小学校・道徳の教科書の物語『はしの上のおおかみ』、軽い感想(1・2年、奈街三郎作)

森友・籠池問題と築地・豊洲問題が大揺れになる中、来年(2018

年度)から使われる小学校の道徳の教科書も地味な話題になって

る。文部科学省の検定の指摘を受け、細かい変更が行われたらし

い。パン屋が和菓子屋に、おじさんがおじいさんに、アスレチック

公園が和楽器に、etc。。

   

私はパン屋が和菓子屋になったという話を朝日新聞デジタルで読

んだ時、思わず笑ってしまったけど、文科省の言い分によると、こ

の箇所だけ見た修正ではなく、教科書全体の構成の問題とのこと。

    

そう言われると、教科書全体をチェックしたくなるけど、当然まだ公

開されてないし、「道徳」に反する裏情報を探し出すつもりもない。

   

というわけで、合法的に教科書(教材)の内容を読もうとすると、文

科省がネット公開中の副読本『わたしたちの道徳』が参考になる。

この中に、全社が採用したお話が色々入ってるらしい。

  

170325a

     

とりあえず今日は、1・2年用の副読本の序盤に載ってた読みもの、

『はしの 上の おおかみ』を軽く見ておこう。「橋の上の狼」ではな

く、ひらがなを使ってるし、文節で1マス空けてある。

  

巻末の注によると、著者は児童文学者・奈街(なまち)三郎。出典

は、『読んでおきたい物語 やさしいの話』(ポプラ社)。ウィキペディ

アが正しいのなら、初出は『はしのうえのおおかみ』(鈴木出版、

1991)なのかも。

   

副読本は、以前から全文無料公開されてる公的配布物なので、

縮小画像を2枚入れさせて頂いた。出典、著者名も明記してるし、

著作権の問題は生じないと考える。普通にいいお話なので、基本

的には好意的な引用だ。

   

   

     ☆        ☆        ☆

170325b

  

この読みものが挿入されてるのは、第2章「人と ともに」、第2節

「あたたかい 心で 親切に」。p.70~p.73の4ページ。

  

「おおかみは人ではありません」とか、いきなり先生に突っ込む生

徒もいるだろうけど、なぜか子ども向けのお話では、言動が人間み

たいな動物がよく使われる。擬人法ならぬ、擬獣法。子どもウケが

いいし、人間よりキャラ設定がしやすいからだろうか。たとえば、悪

役にはオオカミ、善玉にはクマさんとか。

  

あらすじを短くまとめると、次の通り。

  

1人しか渡れない山の1本橋で、おおかみが意地悪して遊んでる。

うさぎ、きつね、たぬきなど、他の動物が通れないように通せんぼ

して、いばってると、橋の真ん中で大きなクマとぶつかった。

     

おおかみが慌てて引き返そうとすると、クマはおおかみを抱き上げ

て、後ろへそっとおろした。橋の上で、クマの後ろ姿を見続けたおお

かみは、次の日、クマの真似をして、ウサギを抱き上げて通してあ

げた。おおかみはいい気持ちになった。。

    

    

     ☆        ☆        ☆  

まるで『水戸黄門』型のテレビドラマみたいなお話で、6才~8才

くらいの子どもには分かりやすくて教訓的。ちょうどいいと思う。

   

ただ、ちょっと頭の回る子どもなら、「先生、おおかみはおかしいと

思います」とか発言しても不思議はない。例えば、「おおかみは自

分がいい気持ちになりたいために、わざと橋をふさいだんだと思い

ます。温かい心や親切などではありません」とか。

   

もちろん、元のお話に、「わざと」という話は書かれてない。

 「つぎの日です。1本ばしのまん中で、おおかみは

  うさぎに出会いました」

と書かれてるだけ。だから、たまたま橋で一緒になったということか。

   

  

     ☆        ☆        ☆

あるいは、「おおかみに抱き上げられるとウサギは怖いので、余計

なお世話だと思います。おおかみが本当に優しい気持ちを学んだ

のなら、むしろ引き返してあげるべきだと思います」という意見が出

ることも考えられる。

  

そうすると、別の子どもが、「これは、たとえ話だから、そのまま読む

のはおかしいと思います。他人に良いことをしてもらったら、自分も

すぐ見習おうということを言いたいのです」と反論するとか。

   

「おおかみはちゃんと、クマにありがとうと言うべきだったし、うさぎ

もお礼を言うべきです」。

「先生は、クマさんみたいにお手本を示してください」。

「みんなで橋をもう1本作る方がいいはずです」、etc。

   

おそらく既に大量の授業データが蓄積されてるはず。それほど変

な方向に議論が向かうこともなさそうだから、先生の側も余裕を

持って授業に使えると思う。

    

  

      ☆        ☆        ☆

ちなみに私自身がすぐ思い出すのは、中学のホームルームでの

細かい表現論争。

   

他人に対して、「可哀想(かわいそう)」と言うのは偉そうで失礼だか

ら、「気の毒」という言葉を使うべきだという意見が出て、私は直ち

に反論した気がする。反論内容までは覚えてないけど、この同級

生とは今でも一応、連絡を取り合ってる仲で、関係はわりと良好だ。

     

まあ、教科書や教材よりも、先生や生徒の能力が問われることに

なるわけで、教科書の細かい部分は枝葉の問題にすぎない。小学

校の先生は大変だな・・とか思いつつ、今日はこの辺で。。☆彡

        

                    (計 1995字)

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くじ引きの順序は無関係、条件付き確率~2017センター試験・数学ⅠA・第3問

依然として、熱も咳も全くおさまらないまま。異常に体調が悪い

ので、今日はごく簡単な数学記事で済ませよう。

    

ちなみに昨日はセンター試験の現代国語で3500字ほど書い

た。小説中心だが、評論についても言及してある。

    

 「春」の純粋さと郷愁が誘う涙、野上弥生子『秋の一日』

          ~2017センター試験・国語

   

    

     ☆        ☆        ☆

さて、私の目に付いたのは、河合塾がやや難化と分析してた

数学ⅠA選択問題。必答問題の方は易しくなったとされてた

から、自動的にパスしたが、いずれ後でデータ分析を見るかも。

   

それでは、第3問。配点20点(1/5)。要するに、くじ引きは引く

順番と無関係で公平だということを、簡単な例で証明する問題。

     

 あたりが2本、はずれが2本の合計4本からなるくじがある。

 A、B、Cの3人がこの順に1本ずつくじを引く。ただし、1度

 引いたくじはもとに戻さない。

 

 (1) A、Bの少なくとも一方があたりのくじを引く事象E1の

   確率は、 ア/イ である。

   

 (解答) (E1の確率)

       =1-(A、Bともにはずれの確率)

       =1-(Aがはずれの確率)×(続くBもはずれの確率)

       =1-(2/4)×(1/3)

       =5/6 ・・・ ア、イ

    

 (解説) 「少なくとも一方」と言われたら、余事象の確率を

      用いるのが普通。このE1の確率はかなり高いから、

      最後に引くCはあたりが減ってて不利ではないか?

      ・・・などと考えてしまいがちな所だ。実際は公平。

    

   

 (2) A、B、Cの3人で2本のあたりくじを引く事象Eは、

  3つの排反な事象ウ、エ、オの和事象である。

  また、その和事象の確率は カ/キ である。

  

 (解答) E=(Aだけはずれ)+(Bだけはずれ)+(Cだけはずれ)

        = 排反な事象1,3,5の和事象 ・・・ ウ、エ、オ

         (注. ここでの「+」は、排反事象の和。以下同様。)

      

      (Eの確率)=(Aはずれ、Bあたり、Cあたりの確率)

              +(Aあたり、Bはずれ、Cあたりの確率)

              +(Aあたり、Bあたり、Cはずれの確率)

             =(2/4)×(2/3)×(1/2)

              +(2/4)×(2/3)×(1/2)

              +(2/4)×(1/3)×(2/2)

             =1/6+1/6+1/6

             =1/2 ・・・ カ、キ

   

 (解説) ある意味、Eの確率の求め方を誘導してくれてる

      わけだが、「排反」とか「和事象」とか、論理的すぎる

      書き方なので、逆に混乱した受験生の方が多いかも。

      普通は、反射的に足し算の式だけ書くだろう。  

      ちなみに、どの2人があたる確率も等しく、1/6。

     

      あたりとはずれの対称性を使うと、次のような解き方もある。

      (3人で2本のあたりの確率)=(3人で2本のはずれの確率)

      このどちらかしかあり得ないので、共に 1/2。

          

     

 (3) 事象E1が起こったときの事象Eの起こる確率は、ク/ケである。

   

 (解答) (E1が起こったときのEの起こる確率)

       =(E1かつEが起こる確率)/(E1が起こる確率)

       =(1/2)/(5/6)

       =3/5 ・・・ ク、ケ

   

