集合論における自然数の表記と計算
昨年の暮れにかけて、「1+1=2」、「1×1=1」といった、自然数(0,
1,2,・・・)の基本的計算を再考してみた。要するに、理数系の学問の
一番根本的な話、数学のスタート地点に立ち返ろうということだけど、こ
れが本当にスタート地点かどうかについては、考え直す余地がある。
例えば、理数系の記事に時々使ってる講談社のロングセラー『現代数学
小事典』を見ると、「第1章 数学基礎論」の内容は、「1 論理」「2 集合
論」「3 自然数論」の順になっている。1の論理は別格としても、自然数論
より先に集合論があるのだ。これは現代数学の標準的な発想であって、
自然数という基本的な存在でさえも、集合論の中に組み込んでしまうのだ
(19世紀後半に確立)。
つまり、自然数は集合の一種と考えられている(別の考えも存在)。一般
人の素朴な発想では、自然数というのは集合の要素になり得るとしても、
集合そのものではないだろう。その辺りの納得できる説明というのはなか
なか見当たらなくて、上の『小事典』にもないし、ウィキペディアの日本語
版や英語版にも「結果」しか書かれてない。
そのうち、『新版 現代論理学』(東海大学出版会)に簡単な説明がある
のを発見したものの、最小限の説明だから正直言って分かりにくかった。
まあ、読者に自分で考えさせるという意味では、良書なのかも知れない♪
だからここでも、最小限の説明に留めよう・・・などとは言うまい。逆にこ
こで丁寧な説明を行っておけば、記事に独自の価値が生まれるだろう。
真面目な読者が何人いるかは別として♪ と言う訳で、以下では、自然
数を集合で表す方法について説明してみよう。
☆ ☆ ☆
まず、集合の初歩から復習しておく。集合とは、差し当たりは、何らかの
個物(要素)の集まりだと考えればいい。例えば、a と b を要素とする集
合を X とすると、X={ a,b }。つまり、要素全体を { } に入れてまとめ
たものが集合だ。また、b と c が要素の集合を Y とすると、Y={ b,c }
だ。更に、「a は X の要素だ」ということは「 a ∈ X 」と表し、何も要素が
ない集合(「空集合」)は ∅ などと表す(丸印に斜め線)。
この時、( X と Y の和集合):X∪Y={ a,b,c }。つまり、2つの集合
の要素を合わせて、重複(この場合はb)を除いたのが和集合で、「結
び」とか「合併」とも言う。また、空集合 ∅ には何も要素が無いから、
∅ ∪X=X 。つまり、∅ との和集合は、元の集合のままとなる。
集合について、この程度に理解していれば、もう自然数についても大丈
夫だ。イメージをもってもらうために、先に説明抜きで答を書いておこう。
自然数を集合で表す標準的な方法はこんな感じだ(他のやり方もある)。
0= ∅
1={ ∅ }
2={ ∅ ,{ ∅ } }
かなり奇妙な表現で、0以外は「集合の集合」、つまり、集合を要素とす
る集合になってる。1はともかく、2の表し方には違和感があるだろう。
簡単に言うと、まず一番「小さい」集合、つまり要素が何もない空集合 ∅
を0として、それ以降は、「1=0∪{ 0 }」、「2=1∪{ 1 }」という具合に
表して行く。つまり、「次の数=( 前の数 )∪{ 前の数 }」という風にして、
順に構成していくのだ。この時、式の後ろ側にある { } は集合を表す
記号であって、普通の丸カッコ(計算上のまとまりを付ける記号)ではな
いことに注意しよう。( ) と { } は、集合論においては全く別物だ。
0を空集合とするのはわりと自然だろうけど、それ以降の奇妙な構成
の仕方は、様々な自然数の間に大きさの順序を付けるため、つまり、
不等式を導入するためだ。例えば、「 1 < 2 」(1は2より小さい)と書
く代わりに、「 1 ∈ 2 」(1は2の要素)書く。こういった式が、集合の話
として全体的に上手く簡潔に成立するよう定めてるのが、上の奇妙な
構成法なのだ。
話を戻すと、なぜ 1 = { ∅ } になるのか。それは次の変形による。
1 = 0∪{ 0 } = ∅ ∪{ ∅ } = { ∅ }
右端の変形は、∅ との和集合は元通りという話を思い出せば納得でき
るだろう。続いて、2 = { ∅ ,{ ∅ } } は、次のような変形による。
2 = 1∪{ 1 } = { ∅ } ∪ { { ∅ } } ={ ∅ ,{ ∅ } }
これも右端の変形が引っ掛かる箇所だけど、要するに「∪」という記号
で和集合を作る時には、一番外側の{ }の中身を併せるのだ。内側辺
りにある{ }と混同しないように、上では色を付けておいた。
ちなみに、3の場合は次のようになる。
3 = 2 ∪ { 2 } = { ∅ , { ∅ } } ∪ { { ∅ , { ∅ } } }
= { ∅ , { ∅ } , { ∅ , { ∅ } } }
ここから、0<3、1<3、2<3が成り立ってるのがよく分かるだろう。つ
まり、集合論的に見て、0∈3、1∈3、2∈3が成り立っている。ちなみに
3以降、4とか5とか、単純なのにわずらわしい計算は、パソコンでコピー
&ペーストを使うと便利だ♪ 手書きだと、カッコの数を間違えやすい。
右端には } がズラッと並ぶことになる。4なら、4コの } が並ぶわけだ。
☆ ☆ ☆
では最後に、足し算についても少しだけ書いておこう。基本は、以前の記
事に書いた、ペアノ的な考えと同じで、次のように決めておけばよい(広い
意味では、足し算の公理)。
m + ∅ = m
m + ( n ∪ { n } ) = ( m + n ) ∪ { m + n }
上の m,n は、自然数を表す集合のこと。2番目の式が分かり辛いだろ
