やさしさに包まれたなら、二重の陽性転移~『ラヴソング』第3話

 われわれは患者に対して、君の感情は現在の状況から生じたもの

 でもなければ、医師の人格に当てはまるものでもなく、君の心の中 

 にかつて起こったことの反復であるにすぎないということを教えて、

 こういう感情転移を克服するのです。  

 

 このようにしてわれわれは患者にその反復されているものを何とか 

 思い出すように仕向けます。そうしますと、情愛的であると敵対的 

 であるとを問わず、とにかく治療にとってきわめて強い脅威を意味

 するようにみえた感情転移が、治療にとっての最良の道具となり、

 この道具の助けによって、心情生活の固く閉ざされた扉が開かれ 

 るのです

 

      (フロイト著作集1 『精神分析入門 (正)』 人文書院)

 

 

          ☆          ☆          ☆

いつもながらネットには、検索してすぐヒットするページの説明の引用が拡散

してるし、どこの引用かも書いてないことが多い。そこで当サイトでは、転移と

いう概念を広めた元祖、フロイト本人の著作の引用からスタートしてみた。第

二十七講・感情転移の中の一文で、ほぼ100年前の代表作、『精神分析入

門』(正)の最終章。

 

『ラヴソング』第3話で、夏希(水野美紀)に「陽性転移」(=恋愛転移)という

医学用語を教えられたさくら(藤原さくら)は、帰宅後に早速検索して、まとめ

サイトの説明を読みながら眠り込んでた♪ わかりやすい説明だけど、難し

く感じたのかか、あるいは自分の辛い現実から逃避したのか。

 

あの時、「超カワイイ」らしい真美(夏帆)が発見した、DELLのノートPC画面

の解説には、下部で次のように書かれてた。

 

 *患者が医師、カウンセラーなどに好意、恋心を抱いてしまうこと

 出典 感情転移

 陽性転移とは、信頼・尊敬・感謝・情愛・親密感の感情を持つことを言い

 ます。陰性転移とは、敵意・不信感・攻撃性・猜疑心・恨み心などを持つ 

 ことを言います。どちらも依存的で、幼児のように、まとわりつく・からみ

 つくといった特徴があります。

 

より正確には、「・・・・・・感情・態度を表すこと、またはその感情や態度その

もの」とか書くべきだが、簡潔で上手い説明なのは確か。臨床心理士監修の

森川隆司か、医療指導の山本昌督によるものかと思ったら、どうも本当にネッ

トの文章らしい。ただし、「出典 感情転移」というのは初歩的なミスで、単なる

ページ名の「感情転移」を出典としてしまってる♪

 

本当の出典とすべきサイト名は、「カウンセリング『心の相談室with』名古屋」。

こちらに含まれる説明ページの1つが、そのままコピペで拡散してるのだろう。

現役のベテラン・カウンセラーによる、良心的なサイトのように感じられた。

 

 

          ☆          ☆          ☆

さて、カウンセリングや精神分析的面接を受けてる女性患者が、担当する男

性にプラスの感情・態度(=陽性転移)を差し向ける姿は、去年の春ドラマ『Dr.

倫太郎』でも登場したし、8年前の春ドラマ『Around40』にも登場。違う用語

を補うなら、幼児の状態に戻る「退行」の側面の一つとも言える。

 

ウチでは『Around40』第4話で、「過去の愛の新たな再現」と題するレビュー

をアップして、「転移とはまさに、過去の愛のやり直し」だと書いた。愛をやり

直すためにはまず、「別の相手に移しかえること」(転移)が必要。現在、身近

にいて、出来れば安全な人。広島カープの黒田投手では遠すぎる♪

 

要するに、さくらの場合、行方不明の父への愛を、広平(福山雅治)でやり直

してるわけだ。いわゆるファザコン(=ファザー・コンプレックス)よりも、人格的

に重要な営み。母親がガンで亡くなった後、自分を養護施設に預けたまま消

えたのだから、当然、マイナスの思いも抱いてるはず。それも時々、甘えるよ

うな形で広平にぶつけてるわけだ。陽性転移に対して、陰性転移と呼ばれる。

 

冒頭の引用に書いてたように、本来の分析治療では、陽性&陰性の転移を 

分析家が面接の中で上手く利用して、患者の無意識を表面化し、歪曲や抑圧 

を和らげて無害化する(建前上の理想論としては)。

 

だから、第三者が横から転移の妨害をしてはいけないはず。もちろん、言語

聴覚士の夏希もそのくらいは知ってるはずだが、つい、クライアントのさくらに

余計な忠告をしてしまった。

 

要するに、あれは、さくらに対する嫉妬。だからこそ、直後のシーンで、志津

子(由紀さおり)が嫉妬の話をして、広平は「健全」だと言ってた。夏希の嫉妬

も、さくらの嫉妬も、健全なのだ。幸福かどうかはさておき。。

 

 

         ☆          ☆          ☆

一方、治療という行為が、相互的なものだという点も忘れるわけにはいかな

い。治療者は、患者を治療しながら、自らも治療するという側面がある。そも

そも、フロイト自身が神経症の患者でもあったのだ。その場合、治療者を患者 

が治療するという形になり、治療者が患者に転移することになる(逆転移)。

 

ドラマの場合、臨床心理士の広平自身が、亡くなった恋人らしい春乃(新山詩

織)への思いを上手く扱えず、苦しんでる。つまり、広平は患者でもあるわけで、

彼に対する治療者は2人いるのだ。

 

1人は、夏希。春乃の妹だから、広平としてもごく自然に、春乃への思いを転移

できる。ただし、夏希の方が立場的に上だから、夏希の家のトイレでは男のプ

ライドを捨てて座ってして、ハネによる汚れを減らすのであった(笑)。って言う

か、洋式トイレで立ってすると、最初から最後の1滴まですべて便器に入れる

のは至難の業♪ 座った方がラクなのだ・・・って、男のプライドは?!

 

そして、患者・広平に対するもう1人の治療者は、春乃が歌う姿と重なるらしい、

さくら。これまた自然に、春乃への思いを転移できる。

 

  やさしさに包まれたなら きっと

  目にうつる全てのことは メッセージ

           (『やさしさに包まれたなら』 作詞・荒井由実)

 

この古典的名曲からライブがスタートしたのは、非常に上手い脚本だった。

広平のやさしさに包まれたさくらにとって、彼の全ては、父からのメッセージ。

そして、さくらのやさしい歌声に包まれた広平にとっても、彼女の全ては、春

乃からのメッセージなのだ。

 

  今宵もqueen 得意げなポーズでsmile

  oh sing it to me

   (2曲目、歌&作詞・LOVE PSYCHEDELICO 『Your Song』)

 

 

           ☆          ☆          ☆

さくらと広平の間の、二重の陽性転移が危ういことについては、広平もよく

理解してるはず。遥か年下の女性患者を、死んだ恋人の代わりに愛すると

いうのは、臨床心理士でなくても心が痛むことだし、世間的にも理解されに

くい。

 

そこで広平は、ライブのアンコールには応えず、さくらから「手を離す」ことに

した。分かってたこととはいえ、いきなり幸福の絶頂からどん底に落とされた

さくらは、トイレにこもって、洗浄水のムダ使いをするのであった♪ 『サマー

タイム』(Summertime : 3曲目)の輝きは短いのだ。

 

まあ、どうせ月9だから、最後は禁断の治療者・患者ハッピーエンドになって、

日本臨床心理士会から職業倫理的なクレームを受けることになる(笑)。でも、

その時にはドラマは終わりだから、やったもん勝ちなのだ。黒田さくらじゃなく

て、フグ田さざえでもなくて、神代さくらでございます♪ 

 

私が脚本家なら、最後はむしろ、さくらの独り立ちにしたいけど、プロデュー

サーや演出家・西谷弘からダメ出しが入るのかも。と言うより、女性視聴者か

らと言うべきか。。 

 

 

         ☆          ☆          ☆

とにかく、西谷の美しい映像はもちろんのこと、新人2人の実力にもホントに

感心する。

 

ヒロイン・藤原さくらは、難しい吃音を上手く(安全に)演じてるし、キックスター

トでのエンジン始動に失敗した後のバイクを押す演技もいい♪ ヤマハTW

200(乾燥重量118kg)にせよ、TW225(同127kg)にせよ、ガソリン、オ

イルその他を合わせると130~140kgくらいだから、女の子1人で持って動

かすだけでも大変。特に登り坂だと、バイクは超~重い。

 

2人の子育てに追われる脚本家・倉光泰子も上手いね。今回、特に感心した

のは、広平が夏希のPCキーボード入力音に文句をつける場面。まず夏希が、

陽性転移への警告を発しながら、「しちゃってたりして」と言う(笑)。もちろん、

さくらが陽性転移をするという意味と、広平が「する」という意味をかけ合わせ

た言葉。

 

すぐ気付いた広平が怒って、嫌いなんだよね・・とか言い返すのだ。すること

が・・・ではなく、PCの音が♪ 直後のPCキーボードとギターの妙なセッション

は、後のピアノとギターの熱いセッションへとつながってる。スポニチによると、

現在すでに第8話あたりを執筆中とのこと。

 

なお、今回の夏希のホワイトボードには、「オペラント学習」と書かれてた。

吃音者が「聞き手のいる場面でしゃべる」と、プラスの反応があったら、流暢

な喋りを強化してくれる。ところが、マイナスの反応があったら、どもることを

強化してしまう。しかも、マイナスの方が5倍も強化してしまうという理論。要

するに、「反応学習」という意味だ。

 

そんなカタカナの輸入理論より、涼子(山口紗弥加)が空一(菅田将暉)の

「仕事」(笑)に何万円のバイト料を払ったのかが気になる所。案外、チョコっ

としか仕事できなくて、ご褒美はチョコバットとか♪ コラコラ! いや、先日

ローソンのレジ前に並んでたもんで。

 

私なら、バイト料の代わりに、仕事の回数券でもOKだけど・・・とか思いつつ、

それでは今日はこの辺で。。☆彡

 

 

 

cf. 故郷の広島、東京から「500マイル」(800km)~『ラヴソング』第1話

   吃音(どもり)の多因子モデルCALMS~第2話

   もっかい、もう1回!、音楽療法~第4話

   ブルーハーツ「終わらない歌」、終わる夢~第5話

   月夜に好きよ♪、ろくでなしのダメ男~第6話

   雨の彼方に虹、Leola(太陽の声)「Rainbow」~第7話

   過去の自分との幻想的ふれあい~第8話

   ラヴソングへのラヴソング~第9話

   さよなら、やさしい悪魔(DIABLO)~最終回

 

                        (計 3872字)

             (追記 151字 ; 合計 4023字)

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明治末期、「千里眼」(透視)ブームと科学的実験~朝日新聞「あのとき それから」

今週も引き続き、週間1万字制限を厳守。時間も字数もない中、ちょっと面白

くて珍しい話に軽く触れとこう。100年前、明治43年(1910年)に行われた、

「千里眼」の実証実験だ。

 

朝日新聞・夕刊、2015年1月24日に掲載された、「あのとき それから」シリー

ズの記事で、上側の大見出しは、「実証めざし 科学者も本気」。右側の見出し

らしきものは、「千里眼ブーム」となってる。朝日新聞デジタルでも掲載。

 

千里眼というと、私は遥か遠くを見通す眼力のことだと思ってたが、「透視」一

般を表す言葉として使われてたらしい。それどころか、ネットで日本大百科全書

の説明を読むと、「わが国で初めて超心理学の研究が行われたとき、超常的

現象をさす言葉として千里眼の語が用いられた」とさえ書かれてた。

 

朝日は書いてないが、東京帝国大学(今の東大)の心理学者・福来友吉(ふく

らい・ともきち)や物理学者・山川健次郎らが、千里眼を科学的に調べようとし

た時期は、ちょうどX線撮影(レントゲン)が普及し始めた頃なのだ。

 

見えないものを物理学的に透視できることが分かったのだから、(一部の)人

間がそれに似た能力を持ってるかも知れないと考えるのは、科学的に自然だ

ろう。もちろん、今の目線なら、奇妙な感じを受ける方が多数派だろうが。ダー

ウィンの進化論の影響で、生物がもともと持ってた未解明の能力の可能性も

考えられてたようだ。。

 

 

           ☆          ☆          ☆

中心人物の福来は、19世紀後半から話題になってた催眠術の研究者であっ

て、催眠状態の人間は特殊な能力を発揮するかも知れない、と考えてたとの

150126a  事。自己催眠で一時的に透視できるよう

  になる人が現れても、不思議はない。特

  に注目した一人が、火付け役となった熊

  本の若い女性、御船(みふね)千鶴子だ。

 

  左の写真はウィキメディアで、パブリック

  ドメイン(公的所有)。ただし、出典が書い

  てないから、別人の可能性も一応ある。

両手で持った壺か筒に、透視対象(字を書いた紙など)が入ってるのだろう。

千鶴子は鈴木光司の小説『リング』(91年)の登場人物、志津子のモデルと

も言われてるらしい。

 

一方、当時の朝日(東京朝日新聞)も、新興メディアとして、千鶴子の動向を

連日詳報。連載コーナーまで作って、大キャンペーンを張ったらしい。今なら

週刊誌でさえやりそうもない事だから、時代を感じるエピソードだ。

 

実験は何度も行われてるが、最初の公開実験らしきものが行われたのが、

1910年9月半ば。福来以外に9人、第一線の学者が立会い、計10人が見

守る中、千鶴子の透視が始まった。。

 

 

            ☆          ☆          ☆

千鶴子は、鉛の筒に密封された紙の3文字、「盗丸射」を見事に的中。一瞬、

みんな驚いたが、それは立ち会い人の山川が用意したものではなく、福来が

前日に練習用として渡したものだと、すぐに判明。

 