 (解説) E(=2人あたり)が起こるなら、必ずE1(=A、Bの

      どちらか一方はあたり)も起きる。

      (E1かつEが起こる確率)=(Eが起こる確率)=1/2。

      あとは条件付き確率の公式に代入するだけ。

  

      もし公式を使わずに解くのなら、AあたりBはずれ、

      AはずれBあたり、AあたりBあたりと分けて考える。

    

  

 (4) B、Cの少なくとも一方があたりのくじを引く事象E2は、

    3つの排反な事象 コ、サ、シ の和事象である。

    また、その和事象の確率は ス/セ である。

    他方、A、Cの少なくとも一方があたりのくじをひく事象E3

    の確率は、 ソ/タ である。

   

 (解答) E2=(Aがあたりで、B、Cの少なくとも一方があたり)

         +(Aがはずれで、B、Cの少なくとも一方があたり)

        ={(Aあたり、Bあたり、Cはずれ)

            +(Aあたり、Bはずれ、Cあたり)}

         +(Aはずれ)

        =(選択肢0、3、5の和事象) ・・・ コ、サ、シ

    

     (E2の確率)=(2/4)×(1/3)×(2/2)

               +(2/4)×(2/3)×(1/2)+2/4

             =1/6+1/6+1/2

             =5/6 ・・・ ス、セ

  

     (E3の確率)=(A、Cの少なくとも一方があたりの確率)

            =1-(A、Cともにはずれの確率)

            =1-(Aはずれ、Bあたり、Cはずれの確率)

            =1-(2/4)×(2/3)×(1/2)

            =5/6 ・・・ ソ、タ

    

 (解説) E2やE3の確率の値は、E1と同じだと分かった人には

      すぐ書けたはず。ただ、問題は、E2を排反な和事象で

      表すこと。私が実際に解く時には、ベン図を描いた。

      3人ともはずれとか、3人ともあたりという事象が存在

      しない点が、このくじ引き特有のポイント。

  

  

 (5) 事象E1が起こったときの事象Eの起こる条件付き確率p1、

    事象E2が起こったときの事象Eの起こる条件付き確率p2、

    事象E3が起こったときの事象Eの起こる条件付き確率p3

    の間の大小関係は、  である。

    

 (解答) (3)より、 p1=3/5

      (3)の時と同様に計算して、 

        p2=(1/2)/(5/6)=3/5

        p3=(1/2)/(5/6)=3/5

      ∴ p1=p2=p3 

      大小関係は、選択肢 6 である。 ・・・ 

    

    

 (解説) 要するに、くじ引きは色んな意味で順番と無関係だと

     示してるわけだが、数研出版のチャート式のHPにある

     次のような説明はどうだろうか(単元の冒頭)。

       

      普通のくじ引きで当たる確率は、くじを引く順番

      に関係しないことは、順列の対等性から明らかです。

    

     この「明らか」に納得できる高校生、受験生は少数派だろ

     うし、「明らか」と納得した生徒でも、実際に細かく証明で

     きる人はごく少数だろう。単なるマークシートのセンター

     試験でさえ、平均点は低いのが現実。

           

     ちなみに私が知ってる数学のプロの1人は優秀だと評判

     だが、お昼休みの雑談中、「くじ引きは先に引く方が得に

     決まってる。当たりが沢山あるんだから」と真顔で話した♪

     学歴も教育歴もかなり高い方だ。

       

     まあ、「明らか」という言葉は、意欲的な生徒への挑発と

     して考えればいいのかも知れないが、私はこの言葉の

     危険性や曖昧さをよく理解してるので、この程度の箇所

     でいきなり断定的に使うことはない。前置きがあるとか、

     柔らかく主張してみるとかならさておき。。

       

それでは今日はこの辺で。。☆彡

    

                  (計 2511字)

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「春」の純粋さと郷愁が誘う涙、野上弥生子『秋の一日』~2017センター試験・国語

5年連続、6回目のセンター国語解説となる今回。10年ぶりの体

調の悪さに苦しみつつ発表を待ってた問題文は、20時45分

頃に河合塾が公表。その時点で東進はまだだった。

     

試験直後からツイッターで「おっぱい、おっぱい」という短い連呼

が賑やかに拡散してた、今回の第2問・小説。大御所の女流作家、

野上弥生子(やえこ)の『秋の一日』で、問題文には「(1912

年発表)の一節」とだけ書かれてたが、元の半分ほどらしい。

   

(☆追記: 原作の全文を読んだ後、補足記事を別にアップした。

  野上弥生子『秋の一日』2

      ~センター試験の省略箇所も含めた全文を読んで )

    

国立国会図書館の書誌情報と、文芸雑誌『ホトトギス』HPで出典

を調べた所、原作は1912年のホトトギス第15巻・第4号

で発表。p.34-38、p.40-44となってるから10ページ

構成だ。途中の空きページには挿絵があったのだろうか。

        

170115a

    

    

ちなみに、この記事を読む人の大半は受験生と大人だろうが、

大人の方々にたずねてみたい。

    

 ツイッターの無邪気な声に、涙がこみ上げましたか?

    

小説の主人公・直子の涙を誘うのは、女性の裸体の胸に歓声を上

げたりする現在の子どもたちと、多感でお転婆な過去の自分たち。

つまり、純粋で繊細な幼さ。「春」のような若さだった。そして、時の

流れも、小説の物語も、「春」から秋へと重層的に流れてるのだ。。

   

    

     ☆        ☆        ☆

100年前の文化や習慣はよく分からないが、ピクニックとか遠足

というもののイメージは春だろう。暑くも寒くもなく、日が長いし、新

緑も美しい。

    

ところが、直子はもともと秋が好きだし、今年の秋は珍しく体調もい

い。だから、「一昨年の秋、夫が旅行の土産に」買って来てくれた、

あけびの蔓(つる)で編んだ手提げ籠(かご)に、好きな食べ物を

入れて、どこかへ出かけたい。

  

そこでふと思いついたのが、展覧会&ピクニック。明日の天気が良さ

そうだから、朝早く展覧会に行って、そのあと田舎へ行けばいい。

  

「誠に物珍しい楽しい事が急に湧いたような気がして」と書かれた

部分の直子の心情は、病気や自分の子どもはあまり関係ないし、

展覧会とピクニックの組合せがポイント。だから、問2の正解は4。

     

   

    ☆        ☆        ☆ 

私はこの箇所を読んだ時、ふと個人的に胸を打たれてしまった。家

族で日帰り旅行に出かけた時、母親たちが一生懸命、食べ物や飲

み物をかごに詰め込んでた姿を思い出したからだ。

           

私はその時、あまりに準備が遅かったのでつい、「そんなの、向こう

で買えばいいだろ」と口にしてしまった。曖昧に返答しながら、準備

の手を止めない姿を見て、私はすぐに深く反省したのだ。

    

準備の楽しさは、お店では買えない。出発前の自宅だけに、しかも

一定の期間だけ存在するもの、「春」だった。ちなみに小説にも、

準備で頑張る直子に対して、「家の人々は笑った」と一言書いて

ある。

   

       

     ☆        ☆        ☆

話を小説自体に戻そう。美術館に向かう途中、大きく黒く異様な

烏の話が入ってる。深読みするなら、病気や死など、直子の不安

を象徴してるとも考えられるが、深読みの根拠は曖昧だし、セン

ター試験の解答では無視すべき所。

  

最初の注目点は、小学校の運動会のお遊戯。久々の光景を5分ほど

見てる内に、「ふと訳もない涙」がにじみ出す。

  

訳(わけ)もない涙でも、理由(わけ)を説明させるのが国語の試験だ。

しかも、間違えやすい設問になってる。子どもを見て、涙。子どもに

乳房を与えて、涙。さらに、じっと見てる自分の子どもへの微笑みの

底にも、「涙に変る或る物」。

  

すると、つい涙と自分の子どもを結びつけてしまいがちだが、そうとは

限らないことは小説の後半でハッキリする。もちろん、病弱な自分とも

直接的には無関係。よって、問3の答は5番となる。

   

    

     ☆        ☆        ☆

話が大きく展開するのは、「幸ある朝」という絵画の前に直子が立っ

た時。この画家(藤島武二か?)の義妹である淑子は、直子の二級

上で、親しく交流してたらしい。

  

その淑子が10年近く前の夏、こっそりモデルになって描かれた絵が、

その秋にサプライズの形でお披露目された。題名は、「造花」。

   

淑子が花を造る様子を示すタイトルが、今となっては別の意味も含

んでることになる。「生花」とは異なる、生きてない「造花」。絵から

少し離れてにこにこ笑ってた淑子は、既に亡くなってるのであった。

  

ここでまた設問がある。「こうした雲のような追懐に封じられてる」と

はどういうことか。自分自身とか、淑子さんを強調し過ぎるのは、

可能な見方ではあるけど、「最も適当な説明」ではない。

   

