性同一性障害に続く難問、「性分化疾患」
昔から、知らない言葉を目にしたり、耳にしたりすると、すぐ調べる習慣
が身についてる。手間ヒマかかるからマイナスも大きいけど、少なくとも
個人的には、トータルでプラスの方が大きいような気がしている。
さて、数日前にたまたまネットで見かけたのは、「性分化疾患」という新し
い言葉。「性」の「分化」の「疾患」だから、大体の意味はすぐ分かるけど、
その3つの単語をつなげた「性分化疾患」という言葉は、これまで知らな
かったので、早速軽く検索をかけてみた。
なぜこの言葉が気になったのか、3つの簡単な理由がある。1つは、上
野樹里が性同一性障害(or性別違和症候群)で悩む姿が話題になった、
去年の人気ドラマ『ラスト・フレンズ』を思い出したから。このドラマのレ
ビューは、過去4年2ヶ月の間で、ウチの最大ヒット記事になってるのだ。
一般的な男女の性別の間で揺れ動く少数者の問題としては、性同一性
障害も性分化疾患も同種のものだろう。
2つ目は、先日の世界陸上・女子800m金メダリストのセメンヤの性別
疑惑問題を思い出したから。高校陸上部時代、同じ中距離の1500m
が専門だった私としては、かなり関心が高かった。そして3つ目は、たま
たま最近古本屋で、精神科医の作家として有名な帚木蓬生(ははきぎ・
ほうせい)の『閉鎖病棟』を買ったんだけど、この人の去年の話題作が
『インターセックス』だと知ってたからだ。本は読んでないけど、朝日新聞
で何度か話題になってるのを見かけてた。。
☆ ☆ ☆
前置きはこのくらいにして、その性分化疾患。検索してすぐ分かる基本
的事実は、病名に関する学会の決定(2009年10月2日)だ。この問
題を詳しく扱ってる毎日新聞の報道によると、日本小児内分泌学会(藤
枝憲二理事長)は、染色体やホルモンの異常で男女の区別が難しい疾
患の新生児が不適切な性別判定や医療を受ける例が問題化するなか、
数十あるこうした疾患の総称を「性分化疾患」に統一することを決めた。
新しく名称を統一することで、疾患への理解を深めると共に、これまで
の「半陰陽」「インターセックス」という名前に潜んでた蔑視的な意味を
取り去ろうとしたらしい。実際の効果は、今後検証する必要があるだろ
う。学会のHPをチェックすると、特別講演の題名に「Disorders of Sex
Development (DSD)」という言葉がある。ウィキペディアその他で確認
すると、どうもこれが「性分化疾患」の元の英単語のようだ。
毎日の記事には、学会内で「異常」や「障害」という言葉を使うべきでな
いという意見が強かったと書かれてるが、「Disorder」を障害(or障がい)
と訳すのは普通のことだし、障害より「疾患」の方がマシだという感覚も
正直よく分からない。当事者の間での共通感覚という話かも知れないけ
ど、おそらく無記名の大規模アンケート調査は行われてないだろう。ちな
みに学会は、10月に症例調査に乗り出し、性別決定までのガイドライン
を策定する方針のようだ(後述の毎日新聞特集より)。
☆ ☆ ☆
ともかく、学会が新しい言葉の採用を決定したということで、毎日新聞は
この病気に関する特集「境界を生きる 性分化疾患」を組んでいる(現
在はまだネットで閲覧可能)。学会決定前の9月29日が初回だから、記
者の丹野恒一は早くからこの問題に注目してたということなんだろう。朝
日・読売・日経新聞だと、いまだに記事検索のヒット数はゼロ。全く話題
になってないし、学会でも中心的議題という扱いではなかったようなのだ。
初回の記事冒頭で、まず「約2000人に1人の割合」という数字が挙げ
られてる。これはちょっとビミョーな数字だ。と言うのも、周囲にはなかな
かいないということで、もちろん私も全く聞いたことがない。だけど、数万
人に1人くらいとか推測されてる性同一性障害と比べると10倍くらいの
多さだからだ。
ちなみに毎度お馴染み、精神医学の国際標準マニュアル『DSM-Ⅳ-
TR』(精神疾患の診断・統計マニュアル 新訂版,医学書院)によると、
性同一性障害の有病率の資料となる最近の疫学的研究はない(原著
は2000年)。ただし、ヨーロッパの小国の資料によれば、成人男性の
30000人に1人、成人女性の100000人に1人が性転換手術を望ん
でると考えられるそうだ。手術を望まない人、表に出ない人まで含めれ
ば、数千人に1人くらいなのかも知れない。
元に戻ると、毎日の特集の第1回は、これまでのずさんな対応やトラブ
ル、困惑の紹介で、要するに具体的な問題点の紹介だ。例えば、男児
の陰茎(ペニス)の発達異常に対して、男性ホルモンを投与して大きくし
ようとしても上手くいかない。検査すると、染色体は女性型のXX、子宮
や卵巣もあったそうで、小さいペニスと思われたものは実は肥大した女
