香山リカ 『しがみつかない生き方』を読む (上)
香山リカの『しがみつかない生き方』(幻冬舎新書)の勢いが止まらない
ようだ。朝日新聞・夕刊(2009年12月9日)によると、7月末からの発
行部数は42万部超。オリコンランキングの新書部門では12週連続1位。
年間ランキング新書部門も各社1位。ベテランの人気者である彼女とし
ては意外なことに、初のベストセラーらしい。
『AERA』2009年10月12日号(5日発売)によると、これはカツマー(勝
間和代ファン)として努力するのに疲れ果てた編集者・小木田順子が企
画したとのこと。実際、最終章は「<勝間和代>を目指さない」で、これ
がそのまま初版の帯に使われたらしいし、前述の『AERA』その他でも
香山と勝間の対談が実現した。
さらに、9月6日には「アンチ『勝間』もまた幻想か」と題する朝日新聞の
書評が出てるし、12月10日の朝日の読書特集でも松田哲夫と加藤あい
が2人を比較して軽くコメントしている。そもそも『しがみつかない生き方』
という書名が、勝間の代表作『インディペンデントな生き方』のシニカルな
パロディになってるのも明らかだろう。「インディペンデント」(独立)な生き
方に無理してしがみつく(~依存する)のは、自己矛盾とも言えるわけだ。
これに対して勝間も12月4日に『やればできる』(ダイヤモンド社)という
反論本を出版、あらためて話題になってるようだ(P.S.参照)。
けれども、実際に香山の本を読んでみると、勝間と直接関係ない話がほ
とんどだし、序章にもあとがきにも勝間という名前は出て来ない。この本
を勝間批判としてだけ扱うのは、余りにも不十分なのだ。
そこでこの記事では、序章、全10章、あとがきの全体(204ページ)を、
それぞれ簡単に見渡した上で、個別にコメントすることにしたい。大まか
な書評はネットにも数多いけど、詳しく読み解く記事はいまだに少ないだ
ろう。今回は「上下」の上、第5章まで扱う。ではまず序章から始めよう。
(17日追記: 「下」の記事もアップした。
香山リカ 『しがみつかない生き方』を読む (下)~勝間和代批判ほか )
☆ ☆ ☆
序章「ほしいのは『ふつうの幸せ』」(p.11-p.27)では、まず書店にズラッ
と並ぶ成功本とか、松田聖子みたいに上を目指す人達に触れた後、
2000年代に入ってからの診察室の変化が報告されている。
例えば、ふつうの幸せはとりあえず手に入ってて、それ以上を望んで
るわけでもないのに、「いつまで続くのか」、「これで満足していいのか」
と自問して、やがて何が幸せか分からなくなってしまう患者だ。普通は
深く考えずに、適当に何とか生きていくのだけど、そう出来ない一部の
人達はおかしな方向に進んでしまうことになる。
一方、ここ2年くらいは、社会環境の激変などにより、ふつうの幸せが
そもそも手に入らない人達も増えている。こうした中で、少しでもちっぽ
けな幸せに近づくにはどうすればいいのか、その「10のルール」を順
に考えて行こう、という話だ。
この概観からも分かるように、この本は決して、カツマー的な上昇志向
や努力を主たるターゲットにしてる訳ではない。ただ、そんな感じの帯
を出版社がつけて、世間がそう受け取ったことにより、皮肉にも結果的
に大ヒットしたわけだ。
あと、決定的に重要なのは、香山のポジション(立ち位置)が診察室で
あること。いかに心の病の患者が増えてると言っても、世間一般とはか
なり違うはずだ。その点は、勝間と比較する際にも忘れるわけにいかな
いだろう。。
☆ ☆ ☆
では、本論の第1章「恋愛にすべてを捧げない」(p.29-p.45)。非常に簡
単な内容で、「若い女性は恋愛禁止!」と言うわけにも行かないから、
「少なくとも、頭の中では『恋愛はほどほどに』と考える。恋愛でつまずい
ても、すぐに『すべては無意味と思わない。『私は寂しい』と決めつけない」
(p.45)ということだ。
正直、何とも当たり前の話だが、お手軽な認知療法のつもりなのかも知
れない。考え方、ものの見方を変えることで心を癒やす治療法。まあ、こ
の当たり前のことが分かってないとか、できない人が診察室に多いのだ
という報告だと思って読めば、普通の大人の読者にも多少の意味はあ
るだろう。
ただし、読者(特に比較的若い女性)の興味をひくためなのか、飯島愛も