自分、淑子、仲間たち。。これらを抽象的にまとめると、私の言葉

なら、「自分たちの春」ということになる。もちろん、小説の題名『秋

の一日』を意識し、「子どもたちの春」との対比を考えてのこと。

  

センター試験の正解としては、2番。全員の昔話を出すと共に、

「抜け出すことができずにいる」と書いてる点がポイント。要する

に、「追懐に封じられてる」という古い文学的表現をそのまま分

かり易く書き換えた文章。

  

ちなみに、選択肢の5番は部分点をくれてもいいと思う。そのまま

説明したのが2番、少しだけ読み込んだのが5番だ。

   

    

      ☆        ☆        ☆

そして最後。追憶に封じ込められてる直子を助け出したのは、

現在の現実からの叫び声。「とや。とや。」

   

とら(虎)の絵(中村不折)が怖くて、直子の子どもが泣き出したらし

い。幼さとはもちろん、恥ずかしさ、可笑しさでもあるし、生きにくさ

でもある。

   

ただ、その感覚はあくまで大人から見た幼さ。秋から見た春の断

面かも知れない。いずれにせよ、この日の直子はここまで、春の

陽気から秋の物思いへと変遷した。

  

ちなみに、私がテレビのフィクションと現実社会を別物だとハッキリ

認識できたのは、小学校高学年だったと思う。それと同時に、ヒー

ローの活躍から興味を失い始めて、お化けや幽霊の怖さも消えて

行った。。

  

   

     ☆        ☆        ☆

なお、今年の国語第1問は、小林傳司「科学コミュニケーション」。

おそらく、2002年刊行の勁草書房『科学論の現在』に所収の論

文だろう。31ページ。

   

一部で有名な科学論の古典、コリンズ&ピンチ『ゴレム』を扱って

る内容で、その世界では普通の話だが、引用の一番最後にいき

なりこう批判して終わってるのは、少なくとも引用として感心しない。

     

  科学を正当に語る資格があるのは誰かという問いに

  対して、コリンズとピンチは「科学社会学である」と答え

  る構造の議論をしてしまっているのである。

   

これで終わりなら、直ちに反論が返って来るだろう。

   

  科学論を正当に語る資格があるのは誰かという問いに

  対して、小林は「私である」と答える構造の議論をして

  しまっているのである。

    

170115b

  

写真は第二版の英語原書。amazonからお借りした。

   

    

     ☆        ☆        ☆

もちろん、こう指摘されれば小林は直ちに反論するはずで、それ

はコリンズ&ピンチでも同じこと。彼らの科学批判をメタレベルで

小林が批判したものがメタ批判とすると、それを彼らがさらに批判

すればメタメタ批判となる。

   

この種の議論には、そこまで読み込んだ仕掛けや深みが必要だ

が、センター試験の問題文は、単純なメタレベルの唐突な終わり

方になってた。

      

直接関係はないが、「重力波の存在は明確に否定された」と言い

切ってしまってるのも微妙な所で、ここでもより慎重に、「現在では

否定する議論の方が有力だ」などと書くべき所だった。実際、小

林の論文の僅か15年後の去年、明確に肯定された。

  

私の物理系の知人は当然だといった感じで喜んでた。つまり、

昔から重力波を確信してたのだ。批判に屈することなく。    

     

ちなみに『Golem』には、福岡伸一による邦訳『七つの科学実験

ファイル』(化学同人)がある(確か部分訳)。当サイトでも以前、

一般相対論の再検討の記事で触れておいた。。

   

    

     ☆        ☆        ☆

科学というのも、もちろん昔は今以上に称賛されてた営みだし、

今でも理系の子どもなら無邪気に愛し、信頼してるのかも知れ

ない。したがって、数少ない理系の国語受験者の一部にとっては、

第1問はあまり心地よい問題文ではなかったかも知れない。

  

とはいえ、今は科学にとっても「秋」の時代。実用的な収穫は多い

ようにも見えるが、冬が近づいてる感もある。

   

冬を経て、また春が来るのか。いきなり次の春になるのか。あるい

は、冬のままなのか。考え始めると、現在の社会と自分への複雑な

思いに、「封じられて」しまうのであった。

   

なお、今週は計15000字で終了。

それでは今日は、早めにこの辺で ☆彡

   

                  (計 3384字)

        (追記 64字 ; 合計 3448字)

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気温・湿度・給水とランニングのリスク(PISA 2015・科学問題)&25km走

(6日) RUN 25km,2時間08分27秒,平均心拍 152

   消費エネルギー 1360kcal (脂肪 231kcal)

   

単なる偶然にしては出来すぎだね。冬の25km走で給水する

ことは滅多にないけど、昨日は中盤から早くもノドが乾いて、終盤

には給水。ゴクゴク飲んだから、30秒ほどタイムを損した♪

   

その後、PISA 2015の問題を見たら、気温・湿度・給水と

ランニングのリスクの関係が出てたのだ。実は私が問題作成者

なのかも(笑)。守秘義務違反か!

   

   

     ☆        ☆        ☆

とにかく今朝、朝日新聞・朝刊(16年12月7日)を見ると、

PISA(ピザ: 学習到達度調査)の記事が載ってたのだ。テスト

実施の1年後の報告。「PISA 2016」ではないので念のため

・・と書いとけば、間違い検索でアクセス数を稼げる(笑)

     

私は科学的リテラシーの問題「持続的な養殖漁業」を見て、かなり

イラついた♪ 正しい答は一応出せたけど、15歳(高校1年生)

に短い時間で解かせるような問題ではない。実際、優秀な日本の生徒

でさえ正答率はわずか8%! 多分、貝の位置を間違えたんだろう。

      

貝は排泄するのか。貝はゴカイを食べないのか。排泄物はフィル

ターを通過しないのか。海草は他の生物の排泄物も吸収するのか。

海の生物の排泄物を海に流すのはいけないのか・・・etc。

   

あまりに説明不足の問題で、日本語への翻訳にも疑問を感じたから、

英語の公式HPをチェックしてみた。ブログのネタに出来るな、とか

思いつつ♪

    

    

    ☆        ☆        ☆

161207a

  

で、上がトップページの冒頭。OECD(経済協力開発機構)が

3年おきに行ってる国際学力調査で、当サイトでも以前、記事を

書いてる

  

魚の養殖問題は、一部、翻訳がおかしいことは分かったけど、やっ

ぱり元の問題自体が不適切だと判明。

  

それより、暑さに弱い汗かきランナーの目に留まったのは、

 「Running in Hot Weather

暑い天候におけるランニング)という問題。読むと、まさに私が以前か

ら欲しかった科学的情報が、問題形式で与えられてたのだ。

   

    

     ☆        ☆        ☆

161207b

   

問題の表示は上のような感じで、iPad Proだと、ブラウザが

SafariでもChromeでもエラーが発生した。Windows

PCなら、XPでも成功。やっぱり、ウィンドウズ中心なわけね。

    

161207c

 

上は、設問4の問題文。要するに、湿度40%で1時間ランニング

する時、気温が何度まで安全かという問いだ。air

humidityが湿度、air tenperatureが気温。わざと給水の有無に

ついては指定せず、受験者に考えさせてる。

   

161207d

  

ポイントは2つ。Water Loss(水分の損失)が2%以上

だと、Dehydration(脱水症状)のリスクが高まる。

また、Body Temperature(体温)が40度以上

だと、Heat Stroke(熱中症・熱射病)のリスク

が高まる。

  

Sweat Volume(発汗量)は、経験上はとても重要

なポイントだけど、直接的には回答に関係ない。余計な情報をわざと

加えて、迷わせてるのだ。

       

161207e

   

   

     ☆        ☆        ☆

で、比較的安全な給水(Drinking Water)有りの

条件で、気温を上に変化させながら「RUN」ボタンを押すと、気温

40度ではじめて体温が40度を超えた。

    

したがって、35度までが安全。表では、35度の行(横の列)

と40度の行を選択すれば正解。

   

最後に、もちろん本物の普通の長距離ランナーにとっては、もっと普通

の気象条件におけるデータの方が重要だ。日本的な条件で色々試し

たのが、下の表。給水の有無は、水分損失には関わるけど、体温には

無関係になってる。それだけ、発汗による体温調整が優先されてると

いうことか。ご参考までに。。

   

161207f

   

    

      ☆        ☆        ☆

重要な科学情報を見たところで、単なる一般市民ランナーの走りに

戻ろう♪ 忙しくて丸2日サボってしまったから、昨日は1ヶ月半

ぶりの長距離走。25kmに挑戦してみた。

   

3日前のハーフ走で心拍を上げ過ぎてしまったので、昨日はずっと

抑え目の走り。珍しく、最初からずっと心拍計が動いてくれたから、

なるべく心拍155以下をキープするようにした。スピードはあんま

し気にしてなかったのに、自然と1km5分ジャストに向かって上昇。

    