なぜ、そんな取り違いが起きたのかは不明のまま。常識的には、千鶴子の不

正操作(イカサマ)と考えるのが自然だろうが、その点はハッキリしない。極度

の精神集中が必要だからという理由で、千鶴子は再実験をしぶり、翌年1月

には自殺してしまった。自殺の理由は、批判によるプレッシャーなのか、金銭

トラブルなのか、これまたハッキリしない。まだ24歳の若さだった。

 

千鶴子はもともと、透視の際には、ついたてや屏風の陰に隠れたり、手元を

隠したりしてたようなので、「現在の」の朝日はかなり批判的にまとめてる。「福

来と山川はその後も別の能力者を対象に実験を続けるが、結局、超能力が実

証されることはなかった。やがてブームは去ったが・・・」。

 

コメントを載せてる信州大の認知心理学者・菊池聡も、次のように語ってる。

「・・・実証はできなかったわけです。実験によって証明できないものを『可能

性はゼロではない』と信奉したら、それは科学ではなくなってしまいます」。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

しかし、数回の実験で失敗した後、「可能性はゼロではない」と個人的に「思

う」だけなら、科学の世界でもいくらでもあることだろう。今回の日本人ノーベ

ル賞受賞者たちも、何度も失敗して、もう止めろというような言葉も投げられ

てたはず。菊池の説明は、科学研究の最前線の動きにあまり合ってない。

 

「それまでの実験で証明できなかった事」が、「その後の実験で証明できたこ

と」など、現実的にも日常茶飯事のはずだし、理論的にもおかしくない。どんな

実験も、過去から現在に至る有限回の流れにすぎず、その一つ一つも決して

完全な正確性を持ってるわけではないのだ。科学とは、静的で完全な断定で

はなく、動的で不完全な暫定の連続。ダイナミックな漸進プロセスとしてとらえ

る必要がある。

 

150126c  実は、「当時の」朝日新聞(9月16日)の写真を

  細かくチェックしても、それほど失敗を強調して

  ないようなのだ。例の公開実験の直後、朝日

  などを招いた「記者の透覚実験」は、「結果極

  めて良好」という小見出しで紹介されてる。そ

  れどころか、例の実験さえ、小見出しは「失

  敗」とかではなく「驚愕」となってるのだ。

 

 

 

 

 

         ☆          ☆          ☆    

150126b  さらに、国立国会図書館の近代デジ 

  タルアカデミーで、福来の著書『透

  視と念写』(東京宝文館、1913)を

  読むと、例の実験については失敗

  を認めてるものの、他の実験によっ

  て、透視も念写も「事実である」と

  確信してたようだ。

 

  つまり彼自身は、実証されたと考

  えた。被験者は御船の他に、長尾

  いく子、高橋貞子。女性ばかりと

  いう点も興味深い。

 

  ただし、その確信が災いしたのか、

直後に福来は「休職」扱いとされ、1919年に東京帝大を退職したようだ。

 

この種の研究は、「トンデモ」、「イカサマ」、「ペテン師」扱いされつつ、今でも世

界中で行われてるはず。例えば、仙台市の福来心理学研究所の例会には、

50人ほどの会員が集まるそうだ。公式HPも健在。70年代にブームを起こし

た、スプーン曲げで有名なユリ・ゲラーも、いまだに活動中らしい。

 

もちろん、私が千鶴子やユリ・ゲラーらの能力を「信じてる」わけではなく、特に

ユリ・ゲラーについては、Mr.マリックの超魔術みたいなエンタテイメントだろう

と「思ってる」。催眠術もその「多くは演技や虚言、思いこみ」だろうと「思ってる」。

 

とはいえ、全否定を確信するだけの根拠もないし、僅かな部分肯定がなぜい

けないのか、説得的な議論を聞いたこともない。したがって私としては、「大部

分は偽物だろうけど、ごく一部は本当かも知れない。ただし、悪質・悲惨な詐

欺や誤解には気を付けよう」という、穏当な立場になるわけだ。

 

 

          ☆          ☆          ☆  

限られた回数の手品に一瞬だまされるだけなら、単に楽しいだけだろう♪ む

しろ、全否定する平凡な科学主義より幸福な人生だと思う。トンデモ批判がト

ンデモ期待より優れた生き方だという実証は存在しないどころか、現代の一

般人の実生活なら逆かも知れない。

 

なお、ウィキペディアの福来の項目には、なぜか上の著作を「1914年」と紹

介してるが、1913年が正しい。いまや、ネットですぐ実物(の写し)を確認で

きる時代。これもある意味、千里眼だろう。

それでは今日はこの辺で。。☆彡

 

                                    (計 2897字)

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PCL-R(サイコパシー・チェックリスト改訂版)、英語付き

今日はランニング日誌+αの予定だったが、突然の雷雨で走れなくなった

から、代わりに心理学関連の時事ネタを扱うことにしよう。

 

「PC」という略語はほとんどの場合、「パソコン」を表す。一方、「PCL」という

略語は、「Psychopathy Check List」(サイコパシー・チェック・リスト)のこ

とらしい。今話題の、「サイコパス」(psychopath : 精神病質者)にどの程度

当てはまるのかを評価する項目一覧のこと。ちなみにサイコパシーは語源的

に、「魂(psycho)が苦しむこと(pathy)」を意味する言葉。精神病質と訳す

より、カタカナのままの方が誤解が少ないと思う。

 

唐突に異常心理学の用語が出て来たのはもちろん、事態が急展開したPC

(パソコン)遠隔操作事件の片山祐輔被告の言葉を受けてのもの。彼は以

前、「真犯人はサイコパス(反社会的人格)だと思う」と語ってたが、5月20日

になって、「それは自分。嘘が平気でつける」と語ったらしい(産経新聞HP、

ITmediaなど)。

 

この「サイコパス」という言葉、社会的にはかなり大まかに使われてると思う

し、片山被告も別に厳密な自己診断をしたわけではないはず。ただ、心理学・

精神医学的には一応、知る人ぞ知るチェックリストというものがあるようだか

ら、日本語と英語のウィキペディアその他で確認してみた。

 

 

         ☆          ☆          ☆

この種の話の大前提として挙げるべきことは、素人判断は危険、ということ

だろう。しっかりした教育や訓練を受けた専門家向けのものを、素人が自分

や他人に使う「生兵法」は「ケガのもと」。実際、翻訳本は日本でも、ワーク

ショップ受講&資格取得者のみが購入できるらしい。

 

ただ、そんな注意書きは、人間的な判断なら何にでも付くものであって、サ

イコパスの時だけ特別扱いする理由は差し当たり見当たらない。実際、現

在の精神疾患(or 障害)の世界的な診断基準であるDSMでも、チェックリ

ストは至る所で紹介されて、「参考」とされてるわけだ(うつ病、その他)。

 

もちろん、サイコパスの場合、素人が普通の他人に対して適用して語るの

止めた方がいいだろう。というのも、うつ病などよりネガティブ(否定的)な

ニュアンスが強い言葉だから。ただ、自分に対して試しに適用してみるのは、

自己責任の範囲で構わないだろうし、刑が確定した犯人やフィクションの登

場人物に対して使うのもいいと思う。

 

では、本人が素人判断で認めたらしい容疑者・片山被告について、我々が

考えてみるのはどうか。これはまだ、裁判の途中だし、非常に流動的な状況

だから、ここでは行わないことにする。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

では、その専門家向けリストの中身について。代表的なのが、ヘア(R.D.

Hare)というカナダの学者による「PCL」(サイコパシー・チェックリスト)で、

英語版ウィキの「Hare Psychopathy Checklist」という項目にまとまった

説明がある。元々は1970年代に開発されて、91年に改訂版のPCL-R

(Revised)が公開されたとの事。

 

基本的に20項目について、どの程度当てはまるかで、0点、1点、2点の

3段階評価を行い、合計点を重視するようだ。以下、日本語と英語で項目を

列挙しよう。

 

日本語ウィキ英語ウィキは、なぜか完全には対応してないので、「Encyclo-

pedia of Mental Disorders」(精神障害百科事典)も合わせて考慮した

が、3つとも僅かに違うので、DSMのような唯一の決定版がないような状況

なのかも知れない。2003年に第2版へとアップデートされたことや、「2因子

モデル」、「3因子モデル」などへの深化が関係してる可能性もある。項目の

8は、日本語ウィキの訳「冷淡で共感性の欠如」が変なので、少し変更した。

その他も、英語を元にして一部変更してある。

 

 

   1. 口達者/表面的な魅力 (glib and superficial charm)

   2. 誇大的な自己価値感  (grandiose sense of self-worth)

   3. 刺激を求める/退屈しやすい (need for stimulation)

   4. 病的な虚言  (pathological lying) 

   5. 偽り騙す傾向/操作的(人を操る)  (cunning and manipulating)

   6. 良心の呵責・罪悪感の欠如 (lack of remorse)

   7. 浅薄な感情 (shallow affect)

   8. 冷淡さ/共感性の欠如 (callousness and lack of empathy)

   9. 寄生的な生活様式  (parasitic lifestyle)

  10. 貧弱な行動コントロール能力  (poor behavioral controls)

  11. 放逸な性行動  (sexual promiscuity)

  12. 幼少期の問題行動  (early behavior problems)

  13. 現実的・長期的な目標の欠如(lack of realistic long-term goals)

  14. 衝動性  (impulsivity)

  15. 無責任  (irresponsibility)

  16. 自分の行動に責任が取れない 

            (failure to accept responsibility for own actions)

  17. 多数で短期の婚姻関係(many short-time marital relaionships)

  18. 少年非行  (juvenile delinquency)

  19. 仮釈放の取消  (revocation of conditional release)

  20. 多種多様な犯罪歴  (criminal versatility)

 

 

           ☆          ☆          ☆

ちなみに15と16はどちらも無責任ということだが、15が自分以外(家族な

ど)、16が自分についてという意味だろう。

 

私が自己採点してみると、3~7点くらいで、多めに計算しても10点には届

かないから、サイコパスには程遠いと思ってもいいだろう。『百科事典』には、

30点以上精神病質の診断に値すると書いてあり、日本語ウィキには更に、

「20点未満であるとサイコパスではないとみなされる」と書いてあった。そもそ

も、日本も含む東アジアでは非常に少ないという説もある。個人より社会を

重視するから、と説明してしまうと、簡単すぎる気もするが。

 

最後に、サイコパス病気かどうかについて、次の日本語ウィキの説明は曖

昧で分かりにくいので、補足しとこう。

 

  「サイコパスは異常であるが病気(いわゆる精神病)ではなく、ほとんど

  の人々が通常の社会生活を営んでいる。そのため、現在では精神異常

  という位置づけではなく、パーソナリティ障害とされている。」

 

パーソナリティー障害とは普通、「精神疾患」とされてるのだから、上の説明だ

と、異常なのか異常でないのか、病気なのか病気でないのか、非常に分かり

にくい。要するに、「医学的には病的な状態と言えるが、重い病とは限らず、

病院や薬、カウンセリングなどを必要とせずに普通に暮らす人が多い」という

ことだと思う。

 

その内、程度=点数の高い人達が、反社会的な「困った人達」ということだろ

うけど、確かに身の回りですぐ思い当たる人は1人もいない。せいぜい、一部

の犯罪者が当てはまるくらいだろうか。もちろん、反社会的人間だからといっ

て、犯罪者であるとは限らない。統計的な割合はさておき。。

 

 

         ☆          ☆          ☆

ちなみに、当サイトで度々扱って来た『DSM-Ⅳ-TR』(精神疾患の診断・

統計マニュアル 新訂版)における、「反社会性パーソナリティー障害」との

比較は、時間が無いのでとりあえず省略する。去年、発行されたばかりの

『DSM-5』(英語)はまだ見てない。歴史的に重い精神疾患を表して来た

精神病」という言葉との比較も、また別の機会に回すとしよう。

 

なお、片山被告側は精神鑑定を要求してるが、刑事責任能力は認めてるそ

うだ。それでは、今日はこの辺で。。☆彡

 

 

 

P.S. 14年11月26日の『ホンマでっか!?TV』で、異常犯罪と人格特徴

     の関係について扱われたらしい。続々とこの記事へのアクセスが入っ

     てる。   

 

P.S.2 15年6月24日、香山リカがサイコパスについて注目すべき文章を

       発表したので、翌日ただちに応答記事をアップした。

  元少年Aと『絶歌』、香山リカの「サイコパス」という見解(SPA!)を読んで

 

P.S.3 15年7月1日、日本の実際の事件をもとにしたドラマが放映された。

   サイコパス&マインドコントロールの迷宮~『世界仰天』ドラマ・成海朔2

 

 

cf. 適応障害の診断基準~DSM-Ⅳ-TR

   PTSD(外傷後ストレス障害)の診断基準~DSM-Ⅳ-TR

   パニック障害&発作、広場恐怖の診断基準~DSM-Ⅳ-TR

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   うつ病の診断基準と抗うつ薬~NHK『ためしてガッテン』

   うつ病の診断基準2~気分変調性障害

   うつ病の血液診断と遺伝子変化

   うつ病の診断基準3~双極Ⅰ型障害(躁うつ病)

   うつ病の診断基準4~双極Ⅱ型障害(軽い躁うつ病)

   新型うつ病の一つ、非定型うつ病について

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   心理療法を無料で全国民に~朝日新聞「欧州の安心 イギリス」

   大胆かつ繊細な試論~香山リカ『雅子さまと「新型うつ」』

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   統合失調症の診断基準、統計、および歴史的経緯

 

                                    (計 3793字)

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閉じたものを開くこと~『ガリレオ2』第6話・密室る

(☆6月23&25日追記: 最新数式記事レビューをアップ。

   男子の中で泣く女~『ガリレオXX・内海薫』愚弄(もてあそ)ぶ

   『ガリレオ2』最終回の数式、浄水器と管内の水の乱流&層流 )

       

      

