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映画『おくりびと』と青木新門『納棺夫日記』の違い

先日、花園大学の仏教学者・佐々木閑のコラム「日々是修行」(朝日新聞・夕刊)

に関する3本目の記事を書いたら、熱心な読者の方から興味深いコメントを頂い

た。アカデミー賞・外国語映画賞を受賞した『おくりびと』の原作とか制作のキッカ

ケと言われる著作の『納棺夫日記』後半は、仏教・思想関連の話になっていて、

それが深くて面白かったとのこと。私は単純に、お仕事日記の葬式ヴァージョンか

と思ってたので、早速ネットであちこちチェック。なかなか面白い作業になったの

で、記事にまとめておこう♪ ちなみに受賞直後にも、簡単にコメントしておいた。

          

           ☆          ☆          ☆

映画化のアイデアを早くから思いついた主演のモックン=本木雅弘は、『納棺夫』

を参考にしたんだけど、その後色々あって、映画では「原作」扱いにならなかった

・・・・・・ここまでは新聞やテレビのニュースで度々伝えられて来たことだ。でも、そ

の細かい経緯や内容については知らなかったから、森進一の『おふくろさん』歌詞

変更問題みたいな感情のこじれかな、とか勝手に想像していた。でも、どうやらこ

れは、思想・宗教に関わる根本的なズレの問題のようだ。

            

「原作者」とも言われる青木新門氏(以下、敬称略)のHP『shinmonの窓』にアク

セスすると、まずトップの美しさに魅せられた。最上部が、ヒマラヤの雪山写真な

のだ。ウチのブログトップにもその種の写真をよく飾ってるけど、それはあくまで美

しい自然の風景としてのもの。ところが青木のHPでは、仏教・ヒンズー教・ラマ教・

ジャイナ教、四つの宗教の聖地として、ヒマラヤ最西端の未踏峰の霊山「カイラス

山」(標高6656m)を掲げている(なぜかカライスと誤記されてた)。ここから既に、

宗教や思想へのこだわりを持った人だということがよく分かるのだ。

                

続いてすぐ目に付いたのは、「他は見ても見なくてもいいですが、この写真だけは

クリックしてぜひ見てください」という文章。奇妙なほど存在感のある子供の白黒

写真がサムネイルになってて、素直な私はまずここからクリック。すると、「一枚の

写真」というページが開いて、拡大写真と共に説明文が出た。

      

何と、直立不動で唇を噛み締めた少年が背負ってるのは弟の遺体で、健気にも

火葬場へ1人で運んできた所らしい。太平洋戦争の悲惨さを無言で語る様子を、

元・米国大統領専属カメラマン、ジョー・オダネル氏が写して、青木は14年前に

写真展で見て涙したとのこと。この米国のカメラマンの話は、去年夏にNHKスペ

シャル『解かれた封印』でも紹介されたそうだ。

       

これ以上は、あえてここには書かないので、興味のある方はご自分で読んで頂き

たい。ともかく、不気味なほど暗いページを恐る恐る読み始めた私の目に、いつし

か涙が浮かんでた。また、「この写真だけはクリックして」と強調する青木の強烈

なこだわりにも納得できたのだ。

          

           ☆          ☆          ☆

その後、トップページに戻ると、まず目に付くのが「News」として強調されてる項目、

映画「おくりびと」。クリックすると、前半はわりと普通の賛辞やコメントが書かれて

る。ただ、その中で目立ってるのは、『納棺夫』の中の一文、「蛆も命なのだ。そう

思うと蛆たちが光って見えた」。1ヶ月放置された遺体を納棺した際のこの文章に

目を留めた本木が青木に電話したのが、2人の交流のきっかけとのこと。まだ20

代だった本木の鋭い感受性に、青木は驚いたらしい。

            

一方、このページの後半には、映画「おくりびと」と「納棺夫日記」に<かはりめ>

あり、と大きな赤い活字で強調されている。<かはりめ>(つまり変わり目)とは、

山田孝之&綾瀬はるかのドラマ『白夜行』でも話題になった、親鸞『歎異抄』で使

われてる言葉で、簡単に言えば根本的違いとか、本質的差異いうことだ。彼岸

の世界まで考慮してるかどうか、という問題。

                 

『おくりびと』と『納棺夫』の違いは、死生観とか宗教的思想なのだ。『おくりびと』は、

あくまで「この世」の話として、あるいはその最後として、死を描いてる。人と人の

つながりや家族の絆を、風景と共に美しく描いてはいるものの、「ヨーロッパ近代

思想の人間愛で終わっていた」。それに対して、『納棺夫』が語ったのは、「浄土」

「後の世」「後生」「浄土」という仏教的な概念。あるいは、そうした後世と現世とを

一体として考えた場合の、<永遠>。その中で、生と死が一体となる瞬間の「光」。

        

だからこそ、映画化にあたって宗教色が消されてしまうのは我慢できなかったわ

けだ。「私の生き方に関わる問題」なのだから。 「私は著作権を放棄してでも『納

棺夫日記』と『おくりびと』の間に一線を画すべきと思った。妥協することの出来な

い一線であった」。

             

にも関わらず、アカデミー賞受賞後に押し寄せたマスコミの記者たちに、「いくら説

明してもカットされ、私の意に反する記事や映像が流れる結果となった。あきれる

とともにへきへきして3月1日を期して取材を断ることにした」。なるほど。。まあ、

記者たちの側にももちろん言い分はあるはずだけど、青木の考えはかなり分かっ

たような気がするし、納得できるものでもある。

         