トータルでは1km5分08秒ペースで、無事に完走。北風対策

でちょっと厚着してたせいか、昼間の気温が高かったからか、やた

らノドが乾いて、最後は珍しく給水。帰宅後もまたゴクゴク。単なる水

なのに、美味しかった。。

   

  

     ☆        ☆        ☆  

まあ、青梅30kmとか板橋フルに向けて、給水しながら走るのも大

切だね。特にフルは、普通のランナーだと給水が必要。超エリートな

ら不要かも知れないけど。

  

気温8度、湿度55%、風速2.5mの条件は、風が時々冷

たかっただけで、意外と寒くなかった。右足首がまたちょっと痛んだ

から、注意しよう。それでは、また明日。。☆彡 

        

      

            時間 平均心拍 最大 

 往路(2.4km)  13分29秒  135  147

LAP1(約2.1km) 11分07秒 148  155 

  2         11分00秒  151  155 

  3         10分58秒  153  158

  4         10分56秒  152  157

  5         10分51秒  153  156

  6         10分49秒  154  157

  7         10分48秒  154  157

  8         10分45秒  156  158

  9         10分51秒  156  159

復路(約3.3km)  16分53秒  158  166

計 25km 2時間08分27秒 心拍平均152(84%) 最大166(91%)

         

                     (計 2206字)

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TIMSS 2015~国際数学・理科教育動向調査の数学の問題(中学2年)

国際学力調査については、3年前に「PISA 2012」の記事

アップしてある。今回は、昨日(16年11月29日)、ニュース

が出た、2015年の国際数学・理科教育動向調査

(TIMSS)について書いてみよう。

    

文科省が「ティムズ」と読んでる「TIMSS」は、国際教育到達度

評価学会(IEA)が実施するもので、次の英語の略。普通に読め

ば、むしろ「ティムス」だろう。57の国や地域が参加。

      

 Trends in International Mathematics

  and Science Study

   

   

    ☆        ☆        ☆

直訳に近い訳なら、「数学・科学の学習における国際的動向

(トレンド)」ということになる。

   

4年おきの調査では、問題の一部を同じものにして、勉強の様子

の流れをとらえてるようだ。PISA(ピサ)が応用力・活用力に重

点を置いてるのに対して、TIMSSはわりと普通の学習状況を

調べてる感がある。

          

当然、次回も使われる予定の問題は非公開のはずだが、ネット

社会だから、世界中を探せば出て来るのかも知れない。とりあえ

ず、この記事では、普通に英語の公式サイトで読めるものを紹介

しよう。「普通」と言っても、表示と場所はかなり分かりにくい。これ

も、意図的な情報制限だろうか。

  

ちなみに、朝日新聞の記事にも少しだけ問題が載ってた。当サイト

のこの記事とは重複してない。

   

   

     ☆        ☆        ☆

161130a

  

日本語に直訳すると、「第8学年、数学の項目の例」。要するに

中2用の問題例だ。以下、5問だけ翻訳して紹介する。他の問題

や第4学年(小学校4年)については、公式サイトを参照。

    

161130b

   

(第1問) キムは箱に玉子を詰めている。

 それぞれの箱には6個の玉子が入る。

 彼女は94個の玉子を持っている。

 彼女が全ての玉子を詰めるのに必要な、最小の箱の数は?

    

(解答) 箱15個だと、玉子90個しか入らない。

    箱16個なら、玉子96個が入るので、94個でも入る。

    よって、16個

   

(別解; 高校レベル) 求める箱の数をn(自然数)とすると、

 nが満たすべき数式は連立不等式で、 

   6n ≧ 94 > 6(n-1)

  ∴ 15+2/3 ≦ n < 16+2/3

  ∴ n=16

   

中学2年生だから、連立不等式は不要で、最初に示したような

小学校的な算数で解けばよい。

     

  

    ☆        ☆        ☆

161130c

    

(第2問) PとQは上の数直線で2つの分数を表している。

 P×Q=N

 数直線上でNの位置を示しているのは、次の内のどれか。

   

(解答) PとQは、1より小さい正の数だから、

 N、つまりP×Qは、PやQより小さい正の数。

 よって、Nの位置を示す図は、

  

(別解; 高校レベル)

 0<Q<1の全辺にP(>0)をかけて、 0<PQ<P

 0<P<1の全辺にQ(>0)をかけて、 0<PQ<Q

 ∴ 0<N<P, 0<N<Q

さらに、P<Q<1だから、 0<N<P<Q<1。

 したがって、Nの位置を示す図は、D。

  

  

     ☆        ☆        ☆

161130d

   

(第3問) 2x+3xを表すことが出来るのは、次のどれか?

 A この線分の長さ

 B この線分の長さ

 C この図形の面積

 D この図形の面積

  

(解答) Aが表すのは、x+5。Bが表すのは、2+3+x。

 Cが表すのは、2x+3x。Dが表すのは、5x+5x。

 よって、答は

   

   

     ☆        ☆        ☆

161130e

    

161130f

    

  

(第4問)  ジョーは金属のブロックを3個持っている。

 各ブロックの重さは同じ。彼女が8gのおもりの反対側

 に1個のブロックを載せると、上図の上側のようになった。

 彼女が20gのおもりの反対側に3個全てのブロックを

 載せると、上図の下側のようになった。

 金属ブロック1個の重さとなり得るのは、次のどれか?

   

(解答) 上側の図より、1個の重さは8gより軽い。

 下側の図より、3個の重さは20gより重いから、

 1個の重さは(6+2/3)gより重い。

 よって、1個の重さとなり得るのは、7g

   

   

     ☆        ☆        ☆

161130g_2

  

(第5問) リャンは直方体の箱に本を詰めている。

 すべての本は同じサイズ。

 この箱に入る本は、最大で何冊か?

  

(解答) 本を立てて、15cm×6cmの部分を下にする。

 箱の30cm×20cmの面に、2冊を並べるように置き、

 次々に2冊すつ並べて置けば、合計12冊入る。これで

 箱はちょうど一杯になるので、最大の冊数は12冊

    

   

     ☆        ☆        ☆

この最後の問題は、時間に追われると難しいかも知れない。

そもそも、ピッタリのサイズだと、実際の箱と本なら入れにくい

はずだから、私が出題者なら1cmくらいの余裕を持たせる。

  

日本の中2数学の順位は、39の国・地域の中で5位。平均

点は少し上がってたが、得点の付け方が統計学的に特殊な操作

をしてるので分かりにくい。普通の満点と点数も示すべきだろう。

  

なお、第3、4、5問は前回2011年にも出題されてた。

時間が無くなってしまったので、今日はこの辺で。。☆彡

   

                   (計 1909字)

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キャラ化されない戦後の人々、佐多稲子『三等車』~2016センター試験・国語

(☆2017年1月15日の追記: 最新の関連記事をアップ。

 「春」の純粋さと郷愁が誘う涙、野上弥生子『秋の一日』

              ~2017センター試験・国語 )

   

   

     ☆        ☆        ☆

ここ数年恒例のセンター試験記事。準備と待機だけで疲れてしまったので、

今年も簡単に済ませよう。何時に問題が発表されるのか分からないまま、

複数の予備校サイトの特設ページに何度もアクセスするはめになるのだ。

今年は特に遅くて、試験終了の6時間後、20時半を過ぎても発表されな

かったから、しばらくPCを閉じて、夜遅くにようやく問題を入手した。リンク

先は河合塾。

 

さて、センター試験の現代国語の問題だと、その年ごとに、評論か小説か

どちらか一方にネット上の人気が偏って来た。例えば去年なら、ネットを扱っ

た評論がネットの注目を浴びたわけで、何とも分かりやすい「キャラ」的反応。

 

今年はさらに分かりやすい反応で、ツイッター検索するとほとんど評論のツ

イートしか無かったほど。土井隆義『キャラ化する/される子どもたち』(岩

波書店,2009年)からの出題で、まさに受験生世代を対象にした論考だし、

リカちゃん、「やおい」、メイド・カフェなど、若者が食いつきやすい仕掛けが

散りばめられてたのだ。副題はお堅い表現で、「排除型社会における新た

な人間像」。

 

 

          ☆          ☆          ☆     

特に、ツイッター検索で圧倒的人気だったのが、「やおい」。私がこの言葉

を初めて友人から教えられた時、言葉も対象世界も全く知らなかったから、

何度も聞き直したのをよく覚えてる。問題文の注には、こう書かれてた。

 

   「やおい」などの二次創作 ── 既存の作品を原作として派生的な

   物語を作り出すことを「二次創作」と呼ぶ。原作における男性同士の

   絆に注目し、その関係性を読みかえたり置きかえたりしたものなどを

   「やおい」と呼ぶことがある。

 

