論壇はどうなる~香山リカ・東浩紀・中島岳志in朝日「耕論」
(☆2012年2月25日追記: 最新の論壇時評レビューをアップ。
~高橋源一郎&小阪淳&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・2月) )
☆ ☆ ☆
「論壇」の危機とか衰退という話がここ最近一部で話題になってるけど、そもそも
「論壇」という言葉の意味を知ってる人、あるいはその言葉がしっくり馴染む人が、
一体どの程度いるだろうか。
Yahoo!辞書で『大辞泉』(小学館,1995)を見ると、「1 意見を述べるための
壇。議論をたたかわせる場所。 2 批評家や評論家などの社会。言論界。」と書
かれている。続いて『大辞林』(第二版,1995,三省堂)を見ると、「1 議論をた
たかわせるために設けられた壇。論争の場所。演壇。 2 評論家・批評家が自
己の意見を発表し、他人と論争する世界。言論界。」とされている。
これら2つの代表的中辞典を比べると、微妙に違いはあるものの、いずれにせよ
「論争の場」とされてるわけだ。論争とは、特に日本社会だと避けられがちなもの
だから、論壇などという古めかしい言葉が一般に使われないのも無理はない。
もともと社会から浮いた存在で、自然に過去の遺物と化しつつあった論壇。そこ
へ、去年からの経済危機の悪影響も加わったのか、2008年9月に『論座』(朝
日新聞社)、12月には『現代』が消え、2009年5月には『諸君!』(文藝春秋)
も休刊することになっている。論壇誌の衰えは明白だ。
けれども逆に、敢えて何とかしようと頑張る動きもあるわけで、その最たるものの
一つが朝日新聞だろう。去年辺りから、論壇の退潮に関する記事が目立つし、
この春からはオピニオン=意見のページを増やしている。月1回の「論壇時評」
(3月までは松原隆一郎)も連載が続いており、ウチでも一度だけ金融危機に関
して記事を書いておいた。
☆ ☆ ☆
さて、昨日(2009年4月12日)の朝日新聞・朝刊・オピニオンのページでは、1
面の4分の3くらいの大きなスペースを使って、3人の代表的論客の意見を掲載
してある。一応、口論(コウロン)の意味を含めた掛詞(かけことば)として「耕論」
と名付けられたこの企画、今回のテーマは「論壇はどうなる?どうする?」という
お堅いもの。3人が戦う形にはなってないから、新聞論壇と言うにはやや穏やか
過ぎるものの、それぞれの立場から微妙に異なる意見が談話の形で述べられて
て、それなりに興味深いものだった。
まず、アラフィフ(50歳前後)代表として、テレビでもお馴染み、精神科医の香山
リカ(立教大教授)が登場している。タイトルは「一方通行でない議論の場を」。談
話だから、聞き手の記者・秋山惣一郎が付けたタイトルだろうけど、的を射たも
のだと思う。
1200字程度の内容をまとめると、次のようになるだろう ─── 雑誌の形の
論壇は消えつつあるものの、いろんな人がネットやメールでモノ申す世の中になっ
ている。ただし、何かに対して言いたいことを言って、周囲が共感するだけ。関心
の範囲も、身近なものに限られる。本気で議論する気がない世の中だから、本気
の人と同人誌的なところから論壇を再構築するしかないのかも知れない───。
私はこれを読みながら、ちょっと胸が痛んだ。私も普段、本格的ドラマレビューを
中心に、毎日かなり自由に喋りまくってるけど、他人と議論する姿勢は不足して
るかも知れない。もちろん、記事の内容自体がかなり独自のものだし、コメント欄
でもわりと挑発的な言葉をやり取りしてるから、議論する姿勢が少ないわけでも
ないんだけど、「ブログ論壇」なんて大袈裟な言葉を使うには、まだ自閉的な自己
満足だろう。
そこで早速、香山のブログにコメントしようと思って探したんだけど、残念ながら
昔のものしか見当たらなかった。ただ、戦いの形を作るのはともかく、より刺激
的で挑発的な記事を書いて行こうと思わせてくれた意味では、彼女に感謝してい
る。私は、香山とは決して考えが似てるわけじゃないものの、色んな意味でかな
り頑張ってる女性論客であることは認めてる。名前と顔を露出してあれだけ喋り
続けるのは大変なことだろう。内容はともかく、その勇気には拍手を送りたい。
☆ ☆ ☆
続いて、アラフォー(40歳前後)を代表する論客が、批評家・東浩紀(東京工大
特任教授)。年長の香山より目立つ位置に掲載されてるのは、オピニオン・リー
