美知留、まだその携帯使ってんの?
うん
捨てなよ その携帯 それが鳴るたんびに こっちもビクッとする
美知留があいつに付け狙われてるような気持ちになる
・・・わかった 捨てるね
待って! いいよ 捨てなくていい
もうこんなのヤダ これじゃまるで あなたの彼のやってる事と変わんないよね
瑠可・・・
ちょっと走ってくる
☆ ☆ ☆
ウチでは第3話、第4話と、独自の主張を打ち出して来た。岸本瑠可(上野樹里)
は切なくて、及川宗佑(錦戸亮)は悪い暴力男、藍田美知留(長澤まさみ)は早く
彼から逃げるべきだ。。こうした「フツーの」見方が余りにもネット上に溢れかえっ
てるので、多少バランスを取るためにも、また知的挑発の意味でも、あえて全く
逆の見方をきっちり示したのだ。あらためて、要約してみよう。
宗佑の暴力その他は、確かにやり過ぎで問題だ。でも瑠可だって、
宗佑から美知留を横取りしようとして負け続けてる性悪の「男」でも
ある。また宗佑は、そこそこマトモでかなり我慢してる被害者でもあ
る。さらに、人はみな何らかの種類の暴力と共に生きてるのであっ
て、宗佑が身体的暴力を多少ふるったからと言って、宗佑だけが
悪者でもないし、美知留が別れたり逃げたりする理由にも必ずしも
なってない。。
こうした過去2週間の主張は、既に数千人の訪問者を集めてるし、きっちり読ん
だ人に限っても数百人に達してるだろう。でも、全体から見ればまだゼロに近い
影響力にすぎないのだ。視聴率約16%ってことは、日本の人口が約1億3000
万だから、単純計算で視聴者は2000万人。少なく見積もっても数百万人はい
ることになる。放送とか世論のこうした規模と比べると、マニアックブログは数千
分の一以下。ちょうど、性同一性障害(推定で約1万分の1)と同じくらいの超~
少数派なのだ。
実際、公式サイトの長澤まさみのインタビューを見ても、ごくフツーの考えで、周
囲のスタッフにも同様の考えが多いことが感じ取れる。また、昨日全く偶然見か
けた錦戸ファンのブログにも、あの第4話の後でさえ圧倒的に肩身の狭い思い
をしてることが書かれてて、思わず苦笑してしまった。瑠可が無理やり、美知留
を宗佑から引き離して、シェアハウスに閉じ込める「暴力」をふるったことさえ、
ほとんど理解されてないのだろう。失敗した瑠可自身が罪悪感で落ち込んでる
様子をモノローグしてたというのに。。
おそらく、今回エリ(水川あさみ)が美知留に鍵を渡したことに含まれてる暴力
性、つまり束縛の意味も、あんまし伝わってないんだろうね。美知留が持った鍵
の映像が、直後のタイトルバックの赤いテープとぴったり重ねられてたことの意
味が、どれほど伝わっただろうか。シェアハウスの鍵を渡すこと、鍵マーク入り
のマグカップをプレゼントすること、これらは友情の証であると共に、善意の束
縛の象徴でもある。やがて第1話冒頭の、「あの恐ろしい出来事」や「あの死」に
つながって、赤い血の流れを生み出してしまうかもしれないのだ。
という訳で、既にある程度同意してくださってる方、自分で見えてる方には申し
訳ないけど、今回もまた同様の主張を打ち出そう。記事の具体的内容はまった
く違ってるので、悪しからずご了承を。。
まず、この記事冒頭に引用した、美知留&瑠可のやり取りを見てみよう。まる
で、脚本家の浅野妙子の苦笑が目に見えるような台詞だ。大衆娯楽の代表の
テレビドラマだから仕方なく書いてることで、これが映画なら、あるいは少なくと
も文学なら、明らかに説明過剰なのだ。「そこまで言わなくても分かるわ!」と突っ
込みたくなるほどあからさまに、瑠可のネガティブな側面が語られてる。
今回の携帯捨てろ事件に限らず、瑠可がやって来たことを客観的に見れば、あ
んまし「彼のやってる事と変わんない」し、瑠可自身もそれに気付いて自分に苛
立ってるのだ。だからシェアハウスを飛び出して、自転車のダンシング(立ちこぎ)
で夜の坂道をガンガン登ることになってたのだ。
でも、これだけ明白な描写でも、まだ世間の状況はほとんど変わらないだろう。
そこには色んな理由や事情がある。上野がドラマ視聴者の多くと同じく女性で、
しかもキレイに映されてること。それに対して、男性の錦戸はホラー的に映され
ることが多くて、ハサミを持ち出したりスタンドを壊したり、過激なことを何度かやっ
てしまってること。DV(ドメスティック・バイオレンス)は、女性が擁護されるべき
