フレーゲ『算術の基本法則』における「概念記法」~記号論理の原点
数学の基本である自然数(0,1,2,3・・・)にこだわって記事を書く流れ
で、論理哲学者の大物・フレーゲの記事も書いてみたけど、予想通り、
読者は少ない。その一方で、数学者・ペアノの記事には予想以上の検
索アクセスが入り続けてる(ただし足し算記事が大半)。数学好きの私の
知人達に聞いても、フレーゲは名前しか知らない感じだ。
この極端な違いには、まず哲学と数学の人気や普及度の差が影響して
るだろう。算数や数学は誰でも相当な労力を費やして来たし、「1+1は
なぜ2なのか?」という問題も、分かりやすくて有名だ。それに対して、哲
学に興味を持つ人はごく一部だし、その人達でさえ、厳密な話や難しい
理屈は苦手とすることが多い。
また、歴史的な事情もかなり影響してるだろう。フレーゲは、数学を論
理学へと完全に還元しようとした「論理主義」の代表だけど、その理想
は「ラッセルのパラドクス」によって阻止され、「ゲーデルの不完全性定
理」でとどめを刺された。こんな感じの大まかでネガティヴな歴史的評
価が、フレーゲには付きまとうのだ。これに対して、彼の理論を過去の
遺物にしないポジティヴな動きが、80年代から徐々に増えてるようで
はあるけど、まだ研究者の中での話であって、大勢に影響を与えるほ
どにはなってない。
哲学と数学の人気の差や、歴史的事情以外にも、フレーゲがマイナー
なままである理由は考えられる。彼は、記号論理学の先駆者・開拓者
だったので、現在ではほとんど使われないような独自の書き方を考案
して、主著(Ⅰ巻1893,Ⅱ巻1903)の前半から大量に使用してるの
だ。折角、2000年になって優れた翻訳が出たとはいえ、これでは、
多少の知識がある読者でさえ、一目でパスしたくなってしまうだろう。
そこで今回は、その主著『算術の基本法則』(フレーゲ著作集3,野本
和幸編,勁草書房)で使われてる独特の記号体系「概念記法」につい
て、非常に基本的な部分だけ取り上げて解説してみる。彼独特の深く
細かい考察は省略してあるし、説明の仕方を少し変えてる部分もある
ものの、普通の人にとって分かりやすくはなってるはずだ。。
☆ ☆ ☆
普通の算数や数学では、数式や記号を書くだけで終わりにすることが
多い。例えば、「2+3=5」という式に対して、文末に「である」といった
言葉を付けることは滅多にないはずだ。ところがフレーゲの場合、2種
類の言葉が付け加えられることになる。次の図を見てみよう。画像がや
や見づらいのは悪しからずご了承を。データ量を減らして、強調のため
の色(赤や青)をハッキリ出すことを優先した結果だ。
まず2本目の
式では、左側
に横線が入っ
てる。これは
「~は真だ」
ということ、つまり、その式(あるいは文)が本当だという新たな文を作る
記号だ。
逆に、「~は偽だ」、つまり、その式は本当でないという文を作るのなら、
横線の下に短い縦線を入れる。横線は「水平線」、縦線は「否定線」だ。
現在の記号論理では、真偽(=真理値)を示す水平線は無いし、否定線
は ¬ という否定記号で書いたりする(文の上に横線を引くこともある)。
続いて、さら
に左端に長い
縦線を入れる
と、その文を
語り手が承認
することを表す。肯定的承認を主張するこの縦線記号が、「判断線」
と呼ばれるものだ。
けれども、いちいち「~は真だと私は承認する」などと読むのは面倒だし、
普通そんな事は気にしない。フレーゲ自身でさえ、そこまでは徹底してな
いから、以下
では左のよう
に、簡単に読
むことにする。
また、判断線と水平線を合体させて、カタカナの「ト」に似た形を作る時に
は、水平線は短く書く(フレーゲ本人の書き方)。
(☆追記: この記事末尾のP.S.2も参照。)
次は、いわゆる「述語論理」の特徴である、「すべての・・・は~」(全称命
題)、「ある・・・は~」(存在命題)といった文の書き方だ。横線の途中で
くぼみをつけて、
アルファベットを
入れる(フレーゲ
ではドイツ文字)。
現在なら、全称記号 ∀ を使って、「∀a,2a+3a=5a」などと書く所だ。
否定する場合には、否定の仕方によって、否定線(縦の短い棒)を入れ
る場所が変わる。現在の記号論理を知ってる人なら、同じと感じるだろ
う。要するに、
否定したいも
のの直前に否
定線を入れる
わけだ。くぼみの
前に否定線を入れ
ると、部分否定、
くぼみの後(つま
り式の直前)に否定線を入れると、全否定になる。
さらに、くぼ
みの前後両方
に否定線を入
れると、左の
ような流れを
経て、結局は
「ある a について~」という命題を作れる。これを正確に言い直すと、
「ある a が存在して~」だから、存在命題というわけだ。数学だと、解の
存在を主張する時などによく使う。現在なら、存在記号 ∃ を使って、
「∃a,2a=8」などと書く所だ。