ダー的立場を考慮したものかも知れない。たとえば去年、秋葉原の無差別殺人
を「テロ」と呼んだ際にも、かなりの話題となったわけだ。
「ネットが新しい論客を生む」という見出しの付いた、1300字程度の談話(聞き
手は尾沢智史)を要約すると、次のようになる───左と右、リベラルと保守の
ような、大きな枠組みの意味は完全に失われた。これからはネットを通じて、個々
の問題(シングルイシュー)についての言論が主流になるだろう。今までと違って、
個別の問題ごとに異なる鋭い論客が影響力を持つ。言論とは、物事の複雑多様
な形を示すものであって、そこからは個々人が行動を判断していけばいい。気概
のある書き手は少ないものの、彼らが現実的努力を重ねれば、言論は確実に活
性化する───。
こうした東の考えは、とりあえずある程度までもっともな話にも感じるものの、彼
の特殊な立場が、社会を広く見る力をやや曇らせてるようにも思われる。つまり、
彼は最初から、極度に難しい現代思想(ジャック・デリダなど)の領域で頭角を現
した批評家で、その後も香山とかと比べると、激しい論争の場に身を置いてるわ
けではないし、その必要も無かった。だから、個別に鋭い論客が影響力を持つと
いうイメージを持つわけだが、実際には社会はそんなに余裕はない。色んな物事
に関して、誰か特定の人にすがりたくなるわけだ。
その事は、難解な現代思想を武器として、戦略的に論壇にデビューした高学歴
の彼自身が、一番よく分かってることのはずだ。一つの分野で高いポジションを
獲得すると、他の分野での発言権も手に入るのだ。言論界にも、格差拡大の構
造が存在する。そもそも人は、無限に増え続ける個別の議論のそれぞれに対し
て、別々の論客を探すほどの余裕は持ってない。
そこでポイントになるのは、一般社会と個別の専門的論客を仲介するものの役
割で、それが「論壇誌」的なものであったり、特権的知識人だったりするわけだ
ろう。その意味では、東が08年4月に『思想地図』を創刊して編集委員になった
のは理解できるし、期待していいことだろう。非常に難しい試みではあっても。。
☆ ☆ ☆
最後はアラサー(30歳前後)代表の論客、アジア政治・政治思想の中島岳志(北
海道大准教授)。タイトルは「30代女性の感性に期待したい」(聞き手は編集員・
刀祢館正明)。まとめると以下の通りだ。
今は、気分に左右される世論が、熱狂的に政治を左右する土壌が出来てしまっ
ており、論壇という樹木はなかなか育たない。大会社の編集部が作る大部数の
論壇誌はもう無理だろうけど、「超左翼マガジン」をうたう『ロスジェネ』や『思想地
図』など、新しい媒体に期待している。1919年、第一次大戦後不況下の論壇誌
の活発な動きが参考になるだろう。また、これまで論壇誌の読者でなかった30
代女性も、ホームレスが売る雑誌『ビッグイシュー』を購読したり、藤原紀香が騒
動の最中に赤十字広報特使としてケニアに行ったりしてるように、新しいオピニ
オンの場を求めてる。彼女らをターゲットにした論壇誌を作れたらと考えている。。。
3人の中では一番若い彼の談話は、かなり分かりやすい「若さ」に満ちたものだ
と感じたが、差し当たり良しとしとこう。それはともかく、気分に左右される世論の
問題性を指摘する姿勢は、去年ウチで記事を書いた京大の保守論客・佐伯啓思
と同様のもので、おおまかに言うなら間違ってないと思う。
ただ、30代女性を中心にした論壇誌というのは、よほど工夫しないとまだ無理だ
ろう。逆に言うと、もし中島がそれを実際に成功させたら、素直に敬意を表したい。
彼の写真を見ると、わりと同年代の女性に好感持たれそうな感じはある。そうゆ
う、真面目な男性から見るとどうでも良さそうな要素に大きく左右されるのが、30
代女性の感性で、だからこそジャニーズを始めとする若い男性タレントに夢中な
人が多いわけだ。それ以外なら自分磨きとか、ファッション=流行としてのエコとか。
あくまで戦略的に、そういった女性に多少合わせた雑誌作りを行うなら、成功の
チャンスも無くはない。とはいえ、やっぱり非常に難しいことだろう。ちなみに、私
は論文並みに長くて難しいドラマレビュー(15000字前後も含む)を多数書いて
るけど、それはドラマという人気媒体を土台にして言論の場を構築してるという意
味もあるわけだ。もちろん、女性読者の視線はどうしてもタレントとドラマだけに
向けられがちではあるけれど、まったく無意味な試みでもないと思ってる。
