♪」って感じで、奥さんも苦笑しな

がら諦めてるようだった。でも、元・F1レーサーの妻と、一般人の家族で

は、かなり感覚が違うだろう。

                  

当たり前のことだけど、片山には今後のサポートを頑張って欲しいもん

だ。差し当たり、南極は延期した方が無難じゃないかな。たとえ2人の

ご家族が「予定通り行ってください」と言ってくれたとしても。で、しばらく

色々と立て直した上で、また様々な「冒険」を続ければいい。「危険」と

必死に闘いながら。。

        

                

追記: この記事アップ直後、深夜の朝日新聞のニュースが詳しい状況

     を報道。堀川敏男氏と宇佐美栄一氏の描写が余りに生々しいの

     で、引用は差し控えとこう。右京は「十分な指導をしていなかった。

     申し訳なかった」と静岡県・御殿場署で語ったそうだ。なお、宇佐

     美氏の多彩な活躍は、今でもブログで知ることが出来る。)

                    

追記2: 19日昼過ぎになって、不明2人と見られる遺体が発見された。

      収容にはまだ時間がかかるとのこと。合掌。。)

     

追記3: 予想以上に関心が高い事故のようなので、更に追記。遺体は

       やはり2人のものだったとのこと。ご家族の気丈なコメントが、

       右京でなくても涙を誘う。南極その他はやはり中止となった。

      

       ちなみに「片山右京 自転車」といった検索がそこそこ入ってる

       ので、最近の活躍を一つだけ。2008年のツール・ド・フランス

       の第10ステージと同じコースを使った大規模レース「エタップ・

       デュ・ツール」で、片山は約8500人中の284位。これは日本

       人最高位のようだ。これ以外にも、探せば色々と活躍情報が

       手に入る。)

                  

        ☆          ☆          ☆

と言う訳で、自転車の世界でも優れた能力を発揮してるスーパー・アス

リート、片山の話をした後は、3流市民アスリートの厚着ランのお話だ♪

いやぁ、冬山なんて登らなくても、平地で十分精神力が鍛えられる。昨夜

より更に寒いなぁと思って、ピンポイント予報を見ると、何と気温1度! 

道理でキツイわ。でも週末だからなのか、昨夜よりは公園に人がいたな。

            

ホントはゆっくり走りたいんだけど、寒いし眠いから、パパッと切り上げ

たくて、どうしてもスタスタと走ってしまう。足の裏まで冷たい気がしたの

は、単なる気のせいだろうね。アシックスGT-2150の分厚いクッション

を、冷たさが貫通するとも思えない。顔が冷たくて、しかめっ面になりつ

つ、何とか最低限のノルマとして12kmをこなすことが出来た。短っ!

      

トータルでは1km4分半ジャスト。う~ん、ビミョーだな。ホントは1km5

分でハーフとか走るべきなんだけど、なかなか時間的余裕がないのだ。

この週末も、やる事が溜まってるし、あんまし走り込めそうにないね。ま、

2日で25km走れば十分かな。心拍は往路のみ補正。汗でセンサーが

濡れないと、やたら高い数値が出ることが多いのだ。ではまた。。☆彡

       

 往路(2.45km)   12分20秒  平均心拍133         

 1周(2.35km)   11分05秒        143

 2周           10分27秒        156    

 3周           9分50秒        165       

 復路(2.5km)   10分21秒         163   

 計 12km  54分02秒 心拍156(85%) 最大171(3周ラスト)

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香山リカ 『しがみつかない生き方』を読む (下)~勝間和代批判ほか

4日前にアップした上下記事の「上」に続き、今日は「下」をアップしよう。

以前から人気の精神科医、香山リカの初のベストセラー『しがみつかな

い生き方』(幻冬舎新書)の要約&レビュー(批評)だ。世間的にはもっ

ぱら、勝間和代とのバトルという枠組みで話題になってるけど、この本を

よく読むと勝間と直接関係ない話の方が遥かに多い。そこで、序章から

各章ごとに分けて、10章まで簡単に見て行こうとしているわけだ。

    

ではまず、本後半のスタートを切る第6章仕事に夢をもとめない」(p.117

-129)から。まず、テーマの特異性に注目しよう。序章「ほしいのは『ふつ

うの幸せ』」を一応別にすると、ここまでの5章はすべて当たり前のように

聞こえる平凡なタイトル=「ルール」ばかりだった。「恋愛にすべてを捧げ

ない」「自慢・自己PRをしない」「すぐに白黒つけない」「老・病・死で落ち

込まない」「すぐに水に流さない」。

      

ところが第6章になると、ありがちな「仕事に夢をもとめよう」ではなく、

「夢をもとめない」。もちろん、形式的に考えると、もともと書名が「しが

みつか『ない』」という否定形だから、すべての章を「~~ない」という

形に揃えてるわけで、その意味でも「夢をもとめよう」というタイトルは

論外なわけだ。

     

それにしても、「夢をもとめない」とは、差し当たり不思議な話に聞こえ

るが、ここには2つの理由がある。まず、今の社会には「仕事に夢をも

とめる」方向でおかしな誘惑や扇動があるから。もう一つは、香山自身

が夢をもとめて来なかったからだ。

      

まず、社会的な誘惑は、つまらない仕事は辞めて別の道に進もう、とい

う形で登場する。これに対して、香山は3つの角度から反論している。

夢を仕事にすることなど現実には難しい。また、本当にやりたい仕事

ど、そう簡単に見つからない。さらに、一見つまらない仕事にも十分な

がある。もちろん、夢を仕事にして、自己実現を楽しんでる人はそれ

でいいわけで、そうではない人に対して、怪しい勧誘に乗せられて今の

仕事をすぐ辞めるのは危険だとアドバイスしてるわけだ。

      

実際、香山自身も別に精神科医をやりたくて選んだわけではないよう

で、わりと仕方なく選んだ後は、「パンのために働いている」とのこと。

でも、パンのためだからこそ真剣になるし、その中でも、技術習得とか

周囲の信頼獲得とか、喜びは十分にあるとのこと。事実、仕方なしとは

思えないほど、精力的に長年活動し続けてるわけだ。

          

では、私がこの章をどう見たか。要するに、「仕事に夢をもとめない」と

いうのは単純なキャッチフレーズにすぎないのであって、正確には例え

ばこう言うべきだろう。「仕事に夢をもとめようとして、逆に『ふつうの幸

せ』さえ失うハメにならないように気を付けよう」。

        

このアドバイスのために、夢をもとめる姿勢のリスクを明示し、もとめな

い姿勢の価値を強調してるわけだ。「どうしても意味がほしければ、『生

きるため、パンのために働いている」というのでも、十分なのではないだ

ろうか」(p.129)。

                      

したがって、無理や無謀に注意しながら、リスクを取って夢をもとめるこ

とまで禁じられてるわけではない。日本人が苦手とされる「ハイリスク・

ハイリターン」の道を取るか、あるいは日本的な「ローリスク・ローリター

ン」の道を取るか。あとは本人の選択次第だろう。

       

       ☆          ☆          ☆

次に、第7章子どもにしがみつかない」(p.131-147)。この章は、興味

深い指摘からスタートする。心身の調子を崩して以降の雅子さまは、

毎年一月の歌会始で、長女・愛子さまのことばかり詠んでいるとの事。

     

スーパー・キャリアウーマンから1人の母親になった雅子さまを、皇太子

はもちろん、女性週刊誌も温かく見守ってるけど、香山としては違和感

を覚えてしまう。大学内の子育て優遇策にせよ、スポーツ界のママさん

優先的傾向にせよ、出産&子育てが重視され過ぎている。

        

その結果、子どもは甘やかされてしまうし、親も自分で何かに打ち込む

ことができない。やがて両者とも年を取り、甘い母子関係が一気に崩

れる様子を度々見て来たようだ。      

          

この章はもちろん、ここまで子どもに恵まれなかった香山が自らを慰め

る内容にもなっているし、前著『雅子さまと「新型うつ」』以来改めて、雅

子さまにアドバイスする形にもなっている。ただ、基本的には確かに、親

が子供にしがみつくことには問題が多いだろう。少子化対策で母親が優

遇されてる現状を考えると、その問題性を強調するのは正しいと思う。

      