        ☆          ☆          ☆

実に面白い! 新シリーズについての私の評価ランキングだと、ここまで1話、

6話、5話の順だ。今回は、色んな要素で総合的に評価が高かった。

                  

別に、野木祐子(夏川結衣)がアラフォー美人だから高評価って訳ではない♪

妙に湯川が気に入ってるなと思ったら、福山雅治と夏川は同い年なんだね。

夏川の方が学年は1コ上で、独身同士。金のワラジを履いてでも探すべき女

房かも(古っ!)。

              

話を戻して、この出来なら、前回の視聴率17.9%から更に大きくダウンす

ることはないだろうと思ってたけど、ダウンどころか20.4%まで一気に回復。

実に素晴らしい。次回も20%台なら、最終回までのトータル平均での20%

台もほぼ確定だろう。

      

     

        ☆          ☆          ☆

では、ドラマ内容について。プチ流行のトレイル(山道)ランの取り入れ方も

含めて、ちょっと変わった演出だなと思ってたら、フジテレビ若手の金井紘

の監督2本目ってことね。キムタク=木村拓哉『Priceless』の第8話で初め

て演出した時には、最高視聴率20.1%を記録。これが唯一の20%台だ

から、才能があるのかも。栄養ドリンクと仮眠用ソファーベッドが友達という

お話(笑)。今後の活躍にも注目しとこう。

           

私が特に感心したのは、最後の岸谷(吉高由里子)の甘えた泣き声をプツッ

と切った大胆な終わり方と、吊り橋の撮影。あれはクレーンじゃなくて、長い

支柱の先にカメラをつけたのかな。支柱の影は映ってなかったけど(笑)。野

木と篠田(遊井亮子)、2人の影は上手く映してたね。救急ヘリコプターでの

撮影でもないと思う・・・と言うのは、『コード・ブルー』&美青年ファンへのご

挨拶だ♪ 遊井はやっぱり、研究者姿や山ガール・ファッションより、プチ女

王様っぽい網タイツの方がよく似合う。

          

演出に関して、欲を言うなら、実験室のホログラム・シールの場面はもう一

息だったかも。新人監督なら、もう少しヒネって、実はホログラムに見えた

方が本物だったって流れの方が笑えた♪ つまり、透明パネルの裏側に

本物の湯川を立たせて、岸谷の後ろ側から登場したのがホログラムとか。

              

これなら、あれがすぐホログラムに見えてしまった視聴者も、意表を突かれ

ることになる。実際、私は3D画像が全く見えない目の持ち主だから、最初か

らあれは2次元(平面)にしか見えなかった。折角、凸版印刷が作ってくれた

のに、申し訳ないね (^^ゞ ツイッター検索をかけてみると、一般には好評の

ようだった。ま、単に福山の等身大写真が欲しいってことかも知れない♪

     

ちなみに、ホログラムの横で同じポーズの湯川本人を立たせたのはいいと

して、どうせなら2秒間くらい、ハッキリと並べた方が効果的だっただろう。

本人も、ピタッと静止させて。

            

        

         ☆          ☆          ☆

ところで、第6章のタイトルは、『密室(とじ)る』。ホログラムで密室に見せか

けてた部屋を、物理学で「開いた」のが湯川=福山だった。

              

今回、福田靖の脚本は、再現シーンの重複は気になったものの、東野圭吾

の原作を上手くアレンジしてある。つまり、山奥のペンションでの殺人、ホロ

グラムによる密室偽装、お風呂の過飽和と泡、真犯人(の1人)が魅力的

な女性・・・といったポイントはそのまま残した上で、美人科学者の嫉妬とい

う話へと変更したわけだ。原作みたいに、湯川の男友達を語り手にして、

妻とその弟を犯人にすると、テレビ的に印象が弱いわけだ。。

          

要するにドラマは、科学者の人間的・通俗的な部分を前面に押し出したわ

けで、科学という営みに対する視線の拡大にもなるし、天才・湯川のトボけ

た変人ぶりをアピールすることにもなる。一方で、初夏にふさわしく、美しい

吊り橋や渓流、緑の魅力も強調、山ガールも登場。まさに、原作を「とじる」

ことなく、テレビ的に上手く「開いた」作品になってた。

          

「とじる」ことにも「開く」ことにも長所と短所があるが、特に日本人は「とじる」

方向に向かいがちなもの。だからこそ、開く勇気や努力が大切になる。もち

ろん、窓を開けたままでは生活しにくいから、開け方と閉じ方の適度なバラ

ンスが重要なのだ。以下、様々な「開き方」を見てみよう。既に制作サイドは、

アラサーの新人演出家へと、門を開いてた。。

    

      

         ☆          ☆          ☆

まず今回、湯川ゼミの女子学生が、研究室で先生に突っ込みを入れてた♪

このパターンは、前シリーズも含めて初めてじゃないかな。

            

凍らせた発砲スチロールを使った超伝導ジェットコースター模型で「遊んで

る」様子を見た岸谷(吉高由里子)が、何の役に立つのかと疑問を投げか

けると、湯川は相撲の四股(しこ)だと応答♪ 要するに、物理学に必要な

「足腰」、基礎力の鍛錬ってことだけど、男子学生が「むしろ・・」とつぶやい

たのを受けて、女子学生(モデル系の吉倉あおい)が、「分かりにくい・・」

と突っ込み♪

              

聞き流した湯川も面白かったし、控え目に口に手を当てて「しまった・・つい

本当のことを・・」って表情をする女子学生も笑えた。面白実験をしっかり入

れた点も、いいね。少年探偵団は完全な脇役に回されてるけど、少ない出

番で地味に頑張ってるのだ。前回のアイドル系の女子学生(逢沢りな)も

良かった・・・って話は既に書いた通り。

         

男子学生に関してはもちろん、ほとんど見てない(笑)。ま、それは女性視

聴者におまかせってことで。私としては、湯川、岸谷、犯人、物理学といっ

たメインだけに視線を注目させることなく、脇役にも目を「開く」ようにしてる

のだ。例えば、第4話のホテルのウエイトレスとか、第5話の怪しい事務所

の女性従業員、あるいは『ラスト ♡ シンデレラ』のレースクイーンとか♪  

      

ちなみに、数式記事の方で読者が教えてくださった情報によると、ホログラ

ムというものも、視域(見える角度)を左右に大きく開く方向を目指してるよ

うだ。それが実は、エンドロールの壁の三番目の式だったらしい(追記済)。

        

    

         ☆          ☆          ☆

次に、番組の最後に湯川が語った、美人に関する妙な「論理」を見てみよう。

この論理なら、文系女子の方々も興味を持ちやすいはずだ♪ ただし、ドラ

マの範囲を遥かに超えた所まで「開いた」議論を展開する。

           

湯川によると、岸谷が言われたらしい「可愛い」という言葉は、数値的根拠

を持たない単なる感覚的主観、非論理的なものにすぎない。それに対して

「美人」とは、黄金比率という数値的根拠を持つ。目と口の距離が顔の長さ

の36%。両目の間隔が顔の幅の46%という話だった。

            

これを聞いてすぐ思ったのは、何で「黄金比」にその2つの数字があるのかっ

てこと。特に46%という数字は、いわゆる黄金比としては大き過ぎる値。黄

金比とか黄金率というものは、前シリーズの最終回の数学とも関係する話だ

から、まずは基本を復習しとこう。

             

             

         ☆          ☆          ☆

130522a

  左図は、前に書い

  たのを改良したも

  の。図のように、

  x 倍、x 倍と、2

  重の関係が成立し

てる時、約1.62となる。正確には x=(1+√5)/2。この時の「1:x」 、

つまり 1:1.62が、いわゆる黄金比だ。計算は2次方程式を解くことになる。

       

  AC=AB+BC だから、 x² =1+ x    ∴ x²-x-1=0

   x>0より、 x =(1+√5)/2 ≒ (1+2.236)÷2

        ∴ x ≒ 1.62。

           

これに1を足したものが x² で、約2.62になる。逆に言うと、全体の長さを

2.62とする時、短い部分の長さは1。よって短い部分は、全体の約38%

なのだ。計算式は以下の通り。

    

  1÷x² = 1÷{(1+√5)/2}² = 1÷{(6+2√5)/4}

      =2/(3+√5) = (3-√5)/2 = (3-2.236)/2

      ≒ 0.38

                

この38%とか1.62倍という黄金比関連の数字なら、昔から色んなものに

見出されて来たものだが、今回は36%と46%。ちょっと違うわけで、早速

調べてみると、北米の心理学的研究が話題になってた。「新しい黄金比」を

2つ発見したというのだ。

            

        

         ☆          ☆          ☆

ネット検索すると、2009年12月に発表された「ニュース」が多数ヒットする

が、この種の話題にありがちなように、元のトロント大&カリフォルニア大

の英語論文、「New “Golden” ratios for Facial beauty」(顔の美しさ

をもたらす新たな「黄金」比)までチェックしたものは、なかなか見当たらない。

         

つまり、毎度のことながら、日本語のメディア報道の世界へと閉じた議論に

なってるわけで、ここでは英語や北米の原点まで、視線を開くことにしよう。

幸い、無料ですぐ読める論文要約(アブストラクト)が直ちにヒット。普通だと、

探すのにもっと苦労するから、この論文はやはり注目を浴びたんだと思う。 

              

実際、軽く目を通してみると、心理学実験の研究論文としては、わりとレベル

が高いのが分かる。手間ヒマかかってるし、データの処理にも「サーストン法」

なんていう面倒なものを使用。顔の好みの分布グラフから、2次関数の式を

導いて、グラフ(上向きの放物線)の頂点を求めてるのだ。

           

つまり、顔の縦の長さの38%が目と口の距離、顔の横幅の46%が両目の

間隔の時に、満足度が最大となったわけだ。湯川が言うように、確かに数

値的根拠はある(一応・・)。

   

               

         ☆          ☆          ☆

しかし、常識的に考えても、人の好みがそれほど簡単に数字になるはずはな

い。よく出来たこの実験にも、限界はハッキリあるわけで、縦横の変形に用

いる顔写真は数十人の白人しか使ってないし、評価したのは北米の2大学

の学生、のべ126人(重複を除くと数十人だろう)。しかも、女子学生が非常

に多いのだ。4つの実験で、のべ126人の評価者の中で、92人が女子だか

ら、7割以上が女性ということになる。男女比がかなり偏ってるのだ。

        

したがって、日本人のアラフォー男性の湯川が、この実験を数値的根拠とし

て日本人女性の美を語るのは、「実に非-論理的」な行動だろう♪

       

さらに決定的な問題は、この実験が美人と可愛い女性の比較ではないとい

うこと。いまや「kawaii」(カワイイ)という言葉は世界的なものになりつつあ

るから、この実験の評価者は「kawai さ」を評価した可能性もある。実際、

論文で多用されてる言葉は、美人とカワイイの中間の言葉、「attractive」

(魅力的)なのだ。また、別の同様の実験を新たに行えば、カワイイ女性の

数値的根拠も直ちに得られることになる。

                

結局、あの「論理」は、天才科学者・湯川の通俗的なこだわりを示すもので

あって、例えば前シリーズ・第7話で鉄道への妙な愛着を示したのと同様な

のだ。ま、ウチにも地下鉄記事が1本だけあるけどね。そのせいで、海外の

方に鉄道オタクだと思われちゃったし。。 (^^ゞ

      

なお、視角をさらに開くと、あの湯川と岸谷の幼いやり取りは、屈折した幼

児SMプレイにも見える♪ 子どもの口ゲンカみたいな責めで、湯川が岸谷

をワンワン泣かせた後、一転して湯川が優しく愛して、岸谷は泣きやんだ

ばかりの幼児のような快感を得る。もちろん、その前に、研究室のドアは密

室(とじ)るわけだ。そう考えると、ますます良く出来たタイトルだろう。。

     

     

          ☆          ☆          ☆

最後に、前シリーズも含めて初めて登場した、大切な点を指摘しよう。それ

は、文系女子の岸谷が、理系の知識(水の過飽和)で活躍したことだ。冷た

い水を沸かすと、それまでたっぷり溶け込んでた空気の一部が気体になろ

うとする(過飽和)。その湯船に人間が入ると、お湯が刺激されて、空気が

気体の泡になり、身体につく。ただし、最初の1人だけ。

    

その知識が、岸谷の入浴シーンの驚きにつながったのだ。野木が先に入っ

たはずなのに、どうして泡がついたのか。ちなみにあの妙な入浴シーンで、

瞬間視聴率がかなり上がったのかも知れない。そりゃ、『水戸黄門』の由美

かおるか・・・って、古っ!

