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心理療法を無料で全国民に~朝日新聞「欧州の安心 イギリス」

今日は別の記事をアップする予定だったんだけど、朝刊1面右端の記

事紹介を見た途端に気が変わった。朝日新聞(09年11月17日)の生

活面で始まったミニ・シリーズは、「欧州の安心 心を癒やす」。今回(上

中下の上)の大見出しは、「心の病は国の損失」、「イギリス 希望者全

員に心理療法」。執筆記者は岡崎明子。今日は更新はこれで行こう。

ちなみに「中」はオランダ、「下」はデンマークの予定とのこと。

     

05年総選挙で労働党が掲げたマニフェストに基づき、08年から保健省

「心理療法アクセス改善(IAPT)」プログラムを導入したそうだ。ネット

で検索すると、IAPTは、「Improving Access to Psychological Therapies」

の略。ちなみに、日本のウィキペディアにはまだ項目がなく、英語版ウィ

キでも手短な形式的説明があるのみ。一般サイトでも、参考になるもの

は日本語だとごく僅か。ただし、英語サイトなら数万件ヒットする。

            

日本語の一般サイトの記事で参考になるのは、千葉医学雑誌Vol.85

に掲載の論文(手短な海外だより)、「イギリスの認知行動療法セラピス

トを7年で10,000人養成する計画」(小堀修、清水栄司、伊豫雅臣)。

イギリスで実際に認知行動療法を行う小堀の個人サイト、「CBT from

London to Chiba」にも、具体的で分かりやすい説明がある。ただし、ど

ちらも完全に認知行動療法を支持する立場から書かれてるものなので、

バイアス(偏り)への注意は十分必要だろう。

                

朝日の記事に戻ると、IAPTは全国152ヶ所の地方組織を拠点に、

知行動療法(CBT:Cognitive Behavioural Therapy)が行える心理士を

養成し、患者に治療を提供する。3年間で計3億900万ポンド(約460

億円)を投じ、心理士3600人を養成。新たに90万人が治療を受け、

半数を回復に導く計画だ。治療の対象は、成人の軽~中度のうつ病と

不安障害患者で、4~20回の心理療法と栄養指導などの生活支援を

組合せる。抗うつ薬などの薬を原則として使わないというのが大胆な所

で、これには流石に異論もあるようだ(英語版ウィキのリンクを参照)。

              

政策の背景には、多くの国民の要望や不満がある。英国では、6人に

1人がうつ病や不安障害に悩んでいるとされるのに、治療を受けている

人は4分の1。しかも、患者の多くは薬より心理療法を望んでいるのに、

実際は1割未満しか心理療法を受けていない(患者全体の1割なのか、

治療を受けている人の1割なのかは不明)。心理士の不足が最大の理

由だそうで、これまで平均1年半も待たされる状況だったそうだ。

             

英国では、臨床心理士は国家資格だから、待遇面では恵まれてるもの

の、取得は大変なようだ。逆に日本では、単なる財団法人の資格者で

ある臨床心理士が約2万人(単純な比較だと英国の4倍)いるものの、

待遇は恵まれず、認知行動療法ができる人の数も不明。正式な訓練を

受けた人は数百人もいないだろうという話だ。日本認知療法学会のHP

にも書いてあるように、わが国では認知行動療法はまだマイナーらしい。

        

とはいえ、話はあちこちで聞くし、治療者の強気な姿勢も目立ってる。

のの考え方や受け止め方(認知)を再検討し、行動を変える認知行動

療法は、認知療法と行動療法が融合してできたもので、有効性に関す

科学的根拠(エビデンス)があることをハッキリと主張。当然これには

反論もあるが、イギリスでは04年、国立の診療評価機構が、認知行動

療法を高く評価する指針を発行してるとのこと。治療効果は薬物療法と

同等で、再発防止効果はより高いとしたらしい。

                              

一方、日本のテレビ番組でも、例えば6月にNHK『ためしてガッテン』

うつ病特集が放映された時、認知行動療法が紹介されていた。また去

年春の人気ドラマ『Around40』の第2話では、精神科医・天海祐希を

手助けする心理士・藤木直人が、患者の状況をチェックする「ベックテス

ト」を実施してた。このベックとは考案者の名前で、実は認知療法の元

祖でもあるのだ。ひょっとすると、あれは認知行動療法的なカウンセリ

ングだったのかも知れない。。

     

              

        ☆          ☆          ☆    

再び、朝日の記事に戻ると、最後はこのIAPT導入に貢献した経済学者

レイヤードと、心理学者クラークの話が書いてある。たまたま会合で意気

投合した2人が、労働党のマニフェストに、心理療法の拡充を盛り込ませ

たらしい。何とも、「政治」の匂いが強く漂ってる。 

               