むしろ、子どもにしがみつかずにどうするか、これが重要なことだ。雅子

さまや香山みたいに有能な人間はごく少数であって、あとは平凡な能力

の人ばかり。特に、全体的に見ると家にいる時間や自由時間が多い女

性の場合、手近なテレビや芸能人に向かうことが目立つと思う。そこか

ら生じる典型的な結果の一例が、ジャニーズ・ドラマの増大だ。ジャニー

ズや虚構の夢物語を追いかける女性は、質・量ともに、AKB48とかを

追いかける男性を遥かに凌駕するものだろう。

         

こうした状態は、それ自体、「いけない」とか「おかしい」とか、あまり強く

否定することはできない。あまりにも人数が多過ぎて、お互いがサポート

し合ってるし、実生活に大きな支障がない限り、差し当たりは個人の趣

味の問題だからだ。

             

でも、本当はそういった自分に満足してない女性も少なくないだろうし、

間接的には社会人男性のテレビ離れにもつながってると思う。だからこ

そ、子どもにしがみつかずに何をすべきなのか、特に女性が再考する

ことを、男として強く願っている。

      

         ☆          ☆          ☆

続いて、第8章お金にしがみつかない」(p.149-165)。この章は、説得

力の面では一番弱いと思う。と言うのも、お金にしがみついてはいけな

理由がほとんど書かれてないからだ。代わりに示されてるのが、お金

にこだわる人々の実例多数(佐藤秀峰、小室哲哉、田中康夫、竹中平

蔵、堀江貴文、ジョン・ウェスレー司祭など)と、逆にこだわらない自分

の例だ。

      

理由を書かなくても、小室や堀江の失敗例や、竹中平蔵も絡む新自由

主義の破綻(=金融危機)を書くだけで十分と思ってるのかも知れない

が、失敗例を並べるだけではまったく不十分な議論にすぎない。と言う

のも、逆に成功例もいくらでも挙げられるし、お金にしがみつかざるを得

ない人達も大勢いるからだ。

        

したがって、この章の本質は、生き方のルールを一般的に提示するこ

とではなく、むしろ香山本人がお金にこだわってないことのアピール

ろう。たとえ売れる本でも、書きたくなければ書かないし、売れない本で

も、書きたいことは書く。その姿勢を、売れっ子作家の香山が、国内の

様々な編集者に堂々と突き付けるための章と考えればいい気がする。

          

         ☆          ☆          ☆

さらに、第9章生まれた意味を問わない」(p.167-180)。精神医学にか

なり興味を持ってる私としては、このタイトルに一番インパクトを受けた。

生まれた意味にこだわる患者が多いのは知ってるし、その意味にこだわ

らない方がいいという考えにも基本的に賛成する。でも、「意味を問わな

い」とまでハッキリ現役の精神科医が語るのは過激だなと思ったからだ。

     

冒頭の次の文章を読んだ時は、思わず笑ってしまった。「はっきりした

うつ病ではなく、親との問題や学校や職場への不適応などの若者やな

かなか結婚できずに気持ちが滅入っている若い女性の場合は、こちら

もなかなか素直に共感を寄せることができない。つい、こんなことを言っ

てしまうこともある。『生まれたり生きたりするのに、何か意味とか価値

なんて必要なんですか』」(p.168)。

     

これは、前著で語られてる「新型うつ」の場合だろう。要するに、医師で

ある香山がつい苛立ってしまうのが、新型うつの最大の特徴なのだ♪

それはさておき、生まれたり生きたりするのに、意味や価値など「必要

ない」し、私自身も幸か不幸か、これまであまり自分の生の意味や価値

を考えたことはない

    

ただ生きるのみ。これは丁度、私の好きな禅宗(曹洞宗)の「只管打座」

(ただひたすら座禅する)に似た感覚だと思ってる。別に適当に生きてる

わけではなくて、今こうして記事を書き続けるだけでも、相当なエネルギー

を使ってるわけだ。1円の金にもならず、大層な意味や価値も無さそうに

見える作業でも、ひたすら打ち込み続ける。毎日懸命に生きることも、似

たようなものだろう。どうせ財産も名誉も、死ねば消えるものにすぎない

し、死後や生に意味を持たせてくれる宗教にすがるつもりも今はない。

         

ただ、考える必要が生じる場合も確かにある。たとえば、長く辛い状況

(病気や貧困、孤独など)の中で耐えられなくなりつつある時。生きるの

が大変な中だと、なぜ生きるのか、その意味や価値が知りたくなるのは

当然のことだ。あるいは、生の終末に際して、これまで生きて来た過程

はただ消え去るのみだと思うと、あまりにも淋しいかも知れない。

    

同様に、診察室で生きる意味や価値を問う人達も、大なり小なり生きづ

らい状況にあるわけで、そういった人達が生き続けられるようにするた

めには、「意味など必要ない」と言うよりも、臨機応変に個別の意味を与

える方が実践的なことが多いと思う。私にしても、今は意味など必要ない

けど、末期ガンの告知をされた途端、意味を切望するかも知れないのだ。

           

したがって、「生きる意味を問わない」とは要するに、意味にこだわりす

ぎて怪しげな新興宗教にハマったり、精神病的な妄想、神経症的な不安

に陥ったりしないように、という処世訓なのだ。普通の人が、ほどほどに

生きる意味を問うことについては、別に禁止されていない。ただ、いくら

考えてもどこを探しても、確固たる意味など見つからないことを、頭の片

隅に置いておけばいい。それだけで、妙なハマり方を防止する効果はか

なりあるだろう。

    

なお、この章の途中に、香山が売れるキッカケの一つになったラカン派

精神分析の話が添えられている。ラカンとは、フロイトの精神分析をフラ

ンスで大胆に受け継いだカリスマ分析家、ジャック・ラカンのこと。ウチで

は2年前、藤木直人&綾瀬はるかのドラマ『ホタルノヒカリ』の第1話

ビューにおいてやや突っ込んだ話をしておいた。「女というものは存在し

ない」というラカンの有名な言葉が、ドラマ冒頭で引用されてたからだ。

      

ここで香山が引用した話はラカン自体ではなく、その研究者である新宮

一成の著書『ラカンの精神分析』にあるもの。人間の無意識は、その人

の生の意味を知ってるかもしれないけど、それは意識には分からないし、

おぞましいから分からない方がいいのかも知れないということだ。正直言っ

て、現代思想家・ラカンの名前を出す必要のない話だけど、好きな精神

分析家の名前を挙げたかったのだと思えば、別に構わないだろう。。

       

         ☆          ☆          ☆  

では最後に、第10章<勝間和代>を目指さない」(p.181-201)を見て

みよう。内容はタイトルからほぼ明らかで、カッコ付きの<勝間和代>、

つまり競争社会で必死に努力して大成功する人間を目指す考えのデメ

リットやリスクを説き、そんなものを目指す必要はないし、目指さなくて

も「ふつうの幸せ」は手に入ると言いたいわけだ。

         

この章でまず指摘したいのが、話のつかみが巧みだということ。20ペー

ジの章の冒頭6ページ、つまり始めの3分の1には、勝間という名前は出

て来ない。最初の小見出しは、「めまいがするほどの悲しさが押し寄せる

とき」。つまり、精神科医として大変な経験は何度もして来たけれど、そう

した患者と直面しても、怒りや不快の感情はわいて来ず、逆に悲しみが

押し寄せるというわけだ。なぜなら、患者自身にもどうしようもない不幸な

行動なのだから。

       

世の中には、どうしようもない事があるし、がんばれない人、がんばって

も夢がかなわない人がいるこの現実を「否認」するのが、<勝間和代>

的生き方であるし、ある種の勝間ファン(カツマー)でもあるだろう。例え

ば、上手くいかないのは本人が「三毒」(妬む、怒る、愚痴る)に浸って

るからにすぎない、というわけだ(これが単純な誤解だとする斉藤環の

批判については、この記事末尾のP.S.2参照)。

       