被害者で、男性が罰せられるべき加害者だという見方が、ここ10年間、女性
(特にフェミニスト)の側から流布され続けてること。発言力のある女性には、身
体的暴力に対する抵抗感が強いこと。社会的な同調圧力の強さ、等々。。
そこで、ウチでは第3話で、瑠可をルークという名前の男だと考えれば違って見
えて来る、という簡単なアイデアを提示した。これはそこそこインパクトがあった
ようで、「瑠可 ルーク」なんて検索がたまに入るたびに、ニヤッと笑ってる♪ 面
白いことに今回、瑠可はアメリカの大会に出たいなんて事も言ってたけど、向こ
うに行けば「ruka」の発音は「ルーク」に近くなるだろう。第1話の冒頭、妊娠した
美知留が田舎に引っ込んでる時点で、瑠可は「そっち」=アメリカに行ってるなん
て可能性も出てきたってことだ。最終回でアメリカ人が「ルーク」と呼びかけるシー
ンが映ったりしたら、私はまたニンマリと満足するだろう♪
ルークに続いて、今回もまた、別の簡単な指摘をしてみよう。それは、現実社会
にはBGMも効果音もないってことだ。テレビや映画というフィクション=虚構では、
たとえドキュメンタリーやニュースであっても、BGMや効果音で視聴者の判断を
誘導することが多い。ラスフレだと、瑠可には明るい音や切ない音、宗佑には暗
い音や不気味な音が割り当てられてしまう。ドラマで起きてる事を現実的に考え
るためには、こうした虚構の音を(頭で)消したり、逆の音を(頭で)流したりする
のも効果的だろう。
例えば、瑠可が携帯を捨てろと言ったシーン。タケル(瑛太)とエリはとまどった
表情で沈黙。美知留が「捨てるね」と言うまでは静かなままで、その後ちょっと不
穏な音が流れるだけだ。あそこで、最初からハッキリとネガティブなBGMが流れ
てればどうだろう。瑠可のイメージは変わるはずだ。まして、タケルやエリが「そ
れはやり過ぎだろ」とたしなめてれば、瑠可の印象はさらに宗佑に近づいたは
ずなのだ。
エリがタケルに、セクハラ的なDV(家庭内暴力)をふるった際も、その暴力のネ
ガティブさを消すかのように、温かい音楽でフォローされている。エリがやった強
引なキスは、宗佑がベッドで美知留を押し倒したのと同種の行為なのに、音が
視聴者を明るくさせてるのだ。宗佑の時には犯罪的音楽が流れてるのとは全く
対照的。もちろん、初回の瑠可のキスなんてのも同じこと。ずっと静かで、キスと
同時に宇多田ヒカルの主題歌『Prisoner Of Love』が切なく流れるだけ。やって
るのが女性だし、美しく映されてることもあって、DVなんて印象はかけらもない。
あるいは、美知留が瑠可に、何で好きな人に思いを伝えないのかと迫った瞬間
なんてのも、ほとんど暴力的に瑠可を傷つける無邪気さだ。伝えられなくて長年
苦しんでるのに、伝えろと強いられてしまった瑠可は、かなり感情的な言葉と表
情で応答してた。それでもBGMは、主題歌が切なく流れるだけ。もどかしいほ
ど無邪気な女の子の可愛いイメージが保たれてしまう。DVとは、近親の「異性」
間での意図的でない言葉の暴力も含まれてるはずだけど、あの美知留の言葉
に、広義のDV的側面を見てとった人がどれだけいただろうか。なんなら、岸本
家でチクチクと瑠可を突き刺してた、もっと女らしくって感じの母(朝加真由美)
の言葉も加えてもいい。
非常に重度のDVのほとんどが、男性から女性への肉体的暴力だと言うのなら、
それはそうなのかも知れない。ただ、DV論者たちも、あまり話を絞り込みたくは
ないはずだ。そこで話を広げると、今度は曖昧で複雑になってしまう。とにかく、
歴史の非常に浅いDVという概念は、今言われてるほど単純なものではなく、か
なり厄介なのだ。男性のDVだけを声高に悪者扱いする人達に、そうした複雑
な問題への意識がどれだけあるのだろうか。そもそも、2005年に内閣府が実
施した「男女間における暴力に関する調査」を見ると、男性でも女性の半分くら
い、10人に1人以上の身体的暴力経験者がいて、沈黙したままじっと我慢して
るというのに。ま、男の私が言っても、耳に入らないんだろうけどさ。。
☆ ☆ ☆
ここで、精神医学的な観点から状況をとらえ直してみよう。DVというのは、現在
の国際標準となってるマニュアル・DSM-Ⅳ-TR(Diagnostic and Statistical