うが、要するに
( 「n の次の数」との足し算 )=( 「n との足し算」の次の数 )
という意味で、普通の数式で表現するなら
m + ( n+1 ) = ( m + n ) + 1
ということだ。以前のペアノ的な書き方では、
m + n´ = ( m + n )´
となってた。ちなみにペアノ本人の書き方は、時代的制約もあって、遥か
にややこしいので、いずれまた記事にしたいと思ってる。
(追記: ペアノ自身の記述に関する記事を追加。
自然数に関するペアノの公理~論文『数の概念について』に即して )
話を戻すと、結局、1+1=2の集合論的な証明は以下のようになる。
1+1 = { ∅ } + { ∅ }
= { ∅ } + ( ∅ ∪ { ∅ } )
= ( { ∅ } + ∅ ) ∪ { { ∅ } + ∅ }
= { ∅ } ∪ { { ∅ } }
= { ∅ , { ∅ } }
= 2
もちろん、こういった計算は実用的ではないけど、足し算とは何かという
問題や、数学全体における集合論の位置付けを考える際には重要なの
だ。ただし、集合論には独自の弱点(or 注意点)もあるので、それにつ
いてもまた別扱いで論じることにしよう。
以前書いた記事だと、足し算の読者は結構いたけど、掛け算の読者は
少なかった。果たして、集合論だとどの程度の人が読むのか、と言うよ
り、どの程度の少なさなのか、屈折した興味が湧く所だ♪
ではまた。。☆彡
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自然数に関するペアノの公理~論文『数の概念について』に即して
| 固定リンク | 0
「数学」カテゴリの記事
- 積立預金2、今でも申し込める高島屋「スゴ積み」、実質年利15%の計算式と解説&今季ハーフ3本目、まずまず♪(2024.12.06)
- ヤマダデンキの幻の積立預金、実質年利18.5%(!)の計算式と解説&7kmラン&計14kmウォーク(2024.12.03)
- パズル「絵むすび」32、解き方とコツ、考え方(難易度4、ニコリ作、朝日新聞be、2024年11月9日)(2024.11.09)
- 中国アリババ世界数学コンテスト2023予選、火の玉のコントロール、球状閃電(球電:ball lightening)の問題と解説(2024.11.05)
- NOT回路(ゲート)、AND回路、OR回路を組み合わせた設計、論理回路の問題の解き方、考え方~ 高校『情報 Ⅰ 』(2024.11.02)
コメント
保育園の自転車での送迎中の朝の30分を利用して、数学を伝授しました。2年間で、目に見えるもの、聞こえるもの、匂うもの全てに、自然数を対応付けれることをマスターしました。3年目にはべき乗計算ができるようになりました。線形代数をやろうと思いましたが、天才は自分で発見するらしいので、やめました。楽しくできれば、子供は何でも吸収できると信じるに至った3年間でした。が、子は何も覚えていません。でも、算数は楽しくやってるから、無駄ではなかったようです。私は、今は絶版になっている、高木貞治先生の、数の体系上下で、自然数に親しみました。
投稿: shoji12 | 2010年1月 9日 (土) 21時19分
> shoji12 さん
はじめまして。コメントありがとうございます♪
この記事にすぐコメントが付くとは、嬉しい驚きです。
お子さんに英才教育を行ってたわけですね。
楽しさというのは、特に子供の教育では重要でしょう。
大人なら楽しくなくても我慢して頑張れますが、
子供はなかなか我慢できませんからね。
他の楽しい事の方へと、気が逸れてしまう。
僕自身は、どんどん問題を解いたり、先生や親に
褒めてもらったりするのが楽しかった気がします。
そうした中で、子どもなりのプライドとか自尊心と
いったものも養われたんでしょう。
周りの生徒に教えるという経験も、貴重でしたね。
親に算数や数学を教えてもらった覚えはありませんが、
母に国語を、父には将棋を教わりました。
要するに、文系と理系の教育を受けてたわけですね。
まさに、ありがたい(=有難い)ことです♪
高木貞治氏の『数の体系』というのは、ひょっとして
『数の概念』のことでしょうかね。
あるいは、彌永昌吉氏の『数の体系(上下)』とか。
いずれにせよ、自然数は数の根幹なので、
もうしばらく色々と考察してみようと思ってます
投稿: テンメイ | 2010年1月10日 (日) 10時56分
彌永先生ですよね。穴に入りたくなりました。
子供には、1を足すのは、次の数を持って来ることだよ、と教えました。30分で256まではいけます。+1を言うのをやめると1000を越えてたと思います。
楽しかったみたいで、1ヶ月ぐらいしました。
投稿: shoji12 | 2010年1月11日 (月) 12時01分
> shoji12 さん
再びコメント、どうもです♪
あっ、やっぱり彌永氏の本でしたか。
いや、別に聞き流しても良かったんですが、
著名な数学者の名前を書いてみたかったんですよ♪
僕も何だったか、本を買ってますが、
どこかへ埋もれちゃってます(苦笑)。
1を足すのは、次の数を持って来ることなのか。
逆に、次の数を持って来るのは、1を足すことなのか。
その辺りは、基礎論的には微妙ですよね。
ただ、子どもの場合、足し算より先に幾つかの自然数を
知ってるから、その教え方の方がスムーズでしょう。
そう言えば僕も、子どもの頃は、大きな数を
覚えたり書いたりするのが嬉しかったですね♪
そうゆう素朴な原初的感情もあってこそ、
人は無限を追い続けるかも知れません。。
投稿: テンメイ | 2010年1月12日 (火) 00時45分