しかし、それは違う。上手くいかない人は不運、上手くいく人は幸運なだ

けのこと。不運の可能性から生じる不安から目を逸らし、幸運を自分の

努力の結果だと思いたいために、カツマー的な人々は現実を否認して

るのだ。「否認は、それだけでは病的なものではないが、いつまでも続

いたり強さが増したりすると、その人を神経症などの病的な状態に追

い込む原因となる」(p.197)。

         

先日の「上」の記事で既に書いておいたように、もともとこの本は、元カ

ツマーとして疲れ果てた編集者が、香山に企画を提示したものらしい

(『AERA』2009年10月12日号)。つまり、もともと無理な努力で疲れ

てる人に向けて書かれてるわけで、そうゆう人達に「<勝間和代>を

目指す必要はないし、目指すことのマイナスもある」と語るのは効果的

だろう。

     

そもそも、「勝」間のように飛び抜けた努力で「勝つ」大成功者はごく一

部であって、大半は、「負け組」とまでは行かないものの、「ほどほど組」

のはずだ。特に受験とかスポーツとか、競争による勝ち負けが制度的

にハッキリした世界では、参加者全員が死ぬほど努力しても、勝つ人

間は最初から限られてる。しかも、運動能力にせよ知的能力にせよ、先

天的・環境的な要素にかなり依存してるわけだ。つまり、本人の努力を

超えた「運」に左右されるのは間違いない。

       

ただ、恵まれない状況からでも、努力でかなりカバーできる可能性があ

るという控え目な考えなら、別に間違ってはないし、平凡な考えでもある

だろう。そしてそうした努力の際には、「失敗するかも」などとネガティヴ

な考えを持つより、ひたすら「がんばれば夢はかなう」と信じてポジティヴ

に進む方が、やりやすかったり上手く行ったりすることはあるだろう。つ

まり、失敗や失敗者の存在を否認した方が、成功にはプラスの可能性

はある。

        

もちろん、否認するのとしないのとどちらが有利なのか、統計的データの

ような中立的かつ全体的な根拠は存在しないけど、それは香山の議論で

も同じこと。いずれにせよ、実証性が薄い。香山のように、精神科の診察

室の中で見てれば、失敗者とか、失敗の否認によって病的状態に追い

込まれた人を多く感じるのは当たり前だろう。逆に、勝間のように華やか

に活躍する人の目線なら、成功者を多く感じるのは当たり前のことだ。

             

結局、カツマー的な人は、当面そのまま<勝間和代>を目指せばいい

少数の成功者は幸せだし、多くの不成功者も特に問題ないはずで、た

かが妬み・怒り・愚痴の「三毒」がついもたげて来る程度のことだろう。た

だ、シリアスに抑うつ的状態に落ち込んでる人には、香山の本を一読

ることを勧めればいい。

     

一方、今回の大ブレイクからも想像できるように、相対的に多数だと思わ

れるカヤマー(香山)的な人は、<勝間和代>など目指さなくていい。でも、

香山本人でさえ、以前は勝間的なものに気を取られてたと素直に告白し

ている。<勝間>など目指さないと思っていても、つい気になったり、真

似事の努力をしたりするだろうし、一部の成功者が努力の大切さや素晴

らしさを声高に語るのを聞くと、自分が負け組のダメ人間であるように思

うこともあるだろう。

              

そのダメさの感覚は、そのまま受け入れつつ「耐える力」を磨くのもいい

し(香山的発想)、一時的に<勝間>的方向へと寝返る原動力にしても

いいわけだ。勝間的姿勢と香山的姿勢、「頑張れば出来る」という考え

と「頑張ってもできない事がある」という考え。両者の間で揺れ動きなが

ら、自分のポジション=立ち位置を模索し続けるのが、人生のリアルな

姿なのだ。

   

香山は最後にこう語る。「人生には最高もなければ、どうしようもない最

悪もなく、ただ ″そこそこで、いろいろな人生″があるだけなのではな

いか。だとしたら、目指すモデルや生き方がどれくらい多様か、というの

が、その社会が生きやすいかどうか、健全であるかどうかの目安にな

ると言えるはずである」(p.201)。

      

「そこそこで、いろいろな人生」の中にも、人それぞれの価値基準の中

で、上下とか良し悪しの差はある。したがって、その人が上とか良いも

のだと思う方向に、それなりの努力で進めばいいわけだ。心配しなくて

も、今の日本社会の中でさえカツマーは一部に過ぎないし、まして20

~30年のスパン(=時間間隔)で見れば、勝間も「昔の人」として扱わ

れることになる。

        

カツマーが増殖して、精神科に負け組が大量に押しかけるような事態

など、杞憂に過ぎない。人間とは、制度的な強制でもない限りは、一つ

のモデルに「しがみつけない」生き物なのだから。。

        

       ☆          ☆          ☆

この長い書評の最後に、3ページの簡単な「あとがき」(p.202-204)も

見ておこう。ふつうの幸せがなかなか手に入らない世の中だという事実

を再確認した後で、香山は「私たち自身にもできることはいくつもある

はずだ」と語る。この文だけ見るなら、勝間と同じことだし、私も含めて

誰もが同意するだろう。何が出来ることで、何が出来ないことなのか、

出来ることに対してどう取り組むか、ここに違いが生じてくる。

    

一番最後の言葉はこうなってる。「ふつうにがんばって、しがみつかず

にこだわらずに自分のペースで生きていけば、誰でもそれなりに幸せ

を感じながら人生を送れる。それで十分、というよりそれ以上の何が

必要であろうか」(p.204)。

      

最も興味深い点、あるいは最大の皮肉は、もちろん香山の人生が決し

てふつうではないことだ。そこそこのルックスに恵まれ、有名な精神科医

として不自由のない生活を送り、書き手としても語り手としても大成功。

その上、この本の後も続々と執筆し続けてる人間が、ふつうで十分と書

くわけだ。「ふつう」に見ると、自己矛盾に感じられても不自然ではない。

     

まさにこの事実が示してることは、ふつうという概念の難しさや曖昧さ

あるいは人間の欲望の底知れない巨大さだろう。必要でなくても、余裕

を失ってても、失敗するリスクがあっても、人間は何かにしがみつくし、

それなりの努力をし続ける。こうした様子を見るにつけ、私には「めまい

がするほどの愛しさ」が湧いてくるのだ。

    

哀しくおかしい、ふつうの人間たちに、ふつうの幸あれ♪ ではまた ☆彡

     

     

         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P.S.「上」の記事に追記した勝間の反論本の話を、こちらにもコピー

    &ペーストしとこう。アクセス解析から分かるように、後の追記ま

    でチェックする人はほとんどいないのだ(ドラマ記事のコメント欄

    はやや例外かも・・)。では以下、再掲。

      

    香山に対する勝間和代の反論本『やればできる』を書店でチェッ

    クしてみた。横浜駅近くの店では、ビジネス本のコーナーの辺り

    に勝間本と香山本が並べて平積みされてて、完全に特別扱い。

    

    内容は、1人で頑張り過ぎることのないよう、仲間とのコミュニケー

    ションを強調しつつ、「しなやか力」「したたか力」「へんか力」「と

    んがり力」の4つの重要性を強調したもの。分かりやすく具体的、

    しかもこれまでの本との違いも示してあるし、巻末には家電とIT

    それぞれの7つ道具の紹介までついててサービス満点。これは

    「カツマーにとっては」美味しい本だろう。獲得できた成果も、教

    祖の教えに従って、しっかり社会還元して頂きたいもんだ♪

    

P.S.2 『VOICE』2009年12月号における、精神科医・斉藤環

      勝間批判「″勝間和代ブーム″のなぜ  現代人を虜にする

      『Google教の伝道師』」には、勝間の「三毒」論は仏教的に

      間違ってると書かれている。既に多くの人が指摘してるから

      勝間も知ってるはずなのに、訂正しないのは精神分析的な

      「否認」だと、香山に似た形の批判を行っているのだ。

              

      仏教的にどうなのかは知らないけど、この批判だけ見るなら、

      かなりトリヴィアル(些細)なものに感じる。こうゆう話を持ち出

      すのなら、他にあと1つか2つ、似たような「否認」例を追加す

      べき所だ。

          