Manual of mental disorders,4th edition,Text Revision)= 精神疾患の診断・
統計マニュアル・第4版・テキスト改訂版,原書2000年)を見ても、独立した精神
障害とは認められていない。様々な疾患から生じる具体的症状の一つとして扱
われてる感じだ。
ただ、ドラマや現在日本の状況を見てると、宗佑はいわゆる「ボーダーライン」
ではないかという気がしてる。これは、歴史を遡ると、元々は重い精神病と軽い
神経症の境界(ボーダーライン)の障害を言う言葉であった。けれども、複雑な
経緯を経て、今では文字通りの「境界」という意味は希薄化。マニュアルの「境界
性パーソナリティー障害」(2003年までの訳語は境界性人格障害)を表すこと
が多い、曖昧な言葉として使われるようになってる。
このボーダーラインの診断基準をマニュアルで調べてみると、かなりよく宗佑に
当てはまるのだ。「見捨てられることを避けようとするなりふりかまわない努力」、
「自己を傷つける可能性のある衝動」的な「性行為」、「自殺の・・・脅し、または
自傷行為」、「感情不安定性」、「不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困
難」。ボーダーラインは、女性が4分の3を占めると言われてる疾患だけど、残
り4分の1は男性だから、宗佑がそうであっても不思議はない。DVは、境界性
パーソナリティー障害の一つの症状、現れってことだ。
このボーダーラインについて、約670ページにもわたる詳細な『精神医学ハンド
ブック』(創元社,1998)を見ると、日本を代表する精神分析家・小此木啓吾が興
味深い項目を執筆していた。「ボーダーライン・カップル」。どちらか一方がボー
ダーラインのカップルの事で、もう一方が自己愛パーソナリティー障害の場合に
は、一定の安定した関係性が継続されることがあるらしい。つまり、自己愛人間
はボーダーラインを支えることで、自己をより良く愛せる。また、カップルが一体
化することで、強い自己愛が相手への愛にもなりうるわけだ。ただし、その安定
状態へ第三者の妨害があると、一気に関係が崩壊してしまうこともあるとの事。
どうだろう。余りにもピッタリ当てはまると思わないだろうか。ボーダーラインの
宗佑と自己愛人間の美知留がそれなりに上手くやってるところへ、瑠可の妨害
が入ったために一気に崩壊してしまった。こう考えると、ドラマともウチの主張と
も合ってるし、「被害者」宗佑の今回の怒りもそれなりに理解できるだろう。
「何でこんなになっちゃったんだ。こんなにした奴が憎いよ。ただじゃおかない」。。
☆ ☆ ☆
こうして、それなりの安定を壊されてしまったボーダーライン・宗佑の怒りは、性
同一性障害・瑠可へと向けられる。来週は、瑠可の障害を書いたビラがまかれ
てしまうようだ。まさか、閑静な住宅街に目立たない形で小ギレイに開業してた、
「メンタルクリニック・おくでら」の精神科医がまいたわけじゃないでしょ♪ 宗佑
がバラまいたんなら、結局はナイフでの自殺は未遂に終わったってこと。まあ、
まだ連ドラの中盤だしね♪
さて、もう時間だから、唐突に終わりにしよう。その前にふと、全然違うことが頭
に浮かんできた。キレイな家で美味しいものを食べる幸せそうな姿とか、暗い部
屋でおかゆの茶碗を投げつけて割る不幸せな姿。そうしたドラマの映像を創っ
たり楽しんだりする先進国の陰には、急激な食料難に直面している途上国の現
実がある。ここ数年の、商品価格高騰という名の世界規模の暴力、あるいは苦
悩の凄まじさに比べると、ラスフレの内容や見てる我々が牧歌的に感じられてし
まうのは気のせいではないだろう。
少なくともモトクロスが、貴重で高価な燃料その他を浪費して、自然と人間を破
壊する暴力的スポーツだということを、忘れないでいようと思う。だからいけない
と断定してるのではない。我々は、ネガティブなものと共に折り合いをつけなが
ら何とか苦労して生きてるのだ。その大変さを自覚しようってだけのこと。次の
美知留の簡単な言葉は、シニカルに響いてた。
「人生って、簡単じゃないよね」。。ではまた。。☆彡
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P.S.瑠可が一気にカウンセリングまで行くとは、思ったよりも早い展開だな。
