なにも書けない孤独な夜を・・~又吉直樹 in 旧江戸川乱歩邸(朝日be)

今夜は意外と早く雨が降り出して、予定が狂ってしまった。天気予報

の降水確率は、月曜未明まで10%~20%。一時的に天気が崩れる

としても、日曜の午後という情報だったんだけどね。

 

わざわざタイヤに空気を入れた自転車には乗れなくなったし、ランに

切り替える気にもなれない。あぁ、今日の分のブログ記事は自転車

日誌+α(アルファ)のつもりだったのに、どうしよう。。

 

 

      ☆        ☆        ☆

・・って感じで、毎日更新マニアック・ブロガーはたまに追い詰められ

てるのだ♪

 

1日も休まずに12年間も書き続けるには、その日に何を書くか、前日

までに決めとくのがフツー。その予定を自分で積極的に変えるのなら

いいとして、何らかのアクシデントで変えるハメになると、パソコンを前

にして悩むことになる。って言うか、そもそもPCの電源を入れる気に

ならないことも珍しくない。

 

だから今夜は、昨日(17年7月1日)の朝日新聞・別刷beの又吉の

コラムを思い出してしまった。初回にウチで感想記事を書いてる、月

1回掲載のシリーズ、「いつか見る風景」。今回の長いタイトルはこう

なってた。

 

  なにも書けない孤独な夜を 

   いつか誰かが乗り越えてゆく

 

 

      ☆        ☆        ☆

上の1行目だけなら平凡な書き手のつぶやきだけど、2行目が秀逸

で文学的。やっぱり、単なるタレント作家の枠を越えた才能を感じる。

 

文章にせよ、お笑いのネタにせよ、自分が何も書けなくて困ってる

状況を、他人が困ってる状況と重ね合わせてる。私という一人称と、

不特定多数の三人称・複数形。重ね合わせの媒介となるのが、本棚

にズラッと並ぶ本。写真は時津剛撮影。

 

170702a

 

本棚というのは、「誰かが夜を乗り越えて作品を完成させた証拠が 

並んでいることが心強い」。

 

そこには、本という物体の重みや厚みも関係してるだろう。背景にある

歴史や体験を感じさせる手触りや外観。ネットや電子書籍だと、やはり

軽いのだ。

 

芸人になるための修行時代、授業で講師に見せるためのネタ作りで

苦しんだ経験を思い出して、こうも書いてた。「かつて養成所の同期達 

に対して感じたなにかを共有できているような得体のしれない感覚と 

よく似ている」

 

 

      ☆        ☆        ☆

ちなみに上の2つの短い引用文は、直接的には、又吉自身の部屋

の本棚を眺める感じを書いたもの。

 

ただ、今回のコラムは一応、旧江戸川乱歩邸(東京都豊島区、立教

大学・大衆文化研究センター)の訪問記という建前であって、上の

写真も(一般非公開の?)土蔵「幻影城」の内部。

 

写真の下には、「お気に入りの短編『人間椅子』に読みふける」と

書き添えてあったけど、土蔵に乱歩の名作小説があるのかどうか

不明だし、手に取って読んでいいのかどうかも不明。又吉が持参

したのか、あるいは全然関係ない本とか♪

 

とにかく「趣のある家」で、「乱歩が書庫として使った土蔵の本棚

には、あらゆる種類の本が並んでいる」。

 

下はセンターHPより、乱歩邸の外観の写真。

 

170702d

 

 

      ☆        ☆        ☆

コラムの最後は、芸術的で美しい文章で締めくくられてるので、やや

長めに引用させて頂こう。

 

 その本棚を眺めると、原稿に向かう乱歩の姿が容易に想像 

 できた。乱歩は、この本を入口としてどこの時代のどこの街 

 にでも行けたのではないか。そして、僕も自分の部屋の本棚 

 にある乱歩全集を入口として、ここに来たことがあるような

 気がした。

  「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」という幻想的な乱歩 

 の言葉も、ここでは妙に生々しく響き、自分の身体に浸透して 

 くる。 

 

 

自分の本棚から乱歩の本棚へと話を展開させた後、時空を超えて2つ

の本棚を結びつける発想は、お笑いやテレビのものではないだろう。

もはや文学とか、芸術系の映画の領域。

 

 

      ☆        ☆        ☆

なお、乱歩の言葉は色紙に書いてたもののようで、鈴木貞美氏の

論文『江戸川乱歩、眼の戦慄』によると、昭和の簡易映写機「幻燈」

とのつながりを読み取ることも可能。

 

170702b

 

現実世界と夜の夢と、どちらが「まことか」という問いかけは、もう少し

ひねると、『荘子』(斉物論)の「胡蝶の夢」という挿話になる。引用は

中国語版ウィキソースより

 

170702c

 

荘周という人が、蝶になって飛んでたが、やがて目が覚めた。荘周が

夢の中で蝶になったのか、蝶が夢の中で荘周になったのか、どちらか

分からない。。

 

 

       ☆        ☆        ☆

又吉が幻影城の中で乱歩になったのか、あるいは、乱歩が幻影城の

中で又吉になったのか。そもそも、それら2つは別の事なのだろうか

・・とか思いつつ、今夜はそろそろ終わりにしよう。

 

乱歩はNHKの英語講座『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』にも

登場してるので、いずれ別記事を書くかも。なお今週は計14863字

となった。本降りになった雨音を聞きつつ、ではまた来週。。☆彡

 

 

 

cf. 横浜競馬場の「老いた3人の賢者」

      ~又吉直樹のいつか見る風景(朝日be)

 

                    (計 1968字)

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最近の車のライト、反抗期みたいな顔つき♪&右膝リハビリラン

(14日) RUN 10km,50分30秒,平均心拍 149

   消費エネルギー  540kcal (脂肪 97kcal)

 

数あるネットメディアの中でも、IT mediaは面白くてマニアックな

記事が多い複合サイトの一つで、安心して楽しめる。サブカルチャー

とかのコネタに特化した「ねとらぼ」は、誰でも見たことあると思う。

 

一昨日、たまたまどこかのポータルサイトで見かけた配信記事も

面白かった。題名だけの釣り記事じゃなく、しっかりした取材記事

(執筆・山口恵祐)。本来のサイトの記事にリンクを張っとこう。

 

 最近のクルマ、顔つきが“反抗期”っぽいのはなぜ?

  カーデザインのプロに理由を聞いた

 

現在、ニュース・ランキング2位。ちなみに1位は、アダルト系を装った

釣り記事もどきだ♪(実際はIT関連)。

 

 

      ☆        ☆        ☆

最近の車のヘッドライト回りが、ずいぶん突っ張ってるなと感じた

のは、トヨタのプリウスがモデルチェンジした頃だった。

 

170615a

 

内心、「こんなツッパリ系デザイン、普通の人が買うの?」と思った

けど、口に出したことはない♪

 

そうゆう事を言うと、古臭い感覚の持ち主だと思われそうなことくらい

は、ちゃんと分かってるのだ(笑)。まあでも、単なる一時期の流行だ

とは思う。過去、とんがったデザインが長続きしたことはないはず。

 

もちろん、デザインする側からすれば、それでいいのだ。流行が次々

に変われば、商品の買い替えにも、デザインのお仕事にもつながる

から♪

 

普通の消費者も、新しいファッションを取り入れてるような満足感に

浸れるし、普通じゃない人も冷めた視線を楽しめる(笑)。地球環境

が喜んでくれるかどうかはビミョーだけど、そんなものは二の次か三

の次の話。人間あっての環境というのが本音、本質なのであった。。

 

 

     ☆        ☆        ☆

百聞は一見に如かず。トヨタ・ヴィッツの初代(1999年)から4代目

(2014年)までの変遷を引用させて頂こう。

 