      勝間がなぜ訂正しないのか、もちろん私には分からないけど、

      一つの理由は、他の人が関わってるからじゃないだろうか。斎

      藤によると、勝間は、三毒を知ったのは中山正和の著書を通じ

      てだと書いてるらしい。もしそうなら、三毒の解釈が間違ってる

      と指摘されても、勝間が訂正や謝罪をするのは難しいはずだ。

   

      したがって、もし「三毒」批判が重要だと思うのなら、むしろ直接、

      中山の方に向けるべきだろう。私自身は、仏教的解釈の正当

      性など重要とは思わない。要するに、「妬む、怒る、愚痴る」と

      いう「三悪」を慎もうという話なのだ。仏教などここでは関係ない。       

       

P.S.3 香山と勝間の、雑誌『AERA』における論争が、新年早々、単

      行本として出版されるようだ。おそらく、雑誌掲載できなかった

      部分も収録してあるんだろう。

         『勝間さん、努力で幸せになれますか

               (朝日新聞出版,2010年1月8日発売予定)

                

cf.香山リカ 『しがみつかない生き方』を読む (上)

  大胆かつ繊細な試論~香山リカ『雅子さまと「新型うつ」』

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  セレンディピティー(serendipity)という言葉の意味と由来

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香山リカ 『しがみつかない生き方』を読む (上)

香山リカの『しがみつかない生き方』(幻冬舎新書)の勢いが止まらない

ようだ。朝日新聞・夕刊(2009年12月9日)によると、7月末からの発

行部数は42万部超オリコンランキングの新書部門では12週連続1位。

年間ランキング新書部門も各社1位。ベテランの人気者である彼女とし

ては意外なことに、初のベストセラーらしい。

           

『AERA』2009年10月12日号(5日発売)によると、これはカツマー(勝

間和代ファン)として努力するのに疲れ果てた編集者・小木田順子が企

画したとのこと。実際、最終章は「<勝間和代>を目指さない」で、これ

がそのまま初版の帯に使われたらしいし、前述の『AERA』その他でも

香山と勝間の対談が実現した。

            

さらに、9月6日には「アンチ『勝間』もまた幻想か」と題する朝日新聞の

書評が出てるし、12月10日の朝日の読書特集でも松田哲夫と加藤あい

が2人を比較して軽くコメントしている。そもそも『しがみつかない生き方』

という書名が、勝間の代表作『インディペンデントな生き方』のシニカルな

パロディになってるのも明らかだろう。「インディペンデント」(独立)な生き

方に無理してしがみつく(~依存する)のは、自己矛盾とも言えるわけだ。

これに対して勝間も12月4日に『やればできる』(ダイヤモンド社)という

反論本を出版、あらためて話題になってるようだ(P.S.参照)。

         

けれども、実際に香山の本を読んでみると、勝間と直接関係ない話がほ

とんどだし、序章にもあとがきにも勝間という名前は出て来ない。この本

を勝間批判としてだけ扱うのは、余りにも不十分なのだ。

                                      

そこでこの記事では、序章、全10章、あとがきの全体(204ページ)を、

それぞれ簡単に見渡した上で、個別にコメントすることにしたい。大まか

な書評はネットにも数多いけど、詳しく読み解く記事はいまだに少ないだ

ろう。今回は「上下」の上、第5章まで扱う。ではまず序章から始めよう。

       

(17日追記: 「下」の記事もアップした。

 香山リカ 『しがみつかない生き方』を読む (下)~勝間和代批判ほか )

      

        ☆          ☆          ☆

序章「ほしいのは『ふつうの幸せ』」(p.11-p.27)では、まず書店にズラッ

と並ぶ成功本とか、松田聖子みたいに上を目指す人達に触れた後、

2000年代に入ってからの診察室の変化が報告されている。

              

例えば、ふつうの幸せはとりあえず手に入ってて、それ以上を望んで

るわけでもないのに、「いつまで続くのか」、「これで満足していいのか」

と自問して、やがて何が幸せか分からなくなってしまう患者だ。普通は

深く考えずに、適当に何とか生きていくのだけど、そう出来ない一部の

人達はおかしな方向に進んでしまうことになる。

              

一方、ここ2年くらいは、社会環境の激変などにより、ふつうの幸せが

そもそも手に入らない人達も増えている。こうした中で、少しでもちっぽ

けな幸せに近づくにはどうすればいいのか、その「10のルール」を順

に考えて行こう、という話だ。

             

この概観からも分かるように、この本は決して、カツマー的な上昇志向

や努力を主たるターゲットにしてる訳ではない。ただ、そんな感じの帯

を出版社がつけて、世間がそう受け取ったことにより、皮肉にも結果的

に大ヒットしたわけだ。

       

あと、決定的に重要なのは、香山のポジション(立ち位置)が診察室

あること。いかに心の病の患者が増えてると言っても、世間一般とはか

なり違うはずだ。その点は、勝間と比較する際にも忘れるわけにいかな

いだろう。。

       

        ☆          ☆          ☆

では、本論の第1章「恋愛にすべてを捧げない」(p.29-p.45)。非常に簡

単な内容で、「若い女性は恋愛禁止!」と言うわけにも行かないから、

少なくとも、頭の中では『恋愛はほどほどに』と考える。恋愛でつまずい

ても、すぐに『すべては無意味と思わない。『私は寂しい』と決めつけない

(p.45)ということだ。

                

正直、何とも当たり前の話だが、お手軽な認知療法のつもりなのかも知

れない。考え方、ものの見方を変えることで心を癒やす治療法。まあ、こ

当たり前のことが分かってないとか、できない人が診察室に多いのだ

という報告だと思って読めば、普通の大人の読者にも多少の意味はあ

るだろう。

              

ただし、読者(特に比較的若い女性)の興味をひくためなのか、飯島愛も

恋愛がすべてだったのではないかというのは、かなり根拠の薄い憶測だ。

直接的証拠は、ブログに「恋をしているからこそ寂しく感じる」とか書いて

あったという話だけで、何年何月何日の記事なのかさえ明記してない。こ

の辺り、発言力のある医師&学者としては物足りない所だろう。

             

         ☆          ☆          ☆

続いて第2章「自慢・自己PRをしない」(p.47-p.66)。今の時代、雅子さま

のように謙虚で恥じらいを持ったままだと生き残れないような感じもある

けど、積極的な自己主張で競争社会を勝ち抜くような生き方に疲れる人

も多い。

       

去年からの新自由主義的社会の息詰まりなどを見ると、ひたすら競争

力を重視する姿勢は、経済的にも有利ではないようだ。今こそ、他人を

思いやる生き方を目指そう・・という話だ。

             

この章は、これまた一見平凡な話に見えても、香山の書き手としてのテ

クニックが発揮されている。斎藤澪奈子、雅子さま、宮沢賢治、大庭み

な子、内田樹、中谷巌、小泉元首相など、有名人の話を巧みに組み合

わせる一方、社会経済生産性本部の新入社員アンケートや、産業カウ

ンセラーへのメンタルヘルス関連調査なども紹介。第1章よりは話に厚

みがあり、説得力らしきものも増してる感がある。

             

ただ、香山自身が書いてるように、まだまだ社会は自慢・自己PRを求

めてるし、控え目な日本人の特性が逆に相手を疲れさせてしまう恐れも

もある。結局、恋愛に続いて自慢・自己PRもほどほどにという話だろう。

      

ちなみに、私自身は自慢・自己PRをほとんどしない人よりも、多少する

人の方が好きだ。正直で人間味があるし、「自慢かよ!」と突っ込むネタ

にもなる♪ 自己主張がやや多過ぎたとしても、笑って受け流せばいい

だけのこと。もちろん、これはおそらく少数派の意見なのだろう。。

      

         ☆          ☆          ☆
    
続いて第3章「すぐに白黒つけない」(p.67-83)。白黒といってもかなり限

定された話で、自分で入れたタトゥーを消したがる女性や例のイラクの人

質に対する、社会の冷たいバッシング的反応に疑問を投げかける章だ。

              

おそらく世の中、絶対的な正解などないものの方が多いのだろうから、

すぐに白黒はっきりさせるべきではない。「『いまのところはそう思ってい

るのだけれど、もうちょっと様子を見てみないと何とも言えないね』といっ

たあいまいさを認めるゆとりが、社会にも人々にも必要なのではないだ

ろうか」(p.83)。

              

