« ベルリンマラソン世界新記録のラップとスプリット☆ | トップページ | 08年9月の全走行距離 »

半世紀を経た「悲しき熱帯」の現状~朝日新聞・夕刊

たまたま早めに帰宅できたので、珍しくゆったりと朝日新聞の夕刊(2008年10月

1日)を開くと、大阪・難波の個室ビデオ火災事件が大きく扱われてる。カプセルホ

テル代わりの格安宿泊施設には、やっぱり安さの代償としてのハイリスクが潜んで

るんだなと確認したあと、他の記事を見始めて、ふと懐かしい言葉が目に留まった。

「悲しき熱帯」を歩く・3という、2ページ目に掲載された連載記事の第3回だ。

       

『悲しき熱帯』(1955年)というのは、構造主義の草分けとしても有名なフランスの

文化人類学者・レヴィ=ストロースの名作で、ブラジル滞在中のインディオ研究を

まとめたものだ。朝日の記事では、なぜか「レビストロース」と書かれてるけど、元

の表記は「Levi-strauss」だから、レヴィとするのが普通だ。1908年生まれの彼

がまだ生きてるというのがまず驚き(11月で100歳!)だったし、出版から50年

以上たった今現在の様子を現地調査する記事にも感心したから、わざわざ月曜

日まで遡って読んでみた。じつに興味深い話だ。。

          

今回、取材対象に選ばれたのは、著作の第7部で扱われていたナンビクワラ族

レヴィ=ストロースの調査は1938年で、70年もの年月が経過したことになる。

当時、彼は「物質生活の貧しさは、ほとんど信じられないほどだ」と驚嘆していた

(引用は川田順造訳・中央公論社刊による)。それに対して、月曜から水曜まで

の夕刊記事は、相当な変貌を報告している。

         

保護区で暮らすナンビクワラ族の生活も、様々な形で外部からの影響を受ける。

70年代から女性はを着始めて、祭りとかの儀式の際だけ半裸になり、独特の

化粧をする。その化粧にも、消しやすい油性ペンが使われたりするそうだ。男性

も、儀式の時には弓矢を手にするものの、普段はほとんど狩りはしない。保護区

は牧場や畑に囲まれ、生態系は破壊されて、獲物のサルや鹿は姿を消した。25

年前、保護区のそばに舗装路の国道が出来て、業者が森を伐採し、樹木は焼き

払われてしまったとのこと。今や、辺り一帯は一大穀倉地帯。

       

主食は芋と豆と肉を混ぜた伝統料理だし、アルマジロを食べたりもするけど、夕

食の主菜は町のスーパーで買った鶏肉。取材チームが持参したカップ麺にも興

味を示したらしい。金銭収入がどこから入るのかは、まだ書かれてないけど、農

産物とかの売買の他に、補助金でもあるんだろうか。とにかく、町の商店で頻繁

に買い物するとのこと。

           

儀式の最中に若者が携帯電話を見てる写真には苦笑してしまった。そんな場所

まで携帯が侵食してたのか。道理で先日、世界の携帯普及率が今年末で61%

なんていう驚異の数字が示されたはずだ。もちろん、1人で複数契約してる者が

普及率をアップさせてるのは確かだろうけど、急速に世界中で普及してるのは

間違いないだろう。保護区には携帯の電波が届かないものの、車で1時間走れ

ば大丈夫だし、保護区内でも携帯の着信音を鳴らして遊んだりしてるらしい。持っ

てること自体がステータス・シンボル。

         

もっと根本的に、部族の権力構造も変化してる。伝統的には、首長と、精霊への

祈り役と、若者を率いる頭目の3人が、各集落の指導者だったが、最近は役人

と交渉して文明化を進められる者が発言力を増してるそうだ。部落から町に出て

行く若者も多く、「壁」にぶつかった者のアルコール依存症が深刻な問題になって

るとのこと。ドラッグでないだけ、まだマシとでも言うべきなのか。。

          

元の『悲しき熱帯』という著作では、表面的には悲しく見える熱帯がもつ真の豊か

さが表されていたのに対して、現在の「悲しき熱帯」の様子は逆。表面的には豊

かそうに見えても、真の悲しさに覆われつつある状況だ・・・というのが、この連載

のメッセージだろうか

    

そもそも、携帯で遠くの人間と触れ合う時間は、近くの人間と触れ合ってないわけ

だ。携帯の画面を見てる間は、周りの景色を見つめていない。人間社会の「進歩」

とは何なのかという素朴な問題を、あらためて考えるための契機としては、いい記

事だろう。彼らの生活に、今でもかつての姿が多少は残ってる様子を読むと、正

直ホッとした。『悲しき熱帯』で、「人間の優しさの、最も感動的で最も真実表現

である何かを、人はそこに感じ取る」と描写されていた、身を寄せ合って砂地に眠

る姿は、昔と同じ光景らしい。

                       