コトバンクで『大辞林』、『大辞泉』を見ても、ウィキペディアやニコニコ百科

を見ても、やおいの説明の最初は男性同性愛とかボーイズラブだが、流石

はセンター試験。「絆」という無難な言葉を使ってるし、「『やおい』と呼ぶこと

がある」という控えめな説明も妥当だろう。

 

 

          ☆          ☆          ☆   

しかし、問題作成者たちは気になるミスをしてる感がある。それがどの程

度の大きさの出題ミスなのか、あるいはミスではなく許容範囲なのか、私

には判断できないけど、当日の深夜の時点でネット上の指摘はまだ見当

たらないから、当サイトが指摘しとこう。

 

この問題は、2011年度の桐光学園高等学校の入試問題とかなり重なっ

てるのだ。全く同じ個所から引用を始めて、大学入試センター試験の方が

早めに終わってる。問題説明の文の冒頭も全く同じ。「リカちゃんの捉えら

れ方が変容している」ことを設問にしてる点も同じだ。下図で、左がセンター、

右が桐光。

 

160117a

 

 

桐光の問題はネットで一般公開されてるし、検索ですぐにヒットした。12年

度、13年度の桐光学園受験生は、おそらく11年度の問題を参考にしただ

ろう。その彼らがちょうど、2016年のセンター試験を受ける世代なのだ。

 

まあ、大学入試センターの事務局としては、問題なしとか影響は僅かだと

して済ませる所だろうけど、問題作成サイドが過去の出題例をチェックした

のかどうかが気になる所。ちなみに、引用箇所も内容も違うものの、同じ本

は2012年度の愛知県公立高校入試にも使われてた。まさに、今回のセン

ター受験生の世代なのだ。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

もちろん、全国50万人が受けるセンター試験を作るのは大変な作業だし、

些細な(?)うっかりミスを追及するつもりもない。五輪エンブレム的なコピ

ペ騒動にしたいわけでもない。ただ、なぜ問題も設問も重なったのかを考

えた時、まさに問題文の内容が表す状況が影響したのでは、と思ってしま

うのだ。

 

つまり、筑波大学の社会学者・土井のキャラ論自体が、キャラとして教育界

のあちこちで使われてしまってるのではないか。土井の本が原作。各種の

試験問題は、二次創作。Googleの書名検索の結果を見ると、本の感想文

を求める人が大勢いるようだから、二次創作的授業も広がってそうだ。

 

問題の作者たちは、一次作品(土井による原作)からキャラ論の一部だけ

を取り出して、「当初の作品のストーリーとはかけ離れた独自の文脈の中

で自由に操ってみせます」。ただし、リカちゃんはリカちゃん、キャラ論は

キャラ論。簡単な特徴は、「変化しないソリッドなもの」なのだ。

 

 

         ☆          ☆          ☆

しかも、土井のキャラ論の内容によると、キャラとは極めて単純化されたも

の。そうなると、土井の分析に対するとらえ方も注意が必要だろう。極めて

単純化、パターン化されたものが現代社会で人気なのはその通りだし、少

なからずの価値もあるが、単純化されない現実も当然存在する。

 

土井の文章が教育界で広がるということは、現場の関係者たちが、それ自

体キャラ的な単純化理論にとらわれて、生徒や学校を取り巻く現実の微細

さや多様性、流動性をスルーしてしまってる可能性を示してるのではないか。

 

その意味ではむしろ、同じ本から大幅に異なる部分を引用した、愛知県の

入試問題の方が相対的に優れた機能を持つとも言える。出題意図はとも

かく、結果として。ただし、著作権の問題が微妙なので、リンクは付けない

ことにしよう。。

 

 

           ☆         ☆          ☆

前置きが長くなってしまったが、大人気のセンター・第一問のこうした性格

(キャラクター)を見た時、むしろ不人気の第二問が地味な輝きを放って来

る。佐多稲子の『三等車』全文。「一九五〇年代」の発表とだけ書かれてる。

 

こちらは土井の文章と違って、ネットでもなかなか出典情報が見当たらな

かったが、個人サイトらしき「文学賞の世界」によると、雑誌『文芸』1954

年(昭和29年)1月号が初出らしい。要するに、現代社会でほとんど共有

されてない文学だから、作品の存在自体がキャラ化とは無縁。「もはや戦

後ではない」は56年の経済白書の有名な言葉だから、54年の小説はギ

リギリで「戦後」だ。

 

ウィキペディアによると、佐多は共産党員で、後に除名されたそうだが、こ

こで描くのは、そうした政治的なものとは無縁。階級的に下の一般市民を

描いてる点では、プロレタリア文学とも言えるけど、そんなレッテルは不要

で、単なる混雑した長距離列車内の人間関係とも言える。

 

表現形式も内容も、去年一昨年と比べて平凡に見えるし、河合塾や東

の分析でも、解きやすい問題とされてた。3年前の技巧的小説みたい

なオチも仕掛けも、もちろん無い。

 

 

         ☆          ☆          ☆

しかし、そうした見方と無関係な、静かな存在感こそ、この小説の最大の

長所だろう。おそらく、作者が女性だという点とも関係あると思うが、現代

の一般男性なら数行のメールでまとめてしまいそうな情景を、延々と細か

く語り続けてる。

 

あらすじとしては、仕事その他で忙しい女性らしき主人公の「私」(作者の

投影かも)が、鹿児島行きの急行列車の三等車に乗って、「闇」で買った

座席に座る。目の前の女性も「闇」と言うので、少し安心したところで、子

連れの若夫婦がやって来る。

 

夫婦で言い争うような感じの会話の後、夫だけが列車を降り、母は赤ちゃ

んだけ連れて売店に。一人で残された三歳くらいの男の子「ケイちゃん」

は、「私」が預かってたが、窓越しに父親とお別れ。母親たちが戻って来た

時、「私」が父と息子のお別れの様子を教えてあげて、母親も身の上話。

 

やがて車内が静まった時、歌声のようなケイちゃんのつぶやきが聞こえて

来た。「父ちゃん来い、父ちゃん来い」。。

 

 

         ☆          ☆          ☆

さて、主人公「私」の表面的な行動だけ見ると、その場で与えられたキャラ

を演じてるようも思われる。「同性や子どもに優しくて、ちょっとお節介な事

までしてしまう、心温かい戦後の大人の女性」。

 

もちろん、職場では「男勝りで働く、有能な女性労働者」キャラになってた

かも知れないし、別の座席なら別のキャラ的行動だったかも知れない。実

際、出題者が第一問を意識したのか、小説にはこんな文章もあった。

 

 「三等車の中では、聞えるほどのものは同感して聞いているし、

 すぐその向うではまたその周囲の別の世界を作って、関りがない」。

 

 

          ☆          ☆          ☆    

しかし「私」は、「外キャラ」的な対外的演技とも、「内キャラ」的な単純さと

も無縁だ。あるいは、そうしたものを遥かに超えた生の厚みを示してる。

若夫婦もケイチャンも、非常に濃密な空間を何気なく紡ぎ出してるのだ。

 

私は、「闇」で座席を手に入れた罪悪感もあって、ケイちゃんを膝にのせた

ままだし、駅のホームに残された父親のことを内心で色々考え続ける。対

外的な役割行動でもなく、内なる固定的で単純な思考パターンでもなく。

 

 「・・・・・・彼は、彼の方に出ようとして、汽車の窓に片足をかけた

  小さい息子のズックをおもい出すだろうか。・・・・・・彼はもうすっ

  かりひとりになった実感におそわれて、ふとんの襟をやけに頭

  の上にずり上げるだろうか。」

 

母親も、見知らぬ他人たちの前で、ごく自然に辛い私生活をさらけ出す。

東京に去年出て来たけど物価が高くて生活が苦しいとか、お正月くらい

は「お父ちゃん」(=夫)の言葉に従って鹿児島に戻って、田舎の農家で

お餅を食べるとか。

 

すぐそばに見知らぬ男性客がいるのに、唐突に「男って、勝手ですねえ。

封建的ですわ」と言う辺りも、少しも空気を読んでない女性だし、公共の

場にふさわしい無難なキャラと化してない。だからと言って、「不満の多い

おしゃべり女」キャラでもない。自然な流れで、やがてみんな静かになる。

 

その時、それまで「大人しい、いい子」キャラだった男の子だけが、父へ

の思いを口にし始めるのだ。窓越しのお別れに続いて二度目の、自然

な子どもらしさ。ほとんど誰も見てない状況で、無意識的かつ変則的な

感情表現で。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

「だから、それこそ、昔と今の違いなのだ。現代では、そうした振舞いは

難しくなってる」。そう言いたくなる所だろうし、それは必ずしも間違いで

はない。

 

しかし、たとえ詳細な統計調査の裏付けがあったとしても、『三等車』的な

人間的厚みの明示は出来ないし、科学的調査でさえ、しばしば複数の対

立する結果が示されてしまうのだ。

 