香山の気持ちはよく分かるし、非常に勇気ある妥当な主張だとも思う。

ただ、2つの事を分けるべきだろう。非常に感情的で攻撃的なバッシン

グと、冷静な判断にもとづく批判の2つは、全く異なるものだ。問題は前

者だけであって、別に「何とも言えない」と判断保留する必要はない。そ

もそも、あらゆる判断が「いまのところ」のものであるのは当たり前だ。

            

「何とも言えない」という一見大人びた態度は、実は非常に簡単なもの

で、すぐにパターン化できてしまう。どんな物事でも、何も考えなくても、

そう言っておしまいに出来るわけだ。それよりむしろ、「いまのところ、

こう思ってる」という判断を、マナーをわきまえて示せばいいのだ。

                

もしその結果、たまたま社会的に一方向に傾いてしまうのなら、それが

社会の総体の判断ということだろう。「絶対的な正解」ではないとしても。。

        

         ☆          ☆          ☆

さらに、第4章「老・病・死で落ち込まない」(p.85-100)について。テレビ

が若者向けに出来てることとか、後期高齢者医療制度(後に長寿医療

制度へと改称)が出来たこととかで、自分が除け者にされてるとか思わ

ないこと。

         

老いは良し悪しの問題ではないし、死も最新の調査結果ではさほど恐

怖の対象にはなってない。病んだ場合は、死後の世界を想像してワク

ワク楽しんだり、逆に弱音をはいて周囲に迷惑かけたり。それでいいじゃ

ないか、という話だ。

            

この章は、これまでの3章と比べると共感とか納得しやすい内容だと思う。

逆に言えば、ごく普通のことが書かれてるわけだろう。ハッキリ言って、私

自身は老いたくないし、病気も嫌だし、死ぬのも怖い。老いの先に病や死

が待ち構えているのは事実だから、その意味では老いは悪だ。けれでも、

そういった事で落ち込むよりは、受け入れてポジティヴに生きる方がマシ

だと言うのなら、それはそうだろう。

           

ちなみに、ちょっと気になったのは、この章のタイトルに「生」が入ってない

ことだ。どうして「生・老・病・死」としなかったのか。香山が精神科医だとい

うことを考えると、余計に不思議な感じがある。と言うのも、自らが生まれ

たことに対して落ち込む人は少なからずいるからだ。。

         

         ☆          ☆          ☆

今回の記事におけるラストは第5章「すぐに水に流さない」(p.101-115)。

本の前半最後を飾るのは、なかなかヒネリの効いた、クセのある章だ。

「しがみつかない生き方」のルールの一つが「水に流さない」というのは

ちょっと面白い。何もかも、枯れた態度でほどほどにニコニコ受け流す

のはダメだと、クギを刺してるわけだ。

    

個人的にいやな記憶は、なかなか水に流せない人(特に患者)が増え

てる一方で、「社会の問題に関しては簡単に忘れてしまう人が多くなって

いるような気がする」(p.110)。例えば、小泉&竹中コンビの構造改革の

失敗。小泉後の自民党が沈滞し、民主党への期待も徐々に薄れつつあ

る今、香山の小泉攻撃は極端に目立ってるものの、差し当たり「水に流

す」としよう♪

      

でも、構造改革の総合的評価は厄介な問題だし、小泉や竹中の失敗ら

しきものを人々が水に流してるかどうかもハッキリしない。2人とも昔から

人気のある有名人だし、先日の総選挙の際には小泉の神通力の消滅

が報道されていた。竹中に復活して欲しいという声も特に聞こえない。7

月末に出版された本だから仕方ない部分はあるものの、どうも香山の

この例はピント外れに思えてしまう。

                      

一方、もう一つのナチスドイツの例には、また別のビミョーさがある。若

い医師が、患者に危険人物というレッテル(反社会性パーソナリティー

障害などの診断名)を貼るのが、かつてのナチスの暴挙を水に流して

繰り返すような行為だと言うのだけど、流石に話が飛び過ぎだろう。

        

そもそも香山自身、雅子さまと一度も会ったことがないにも関わらず、病

状に関して一冊の本まで書いて語り尽くしてるのだ。しかも、正式な病名

ではない「新型うつ」という病名を前面に出した上で。他にも今まで、自分

が診てない人間に対して医学的にコメントして来たし、それはおかしくない

と自己弁護して来たはずだ。実際に患者を診て言ってる若い医師と、どち

らが危険なレッテル貼りなのか、控え目に見てもビミョーだろう。ちなみに

私自身は、両方とも危険だけど許容範囲だと思ってる。

                   

この章は、狙いは面白かったのに、香山の個人的な思いが強く出過ぎた

ため、説得力が弱くなってしまった感がある。特に、マイナスの病名をつ

けることは精神医学全体の性格に関わる重大な問題だし、何かを病気

扱いすることは医学全体の根本問題でもある。だから、もう少し繊細な

議論が必要な所だった。あるいは、差し当たりここでは、別の例で済ま

せておくべきだったと思う。

                       

           ☆          ☆          ☆ 

以上、とりあえず本の前半について語っておいた。後半については、数

日以内にまた記事をアップする予定。念のために言っておくが、先日書

いた雅子さま関連記事からも分かる通り、私は香山リカという人間をそ

れなりに評価している。たまたまここでは、一冊のベストセラーをめぐっ

て、やや批判的な記事を書いてるだけのことだ。

      

それでは、また次回。。☆彡

      

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P.S.香山に対する勝間和代の反論本『やればできる』を書店でチェッ

    クしてみた。横浜駅近くの店では、ビジネス本のコーナーの辺り

    に勝間本と香山本が並べて平積みされてて、完全に特別扱い。

    

    内容は、1人で頑張り過ぎることのないよう、仲間とのコミュニケー

    ションを強調しつつ、「しなやか力」「したたか力」「へんか力」「と

    んがり力」の4つの重要性を強調したもの。分かりやすく具体的、

    しかもこれまでの本との違いも示してあるし、巻末には家電とIT

    それぞれの7つ道具の紹介までついててサービス満点。これは

    「カツマーにとっては」美味しい本だろう。獲得できた成果も、教

    祖の教えに従って、しっかり社会還元して頂きたいもんだ♪

         

cf.香山リカ 『しがみつかない生き方』を読む (下)~勝間和代批判ほか

  大胆かつ繊細な試論~香山リカ『雅子さまと「新型うつ」』

  

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再び、花王エコナ問題について~『週刊現代』

9月末に、「花王エコナ・発がん性問題、週刊現代の記事と返品方法」と

題する記事をアップして、もうすぐ1ヶ月半になる。この間、この記事にア

クセスした訪問者数は、パソコンだけで3500人。携帯を加えると恐らく

4000人くらいで、2009年下半期の最大ヒット記事になりそうな気配だ。

正直、ウチとしては手抜き気味の記事だったから、かなり意外感がある。

         

アップした頃ならともかく、今では花王のHPも含めて大量の記事がネッ

ト上に存在するんだけど、検索サイトで上位にランクされてる関係で、ま

だアクセスはそこそこ続いてる。こうなると、ちょっと気が引けるというか、

申し訳ない感じもあるので、この辺りで1本記事を追加しとこう。ただし、

もう流行遅れでもあるので、週刊誌記事の簡単な紹介と感想にすぎない。

      

         ☆          ☆          ☆

前の記事でも扱った『週刊現代』。昨日(9日)発売の11月21日号で再

びエコナを扱ってる。タイトルは「『エコナ問題』 花王社長 無念の涙」。

申し訳ないけど、花王の尾崎元規社長が涙を流したこと自体には関心

がないわけで、もちろん涙を流した理由の方に関心があるのだ。9月後

半以降、花王は一体どんな状態だったのか。また、その奥には花王の

どんな思いがあったのか。

                       

記事冒頭ではまず、返品の山の話が書かれてる。助っ人として配置され

た170人ほどの社員が頑張っても、次々に新たな山が築かれたそうで、

油が包装に滲み出てたなんて生々しい話まであった。10月15日までの

問い合わせ件数は実に27万件! 当然、電話はなかなかつながらない

状況で、消費者はネットに向かうことになる。

                               

