向精神薬の闇との苦闘~『オーバードーズ(精神薬依存)』
「オーバードーズ」という言葉は、まだ一般にはそれほど知られてないだろう。
でも「薬物依存」なら誰でも知ってるはずで、昔は麻薬や覚せい剤などへの依
存を指す言葉だった。ところが今では、心の病に対して普通に処方されてる
薬(向精神薬)の過剰摂取による薬物依存が問題になってる。この過剰摂取
がオーバードーズ(over dose:略してOD)。これは例えば、リストカットとかと
並んで、有名な夜回り先生・水谷修が戦ってる強敵の一つとも言えるだろう。
今のところ若い世代が中心なのかも知れないけど、内容的には中高年の間に
も十分浸透しうる恐れのあるものだ。試しにウィキペディアで「オーバードーズ」
の項目を調べると、「オーバードーズで亡くなった人物」として有名人の名前が
ズラッと並んでいる。もちろん正確には、「亡くなったと思われる」と言うべきだ
ろうが、それにしても世界的に大きな問題となってることは感じ取れる。
NNNドキュメント’07『オーバードーズ(精神薬依存)』は、一人の女性患者(仮
名:ノリコ)がそこから這い上がろうと苦闘する姿を中心に描いたもので、覚悟
はしてたものの余りに重くて、記事は止めようかなと思ったほどだ。でもラストは
一応かすかな光を見せてくれたことだし、スポーツやドラマだけじゃなく社会問
題について発言するのも重要だろうから、簡単な記事を書いとくことにした。
精神疾患(心の病)というと、昔は一部の人のものというイメージがあったもの
の、今では「心の風邪」という言葉が示す通り、身近な存在だ。特に、うつ病の
カミングアウトをする患者・元患者は、有名人の中でも珍しくなくなっている。
これに対する現代精神医学の治療は、世界的に薬物療法中心のようだ。客
観的な診断マニュアル(とりわけ『DSM』)と医師の経験をもとに、個々の患者
に適切な薬物を処方する。薬物の有効性や安全性は、少なくとも建前上は、
厳しい科学的チェックを受けたもので、かなりの医師(過半数かどうかは不明)
は薬物を信頼して処方し続けてるし、患者も実際に服用している。ただ問題は、
処方と服用が正しく行えるかどうかということで、どの程度の割合かは議論の
余地があるけれど、無視できない数のオーバードーズ(過剰摂取)が起きてし
まってるのが実情のようだ。
今回の女性が過剰摂取してたのは「リタリン」(Ritalin)。これは代表的な商品
名であって、一般的な薬品名はメチルフェニデートだ。20世紀半ば以降、うつ
病やナルコレプシー(突発的に強い眠気に襲われる病)、ADHD(注意欠陥多
動性障害)に広く使われて来たとの事。彼女もちょっとしたことで精神科のカウ
ンセリングを受けてリタリンを処方され、不幸にものめり込んでしまったらしい。
こうした事態について考える際に重要なのは、どこに問題があると見て、どう
するのかということ。番組では、薬そのものの危険性と、安直に処方する医師
やネットの違法サイトの問題性を強調してたように感じた。女性の精神的弱さ
もかなり描かれてたかも知れないけど、それを責める資格のある人間は、医
師とごく身近な人間(親、恋人、相談相手など)だけだろう。
安直な医師や違法サイトの問題性は明らかとして、微妙なのは薬そのものだ。
そもそも世界中で医薬品として何十年も使われてるわけで、単なる悪役でも
なければ毒でもない。ただ、精神医学をとりまく世界が、薬の過剰摂取とか不
適切な投与・流通という問題まで深く考えてきたがどうかは気になるところ。日
本でリタリンを販売している「ノバルティス ファーマ株式会社」(番組では名前は
出ず)のサイトで、リタリンの添付文書を読んでみて、目にとまったのは「使用
上の注意 2.重要な基本的注意(2)」。そこにはこう書かれてる。「連用によ
り薬物依存を生じることがあるので、観察を十分に行い、用量及び使用期間
に注意し、特に薬物依存、アルコール中毒等の既往歴のある患者には慎重
に投与すること」(色づけによる強調は引用者)。
要するにこれは、医師個人の能力や努力、心がけの話であって、薬物療法
という科学的な外見の治療法の基本に、何とも人間的な要素が据えられてい
るわけだ。だからやっぱり薬はダメだ、当てにならないというのはもちろん早計
で、むしろ、だからやっぱり薬には人間的フォローが非常に重要なんだ、とい
う話だ。ここから何が導かれるかというと、まず医師の人間的能力(知識や技
術でなく)に対する厳しい姿勢やシステムが必要だということ(チェック、賞罰)。
また、患者の側も、薬だけをもらって安心・満足してしまう姿勢を正し、医師を
慎重に選んで長く付き合う必要がある。さらに、患者でなくても、薬物依存とは
どうゆうことなのか、具体的に知っておくべきだろう。例えば中学・高校だけで
なく、大学でもビデオ教材とかを用いて必修の講義を行うことなどが挙げられ
よう。
最後に強調したいのは、結局大切なのは人間であって薬じゃないということだ。
もともと精神科に行くことになったキッカケは仕事や人間関係。安直に薬を与
えたのは医師(最初の医師ではなく新宿の医師)だし、安易に依存を深めたの
は本人。それを支えたのは恋人だし、そこから抜け出す地獄の苦しみを手助
けしたのは専門の医療機関の治療者たちだ。もちろん、最後に立ち直らせた
のは、本人の強い意志が一番のポイントだ。
現実には、違法なドラッグならともかく、合法的医薬品の白い錠剤が不要にな
る世の中は遥か彼方だろう。だからこそ我々は、あくまで人間として、この物質
と最善の関係を結べるように努力し続けるほかはない。医師も患者も、企業も
第三者も。今はただ、必死に薬物を断った彼女が、二度とオーバードーズの闇
へと戻らないことを祈るとしよう。。
NNNドキュメント、丹念に重い事実を伝えていく、見応えある番組だった☆彡
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