アインシュタインの一般相対性理論、検証実験の再検討
数ある科学理論の中でも、特別に有名で評価の高いものの一つに、ア
インシュタインの相対性理論がある。1905年の論文で発表された特殊
相対性理論に続いて、1915~16年頃に発表されたのが、一般相対性
理論である(論文が複数なので正確な年は不確定)。
質量のある物体の周囲の時空は歪んでるという、何ともSF的で奇妙な
数学的理論だが、よくある簡単な科学史的説明だと、1919年の実験
で物理的に実証されたことになっている。たまたまこの実験に触れた本
を読んでる時、ふと気になったので、ネットで色々調べてみると、意外な
「事実」らしきものが見えて来た。簡単に言うと、それほど実証にはなっ
てなかったのだ。
この言い方は、やや厳し過ぎて、トンデモ科学とか超科学の類と一緒に
されてしまう恐れもある。そもそも一般に、完全な実証などあり得ないん
だから、どんな実証でも問題点を指摘することはできるわけだ。したがっ
て、中立的な立場でもう少し正確に言うなら、次のようになるだろう。
少なくとも1919年の時点で、実験結果が一般相対論を実証していると
考える根拠はあまり明確ではなかった。にも関わらず、この検証実験は
称賛を浴び、一般相対論は広く受け入れらることになった。。
☆ ☆ ☆
では、その実験はどのようなものだったか。かなり複雑な話なので、ポ
イントを絞って書くことにしよう。英語版ウィキペディアの他、色々な情報
をチェックしたけど、十分信頼できる参照文献として使ったのは2つだけ。
まず、科学史家コリンズ(H.Collins)&ピンチ(T.Pinch)の『The golem :
what everyone should know about science』(1993)。これはいまや人気
者となってる福岡伸一の訳で、『七つの科学事件ファイル 科学論争の
顛末』(化学同人)として出版されてるし、Googleブック検索で原書第2
版の部分プレビューも可能。
原書はなぜか、初版の部分的なスキャン画像も別に公開されている(著
作権処理は不明)。ともかく、検証実験に対して抑制された批判を展開し
ている、専門的で信頼性の高い書物なのだ。ちなみに書名の「golem」
(ゴーレム=でくの坊)とは、ユダヤ神話で人間が自分たちに似せて作っ
た人形のこと。ちょっとおバカだけど愛すべき存在という意味で、科学を
表す言葉として使ってある。
そしてもう一つが、逆に実験を擁護するケネフィック(D.Kennefick)の論
文『Not only because of theory』。2005年に出版された書籍に収録さ
れた論文を、2007年にネットのデータベース「arXiv」(アーカイヴ)で一
般公開したようだ。これは、抑制された反論を展開している本格的な論
文で、かなり丹念に各種文献をチェックしてあるので参考になる。
それでは、いよいよ実験の全体像に入ろう。一般相対論によると、質量
の周囲で時空は歪み、光でさえ直進せずに曲がってしまう。ただし、普
通はその歪みは僅かだから、観測も出来ない。そこで、重い(=質量が
大きい)太陽のそばを、恒星からの光が通る時の曲がり方(=屈折角)
を観測して、一般相対論の予測通りかどうかを検証する。太陽をかすめ
て光が届く時の恒星を観測するため、日食の時が選ばれた。
観測隊を組織したのは、イギリスの天文学者ダイソン(F.W.Dyson)だが、
実際に観測した一人であるエディントン(A.S.Eddington)の方が遥かに有
名で、こちらも同じくイギリスの天文学者。後に結果を論文にまとめた際
は、もう一人のデイヴィッドソンも加わって3人の共著になっている。
さて、ここからが本題。予測される結果としては、3つのものがあった。
まず、全く常識的に考えて、屈折角0度。つまり、光は曲がらないという
考え。2番目は、屈折角0.87秒度(=0.87/3600度)。これはエディ
ントンによると、光にも重力が働くと想定して、ニュートン力学で計算した
ものらしい。ウィキでは「特殊」相対論を使ってると書いてあって、どちら
が正しいのか今の所は分からない。でも要するに、「一般」相対論以前
の理論的予測だという点が重要なわけだ。そして3番目の予測が、一般
相対論による1.75秒度だ。
以下、簡単のため、「秒度」という角度の単位は省略する。観測隊は2
チームに分かれて、西アフリカ(プランシペ島)とブラジル(ソブラル)に向
かい、ブラジルでは2つの望遠鏡を使ったから、合計3種類のデータが
集まった。