170615b

 

 

170615c

 

非常に分かりやすい変化で、元記事では幼少期・小学生・中学生・

高校生にたとえてる。ということは、そろそろ反抗期は終了のはず♪

で、20年後くらいにまた、ちょいワル親父になるとか(笑) 

 

 

     ☆        ☆        ☆   

有名な専門学校・HAL東京の坂口善英教官、内藤則明教官の話

だと、女性のお化粧のトレンドも関係してるとか。

 

目がつり上がったような化粧は確かにあるけど、トレンドと呼べる

ほどの大きな流れなのかどうかは不明。今回の記事でもそこまでは

解説されてない。

 

プラスチック素材とかLEDライトとか、車の材料や技術の進歩も当然

関係ある。ただ、そこから「反抗期」デザインまでは距離があるわけ

で、要するに感覚的、主観的なものだろう。素材に似合うとか、時代に

合わないとか。

 

「軽薄短小」が技術発展の典型なのはその通りとしても、そこから

反抗期デザインまでの距離もかなりある。そもそもツッパリの制服

はあまり軽薄短小ではない。都会のツッパリ女子高生のスカートを

除いて♪

 

 

      ☆        ☆        ☆  

私がすぐ感じたのは、カーデザインのスタジオ自体が鋭いデザイン

になってること。文字通り、「鋭角」(90度未満の角度)が多いのだ。

やっぱり、教官も認める通り、車は特に男の世界という部分が大きい

と思う。

 

170615d

 

ただ、男の草食化もあるし、女性の社会進出もある。それどころか

AIがデザインする時代も遠くないはず。

 

おそらく最近の尖った反抗期デザインは、将来の人たちにとっては

笑えるレトロになるだろう。バブル前の昭和が、平成の今そうなってる

ように。

 

さて、20年後のクルマはどうなってるのか。空を飛ぶ話も具体的に

進む一方、超小型化の動きもある。そもそも乗客が人間である保証

さえない♪ 案外、作るのも乗るのもAIやロボットだけになるかも。。 

 

 

     ☆        ☆        ☆

最後に一言、昨日の走りについて。前日の傘ジョグで右膝を痛めて、

変な走りになったから、昨日はずっと右脚全体が痛くて、左足も変な

疲れがあった。

 

1日、休もうかな・・とか思いつつ、試しにそろそろ走り出してみると、

右膝を深めに曲げれば何とかなる。そのまま徐々にスピードアップ。

途中、2回だけ右膝がミシッと痛んだけど、大したことはなかった。

 

トータルでは1km5分03秒ペース。中途半端だけど、まあ、良しと

しようか。右脚をかばってたから、またかなり疲れを蓄積したかも。

気温19度、湿度85%、風速1.5mの条件は、途中から蒸し暑く

感じて、僅か10kmで汗ビッショリになってしまった。

 

英国のタワー火災が気になりつつ、ではまた明日。。☆彡

 

 

          時間  平均心拍  最大

往路(1.2km)   6分38秒 118 128

LAP1(2.2km) 11分37秒 141 147

  2        10分55秒 150 156

  3        10分41秒 158 164

復路(2.2km) 10分39秒 161 169

計 10km 50分30秒 心拍平均149(83%) 最大169(94%)

 

                  (計 1991字)

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パノプティコン(一望監視装置byベンサム)と、安倍首相の一強体制

先日、朝日新聞でちょっと面白い連載が始まった。興味深いという

よりも単純に、色んな意味で面白い内容だ。2017年4月18日

から朝刊に掲載されてる、「パノプティコンの住人」。

   

大型企画「1強」の第2部のタイトルで、第1回の大見出しは「首相

から電話 質問を封印」、「意をくみ、自ら縛る議員たち」となってる。

  

この2つの見出しだけでも、

 「パノプティコンの住人」=「安倍一強に支配された世界の人々

という意味だろうと想像できる。記者は、二階堂友紀、中崎太郎。

  

ちなみに言葉的には、パン(pan)が「すべての」、オプティコン

(opticon)が「目の、視覚の」というような意味だから、パノプ

ティコンとは「すべてを見るもの」といった感じの意味になる。

     

   

      ☆        ☆        ☆

170422a

     

知る人ぞ知る言葉だが、ほとんどの人は知らない「パノプティコン」

(panopticon)。朝日は3面に上図を掲載すると共に、1面で

こう説明してた(1面担当は二階堂記者だけかも)。

     

  パノプティコン 権力による社会の管理・統制システム

 パノプティコン。もともとは監視者がいてもいなくても囚人が

 監視を意識する監獄施設のこと。転じて20世紀にフランス

 の哲学者フーコーが、権力による社会の管理・統制システム

 の概念として用いた。

  

 独房で権力のまなざしを常に意識する。パノプティコンの

 監獄に閉じ込められた囚人のありようは、権力に分断され、

 従属し忖度(そんたく)する「1強」の政治状況で起きている

 現象に似ている。

  

 自民党、野党、官僚、メディア。それぞれが「1強」のもとで、

 「パノプティコンの住人」のように支配されていないだろうか。

 連載第2部で探っていく。

   

   

    ☆        ☆        ☆

3面には、フーコーの専門家として、石田英敬・東大教授の説明

もあった。

  

パノプティコンとは、「権力が支配される側を『自己規制させる技術』

のことだ」。「権力がどんな手法で、支配しようとしているのか。それ

を認識することが、パノプティコンの構造から解放される第一歩だ」。

   

この説明を普通に読むと、まるで権力とは向こう側にあるもので、

自分たちとは別の強者のように感じてしまうが、フーコーの権力論

というのは、そうした古い単純な構造にはなってない。

   

権力とは、メディアや国民の側にもあるものであって、問題は大小

さまざま、無数に存在する権力が織り成す複雑な構造と作用なの

だ。専門家は、そうした基本は理解してるはずだが、朝日の記事に

は反映されてない。今後の連載内容にも注目するとしよう。

      

    

     ☆        ☆        ☆

ここで、ウィキメディアから、写真と図を引用しておく。まずは、パノ

プティコン的な施設の典型的な実例。キューバの写真らしい。

   

170422c

   

一方、フーコーの著書『監獄の誕生』(原書の主たる題名は「監視

と処罰」)に掲載されてた図の1つは、下の通り

      

170422b

  

英語版ウィキペディアによると、哲学者ベンサムのアイデアに合わ

せて、建築家ウィリー・レヴェリーが描いたものらしい(共に英国)。

ベンサム全集・第4巻所収。横から見た図(左上)とその断面(右

上)、さらに上から見た断面(下側)を組み合わせた設計図だ。

18世紀の末、1791年の作品とのこと。

   

   

     ☆        ☆        ☆

続いて、フーコーの著作の日本語訳(新潮社)から引用してみよう。

   

 「見られてはいても、こちらには見えないのであり、ある情報の

  ための客体ではあっても、ある情報伝達をおこなう主体には

  けっしてなれないのだ」(p.203)

  

 「権力の自動的な作用を確保する可視性への永続的な自覚

 状態を、閉じ込められる者にうえつけること」(同上)

    

上の二番目の内容を実現するだけなら、別にパノプティコンなど

必要ない。監視人や監視の回数を増やすとか、現代なら監視カ

メラを多数設置するとか、色々な方法がある。

   

「一強」が単独で監視するには、パノプティコンが好都合なのは確

かだが、一強が人間一人の場合には、実はパノプティコンの効果

は薄れてしまう。一人で24時間、すべての部屋と囚人を監視でき

るはずはないからだ。

   

私が囚人で、何かたくらむとすれば、ランダムな時間をおいて少し

ずつ何度も行う。それらの行為の大部分が、ただ一人の監視者に

見つかってしまう確率は非常に低いからだ。

   