     

とにかく、文系から理系へ、女性的感性から男性的論理へと歩み寄ること

の重要性は、ウチでも今まで何度も指摘して来たことだ。原発・放射能に

ついても同様。それを、ドラマという女性的メディアで実現したのは、実に

素晴らしいことだった。

      

もちろん最終回は、男性の理屈屋である湯川が、女性的な感性に歩みよ

ることは大前提なのだ♪ 前シリーズの最終回、サンタと「ピンク!」を信

じた科学者・湯川のように。

  

それでは、今日はこの辺で。。☆彡

    

      

      

cf. 宗教、科学、自然と人間~『ガリレオ2』第1話・幻惑す

   心の同期と「慣性の法則」~『ガリレオ2』第2話・指標す

   揺れ動く、見えないもの~『ガリレオ2』第3話・心聴る

   曲がった男のストレートな切れ味~『ガリレオ2』第4話

   接近することの効果と限界~『ガリレオ2』第5話

   脇役と主役、よそおう人々~『ガリレオ2』第7話・偽装う

   虚像=花火を演じる舞台としての生~『ガリレオ2』第8話・演技る

   エリートがみだす凡人の心の歯車~『ガリレオ2』第9話・撹乱す

   誰が何を救うのか~『ガリレオ2』第10話・聖女の救済(前編)

      

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 『ガリレオ2』第1話の数式、誘電体のマイクロ波加熱における電力半減深度

 『ガリレオ2』第2話の数式、不覚筋動による水晶振り子の強制振動

 『ガリレオ2』第3話の数式、

          パルス電磁波のフレイ効果による耳の奥の弾性波か

 『ガリレオ2』第4話の数式、流体中の回転ボールを曲げるマグナス効果などか

 『ガリレオ2』第5話の数式、

       近似のニュートン法による√2の数値解析(&バルマー系列)

 『ガリレオ2』第6話の数式、

             ホログラム記録&再生における光波の複素数表示

 『ガリレオ2』第7話の数式、

           ロッキングチェアの慣性モーメント&回転・直線運動か

 『ガリレオ2』第8話の数式、花火の光の入射角&3つの像の位置関係か

 『ガリレオ2』第9話の数式、超音波による圧力・密度変化(&ビルの高さ)

 『ガリレオ2』第10話の数式、ゼラチン絵の具の濃度や溶解反応速度か

                   

                                 (計 5666文字)

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SMプレイと虐待トラウマ~『フィフティ・シェイズ・ダーカー』

15年7月8日追記: 映画批評をアップ(約6000字)。

    鉛筆を唇にあてて夢見る女の子

             ~映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』レビュー

 

 

         ☆          ☆          ☆

いまや世界で8400万部(!)を超える大ベストセラーになったという、ママ

向けSM小説3部作、『フィフティ・シェイズ』。その第一弾である『フィフティ・

シェイズ・オブ・グレイ』(早川書房)について、3ヶ月前に簡単な感想記事を

書いたら、予想以上のアクセスが続いてる。

 

  大ベストセラーのママ向けSM小説、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』

 

正直、それほど男性ウケする内容とは思えないので、やはり女性にウケて

るんだろう。少し見方をズラすと、あまり男性ウケしないから、書き手が少な

くて、ネット情報もそれほど多くないのだと思う。

 

意外なことに、日本のウィキペディアにはいまだに項目が無いし、英語版

のウィキでさえ、第一弾『グレイ』の項目があるのみ。第二弾『ダーカー』

(原書は2011年9月)、第三弾『フリード』(同・12年1月)の項目は無い

し、『グレイ』の項目に全てがまとめられてる訳でもない。やはりこれは、

変わった官能小説だ。。

 

(☆15年1月28日追記: その後、『ダーカー』の英語版ウィキは14年6月、

                 『フリード』の項目は14年8月に作成されてた。

                 また、『グレイ』の項目を読むと、既に1億部を突

                 破してるらしい。)

 

 

         ☆          ☆          ☆

あらためて確認しとくと、「フィフティ・シェイズ」(fifty shades)とは、五十

の陰=彩(あや)。直接的には、主人公の一人であるドミナント(dominant

=支配者)の美青年・グレイ(Grey)の性格が、「五十通り」に歪んでること

を表してる。

 

さらに言うなら、作者のE.L.Jamesは英国の女性で、英国では「grey」

という綴りが「gray」(グレー=灰色)を表すらしい。すると元のタイトルは、

灰色の五十通りのニュアンス、といった感じの意味にもなる。灰色とは、苦

悩する男性・グレイを表すと共に、彼をそういった状況に追い込んだ不幸

な境遇や世の中全体をも表すだろう。

 

つまり、第一部では金・名誉・美貌・権力を誇示するドミナント(支配者)と

して描かれてたグレイは、実はサブミッシブ(submissive=服従者)でも

ある。だからこそグレイは、第二部において、自らにとってのサブミッシブ

であったはずの若い女性・アナの前にひざまずいて、涙までこぼすのだ。

 

SとMの関係は常に反転可能で両義的なものだというのは、精神分析学

その他、心理学が昔から示してたことだし、実際の世の中を見ても確かに

そう感じる。その意味でやはり、このマミー・ポルノは基本を押さえてある。

 

さらに三部作全体で見ると、幼児期の虐待からの回復を鮮やかに描いて

るのだ。つまり、まず『グレイ』で歪んだ性癖を描き、『ダーカー』(darker)

では彼の「より暗い」領域に入って行く。BDSM(Bondage・Discipline・

Sadism・Masochism=束縛・調教・サド・マゾ)にのめり込ませた幼児期

のトラウマ(Trauma=心的外傷)と、それ以降の成長過程。そしておそら

く最後、『フリード』において、彼はアナの手助けで「解放される」(フリード=

freed)はずだ。

 

裏返せばそれは、処女の女子大生だったアナスタシア・スティールが、立

派な素人セラピストへと成長することでもある。ただし、それだけでは普通

過ぎるので、SMというセクシャルな仕掛けを導入し、大当たりしたというわ

けだ。前回の記事では、私はあまり評価しなかったが、『ダーカー』を読ん

だ後では、かなり評価が上がってる。精神医学的な回復&成長物語として

なら、かなり面白く出来上がってる部類だろう。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

では、その第二部、『フィフティ・シェイズ・ダーカー』の中身を見て行こう。邦

訳は2月26日に出版されたばかりだ(池田真紀子・訳)。まだ読んでない人

が多いだろうから、以下はかなりのネタバレ的内容になる。くれぐれも、ご注

意あれ。。

 

『グレイ』では、ヒロインである女子大生アナの日常生活から話がスタートし

たが、今回はいきなり、「ダーク」な重い場面から始まる。薬(ドラッグ)に溺

れた売春婦と、その小さな男の子のもとに、ヒモである男がやって来る。こ

の男が、実の父親かどうかはともかく、男なのにバックル付きのブーツを履

いて、ベルトで母親を叩くのだ。続いて、テーブルの下に隠れてる男の子を

探し出す所で、グレイの悪夢が覚める。ここまでがプロローグで、英語なら

アマゾンHPで読める。

 

さらに、ここまでの流れから容易に予想できるように、男は子どもをタバコ

の灰皿代わりにして、グリグリ押しつけて火傷を負わせたようだ。消えずに

残った痕を見せたくないから、その男の子はやがて、自分を見るな、触る

なと命令することになる。それが、五十通り(フィフティ・シェイズ)に歪んで

成長した、あるいは成長しそこねてアダルト・チルドレンとなった、グレイな

のだ。

 

 

          ☆          ☆         ☆

彼の幼児体験の影響は、直後のアナとの会話でも遠回しに表現される。

この小説、よく読むと、軽い婉曲表現に満ちてるのだ。

 

第一部『グレイ』の最後は、本気で強く叩いて欲しいというアナの願いに

従って、グレイがアナを叩き、耐えられないと悟ったアナが、別れを決意

する。彼からの卒業と大学からの卒業が重ねられた後、第二部の冒頭

では、新人OLアナが。彼からの誘いに再び応じてしまう。この間、僅か

数日しか経ってない♪

 

そして、アナが友人ケイトのハイヒール・ブーツを借りて履いてた時、グレ

イの目が暗く光るのだ。この時点では、幼い頃の父親のブーツを思い出

させるものだろうと感じるのだが、『ダーカー』の終盤までには、どうやらも

う一つの意味がありそうだと気付くことになる。つまり、十代の少年グレイ

を支配した年上の美女、エレナ・リンカーンの象徴ということだ。ハッキリと

は書かれてないが、女王様と言えば定番アイテムがハイヒールのブーツ

だろう。とりわけ、BDSMの世界では。ちなみにグレイのハイヒールへの

こだわりは、他の場所にも書かれてた。

 

幼い頃のグレイには、暴力的な男(父でないと語ってる)のブーツが目の

前に君臨した。少年時代には、エレナの女王様ブーツが君臨した。そし

て今、目の前には、サブミッシブ(服従者)に仕立てようとして上手くいか

ない女性、アナのブーツがある。グレイの目が「より暗く」(ダーカー)なっ

た後、あっさりアナの前でひざまずいてしまうのは、自然な流れだろう。

 

ただし、一時的な服従だし、比較的ノーマルなアナとしても、支配者の側

に転じる気は毛頭ないわけだ。。

 

 

         ☆          ☆          ☆

ここで、五十通り(フィフティ・シェイズ)とまでは言わないものの、グレイの

歪みを要素に分解してみよう。

 

まず、かなり単純な模倣、あるいは反復がある。幼い頃、心に固着してし

まった父親の姿のように、支配的な男性として女性を服従させるのだ。あ

る意味、退行と言ってもいいし、強迫的なロールプレイ(役割演技)と言っ

てもいい。次に、自己否定とか無力感。つまり、幼い頃、何も抵抗できな

いまま虐待されてしまった経験(自分&母)が、そのまま残ってしまってる。

 

続いて、母親へのアンビバレント(両面価値的)な強い思い。言葉の本来

の意味での、マザー・コンプレックス。つまり、母はどうしようもない状態に

なってたし、自分を助けてもくれなかったから、憎むべき対象である。しか

しそれでも、自分は母が好きだったし、暴力的に支配される母を見て、幼

心に可哀想だとも思っただろう。倒錯的快感も混ざってた可能性がある。

 

こうした複雑な思いが、若き億万長者へと成長した後のグレイにも潜んで

るので、つい母親に似た女性を愛し、かつ支配してしまう。その最たるもの

が、アナだったわけだ。そうすると『ダーカー』の序盤で、友人男性・ホセが

アナを撮った写真を、グレイが買い占めた意味も分かるだろう。単なる男

の嫉妬ではなく、「母親」の写真を買い占めたということになる。そう言えば、

グレイのヨットにも、「育ての母」の名前(グレース)が付けられてた。それを

知ったアナは、複雑な反応を示していた。

 

さらに言うなら、グレイが支配者として、服従する女性を叩くことは、要する

に自分を叩くことでもある。支配者に逆らえなかった幼い無力の自分を、

目の前の女性へと投影して叩き、罰すること。その思いを、普通の性的欲

望と重ねると共に、自分自身はもはや痛い思いをしなくて済む。

 

ただし、15人ほどいたらしい服従女性はやはり、「本物」ではなかったから、

関係(あるいは契約)はすぐにアッサリ終了した。ところが幸運にも。ようや

く「本物」に巡り合えたのだ。自分を愛してくれると共に、BDSMの趣味も

適度に共有してくれて、しかも自分に服従してしまうことはない、絶妙な位

置を保つ素敵な女性。それこそ、アナ・スティールだった。。

 

 

          ☆          ☆          ☆

精神分析的には、グレイは、歪み過ぎたエディプス・コンプレックスに苦悩

し続けてる。つまり、両親への複雑な思いが、あまりに強くて複雑なので、

正常な大人への成長が出来ないままなのだ。あるいは、ファルス(男根=

男性性)の欠如をめぐる複雑な思い、去勢コンプレックスに苛まれ続けて

ると言ってもいい。

 

この美青年を救うのは、最終的にはヒロインのアナだが、媒介役として登

場する医師(ドクター)は、やや変わった治療法を提案している。SFBT。

ソリューション・フォーカスト・ブリーフ・セラピー(Solution Focused Brief

 Therapy)で、「解決志向短期療法」と訳されてた。

 

現代の精神医学は薬で治療するし、普通の心理療法は患者(クライエント)

の過去(と現在)を重視する。それに対して解決志向短期療法では、患者

の未来をどう決定し、どうやってそこに向かうか、その点にフォーカス(焦点)

を絞り、未来志向で少しずつ対話を進めて行くらしい。プラトンからヘーゲル

に至る哲学の歴史も踏まえてのことか、「弁証法的アプローチ」という言葉

も使われてた。

 

『フィフティ・シェイズ』の物語全体も、文章的には長編だけど、時間的には

まだあまり経過してないと思われる。わりと「短期」間にグレイとアナが結婚

し、子どもも生まれ、グレイが過去の束縛からフリーになる(フリード)。一

方、グレイの過去については、直接的には少ししか語られないわけで、その

意味では、グレイに対するアナの支え自体が、解決志向短期療法(SFBT)

とも言えるだろう。    

 

本物の(狭義の)SFBTという談話療法については、英語版ウィキに興味深

い説明がある。例えば、こんな風変わりな質問&応答が行われるらしい。

 

  カウンセラー: 「この後、今夜あなたが眠ってる間に奇跡的な変化が

            起きて、問題が解決したとします。あなたが翌朝、そ

            の事に気付くとすると、何が改善のしるしでしょうか?」

 

    患者:   「分かりません・・・・・・あぁ、例えば、誰かに悪口を言わ

           れても心が乱れないということでしょうかね」

 

この時、差し当たりの目標として、「悪口を言われても心が乱れない自分」

というものが置かれる。では、心を乱す代わりに何をするのか、といった感

じで、より良き未来の自分を志向していくようだ。。

 

 

          ☆          ☆          ☆  

なお、世俗的興味が向かいやすい性的な描写は、『ダーカー』よりむしろ『グ

レイ』の方が目立ってた気がする。『ダーカー』ではむしろ、精神医学的な話

や、周囲からの様々な嫉妬(男&女)などが描かれてるので、『グレイ』の方

が発行部数が多いのは自然なこと。英語版ウィキが『グレイ』しか扱ってない

のも理解できるだろう。

 

まあ、折角、本の表紙に仮面を描いてることだし、仮面舞踏会のシーンくら

いはもう少しエロスを表現して欲しかった気はする。普通のSM小説なら、

「おそらく」もっと過激なエピソードが組み込まれる所「だろう」♪ その辺り

は、今後の映画化に期待するべきかも知れない。

 

男性読者として、ちょっと思ったのは、解放された後のグレイにとって、今度

は女房と子どもが手枷・足枷になるのではないか、ということ。まあ、それは

健全なBDSM、束縛&攻撃プレイなのかも。ちなみにアナも、グレイの医師

も、合意に基づく健全なSMプレイには賛成してた。

 