ましてや、そうしたものが直接何も添えられてなさそうな現代社会論を読

んで、「キャラ化する/される子どもたち」という図式をインプットし、拡散

的にアウトプットすることこそ、まさにキャラ化された教育、キャラ化された

学問だろう。

 

リカちゃん人形は確かに可愛い。しかし、そんな人間など、どこにもいない

し、似た人間でさえごく僅かだろう。可愛さと本当らしさは、あまり関係ない

属性だ。現実はしばしば、まったく可愛くない。

 

 

          ☆          ☆          ☆           

だからと言って、「学問的認識や抽象化、単純化の必然的な短所から目を

逸らすな」などと、堅苦しい批判を声高にこねることなく、今でも身近にあり

そうな繊細複雑な生を静かに描き出すこと。これこそ、ほとんどの人がツ

イートしなかったこの第二問の微細な輝き、地味な素晴らしさなのだ。

 

もちろん、キャラ化されないサイトとしては、そちらに目を向けるのが自然

な選択だ。空気も読まず、普段の自らの記事パターンとも関係なく。という

わけで、平成28年度センター国語記事もそろそろ終わりとしよう。今週は

計19361字となった。

 

それでは、おそらくまた明日、センター数学記事にて。。☆彡

 

 

 

cf. データ分析(相関の強弱、変数変換と共分散~2016センター数学ⅠA

   分数の群数列、一般項と和~2016センター数学ⅡB・第3問

  

      ・・・・・・・・・・・・・・・

   啓蒙やツイッターと異なる関係性、小池昌代『石を愛でる人』

                              ~2015センター国語

   昭和初期の女性ランニング小説、岡本かの子『快走』~2014センター

   幻想的な私小説、牧野信一『地球儀』~2013センター試験・国語

   鷲田清一の住宅&身体論「身ぶりの消失」~2011センター試験・国語

 

                          (計 4674字)

             (追記 149字 ; 合計 4823字)

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放送大学の試験問題文削除と法規制、教育の政治的中立性&10kmラン

(20日) RUN 10km,51分13秒,平均心拍142 

      消費エネルギー 498kcal (脂肪 115kcal)

 

昨日、5000字超のレビューを書いたばかりだから、今日はもう手短に済ま

せよう。一般ウケしない細かくて複雑な話だが、ちょっと気になったもんで。

 

朝日新聞・朝刊(15年10月21日)の社会面で、二番目の扱いの記事は、

見出しが「政権批判の問題文削除 放送大『中立性に配慮』」となってた。

小見出しは、「総務省『試験は規制対象外』」。執筆は伊藤あずさ記者。

 

朝日の意図は明らかで、放送大学が過剰規制によって学問の自由を妨げた

と主張する形になってる。実際、ネットの記事では付いてないが、紙面だと、

「学問の自由を考える会」による大学批判が添えられてた。逆の意見は無い

から、朝日らしい両論併記の配慮も無い。

 

ちなみに、産経新聞HPでは、もっと簡単で穏やかな記事として、やや逆の

立場が示されてた。両論併記とは、例えばこうゆう事なのだ。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

それでは、騒動の中身について。単位認定試験の問題に、安倍政権批判

の文章が含まれてたから、学内サイトに掲載する際に大学側がそこだけを

部分削除。「この部分は、公開にあたり放送大学の責任で削除しました」と

いう文に置き換えられた。

 

授業は「日本美術史」で、担当は佐藤康宏・東大教授。放送大の客員教授

でもあるが、今年度末で辞任するそうだ。戦前・戦中に風刺画を描いて弾圧

された画家らについての文章において、削除された冒頭には次のような文

があったらしい。

 

   「現在の政権は、日本が再び戦争をするための体制を整えつつある。

    平和と自国民を守るのが目的というが、ほとんどの戦争はそういう

    口実で起きる」

 

受験生670人の内、1人が大学にメールで連絡。来生(きすぎ)新・副学長

は、「放送法の規制を受け、一般大学より政治的中立性を配慮しなければ

ならない。試験問題も放送授業と一体。問題文は公平さを欠くと判断した」

と削除理由を説明。

 

ただ、総務省放送政策課の担当者によると、紙媒体は放送されなければ

放送法・第4条の規制対象にならないとのこと。

 

 

         ☆          ☆          ☆

私が気になったのは、この朝日の記事や総務省の担当者のコメントが、放

送法だけを考慮してるように感じたからだ。大学側は、「一般大学より政治

的中立性を配慮」する必要を考えたわけで、放送法第4条だけを考慮してる

のではないと思う。

 

そもそも教育の基本には、そのままの名前を持つ教育基本法というものがあ

る。政治教育について定めた第十五条・第二項は次のように書かれてるのだ。

 

   「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対する

    ための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」

 

放送大学は、放送大学学園が設置する大学だし(放送大学学園法・第二

条)、大学とは法律に定める学校の一種(学校教育法・第一条)。それなら、

特定の立場に偏った政治的活動をしてはならないはずだ。特に、試験のよ

うな重要な場、強い圧力が加わる場においては。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

もちろん、学問の自由は日本国憲法・第23条で保障されてるし、多様な考

えや教育はあっていい。多少の偏りも想定内で、許容範囲のはず。

 

だから例えば、削除された文は、「逆の意見もあるが、・・・・・・という意見も

有力となっている」などと多角的表現に留めておけば、許容範囲だったかも

知れない。大学側にせよ、受験生にせよ。また、そうした表現に直しても、そ

れ以下の問題文や解答に、実質的な影響は無かっただろう。あるいは、試

験ではなく授業の中で、単なる個人的見解として短く喋るとか。

 

試しに、かなり長い法律である学校教育法のページ内で「政治」を検索すると、

何もヒットしなかった。つまり政治教育については、上位の法律である教育基

本法の規定しか想定してないことになる。

 

そこには単に、「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重され

なければならない」とだけ書かれてる(教基法第14条・第1項)。特定の立

場の支持や反対をしないような教育と教養が、今まさに問われてるのだ。

 

なお朝日新聞については、学校ではないし、左派(リベラル)のマスメディア

の代表だから、今回の記事は問題ないのかも知れない。ただ、私が担当記

者なら、教育基本法についても多少触れただろう。15年6月4日の「記者有

論」の写真を見る限り、予想通り、若い女性記者のようだ。原稿をチェックす

る上司やシステムについては、何も分からない。。

 

 

         ☆          ☆          ☆

お堅い話はこのくらいにして、最後に一言、一昨日の走りについて。相変わ

らず寝不足と体調不良と疲れが続く中、4日連続で短距離走を実行。10km

ジョグの予定が、意外とペースアップして、10km走となった。

 

気温17度、湿度80%。トータルでは1km5分07秒ペース。少しずつ回復

してるけど、まだまだだね。それでは、今日はこの辺で。。☆彡

 

 

                時間    平均心拍  最大心拍

  往路(1.2km)    6分41秒    120    131     

 LAP1(2.2km)   11分38秒    136    145          

   2           11分05秒    144    151

   3           10分58秒    149    157

  復路(2.2km)   10分51秒    152    158  

計 10km  51分13秒 心拍平均 142(78%) 最大158(87%)

 

                                 (計 2143字)

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人間ピラミッドの組み方、荷重計算、リスクと安全性

ダメだ。どうしても、体育祭などで10段人間ピラミッドを組む人数の計算が合

わなくて、仕事も手につかないほど♪

 

朝日新聞HP、2015年4月6日の記事を見ると、前(=正面)から見た時

人数は、上から1人、2人、2人、3人、・・・・、9人となってた。つまり、最上部

だけは少人数で高くしてるわけだが、各段の後ろに逆三角形状に並ぶ人数

をどう考えても、朝日が書いてる「組む人数 127人」にはならない。内部で

支える「かすがい」役の9人を加えても136人だ。

 

上から2段目を除いて逆三角形に組んで、最下部の一番後ろの1人を省略

しても(後述)、 1+2+3+6+10+15+21+28+36+44=166人に

なってしまう。おそらく、全体の後ろ側でかなり省略するんだろうけど、検索し

ても動画を見ても、ハッキリしないのだ。

 

左は主導的な役割を果たしてる、兵庫県伊丹市立南中学校の保健体育担

151004e 当、吉野義郎(よしの

 よしろう)教諭がアッ

 プしてる成功例の

 YouTube動画

 この先生の動画は、

 アスペクト比(縦横の

 比率)が変なので、

 私が補正した。お

そらく、16:9で撮影した映像を4:3でアップしたのだと思う。

 

先日の大阪・八尾市の失敗例とされる動画を見た時には怖いなと思ったけど、

成功例を見ると意外にあっさりスムーズ。何事も多角的に見て、冷静に考える

必要がある。ちなみに現存する失敗例は5日間で再生回数50万回弱。成功

例は5年間で300万回弱だ。

 