さらに、決定的な行為に踏み切った時、ただ一人の監視者がそれ

に気づいて止めに来たとしても、間に合わない可能性が十分ある。

中央の監視塔(の上部)と囚人の個室が遠すぎるからだ。

    

要するに、パノプティコンを全能視するのは、単なる政治的主張へ

の利用などであって、現実的で客観的な分析ではない。

    

    

      ☆        ☆        ☆

さらに、上のフーコーの引用の一つ目を見てみよう。「見られては

いても、こちらには見えない」と書いてある。

    

普通にパノプティコン的な建築を作れば、中央の監視者は周囲の

囚人から見えてしまう。監視者=一強は見えないどころか、全員

から逆に監視されてしまうわけだ。

   

そこで、監視する側には、見られないための工夫が必要になる。

フーコーの著作だと、例えば次のように書いてるのだ。

  

 「ベンサムは、監視者が塔に居るかどうかを人には確定しがた

  くするために、また囚人たちには独房から一つの人影を認め

  ることも一つの逆光を捕捉することもできなくさえするために、

  あらかじめ次の措置をとった。中央部の監視室の窓によろい

  戸をつけるだけでなく、さらには、その室内を直角に区切るいく

  つかの仕切壁を設けて・・・」(p.203-204)

   

この辺りまできっちり具体的に考察する所に、フーコーの価値があ

る。あるいは、細部まで理解して初めて、フーコーを読む意味があ

るのだ。大まかに要点だけ読んでしまうと、直ちに反論や疑問が生

じてしまうだろう。様々な先入観を持っていない状態なら。。

     

    

     ☆        ☆        ☆

こうして、実際の監視施設やフーコーの著作と比較しながら考える

と、安倍首相の一強体制をパノプティコンとする見方に足りない部分

や側面が分かるのだ。

     

つまり、実は首相の側は、自分を隠す仕組みが十分無いどころか、

周囲の「囚人」(=政治家)よりも遥かに細かく監視されてるわけだ。

直接会ってる人や機会の数も圧倒的だし、メディアその他の注目度

も圧倒的。

    

おまけに、周囲の政治家の側は、何かを安倍首相に発見されたとし

ても、あまり厳しい罰を受けない可能性が高い。厳しい処罰を乱発

すると、一強体制を維持できなくなるリスクが高まってしまうからだ。

  

パノプティコンの塔の中は、囚人から見えないし、塔の維持には、

囚人は必要ない。

   

しかし、首相は周囲の政治家その他からかなり見えてるし、監視体

制の維持には政治家たちの協力や支持が必要となる。首相のすぐ

そばに常にいる首相夫人の側から、一強体制に亀裂が入る可能

性も高い。

   

   

      ☆        ☆        ☆

果たして、朝日の記事がその辺りまで考えた上での現実的な内容

になるかどうか。面白い着眼点でもあるし、今後に期待しよう。

  

ちなみに、安倍一強よりもっとパノプティコンに似た例を挙げるな

ら、マイナンバー制度がある。こちらからは監視者が見えないし、

国民一人一人は孤立して個人情報を守ってる。おまけに、監視者

の視線を何となく前提として、内在化して行動するのだから。

   

それでは今日はこの辺で。。☆彡

       

                   (計 2908字)

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夏目漱石『夢十夜』の第六夜、問題と正答への疑問~全国学力調査2017中学・国語A

この記事は2500字くらいは書こうと思ってたが、残念ながら仕事

その他に追われて余裕が無い。仕方がないので、ごく簡単に全国

学力調査の「正答」例を批判しとこう。2017年4月18日に実施さ

れたテストで、19日の朝日新聞・朝刊に掲載されてた。

    

当サイトでは5年前、中学数学Bの問題の解答例を批判する記事

をアップ。地味なアクセスが集まり続けてる所を見ると、私と同様の

疑問を感じた人は少なくなさそうだ。

    

 全国学力調査2012・中学数学B、

    スキー・ジャンプの問題(原田vs船木)

  

その時は、大まかに言うと論理的な疑問が生じたわけだが、今回

は半ば、文芸作品鑑賞のセンスに対する疑問だ。ただし、それ以外

にも色々な事がからんでると思う。解釈力、出題の仕方、等々。。

   

    

      ☆        ☆        ☆ 

中学・国語Aの問題6の出典は、一番最後に丸カッコで、(夏目漱

石「夢十夜」による)、とだけ書かれてる。実際は、短い「十夜」の内

第六夜で、ほぼ全文だが、そういった説明は無い。ちなみに『夢

十夜』は、無料の電子図書館「青空文庫」で全文公開中。

    

問題文の第六夜のあらすじは次の通り。主な登場人物は3人で、

1200年ごろに活躍した彫刻の天才・運慶と、見物人の若い男と、

自分」。自分は夢を見ていて、運慶の仕事ぶりを見に行く。非現実

的で幻想的なストーリー。

     

運慶が仁王を彫る様子を、自分が感心しながら見物してると、若い

男が言った。

   

 「あれは眉や鼻を鑿(のみ)で作るんじゃない。あのとおりの

  眉や鼻が木の中に埋まっているのを、鑿と槌(つち)の力で

  掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなもの

  だから決して間違うはずはない」。

    

 「自分はこの時はじめて彫刻とはそんなものかと思いだした。

  はたしてそうなら誰にでも出来ることだと思いだした」。

  

だから自分は家へ帰って彫り始めたが、

  

 「不幸にして、仁王は見当(みあた)らなかった。・・・・・・自分

  は積んである薪(まき)を片っ端から彫ってみたが、どれも

 これも仁王を蔵(かく)しているのはなかった。」 

                   (問題冒頭の文章終了)

      

    

      ☆        ☆        ☆

さて、問1は、主な登場人物3人の関係をたずねる簡単な選択肢

付きのもので、異論はない。それに対して、問2はかなり疑問だ。。

  

 「どれもこれも仁王を蔵しているのはなかった」とありますが、

  この部分の意味として最も適切なものを次の1から4までの

  中から一つ選びなさい。

  

 1. 木挽(こびき)が隠した仁王を見付けられなかった。

       (注. 木挽とは薪を切り出した人)

 2. 木が堅くて鑿では仁王を掘り出せなかった。

 3. 薪が小さすぎて仁王が入っていなかった。

 4. 仁王を彫刻することはできなかった。

   

   

    ☆        ☆        ☆

一読してすぐ、出題者が4番を正答と考えてるのは分かる。しかし、

それが正答とか模範解答とはとても思えない。

     

まず、あまりに平凡な解釈で、漱石の短編の内容や言葉遣いの面白

みを消してしまうものになってしまってる。

   

また、これはあくまで夢であって、700年も前の彫刻師を見物しに

行くような物語なのだ。「どれもこれも仁王を蔵しているのはなかっ

た」という言葉も、夢の中の自分の思いを表してる。

  

「自分」が若い男の言葉を、「彫刻は実は簡単だ」といった感じで普

通に解釈した証拠は書かれてないのだから、本気で文字通り、仁王

を探したと考える方が自然。実際、終盤の描写は全てそうなってる。

    

   

      ☆        ☆        ☆

ここでおそらく出題者や解答制作者はこう反論したくなるだろう。選択

肢の他の3つは選べないから、消去法で残るのは4番だけだと。

   

確かに、1番は「木挽が隠した仁王」という文が言い過ぎになってる。

若い男の説明に木挽は出てないし、その後の文章にもその木挽が

隠したと示す部分は無い。2番は「堅くて掘り出せなかった」という

部分がおかしい。自分は勢いよく彫り続けたのだから。

     

ただ、3番はいい線行ってる。出題者の側は、「薪が小さすぎて」とい

う文がおかしいと考えてるのだろうが、この問題には絵が載ってて、

人間の背丈ほどの大きな木を運慶が彫る姿が描かれてるのだ。

   