おそらく最大の注目点は返品方法だと思うけど、花王のサイトにも10月

8日になってようやく返品方法(着払いで墨田区の係へ送る)が掲示され

た。もう1週間くらいは早く掲示すべきだったと思うけど、花王はあまりに

優良企業だから諸々の対応が遅れたんだと、『現代』は分析している。

               

業績はいいし、不祥事はないし、広告費も莫大だから、メディアに叩か

れることも少ない。だから、トラブルの対応に慣れてなかったんじゃない

かという見方で、なるほどなと納得した。先日の四半期決算で出したと

いう話の、エコナ関連の特別損失34億円なんて、全く問題ないほどの

優良大企業であって、単なる洗剤屋ではないのだ。

          

『現代』の記事でもう一つなるほどなと思ったのは、エコナのトクホ返上

も10月8日まで行われなかった事情の説明。花王は戦前から食用油

への進出が悲願となってて、ようやく成功したのがエコナだったから、

思い入れが深かったというお話だ。

                   

花王の原点は石鹸で、要するに油の関連製品だから、食用油への進

出は自然な流れだろう。ただ、体内に摂取する食品の場合は、石鹸や

洗剤より遥かにデリケートな扱いが要求されることになる。一旦危ない

食品としてニュースが流れると、たとえデータや科学的研究を並べても、

消費者の安心感はなかなか取り戻せない。

            

その辺りで、食品に不慣れな花王の誤算が生じたんじゃないか。そん

な話も、現代の記事の末尾には書かれてた。。

                      

       ☆          ☆          ☆ 

まあでも、流石にそろそろ日本では収束に向かう頃だから、問題発覚後

に15%ほど下がった株価も、ゆっくり回復していくと思われる。そもそも、

まだ因果関係が明確になった被害者はいないのだ。ちなみに、アメリカ

ではまだ一部で細々と売られてるそうだから、そちらも早めに対応すべ

きだろう。日本と違って、あちらは訴訟大国なんだから。

          

それでは、今回はこの辺で。。☆彡

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花王エコナ・発がん性問題、週刊現代の記事と返品方法

今日はほとんど徹夜明けに近い状態でずっと仕事してたから、疲れてる。

ラクに記事を書けるネタを探すと、やっぱり花王エコナだろうということに

なった。記事を読めば分かる通り、花王にはさほど悪いイメージは持って

ないから、たまたまブロガーのつぶやきネタになってしまったとでも思って

諦めて欲しい♪ まあ、日本を代表する優良企業の一つだから、この程

度の騒ぎは何ともないでしょ。

               

エコナ関連製品の問題については、前にも記事で簡単に触れた。欧州中

心に安全性が議論されてる、グリシドール脂肪酸エステルがエコナに含ま

れてることが判明。花王は安全性への懸念(発がん性)を正式には認め

てないけど、消費者の不安には配慮するという立場で、販売自粛・出荷停

止。一方、主成分であるジアシルグリセロールDAG=DiAcylGlycerol)

に関しては、今でも安全性を主張し続けてる。

                 

今日(9月28日)発売の『週刊現代』10月10日号、「花王エコナ『発がん

性』販売停止の真相」という記事の前半の2ページは、そういった基本的

な情報をまとめただけで、ハッキリ言って自分で情報を集めてる私にはほ

とんど無意味だった。

       

   (追記: 11月21日号についても記事を追加した。

           再び、花王エコナ問題について~『週刊現代』 )

                                          

それに対して、後半の2ページは少しだけ意味があった。エコナについて

調査中の食品安全委員会において、危険性を主張する立場を取ってる

専門家の話とか、数年前からDAGに対して疑問を持ってた日本消費者

連盟などの話。さらに、消費者・食品担当大臣の福島瑞穂の見解(花王

の積極的広報を促すものの最終判断は調査待ち)を掲載した後、トクホ

(特定保健用食品)の指定取消しの可能性について軽く触れて、記事は

終了だった。

                  

結局、トータルではエコナにとってネガティブ(否定的)な記事になってる

ものの、危ないと断定してるわけではないし、花王の姿勢を非難してるわ

けでもない。その辺り、週刊現代にしては大人の報道だなと、ちょっと感

心したほどだった。まるで優等生の朝日新聞になったようだ♪

             

          ☆          ☆          ☆

もちろん、私を含めてエコナの利用者にとっては、そんな情報より、差し

当たり今どうすべきかが一番重要だろう。私は最初から、危ない物はす

返品と即決。ところが花王のHPには、返品方法についての掲示が

まだに見当たらない。朝日新聞にも週刊現代にも、返品には応じると書

いてあるんだから、潔くHPに載せるべきだろう。

                                 

仕方ないから、私はすぐ花王と連絡を取って、着払いで指定の場所へ

宅配。早くも商品券を受け取ってる。この間のやり取りは十分スムーズ

で、対応も誠実。何も問題はなかった☆ 強いて言えば、最後までエコ

ナは安全だと強調し続ける姿勢がちょっと引っ掛かったものの、まだ危

険性の科学的証明も被害者もない状態だと、仕方ないかも知れない。

そもそも、「返品」は受け付けてるけど、「回収」はしてないという立場だ。

            

ちなみに、気になる商品券への換算レートは、高めの値段になってるの

で、不満は感じなかった。とはいえ、得した気分にも全くなれない。家に

何本もあったエコナを1つの宅配便にまとめてコンビニまで持って行く作

業がかなり面倒だったから、「手数料はないのか」という気もしたほど。

マナーとして商品の外側をキレイに拭き取る程度の配慮はしてるのだ。

           

まあでも、手数料とか慰謝料まで要求すると、産業界のクレーマー・ブ

ラックリストに掲載されそうなので止めといた♪ 半ば冗談だけど、どこ

でどう情報が流れるか分からない時代だから、半ば本音でもある。同じ

理由で、既に半分ほど使用済みのエコナ・クッキングオイルも返品しな

かった。開封直後だったら、送ってたかも知れない。

           

逆に、手持ちのエコナの数が1本とか2本だけだったら、わざわざ送っ

たりしなかったと思う。宅配は面倒だし、捨てるのも悔しいから、多分そ

のまま使ってただろう。このパターンの消費者が多いんじゃないかな。。

            

       ☆          ☆          ☆

という訳で今回は、個人的経験も含めつつ、花王エコナ問題の最新情

報を簡単にまとめておいた。最後に、食品安全委員会へのリンクを貼っ

ておこう。花王の該当ページからも飛べるようになってて、専門的な内容

ではあるけれど、一般の人でも十分理解できる程度の話だ。

             

ではまた。。☆彡

           

         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・     

cf.再び、花王エコナ問題について~『週刊現代』

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「『いちご白書』をもう一度」と、反逆の時~朝日夕刊

朝日新聞の夕刊の面白さについては、今までも何度か記事に書いて来た

けど、今晩はまた特に面白かったから、久々に記事を書いてみよう。ホント

は理数系の記事を用意してたんだけど、それはまた今度ってことで♪

       

夕刊1面下の長期連載「ニッポン人脈記」で先週から続いてる短期企画は

「反逆の時を生きて」。1960年代後半を中心に、全共闘(全学共闘会議)

などの学生運動をめぐって様々な人間を描くシリーズだ。私自身はもちろん

その世代ではないけど、もしあの時代に学生だったら、先頭に立ってやって

た気がする。熱い肉体派で、反抗的な理屈屋♪ フツーの学生でさえ、い

つの間にかデモに参加してた時代だから、私が無関心なはずはない。

                                     

だからどうしても、当時を伝えるメディアの報道とかが気になってしまうし、

一方でオウム真理教の問題もいまだに気になるのだ。学生運動と暴走し

た宗教を一緒にするのはかなり乱暴だけど、似た部分が目立つのも明ら

かだろう。『1Q84』が大ヒット中の村上春樹がオウムとか宗教にこだわり

続けるのも、彼が全共闘世代(68年に早稲田大学入学)であることと関係

してると思ってる。

                       