それら3種類は、統計学的な「標準偏差」を誤差として、平均値にプラス・
マイナスすると、次のように表記できる値だった。参考までに、独自のグ
ラフも掲載しておく。各三角形は、3種類のデータを表す図形(正規分布
の単純化)で、高さがデータ数、底辺の延長が実測の幅を表している。
西アフリカ : 1.62 ± 0.444 (実測値 2個,0.9~2.3)
ブラジル1 : 1.98 ± 0.178 (実測値 8個,1.7~2.3)
ブラジル2 : 0.86 ± 0.48 (実測値18個,0.1~1.6)
これらのデータを3つの予測(常識的な0、ニュートン理論的な0.87、
一般相対論的な1.75)と比べた上で、エディントンは一般相対論が立
証されたという結論を発表。様々な議論が出たものの、イギリス王立天
文学会は改めて正式に支持する。翌年(1920年)の論文と合わせて、
エディントンらと一般相対論は共に称賛を受けることになった。。
☆ ☆ ☆
さて、どうだろうか。上の観測データを見渡すと、常識的な0度が不利な
のは分かる。でも、ニュートン理論的(or力学的)な予測0.87と、一般
相対論的な予測1.75のどちらを支持するかはかなり微妙なはずだ。
だからこそ、例えばグリモア(C.Glymour)&アーマン(J.Earman)も、判
断の曖昧さを批判した(論文『Relativity and Eclipses』,1980)。他にも、
先に挙げた3つの予測以外の可能性に対する考察が不足してるし、観
測した写真から数値データを導くプロセスにも曖昧さが残る。
もちろん、エディントンらにもそれなりの理屈があるし、彼らを「一般相対
論の予測に合うようにデータを恣意的に(=勝手に)解釈した」と非難す
るほどの明確な証拠も見当たらない。怪しさを示す傍証(間接的証拠)な
ら色々と指摘されてるけど、疑わしきは罰せず。推定無罪の原則はここ
にも適用されるべきだとは思う。
ただ、どう理由づけしようと、上の複雑なデータ群が予測値1.75を支持
してると見るのは簡単ではない。まして一般相対論を正当化してるという
判断が明確でないことは確かだ。
実際、車イス姿が印象的な宇宙論の大御所、同じイギリスのホーキング
でさえ、エディントンの主張を軽く批判してるのだ(『Brief History of Time』、
邦訳『ホーキング、宇宙を語る』、早川書房、文庫p.60)。擁護に回った
ケネフィックの論文名も、翻訳すると「理論のせいだけではなく」。つまり、
エディントンの主張はこれから証明すべき一般相対性理論に影響されて
しまった「だけ」ではない、と語ってるわけで、影響自体は否定してない。
それでは理論を証明する資格がかなり失われるのは当然だろう。。
☆ ☆ ☆
という訳で、最後に再び、控え目で中立的な結論を書いておこう。少なく
とも1919年の時点で、実験結果が一般相対論を実証していると考える
根拠はあまり明確ではなかった。にも関わらず、この実験は称賛を浴び、
一般相対論は広く受け入れられることになった。。
ここから、一般相対性理論は間違ってるとか、やはり科学も科学者も信
用できないなどといった類の結論を導くつもりは全くない。その後、一般
相対論が様々なテスト(or 追試)で支持されて来た(とされてる)のも確か
だし、一般に現実社会とは、曖昧さや不確かさの中で進んで行くものだ。
けれども、周囲や科学的常識に流されず、自分でじっくり物事の実情を
考えてみることはやはり大切なことだろう。
高度な情報化社会に必要なのは、情報収集能力ではなく、情報「処理」
能力。そして、そこから得たものを自分の生き方に結びつける力なのだ。
ではまた。。☆彡
P.S. 2012年1月末から、急に検索アクセスが増えたのは、ちょっと
したニュースが出たからだろう。一般相対性理論が予言した「重
力波」を世界で初めて直接観測するため、「大型低温重力波望
遠鏡(LCGT)」が建設されるようで、その愛称が1月28日に発
表されたようだ。ちなみにLCGTとは、「Large-scale Cryogenic
Gravitational wave Telescope」の略。
設置場所である岐阜県飛騨市神岡(かみおか)町と、重力を示す
英単語「gravity」(グラヴィティ)を組み合わせて、愛称は「かぐら」
(KAGRA)と決定。「神楽」は当然として、月周回衛星「かぐや」も
意識しての命名だろうか。。
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