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数学的な経済理論の問題点~リカード「比較優位の法則」&勝間和代(朝日新聞)

勝間和代の人気というのは、まだまだ勢いがあるんだろう。前に書いた、

香山リカ『しがみつかない生き方』を読む(下)~勝間和代批判ほか」に

はいまだに検索アクセスがよく入るし、勝間が持ち出した妙な言葉を扱っ

た「セレンディピティー(serendipity)という言葉の意味と由来」も、地味な

ロングセラーになっている。

       

一方、私は半ば理系人間で、数学系の本格的な記事もかなりアップして

来た。そこで、日曜日の今日、勝間が持ち出した数学的な経済学理論

について簡単に考察してみよう。昨日(4月17日)の朝日新聞・朝刊別

刷・be に掲載されてた話で、多少の知識と計算力がないと分かりにくい

し、スルスルッといつの間にか納得させられてしまうかも知れない。

      

連載コラム、「勝間和代の人生を変える『法則』」の今回は、「人はおの

ずと得意なものへ特化する──比較優位の法則」というテーマだ。ま

ず、些細な間違いを訂正しとこう。

        

勝間は冒頭、「今回は、自由貿易に関して英国の経済学者、デヴィッド・

リカードが18世紀に提唱した『比較優位の法則』です」と書き始めてる

が、人気の経済評論家としては凡ミスだ。「18世紀」ではなく「19世紀」

が正しい。1800年代という言葉と混同したんだろうか。当然、朝日新聞

の側でもチェックしてるはずだけど、ウッカリ見逃したようだ。

     

勝間が唯一の参考文献として挙げてるリカードの主著『経済学および

課税の原理』は、19世紀初頭の1817年出版。ちなみにウィキペディ

アによると、18世紀末近くの1772年に生まれた彼が経済に興味を

持ったのは、1799年のアダム・スミス『国富論』の影響とのこと。これ

が本当なら、彼の経済学研究全体はほぼ19世紀のものとなる。

          

あと、英語版ウィキを見ると、実は「比較優位の法則」(the law of

comparative advantage)を最初に唱えたのはリカードではなく、ロバート・

トレンズ(1815年)だと書いてある。まあ、これについては異論もありそ

うだし、ほぼ同時期のこと。有名なのはリカードだから、別にここでこだ

わるほどの事でもないだろう。それより、この法則の内容と使い方の方

が遥かに重要だ。。

          

             

         ☆          ☆          ☆

勝間の記事の下には、リカードの主著について「岩波文庫、品切れ中」

と書いてあるけど、無料の電子図書館「青空文庫」に全文が収録されて

いた。かなり文体が古いものの、十分役に立つものだ。気になる箇所は、

Library Economics Liberty」で第3版(1821)の原文が無料公開されて

いる。さすがに、著作権は消滅してるだろう。

                     

著作の該当箇所(第7章・外国貿易について:On Foreign Trade)には、

「比較優位」(comparative advantage)という言葉自体は存在しない。形

容詞句や副詞句の形でも見当たらないけど、「比較」とか「優位」という

言葉ならあるし、内容的には確かに比較優位の法則が語られている。

     

リカード自身は、毛織布(cloth)と葡萄酒=ワインを例にして、資本と労

働力の有効な利用について語ってる。ただ、ここでは勝間の例に即して

説明してみよう。単なる引用ではなく、図や式を入れてかなり加筆した。

            

100418a

 今、Aさんの1年間の生

 産能力を、リンゴだけな

 ら90個、みかんだけな

                           ら30個とする。またBさ

んの生産能力を、リンゴだけなら20個、みかんだけなら10個とする。リ

ンゴでもみかんでも、生産個数で考えるなら、Aさんの能力の方が上だ

(「絶対優位」)。

               

しかし、Aさんの場合、みかん1個作るためには、リンゴ3個作るのを諦

める必要がある。このリンゴ3個を、勝間は簡単に「リンゴの機会費用

と呼んでるけど、正確に説明するなら「リンゴの生産機会をどれだけ失っ

たかで計算した、みかんの生産費用」ということ。法律用語なら、機会費

用(opportunity cost)とは、「逸失利益」。つまり、ある選択によって、逃

してしまった利益のことだ。

      

一方、Bさんの場合、みかん1個作るためには、リンゴ2個作るのを諦

めるだけでよい。つまり、勝間の言い方なら「リンゴの機会費用」は2個。

要するに、みかんの生産コストを比較すると、Bさんの方が低い。だか

ら、みかんについてBさんが「比較優位」となる。全く同じ考えで、逆に

リンゴの生産コストはAさんの方が低い。だから、リンゴについてAさ

んが比較優位となる。

     

よって、2人は分業して、それぞれ得意なものを多めに作った方が有

なのだ。そのことを示すには、まず生産量の配分を変えて、次に2人

が交換(原語は貿易=トレード)することを考えればよい。

      

    

         ☆          ☆          ☆

ではまず、生産量の配分を変えてみよう。

100418b    

     

