「1×1=1」はなぜか?~ペアノの自然数論2(掛け算)
先日扱った「1+1=2」、つまり自然数の足し算(加法)に続いて、今日
は「1×1=1」、つまり自然数の掛け算(乗法)について考えてみよう。
今回も、現代数学の先駆者の1人、ペアノの自然数論の話だ。分野的
には数学基礎論であって、集合論や論理学と共に数学全体の土台に位
置している。参考書は『現代数学小事典』(寺阪英孝編,講談社)のみで、
非常に省略されてる記述だから、かなりの部分を自分で考えて補ってる。
(☆追記: ペアノ自身の論文に即した記事を追加。
自然数に関するペアノの公理~論文『数の概念について』に即して)
まず、普通の素朴な考え方から始めよう。書店で小学生用の算数の参
考書を見ると、「3×2=6」というようなかけ算は、「みかんが3個入った
袋が2つあると、全部でみかんは6個」というような話で説明されている。
非常に分かりやすいし、数千年くらいの数学の歴史を遡っても、おそらく
そんな具体的かつ日常的な話からスタートしたんだろう。
ただ、前回の足し算の時も触れたように、そうゆう具体例での説明をい
くつ並べても、すべての場合をカバーすることは出来ないし、反例のよう
なものもいくらでも見つけられるだろう。そこで、人工的に完全な自然数
の掛け算を作ったのがペアノというわけだ。人工的に作るといっても、普
通の掛け算はキレイに説明できるし、現代数学というものはそもそも全
体的に、人工的な構成になってるのだ。
既に、足し算は説明してあるけど、最低限の内容を復習しておこう。あ
る1つの自然数(0,1,2,・・・)に対して、その次の自然数を表す記号
「´」を導入する。つまり、0´=1、0´´=2、0´´´=3。
その上で、今度は足し算を次の2式で定義する。
① m+0=m
② m+n´=(m+n)´
この時、「1+1=2」のような個別の計算はすべて証明できたし、以下
の3つの基本法則も証明できた。
③ (k+m)+n = k+(m+n) ・・・和の結合法則(または結合律)
④ m+n = n+m ・・・・・・・・・和の交換法則(または可換律)
⑤ k+n = m+n ならば k=m・・・和の簡約法則(または簡約律)
以下では、こうした性質を持つ足し算を用いて、掛け算を定義し、様々な
計算や一般法則を証明する。なお、④の証明の途中で、次の式も証明し
てある。便利で簡単なので、これも使うことにしよう。
⑥ 0+m = m
☆ ☆ ☆
まず、掛け算(乗法)の定義は次の2式で与えられる。
⑦ m×0 = 0
⑧ m×n´ = m×n+m
(注.×と+が混在する時は、×を先に計算する)
ちなみに⑧は、普通の数学だと 「m×(n+1)=m×n+m」と書ける性
質で、分配法則を用いた簡単な例になっている。ただし、ペアノの自然数
論では、逆にここから始めて、分配法則などを証明することになる。単純
な話から始めて複雑な話を導くのだから、高度で有意義な作業なのだ。
ではまず、「1×1=1」を証明しよう。
1×1 = 0´×0´
= (0´×0)+0´ ・・・・・・(⑧より)
= 0+0´ ・・・・・・(⑦より)
= 0´ ・・・・・・(⑥より)
= 1
同様にして、「3×2=6」も証明しよう。
3×2 = 0´´´×0´´
= (0´´´×0´)+0´´´ ・・・・・・(⑧より)
= ((0´´´×0)+0´´´)+0´´´ ・・・・・・(⑧より)
= (0+0´´´)+0´´´ ・・・・・・(⑦より)
= 0´´´+0´´´ ・・・・・・(⑥より)
= (0´´´+0´´)´ ・・・・・・(②より)
= ((0´´´+0´)´)´ ・・・・・・(②より)
= (((0´´´+0)´)´)´ ・・・・・・(②より)
= (((0´´´)´)´)´ ・・・・・・(①より)
= 0´´´´´´