特にアナのお気に入りは、紐でつながれた2つの銀の球を入れた状態で

叩かれることらしい♪ 名前はアナ・スティール(Ana Steele)だが、アナ

ル(anal)の奪取(steal)については少し待って、という感じだった。この辺

りも、女性向けSM小説の特徴の一つかも知れない。

 

ここまで来たら、3月22日刊行予定の第三部『フリード』も読んで、レビュー

したいと思ってる(☆追記: 4月上旬に延期)。ただ、既に物語の全体が見

えた気もするので、意外性が無かった場合、レビューと言うより単なる短い

感想記事で済ませるつもりだ(15年2月現在まだ延期中)。解放された2人

が自由にプレイする様子が刺激的なら、話は別だけど♪

 

それでは、今回はこの辺で。。☆彡

 

 

 

P.S. 15年2月11日のベルリン映画祭での上映では、評価が分かれてる

     ようだ。公式動画から予想されるように、かなりソフトな内容らしい。

     続編2本は既に確定してるようで、『ダーカー』公開2016年の予定。

 

cf. 大ベストセラーのママ向けSM小説、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』

 

                                  (計 5441文字)

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自我(エゴ)、超自我、欲望~『鈴木先生』第7話

(☆6月28日追記: 最終回の記事をアップ。

     ソクラテスの弁明~『鈴木先生』最終回レビュー(by哲学的対話法) )

   

   

          ☆            ☆           ☆      

通勤JOG 4km,23分程度

   

私は現在まで、5年9ヶ月の間、このブログを毎日更新し続けて来た。去年

の秋からは、1本の記事当たりの字数もすべてカウント。平均するとおそら

2500字以上だろう。内容的にも、理数系から人文系まで、マニアックな内

がかなり入ってる。スポーツ好きの社会人が、こんな1円にもならないPC

操作を続けるには、某大な精神的エネルギーとか、(ちから)が必要だ。

                 

何の話をしてるのかって? これが『鈴木先生』第7話の核心とつながって

るのは明らかだろう♪ もちろん今回は、自分を内側から厳しく律する

自我=スーパー・エゴ」(super-ego)の問題、とりわけ負の側面が、真正面

から扱われていたのだ。第4話で扱われた「浄化法」よりは、心理学的にメ

ジャーだし、遥かに重要なもの(心的装置の一部分)でもある。

             

私は、中学生の教室掃除の何倍もの作業を、数倍の期間継続して、今の

所は(建前上の)「突然死」もしてないし、「悟りの境地」の美しい光りも放っ

てない。急にパタリと日記=ブログを止めて、ネット上から消えてしまうこと

も、もうしばらくはないだろう。これは、私の自我=エゴに対する、内なる命

令係・超自我上手く機能してるわけだ。もし、精神分析学の創始者・フロ

イトが晩年に導入した、理論(第二局所論)と概念を用いて説明するのなら。

       

それに対して、鈴木先生(長谷川博己)の教育法に決定的な影響を与え

丸山康子(滝澤史)の場合は、しっかりした両親に育てられた強過ぎる

超自我(≒良心=内なる両親)が、マイナスに働いてしまい、遂には自我

=エゴも欲望も消してしまったのだ。残ったのは、神の領域のみとなる。

         

そんな事が現実の中学生に起きることかどうかは分からないし、事の良し

悪しもビミョーだが、ドラマの中では悪い事のように扱われていた。そして、

そのプロセスを止めるどころか、結果的に推し進めてしまった鈴木先生は、

深く後悔、反省することになる。

    

         ☆          ☆          ☆

ここで、もっとも素朴な疑問に答えてみよう。「要するに、丸山に根性が無

かっただけじゃないの?」という問いかけ。これは、特に「大人」の本音とし

ては自然なものだろう。口に出すかどうかは、ともかくとして。

       

たかが、中学の教室掃除を少しの期間、続けるだけ。5人分を1人でやっ

たとしても、1時間程度だろう。その程度の運動は、運動クラブに入ってる

中学生なら週5日前後、平気でこなしてるはずだ。周囲にサボる生徒がい

て、自分もつられそうになる点についても同様。

       

また、今年公開された山P=山下智久の映画でもおなじみ、スポ根(=ス

ポーツ根性)マンガの金字塔、『あしたのジョー』だと、ジョーがラストで妙な

光り=白さを帯びるまでの努力は凄まじいものがあった。同じフィクション

の登場人物でも、『鈴木先生』の丸山は余りにもひ弱な優等生にすぎない。。

    

こういった考えは、今でも「ある意味」、「正論」だと思う。つまり、人間は本

来、その程度のストレスには耐えれるはずだし、また、耐えるべきなのだ。

実際、大人の社会人なら、何十倍ものストレスの中で、何十年も耐え続け

ることになる。

            

けれども、現実の日本社会は、ここしばらくの間、必ずしもそうはなってな

い。ある意味で些細なことにも、心が「摩耗」してしまい、もはや維持も修

復もできず、やがて「キレて」しまったりする。割合はともかく、そうゆう子が

増えてるという情報は溢れてるし、私もそんな気がしている。

    

だから、教育者精神医学者の世界でも、そういった子供に着目し、優しく

繊細な配慮を目指す傾向が強まって来た。それでは、現状のひ弱さを追認

することにもなりかねない訳だが、今は大きく見て、「優しさの時代」。かつ

ての「厳しい時代」とは逆に、優しく接することがいいことだという価値観が

長く支配し続けてる状況だ。心理学的には、自分を厳しく律する超自我の

強化よりも、あるがままの私、自我=エゴの防衛を重視してることになる。

        

こうした現在の教育事情を反映してるのが、『鈴木先生』という作品であっ

て、切り口は斬新で面白いが、本質的には「正統派」、優等生的な教育思

想とも言えるだろう。

           

この場合、今度は、優等生教師・鈴木先生の側が不安になって来るわけだ

が、主役だからなのか、今の所、上手くやってるように見える。崩れそうに

なると、理解力があって魅力的な彼女&カウンセラー・麻美(臼田あさ美)が、

巧みに手助けしてくれるのだ。代わりに、つぶされ役の教師になったのが、

もっとガチガチの正統派・足子先生(冨田靖子)と、色んな意味で通俗的な

山崎先生(山口智充)であった。。

     

         ☆          ☆          ☆

ここまでの文章を読んで、エゴという言葉の使い方がドラマと違うこと、遥

かに広く一般的な意味だということに気付いたかも知れない。他人との区別

を付けて、自分を意識し、愛する心。ドラマの序盤、鈴木先生が連発した「エ

ゴ」という言葉は、エゴイズム=利己主義という意味であって、自我=エゴを

まず大切にしようとする傾向を指してた。エゴイズムは、エゴの主要な一般

的特徴の一つであって、わがまま人間特有のものではない。

                 

もちろんそれは、行き過ぎると社会的、対人関係的に問題となってしまう。

例えば、処女性にこだわる自分を一番に考えてしまう山際の行動、エゴイズ

ムは、河辺(小野花梨)を傷つけ、間接的に自分をも傷つけてしまう。おまけ

に、おそらく処女ではないはずの女性・足子先生にも、ヒステリックに怒られ

るわけだ♪

                    

でも、自我=エゴをまず大切にしようとするのは、「個体保存本能」などと

いう概念を持ち出さなくても当たり前であって、鈴木先生が山際のエゴイズ

ム(処女執着)差し当たり認めた(「許されている」)のはもっともな事。た

だ、これは処女への執着だからであって、もし「幼女への性的欲望」とか、

「殺人への(性的)衝動」であれば、教師として、「許されている」と言うこと

さえ難しい。私が前回指摘して、鈴木先生も今回認めてたように、何かあっ

た場合には、「訴えられる」リスクさえあるからだ。

        

そこまで極端な例を考えなくても、自我=エゴのあるがままの姿、あるいは

欲望は、かなりの程度制御する必要がある。自我(エゴ)は社会的現実の

中で、他のエゴ(=他我)と共に生きるのであり、自我と他我、自我と現実は、

しばしば衝突する。したがって、ルール==掟とか、「妥協形成」が必要

なのだ。

                        

ここで、フロイトが発見した「不条理」(absurdity)、受け入れがたいバカげた

(absurd)事実が浮上する。良い家庭で良い両親に育てられ、超自我が発

達した「いい子」が、良過ぎて逆に壊れてしまいがちだという臨床的事実だ。

        

人間の心の奥、無意識には、様々な根源的・本能的衝動のうごめく場所

=「エス」(英語: id)があり、そこから生じる表面的な欲望は、意識的自我

の中だけでも大量&強固に存在する。それも大切な私の一部なのに、強

発達し過ぎた超自我は、全面的に「抑圧」(広い意味)してしまう。という事

は、私=自分が壊れてしまうリスクが高まるのだ。  

          

だからと言って、本当に壊れる人間は、現代日本でもそれほど多くは無い

し、一部が壊れたとしても、そのまま維持する可能性、修復する可能性も

ある。今回の大震災でも改めて思い知らさせたように、自然の予測は難し

い。それと同様、あるいはそれ以上に、人間の心の行方を予測することは

困難だ。

   

したがって、鈴木先生が、丸山康子の苦悩に気付かなかったことには、

とんど「指導ミス」ではないし、「誰一人摩耗しない」ような教育を目指す必要

も無。それは、不可能な幻想だし、理想像と言えるかどうかも相当怪しい

だろう。むしろ、深刻な摩耗は防ぎ軽い摩耗に耐えれる子供、摩耗しても

復できる子供を育てる方が現実的で、有効だと思う。

       

特に、私が気になるのは、今現在の教育論や精神医学の建前で忘れられ

がちな部分だ。「手のかからない生徒の心の摩耗」よりも、実際に大きな影

響が出てるのは、「生徒に配慮する先生の心の摩耗」だ。手のかかる生徒

だけでも大変なのに、手のかからない生徒の摩耗まで引き受けようとした

時、教師の摩耗した心は休職や退職、あるいは通院や薬物摂取に追い込

まれている。けれども社会は、生徒の方に関心を向けて、教師の側はしば

しば非難するのだ。。

     

         ☆          ☆          ☆

ドラマの主人公は、魅力的な彼女や神秘的な女子生徒らのおかげで、上手

く行くようになってる。しかし、現実の教師や学校の場合、そうは行かない。

そこで、教師の献身的な努力と共に重要となるのが、生徒の側の「戦略」だ。

     

丸山康子の場合、自分の超自我も、(結果的に)鈴木先生も、サボることを

許してくれなかったから、バケツの水に映った自分の姿=「鏡の中の自我」

に許してもらおうとする。これでは、自我の基本的なまとまりが失われてい

るし(「自我の分裂」)、他者と自分との区別も消失することになる。つまり、

一時的にせよ、自我成立以前に「逆戻り」するわけで、ラカン派精神分析

であれば、「鏡像」段階への「退行」と呼ぶ所だろう。

     

それは、自己防衛のための一時的な非常手段として、必ずしも悪いことで

はない。ただ、ドラマの中では、鈴木先生の登場によって、鏡の中の自我、

自我を許してくれる分身は、消えてしまった。その結果、心の全体は、自我

を丸ごと消して超自我の独裁状態を形成し、表面的な苦悩を抑圧・削除す

る形で作動したのだ。

    

しかし、もっと普通の解決方法が2つある。それは、「届かない心の叫び!」

(サブタイトル)を届かせる練習を少しずつ行うこと。ネットで匿名で叫ぶだけ

でも、すぐに反応があるだろう(特に女の子の場合)。理解あるお母さんに

少し話すだけでも、交換日記やメールでもいい。

         

そして、もっと重要なのは、超自我と欲望の妥協点を、自我が(半ば意識的

に)作り出すことだ。例えば、鈴木先生を適度に好きになる。この場合、好き

な人に褒めてもらいたいから、掃除をサボリたい欲望よりも、掃除したい欲

望の方が前面に出て、超自我との衝突も消えるのだ。これは、幼稚園・小

学校時代の私が実際にやってたことに近い♪

        

あるいは、掃除をサボること以外に、欲望の「他のはけ口」を探す。恋愛そ

の他、性的なもの、友達との遊び、ファッション、料理、テレビ、ネット、携帯、

ゲーム。現代日本には、欲望を発散する場が溢れ返っている。そうした形

で、超自我と欲望の妥協を形成すれば良かったのだ。実際、大人なら誰で

もやってる事だろう。ところが、丸山のそうした姿は、日記を書くことくらいし

か映されなかった。これでは、「他のはけ口」としては不十分なのだ。。

     

          ☆          ☆          ☆

ちなみにの場合、厳しい超自我の監視のもとで、1円にもならないブログ

を毎日更新し続けることは、エゴイズムの承認や尊重にもなっている。かな

り自由に、自分独自の内容を書いてるし、毎日着実に、自分自身の一部で

あるブログが拡大してるわけだ。ブログもエゴであり、エゴイズムでもある。

その意味で、私の中ではもうしばらく、自我(エゴ)、超自我、欲望が、それ

なりに仲良く共存し続けるだろう。

     

こうして今日もまた、私の自我は5000字以上、ネットの中で拡大したわけ

だ♪ 電脳空間での、匿名の言語的拡大に過ぎないにせよ、私の欲望もお

そらく妥協してくれると信じてる。

    

なお、今日のランニングも、通勤ジョギング4kmのみ。昨日より涼しくて、

適度な風もあったの、勿体ないことをした。ここ数日、マトモにランニングし

てないけど、あれこれと身体は動かしてるし、心はフルパワー状態だから、

スポーツ担当の超自我渋々許してくれるはずだ。そもそも、超自我も自

の一部。そんなに厳しい姿勢を貫けるはずはない

      

それでは、今日の所はこの辺で。。☆彡

         

       

         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P.S. 9日(木)の夕方、ウィキペディアに書き込まれた情報によると、

     第7話視聴率2.1%。現在までの平均視聴率2.2%となった。

   

P.S.2 関連する心の話を、ドラマも含めて、より一般的な形で記事にした。

        「強い心」~色々な意味、様々な形

      