ここでちょっと気になったのが、経済=お金の問題。レイヤードは、心の

病に対策に関するコストパフォーマンス(費用対効果)の論文を発表。心

の病による損失は年間120億ポンド(約1兆8000億円)にも上るし、生

産性の向上も考えれば、IAPT政策で「おつりがくる」と主張したようだ。

            

IAPTの3年計画の予算は1年間だと約150億円だから、恐ろしく「お得」

な話にも思えるけど、もちろんIAPTで1兆8000億円の損失が消えてし

まう訳ではない。また、1回50分(記事のジョンさんの場合)の面接を無

料で行うと、8000円(日本の平均的な費用)で10回行うとして8万円。

1年に30万人分補助すると、240億円になる。心理士養成費用も含め

ると、年間150億円の予算ではまったく足りないはずだ。素朴に考えて、

計算の根拠に疑問が残る。

       

とはいえ、大きな目で見れば、心理療法の国家的促進という政策は正し

と思う。現代の先進国において、心の病の患者はあまりに多いし、現

在はあまりに薬物療法に偏ってる状況だ。データを積み重ね、他の心

理療法などとの比較も行いながら、患者の希望も考慮した上で、精神

医学を国家レベルで改善していくべきだろう。

               

経済的な計算は再考の余地があるものの、おそらくは「おつりがくる」。

また、そもそも人間は単なる経済的・物質的存在ではなく、精神的存在

でもあるのだ。その事実を忘れがちなのが、精神医学と脳科学だろう。

それでは、また。。☆彡

                            

                

         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P.S.認知行動療法を表す英語はバラつきがある。日本版ウィキの超

    簡単な説明では、「cognitive behavioural psychotherapy」と、「Be-

    havioral and Cognitive Therapies」だけを挙げてるものの、「cogni-

    tive behavior therapy」とか、最後を複数形にするとか、「behavior」

    (行動)が形容詞形(-ral)になるとか、結構わずらわしい。

    ちなみに、「behavior」の語尾に「u」を入れて「-viour」と表記するの

    は、英国の特徴だ。。

        

P.S.2 翌日(11月18日)の朝日新聞・朝刊では、ミニシリーズの第2

      回として、「欧州の安心 心を癒やす(中)」が掲載された。大見

      出しは「早期復職 制度で促す」、「オランダ 労使の努力 適

      正か点検」。執筆は再び、岡崎明子記者。

          

      労働人口が少ないオランダでは、2002年から通称「門番法

      を施行。早期の復職を促すと共に、復職できない人への障害

      給付金を減らす努力をしてるそうだ。門番役は、労働者保健

      事業団産業医。日本の産業医と比べると、遥かに専門性が

      高いようだ。。

     

P.S.3 翌々日(11月19日)には、3回シリーズ最終回の「」が掲

      載された。大見出しは「全職場 格付けし公表」、「デンマーク

       休職者が出ないように予防に力」。これも岡崎明子記者。

      

      「世界一幸せな国」とも言われるこの国では、職場のストレス

      を減らし、心の病による休職者が出るのを予防する活動が、

      07年4月から始まったそうだ。すべての事業所を査察して、

      職場環境がいい順に、緑・黄・赤の「スマイリー・マーク」(日

      本でも昔からある笑顔の印)で格付けして公表。赤スマイリー

      を放置すると罰則もあるし、色分けで就職先を探す例も増え

      てるとのこと。

         

      事業所が自ら環境を整えて認定証をもらえば、王冠つきの

      緑スマイリーとなるそうだ。日本の場合、労働基準監督署

      定期監督や申告監督を行ってるものの、長時間労働の是

      正が中心で、心のケアには踏み込んでないらしい。。

    

      全体を通じて、非常に参考になるミニ特集だった。今後もこ

      のような硬派な国際記事を読みたいもんだ☆

     

                 

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

cf.うつ病の診断基準と抗うつ薬~NHK『ためしてガッテン』

  うつ病の診断基準2~気分変調性障害

  うつ病の血液診断と遺伝子変化

  うつ病の診断基準3~双極Ⅰ型障害(躁うつ病)

  うつ病の診断基準4~双極Ⅱ型障害(軽い躁うつ病)

  新型うつ病の一つ、非定型うつ病について

  大胆かつ繊細な試論~香山リカ『雅子さまと「新型うつ」』

  統合失調症の診断基準、統計、および歴史的経緯

  ネット依存とうつ症状~朝日新聞「やさしい医学リポート」

  携帯連絡が返って来ない時の認知療法スキル(技)

                      ~朝日新聞「100万人のうつ」

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