それに対して、「自分」が彫った木は薪だから、当然小さいはず。さ

らに、問題文の最後に3番を付加すると、夢独特の滑稽さも増す。

    

というわけで、どれか選ぶのなら3番か4番だろうけど、どちらも正答

とか模範解答と呼べるほど明らかではない。それなら根本的に、出

題の仕方がおかしいということだろう。むしろ例えば、簡単な記述問

題にして、答え方にある程度の広がりを持たせる方が良かった。

    

    

      ☆        ☆        ☆

人によって色々な見方があるのは当然として、選択肢から正答を

一つ選ばせるのなら、それなりに飛び抜けた説得力や優越性が必

要だ。義務教育で全員参加のテストなんだから、出題の際はもう

少し熟慮すべきだろう。

  

それでは今日はこの辺で。。☆彡

         

                     (計 1970字)

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横浜競馬場の「老いた3人の賢者」~又吉直樹のいつか見る風景(朝日be)

「3人の賢者」とか「3人寄れば文殊の知恵」とか、人間の知性を

称賛する言葉はもう「老いた」ものになってしまったかも。

 

遂に今日、2017年4月1日、将棋の佐藤天彦名人がソフト「ポナ

ンザ」(ponanza)に負けてしまった。毎度お馴染み、ニコニコ

動画の電王戦で、失礼ながら、少しも惜しくない完敗。エイプリル

フールの嘘ではなく、真実らしい。

 

衝撃だったのは、名人がAIに負けてもほとんど衝撃が無いこと♪

逆説的だが、衝撃が無かったことこそ最大の衝撃だ。つまり、若き

名人も負けるんじゃないの?と思ってたわけ。囲碁の井山六冠も

先日、負けてしまったし。

 

そう言えば、「名人」という言葉にも「人」という文字が入ってる。今

後は、「1台あれば文殊の知恵」とか、「名機」という表現を使うべき

だろう。間違って「名器」と書くのは避けるべきかも♪ コラコラ!

 

 

      ☆        ☆        ☆

さて、人間を超える知性について書くところから始めた理由は、私

が隠れ将棋ファンだからという事だけではない。今回扱うエッセイ

が、人間を超えた知性を思い描いてるからだ。

 

今日から月1回掲載の予定で始まった、朝日新聞・土曜朝刊別刷

beのコラム、「又吉直樹の いつか見る風景」。

 

芥川賞に輝いた小説『火花』が大ベストセラーになって、一躍有名

になったお笑い芸人の、真面目で芸術的な文章だ。私はニュース

番組『ZERO』のキャスターをやってる姿しか知らない。

 

よく読むと、このタイトル自体も意味深になってる。いつか「見た」風景

ではなく、いつか「見る」風景。過去形ではなく、未来形。

 

実際に話題にしてるのは、歴史を感じる古い遺跡、「横浜競馬場一

等馬見所跡」(横浜市・根岸森林公園内)。ただ、自分は今まで見

たことがないし、読者の多くも見たことないはず。それでも、身近に

ある存在で、いつでも見れるし、いつか幻想の中で見ることも可能。

そんな感じの意味だろう。。

 

 

      ☆        ☆        ☆

私が一番気になったのは、2つある小見出しの内の後者。「老いた

る3賢者」。これは編集者(担当不明)が付けたものだろうけど、本文

にもそれに対応する文章がある。エッセイの終盤近く。

 

 「旧一等馬見所の脇にまわると蔦を絡ませた大きな佇まいが

  どこか寂しげで、椅子に座る老いた3人の賢者が家族連れ

  で賑わう広場とその奥の海を眺めているようにも見えた」。

 

句読点の少ない、独特のリズムの芸術的文章なのはいいとして、

「3人の賢者」が何を指してるのか分からない。前後の文章を読み

返しても分からないから、仕方なく「現代の賢者」Google検索を使

用♪ 一瞬で分かってしまった。恐るべし。。

 

 

      ☆        ☆        ☆   

170401a

 

この建物の突き出た部分3つのことね。分かりにくっ! なるほど、

それぞれにちゃんと、「目」が2つずつ付いてる♪ 2008年(平成

20年度)経済産業省pdfファイル、「近代化産業遺産群 続33」。

 

いつか『火花』を読む機会があったら、この独特の比喩に注意し

よう。まだ本屋で3ページ立ち読みしただけなもんで。連続ドラマは、

途中の1回だけ音声のみで聞き流したら、ほとんど内容が分か

らなかった♪

 

 

      ☆        ☆        ☆

話を朝日新聞に戻すと、ネタバレの後で見直せば、確かに上手い

形容だし、ピッタリの写真が添えられてると言えなくもない(撮影・

時津剛)。

 

170401c

 

ただ、前に大きく写ってる又吉にピントが合ってるし、高い木もジャ

マしてるから、「3人の賢者」だと気付くのは難しい。経産省のファ

イルの解説によると、外国の圧力に譲歩した日本の哀しい歴史も

刻まれてるようだ。「生麦事件」なんてものまで関係して、外国人

居留地の住民向けに作ることになったわけか。。

 

170401b

 

ちなみにエッセイ全体としては、競馬をめぐる両親との思い出や、

白昼夢みたいな幻想をまじえながら、超越的な知性や世界に思い

を馳せてる。

 

なるほど、単なる売れ線狙いのキワモノ作家じゃなくて、本物の

アーティストのようだ。知的な顔と落ち着いた語り口は、見せかけ

じゃなかった。

 

なお、次回は4月29日掲載で、栃木県益子町を訪れる予定。今週

は残り字数が僅かになってるので、今日は早くもこの辺で。。☆彡

 

 

 

cf. なにも書けない孤独な夜を~又吉直樹in旧江戸川乱歩邸

 

          (追記 29字 ; 合計 1716字)

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小学校・道徳の教科書の物語『はしの上のおおかみ』、軽い感想(1・2年、奈街三郎作)

森友・籠池問題と築地・豊洲問題が大揺れになる中、来年(2018

年度)から使われる小学校の道徳の教科書も地味な話題になって

る。文部科学省の検定の指摘を受け、細かい変更が行われたらし

い。パン屋が和菓子屋に、おじさんがおじいさんに、アスレチック

公園が和楽器に、etc。。

   

私はパン屋が和菓子屋になったという話を朝日新聞デジタルで読

んだ時、思わず笑ってしまったけど、文科省の言い分によると、こ

の箇所だけ見た修正ではなく、教科書全体の構成の問題とのこと。

    

そう言われると、教科書全体をチェックしたくなるけど、当然まだ公

開されてないし、「道徳」に反する裏情報を探し出すつもりもない。

   

というわけで、合法的に教科書(教材)の内容を読もうとすると、文

科省がネット公開中の副読本『わたしたちの道徳』が参考になる。

この中に、全社が採用したお話が色々入ってるらしい。

  

170325a

     

とりあえず今日は、1・2年用の副読本の序盤に載ってた読みもの、

『はしの 上の おおかみ』を軽く見ておこう。「橋の上の狼」ではな

く、ひらがなを使ってるし、文節で1マス空けてある。

  

巻末の注によると、著者は児童文学者・奈街(なまち)三郎。出典

は、『読んでおきたい物語 やさしいの話』(ポプラ社)。ウィキペディ

アが正しいのなら、初出は『はしのうえのおおかみ』(鈴木出版、

1991)なのかも。

   

副読本は、以前から全文無料公開されてる公的配布物なので、

縮小画像を2枚入れさせて頂いた。出典、著者名も明記してるし、

著作権の問題は生じないと考える。普通にいいお話なので、基本

的には好意的な引用だ。

   

   