           ☆          ☆          ☆   

ちなみに、青木の宗教思想の具体的中身に関しては、別のページに簡単な「つぶ

やき」が一応あるんだけど、それについては今回は流しておくことにしたい。内容

が分からないからではなく、逆に分かりやすいからだ。また、特殊な体験とか過去

の著名人らの言葉を持ち出す身振りにも、ややコメントしづらい側面はあった。

ひょっとすると、後で『納棺夫』を読んでまた何か書く可能性はあるけど、しばらく

はノーコメントに近い軽い扱いに留めておこう。

        

「いのちのバトンタッチ」という「POEM」や、「宮沢賢治様」という「ESSAY」につい

ても、名前を挙げるだけにしておく。とにかく、全体的に見て、この青木という人の

存在は強烈に心に訴えかけるものがあった。それは確かなことだ。

            

ネットで、青木が関わってきた葬儀業者「オークス(OARKS)」のHPを見ると、

章よりも遥かに親しみやすい、微笑んだ写真も見ることができた。あえて俗っぽい

表現をするなら、「ちょっと頑固で宗教好きな優しいおじいちゃん」って感じで、貴

重な存在なのは間違いないと思う。

         

映画に関しては、いずれ何らかの形で、本木や滝田洋二郎監督はもちろん、才

能ある脚本家・小山薫堂まで含めた「和解」が成立するかも知れない。ただ、映画

自体に対して何か本質的な修正とか補足が行われない限り、このまま微妙な距

離は残り続けるだろう。もちろん、青木らしい筋の通し方であって、それはそれで

いいわけだ。あるいは、青木の意にかなう新たな映画化が行われるなら、それも

また素敵な生産的進展だろう。

            

それでは、この辺で。。☆彡

          

        

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P.S.青木が取材を断る直前のものらしきインタビューが、毎日新聞2009年3月

    2日(東京朝刊)に掲載されたようで、ネットでも簡単に読むことができる。

    アカデミー賞:外国語映画賞受賞「おくりびと」  宗教色薄めて家族を描く

    と題されたこの記事には、映画と「原作」の違いも具体的に書かれてるので、

    おそらく青木もそれなりに納得しただろう。ちなみに著名な評論家・佐藤忠男

    と川本三郎のコメントも含まれている。

          

P.S.2 「納棺夫」というのは青木の造語、「おくりびと」は小山の造語。ついでに

      「納棺師」というのも、一業者の造語っていうお話。まあ確かに、普通の

      人にとっては「葬儀屋さん」として一まとめになってる存在だろうね。。

              

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

cf.『おくりびと』、柔らかい救いでアカデミー賞☆

  植木等『スーダラ節』と親鸞『歎異抄』

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コメント

きゃーん、、
また消えた゚゚(´O`)°゚

こんばんは、まりこです。
今回の記事にもすごく感銘を受けたので
またまたコメントさせていただきます。
(ご無沙汰のあとの続けざまコメント・・・
これが私のパターン。。)

さてさて
私は“おくりびと”と“納棺夫日記”との違いについて
あまり深く考えていませんでした。
ただ、映画のきっかけになった本、というだけで
両方見た後に、カンジが違うかったな~って思っただけ。。
なので、この記事を読んで新しい発見ができました!

本を読んだ際、作者に関して
“へぇ~こぉいうヒトだったんだ”って思ったくらいで、
HPまではたどり着かなかったです。

さっきHPを覗いてきました。
“この写真はぜひ見てください”の話は
本の中でも取り上げられてました。
青木さんのこだわりが感じられますよね。
あと、「おくりびと」と「納棺夫日記」に<かはりめ>あり・・・
なぁるほど。。

テンメイさんの記事を読んで、
青木さんのHPを見て、
またテンメイさんの記事を読み返して、
しっかり納得できました。

何でも、ただぼぉ~っと読んだり見たりしちゃダメですねぇ。
もっと深く考えなきゃ。

それにしても、テンメイさんの説明力、文章力には
いつも感心しています。
本当に羨ましいです。
何を今さら・・・ですが。

とにかく、今回も為になる記事をありがとうございました!!(*^ω^*)ノ彡

それでは、そろそろ潜ることにしますか。


ではまた!

まりこ

投稿: まりこ | 2009年3月29日 (日) 00時15分

> まりこちゃん
    
何、また消えちゃったの
で、絵文字が1コだけになったわけね (^^)
って言うか、そろそろ 直せば?
運が良ければブラウザ(IE)の再インストール、
悪ければOSの再インストール。
いずれにせよ単なるソフトの問題だと思うけど。
     
ご無沙汰のあとの続けざま。。確かに
よく自己分析できてるね。感心、感心☆
次は現状打破を目指して頑張ろう!
   
さて、あぁ、単なるキッカケ本として読んだんだ。
オレはニュースを見てる時から、変な話だなぁと
思ってたのよ。何があったの?って感じ。
普通なら大喜びで、胸張って原作者を名乗るのに。
   
HP見るより本を読む方が遥かにエライけど、
HPの方が新しい情報を見れるんだよな。
ちゃんと更新してればだけど。
写真は古い情報だから、本にも載ってたのか。
それはホントに凄いこだわりなんだね。
原体験とか心象風景とピッタシ重なったんだ。
それにしてもあの少年、今でもご健在なのかな。。
       
<かはりめ>の説明、シャープでしょ
あちらの引用はなかなか適切なんだけど、
その説明が全体的にちょっと不親切なんだよな。
だから、メディアの記者たちにも
伝わらなかったんじゃないのかね。。
   
まりこちゃんの文章も大健闘してるよ
ドラマ以外でこうゆうコメント付けて
くれる人って、滅多にいないもんね。
いいコだから、ご褒美あげよう
    
さて、オレもそろそろフトンに潜るとするか。
ではまた!
    
テンメイ

投稿: テンメイ | 2009年3月30日 (月) 04時01分

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