恋愛がすべてだったのではないかというのは、かなり根拠の薄い憶測だ。
直接的証拠は、ブログに「恋をしているからこそ寂しく感じる」とか書いて
あったという話だけで、何年何月何日の記事なのかさえ明記してない。こ
の辺り、発言力のある医師&学者としては物足りない所だろう。
☆ ☆ ☆
続いて第2章「自慢・自己PRをしない」(p.47-p.66)。今の時代、雅子さま
のように謙虚で恥じらいを持ったままだと生き残れないような感じもある
けど、積極的な自己主張で競争社会を勝ち抜くような生き方に疲れる人
も多い。
去年からの新自由主義的社会の息詰まりなどを見ると、ひたすら競争
力を重視する姿勢は、経済的にも有利ではないようだ。今こそ、他人を
思いやる生き方を目指そう・・という話だ。
この章は、これまた一見平凡な話に見えても、香山の書き手としてのテ
クニックが発揮されている。斎藤澪奈子、雅子さま、宮沢賢治、大庭み
な子、内田樹、中谷巌、小泉元首相など、有名人の話を巧みに組み合
わせる一方、社会経済生産性本部の新入社員アンケートや、産業カウ
ンセラーへのメンタルヘルス関連調査なども紹介。第1章よりは話に厚
みがあり、説得力らしきものも増してる感がある。
ただ、香山自身が書いてるように、まだまだ社会は自慢・自己PRを求
めてるし、控え目な日本人の特性が逆に相手を疲れさせてしまう恐れも
もある。結局、恋愛に続いて自慢・自己PRもほどほどにという話だろう。
ちなみに、私自身は自慢・自己PRをほとんどしない人よりも、多少する
人の方が好きだ。正直で人間味があるし、「自慢かよ!」と突っ込むネタ
にもなる♪ 自己主張がやや多過ぎたとしても、笑って受け流せばいい
だけのこと。もちろん、これはおそらく少数派の意見なのだろう。。
☆ ☆ ☆
続いて第3章「すぐに白黒つけない」(p.67-83)。白黒といってもかなり限
定された話で、自分で入れたタトゥーを消したがる女性や例のイラクの人
質に対する、社会の冷たいバッシング的反応に疑問を投げかける章だ。
おそらく世の中、絶対的な正解などないものの方が多いのだろうから、
すぐに白黒はっきりさせるべきではない。「『いまのところはそう思ってい
るのだけれど、もうちょっと様子を見てみないと何とも言えないね』といっ
たあいまいさを認めるゆとりが、社会にも人々にも必要なのではないだ
ろうか」(p.83)。
香山の気持ちはよく分かるし、非常に勇気ある妥当な主張だとも思う。
ただ、2つの事を分けるべきだろう。非常に感情的で攻撃的なバッシン
グと、冷静な判断にもとづく批判の2つは、全く異なるものだ。問題は前
者だけであって、別に「何とも言えない」と判断保留する必要はない。そ
もそも、あらゆる判断が「いまのところ」のものであるのは当たり前だ。
「何とも言えない」という一見大人びた態度は、実は非常に簡単なもの
で、すぐにパターン化できてしまう。どんな物事でも、何も考えなくても、
そう言っておしまいに出来るわけだ。それよりむしろ、「いまのところ、
こう思ってる」という判断を、マナーをわきまえて示せばいいのだ。
もしその結果、たまたま社会的に一方向に傾いてしまうのなら、それが
社会の総体の判断ということだろう。「絶対的な正解」ではないとしても。。
☆ ☆ ☆
さらに、第4章「老・病・死で落ち込まない」(p.85-100)について。テレビ
が若者向けに出来てることとか、後期高齢者医療制度(後に長寿医療
制度へと改称)が出来たこととかで、自分が除け者にされてるとか思わ
ないこと。
老いは良し悪しの問題ではないし、死も最新の調査結果ではさほど恐
怖の対象にはなってない。病んだ場合は、死後の世界を想像してワク
ワク楽しんだり、逆に弱音をはいて周囲に迷惑かけたり。それでいいじゃ
ないか、という話だ。
この章は、これまでの3章と比べると共感とか納得しやすい内容だと思う。
逆に言えば、ごく普通のことが書かれてるわけだろう。ハッキリ言って、私
自身は老いたくないし、病気も嫌だし、死ぬのも怖い。老いの先に病や死
が待ち構えているのは事実だから、その意味では老いは悪だ。けれでも、
そういった事で落ち込むよりは、受け入れてポジティヴに生きる方がマシ
だと言うのなら、それはそうだろう。