     ☆        ☆        ☆

170325b

  

この読みものが挿入されてるのは、第2章「人と ともに」、第2節

「あたたかい 心で 親切に」。p.70~p.73の4ページ。

  

「おおかみは人ではありません」とか、いきなり先生に突っ込む生

徒もいるだろうけど、なぜか子ども向けのお話では、言動が人間み

たいな動物がよく使われる。擬人法ならぬ、擬獣法。子どもウケが

いいし、人間よりキャラ設定がしやすいからだろうか。たとえば、悪

役にはオオカミ、善玉にはクマさんとか。

  

あらすじを短くまとめると、次の通り。

  

1人しか渡れない山の1本橋で、おおかみが意地悪して遊んでる。

うさぎ、きつね、たぬきなど、他の動物が通れないように通せんぼ

して、いばってると、橋の真ん中で大きなクマとぶつかった。

     

おおかみが慌てて引き返そうとすると、クマはおおかみを抱き上げ

て、後ろへそっとおろした。橋の上で、クマの後ろ姿を見続けたおお

かみは、次の日、クマの真似をして、ウサギを抱き上げて通してあ

げた。おおかみはいい気持ちになった。。

    

    

     ☆        ☆        ☆  

まるで『水戸黄門』型のテレビドラマみたいなお話で、6才~8才

くらいの子どもには分かりやすくて教訓的。ちょうどいいと思う。

   

ただ、ちょっと頭の回る子どもなら、「先生、おおかみはおかしいと

思います」とか発言しても不思議はない。例えば、「おおかみは自

分がいい気持ちになりたいために、わざと橋をふさいだんだと思い

ます。温かい心や親切などではありません」とか。

   

もちろん、元のお話に、「わざと」という話は書かれてない。

 「つぎの日です。1本ばしのまん中で、おおかみは

  うさぎに出会いました」

と書かれてるだけ。だから、たまたま橋で一緒になったということか。

   

  

     ☆        ☆        ☆

あるいは、「おおかみに抱き上げられるとウサギは怖いので、余計

なお世話だと思います。おおかみが本当に優しい気持ちを学んだ

のなら、むしろ引き返してあげるべきだと思います」という意見が出

ることも考えられる。

  

そうすると、別の子どもが、「これは、たとえ話だから、そのまま読む

のはおかしいと思います。他人に良いことをしてもらったら、自分も

すぐ見習おうということを言いたいのです」と反論するとか。

   

「おおかみはちゃんと、クマにありがとうと言うべきだったし、うさぎ

もお礼を言うべきです」。

「先生は、クマさんみたいにお手本を示してください」。

「みんなで橋をもう1本作る方がいいはずです」、etc。

   

おそらく既に大量の授業データが蓄積されてるはず。それほど変

な方向に議論が向かうこともなさそうだから、先生の側も余裕を

持って授業に使えると思う。

    

  

      ☆        ☆        ☆

ちなみに私自身がすぐ思い出すのは、中学のホームルームでの

細かい表現論争。

   

他人に対して、「可哀想(かわいそう)」と言うのは偉そうで失礼だか

ら、「気の毒」という言葉を使うべきだという意見が出て、私は直ち

に反論した気がする。反論内容までは覚えてないけど、この同級

生とは今でも一応、連絡を取り合ってる仲で、関係はわりと良好だ。

     

まあ、教科書や教材よりも、先生や生徒の能力が問われることに

なるわけで、教科書の細かい部分は枝葉の問題にすぎない。小学

校の先生は大変だな・・とか思いつつ、今日はこの辺で。。☆彡

        

                    (計 1995字)

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小保方晴子日記2、涙の逃避行にも笑いあり♪&リハビリ6・7、腰痛との闘い

(27日) JOG 10km,58分50秒,平均心拍 145

    消費エネルギー 576kcal (脂肪 127kcal)

   

(28日) JOG 10km,54分18秒,平均心拍 147

    消費エネルギー 552kcal (脂肪 116kcal)

      

「高校生の自作飛行機、初飛行 製作7年・・・」という見出しに

釣られて、朝日新聞デジタルの記事をクリック。文章を読まずに

すぐ動画を再生したら、苦笑してしまった (^^ゞ

   

ほんのちょっと宙に浮いた後、すぐ滑走路に降りて終わりなの

だ♪ やられた・・と思いながら文章を読むと、「約3秒間、

高さ1メートルほど飛行」。う~ん、さすが朝日、客観的デー

タは正確だね。

  

ちなみに私の走り高跳びの記録でさえ、確か1m50cmだっ

たと思う(笑)。鳥人間コンテストとの比較は止めとこうか。ともあ

れ、名古屋市立工業高校の皆さん、おめでとう。動画がウケて♪

そっちか!

      

    

     ☆        ☆        ☆

とうとう飛行した話の後は、逃避行の話だ♪ 寒っ! いや、小

保方さんの2年前も、心身ともに寒い状況だったらしい。 

   

『婦人公論』で連載が開始された「小保方晴子日記」。初回の特

別編(連載開始までの流れ)については先週、記事をアップした。

予想通り、地味な反応だが、今の彼女にはこれでいいと思う。

  

 「小保方晴子日記」(婦人公論)、初回・特別編の感想

    

今回は記事を書くつもりは無かったが、予想以上に面白かったの

で、もう1回プッシュしとこう。科学者としての才能や倫理はさてお

き、人間的には間違いなく、光るものを持ってる女性だ。淋しくて

哀しい逃避行の告白なのに、あちこちでクスッと笑えた♪

    

    

      ☆        ☆        ☆

『婦人公論』2017年2月24日号(1月24日発売)に掲

載された第2回は、見開き2ページで、「辞表、ぽんちゃん、

仲居さん」というサブタイトル。“「あの日」からの記録”として

は、これが実質的に初回ということになる。

  

理化学研究所に辞表を出した10日後の、2014年12

月31日。まだ自宅はずっと、記者に張り込みされてる状況だ

けど、「気まぐれ先生」のアドバイスに従って、車で脱出して逃

避行。大晦日の夜、記者も油断してる時を狙ったらしい。わざ

わざフジテレビのカメラが怖いと、局名まで書いてた。

      

心身ともにボロボロの状況でも、ペットのカメ「ぽんちゃん」の水槽

はしっかり両手で運んでる♪ 他の荷物は?! おまけに、本名

「ぽんすけ」まで書き添えてた(笑)。そこ、重要なわけね。あっ、

ひょっとして、お菓子の「ポンスケ」と重ねてるのかも。

   

   

      ☆        ☆        ☆   

その後は高速で西に向かって長距離移動したようで、運転は大

丈夫なの?と心配してしまったけど、しっかり途中のPAでカメの

えさを購入♪ ホントに1人きりだったのかな。そばで誰か1人、

密かに付き添ってるような雰囲気もある。

       

予約した宿(名古屋経由で関西か岐阜辺りか)に着いて、貸切の

露天風呂に入ってたら、大粒のひょうが降って来て、わざわざそれ

を浴び続けたらしい (^^ゞ。「全裸の受難」とまで自分で書くのなら、

写真が欲しかったかも。自撮り棒使うとか(笑)。キリストも天上界

でやさしく微笑んでるだろう。

     

その後は、折角のお正月の料理もノドを通らないし、何をすれば

いいのかも分からないまま1月3日まで過ごして、いざ宿を出

る時。仲居さんが「あなた綺麗ね。幸せになってね」と声をかけ

てくれたから、顔を見ると、泣いてたそうだ。

     

にも関わらず、何も言えなかった自分に、後で落ち込む小保方さ

ん。しかし、仲居さんは小保方さんだと分かったのかね? あるい

は単に、正月に一人で宿泊して食事もほとんど残してる女性を見

かねて、声をかけたのか。カメの水槽だけ持ってるし(笑)

      

   

     ☆        ☆        ☆

まだ発売されて5日目だから、あんましネタバレにならないように

配慮しとこう。

  

その後、宿を替えた後は、1月5日まで外国人客たちと妙なやり

取りが続く。じっくり読んでイメージすると、何とも味わい深いのだ。

たとえば、今回の本文ラストは、隣部屋の外国人客の会話♪ 盗

み聞きか! 