     

cf. テレビ東京の学園ドラマ『鈴木先生』、マイナーだけどお勧め☆

   ドラマ『鈴木先生』、精神分析的レビュー(第1~3話)

   『鈴木先生』原作コミック立ち読み(Yahoo!)&第4話

   探し物に夢中で、ブログどころじゃない状況・・ (第5話関連つぶやき)

   疲れ切って帰宅、笑い転げた夜♪(鈴木先生・第6話ほか)

   『鈴木先生』第8話、軽~い感想♪

   最高気温30度の季節が到来&『鈴木先生』第9話

   ソクラテスの弁明~『鈴木先生』最終回レビュー(by哲学的対話法)

   『鈴木先生』映画公開記念、原作漫画ネット無料立ち読みの感想

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   眠過ぎるし翌朝も早いから、単なるつぶやきで・・

               (小川と中村が仲良く出没したらしい場所の写真♪)

           

                                  (計 5284文字)

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『鈴木先生』原作コミック立ち読み(Yahoo!)&第4話

(☆6月28日追記: 最終回の記事をアップ。

     ソクラテスの弁明~『鈴木先生』最終回レビュー(by哲学的対話法) )

   

     

           ☆          ☆          ☆

特番を1本半と、第3話の後半を見ただけで、2本の記事を書いてしまった、

テレビ東京のマイナー・ドラマ、『鈴木先生』。公表されてる視聴率(1、2話)

の低さだけから考えると、視聴者がほとんどいないような気もするが、ウチ

記事には続々とアクセスが入って来る。

     

   テレビ東京の学園ドラマ『鈴木先生」、マイナーだけどお勧め☆

   ドラマ『鈴木先生」、精神分析的レビュー(第1~3話)

      

その大部分は、単に視聴率を求める検索アクセスだが、3年前の『ラストフ

レンズ』のバブル的人気の3分の1くらいだろうか。昨夜22時~24時の僅

2時間で、PCだけでも423アクセス入ってるのだ。他の番組との比較はと

もかく、『鈴木先生』にも、意外なほど人気があるのは間違いない。

(視聴率は18日にようやく判明したので、この記事末尾に追記。)

       

私が本放送を最初から最後まで見たのは、日付け変わって昨夜の第4話

が初めてだが、予想を上回る出来の良さに感心した。正直、第4話の記事

は書かないつもりだったけど、Yahoo!コミックの立ち読みも合わせて、簡

単に感想記事をアップしとこう。マニアック・ブロガーとして、これほどのドラ

マを埋もれさせるわけにはいかない。『仁』の10分の1の視聴率というの

はあまりに不条理。いくら何でも不公平すぎて、見過ごせないのだ。。

      

         ☆          ☆          ☆

ではまず、Yahoo!コミックの「立ち読み」から。第1巻は、158ページ中

の78ページも無料で閲覧可能。2~5巻は10ページ、6~8巻は15ペー

ジだ。3巻でドラマに追いついたようなので、そこで立ち読みは止めた。私

は、狭い意味での「ネタバレ」、つまり、ドラマの前に原作・PR番組・TV雑

誌などで情報を得るような行為は、なるべく避けてるのだ。

      

1巻の目次は、「@げりみそ」(前篇)、「@げりみそ」(後編)、「@酢豚」(前

篇)、「@酢豚」(後編)、「@教育的指導」(前篇)、「教育的指導」(後編)と

なってる。つまり、最初の2つのエピソード(げりみそ&酢豚)を融合させた

のが、ラマの第2話のようだ。

         

教育的指導」の所は立ち読み出来なかったが、2巻冒頭に「岬事件も何

とか決着」と書いてるから、ドラマ第1話の低年齢セックスのエピソードだ

ろうと思う。あの当事者が、岬という男子生徒だった。滑稽でアブナイ「

川病」(動悸&妄想)も、言葉が2巻冒頭に登場する所を見ると、1巻終

盤の「教育的指導」か、中盤の「酢豚」(後編)で登場するらしい。

       

         ☆          ☆          ☆

さて、「げりみそ」と「酢豚」を原作で立ち読みして、すぐ目に留まったのは、

登場人物の外見。原作の鈴木先生とドラマの長谷川博己は良く似てるが、

原作の小川蘇美とドラマの土屋太鳳は似てない。明らかに、土屋の方が

魅力的だ♪ 長谷川も土屋も、キャスティング的には成功だろう。原作の

麻美とドラマの臼田あさ美は、適度に似た外見で、雰囲気的には臼田の

方が上手く翳りを出せてる。その意味で、このキャスティングも成功だ。

     

一方、内容について。原作では、立ち読み可能な1巻の中盤まで、「小川

病」は現れず、非常にマジメな物語になってる。イチイチ深く理屈を考える

点はドラマと同じだが、原作では各コマに単語が浮かび上がることはない

あのアイデアは、ドラマ独自のものだろうか。とにかく、ドラマが美少女萌

えや映像の単語で親しみやすさを醸し出してるのに対して、原作はひたす

らマジメで、古風な感じさえある。意図的なものか、原作者・武富健治の特

徴(年代、趣味など)によるものかは分からない。           

        

台詞や筋書きは、ドラマが原作を忠実に反映してるようで、原作を読んで

も既視感が強かった。ただ、「げりみそ」と「酢豚」からスタートする原作の

物語構成は、やはり非常に精神分析的だと思う。と言うのも、精神分析

「発達段階」論では、人間の最初は口唇期(口に関心が集まる段階)、

次が肛門期(or 肛門サディズム期)だからだ。その次は男根期あるいは

性器期になる。

           

ドラマでもそうだが、原作の一番最初は、食事のカットで、その後にげり

みそという攻撃が行われる。まさに、口唇期から肛門サディズム期への

移行と重なるわけだ。そして、原作の1巻終盤は、おそらくセックスの話

だから、キレイに口唇期→肛門サディズム期→性器期の流れが出来て

ることになる。

      

早くから「無意識」という言葉も使われてるし、喫煙室指導室の使い方

狭い空間で2人が深く面談)を見ても、原作が精神分析を背景に持って

るのは間違いないだろう。意識的か、無意識的かはともかく。

      

第2巻の目次は、「@人気投票」(前篇)、「@人気投票」(後編)、「@昼休

」、「@嵐の前夜」、「@恋の嵐」(その1)、「@恋の嵐」(その2)。10ペー

ジしか読めないが、ドラマ第3話で山崎先生(山口智充)が壊れる話に対

応するようだ。山崎先生は、原作マンガの方が嫌われそうな顔になってて、

納得した。山口智充だと、親しみやすい顔と体型だから、むしろ人気者に

見えてしまうのだ。

       

第3巻の目次は、「@恋の嵐」(その3~5)、「@恋の終わり」(その1~6)。

最初の10ページは、ドラマ第4話で中村がケガした直後を扱ってる。とい

うことは、この一連の恋のエピソードが、ドラマ第4話と第5話に対応して

るような気がする。実際、ドラマ第4話の終わり方は、明らかに恋の話が

続く感じになってた。ドラマの5話では、小川に対する女子生徒の嫉妬が、

何か問題を引き起こしそうな気配だ。小川が好きな相手が本当に鈴木な

のかどうかは分からないし、引き延ばしてくれた方が楽しめると思う。

   

以上、ドラマと原作の関係を、立ち読みできる範囲で簡単に見て来たが、

ドラマの最大の工夫は、あの独特のメガネかも知れない♪ 原作では、ご

普通のメガネで、いかにも型にハマった教師という感じなのだ。青年漫

画ならともかく、ドラマとしては、あのちょっと可愛いメガネと、長谷川の独

特の微笑みがポイントだろう。実際、初めて見たタイトルバックでは、全面

的にメガネの魅力を押し出してた。もちろん、じっくり人間や心を見つめ

うという意味だろう。やはり、メガネ屋で探すべきかも。。♪

     

     

       ☆          ☆          ☆

一方、ドラマ第4話の感想は、もう時間が無くなってしまったから、ごく簡単

に済ませよう。これまた、精神分析的な内容で、それが分かるためには、

歴史的背景を知る必要がある。

     

フロイトが20世紀初めに、精神分析を作り出し、それが20世紀以降の

精神医学・カウンセリングほか、様々な領域に影響を与えたわけだが、そ

直前の段階、19世紀末には、「浄化法」と呼ばれる方法が使われてい

た。英語だと、「catharsis」か「cathartic method」。これをカタカナで表現

すると「カタルシス・メソッド」で、『鈴木先生』の「鈴木式教育メソッド」を思

わせる名前だ。

      

その方法では、患者はまず、催眠術にかけられるか、寝椅子に横たわっ

て楽な状態になる。その上で、心の中に溜まったネガティブなものを、治

療者に向けて言葉などで吐き出す(=浄化する)と、症状が治まるとされ

ていた。ただしその後、吐き出すだけでは不十分と考えたフロイトは、より

洗練された治療方法&理論として、精神分析を考案することになる。

     

今回、鈴木式メソッドでは、竹地の心の中の思いをすべて吐き出させるこ

とになった。竹地は、まるで催眠術にでもかかったかのように、夢中で「テ

ンパって」、延々と語り続けたわけだ。その姿を、鈴木先生はじっと見つめ

ていた。まるで、治療者、医師、カウンセラーのように。

     

では、その結果、竹地がスッキリしたかと言うと、全く逆効果で、「最悪」に

なってしまったのだ。象徴的だったのは、竹地が最後に文字通り吐いて

まうカット。吐いた物は、やはり本人にとっても周囲にとっても汚いし、吐い

たからと言って本人がスッキリするとも限らない。少し吐いて、その見た目

や悪臭などで、余計に気分悪くなるのはよくあることだ。

        

ちなみに、竹地の「長ウ○コ」というのも、非常にカタルシス・メソッド的、

あるいはその失敗みたいなものになってた。内部の汚い物を外部に排

する行為だからだ。別の観点から見ると、口唇期・肛門サディズム期的

応であって、発達段階的な幼さを表してる。

     

         ☆          ☆          ☆

今回のラストシーンも非常に象徴的なものだった。現実としては、鈴木が

台所の流しで吐く様子が映されてた。あれを鈴木式カタルシス・メソッドと

呼ぶのは、あまりにシニカル=皮肉だが、あの時も、少しもスッキリした

感じはなかったわけだ。

     

では、鈴木はなぜ吐いたか。それは、二重の意味で、麻美というカウンセ

ラー&患者に「吐かされた」のだ。すぐ分かるのは、鈴木が麻美に強烈な

ダメージを与えられて、吐かせられたこと。でも、その前に、鈴木は秘めた

る思いを麻美に読み取られてしまってる。心の内を、「吐かされた」のだ。

      

個人的には、超能力とかオカルトのような話は趣味じゃないが、全否定す

るつもりもないし、今の時代、一般ウケしてるのも事実だろう。断トツ人気

の『仁』も、タイムスリップ時代劇なのだ。理論的・心理的で真面目な学園

物語から、あまり脱線しない範囲で、現代的味付けを施して欲しいと思う。

    

なお、あの女子生徒・中村も、原作よりドラマの未来穂香の方が可愛い

これはもう、来週も見るしかなさそうだ。ちなみに昨夜は一応、香取慎吾&

黒木メイサ&藤木直人『幸せになろうよ第5話も流し見したけど、黒木の

スタイルの良さが目に焼きついた程度。

          

夜の真っ暗な海でたたずむシーンとか、朝焼けの海岸とか、イメージ=映

像的にはキレイなんだけど、脚本=物語的には魅力を感じない。黒木には、

もっと短い台詞を喋らせた方がいいと思う。

ではまた。。☆彡

    

   

P.S. 5月18日の夜、ウィキペディアに第3話視聴率(2.5%)第4話

     視聴率(2.3%)が書き込まれた。今回は履歴を見ても出典が書

     かれてないので、やや不安が残るが、まあそんな数字だろう。ちな

     みに2話までの出典になってたスポニチHPでは、視聴率の更新

     が止まったままだ。

    

         

cf. 探し物に夢中で、ブログどころじゃない状況・・  

                         (第5話関連のつぶやき記事)

   疲れ切って帰宅、笑い転げた夜♪(鈴木先生・第6話ほか)

   自我(エゴ)、超自我、欲望~『鈴木先生』第7話 

   『鈴木先生』第8話、軽~い感想♪

   最高気温30度の季節が到来&『鈴木先生』第9話

   ソクラテスの弁明~『鈴木先生』最終回レビュー(by哲学的対話法)

    

                                  (計 4402文字)  

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ドラマ『鈴木先生』、精神分析的レビュー(第1~3話)

(☆6月28日追記: 最終回の記事をアップ。

     ソクラテスの弁明~『鈴木先生』最終回レビュー(by哲学的対話法) )

     

     

           ☆          ☆          ☆

お勧めに従って、たまたま5日の連休特番の中盤以降(第1話の後半中心)

を見た『鈴木先生』。実績も話題性もないテレビ東京のドラマだし、主役や

生徒役の俳優は全く知らない。おまけに原作マンガも、大ヒットと言うほど

のメジャー作品でもないようで、正直あまり期待せずに見たわけだが、

想以上に面白くて、つい簡単な感想記事を書いてしまった。

   

 cf.テレビ東京の学園ドラマ『鈴木先生』、マイナーだけどお勧め☆

   

ただ、放送日の月曜はもともと一番スケジュール的に詰まってる時だし、

22時からという放送時間帯は、基本的にテレビを見ない時だ。当サイトは

2年前から、ドラマ長期お休みモードに入ったままだし、もう『鈴木先生』を

見ることはほとんど無さそうだな・・・と思ってた。

       

ところが、その感想記事のアクセス状況が、最初からかなりイイ。視聴率

は相当低いはずだし、ウチの読者層ともほとんど重ならないはずなのに、

次々と視聴率や感想を求めるアクセスが入って来る。特に、信頼できる

発表が見当たらない視聴率を求める動きは強くて、「なぜ低い」とか、「ホ

ントに低いのか」なんて検索まで入って来た。

    