ちなみに、ちょっと気になったのは、この章のタイトルに「生」が入ってない
ことだ。どうして「生・老・病・死」としなかったのか。香山が精神科医だとい
うことを考えると、余計に不思議な感じがある。と言うのも、自らが生まれ
たことに対して落ち込む人は少なからずいるからだ。。
☆ ☆ ☆
今回の記事におけるラストは第5章「すぐに水に流さない」(p.101-115)。
本の前半最後を飾るのは、なかなかヒネリの効いた、クセのある章だ。
「しがみつかない生き方」のルールの一つが「水に流さない」というのは
ちょっと面白い。何もかも、枯れた態度でほどほどにニコニコ受け流す
のはダメだと、クギを刺してるわけだ。
個人的にいやな記憶は、なかなか水に流せない人(特に患者)が増え
てる一方で、「社会の問題に関しては簡単に忘れてしまう人が多くなって
いるような気がする」(p.110)。例えば、小泉&竹中コンビの構造改革の
失敗。小泉後の自民党が沈滞し、民主党への期待も徐々に薄れつつあ
る今、香山の小泉攻撃は極端に目立ってるものの、差し当たり「水に流
す」としよう♪
でも、構造改革の総合的評価は厄介な問題だし、小泉や竹中の失敗ら
しきものを人々が水に流してるかどうかもハッキリしない。2人とも昔から
人気のある有名人だし、先日の総選挙の際には小泉の神通力の消滅
が報道されていた。竹中に復活して欲しいという声も特に聞こえない。7
月末に出版された本だから仕方ない部分はあるものの、どうも香山の
この例はピント外れに思えてしまう。
一方、もう一つのナチスドイツの例には、また別のビミョーさがある。若
い医師が、患者に危険人物というレッテル(反社会性パーソナリティー
障害などの診断名)を貼るのが、かつてのナチスの暴挙を水に流して
繰り返すような行為だと言うのだけど、流石に話が飛び過ぎだろう。
そもそも香山自身、雅子さまと一度も会ったことがないにも関わらず、病
状に関して一冊の本まで書いて語り尽くしてるのだ。しかも、正式な病名
ではない「新型うつ」という病名を前面に出した上で。他にも今まで、自分
が診てない人間に対して医学的にコメントして来たし、それはおかしくない
と自己弁護して来たはずだ。実際に患者を診て言ってる若い医師と、どち
らが危険なレッテル貼りなのか、控え目に見てもビミョーだろう。ちなみに
私自身は、両方とも危険だけど許容範囲だと思ってる。
この章は、狙いは面白かったのに、香山の個人的な思いが強く出過ぎた
ため、説得力が弱くなってしまった感がある。特に、マイナスの病名をつ
けることは精神医学全体の性格に関わる重大な問題だし、何かを病気
扱いすることは医学全体の根本問題でもある。だから、もう少し繊細な
議論が必要な所だった。あるいは、差し当たりここでは、別の例で済ま
せておくべきだったと思う。
☆ ☆ ☆
以上、とりあえず本の前半について語っておいた。後半については、数
日以内にまた記事をアップする予定。念のために言っておくが、先日書
いた雅子さま関連記事からも分かる通り、私は香山リカという人間をそ
れなりに評価している。たまたまここでは、一冊のベストセラーをめぐっ
て、やや批判的な記事を書いてるだけのことだ。
それでは、また次回。。☆彡
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P.S.香山に対する勝間和代の反論本『やればできる』を書店でチェッ
クしてみた。横浜駅近くの店では、ビジネス本のコーナーの辺り
に勝間本と香山本が並べて平積みされてて、完全に特別扱い。
内容は、1人で頑張り過ぎることのないよう、仲間とのコミュニケー
ションを強調しつつ、「しなやか力」「したたか力」「へんか力」「と
んがり力」の4つの重要性を強調したもの。分かりやすく具体的、
しかもこれまでの本との違いも示してあるし、巻末には家電とIT
それぞれの7つ道具の紹介までついててサービス満点。これは
「カツマーにとっては」美味しい本だろう。獲得できた成果も、教
祖の教えに従って、しっかり社会還元して頂きたいもんだ♪
cf.香山リカ 『しがみつかない生き方』を読む (下)~勝間和代批判ほか
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