自慢話との向き合い方~車谷長吉の人生相談2 (朝日新聞)
破滅型の作家・車谷長吉(ちょうきつ)が、朝日新聞・土曜朝刊の別刷
「be」の人生相談「悩みのるつぼ」で回答者になるたびに、昔書いた記事
への検索が入って来る。検索サイトのランクのわりにはアクセス数が少
ないから、それほど大人気という訳でもないんだろうけど、そこそこの注
目を浴びてるのは確かだろう。しかも、検索結果を見渡す限り、かなり
評判がいいようで、私も前回は記事のタイトルに「面白い」とハッキリ書
いたほどだ。
本業の小説はまだ読んでないけど、多数の文学賞に輝いてることから考
えても、相当高い評価なんだろう。確かに人生相談の回答を読むだけで、
只者じゃないのはすぐ分かる。思考パターンが独特だし、文章も妙な味わ
いとクセがあって、柔らかさと切れ味の鋭さを両方兼ね備えてる。枯れた
お地蔵様みたいな顔つきも、豊かな人生経験を物語ってる気がする。
正直言って、相談の回答としてはどうかなと思うことは多いし、あのキャラ
と実績と風貌だから許されるという部分は大きいと思う。でも、第三者的
立場で読むと、相談と回答で一つの面白話のように楽しめるのも事実だ。
ショートショート(超短編)の人生相談型小説と言ってもいい。
☆ ☆ ☆
さて、今回4ヶ月ぶりに車谷について書く気になったのは、ブログの毎日
更新のネタに困ったからだ。いやいや、そうじゃない♪ 10月10日の人
生相談がちょっと「興味深かった」からだ。相談者は30代の主婦で、タイ
トルは「義父母の同じ自慢話にうんざり」。結婚して10年間、1年に最低2
回として、20回以上も同じ自慢話を聞いてるそうで、先日は「もう無理、耐
えられない」と涙があふれたとのこと。
今回はハッキリ言って、回答よりもこの相談自体の方が笑えた♪ 「そりゃ
大げさだろ!」と突っ込みつつ、車谷の回答を見ると、見出しは「愚痴より
すこし聞きよいはずです」。自慢話と愚痴。究極の選択だし、理由は書い
てないけど、確かにそうゆう面もある気はする。それはおそらく、自慢話な
ら聞き流せばいいけど、愚痴の場合は、聞いてる自分が何かを要求され
てるような気がするからじゃないかな。気のきいたアドバイスとか、親身に
聞く表情とか、実質的なサポートとか。
車谷の真骨頂は回答の終盤だ。まず自慢話をする人をバッサリ斬る。
彼だからこそ許される、お堅い朝日新聞としてはギリギリの表現だ。
自慢話ばかりしている人は、それ以外には生き甲斐のない人
です。精神性の低い、脳みその皮が薄い人です。これは生ま
れつきの性質なので、死んで、寡黙な人に生まれ変わる以外
に、救う途(みち)はありません。そう生まれ変われるとは思い
ませんが。
続いて、ヒネリの効いたシニカルな結論。
ただ、世の半分以上は自慢話の好きな人です。もしあなたが
義父義母の自慢話に耐えられないのなら、耐えられませんと
はっきり言えばいいのです。
その結果、重大なことが起きれば、その責任はあなたが取れ
ばいいのです。いやなことに黙って耐えるよりは、ずっと気持
ちが楽になるはずです。
人間世界には、楽な道はありません。
この結論は、文字通りに過激な回答として受け取ることもできるし、逆に
「反語」として裏返しに受け取ることもできる。つまり、そのくらい耐えなさ
い、愚痴より少しマシでしょ、というごもっともな解釈=改釈も可能なわけ
だ。「愚痴よりすこし聞きよいはずです」とタイトルをつけたのが朝日の編
集者だとすると、その人は裏返しにして解釈してることになる。朝日らし
いし、一般ウケもいいかも知れない。もちろん、「愚痴」というのをこの相
談自体と考えれば、かなり皮肉なタイトルでもある♪
どちらの解釈が正しいかはともかく、全く逆の二つの解釈が可能だとい
う点は、単なる読者にとってはプラスだろうけど、切実に悩む相談者にとっ