 (P.S. 8日に書きこまれたウィキペディア情報によると、第1話2.6%

       第2話1.9%とのこと。出典はスポニチ。

       空飛ぶイカ=紙飛行機がファンタジックだった、大沢たかお&

       綾瀬はるか『仁』第4話の20.7%と比べると、約10分の1だ。)

       

これは、少なくとも、見てる人の評価は高いなと思って、試しに土曜(7日)

の特番(第2話中心)もチェックすると、やっぱりディープで面白い☆ 弱小

テレビ局や時間帯、マニアックな内容を考えても、視聴率8%には到達しな

いだろうけど、5%くらいなら不思議はない出来だと思う。

         

という訳で、昨日の月曜日、裏のNHK教育の自転車番組が終了した後、

22時25分から、『鈴木先生』第3話を見た。ますます過激でアグレッシブ

な内容に感心したから、微力ながら再びプッシュしとこう。ただし、録画も

メモもほとんど無いし、昔みたいに本気でレビューする状況でもないので、

念のため。あくまで、軽い感想&考察のまとめ記事程度のレビューだ。

         

       

         ☆          ☆          ☆

ここまで、第1話の後半、第2話全体、第3話後半を見て、思い出したの

は、3年前の冬ドラマ『あしたの、喜多善男』だ。おそらく、『鈴木先生』の

視聴者とはほとんどカブってないだろうが、私は色んな意味で、かなり

たドラマだと思う。

    

まず、表面的な話として、どちらも主役があまり数字を持ってない。『喜多』

は小日向文世、『鈴木』は長谷川博己。それなりに活躍してる役者ではあっ

ても、激戦区のプライムタイム(19時~23時)の数字をしっかり確保でき

るほどの人気ではない。木村拓哉、福山雅治、山下智久らとは違うのだ。

また、どちらも原作の人気がビミョーだ。『喜多』の原作は、人気・実力・実

績のある島田雅彦の『自由死刑』で、私も読んで面白かったが、ヒット作品

というほどではないし、万人受けする内容でもない。

            

だから、『喜多』も『鈴木』も、世間一般でのドラマ視聴率は低いわけだが、

見てる人の評判はどらちも結構高いのだ。もちろんそれは、内容によるも

のであって、その共通点は、暗い精神世界深く描いてる点だろう。精神

医学的と広めに言ってもいいし、もう少し限定して、精神分析的ドラマと言っ

てもいい(特に『鈴木』)。

    

喜多』の場合は極端、陰の極致であって、中心テーマが中年男性の自殺

だった。一方、『鈴木』は、比較的若い大人と少年・少女における、欲望・

抑圧・深層意識・攻撃などを扱ってる。少し違う言葉を使って、両者をまと

めるなら、どちらも「下に向かう傾向」を扱ってるのだ。その意味で、「上に

向かう傾向」の強いフジテレビ・月9とは好対照だろう。。

              

          ☆          ☆          ☆

喜多善男』の場合、「下に向かう傾向」を「マゾヒズム」という別名で語って

おいた。マゾヒズムは、俗世間的には変態プレイでイメージされがちだが、

究極のマゾヒズム自殺願望だということは、100年前から既に指摘され

ている。自殺、つまり自分で死ぬことを求めるということは、自分によって

虐待されることを欲するということ、つまり被虐性の欲望だ。性的欲望かど

うかはともかく。

             

鈴木先生』の場合、「下に向かう傾向」は、もっと広がりのある形で示され

ている。まず、遥か年下の少女に向かう、秘められた性的欲望。対象が年

「下」だし、心の「下」=奥の方へと、常に呼び戻されるのだ。それは、世間

的、社会的に「下」の世界に近づいてしまうことでもあるし、「上」の立場で

「下」を攻撃することでもある。さらに、物語は常に、心の「下」=奥とのつな

がりを示している。「深層意識」のようなものを指す言葉として、フロイトらに

よる「無意識」が有名だが、同時代のジャネは「下意識」と呼んでたわけだ。

        

具体的に見てみよう。ドラマ全体は、教師を中心とする学園ものであって、

鈴木(長谷川)にせよ、山崎(山口智充)にせよ、ここまでずっと、男性教

師(上の立場)による女生徒(下の立場)への性的欲望に覆われている。

特に、スペシャルファクターと呼ばれる、大人びた知的美少女、小川蘇美

(土屋太鳳)への性欲。

             

一方、第1話の中心的エピソードは2つ。男子生徒による女子小学生への

性的行為と、男子生徒による低学年のクッションの切り裂き。もちろん、クッ

ションとは、柔らかく女性的で、自分の思いのままになるもの。つまり、9歳

の女の子の比喩=メタファーになってる。 

      

続いて、第2話の中心的エピソードは、給食のマナーと献立。食べる時に

左手を添えずにはいられないし、添えない他人を見るだけでも我慢できず、

幼児的な攻撃を行ってしまう男子生徒。あるいは、死んだおばあちゃんの

味を思い出すからと言って、やや不人気な酢豚にこだわる女生徒。どちら

下の意識に支配されており、同時に、過去=下の年代の記憶に縛られ

てもいるわけだ。

     

         ☆          ☆          ☆

さらに、第3話。女生徒が行った先生の人気&不人気投票と、男性教師

の風俗店通い&嫉妬がメイン・エピソード。投票はもともと、嫌いな(=

置付けが下の)教師を攻撃するためのものだが、結局は跳ね返って、感

心しない企画を実行した女生徒自身を攻撃することになる。

        

つまり、意図しないサディズム=マゾヒズム的な交錯・反転が生じてるの

だ。実際、首謀者は、もともと好意を抱いてた他の女生徒とも、気まずい

仲になってしまったようだ(前半を見てないので公式HPからの推測)。

       

一方、山崎先生による攻撃的言動も、風俗店でのマゾヒスティックな行

動と表裏一体になっている。ただし、女生徒と違うのは、大人であるゆえ

に、それが意図的に行われてる点だ。欲望と嫉妬による攻撃的衝動は、

本来は他人(女生徒や同僚教師ら)に向けられるべきものだが、大人

して、あまりそういった事は前面には押し出せない。いわゆる「超自我」

が発達してるので、現実世界で「エス」(根源的衝動)に溺れることなく、

自らを自動的に抑えてしまうのだ。

        

抑えられた攻撃的衝動は、現実の他人へと向かうことが出来ず、非現

の世界(風俗店)で、自らに向かうことになる。つまり、好きな女生徒(おそ

らく小川)と同じソックス(身体の一番下の衣服)を店員に履かせ、その足

の更に下へと潜り込み、頭(身体の一番上)をすり寄せて、恍惚感に浸る

ことになる。サディズムからマゾヒズムへの意図的な転化だから、二次的

マゾヒズムという言葉を使ってもいい。    

       

マゾヒズムは、フェティシズム(足フェチ)としばしば結びつく。それは、

な自らを崇高な対象の下に置きたいからだ。その対象が足=脚(身体の

下部)である時には、特にマゾヒズムと結びつきやすい。男性性器との身

体的・発達論的類似を考えて、男根=ファルスという言葉を使うことも可能

だ。視野を文学まで広げるなら、ウチでは以前、谷崎潤一郎の足フェチ

ついても、マゾヒズムと結びつけて論じている。代表作『春琴抄』は、足型

の墓石の下に眠りたいという、過激な内容なのだ。

      

ここで、あのソックスの特徴についても付言しとこう。赤いワンポイント

刺繍のある、白いハイソックス。明らかに、女子高生以下の女の子用の

ファッションで、特に赤の刺繍は珍しいだろう。あれは、処女性とか初体

の象徴になっている。

            

最近では、去年の秋ドラマ『流れ星』第5話で、「初夜」の婉曲表現として、

白いシーツと赤い花ビラが使われてたのを思い出すし、精神分析の創始

者・フロイトの『精神分析入門』に書かれた症例にもある、象徴表現だ。こ

う考えると、なぜ第1話であれほど処女にこだわっていたのかも、納得し

やすいだろう。

        

そう言えば、昨夜の月9『幸せになろうよ』でも、白と赤が効果的に使われ

ていた。捨てられた若い女・黒木メイサの終盤の服装は、上が白で、下が

赤のミニボトム(ショートパンツか)。それに対して、藤木直人によって選ば

れた女は、ラストシーンで妊娠していた。この場合、赤は処女性の表現で

もあるし(直前のお見合いデートも含む)、心の深い傷(血のような涙)の象

徴でもあるだろう

         

最後に、鈴木先生自身も、明らかに「下に向かう傾向」を示していた。妄想

シーンでは、小川によって下の世界に連れ込まれそうになっていたし、きち

んと座る小川に対して、ひざまずくようにして下方からすがりついていたの

だ(幻想)。ただし、現実世界で「向こう側」に完全に行ってしまうことは必死

に拒否する。その意識的・良識的努力が成功するかどうかは分からないが。

なお、些細な事に一生懸命になるという鈴木の性格は、神経症的でもあるし、

分析技法的でもある設定だと、指摘しておこう。。

     

           

         ☆          ☆          ☆

ここまで、残念ながら触れることが出来なかったのが、麻美(臼田あさ美)

だ。私が見てない箇所で色々と重要なシーンがあったようで、細かい話は

出来ないが、明らかにカウンセラー=分析家の位置にいる。その場合、

者が鈴木先生だ。

     

しかし、相談的意味合いの強いカウンセリングならともかく、本来の精神

分析では、分析家自身も患者であるという考えが初期からハッキリとあっ

た。もちろん、フロイト自身が神経症患者だし、分析家自身の欲望や無意

識も問題にされて来たわけだ(逆転移分析、教育分析など)。

       

その意味で、カウンセラーの位置にいる麻美が第3話で大きく崩れた(らし

い)のは、非常に興味深い。相談を受ける側、支える側が崩れてしまう

定としては、9年前のドラマ『First Love』も思い出される所だ(渡部篤郎、

和久井映見、深田恭子)。

       

個人的には、山崎先生=ぐっさんが学校から去ったのは残念だが、あのま

まにするとも思えないから、何らかの形での復活に期待しよう。ちなみに、

来週の第4話の予告を公式HPで見ても、また女生徒の白いシャツに赤い

が滲んでいる。映画や小説ならともかく、テレビドラマでそこにあまり執着

するのは不利だと思うし、個人的にも苦手だが、数字より型破りやインパク

トを狙うのなら、アリなのかも知れない。私がガマンできるかどうかはともか

くとして。。

   

とにかく、この『鈴木先生』というドラマは、『喜多善男』と並ぶ問題作で、テレ

東には頑張って欲しいと思う。レビューや感想記事はともかく、見るだけな

ら、今後も続けるかも知れない。

とりあえず、今回はこの辺で。。☆彡

           

     

cf. テレビ東京の学園ドラマ『鈴木先生』、マイナーだけどお勧め☆

   『鈴木先生』原作コミック立ち読み(Yahoo!)&第4話

   探し物に夢中で、ブログどころじゃない状況・・ (第5話関連つぶやき)

   疲れ切って帰宅、笑い転げた夜♪(鈴木先生・第6話ほか)

   自我(エゴ)、超自我、欲望~『鈴木先生』第7話

   『鈴木先生』第8話、軽~い感想♪

   最高気温30度の季節が到来&『鈴木先生』第9話

   ソクラテスの弁明~『鈴木先生』最終回レビュー(by哲学的対話法)

   『鈴木先生』映画公開記念、原作漫画ネット無料立ち読みの感想

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   母を抱擁するマゾヒスト~『あしたの、喜多善男』第2話

   谷崎潤一郎『春琴抄』とマゾヒズム   

     

                                 (計 4954文字)

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合理的選択理論に則して、早めに就寝♪

(8日) リハビリRUN16km,1時間21分28秒,心拍145

     雑用JOG 0.6km,4分程度

(9日) 飲酒通勤JOG 3.2km

         

ダメ! もう眠くて無理。これはもう、病的な眠さだなぁ・・・とか書きたい所

なんだけど、実は今日は久々にビールを飲んで来たのだ♪ と言うか、飲

まされたというか。昨夜もブログのせいで、3時間しか寝れなかったのに。

    

私は遺伝的にアルコールに弱いけど、飲むのは好きだし、バーも居酒屋

も基本的に好きだ。でも、5年半前にブログの毎日更新を始めてからは、

たまにしか飲まなくなった。飲むと眠くなって、更新が出来なくなるからだ。

ところが今日は、仕事関係で急に目の前にビールとグラスが登場したか

ら、飲まなきゃいけなくなったわけ (^^ゞ ま、社会人なら誰でも経験があ

ることだろう。

     

おまけに、アルコールが入った状態で、飲酒通勤ジョギングなんていう非

常に感心しないことまでやってしまった。皆さん、真似しないように♪ こ

れ、医学的にどのくらい健康に悪いのか分からないけど、そんな事より

危ない! 車の多い道の脇とか走ってると、フラフラッと車の側によろめ

きそうになる。まあ、飲んだ量が少なかったから良かったものの、もうちょっ

と飲んでたらヒヤッとする場面があったかも知れない。

    

          ☆          ☆          ☆

で、帰宅後はすぐに寝てしまった・・・と書けないわけよ♪ 意地でも最低

限の記事の形を作るわけ。藤木直人&松下奈緒『CONTROL』目当ての

アクセスがそこそこ入ってるのは分かってるけど、毎回視聴率各年平

均視聴率のグラフの更新だけで精一杯だ。

          

ま、熱烈なファンの方々には申し訳ないけど、やっぱりこうゆう視聴率になっ

ちゃったでしょ。初回が凄く高くて驚いたけど、12~13%くらいのドラマだ

と思う。第8話と第9話も、わざわざ前後篇にすることもない。急に全11話

が決定したから、1話分の撮影で2話作ったんだろう、とか言うと、言い過

ぎか♪

     