Aさんが、リンゴ45個とみかん15個、Bさんが、リンゴ10個とみかん

5個作ると、合計でリンゴ55個とみかん20個となる(上図の左側)。

それに対して、Aさんがリンゴ60個とみかん10個、Bさんがリンゴ0

個とみかん10個作れば、合計でリンゴ60個とみかん20個となる(図

の右側)。ここからまず、2人がそれぞれ得意なものを多めに作る方

が全体にとっていい、ということが大まかに示される。

      

厳密な話は、数式を導入した上で、条件を変化させることになるけど、

かなり面倒だし、この記事の狙いからは脱線気味なので、ここでは省略

しよう。勝間もリカードも日米ウィキも、そこまではやってない。おそらく、

大学の経済学の教科書・参考書でもほとんどやってないだろう。私は少

しやりかけて、条件変化(合わせてみかん20個とか)が多過ぎるし、話

をまとめにくいから、途中で計算を中断した。

            

       

         ☆          ☆          ☆

続いて、交換=貿易のプロセス。Aさんにとって、みかん1個はリンゴ3

個。Bさんにとって、みかん1個はリンゴ2個の価値がある。だから、間

をとって、みかん1個をリンゴ2.5個と交換するレートで取引しよう。

        

100418c

     

先程の、Aさんがリンゴ60個&みかん10個、Bさんがリンゴ0個&みか

ん10個の状態からスタートする。この時点で、2人にとっての価値(=

効用)を例の「リンゴの機会費用」で計算すると、Aさんはリンゴ90個分、

Bさんはリンゴ20個分となる(上図参照)。

        

次に、Aさんのリンゴ12.5個と、Bさんのみかん5個とを交換しよう。す

ると、Aさんはリンゴ47.5個とみかん15個、Bさんはリンゴ12.5個と

みかん5個。2人にとっての価値を「リンゴの機会費用」で計算すると、

それぞれ92.5個と22.5個だから、お互いに得したことになる(下図)。

          

100418d    

     

             

        ☆          ☆          ☆  

こうして、「それぞれの生産主体(個人や国)が得意なものに特化し、自

由に交換した方がいいし、実際にある程度そうなってる」というような経

済理論が「数学的に証明」されたことになり、影響力を持つことになる。

勝間本人なら、もの書きが得意だから、それで得た原稿料で、他の人

が作った料理やパソコンを買うという話になるわけだ。

     

しかしもちろん、現実の経済や人間の選択は、これほど単純ではない

(リカードも複雑さは一応理解している)。コメ問題を例に取るなら、日本

のコメとタイの米は、日本国民にとっての価値が大幅に違うから、単純

な生産量や機会費用の話は通用しない。また、日本のコメが割高だか

らといって生産を止めると、水田や農家の生活に多大な影響が出る。

                

さらに、交換=貿易が持続的に上手くいくかどうかも疑問で、輸入・輸出

制限とかコスト、交換レートの変化、あるいは通貨 or 為替の問題も絡ん

で来るわけだ。ある一時期に有利な選択が、それ以降も有利とは限らな

い。実際、ほんの数年前までは中国産の安いギョーザが人気だったの

に、今では例の事件の影響で、大幅に人気が落ちてるわけだ。他国と自

国では、品質管理が違うし、心理的な信頼感も大幅に異なってる。ギョー

ザならともかく、コメだと臨機応変に生産体制を変えることは出来ない。

       

最後に、競争の問題も指摘しとこう。例えば今、経済の文章が得意なC

さんが、そこにエネルギーを注ぎ込む。ところが、世の中にはCさんより

遥かに経済の文章が得意な人がいるし、人気者もいる。すると、Cさん

の文章は売れない。競争相手に阻止されて、交換が出来ないのだ。

         

先程の勝間の例だと、Bさんはリンゴを0個、みかん20個にしたけど、

それはみかんが売れる(=交換できる)という前提に基づいている。第

三者が、Bさんよりも有利な条件(レート、品質など)をAさんに提示すれ

ば、Bさんのみかんは売れず、持て余すことになるし、リンゴも全く手に

入らないのだ。

         

経済学が語る数学的モデルというのは、非常に強い仮定に基づいてる

ことが多い。物質という単純なものを扱う物理学なら、そういった仮定は

さほど問題ないのが普通だ。けれど、極めて人間的で複雑な経済にお

いては、仮定がまったく非現実的で、数式や数値がまるでトリックのよう

な価値しか持たないことが多い。

               

高速道路とかダムとか、大規模なプロジェクトが仮定する収入とか安全

性向上、あるいは一昨年から世界を揺るがした、金融派生商品(デリバ

ティブ)の損益など。優秀な官僚が策定しようが、天才的な数学者が考

案しようが、所詮は限界があるのだ。

                     

そういった問題点まで分かった上で、あるいは示した上で、数学的に経

済を扱うのなら、もちろんある程度は有効だろう。ただ、その場合でも有

効性は見た目ほど大きくはないし、しばしば問題点を無視した形で、バ

ラ色の「ポジティヴ」な理論が語られることには、細心の注意が必要だ。

       

数学も論理学も、非-人間的なまでに厳密で深淵なものだからこそ、

間が本当の意味で使いこなすのは困難だし、相当なリスクも存在する。

ではまた。。☆彡

     