 

           ☆          ☆          ☆

この件で、逆に反対派の中心となってるのは、名古屋大・大学院の内田良

准教授。Yahoo!で「土台の最大負荷量は一人あたり200kg前後」と書い

てるが、荷重の計算も、組み方の詳細も示してない。

 

(☆追記: 内田の計算「結果」ならYahoo!にあった。ただし、計算「方法」

       や計算「式」は無いし、10段は151人で計算している。また、天

       王寺川中学校の137人については、想像を加えたコメントのみ

       で、計算結果も示してない。ちなみに、なぜ朝日の報道が136人

       と137人の2通りあるのかも分からない。)

 

J-CASTだと「およそ3.9人分」と書いてるが、これも解説抜きの記事に過

ぎないし、たった1人(一番下、後ろから2番目の列の中心)の生徒のみに加

わる値。例外的な最大値だ。しかも後述するように、成功例より大きな値に

なってしまってる可能性が高い。そうした説明なしに最大値を出すのは不適

切でミスリーディング(誤解を招きやすい)だろう。

 

松谷創一郎の本格的な記事も、内田の大まかな数字を引用しつつ、「大学

院でここまでのことをちゃんと勉強し、荷重計算したのだろうか」と書いてる

が、自分では計算を示さず、尾木ママと同様、人文的な批判に留まってる。

 

「ハイリスクの巨大組み体操」と題するレビューなら、リスク計算と評価が必

要なのだ。そのポイントは、事故発生率や件数、重症度と共に、荷重の物理

的考察や計算になる。

 

 

           ☆          ☆          ☆    

内田は、男子中学生の体重を1人50kgちょっとで計算したのだろうから、こ

こでも簡単に1人50kgと仮定しよう。手と足の荷重の比率は、吉野によると

3:7という話だから、仮にそうしてみる。最も単純な場合として、3段ピラミッド

で考えてみよう。

 

151004a  3段といっても、作り方は少なくとも

  3種類ある。1つは、左のように、最

  も少ない6人で組む場合。そうでは

  なく、下から逆三角形を積み上げる

  にせよ、足を伸ばすか、全員が四つ

  ん這いかで違って来る。

 

  吉野ほか、日本の主流は足を伸ば

  して逆三角形を積み上げるもの

  だろうから、ここでもそうしよう。

151004b 足は手より上部

 だし、高さがあ

 る方が見栄えが

 いいという事か。

 左は吉野の解

 説動画より

 

 

           ☆          ☆          ☆

151004c  左が真横から見たイ

  ラストだ。首は足の間

  に入れてるけど、原則

  的には荷重を受けて

  ない(崩れた場合など

は別)。上から腰に受けた荷重を、手と足で3:7に分けて支えることになる。

 

151004d  左は真上から見た図。一番下、

  一段目の6人が黒。二段目の3

  人が青。三段目の1人が赤色で

  示してある。

 

  一段目と二段目の一番後ろは、

  自分自身しか支えてないので

  省略可能。ただし二段目の後

ろは、三段目の「安心感」や後ろ向きの落下防止につながる。

 

私は最初、正面から見た三角形のみで計算してしまったし、ネット上にも同じ

ミスがあったが、少なくとも7段以上だと、その「平面型」では困難なので、「立

体型」、3次元で考えるのが妥当。吉野のビデオでも、後ろに後ろにという、奥

行きの話が強調されてた。

 

赤い生徒の手は左右7.5kg重ずつ、計15kg。足は左右17.5kgずつ、

計35kgを加重する。すると、一段目の前から二番目の生徒の腰には、

足によって17.5kgの荷重が生じる。一方、二段目の後ろの生徒からは、

手によって7.5kgが加わってる。

 

 

           ☆          ☆         ☆

以上より、数式にまとめると次の通り。

 

  (一段目の前から二番目の生徒に対する荷重)

          =(三段目の足から)+(二段目の手から) 

          =17.5+7.5

          =25kg

 

これに自分の体重50kgを加えて、75kg。すると、両手で22.5kg、両足

で52.5kgを支えるだけだから、ほとんど問題ない。むしろ、反対派の内田

があまり批判してない騎馬戦の方が安全性が低いはず。

 

もちろん一番ラクなのは、一段目の前列の両端(一番後ろは荷重ゼロだか

ら例外)。二段目の手から、8.625kgの荷重があるにすぎない(計算問題

としてお試しあれ♪)。

 

逆に言うと、中心部の方がキツイわけで、バランスや揺れが上部で厄介な

ことも考慮すると、大阪の動画が中心の上部から崩れ落ちたように見える

のは納得しやすいのだ。

 

151005g  ちなみに4段で、後ろ

  側を省略した場合は、

  ほぼ左図のようにな

  る。赤い2人の上に

  もう1人乗れば完成

  (図が見づらくなるの

で一番上は省略)。黒い一段目が7人、青い二段目が3人、赤い三段目が

2人、省略してる一番上が1人。合計で13人。

 

一番下、一段目の後ろ側の真ん中には、三段目の2人の足によって52.5kg

の荷重がかかってる(1.05人分)。三段目の2人と一番上の1人、合わせて

3人の体重の7割(3段目の足への配分)の半分ということで、

 

        (50×3)×0.7×0.5=52.5(kg)

 

 

           ☆          ☆         ☆  

これを10段にした場合を計算するには、組み方の詳細が必要だし、群数列

や漸化式を考える必要がある。後で挑戦するかも知れないが、とりあえず今

日はこの辺で終了。

 

4段、7段、10段の組み方の例や計算については、大阪経済大学の西山豊

教授が示してた。ただし、内田の著書『教育という病」を参照した10段の人数

は、朝日より多い151人なので、内田や西山の計算は、吉野の成功例より

大きな(静止)荷重を示してる可能性が高い。西山は「完成から解除まで3分

~5分もかかる」と書いてるが、成功例を見ると1分で解体されてる。

 

実際には、ピラミッドの内部に「かすがい」と呼ばれる生徒も入って、まとまり

を調整するらしい。朝日によると、10段ピラミッドで9人。横向きに広がろうと

する力や、それを防ぐ力も考慮する必要があるし、事故のシミュレーションや

「動的荷重」も欠かせないから、物理学や人間工学の専門家がコンピューター

を使って計算すべきものだろう。

 

もちろん、机上の空論を防ぐために、実際の測定や生徒の体感調査も必要

になる。事故の統計調査や訴訟判決・賠償金・和解金も含めて、まだまだ研

究不足、議論不足の話なのだ。ピラミッド作りの人員配置や技術向上も含め

て、今後の進展に期待しよう。

 

それでは今日はこの辺で。。☆彡

 

                                    (計 2999字)

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夏休みの宿題は本人がやるべきか~代行業者、親の手伝い、現状(読売HP)

先週は2万字近く書いてしまったし、今日はまだ仕事中で時間が無い。読売

新聞HPでたまたま見かけた教育コネタの感想で軽く済ませとこう。

 

150727a  トップページにアクセスすると、

  左上の目立つ場所に図のよ

  うな表示があった。「夏休み

  の宿題は本人がやるべきだ」

に賛成? 反対?

 

私は反射的に、「何、甘ったれた事、言ってんだ! 賛成に決まってるだろ!」

と思ってしまったけど、読売の担当記者も、そんな反応は百も承知で書いて

るはず。一応、クリックしてニュース記事を読むと、「なるほど、確かに微妙か

も・・・」と、しばらく考え込むことになった。

 

代行業者(特に読書感想文、自由研究)の利用の増加も知らなかったけど、

宿題が学習指導要領などで位置づけられてないという事実も知らなかった。

文部科学省は、「代行は望ましくないが、業者にやめさせることは難しい」と

しているとの事。大学生のレポートや卒業論文、研究者の発表や論文など

とは、似て非なる話なのだ。。

 

 

           ☆          ☆          ☆   

読売の選択肢は、YesとNoの二択式。「あくまで、児童・生徒本人が独力で

やるべきだ」という意見に賛成の方は、イエス。「親などの手伝いを含めて状

況に応じてやればいい」という方は、ノー。

 

私が見た時点で、既に投票は終了。Yes 418票、No 82票だから、予想

以上に普通の考えが支持された形になってる。割合的には、5対1の大差。

ただし、下側に並んだ「意見表明」を読むと、そもそもYesとNoを誤解してる

方、あるいは設問の指示に(わざと)従ってない方も少なくない感じだ。

 

とはいえ、誤差を考慮しても、圧倒的にYesが多い結果であるのは間違いな

い。私自身はYesでもNoでもないから、どちらかを選べと言われれば、そも

そも投票しない♪ 問題の微妙さ以外に、設問がやや不適切だと思う。私の

答を一言でまとめるなら、「どちらかと言えばYes」か、「どちらでもない」かだ。

 