   

日本料理のおせちに驚いて、「さっぱりわからない」とか言ってる

のが聞こえたらしい(笑)。これ、人気ドラマ『ガリレオ』の有名な台

詞だから、意識して書いてるんじゃないかな♪ さすがリケジョ、

何気にガリレオ福山のファンだったのか。。

     

本文以外に、「最近の私」の状況もオマケしてて、これがまた、すっ

とぼけた味があるのだ。おみくじを楽しんでるらしい♪ 彼女、天然

ボケが7割、意図的お遊びが3割くらいか。是非、独特の文章で描

かれた珍道中を直接味わって頂きたい。

     

今後の日記も活躍も楽しみだね。作家としても、科学者としてもそ

うだけど、いずれはテレビのバラエティ進出かも。とにかく、お餅が

大好きなことだけはよく分かった(笑)。そこか!

  

   

cf. 小保方晴子日記3、わずか650字の感想

    

   

     ☆        ☆        ☆

一方、単なる一般市民ランナーの方は、インフルエンザの後遺症

に苦しみつつ、リハビリジョグを継続。

   

連続6日目となった1月27日は、腰の痛みと仕事の疲れで、

一気にスピードダウン。それでも、かなり痛くて、止めようかな

と悩むほどだった。トータルでは1km5分53秒。ものすごく

遅いのに、心拍は高め。気温7度、湿度55%

風速1mの適度な条件だから、言い訳不能。

  

ただ、連続7日目の28日は腰の痛みがちょっと和らいでくれ

たし、足の疲れもかなり消えて、わりとラクにスピードアップ。

厚着を止めてみたのも正解だったか。

   

トータルでは1km5分26秒で、後半はしばらく1km5分

ペースも維持してみた。ただ、まだまだ腰は痛いし、右胸の

痛みも「さっぱりなおらない」♪ 気温7度、湿度65%

風速1m。帰宅後のクールダウンは、汗が冷たかった。

   

なお、今週は計14778字で終了。ではまた来週。。☆彡

   

       

(27日)   

          時間  平均心拍  最大

 往路(2.4km) 14分51秒 138 148

LAP1(約2.1km) 12分36秒 142 149

  2         12分29秒 146 150

復路(約3.3km) 18分53秒 150 159

計 10km 58分50秒 心拍平均145(80%) 最大159(87%)

          

(28日)

           時間  平均心拍  最大

 往路(2.4km)  14分03秒 139 142

LAP1(約2.1km) 11分22秒 145 154

  2         10分54秒 153 160

復路(約3.3km) 17分58秒 149 156

計 10km 54分18秒 心拍平均147(81%) 最大160(88%) 

    

                     (計 2590字) 

         (追記 22字 ; 合計 2612字)

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「小保方晴子日記」(婦人公論)、初回・特別編の感想

このブログ記事はカテゴリー設定に迷う。「書籍・雑誌」はいい

として、芸能・アイドル、社会、科学、色々と候補がある中、一応、

文化・芸術としておいた。少なくとも初回の内容は有名人の日記

だったから、妥当だろう。

   

170122a

   

上の画像は雑誌『婦人公論』の公式HPより。右端だけ見ると、

“新連載 小保方晴子日記 「あの日」からの記録”の扱いは大

きいように見えるが、表紙を見ると、左下に微妙な大きさの文字

で名前が書かれてるだけ。

  

実際に雑誌の目次を見ても、計2ページの内の2ページ目に、

微妙な大きさで書かれてた。

   

    

     ☆        ☆        ☆

こうした、小保方さんの「扱い」の問題はどうでもいい事ではな

く、決定的に重要な事だ。

   

STAP騒動の核心は、自然科学のあり方などではない。科学的

な不手際や不正など、昔からどこにでもある話なのに、少し目立

つ若い女性研究者ということで、途方も無く大きな魔女狩りになっ

てしまい、非常に優秀な男性研究者まで失う結果になったわけだ。

         

今回、ツイッター検索もかけてみたが、小保方さんのこの日記を

めぐるツイートは意外なほど少なかった。リツイートを除くと、た

かが30程度。

  

おそらく今現在の彼女にとって、これは良いことだと思う。というの

も、そもそも日記連載の初回のタイトルが、「記者さん、引越し、

雪だるま」。相変わらずメディアに追いかけ回されて、引越しする

ハメになった話からスタートしてるのだから。。

    

   

      ☆        ☆        ☆

さて、1月6日の発売から半月が経過した、『婦人公論』2017

年1月24日号の記事。

     

初回は特別編として、連載が決定して最初の原稿を送るまでの

半月(11月10日~24日)の話であって、流し読みするなら

肩透かしの印象もある。料理中心の簡単な記録が15日間続く。

    

しかし、丁寧に読むと非凡なものも感じるのだ。繊細さ、思考力、

意志。どこまでライターや編集者の手が入ってるのかは分からな

いが、今回は元の日記に近いと思う。

     

170122b

   

本人撮影の小さな写真から推測すると、上の「TWO

 YEARS DIARY」のような2年用の日記帳に手書き

してるらしい。楽天の国際版ページより

   

   

      ☆        ☆        ☆

記者さん、引っ越し、雪だるま」と、4文字×3でまとめたタイ

トルは、「小雨、のち、晴れ」ということだ。冴えない状況から、

色々あって、明るく楽しい状況になって来たということ。

    

うつとPTSD(心的外傷後ストレス障害)の栄養療法を続ける

状況でも、記者たちは家まで来て、ドアを叩く。耐え切れず、

夜中に引っ越して、途中、何度も車を乗り換えた。

   

そんな中でも、支えてくれる友人・知人たちとのつながりはかなり

あるようで、その点だけならむしろ恵まれてる部類かも知れない。

  

去年、瀬戸内寂静との対談を掲載した『婦人公論』の横山編集長

から連絡があって、11月20日に久しぶりの外食(コース料理)を

楽しみながら、新連載K相談。出来事の見方が変わるかも、とい

う言葉に心を動かされ、友人たちの励ましも受けて、11月

24日に最初の原稿を送る。

     

最後に勇気を与えてくれたのは、白く美しい雪。「白」はここ数年、

彼女が最も好きな色かも知れない。雪だるまは本当に自分で作っ

たそうだ。

    

    

     ☆        ☆        ☆

料理とは、「日常的な実験」をも表すもの。だから、金目鯛に包

丁を入れる時、特別な思いも浮かび上がったわけだ。

  

お金も設備も試料も不要、厳しい批判を受けることなく、気晴らしに

もなる実験。頭と身体の適度な運動になるし、成功の喜びや失敗

の哀しさも適度にあるので、有意義な活動だ。

       

ここで今週も字数制限15000字に到達したから、唐突に終わりと

しよう♪ 次回以降、「あの日」からの日記も楽しみだ。

ではまた。。☆彡    

                     (計 1504字)

   

  

P.S. 日付け変更後、翌週の追記♪ 小保方さんが一気に

    読み終えた本は、澤田瞳子の芸術小説『若冲』。300

    年前、江戸時代の奇才の絵師・伊藤若冲(じゃくちゅう)

    を描いてるようで、彼女らしい読書かも。

   

  

cf. 小保方晴子日記2、涙の逃避行にも笑いあり♪

           &リハビリ6・7、腰痛との闘い

   小保方晴子日記3、わずか650字の感想

   