レヴィ=ストロースは「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」

書いたが、これは真実だろう。ただその一方で、我々はやはり人間だから、人間

らしい感情や欲望、価値観と共に生きていかざるを得ない。人間は自然といかに

共生すべきか、文明は未開(or開発途上社会)といかに共生すべきか。日々の

雑事に追われる中、そうゆう根本的で大きな思索は忘れずにいたいと思う。たと

えそこに答はなくとも、考え続けることが自然に対する礼儀作法であり、人間の

品格を表すことでもあるだろう。

ではまた。。☆彡

    

         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

☆10月2日追記: 連載第4回は、発電機、テレビ、ナンビクワラ後の文字表記

            (ローマ字)、ポルトガル語、パソコンが入って来る一方で、

            しきたりや風俗が薄れていく様子が描かれていた。初回同

            様、女性特有の儀礼の変化が報告された。

       

☆10月3日追記: 連載第5回、最後を飾るお話には、何と70年前にレヴィ=

            ストロースと会ったと語る古老ティトの登場。「ブランコ」=白人

            が進歩と共に病気や災いをもたらしたと語ってる。インフルエ

            ンザはしかもブランコのせいなのかね。

            古老の話も、記事の論調も、まさに「悲しき熱帯」。原著から

            の最後の引用は、

            「異常な発育を遂げ、神経のたかぶりすぎた一つの文明によっ

            て乱された海の静寂は、もう永久に取り戻されることはない」

            もちろんこれはブラジルの「未開」民族だけじゃなく、我々に

            ついても言えることだろう。。

            とにかく、石田博士記者を始めとする取材スタッフの皆さん、

            ユニークな調査記事をどうもありがとう! できれば近々、フ

            ランスにも取材に行って欲しいもの。著作に写真で登場して

            ると自ら語るティトの話に、レヴィ=ストロースがどう反応する

            のか、知りたいもんだ♪☆

| |

« ベルリンマラソン世界新記録のラップとスプリット☆ | トップページ | 08年9月の全走行距離 »

文化・芸術」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

こんばんは

「ウルルン」を見て
こんなことろへ入っていって TVを撮影することは
ここに住んでいる人々の暮らし
壊すことにならないのかな
という思いがぬぐえませんでした
だから 番組が終わって少しほっとしました
(終わったんですよね そう聞いたんだけど
確かじゃないの)

文明社会の悲劇
一度持ってしまったら 捨てられない物の数々
一度味わってしまったら 忘れられない便利さ

昔の方が 精神的に豊かだと分かっていても
もう戻ることは 出来ないのよね
逆に進めないなら
どういう風に前に進んでいけばいいのか
考えなくてはいけないのでしょうね

家も捨てられないガラクタがいっぱいです
心の中にある 
「もっと欲しい」 「もっと楽がしたい」という
とめどもない<欲>もね(笑)

投稿: 彩花 | 2008年10月 4日 (土) 18時09分

> 彩花さん
   
こんばんは♪
意外な記事へのコメントだなと思ったら、
ウルルンを見てたわけですね。
      
僕は、ドキュメンタリーは好きなんだけど、
民放のトークやクイズは苦手なもんで。。
学問的な調査じゃなくて、バラエティに近い商業的
テレビ番組の取材ってのも、ちょっとね。。
13年も続いて、遂に終了ですか。HPにも既に
内容が書かれてないってのは、「悲しき」ことかも。
    
ホント、なかなか元に戻れないんですよね。
携帯なんて、15年前にはまだまだマイナーだったのに、
いまや南米の原住民まで手にしてしまってる。
数人で集まってる高校生とかが、それぞれ別々に
携帯をいじってる姿を見ると、変な世の中だなと
あらためて思います。
夜道を1人で喋りながら歩く姿も奇妙ですね。
   
そこまでして、遠くの人とつながらなきゃなんないのか。
・・とか言いつつ、ブログを通じて彩花さんと会話
してるのも、ここ5年で広まった現代文明ですけどね (^^ゞ
遠く離れた世界とつながる便利さと、その代償。
じっくり考えてみるべき問題だと思います。   
   
アハハ (^^) 彩花さんも捨てられないタイプなのね。
僕も、母親譲りで、物が捨てられなくて。
たぶん、いまや僕の最大の欠点でしょう。
多すぎて、どうにもならない状況。。
   
ま、結局は、過剰な欲望のせいかな。
彩花さんも僕も、強欲なんでしょう。。♪

投稿: テンメイ | 2008年10月 5日 (日) 18時21分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ベルリンマラソン世界新記録のラップとスプリット☆ | トップページ | 08年9月の全走行距離 »