その影響で、今回の瑠可の台詞は、赤色じゃなくて青色で表してみた。
バイクの活躍の「後にやりたい事もある」っていうのは、もちろん性同一
性障害の身体的治療のことだろう。ホルモン投与、乳房切除、そして、最
終的には性別適合手術。私は、カウンセリング止まりを主張してたけど、
ちょっと苦しくなったかも。ま、そろそろ障害がバレて、岸本一家(父・平田
満、母、弟・長島弘宜)の動揺が生じるはずだから、何とか大丈夫かな。。
P.S.2 DVという新しい言葉や考えを、世間(特に女性)に広めるために、意
図的に話を単純化したってことなら、ある程度は理解できる。でも、も
うそろそろ、次の段階に移るべきだし、意図的単純化ではなくて本気
の可能性も少なくないような気がしている。
P.S.3 遅まきながら、スピンオフ(派生作品,外伝)の『エリー my Love』
の無料視聴を試してみた。今回は、オグリン=小倉友彦(山崎樹範)
が離婚届を奥さんに突きつける前に、エリーと予行演習するシーン。
約2分間、結構楽しめたな。やっぱエリはスピンオフ要員だったのか。
奥さんの仮面を顔にかぶってたから可愛かった、なんて書くと、水川
ファンに叱られちゃうかも♪
P.S.4 公式サイトで水川が、スピンオフの題名は桑田圭祐の『いとしのエリー』
の歌詞じゃなくて、米国の人気ドラマ『アリー my Love』から取ったと
か言ってるけど、これは底が浅い。アリーは、エリーより遥か後の作品
で、原題は『Allie McBeal』。これに、98年からのNHKの放送が『アリー
my Love』と邦題をつけた訳で、桑田の影響は明らかだろう。実際、
ドラマでもエリは「エリー my Love」と『いとしのエリー』を歌ってた。
P.S.5 好きな女性のために強い「男」になりたいっていう瑠可の気持ちは、
男としてよ~く分かる。私も、特に10代の頃は、好きな女の子にふさ
わしい男になろうと考えて頑張ったりしたもんだ。恥ずかしい~♪☆彡
P.S.6 エンドロールに「はりまメンタルクリニック」と書いてあった。ここの院
長の針間克己氏は、前回の記事で引用した『性同一性障害30人の
カミングアウト』の監修者。日本性科学会幹事長でもあるようで、性同
一性障害のエキスパートのようだ。
P.S.7 コメント&TBを下さったannojo さんのブログのラスフレ記事に、上
野樹里が「杉山文野」に似てるとかいう話が書いてあったので、早速
調べてみた。性同一性障害のFTM(本人はこうゆう表現を好んでな
いかも知れない)で、カミングアウトして『ダブルハッピネス』(講談社)
という本も出版してる人だ。写真を見ると、確かに瑠可に雰囲気が似
てる。スポーツ好きな所も含めて、瑠可のモデルは杉山文野の可能
性が高いと思う。ま、検索すると公式発表は全く出ないし、個人サイト
とかの記事も僅かしかヒットしないけどね。。
cf.『ラスト・フレンズ』第1話、軽~い感想♪
『ラスト・フレンズ』第2話、軽~い感想♪
被害者としてのDV男・宗佑~『ラスト・フレンズ』第3話
宗佑に再び負けた瑠可~『ラスト・フレンズ』第4話
人間は白か黒だけじゃない~『ラスト・フレンズ』第6話
タケルのアイスピック~『ラスト・フレンズ』第7話
瑠可(上野樹里)の性別違和症候群~『ラスト・フレンズ』第8話
ルーク vs 宗佑、最終章へ~『ラスト・フレンズ』第9話
宗佑の死、ドラマの終焉~『ラスト・フレンズ』第10話
共生を選んだビーチボーイズ~『ラスト・フレンズ』最終回
白い家への憧れ、永遠に~『ラスト・フレンズ』SP アンコール特別編
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『ラスト・フレンズ』最終回、宗佑(錦戸亮)の遺書全文
『ラスト・フレンズ』瑠可(上野樹里)の同性愛と性同一性障害に関する情報
『ラスト・フレンズ』瑠可(上野樹里)の同性愛と性同一性障害・2
春ドラマ2008、期待のレビュー候補3本☆
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手作業TB: ラスト・フレンズ 第5話 「衝撃の一夜」 (テレビお気楽日記)
世界の中心は自分(中山優馬)VS自分に愛を叫ぶ(上野樹里)
(キッドのブログ in ココログ)