          (追記 154字 ; 合計 1658字)

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野上弥生子『秋の一日』2~センター試験の省略箇所も含めた全文を読んで

先日書いたセンター試験の国語記事は、予想通り、かなりのアクセ

スを頂いてるし、一部の方々は熟読してくださってるようだ。

   

 「春」の純粋さと郷愁が誘う涙、野上弥生子『秋の一日』

             ~2017センター試験・国語

   

今回は、先日のレビューを少し補う簡単な記事にすぎない。ただ、

私自身はかなりスッキリした。センターの問題文が省いてた部分

を読むことで、モヤモヤしてた思いがほぼ解消されたのだ。

     

    

     ☆        ☆        ☆

私が確認した小説全文は、岩波書店『野上弥生子全集』第1巻に

収録されていた(正確には、彌生子)。先日の記事の際、私は、初

出の雑誌のページ数とセンター試験のページ数を見比べて、試験

に出たのは半分くらいかと思ってたけど、実際は4分の3くらいだ。

     

正確に言うと、全文はp.315-326の12ページ。最後のペー

ジは3行しかないから、実質的には約11ページ。一方、センター

試験に出た部分は、全集で言うと、p.316の最終行から、

p.324の最後から3行目まで。つまり、ほぼ8ページだ。

   

ということは、センターに出たのは約4分の3。より正確に言うと、

7割ちょっとであって、残り3割弱が省略されてたわけだ。

   

  

      ☆        ☆        ☆     

私が一番気になってたのは、終盤の省略部分。当然、展覧会の

後はピクニックみたいな事をするのだろうと思ってたから、実際に

全集で確認できて納得した。そうでないと、『秋の一日』という題名

がしっくり来ないからだ。

    

ただ、実際に読んでみると、終盤以上に、序盤の省略部分が決定

的内容を含んでた。少しだけ引用してみよう。

   

ひらがなの「く」を伸ばしたような、反復表現の省略記号になってる

箇所は、< >で囲んである。ひらがなの繰り返し記号「ゝ」はその

まま引用。これらが、1912年の初出時(雑誌『ホトトギス』第15

巻・第4号)の仮名遣いと同じかどうかまでは調べてない。

   

   

      ☆        ☆        ☆

 ・・・と何か一つの事を思ひかけるといつまでも<いつまでも>

 その事に執着する癖のある直子は、暫時はその籠の事ばか

 り思ひ続けた。そして其聯想の中にはピクニツクと云ふ字が

 あつた。よく西洋の雑誌などで見るピクニツクの絵──打ち

 晴れた高い空、きらめく様な美しい日光、透明な空気、活き

 <活き>した緑色の植物、花の匂ひ、小鳥の歌、その階調

 に縺るゝほのかな水の響き、こんなものゝ想ひ浮ばれる森

 の蔭や、・・・・・・

                  (p.315-316)

   

長い一節なので、このくらいの引用に留めとく。要するにポイント

は、主人公(ヒロイン)の直子がこだわるピクニックが、外国の絵

のイメージだということだ。

  

下は、Thomas Cole作、『The Picnic』(1846)。

ウィキメディアより。

     

170120pic

        

仮に直子が海外の経験を持ってるとしても、ピクニックに関して

はほとんど幻想のはず。だからこそ、引用文の段落の最後は、

 「遠くの世界のやうに楽しんだ

という表現で終わってた。

   

    

      ☆        ☆        ☆

一方、センター試験の第2問の冒頭には、手提げ籠の短い説明

に続いて、「直子は病床からそれを眺め、快復したらその中に

好きな物を入れてピクニックに出掛けることを楽しみにしていた」

とだけ書いてあった。

  

これでは、直子にとってのピクニックという存在が分からない。だ

から、問2の問題と解答もちょっと妙な感じがあった。

   

つまり、展覧会の後でピクニックに出掛ける自分のアイデアにつ

いて、「誠に物珍しい楽しい事が急に湧いたような気がして」と書

いた箇所について、「それはどういうことか」と出題。選択肢の中

だと、確かに最も適当なものは一応選べるが、小説を普通にまと

めただけで、あまり理由の説明になってないなと思ってたのだ。

   

ところが、元々ピクニックが海外の絵のイメージなら、直子の嬉しさ

がよく分かる。展覧会の後でピクニックをするというのは、芸術の絵

を味わった後で「現実の絵」を味わうということだから。

  

おまけに、その現実の絵、つまり実際のピクニックでは、自分自身

が主人公なのだ。これほどアートに満ち溢れた一日もなかなか無い

だろう。

 

ちなみに下は、私の環境で、「picnic」を画像検索した結果の最上

位あたり。Googleが示したのは、まさに絵に描いたような結果だ。

小説の冒頭の説明と同じようなカゴまで映ってる。

     

170120b

  

   

     ☆        ☆        ☆

私は先日のレビューを書いた時、直子の感性はかなり遠くを見て

るものだなと思ってたが、やはり幻想への感受性やこだわりが強い

のだろう。

    

なお、「ピクニック」は外で食事すること、「ハイキング」は外で歩く

こと・・・といった話は、2年前、不倫の人気ドラマ『昼顔』の記事

で書いたことだ。

  

あの時、「picnic」の語源的意味(の1つ)として、「小さい

物(nic)を刺す(pic)」と説明しておいた。この場合の「刺す」

とは、味わうことだから、小説の別の見方も浮上する。

   

つまり、運動会の鑑賞にせよ、子連れの外出にせよ、「小さい

ものを味わう」体験という意味で、まさにそれ自体もピクニック

だったのだ。

   

   

      ☆        ☆        ☆    

したがって、この小説は副題を付けて、

  『秋の一日 ~ピクニック~ 』

と考えてもいいだろう。

    

ただし、春の明るいイメージのピクニックであっても、やはり「秋」。

小説の終盤は、少し淋しいイメージも漂ってた。意外な展開でも

ないがけ、短編小説のラストのネタバレは差し控えるとしよう。

    

それでは今日はこの辺で。。☆彡

        

                   (計 2183字)

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「春」の純粋さと郷愁が誘う涙、野上弥生子『秋の一日』~2017センター試験・国語

5年連続、6回目のセンター国語解説となる今回。10年ぶりの体

調の悪さに苦しみつつ発表を待ってた問題文は、20時45分

頃に河合塾が公表。その時点で東進はまだだった。

     

試験直後からツイッターで「おっぱい、おっぱい」という短い連呼

が賑やかに拡散してた、今回の第2問・小説。大御所の女流作家、

野上弥生子(やえこ)の『秋の一日』で、問題文には「(1912

年発表)の一節」とだけ書かれてたが、元の半分ほどらしい。

   

(☆追記: 原作の全文を読んだ後、補足記事を別にアップした。

  野上弥生子『秋の一日』2

      ~センター試験の省略箇所も含めた全文を読んで )

    

国立国会図書館の書誌情報と、文芸雑誌『ホトトギス』HPで出典

を調べた所、原作は1912年のホトトギス第15巻・第4号

で発表。p.34-38、p.40-44となってるから10ページ

構成だ。途中の空きページには挿絵があったのだろうか。

        

170115a

    

    

ちなみに、この記事を読む人の大半は受験生と大人だろうが、

大人の方々にたずねてみたい。

    

 ツイッターの無邪気な声に、涙がこみ上げましたか?

