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OR(オペレーションズ・リサーチ)~理系の鳩山新首相の専攻

総選挙の歴史的圧勝を受けて、9月16日に新首相に指名される民主党

鳩山由紀夫代表。東大では数理工学、米スタンフォード大では途中か

OR(オペレーションズ・リサーチ)を専攻した、日本初の本格派の理系

首相だ。「政治を科学する」という言葉もあるらしい。

      

そうした特徴に注目したのが、9月11日の朝日新聞・朝刊。社会面の連

載企画「もっと知りたい!」の見出しは、「理系新首相 人生の方程式 

結婚も趣味も数学決め手」となってた(松尾一郎、安田朋起、佐藤久恵)。

 (追記: 『AERA』2009年9月7日号が先に同種の記事を掲載してた。

      編集部「戦後初の『理系脳』 専門は問題解決学」)

                    

OR(operations research)とは、直訳するなら「作戦研究」だ。一般的な

意味を簡単にまとめるなら、「主に数学的な論理を用い、筋道立てて考

え、目的を達成する最適手段を求める学問の総称」。要するに、応用的

な数学、あるいは数学の応用だと思えばいい。あくまで、様々な応用の

総称であって、ORという特別な学問が独立して存在するとは考えない方

が適切だろう。

             

英和辞典を引けばすぐ分かるし、朝日も大まかに書いてる事だけど、

に経営や軍事の分野の、実用的な問題解決学を指す。それに対して、

前にウチで3本記事を書いたポアンカレ予想のようなものは、実用から

相当距離のある純粋数学だ。物理学の宇宙論へと応用するにせよ、目

の前の問題解決からはかけ離れてる。そもそも、予想(=問題)の意味

さえ、一般人にはなかなか分からない。それに比べれば、ORは遥かに

親しみやすい研究なのだ。

                                                           

        ☆          ☆          ☆

では具体的な説明に入ろう。まずは朝日が注目した柔らかいお話から。

一つは、鳩山の「結婚相手選び」。妻の幸(みゆき)さんの発言と、金子

郁容(いくよう)慶応大教授の解説によると、鳩山は大胆な戦略に基づ

いて最適解(=幸さん)を得たようだ♪ 普通は独身女性の中で選ぶと

ころを、鳩山は既婚女性にまで範囲を広げて、見事に最も素晴らしい

婚相手を選び出したらしい。範囲、つまり条件を変えると答えがどう

化するのかを考えるのも、ORなのだ。

                              

一方、留学時代からの趣味「タッチフットボール」(危険なタックルの代

わりに両手でタッチする安全なアメフト)でのポジションは司令塔のク

オーターバック。つまり、最適なチーム戦略を考えて実行に移すブレイ

ン(=頭脳担当)だ。金子によると、「プレーの選択もすごく論理的だが、

ここぞというときは思い切ってギャンブルした」らしい。

               

ギャンブルがなぜORなのか、ここまでの話だけだと分かり辛いだろう。

朝日でも説明されてなかった。ORとは実用的な研究だから、対象がど

う変化するか、あるいは、研究が読み通りに上手くいくかどうかは結局、

確率の問題なのだ。ある作戦が上手くいく確率が低くても、上手くいった

時のリターンが巨大な場合は、思い切ってその作戦に賭けるべきだと

考えることになる(確率論でいう「期待値」の問題)。

                     

そうしたOR的発想が、ここぞという時のギャンブル(=賭け)に活かされ

たというわけだ。新聞では、過去の政治的ギャンブルの例として、有力

派閥だった田中派からの出馬、新党さきがけへの参画を挙げている。

まあ、前者はそれほどギャンブルとも思えないけど、話が逸れるから聞

き流すとしよう♪

                     

        ☆          ☆          ☆

嫁さん選びとかフットボールの作戦決定だけなら、わざわざORなんて言

葉を持ち出す必要はない。もちろん、もっと学問的な意味や具体例が背

景にあるわけだ。ところが日本のウィキペディアを見ても、日本オペレー

ションズ・リサーチ学会のHPを見ても、不親切な抽象的説明しか載って

ない。そこで私が、中学・高校の教科書レベルの具体例を3つ挙げて解

説してみよう。

                               

まず、日程管理技術の初歩。今、①(第1段階=スタート)から②(第2

090912a 段階)を経て、③(第3段階=

 完成)まで、順を追って製品

 を作っていくとしよう。①から

 ②へは、同時進行の2種類の

作業が必要で、それぞれ5日と6日かかる。また②から③へも、同時進

行の2種類の作業が必要で、それぞれ7日と8日かかる。すると、①か

ら③に至る最短作業日数は何日になるか?

