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うつ病の血液診断と遺伝子変化

記事を書くに値するニュースなのかどうか、ちょっと微妙ではあるものの、

たまたま最近、うつ病の記事を2本(診断基準と抗うつ薬気分変調性

障害)書いたばかりだから、一応軽くコメントしとこう。

      

昨日(2009年7月11日)の朝日新聞・朝刊1面左上に、わりと目立つ

活字で「うつ病 血液で診断」という見出しが掲載されていた(坪谷英紀

記者)。小見出しは「白血球の遺伝子に変化」、「厚労省研究班 数年後

の実用化目標」。主任研究者は徳島大教授・大森哲郎。ネットで大学の

人物紹介を見ると、気分障害(うつ病、躁うつ病など)と薬物の関係が専

門のようだ。

                      

研究班は、白血球の遺伝子がストレスで変化することに着目し、医師の

面接でうつ病と診断された患者46人(治療前)と健常者122人を分析。

患者の83%、健常者の92%で正しく判定できたらしい。なかなか高い

精度=成功率だろう。今後さらに精度をチェックし、うつ病以外の精神

疾患との区別が出来るかどうかも調べる。実用化されれば、僅か2.5

ミリリットルの血液で診断できるそうだ。

         

朝日のネット記事を読むと、もう少し詳しい分析方法が書かれている。

①医師による問診 ②採血 ③血液を処理した検体を遺伝子チップに

たらす ④機械にかけて特定の遺伝子の変化をみる ⑤問診と検査の

結果からうつ病かどうか判定する

    

記事末尾の国立精神・神経センター・樋口輝彦総長のコメントも、新聞

よりネットの方が少し詳しい。新聞だと「今後、白血球の遺伝子の変化と、

うつ病の原因とされる脳内の変化との関係がわかれば、うつ病の原因

究明にもつながる」とだけ書かれてるけど、ネットではよりポジティヴに、

(実用化の)「可能性は十分にあると思う」と書かれている。

     

        ☆          ☆          ☆

さて、この話でまず気を付けるべきは、遺伝子の役割だ。普通の人の感

覚だと、「遺伝子は生まれつき変化しないものだから、うつ病も生まれつ

決まってる先天性の病気だ」などと勘違いされる恐れは十分ある。もち

ろん、研究も記事もそういった間違いはおかしてないものの、間違った先

入観を持った読者が読み流すと、誤解しかねない。

                            

実際、ちょうどこの日、自民党の鳩山邦夫・前総務相が、親子の遺伝に

ついて触れながら、「自殺というのは、やはり何らかのDNAが働いている

のではないかと言われる」と語って、問題視されてるのだ。文字通りに正

確に読むと、必ずしも間違いとまでは言えないかも知れない。けれども、

非常に不用意な発言で、まるで自殺するかどうかが生まれつき決まって

るように聞こえてしまう。差別、諦念、自己卑下などにつながりかねない

だろう。

                                                                  

話を戻すと、血液判定のポイントは「遺伝子」ではなく、ストレスによる「遺

伝子の変化」だ。遺伝子が変化しないと言われるのは、その確率が高い

というだけのこと。実際は低い確率で、遺伝子も変化する。複製にはエラー

が付き物だし、そのエラーには様々な要因が絡むのだ。これが今回の話

の大前提であって、専門家にとっては当たり前でも、素人にとっては当た

り前でないことだろう。

                                

続いて、今回の話に限らず一般的に重要なのは、何が先にあるのかとい

う点。この血液判定で言うと、先にあるのは医師のうつ病診断であって、

それに適合してるかどうかで血液判定の有効性を確認してるわけだ。と

ころが心の物理的検査というものは、一度制度化されるといつの間にか、

医師の診断や問診よりも上の立場になってしまう。

          

物質の物理的検査の場合はそれでもかなり上手くいくものの、複雑な人

間の心の場合、検査の過大評価になりかねない。例えば、患者「前の

病院の先生がうつ病じゃないと仰ったんですけど・・」、別の先生「いい

え、ウチの血液診断によると確かにうつ病です」、といった具合だ。

               

心の物理的検査よりも、面接その他の人間的検査の方が先にあること

を忘れてはいけない。その意味で、たとえ実用化されても、「問診と判定

の結果からうつ病かどうか判定する」(上の⑤)ことが重要だけど、実際

にはおそらく、血液判定の一人歩きが一部で行われるだろう。

          

最後に、この話を誰が語ってるのかも重要だ。主任研究者の大森も、

コメントした樋口も、薬や身体内の物質の専門家。もう少し広く言うなら、

いわゆる「生物学的」(=物質的)な研究者なのだ。それはここ30年ほ

どで急速にメジャーになってるし、例の国際標準マニュアル・DSM-Ⅳ

-TRも基本的にはその立場で書かれている。

         

けれども、精神疾患はそんな単純な病ではないし、そもそも人間は単な

る物質的存在ではない、という異論にも根強いものがある。したがって、

実用化の際、また実際に使う際には、関係者の間で十分な対話が行わ

れるべきだろう。結局この対立は、脳死&臓器移植をめぐる根深い対立

と同じく、「人間とは何なのか」という本質的な問題に関するものなのだ。。

    

という訳で、今回はこの辺で。。

    

      

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P.S.このニュースは、12日の晩の時点で、読売・毎日・日経のサイトに

    は見当たらない。それどころか、厚生労働省のサイトにも見当たら

    ないのは、ちょうど週末と重なったからだろうか。。

                 

cf.うつ病の診断基準と抗うつ薬~NHK『ためしてガッテン』

  うつ病の診断基準2~気分変調性障害

  うつ病の診断基準3~双極Ⅰ型障害 (躁うつ病)

  うつ病の診断基準4~双極Ⅱ型障害 (軽い躁うつ病)

  新型うつ病の一つ、非定型うつ病について

  統合失調症の診断基準、統計、および歴史的経緯

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  心理療法を無料で全国民に~朝日新聞「欧州の安心 イギリス」

  大胆かつ繊細な試論~香山リカ『雅子さまと「新型うつ」』

  ネット依存とうつ症状~朝日新聞「やさしい医学リポート」

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