         ☆          ☆          ☆

話を戻して、朝日夕刊の企画について。ここまで、日大全共闘議長・秋田

明大、東大全共闘議長・山本義隆、学生運動を撮影し続けた女性写真家

などに触れて来て、今日(6月25日)の第5回のタイトルは「『いちご白書』

は僕だった」。話の中心は、音楽プロデューサー・前田仁と、松任谷由実

=ユーミン。他には、早大・反戦連合の高橋公、彼らに差し入れしてた作

家・立松和平、逆にスト解除を提案してた多摩大学長・寺島実郎らも登場。

              

ユーミン(当時は荒井由実)作詞・作曲の「『いちご白書』をもう一度」は、誰

でも一度は耳にした事があるだろう。「君もみるだろうか いちご白書を♪」。

75年にフォークグループ・バンバンが歌って大ヒット。オリコン1位獲得で、

ユーミンにも注目が集まり、最初のヒット曲『あの日にかえりたい』につながっ

たし、彼女自身も後にいちご白書を歌ってる。詞も曲も、何とも物哀しくて切

なく、心に浸み込んで来る名曲だ。

               

でも歌詞の意味は、今日の記事を読むまでいま一つ分かってなかった。普

通に聴くだけで、「いちご白書」が有名な映画だってことは分かるし、学生が

大人=社会人になる時の淋しさや喪失感、あるいは未練を描いてるのも分

かる。ただ、詞のモデルが実在することや、モデルとなった人物も映画も

深く学生運動とつながってることまでは知らなかった。

                            

記事によると、プロデューサーの前田がユーミンに曲作りを頼んだ時、題

材として若い頃の話を聞かせてと言われ、早大時代のことを語ったそうだ。

学費値上げ反対運動、機動隊、前田を含めて200人余りが一斉逮捕。彼

就職活動を始める前に髪を切った。それが歌詞では、僕は無精ヒゲ

と 髪をのばして 学生集会へも時々出かけた 就職が決まって 髪をきっ

てきた時・・・」となり、髪を切るタイミングだけが変えられてるそうだ。

                             

ユーミンが、「仁さん、私、うそを書いちゃった」と謝ったエピソードが微笑

ましい♪ また、逮捕歴が響いたのか、前田は商社の内定を取り消されて

レコード会社に入り、それがこの古典的名曲につながったと言うのだから、

事の巡り合わせの不思議さをしみじみ感じてしまう話だった。。

         

          ☆          ☆          ☆

一方、映画について。新聞記事では簡単にこう説明されてた。「ユーミン

は前田の体験と、アメリカの大学を占拠した学生を描いた映画『いちご

書』を結びつけたようだ」。そこで早速、ウィキペディアで調べると、元は

メリカの69年のノンフィクション小説で、映画の公開は70年。ちょうど全

共闘の運動が急速に消滅していった時期だ。

                          

原題は「The Strawberry Statement」。この意味は、日本版のウィキだと

曖昧だったけど、英語版ウィキを読むと正確に理解できた。宇多田ヒカル

が進学したことでも知られる名門・コロンビア大学で、学生の抗議運動と

向き合うことになった経営者・ハーバート・ディーン(Herbert Deane)が、こ

んな感じの事を語ったらしい。「学生の意見は、イチゴの味が好きだと言っ

てるようなものだ」(中立的な翻訳)。

                             

このディーンのいちご発言(strawberry statement)が、いちご「白書」と訳

されたらしい。映画の世界ではよくある「超訳」で、商業的には上手いと思

う。ちなみにディーン自身の説明によると、この発言は誤った引用を受け

てるそうだ。彼の発言には、重要な条件がついていた。「学生たちの意見

が、もしきっちりした理由づけ無しに提案されるのなら・・」。つまり、ちゃん

とした意見なら、学生のものでも重視するということだ。

          

細かい情報や状況が分からないから、これが単なる言い訳なのか、正当

な釈明なのかは何とも言えない。ただ直感的には、アメリカの学生達が半

ば意図的に、誤った引用で敵対心をあおったんじゃないかという気はして

る。それがやがて、日本で名曲を生み出すキッカケになったということか。。

               

         ☆          ☆          ☆

それにしても、当時の世界的な学生運動について見聞きする度に痛感す

るのは、現代日本とのあまりに大きな違いだ。良し悪しはともかく、やっぱ

あれだけの若者のエネルギーが結集されて現実的な形になるというの

は、人々の郷愁や憧れを導くことにつながるだろう。私もこうして記事を書

きながら、あの直接的なパワーがちょっと羨ましいのだ。

                                       

形も時代も大幅に違うとしても、自分たちにも何か出来ないか。いつも、

そう考えてる。ブログを通して、その気持ちだけでも伝えたいと思ってる。

            

どこかで もう一度~ ♫ 」。。ではまた☆彡

                  

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

cf.ユーミンの名曲『あの日にかえりたい」の歌詞の解釈♪

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新型インフルエンザ予防にマスクは有効か☆

近所の複数の店で先月末には売り切れだったマスク。先週には結構な品揃えに

なってたのに、週末の関西の感染ニュースを受けて、昨日(5月18日)はまた売

り切れ状態に戻ってた。メディアでもマスクの着用や購入、増産の話が盛んに伝

えられている。その一方、首都圏ではいまだにマスクをしてる人は僅かだ。私自

身も買い置きしたまま使ってないから、みんな備蓄してるってことなんだろうか。

             

さて、この新型インフルエンザ対策用マスク日本だと、着用を勧める姿勢でほ

ぼ一致している。厚生労働省は明確に勧めてるし、国立感染症研究所も一定の

予防効果を認めるアナウンスを示してる。朝日新聞の大量の報道も、ほとんど

はマスクを勧めるものだし、私が買ったマスクにも「抗ウイルスマスク」と、大きく

効果が表示されている。読売新聞HPの5月1日付けの記事でも、「マスクで100

%の予防はできないが、正しく使えば少なくともしないよりはましだろう」とある。

              

ところが昨日(2009年5月18日)の朝刊2面の特集「時時刻刻」では、わりと控

え目な形で、全く違う話が書かれていた。英国の保険相や米疾病対策センター

(CDC)が、マスクの有効性には科学的な証拠がないとしてるらしいのだ。

追記: 21日の朝日新聞朝刊・社会面では、同種の話をより大きく掲載。)

                                     

欧米は新型インフルへの社会的反響も控え目だし、「日本などアジア諸国でよ

見られるマスクに対する考え方も違う」とのこと(追記:20日の夕刊ミニコラム

「素粒子」にも似た小話あり)。これではまるで、マスクなんてアジアの奇妙な風

習にすぎないようにも感じられる。そこで早速、欧米の公的医療機関HPを

チェックしてみた。以下、あくまで自己責任で読んで頂きたい☆ 気になる方は、

直接ご自分で英語の文章を読むことをお勧めする。

                                                               

         ☆          ☆          ☆  

まず、米疾病対策センター(CDC)へ。なるほど確かに、有効性に関する情報が

極端に少ないから、街中での予防に関する有効性を評価できないといった暫定

的情報が書かれている。もう少し詳しく言うと、患者の外出にはマスクが勧めら

れてるし、患者の周辺とか抵抗力の弱い人に対しても、非常に遠回しにマスク

が勧められてるようだ。でも、それ以外の一般人には勧められてない。ただし

Pandemic Flu.gov」=大流行インフルエンザ機関へのリンクがあって、そ

ちらでは新たな情報に基づき、CDCを批判してマスクを勧めていた。

                                                                                                     

欧州疾病対策センター(ECDC)でもCDCと似たような消極的姿勢。世界保健

機関(WHO)も同様で、病気でないならマスクは必要ないとハッキリ書かれてる

(英語版)。イギリス政府の姿勢も同様。僅かなチェックにすぎないものの、朝日

が伝えた通り、確かに欧米では今のところマスクに対して消極的な議論が優勢

のようだ。

                                                              

けれども、マスクの有効性の医学的根拠(エヴィデンス)が現在無いことは、有

効性の否定とは違う。有効でないことも立証されてないのだし、今後新たな科学

的データによって支持される可能性も十分あるわけだ。日本などでの使用データ

を元にした検証も行われるだろうから、CDCも暫定的情報だと強調している。ま

たWHOは、ヘルスケアの場においてはマスクを勧めてるし(証拠の論文も1つ

提示)、の家族などに対しても控え目に勧めてる感じだ。欧米と日本では、

人口密度も違ってるし、特に首都圏や関西の人込みの密集度は非常に高い。

                         