                  

もちろん、①から②が最短で6日、②から③が最短で8日だから、計14

日が答だ。5+7で12日などと答えたりしないように♪ 簡単すぎると思っ

た方も多いだろう。でも、これがすぐ複雑になるのだ。例えば、①から⑦ま

での7段階で、途中に②から⑤へ直接進む作業とか、③から⑥へ直接進

む作業とかが入ると、すぐには答が出せなくなる。

                    

まして、全部で30段階とかだと、大変な話になるだろう。それを数学的

に計算していくわけだ。ロケットとか原子力発電所とか、非常に複雑なも

のを作る場合だと、数百段階になるのかも知れない。ただし、たとえ正確

な答が導けなくても、地道に作業を進めれば困らないのが実情だろう。

                      

         ☆          ☆          ☆                                   

続いて、ゲーム理論の初歩。リコとナツキ、2人が点数を奪い合うゲー

ムをする。例えば、リコが1点獲得するならナツキは1点失う(合計ゼロ、

英語でゼロサム)。リコの戦略はA、Bのどちらかで、ナツキの戦略はア、

090912b イのどちらか。2人の戦略の組み

 合わせによって、リコの点数は表

 のように変化する。今、リコはナツ

 キの戦略が全く読めないと仮定

ると、リコはA、Bどちらの戦略を取るべきか?

                        

まず仮定から、リコにとっては、ナツキがア、イそれぞれの戦略をとる確

率は同じく1/2(全く読めないから)。すると、リコが戦略Aを取った時の点

数の期待値は、2×1/2+(-1)×1/2=1/2。一方、戦略Bを取った時

の点数の期待値は、(-2)×1/2+4×1/2=1。したがってリコは、

待値が高い戦略Bを取るべきだ。

          

これも簡単過ぎると思うかも知れないけど、参加者や選択肢を増やせ

ばすぐに複雑になって、コンピューターが必要になる。あるいは、参加者

と選択肢が元のままでも、リコとナツキがお互い相手の戦略を推測する

と仮定するだけで、非常に厄介で奇妙な話になる。

               

つまり、ナツキが合理的思考力を備えてて、リコの戦略をBだろうと読む

なら、アの戦略で2点取ろうとする(表はリコから見てるから-2)。ところ

が更に、リコがナツキの戦略をアだと読むなら、リコは戦略Aで2点取ろ

うとする。こうして、何時になっても安定的な妥協点が見つからないのだ。

そしてもちろん、それこそが現実のゲーム。たとえば値下げ競争とか軍

拡競争における、果てしない腹の探り合いや試行錯誤に似た話なのだ。。

                                 

       ☆          ☆          ☆

最後に、線形計画法の初歩。今、A、B2つの製品をそれぞれ x 個と y

作ることにする。条件は、x + 2 y ≦ 6、 2 x + y ≦ 6。この時、

利益 x + y を最大にする x、y を求めよ。

                    

これは高校の教科書なら、やや難しめの例題といった感じだろう。セン

ター試験以下のレベルに過ぎないけど、最初はみんな、とまどうはずだ

し、実は本格的説明は論理的にかなり難しくて、理系の大学生でも出来

ないのが普通のはずだ。ほとんどの人は、解き方だけ天下り的に覚え

てるにすぎない。

                                     