    

小説の主人公・直子の涙を誘うのは、女性の裸体の胸に歓声を上

げたりする現在の子どもたちと、多感でお転婆な過去の自分たち。

つまり、純粋で繊細な幼さ。「春」のような若さだった。そして、時の

流れも、小説の物語も、「春」から秋へと重層的に流れてるのだ。。

   

    

     ☆        ☆        ☆

100年前の文化や習慣はよく分からないが、ピクニックとか遠足

というもののイメージは春だろう。暑くも寒くもなく、日が長いし、新

緑も美しい。

    

ところが、直子はもともと秋が好きだし、今年の秋は珍しく体調もい

い。だから、「一昨年の秋、夫が旅行の土産に」買って来てくれた、

あけびの蔓(つる)で編んだ手提げ籠(かご)に、好きな食べ物を

入れて、どこかへ出かけたい。

  

そこでふと思いついたのが、展覧会&ピクニック。明日の天気が良さ

そうだから、朝早く展覧会に行って、そのあと田舎へ行けばいい。

  

「誠に物珍しい楽しい事が急に湧いたような気がして」と書かれた

部分の直子の心情は、病気や自分の子どもはあまり関係ないし、

展覧会とピクニックの組合せがポイント。だから、問2の正解は4。

     

   

    ☆        ☆        ☆ 

私はこの箇所を読んだ時、ふと個人的に胸を打たれてしまった。家

族で日帰り旅行に出かけた時、母親たちが一生懸命、食べ物や飲

み物をかごに詰め込んでた姿を思い出したからだ。

           

私はその時、あまりに準備が遅かったのでつい、「そんなの、向こう

で買えばいいだろ」と口にしてしまった。曖昧に返答しながら、準備

の手を止めない姿を見て、私はすぐに深く反省したのだ。

    

準備の楽しさは、お店では買えない。出発前の自宅だけに、しかも

一定の期間だけ存在するもの、「春」だった。ちなみに小説にも、

準備で頑張る直子に対して、「家の人々は笑った」と一言書いて

ある。

   

       

     ☆        ☆        ☆

話を小説自体に戻そう。美術館に向かう途中、大きく黒く異様な

烏の話が入ってる。深読みするなら、病気や死など、直子の不安

を象徴してるとも考えられるが、深読みの根拠は曖昧だし、セン

ター試験の解答では無視すべき所。

  

最初の注目点は、小学校の運動会のお遊戯。久々の光景を5分ほど

見てる内に、「ふと訳もない涙」がにじみ出す。

  

訳(わけ)もない涙でも、理由(わけ)を説明させるのが国語の試験だ。

しかも、間違えやすい設問になってる。子どもを見て、涙。子どもに

乳房を与えて、涙。さらに、じっと見てる自分の子どもへの微笑みの

底にも、「涙に変る或る物」。

  

すると、つい涙と自分の子どもを結びつけてしまいがちだが、そうとは

限らないことは小説の後半でハッキリする。もちろん、病弱な自分とも

直接的には無関係。よって、問3の答は5番となる。

   

    

     ☆        ☆        ☆

話が大きく展開するのは、「幸ある朝」という絵画の前に直子が立っ

た時。この画家(藤島武二か?)の義妹である淑子は、直子の二級

上で、親しく交流してたらしい。

  

その淑子が10年近く前の夏、こっそりモデルになって描かれた絵が、

その秋にサプライズの形でお披露目された。題名は、「造花」。

   

淑子が花を造る様子を示すタイトルが、今となっては別の意味も含

んでることになる。「生花」とは異なる、生きてない「造花」。絵から

少し離れてにこにこ笑ってた淑子は、既に亡くなってるのであった。

  

ここでまた設問がある。「こうした雲のような追懐に封じられてる」と

はどういうことか。自分自身とか、淑子さんを強調し過ぎるのは、

可能な見方ではあるけど、「最も適当な説明」ではない。

   

自分、淑子、仲間たち。。これらを抽象的にまとめると、私の言葉

なら、「自分たちの春」ということになる。もちろん、小説の題名『秋

の一日』を意識し、「子どもたちの春」との対比を考えてのこと。

  

センター試験の正解としては、2番。全員の昔話を出すと共に、

「抜け出すことができずにいる」と書いてる点がポイント。要する

に、「追懐に封じられてる」という古い文学的表現をそのまま分

かり易く書き換えた文章。

  

ちなみに、選択肢の5番は部分点をくれてもいいと思う。そのまま

説明したのが2番、少しだけ読み込んだのが5番だ。

   

    

      ☆        ☆        ☆

そして最後。追憶に封じ込められてる直子を助け出したのは、

現在の現実からの叫び声。「とや。とや。」

   

とら(虎)の絵(中村不折)が怖くて、直子の子どもが泣き出したらし

い。幼さとはもちろん、恥ずかしさ、可笑しさでもあるし、生きにくさ

でもある。

   

ただ、その感覚はあくまで大人から見た幼さ。秋から見た春の断

面かも知れない。いずれにせよ、この日の直子はここまで、春の

陽気から秋の物思いへと変遷した。

  

ちなみに、私がテレビのフィクションと現実社会を別物だとハッキリ

認識できたのは、小学校高学年だったと思う。それと同時に、ヒー

ローの活躍から興味を失い始めて、お化けや幽霊の怖さも消えて

行った。。

  

   

     ☆        ☆        ☆

なお、今年の国語第1問は、小林傳司「科学コミュニケーション」。

おそらく、2002年刊行の勁草書房『科学論の現在』に所収の論

文だろう。31ページ。

   

一部で有名な科学論の古典、コリンズ&ピンチ『ゴレム』を扱って

る内容で、その世界では普通の話だが、引用の一番最後にいき

なりこう批判して終わってるのは、少なくとも引用として感心しない。

     

  科学を正当に語る資格があるのは誰かという問いに

  対して、コリンズとピンチは「科学社会学である」と答え

  る構造の議論をしてしまっているのである。

   

これで終わりなら、直ちに反論が返って来るだろう。

   

  科学論を正当に語る資格があるのは誰かという問いに

  対して、小林は「私である」と答える構造の議論をして

  しまっているのである。

    

170115b

  

写真は第二版の英語原書。amazonからお借りした。

   

    

     ☆        ☆        ☆

もちろん、こう指摘されれば小林は直ちに反論するはずで、それ

はコリンズ&ピンチでも同じこと。彼らの科学批判をメタレベルで

小林が批判したものがメタ批判とすると、それを彼らがさらに批判

すればメタメタ批判となる。

   

この種の議論には、そこまで読み込んだ仕掛けや深みが必要だ

が、センター試験の問題文は、単純なメタレベルの唐突な終わり

方になってた。

      

直接関係はないが、「重力波の存在は明確に否定された」と言い

切ってしまってるのも微妙な所で、ここでもより慎重に、「現在では

否定する議論の方が有力だ」などと書くべき所だった。実際、小

林の論文の僅か15年後の去年、明確に肯定された。

  

私の物理系の知人は当然だといった感じで喜んでた。つまり、

昔から重力波を確信してたのだ。批判に屈することなく。    

     

ちなみに『Golem』には、福岡伸一による邦訳『七つの科学実験

ファイル』(化学同人)がある(確か部分訳)。当サイトでも以前、

一般相対論の再検討の記事で触れておいた。。

   

    

     ☆        ☆        ☆

科学というのも、もちろん昔は今以上に称賛されてた営みだし、

今でも理系の子どもなら無邪気に愛し、信頼してるのかも知れ

ない。したがって、数少ない理系の国語受験者の一部にとっては、

第1問はあまり心地よい問題文ではなかったかも知れない。

  

とはいえ、今は科学にとっても「秋」の時代。実用的な収穫は多い

ようにも見えるが、冬が近づいてる感もある。

   

冬を経て、また春が来るのか。いきなり次の春になるのか。あるい

は、冬のままなのか。考え始めると、現在の社会と自分への複雑な

思いに、「封じられて」しまうのであった。

   

なお、今週は計15000字で終了。

それでは今日は、早めにこの辺で ☆彡

   

                  (計 3384字)

        (追記 64字 ; 合計 3448字)

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