☆ ☆ ☆
そろそろ時間だ。ウチも最近は、ドラマ以外の硬派な記事を増やしつつあって、
今回もその流れに沿って書いてみた。これまでの経緯もあって、常連読者はなか
なかこうゆう記事を読んでくれないんだけど、とりあえずは検索を通じた読者に期
待しよう。別に大した事は書いてないものの、社会人が休日にブログでこれだけ
書くだけでも、決して簡単ではない。せめて「気概」だけでも、少数の人に伝われ
ばと思ってる。ではまた。。☆彡
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
cf.東浩紀とネットが開く新たな言論空間~朝日新聞「論壇時評」 (10年4月)
「新しい公共」と他者への理解~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・5月)
理想を語り、現実を変えること~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・6月)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~高橋源一郎&小熊英二「論壇時評」(朝日新聞) (2011年4月)
~高橋源一郎&濱野智史&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・11月)
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コメント
テンメイさん
お久しぶりです
記事はときどき拝見はしてたのですが
コメントするには 難解すぎて
スルーさせていただいていました(笑)
この新聞記事
私も読んではいました
論を戦わせる
意見を戦わせ合うというのは
日本という温和な土壌の中では 難しいのではと思ったりします
特に 最近の方が その傾向が強いのではないかしら
わざわざ 反対意見を言い合うなんて 疲れるだけ
そんな醒めた思いを持っていたり
言い合った後 気まずい思いが残ってしまうことを恐れたりしてね
「そうよね 私もそう」
お互いにそう言い合って 癒されたいという気持ちが大きいのではないかしら
私も ブログを立ち上げたときは
大いに意見を言い合おうと思ったものでした
けれども 時間が経つと それに費やすエネルギーの大きさに 疲れてしまいました
<意見を交し合う相手>が誰なのかということは 大きなキーポイントですよね
同じ思いを囲んで まったりする
その温かさが居心地いいの
若さを失った証拠かもしれませんね(笑)
投稿: 彩花 | 2009年4月14日 (火) 21時25分
> 彩花さん
お久しぶりです。

こんにちは
難解すぎって、難しい記事を読んでるからでしょ。
簡単な記事もたくさん書いてますよ♪
とか言いつつ、このお堅い記事に食いつくとは・・^^
日本はホント、論争が受け入れられない風土ですね。
香山リカが書いてたけど、ショーとしての論争しか
ウケなくて、自分が本気で戦う姿勢がほとんどない。
だから、温厚な僕でさえ少し浮いちゃうんですよ (^^ゞ
まあマジメな話、確かに、論争に意味が
あるのかって話は前からあるんですよね。
少なくとも、全体的に見ると、プラスより
マイナスの方が多いような気もする。
企業の人事でも、協調性は大きなポイント。
もっと自己主張しろとかいう話は建前に聞こえますね。
本気にして面接で落とされる学生が気の毒です。
だから、意見の交わし方が大切なんでしょう。
誰と、どんな場で、どう交わすのか。
1つ争ったら3つ共感してフォローするとか、
マナーを守って微笑みながら意見するとか。
実際、最低限のポジティヴな人間関係を作って
ないと、論争は悲惨な結果しか生みません。
例外は、純粋に理数系の論争でしょう。
これはラクだし、ネガティヴなものが少ない。
直ぐでなくてもいずれ白黒決着がつくことが多いし、
人文社会系ほど感情的にはなりにくいですね。
ただし理数系でも、金や政治が絡むとダメだけど。。
同じ思いを囲んでまったりする温かさっていうのは、
コタツの文化が育んだ国民性かも知れません♪
一つのカゴに入ったみかんを食べながら、
テレビを一緒にぬくぬくと見るとかね。
まあ、ジャニーズ系の論争は感情的で不毛なものが
目立つから、代わりに時々、僕が挑発しますよ♪
早く「卒業」しなきゃダメでしょ、とかネ
投稿: テンメイ | 2009年4月15日 (水) 12時49分