詳しい説明は高校の教科書、参考書に任せて省略。ここではORの簡

単な例を示せば十分だから、解き方のポイントと答だけ載せておく。ま

x、y の条件を満たす領域を斜線で表し、直線 x + y = k (傾きが

-1、y 切片が k の直線)が斜線部と共有点を持つ範囲で k (つまり

090912c 利益)を変化させ、

 最大値を求める。

 kが最大になる時の

 共有点(x,y)が答

 だ。この場合は、

 x=2、y=2とな

 る。図を見ると思い

 出す方も多いだろ

 う。別に、ORなん

て呼び名を使う必要はなくて、単なる数学なのだ。高校でややレベルの

高い表現をするなら、「領域内の点(x,y)における、関数 f (x,y)の最

大値・最小値を求める問題」とでも言う所だろう。

           

ちなみに、x + 2 yとか2 x + y、あるいは x + y のような式を、x、y の

線形結合と呼ぶから、こうゆう問題の解き方(=計画の立て方)を線形計

画法と呼ぶ。数学の最大・最小問題の中では途方もなく簡単なものだけ

ど、最も実用的なものとも言えるだろう。線形結合で表される量は、実社

会によくあるものなのだ。

              

例えば最初に挙げた日程管理問題は、x ≧ 5、x ≧ 6、y ≧ 7、y≧8

という条件のもとで x + y (2つのプロセスの作業日数の和)の最小値

を求める問題と考えれば、線形計画法の極端に簡単な例題とも考えら

れるのだ。。

          

       ☆          ☆          ☆

以上、初の本格的な理系の総理大臣、鳩山由紀夫の専攻であるORとは

何かについて、簡単かつ具体的に説明した。もし政治と無関係にORの検

索が多数入るようなら、しばらく後に第二段の記事を書くかも知れない。

ウチは普段、文系的記事の方が多いけど、私は半ば理系人間だし、特

に数学好きなのだ♪

                                                    

ちなみに、この記事からも分かるように、ORとは科学というより数学。つ

まり机上の理論の色彩が強い。純粋数学よりは実用的で具体的だけど、

科学の最先端とか、物作りの現場における職人の技術などとはちょっと

距離のある分野だ。理論的モデルを用いたシミュレーション(模擬実験)

はあっても、実験・観察の地道な科学的営みとの結びつきは弱い。

          

実際、朝日の記事によると、鳩山がどの程度科学を重視するのか、冷め

た見方も多いとのこと。今後の新首相の言動によっては、一般社会にお

いても、数学と科学はやはり別物だという認識が浸透するかも知れない。

科学は数学を必要とする。でも、数学は科学を必要としない不思議な抽

象的学問なのだ。

   

ではまた、機会があれば。。☆彡

       

          

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P.S.この記事へのアクセスがわりと多かったこともあって、早速もう

    1本記事を追加した♪

      お見合いでベストの相手にプロポーズする方法

                        ~鳩山新首相の専攻「OR」2 

     さらにもう1本、突っ込んだ内容の記事を追加。

      10人とのお見合いで最高の相手にプロポーズする方法♪

                              ~鳩山の「OR」3

         

P.S.2 朝日の記事に載ってた鳩山の論文名2つは次の通り。

        『マルコフ保全理論は批判に耐えられるか』

        『適応的直交化による逐次同定法』

      他に、写真でタイトルの一部だけ見えてた論文は次の2つ。

        『手動制御準定常特性の因果律的最適同定法による測定』

        『強さと試合形式の合理性』

      いずれも、Google検索で一応ヒットした。 

     

P.S.3 『文芸春秋』2010年3月特別号(2月10日発売)には、

        「米政府が分析する鳩山数学論文 

          インテリジェンスなき鳩山政権が日米関係を壊す」

      と題する論文が掲載された。執筆者は佐藤優と手嶋龍一。

    

P.S.4 12年10月、さらなるOR記事を追加。

       ノーベル経済学賞に輝いた婚活(マッチング)理論~OR4

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コメント

線形計画法の例において「利益 x + y」とありますが、x,yの単位は個数なので一応「1個あたり1円」などと書いておいた方がいいと思います。

投稿: 三船 | 2014年5月22日 (木) 15時46分

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