性の陰核(クリトリス)だったそうだ。
ただし、外性器、内性器、性腺(卵巣、精巣)、染色体、心、患者の周囲、
社会的対応など、様々な問題が複雑にからむので、男女の判定には
「100%の正答がない」。そう語る、学会の性分化委員長・大山建司は、
男性器の形成が難しかった80年代ごろまでは医師の間で「迷ったら女
にしろ」と言われてた、と打ち明けている。何ともショッキングな話だ。。
毎日の連載第2回は、患者の経験談。染色体が、女性型(XX)と男性
型(XY)の混在になってる、「XX/XYモザイク型」の例とかが掲載され
ていた。第3回は、親の苦悩。今ではネットでの連携もできつつあるよ
うだ。補足的説明として、人間の性別意識には、早い段階で脳が浴び
る男性ホルモンが大きく関わってる可能性がある、というような話が付
加されていた。
連載第4回は、告知で自殺してしまった患者の話。染色体や性腺は男
性型だけど、男性ホルモン(アンドロゲン)の受容体が全く機能しない
ために心も外見も女性になる「完全型アンドロゲン不応症」の由紀子さ
ん(仮名)の話が中心だ。ちなみに、受容体の一部が機能しない場合
は「部分型アンドロゲン不応症」とのこと。
第5回は、例の金メダリスト・セメンヤの話。日本陸連医事委員の難波
聡が、「なぜ彼女は世界のさらし者にされなければならなかったのか」
と憤る気持ちも分かるし、セメンヤのショックの大きさも想像はできる。
ただ、スクープしたメディアや、南ア陸連、国際陸連の不手際を非難す
ればいいという話でもなく、もっと複雑な問題だろう。ちなみに「彼女」
の世界陸上・優勝タイム、1分55秒45は、「男子」としてなら、日本の
高校総体(09年)の決勝にも残れない記録だ。
第6回は、性を男と女に二分することの問題性を扱っている。男女の
2つだけで済ませている性別が不十分なのは確かだろうけど、ではど
うするかとなると非常に難しい問題だ。「真ん中の性」を認めるという
のは有力だと思うけど、それを社会が認めるまでには相当な年月が
必要だろうし、そもそも当事者が真ん中の性を選ぶかどうかもよく分
からない。少なくとも当初は、真ん中の性を選んだ当事者が、かえっ
て孤立を深めることになる気もする。
かつて、ドゥルーズ=ガタリらの現代思想でも話題になった「n個の性」
(無限に多様な性)という考えもある。ただ、ではスポーツ競技の分類
をどうするのか、トイレや更衣室は、結婚は、女子高や女子大は、など
と問題を考えると、現実的でないことは明らかだろう。思想には独自の
価値があるものの、現実とのギャップはやはり大きいのだ。
ドラマ『ラスフレ』にも関わった、「はりまメンタルクリニック」の針間克己
院長は、現実の社会生活での性別の重要性をふまえた上で、「性別
判定には時間がかかるとの前提に立ち、性別が決まらないモラトリア
ム(猶予期間)の必要性を社会に訴えることこそが、今医師に求めら
れているのではないか」と提言する。
しかしながら、この回の最後や、その後の反響特集では、そもそも当
事者自身が、真ん中の承認とかモラトリアムに対する違和感を示し
ているのだ。また初回では、性別がなかなか決まらないと、田舎はう
るさいので困るというような話も紹介されていた。様々に異なる考え
の中で、どうやって妥協点を見出していくべきなのか、どう変化してい
くべきか、非常に厄介で時間のかかるプロセスだろう。
第6回の末尾には、作家・帚木蓬生のインタビューがあって、「無関心
はとてつもない恥になり、ついには罪になる」という、自著『インターセッ
クス』からの引用らしき言葉が書かれている。そこで彼は「知らないこと
はいけないことで、知ろうとしないのは最もいけないこと」と語っている。
これは理想論であって、知らないことなど誰でも無限にあるし、すべて
を知ろうとするのは現実的に不可能なことにすぎない。ただ、性同一
性障害という病がこれほど一般的になってる現状を考えると、類似し
た病で人数的に多い性分化疾患というものに対して、今後もっと関心
が広まるべきだろうとは思う。
なお、精神医学マニュアルのDSM-Ⅳによると、性同一性障害という
診断は、半陰陽(intersex)の場合をのぞくことになっている。この辺り
が、現在制作中らしい次のヴァージョンのマニュアル、DSM-Ⅴでど
うなるのかも、注目されるところだ。たとえば、「性同一性障害」が「性
分化疾患」(あるいは性分化障害)になったり、「性分化疾患による性
同一性障害」という診断名が新たに加えられたりしても、不思議では
ないだろう。日本精神神経学会でも、何か動きがありそうな気はする。
いずれにせよ、今後しばらくは、社会全体での模索が続きそうだ。
ではまた。。☆彡
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