それらを総合的に考慮するなら、今のところやっぱり、日本の人込みでは一般人

もマスクを着用すべきだろう。あるいは、付けた方が無難と言う方が適切か。。

                                           

          ☆          ☆          ☆  

ちなみに、欧米で強調されてたのはマスクの使い方。使った後は慎重に処理す

るとか、手洗いや換気、人込み回避などと合わせて使うべきだとか、ハッキリ指

示されていて、これは明らかに重要で納得できるアドバイスだろう。ウイルスの

付着したマスクを不適切に扱うなら、全くの逆効果になってしまう。

                               

ともあれ、今週中には首都圏でも感染者が発生するだろうから、私も気をつける

としよう。手洗い用の消毒液が無くなりかけてるから、買って来ようかな。

ではまた。。☆彡   

     

         

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P.S.米国のCDC(Centers for Disease Control and Prevention)

    は、朝日が使ってる「米疾病対策センター」という訳語以外にも、色んな

    訳語が共存してるようだ。ウィキペディアの項目名は「アメリカ疾病予防

    管理センター」となってるけど、直訳するなら「疾病管理予防センター」だ。

    一方、欧州のECDC(European Centre for Disease prevention 

    and Control)はウィキに載ってない。直訳すると、「欧州疾病予防管理

    センター」だ。「Center」ではない所がオシャレかも♪

          

P.S.2 上では簡単に「マスク」とだけ書いたけど、「N95」(ろ過率標準95%)

      と呼ばれる高規格の医療用マスク(=レスピレーター)も同様の扱い

      だった。ちなみにこの高性能マスク、ネットで50枚4200円(税込)と

      なってたけど、今は売り切れとのこと。ま、ちょっと大袈裟かな♪ でも

      不思議なほど安いね。私が先日買ったのもN95と書いてるけど、3枚

      で1000円近かった。

      なお、ろ過率99%のものは米国規格でP99、EU規格ではFFP2

      99.97%のものは、米国でP100、EUでFFP3と呼ばれるらしい。

        

P.S.3 CDC、ECDC、WHOいずれも、新型インフルの基本的な呼び名は

      インフルエンザA型(H1N1)となってる。ただ、豚インフルエンザとい

      うような、豚(swine)を使った言い方も一応見かけた。イギリス政府は

      21日早朝の時点で豚インフルと呼んでいる。

    

P.S.4 5月23日の朝日新聞・朝刊文化面に、東大特任准教授・神里達博

      のマスク論が掲載された。題して、「マスク着用と世間の目」、「真の

      『冷静な対応』とは」。高名な歴史学者・阿部謹也の「世間」という概

      念を用いて、日本のマスク着用は衛生上の理由によるものではなく、

      世間の目が怖いからではないかと主張している。

                

      けれども、こんな話をいきなり単純かつ大まかに持ち出すだけなら、

      「科学史・科学論」専攻の学者でなくてもいいわけだ。彼がすべきこと

      はむしろ、「世間の目が怖いからマスクをする」という自らの主張を実

      証的に裏付けること。あるいは、マスクの効果に関する最新のデータ

      をまとめて、独自の暫定的結論を導くことだろう。それこそが、学者の

      「真に冷静な対応」なのだ。。☆彡

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公立中高一貫校の選抜試験、かなりの難関・・

これは凄い☆ かなり驚いたな。。「公立」中学に入学するために、小学生がこれ

ど難しいことを要求されてるのか。誰でも平等に義務教育を受けられるのが公

立中学のはずなんだけど。。

               

2009年5月11日の朝日新聞・朝刊トップ記事には、「公立中高一貫校」「小学

校の勉強だけでは入れない」「難関化を検証へ」「選抜方式に焦点」と見出しが並

んでた。1999年施行の改正学校教育法で認められた公立の中高一貫校は、08

年4月時点で158校。難関化への批判を受けて、文部科学省が議論を始める

とを決定したというニュースだ。後ろの社会面にも、補足の記事が掲載されていた。

              

もともと、6年間でゆとりをもって教育し、生徒の個性を伸ばすためとされてたこ

の制度。偏差値による学校間格差を助長させないとか、「学力検査」を行わない

という決め事のもとに導入されたものだ。単なる「建前」として無視するわけには

いかない程度の制約はかかってる。

               

ところが実際は競争率が跳ね上がり、「適性検査」とか呼ばれる長文の試験問題

が出されるように。私立中学の入試並みの対策が必要となってて、合格のため

には学習塾で準備させるのが常識。それでも、学費などトータルの費用は安くつく

ので、親にとっては注目の的らしい。特に今は、世界的な経済不況の真っ最中

だから、軽い経済的負担で子供を良い学校に入れたいのは当然だろう。

          

         ☆          ☆          ☆

で、問題の「適性検査」。つまり「偽装された学力検査」の中身が知りたくて、ネット

東京都立小石川中等教育学校のHPにアクセスしてみた。武蔵と並ぶ、東京を

代表する公立中高一貫校で、09年の入学倍率は7.17倍06年の開設時から

の過去問と解答がすべてダウンロードできるようになってて、その意味ではなか

なか親切だ。

                      

検査は全部で3つあって、45分。「適正検査Ⅰ」は国語。検査Ⅱは社会と算数

と国語の総合問題といった感じ。検査Ⅲは算数と理科の融合になってる。内容に

一通り目を通して強く感じたのは、これを45分ずつでこなせる「大人」がどれだけ

るのかな、という疑問だ。もっと限定してもいい。この試験に受かる親、あるい

は大学生が、どの程度いるだろうか。。

                

検査1、つまり国語の問題文は長いし、内容は「言語芸術と認識」といった感じで

かなり高度。単に言葉による表現が問題となってるだけじゃなくて、俳句や詩など

の「詩的言語」の重要性が語られてる。読むだけでも大変なのに、僅かな時間で

500字前後の解答を書かなければならないのだ。

             

検査2は、外国と日本の交流に関する3種類の表やグラフを見て、色々な問いに

文章で答える必要がある。日頃から社会的関心を持ってるだけじゃなく、総合的

問題に慣れてないと、問題を見ただけでうんざりするだろう。この意識レベルで、

新聞や雑誌のデータ記事を注意深く読んでる大人は、かなり少ないはずだ。

          

検査3は、1問でも頭を使うような算数&理科問題が3つある。ウチには理数系

の読者の方がそこそこいらっしゃるはずだから、是非この適性検査3だけでも

見て欲しい。何ならもっと限定して、2番の算数の角度&面積問題だけでもいい

だろう。1問当たりの時間、15分で答えられる「大人」が少ないのはすぐ納得で

きるはずだ。何なら、実際に文科省が調査してみればハッキリするだろう。。    

           

          ☆          ☆          ☆

私は、最近の私立中学の問題はまったく知らないけど、先日行われた全国学力

テストの小学6年生用問題ならダウンロードしている(国立教育政策研究所HP)。

ネットだと著作権の関係で省略されてる問題文も、新聞にはちゃんと掲載されて

いた。学力テストと小石川の適性検査を比べると、あまりの「格差」に衝撃を受け

ざるを得ない。12歳でこれほどの差があると、その後の3年~10年程度の教育

を通じて、どれほどの差がついてしまうんだろう。また、公立中学の間の格差は

どれほど広がるんだろう。

                 

小石川の「適正検査」は、明らかに「エリート選抜テスト」だ。私は、それが必ずし

も悪いとは思わない。ただ、本来の意図とはかけ離れたことを行ってるのは間違

いないから、公立学校としてその点はじっくり考え直すべきだろう。たとえば、この

問題を最初に取り上げた規制改革会議の答申の一つ、志願者が3倍程度を超

えたら必ず抽選を取り入れるというのは、有力な案だと思う。とりあえず、学力に

よる選抜を緩めるだけでも、今のままよりいいのだ。

                     

という訳で、「受験戦争」なんて言葉が死語に聞こえてしまう現在でも、やっぱり

教育は大変な問題だなって話だ。子供にとっても、親にとっても、社会にとっても。

ではまた。。☆彡

    

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

cf.全国学力調査、伝説の確率の問題が登場♪

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