      

     

P.S. 記事アップから1年半後、2011年11月になって、地味ながら

     検索アクセスが増えてる。調べてみると、TPP(Trans-Pacific

     Partnership=環太平洋パートナーシップ協定; または、Trans

     -Pacific strategic economic Partnership agreement

     =環太平洋戦略的経済連携協定)の交渉参加をめぐって、ネッ

     トを中心に、「比較優位」が話題になってるようだ。何よりもまず、

     リカードの著作自体を読んで、自分で考えるべきだろう。。

   

       

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

cf.年を取ると時間が短くなる~ジャネの法則(仏語原書に即して)

  「限界効用逓減の法則」というミクロ経済学の仮説について

  言葉の意味、口調、表情~「メラビアンの法則」をめぐって

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コメント

ジャネの法則でググッて来ました。
この話も面白かった、ありがとう。

投稿: 茹でガエル | 2011年2月10日 (木) 10時33分

> 茹でガエルさん
   
再び、どういたしまして♪
僅か2日間で、1000人近くもググッて
くださったようで、驚いてます。
わざわざご丁寧に、ありがとうございました

投稿: テンメイ | 2011年2月11日 (金) 01時45分

 リカード比較生産費は、

「自給自足<交換(貿易)」

 であり、

「特化前は生産量=消費量だったものが、特化し交換すると生産量≦消費量になる」という理論です。

 派生で

「絶対優位は関係がない」

 が成り立ち、

「日常生活が貿易(交換)」そのものだということが分かります。

 ということを証明した理論です。だれも崩せません。

数値は、

90 30
20 10

でも、

90 20
30 10

でも、

90 10
20 30

でも、何でもかんでも成立します。

 われわれが、「自給自足」するより、何か一つの仕事に特化し生産し、そのカネで消費した方が、世の中の人すべてが「自給自足」するより必ず豊かになるという直観を理論で明らかにしたものです。

投稿: 菅原晃 | 2011年11月 5日 (土) 20時42分

> 菅原晃さん
    
はじめまして。コメントありがとうございます。
     
仰りたい事は読み取れますし、半ば普通の話でもありますが、
「証明した」、「だれも崩せません」、「成立」、
「理論で明らかにした」といった強い言葉の内実が重要です。
    
経済学より遥かに洗練された、数学の集合論や論理学の
証明でさえ、その気になれば問題点を指摘できるのです。  
まして、経済学理論が現実世界で成立するかどうかという話は、
容易に推察できることでしょう。
           
もちろん、それと現実の政策への応用は、
分けて考えるべきですけどね。  
現実世界とは、証明できない事、崩せる事、成立しないかも
知れない事の中で、個々の主体が「選択」していくものなので。。

投稿: テンメイ | 2011年11月 7日 (月) 02時11分

>「証明した」、「だれも崩せません」、「成立」、
「理論で明らかにした」といった強い言葉の内実が重要です。


 簡単です。「自給自足<交換」だからです。これを崩すことはできません。

 これを崩せたら教えて下さい。


 また、「経済学」はもちろん、「ある前提」の元に成り立っているもので、一つの理論で全てを説明できることはありません。ある前提の元に成り立ちます。

 リカード理論が成立しない唯一の前提は、「生産費が同じ」な場合です。

(セイの法則が前提・・完全雇用が前提・・資本移動・労働移動が前提とされていない云々・・これらはなくても比較生産費は成立させようと思えば成立します)

 5:5、2:2の場合、成立しません。ある人(会社・国)が特化しようと思っても、「生産費(比率)」が同じな場合は、成立しないのです。

 さて、このような、「生産費(比率)」の同一が個人・企業・県・国においてありえるのか。成立するのか。しません。

 だから、リカード理論は「否定できません」。もちろん、否定できないのはそのエッセンス(本質)部分で、土地生産性、労働生産性、資本生産性・・・による「生産費(比率)」のことです。


 また、「真理」そのもの=全ての事象を一つの理論で説明できる・・あるいは、○○学の領域内である一つの理論で説明できる・・・こんなもの、存在しないことは、現時点で明らかになっています。

 物理学の非線形性のようにです。科学の世界では「真理」はないことが明らかになっています。

 さて、「自給自足<交換」を崩せるのか。崩せたら、「経済学」そのものが崩せることになります。

 経済学ECONOMY=エコ・・・つまり、節約(最低のコストで、最大限の効率)のことです。

 「自給自足<交換」そのものが、エコのことです。これを否定できれば、経済学そのものが地上から「なくなる」ことです。

 ただし、経済学は、事実を検証する(しかもある前提に立ち)ものです。すべてを説明できませんし、未来を予測するのは当然不可能です。

 ある場面に適用できるのがせいぜいなのです。

投稿: 菅原晃 | 2011年11月11日 (金) 22時56分

> 菅原晃さん
   
再びコメント頂き、どうもです。
    
仰りたい事は大体読み取れたつもりですし、
お名前と情熱も記憶に刻みこみました。
  
今後のご活躍を遠くから祈ってます。。

投稿: テンメイ | 2011年11月14日 (月) 03時27分

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