てはむしろマイナスだろう。ただ、そもそも相談者というのが実在の人物
なのかどうかが不明だし、実在としても、本気で悩んでるのかが微妙だか
ら、この回答でもあまり実害はなさそうだ。今までこの欄の回答を読んで
来たのなら、心の準備もあるだろう。凄い回答者が揃ってるのだから。。
☆ ☆ ☆
ところで、車谷はこの相談を、主に「自慢話への不満」ととらえてるよう
だけど、私はむしろ同じ話の繰返しの方が問題なんだと思う。10年間、
毎年2回以上聞かされてるから涙があふれるわけで、自慢が1回や2回
ならボヤキさえ出ないだろう。逆に、それだけ繰り返されると、自慢話で
なくても嫌になる人は少なくないだろう。
改めて考えてみると、「自慢」と呼ばれるものには大きく分けて2通りある。
一つは、話し手が意識してるもので、もう一つは、聞き手がそう感じるも
のだ。もちろん両立もあり得るけど、そもそも相手の意識なんてものは不
確かな想像にすぎないから、重要なのは聞き手の感じ方、つまり主観の
問題だろう。
それなら、自分の感じ方さえ変えれば、特に「自慢」として拒絶する必要も
ないはずだ。そもそも言ってる事は一応本当なんだろうから、自分にわざ
と自慢話を押しつけてるなどと考えず、単に華やかな部分が心に強く焼き
付けられてる人なんだなと考えれば、大して嫌味にもならないだろう。相手
に対する認識の仕方を変えるのだから、一種の認知療法と言ってもいい。
実は、本人が意識してるのかどうかはともかく、読み手によっては、車谷
の友達の話も自慢に聞こえるだろう。国立大学の大学院を一番で卒業し
て、別の国立大で教授をしてる友達は、偉い人で自慢も愚痴も口にしない
とのこと。おまけに年に一度、「嫁はん」と一緒に高い山へ連れて行っても
らってるそうで、少なくとも形の上では、イタい友達自慢になってしまってい
る。「高い山へ連れて・・・」という部分が、出来過ぎなくらい象徴的だ。
しかも、大学院は各専攻で細かく分かれてるんだから、「一番で卒業」な
んて話は大して凄くもないし、かなり怪しい情報でもある。実際、この友達
というのは調べるとすぐに特定できるけど、同じ専攻の同学年には少数
の院生しかいなかったと思われる。もちろん、自分で一番だと言うはずも
ないし、仮に言うとしたらほとんど自虐ギャグだろう。「僕、大学院で一番
だったんですよ。5人しかいなかったし、想像だけど」といった感じだ♪
とはいえ、怪しげな自慢話に聞こえなくもない車谷自身のこうした話を聞
いても、別に涙なんてあふれないし、他の部分が面白いからそれで構わ
ないのだ。この相談者の場合も、探せばいくらでも義父母のいい点が見
つかるだろう。自分が選んだ結婚相手=夫を育て上げただけでも素晴ら
しいことのはず。そちらに目を向ければ、「自慢」も自慢で無くなる。涙を
流したことなど笑い話に変わるだろう。と言うか、「涙があふれた」なんて
大げさ過ぎる愚痴ギャグは口にしなくなるだろう♪
☆ ☆ ☆
もちろん、相談者も読者も、こうした普通の話を聞きたいわけではないだ
ろうから、今後も車谷の人気は続くわけだ。まあ、最近の回答者の中だ
と、「おひとりさま」としてブレイク中の大御所フェミニスト・上野千鶴子が
追い上げてるから、車谷も気合を入れ直す必要はあるかも知れないね。
マジメな人生相談としては、10日夕刊「悩みのレッスン」で、女子高生の
「携帯電話持つべき?」という相談に、「ぎりぎりまで持たなくても」と回答
した哲学者・森岡正博もなかなか良かったと思う。今度は、車谷が女子
高生に回答する所を見てみたいもんだ。案外、超~優しくなるのかも♪
それでは、今回はこの辺で。。☆彡
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