松原隆一郎(東大)の金融悲観論~朝日『論壇時評』
(2010年4月29日追記: 新たな記事をさきほどアップした。
東浩紀とネットが開く新たな言論空間~朝日新聞「論壇時評」 )
経済は一般に、様々なレベルで、信用(=クレジット)というものを必要とする。例え
ばクレジットカードなど持たないフリーターが、日払い現金支給の力仕事で1万円札
を1枚受け取るとしよう。彼は自分の労働力という商品を先払いで雇用者に渡すの
だが、その際にまず、雇用者が仕事の直後に賃金を支払ってくれることを信用す
ることになる。また、彼が特殊な趣味の持ち主でない限り、1万円札という紙切れ
には興味ないから、それが後で、自分の欲しいものと交換できることを信じている
ことになる。つまり社会や貨幣を信用してるのだ。空気のように、意識することなく。
もちろん、多くの労働の場合、給与は銀行振り込みだから、この場合には銀行と
いう金融機関への信用も必要となる。雇用者が本当に銀行振込みするかどうか
についてはもちろん、銀行が本当にそれを自分に払い戻してくれるかどうかにつ
いての信用も必要なのだ。
経済を基本的に支えるこうした信用は、現代の日本においては、まだそれほど裏
切られることはない。でも、かなりの裏切りが生じてるのは事実だし、信用が揺ら
いでるのも確かだ。零細業者が破綻したために従業員に賃金が支払われない、
中小企業が破綻したために投資した金が返って来ない、個人の自己破産のため
に消費者金融が貸した金が返って来ない、等々。信用不安という言葉は身近に
なってきたし、信用収縮というやや難しい話も、銀行の貸し渋りで現実味を帯びて
きた。
そして、信用の崩壊を世界規模で爆発的に進ませたのが、昨年の夏から目立っ
てきた、米国発のサブプライム問題だ。余裕のない個人が借金で住宅を購入し
て、より高い値段で住宅を転売、借金を返して手元にまだお金が残るなんていう
夢のような話は、遂に崩壊。これだけなら、まだローカルな話題にも見えるけど、
実際はこの借金が複雑なシステムによって世界中にバラまかれてるわけだ。一
口でいうなら、貸した金融機関が借用証書や担保同意書を他の金融機関にバラ
売り(証券化&販売)したってことだ。このバラ売りは、少し前まではお得な安売
りに見えたのに、今では不良品販売みたいなものとして、地球規模で被害報告
が出て来てる。
この問題、実は数年前から危険性は指摘されていて、まだ大丈夫とか言ってる間
に、事態はますます深刻化。1年前に一度騒がれた後にも、既に峠は越したとい
うような話は何度も聞いてたけど、春以降、日本の不動産関連は悲惨な状況へ
と加速度的に転落。そこへダメ押し的に出現したのが、米国史上最大の約64兆
円の負債を抱えたリーマン・ブラザースの経営破綻。その翌日、9月16日には、
米保険最大手のA I Gに公的資金約9兆円の融資が決まった。米国の金融当局
としては、本来なら公的救済なんてものは避けたいから、リーマンは見捨てたもの
の、A I Gだと影響が大きすぎるから、なりふり構っていられないわけだ。
☆ ☆ ☆
さて、前置きが長くなったけど、社会経済学者・松原隆一郎が朝日新聞に毎月連
載している「論壇時評」が、9月27日の朝刊に掲載された。今回の見出しは「米
金融危機の深層 見えぬドル不安の値」となっていて、何でも屋的にマルチな活
躍を見せる松原にとっては、本来の専門分野の実力を見せる場となった。で、実
際に読んだ感想は、残念ながらネガティブなものだった。「経済学者」の良くない
部分が前面に出てしまってる文章で、これなら彼お得意の格闘技の話でもした方
がよっぽどいいのにな、と思ったほどだ。。
論壇時評だから、13の「注目論文」を中心に多くの文章に目配りしてるわけで、
出てくる名前は、北野一、水野和夫、野口悠紀雄、吉川元忠、金子勝など、私
でさえ知ってるものがズラッと並んでる。まず、楽観論の北野を軽く笑い飛ばし
た後、水野、野口、吉川の悲観論を並べた上で、その本質的な違いは、「資産
の流動性を信じるか否かによっている」とすること自体にもかなり引っ掛かるも
のの、とりあえず流しとこう。それより問題なのは、そこから、この信頼は「何らか
の確固たる根拠にもとづくものではない」と語って、結局悲観的ムードのまま時評
を終わらせてることだ。公的資金注入は必要だけど、それでも不完全。絶対では
ないから不安だというのだ。そもそも世の中に、完全なものや絶対的なものなど、
どこにも見当たらないはずだけど、彼には今までそれが見えてたとでも言うのか。。
信用とか信頼というものは、もともと確固たる根拠などもたないものであって、その
不安定な性格は、サブプライム危機で生じたものではない。今回の危機までは、不
安な中でそこそこ上手くやって来たわけだし、少なくとも遠い将来には、また上手く
やれるようになるだろう。人間の多くは、学者ではない。表面的に難しい理屈で自
分や他人の不安を増幅して生活を成り立たせる存在ではなくて、軽い感覚で信用
して、失敗を重ねながら何とかしぶとく生きていく生物だ。
松原が悲観論を唱えたいのなら、信用の無根拠的な性格なんていう当たり前のこ
とを前面に出すのではなくて、今回のサブプライム危機における特殊な信用崩壊
を語らなければならない。断固たる公的援助や、世界の金融当局の連携をもって
しても不安だと、わざわざ強調せざるを得ないほどの特殊性はどこから来るのか。
そうなると、おそらく彼は、普通のメディア報道と同じく、既に起きてしまってる悲惨
な状況を列挙するに留まるような気がする。悲惨だから不安だという、何とも普通
の心情吐露だ。
たまに、03年の日本みたいに上手くいくことがあるにせよ、「それとて社会心理
の機微にすぎない」とも語る。しかし、信用をもとにした経済全体を大きな目で見
た時、むしろ今の危機の方がよほど特殊なことであって、これこそが「社会心理
の機微にすぎない」のではないか。もちろん、彼の言い方を借用して反論してるだ
けで、実際にそんな単純で小さなこととは思ってないわけだが。
私は決して楽観論者ではない。でも、今まで経済学者の理路整然とした悲観論
が外れるのを何度も見てきただけに、今の悲観論にも同調する気にはなれない
のだ。そもそも、経済学、特に大きな視野で語るマクロ経済学は、過去や現在の
分析は得意だけど、予測は不得意な学問。現実の人間社会は、あまりにも複雑
で混沌としたシステムなのだ。
楽観とか悲観とかではなく、人はみな、ある程度の信用を保って、ある程度の裏切
りを乗り越えつつ、何とか生きていく。ほんの5年前、りそなもみずほもUFJも潰れ
ると言われてたことを思い出そう。今や、ほとんど忘れ去られて、サブプライム危機
でさえ、それらの銀行の株価は落ち着いた下落に留まってる。経済学的な悲観論
など、その程度のもの。学者「心理の機微にすぎない」と、私は思ってる。ちなみに、
格闘技は別としても、松原は基本的に好きな学者だから、念のため♪
ではまた。。☆彡
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