肝心の南雲準教授の心理学も、合理的選択理論なんていう平凡な話じゃ、

コネタに使うことさえ出来ないわけ。人間の行動には、周囲には分からな

くても、当人にとっての理屈が働いてることがよくある。ただそれだけの事

を、経済学その他が専門用語を付けて大げさに扱ってるわけで、そもそも

当人にとっとの理屈さえ無いことが多いと思ってる私にとっては、書く気が

しないのだ・・・とか言いつつ、この程度なら書いてたりする♪ 

    

心理学や精神医学の分野では、昔から別の名前で問題にされて来たは

ず。例えば、精神病理学者ヤスパースの「(発生的)了解」なんて専門用

語が議論を呼んだこともあった。精神疾患における、訳の分からないよ

うに見える行動・発言の発生でさえ、基本的には心理的に納得できる形

で理解することを言う言葉。ただし、それが不可能なこともあるから、その

場合には機械的に、「あの原因の次にはこの結果が起きる」とか、「因果

的説明」を行う。

     

でも、了解できるものと出来ないものの区別が曖昧過ぎるし、了解するこ

とがなぜ因果的説明よりもいいのかも微妙な問題だ。結局、その後の現

代精神医学では、意識の世界の了解はあまり重視せず、むしろ薬と意識

の間の因果関係を重視するのが主流になってる。

    

とにかく、意識世界と行為の間の理屈は、それぞれの場面で存在するかし

ないかが微妙だし、仮に(一応)あったとしても、それ考えて本当に役に立

つのかも問題なわけだ。もちろんドラマでは、心理学が活躍する形を作ら

なきゃいけないから、南雲が犯人の「合理的選択」(理屈)を考えて、犯人

が誰かを見抜くことになった。自分がリフォームした家なら中のことがよく

分かるという理由で、狙う家を合理的に選択してたってお話だ。

    

ちなみに、たとえ合理的選択を試みた所で、結果が合理的なものかどうか

は全く別問題だ。それは、最先端の数学(金融工学)が用いられてたのに

大失敗したリーマンショックを思い出すだけで分かることだし、時々話に出

て来たゲーム理論なんてものを考えると、事の難しさがよく分かる。

   

・・・とか書いてる内に限界が来たから、もう寝よう。寝不足で酔ってて、明

日も仕事があるから、ブログにハマることなく早めに寝る。しかも、ここ最

近は手間暇かかる記事を連発して、生活のバランスが崩れてるから、今

夜の正しい行動は早めの就寝なのだ。これぞ、合理的選択であって、南

雲教授も微笑んで頷くだろう。。

    

 

       ☆            ☆            ☆

とはいえ、走りについても軽く書いとく方が、ブログのタイトル「テンメイの

RUN&BIKE」と照らし合わせて、合理的選択だろう♪ 昨夜は、腰痛ハー

フから2日目で、走れるかどうか不安だった。非常に珍しく、走る前に腰回

りのストレッチをした後、まずウォーキングもどきで足慣らししてスタート。

まだ腰に変な神経痛が残ってて、かなり怖い状態だったけど、ゆっくり走る

亭でなら一応可能で、ホッとした。

    

またハーフ走ろうかと思ったけど、時間の関係で自重して16kmのみ。トー

では1km5分06秒。遅いけど、腰痛リハビリランだから仕方ないね。ホ

ントは今夜もちゃんとリハビリランの予定だったのに、通勤ジョグだけで終

わってしまった。私が悪いのではなくビールが悪いのだ、と考えることによっ

て、苛立つことなく安眠を得ることが出来る。これぞ、合理的思考ってもん

だろう♪ 

        

フーッ、何とか最後まで頑張ったぞ! それにしても、レスし終えてないコメ

ントが4つ溜まったのは、久々かも。「ラスフレバブル」以来か、あるいは

『ブザー・ビート』食女子騒動以来か♪ ではまた。。☆彡  

        

  往路(2.45km)   13分22秒  平均心拍123         

  1周(2.14km)    11分31秒        133       

  2周             11分06秒        144 

  3周            10分52秒        148

  4周             10分47秒        151

  5周            10分32秒        153

  6周(0.4km)        1分53秒         154

  復路              11分25秒        155     

計 16km  1時間21分28秒  心拍145(79%) 最大160(ゴール時)

     

                                  (計 2414文字)

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作られた記憶、目撃者の証言~心理学・法・歴史の結び目

(22日) 雑用JOG 3km,18分程度

ダメだ。どうしても時間が無いホントなら最低でも5時間くらいはかけるべ

き重要な内容だけど、今回は差し当たり、短時間でサラッと書いとこう。

ずれ別記事で、似たような内容をもっと本格的に書くことになると思う。

     

昨夜の藤木直人&松下奈緒『CONTROL』第7話では、感情の「反転極化

という心理学用語(?)が登場した。すぐに検索したけど、ほとんどネット上に

は見当たらない。英語でも、「reversal polarization」とか色々試してみたが、やっ

ぱりダメで、むしろ物理学の分野で、「極性」の変化に関して使われるようだ

(polarization reversal の方が用例が多そう)。

         

1日経った今だと、ウチの昨夜の記事も含めて、ドラマ記事が5つヒットす

るから、私の聞き間違いでもなさそう。まあ、常識とドラマの文脈を考え合

わせると、感情がしばしば反転して極端になるという、ありふれた意味だ

ろう。ドラマもそうだけど、特に対人関係で多いと思う。今回のドラマと同じ

く、好きな相手に冷たくされた場合とか。

       

という訳で、これで今日はおしまい・・・と書きたい所だけど、反転極化より

遥かに重要な話が含まれてたから、そちらについて軽く書いてみよう。

      

     

          ☆          ☆          ☆

昨夜のサブタイトルは、「作られた記憶と疑惑の目撃者」だ。ここには2つ

の要素が関係する。記憶という心理学的なものと、目撃証言という法的

なものだ。我々の記憶がしばしば不正確だったり間違ってたリする点につ

いては、誰でも経験があるだろう。でも、事件捜査や裁判という状況では、

目撃者の記憶にもとづく証言が重要な役割を果たす。

      

だからここには、根本的に矛盾があるわけで、不確かなものを重視せざ

るを得ない。そこで、どちらの側に傾斜するかを巡って、しばしば(感情的

な)激しい対立が生じることになる。ドラマでも、心理学の南雲教授(藤木)

に対して、捜査官が激しく反論していた。あれは、実社会でも珍しくない

ことなのだ(特に訴訟社会・アメリカ)。

      

実験室と現場には、確かに大きな違いがある。一般に人間に関わる

は、人工的に作った状況で、数十人~数百人で行うことが多い。医学

のように、膨大なお金と命が関わる世界だと、もっと大規模な実験(治験)

が行われるけど、心理学では数十人しか参加しないのが普通だろう。そ

こから、一般的知識を導くのだから、批判や反論が多いのも当然だ。

     

それに対して、捜査や司法の現場は、現実に起きた個別の出来事(事件・

争いなど)を相手にするものだし、必ずそれなりの結果を出すことが要求

される。当然、その出来事だけに関わる特別な目撃者たちが重要になる

し、「彼らの目撃証言は間違ってる」と指摘するための決定的な証拠も無

いのがフツーだ。

    

この点について、ドラマを思い出してみよう。『CONTROL』の場合、心理

学者が主役の一人だし、人気俳優でもあるから、心理学が正しいという

で物語が進む。つまり、目撃者の証言はあてにならないという知識が勝

つように、脚本が「作られてる」のだ。実際の事件の後、目撃者の同意も

得ないまま、知らない内に別の実験に参加させ、男と女の見分けを間違え

させる。そこで目撃者は、実は事件の際にもよく分からなかったと打ち明

けて、心理学の勝利となる。

    

けれども、このドラマの中でさえ、別に男女の見間違えは決定的な意味

を持ってない。事件の際には間違えてないけど、今回は間違えた。それ

で押し通すこともできるのだ。そもそも、1回間違えただけで証言の意味

が無くなるのなら、誰一人として証言者にはなれないことになる。あれは、

あくまで、主役を立てる流れにしてあるに過ぎないことを指摘しとこう。

        

          ☆          ☆          ☆

では、肝心の心理学で、実際の研究はどうなってるのか。実は私の手元

110223c

  に、以前から左の本

  がある。『現代のエス

  プリ 350』1996年

  9月号(至文堂)だ。

  心理関係では有名な

  雑誌で、「エスプリ」

  とはフランス語で、

  精神や機知を表す単

  語(esprit: 英語なら

  spirit)。

   

  この号のテーマは、

まさに「目撃者の証言」となってて、副題には「法律学と心理学の架け橋

とある。本と、ドラマと、私の興味とが一つに交わってるのが分かるだろう。

つまり、結び目を作ってるわけで、だから本当は、この記事は時間をかけ

て書きたかったのだ。

     

ボヤキはともかく、両方面の学者の興味深い研究論文が掲載されたこ

の書物を、全体的に見渡して言えることは、「難しい問題だ」ということに

尽きてる。話の内容は少しも難しくないどころか、むしろ単純だろう。どう

受け止めて、どう活かすのか、現実的な向き合い方が難しいのだ。

    

ドラマの南雲教授は、思い込みの確信によって記憶の断片を再構成して

しまう危険性や、「誤った判決の50%が間違った目撃証言」によるものだ

という統計データを持ち出してた。でも、そんな大がかりで複雑な統計デー

タをどうやって計算するのか、少し考えるだけで、非常に疑わしい説だと

いうことは分かる。たった一つ、足利事件を思い出すだけで、判決の間違

いの原因が何なのか、非常に複雑なことは理解できるだろう。

     

独断、偏見、先入観、思い込みなどで、記憶が書きかえられることを示

すのは、実験的にも日常的にも簡単なことだ。でも、代わりに何を信頼

するのか。あるいは、正しい記憶と間違った記憶をどう分けるのか

   

凶器とか、犯行現場のビデオとか、単純で決定的な物証だけで済むのな

ら、話は早い。けれども、実際の捜査や裁判は遥かに複合的なものだし、

トラウマ(外傷)とか幼児虐待とか、遥か昔の記憶が中心的要素になる

場合もある。

     

トラウマ関連(PTSDも含む)では、まだ一般にはほとんどの人が、「被害

者」の証言を信用して、「加害者」を憎む傾向が圧倒的だ。これはドラマを

見てもすぐ分かることで、例えば『ラストフレンズ』第7話では、タケル(瑛

太)が姉にイタズラされたことを想起してた。

         

この際、ウチでは直ちに、その記憶が間違ってる可能性を指摘したが、

そういったサイトは他に(ほとんど)見当たらなかったし、ドラマの筋書き

としても、それは正しい記憶として扱われてたわけだ。その点では、『イノ

セント・ラヴ』の佳音(堀北真希)でも同じこと。脚本家も視聴者も、その

記憶が間違ってる可能性を考えることはほとんどないのだ。もちろんウ

チでは、この時にもハッキリ指摘しておいた。

     

          ☆          ☆         ☆

捜査や裁判以外でも、目撃証言が非常に重要になる場面があるわけで、

その最たるものは、歴史認識だろう。国によって、民族によって、人によっ

て、しばしば激しく認識が衝突するのは周知の通り。ホロコースト(ナチス)

にせよ、いわゆる南京大虐殺でもそうだ。そういった極度にデリケート

場で、心理学者が不用意に「記憶はしばしば間違ってる」などと発言する

と、笑われるとか無視される程度では済まない。

           

その意味で、目撃証言や記憶の間違いの研究の第一人者とされる、エリ

ザベス・ロフタス(Elizabeth Loftus)という現役の女性心理学者は凄いパ

ワーを見せてる。幼児虐待や国際犯罪を扱う場に積極的に出て、発言

てるようなのだ。代表作『目撃者の証言』の原著は1979年。30年も前だ

が、日本なら今現在でも、そこまでパワフルに活動する心理学者はいな

いと思う(精神医学者による精神鑑定は別)。当然「被害者」側には評判

が悪いはずで、情緒的傾向が強い日本社会だと特にそうだろう。

           

という訳で、今日はもう時間だ。作られた記憶とか、目撃者の証言といっ

た領域が、非常に複雑でデリケートな分野だということは示せたと思う。と

てもドラマのように、心理学者が捜査官や目撃者をやりこめてしまうような

分野ではないし、実際はほとんどの人が、目撃証言の方を重視するのだ。

          

それは必ずしも、間違った態度ではない。心理学の知見そのものが、僅

かな人間を人工的に調べただけのものだし、そもそも、実験的に一般論

を導くプロセスそのものが、データを「作り変える作業」なのだから。当然

そこにも、独断・思い込み・先入観などが入り込む余地があるのだ。さらに

言うなら、データ自体にもそうした要素が紛れ込む可能性がある。記憶ど

ころか、現在の知覚にも、機械的記録にも、それなりの弱みはあるのだ。

            

残念ながら、時間が無くなった。ちなみに、昨夜の走りは、例によって少

し遠くの郵便局まで、夜中に往復ジョギングしただけ。エステ記事に予想

外の時間を取られてしまったのだ (^^ゞ 今日はもともと休む予定だった

から、走らなくてもいい・・・ってことはないな♪ 仕方ないのだ。とにかく、

今日の所はこの辺で。。☆彡

          

     

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cf.単なる日記&『CONTROL』第1話の感想(辛口♪)

   D・モリスの「自己親密行動」(self-intimacy)など (第2話)

  人間は期待通りに成長する~ピグマリオン効果(教育心理学) (第5話)

  完結してない行動の方が記憶に残る~ツァイガルニク効果 (第6話)

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  藤木直人主演・助演ドラマ、視聴率の推移&『ホタルノヒカリ2』第6話

                        

                                 (計 3752文字)

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