= 6
☆ ☆ ☆
では最後に、一般法則。『小事典』では、以下の順に4つ挙げている。
(k×m)×n=(k×m)×n ・・・・・・結合法則
m×n=n×m ・・・・・・交換法則
n ≠ 0のとき、k×n=m×n ならば k=m ・・・・・・簡約法則
k×(m+n)=k×m+k×n ・・・・・・分配法則
これらについて、『小事典』では、いずれもnについての数学的帰納法で
証明できて、交換法則以外は簡単だと書いている。私が実際に解いてみ
た所、最初に分配法則を証明して、次に結合法則を証明するのが好都合
だった。
交換法則については、足し算の時と同様、帰納法を3回使うことになった。
あらかじめ「0×m=0」と、「p×m+m=p´×m」を帰納法で証明してお
くとスマートな解答になると思う。いずれにせよ、分配や結合よりは面倒だ
けど、さほど難しくない高校レベル(中の上 or 上の下)の証明にすぎない。
ただ、簡約法則だけはどうしても帰納法では証明出来なかったので、背
理法を用いた。つまり、k=mでないとすると矛盾する、という論法で証明
するしかなかった(例えば、k=m+p かつ p≠0 だと矛盾)。『小事典』
の筆者に勘違いがあるのではなかろうか。ちなみに、ネット上にはこの辺
りの証明はまったく見当たらない。いずれ図書館で、ペアノの著作とか、
専門書を確認したいと思ってる。
既に長くなったので、ここでは分配法則「k×(m+n)=k×m+k×n」
だけ証明しておこう。
(1) n=0の時、(与式左辺)=k×(m+0)
=k×m ・・・・・・(①より)
(与式右辺)=k×m+k×0
=k×m+0 ・・・・・・(⑦より)
=k×m ・・・・・・(①より)
∴(与式左辺)=(与式右辺)
(2) n=pの時、与式が成立すると仮定すると、
k×(m+p)=k×m+k×p ・・・・・・⑨
これを用いて、n=p´ (つまりp+1)の時を考えると、
(与式左辺)=k×(m+p´)
=k×(m+p)´ ・・・・・・(②より)
=k×(m+p)+k ・・・・・・(⑧より)
=(k×m+k×p)+k ・・・・・・(⑨より)
=k×m+(k×p+k) ・・・・・・(③より)
=k×m+k×p´
=(与式右辺)
よって、n=p´の時にも与式は成立する。
以上、(1)(2)より、すべての自然数nに対して与式は成立する。
(Q.E.D. 証明終了)
☆ ☆ ☆
という訳で、掛け算の基礎を説明した。残念ながら、『小事典』には引き算
や割り算の話が載ってない。自然数の範囲で収まらない(マイナスや分数
が出て来る)から、ペアノが考えてないのか、それとも小事典の筆者が省
いただけなのかは分からない。いずれにせよ、ペアノの自然数論につい
てこれ以上の事を書くには、専門書を調べた方が良さそうだ。あるいは、
英語のサイトを検索すれば何とかなるのかも知れない。
(☆追記: 12年2月、ペアノの引き算の記事をアップ、下にリンクを追加。)
ともあれ、今日の所はこの辺で。。☆彡
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自然数に関するペアノの公理~論文『数の概念について』に即して
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コメント
手元の資料に乗法演算の定義式が無かったので助かりました、ありがとうございます(`・ω・´)
投稿: 僕は自己準同型 | 2015年6月27日 (土) 12時03分
> 僕は自己準同型 さん
はじめまして。コメントどうもです。
文面、顔文字、お名前から考えて、10代の学生さんかも。
ハイレベルな概念を御存知ですね。
お役に立てて良かったです。
今後も頑張ってください♪
投稿: テンメイ | 2015年6月27日 (土) 22時11分