少なくとも、「親の手伝い」と「代行業者」は分けるべきで、この2つが一緒に

されてしまってるから、「親の手伝いはいいけど代行業者はダメ」という人の

一部が、Yesと答えてしまってる。もちろん、この意見なら、設問にしたがうと

Noと答えるのが本来なのだ。

 

 

         ☆           ☆          ☆

おそらく、最大公約数的な考えは、次のようなものだろう。

 

    代行業者に頼むのも、親がほとんどやってしまうのも、良くない。 

    でも、子どもの求めに応じて、親が少し手伝うのは、親子のコミュ 

    ニケーションにもなるし、学習の形としても問題はない。

 

もし、こういった中間レベルの選択肢があれば、私もYesだけど、読売は二

択で、しかも分け方が不自然だから、選択に困ってしまうのだ。問題提起と

しては興味深いのに、その点が残念だった。

 

 

         ☆          ☆          ☆

そもそも、代行業者などというものが登場した背景には、子どもが学習塾な

どに追われる現状があるらしい。「塾より学校の方が大切」という考えは、20

年前までなら普通かも知れないけど、今だと現実に合ってない可能性が十

分ある。いまや、教育産業から学校への出張授業・出前授業が珍しくない

時代。もちろん、公立小学校の授業だけだと、難関中学合格は難しいはず。

 

あと、宿題の質と量がどうなってるのか。難し過ぎないか、多過ぎないか。学

校、学年、クラス、生徒によって、かなりの違いがあるはず。能力を遥かに上

回る宿題を押しつけられた場合、むしろ手助けを求める方が健全で安全。い

じめ問題も含めて、逃避というのは一つの現実的な選択肢なのだ。

 

そういった途方にくれる生徒の親が、もし手伝いたくなければ、担任の先生

に連絡(または相談)してもいいと思う。たとえば、次のような文章で。。

 

   「子どもにとって宿題が大変すぎるようですが、だからと言って、業者に

    頼るのも、親が全面的に手伝うのも、感心しない事だと思います。そこ

    で妥協案として、子どもが出来る範囲だけやらせることにしました。そ

    の際、分からない点については、親である私が少しだけ手伝いました。

 

    もし、何か問題があるということでしたら、決して子どもを叱ることなく、

    責任者である私の方に直接ご連絡ください。」

 

 

         ☆           ☆          ☆

なお、現状については、ネットだけでも各種の統計調査がすぐ見つかる。

たとえば、やや古い(20年くらい前の)研究だが、奈良教育大学のpdf

ファイル「小学生における学習意欲と宿題の関係」(杉村健・田村隆宏)

を読むと、生徒の内発的意欲と達成意欲に応じて、宿題への取り組み方

が違ってる様子が表れてる。

 

また、学年(2年、4年、6年)によってかなり違いがあるようで、成長するに

連れて、親の関与は少なくなってる。逆に言うと、特に低学年の2年生の場

合、国語も算数も、ほとんどの生徒が親に手伝ってもらってるようだ。4年生

で、半々ぐらい。6年になると、流石に多くの生徒が自分だけでやってる。学

年や年齢に応じて自立・成長してるわけで、自然なことだろう。

 

昨今のコピペ問題とか考えると、高学年の6年生なら、もし手伝ってもらった

場合には、どこをどれだけ手伝ってもらったのか、明示するのも教育的な事

だと思う。ただし文字の記入は、生徒自身が責任を持って自分でやるべき。

親の指示通りに書き写すだけでも、勉強や脳トレ、筋トレにはなる。

 

私自身が小学校時代の宿題をどうしてたかについては、また別記事の「回想

録」としてまとめるかも知れない。感心しない事実の告白&反省も含めて♪

それでは、今日はこの辺で。。☆彡

 

                                    (計 2234字)

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岩手・中学2年生自殺、「生活記録ノート」の感想

私はかなりの検索フリークだが、15分も検索したのに、そもそも「生活記録

ノート」とは何なのかが分からない。いつ始まったのか、「心のノート」とか道

徳の時間と関係あるのか、その中学内で全員書いてるのか、今の日本の中

学でどのくらい採用されてるのか。。

 

一見、平凡な名前に思えるけど、今回の電車自殺が起きるまでは、あまり使

われてない呼び名みたいだ。Googleの検索オプションで、「岩手」と「自殺」

を除いて、完全一致で調べると、「生活記録ノート」は約5000件に留まる。

「生活ノート」なら約7万件、「心のノート」は約40万件だから、ケタ違いだ。

 

いずれにせよ、採用比率は分からないけど、今の中学校で生活を記録する

ノートというのは珍しくないようだ。私自身の学校では無かったし、もしあった

ら、嬉しくなかったと思う。中学と言えば、思春期&反抗期の真っ盛り。小学

校と違って、先生に自分の生活をいちいち報告する気はしない。まあでも、

学校の規則なら、ほどほどに守ったかも。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

で、今日(15年7月10日)の朝日新聞・朝刊、社会面トップで掲載されてた、

女性担任教師と生徒の書き込み(読売HP、毎日HP、J-CASTで補足可

能)。そもそも、こんな個人情報を公開していいのかどうかが気になるが、

既にあちこち拡散してるということは、担任と遺族の許可を得てるということ

なのか。朝日の記事にもその点が書いてない。

 

「主なやりとり」として掲載されてるのは、4月7日~6月29日(死亡は7月

5日の夜)の12日分で、担任のレス(返信)は10日分に付けられてる。そ

れぞれの日付けの記述が、全文なのか抜粋なのかがまた分からない。空

きスペースから推測すると、担任については全文なんだと思うけど、生徒

については一部省略されてるような気もする(個人名の伏せ字以外で)。

 

ノートとは別の、新聞記事の文章には、「担任が6月上旬、男子生徒と面談

したうえで、トラブルになった生徒とも面談し、嫌がらせをやめるよう指導し

ていたこともわかった」と書かれてる。やり取りから推測すると、6月9日頃

に面談したのだろう。

 

8日に生徒が「実はボクさんざんいままで苦しんでたんスよ?なぐられたり

けられたり・・・」と書いて、担任が「そんなことがあったの??それは大変、 

いつ??解決したの?」と応答。このやり取りが、次の10日の書き込みと

つながってないから、この辺りで直接の会話が挟まれてると思われる。

 

 

          ☆          ☆          ☆

ここで気になるのは、たとえばJ-CASTが載せてるワイドショー記事。「担

任の答えはまるでよそ事のようでそっけなく・・・」といった感じで批判してる

のだが、よそ事のように聞こえるのは最後のレスだけで、他は普通に応答

してある(2日分の空白は除く)。その、最後のやり取りを引用してみよう。

 

   男子生徒  ボクがいつ消えるかはわかりません。ですが、先生から

           たくさん希望をもらいました。感謝しています。もうすこし

           がんばってみます。ただ、もう市(死)ぬ場所はきまって

           るんですけどね。まあいいか 

 

    担任    明日からの研修たのしみましょうね

 

 

もし、ここだけしか公開されてないのなら、確かに「よそ事のようでそっけな」

い返事になってるが、それ以前のやり取りを読むと、明らかにこれは何か隠

れた文脈があっての応答だ。

 

つまり、「たくさん希望」を与えた直接のふれ合いの中で、男子生徒の辛さ

と頑張りと「研修」がつながってるはずなのだ。その辺りが分からないと、何

とも言えない会話であって、私ならむしろ、担任の一言レスの背景に、長い

直接会話を補足的に想像する所。

 

あるいは、前日(28日)の担任のレス、「どうしたの?テストのことが心配?

・・・」に対して、J-CASTは「かみあわない」応答だと批判。これも当然、そ

の直前にテストの話があったと推測すべき所で、実際、読売の記事を読む

とそうなのだ。生徒自身がテストの話を書き続けた後だから、担任がそれ

に合わせてるのだ。

 

 

         ☆          ☆          ☆  

ところが、ワイドショーの女性レポーターが感情的に担任を批判するのはま

あ普通として、教育評論家は「わざと気づかないことにしたい」と言い、産婦

人科医は「本来ナマのやり取りになるべきでしょう」とコメントしてる。

 

記事執筆者も評論家もコメンテーターも、やり取りの行間を読むことができ

ないということか。文章の奥にある、生のふれ合いが見えないということか。

皮肉なことに、J-CASTの記事のラストはこうなってた。

 

  「それができないのが現代。病の根は深い」

 

本当に、深いなと思わざるを得ない。もちろん、執筆者とは全く別の意味、あ

るいは逆の意味で。いじめとは何か。誰が、どこで、どのように行ってるのか。

メディアが、伏せ字の同級生とか学校に注目するようでは、絶望的なのだ。

 

ちなみに読売は、ある生徒の言葉として、「優しくて、いい先生だった。生徒

から慕われ、相談にもよく乗ってくれた」と伝えてた。

それでは今日はこの辺で。。☆彡

 

                                   (計 2039字)

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