さらに、条件線と呼ばれる別の縦線も導入される。元の水平線の途中
から下に縦線を引っ張り、その先からまた水平線を右に短く伸ばして、
別の文を付け
加えるのだ。
フレーゲ自身
の説明の流れ
は、上のようになっている。最初の定義は、「かつ」と「でない」を組み合
わせた少し複雑なものだけど、結果的に「・・・ならば」という条件を表す
線になるから、条件線と呼ばれるわけだ。
これを現在の記号論理で説明すると、条件線を ¬(P∧¬Q) で定義
して、ド・モルガンの法則や条件(=ならば)の定義を用いて、次のよう
に変形したことになる(∧ は「かつ」、⊃ は「ならば」)。
¬(P∧¬Q) = ¬P∨¬¬Q = ¬P∨Q = P⊃Q
条件線と否定線を組み合わせることで、「かつ」(= and)や「または」
(= or)も表現
できる。説明は省
略するので、左図
を見て考えて頂き
たい。どちらも、
現在のド・モルガ
ンの法則と二重否定の法則、「または」は、二重否定法則を使うとイメー
ジしやすいだろう。「かつ」が、「¬¬(P∧¬¬Q)=P∧Q」、「または」は、
「¬(¬P∧¬Q)=P∨Q」という感じの変形だ(∨ は「または」)。
これでも分かりにくい場合は、各部分の意味をノートに少しずつ書いてい
くと分かりやすくなると思う。記号論理の理解の大きなポイントは、実際
に手を動かして色々と書くことだ。頭だけだと、意味も分かりづらいし、実
際に問題を解くことも難しい。この辺り、数学の習得と同じだし、スポーツ
とか身体技術の訓練とも似た話だろう。まさに頭のトレーニングなのだ。。
☆ ☆ ☆
最後に「推論」についても見ておこう。推論とは、議「論」を「推」し進める
こと。つまり、いくつかの命題(文や式)から他の命題を導くプロセスだ。
最初にあった命題を「前提」、そこから導かれた命題を「結論」という。もっ
と普通に言うなら、論理的証明のことだ。
フレーゲが使う推論の方法は、基本的にはただ1つ(第一推論様式)。
普通の言い方にすると、
「PならばQであり、かつPだから、(結論として)Qである」。
これは古代から非常に重要視されて来た推論の型式で、日本語だと
前件(「PならばQ」のP)を肯定するから「前件肯定式」と言う。専門家
はラテン語で「modus ponens」(モドゥス・ポネーンス)と言うことが
多い。「肯定する様式」という意味だ。
フレーゲがこれを使う場合、長い横線とコロンを使って、次のように書く。
ただし、二重線、破線、二重コロンなど、他にもヴァリエーションがある。
前提の片方の命題
だけギリシャ文字
にするのは、今の
目線で見ると不自
然だけど、理由の
説明は見当たらな
い。まあ、フレー
ゲが実際に問題としたのは難しい証明だから、置き換えを使わないと書
きづらかったのかも知れない。ちなみに、私がこの記事で「a=3」とか書
いてる部分も、フレーゲは一文字に置き換えてることが多いのだ。
☆ ☆ ☆
以上、フレーゲの主著『算術の基本法則』における、記号表現の基本的
部分(Ⅰ巻前半)を簡単に見た。差し当たり、読者は非常に少ないだろう
けど、いずれはゲーデルとか、有名な話につないで行くつもりだから、多
少の読者は出て来るだろう。
何より、書いてる私自身が面白かったし、勉強になったからいいのだ♪
ではまた。。☆彡
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P.S.推論様式を示すラテン語「modus ponens」は、日本語で発音
しづらいからか、長母音と短母音を変えて「モードゥス・ポーネンス」
などと言われることが多い。日本版ウィキペディアは「モーダス・ポ
ネンス」だ。まあ、ラテン語といっても歴史的変遷が色々あるし、本
来の発音にもブレは多少あるだろう。
このラテン語の名前、より正確には「modus ponendo ponens」
で、英訳すると「the way that affirms by affirming」(英語版
ウィキより)。更に邦訳すると、「肯定することによって肯定する方法」
となる。前件を肯定することによって、後件(「PならばQ」のQ)を肯
定するやり方という意味だろう。略語の「MP」も使われるし、「MPP」
という略語もたまに使われてるようだ。
P.S.2 フレーゲ自身による「水平線」(縦棒の判断線の右横)の書き方に
ついてご質問を頂いたので、コメント欄で簡単に応答しておいた。
ドイツ語原著がGoogle booksで無料公開されてたので、該当箇
所をコピペさせて頂こう。水平線は、判断線と結びついたシンプル
な形においては短く、単独の場合は長く書かれてる。邦訳も同様。
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コメント
判断線と水平線 (内容線) の長さについて、フレーゲ本人の書き方では、水平線を短く書くとありますが、これは、水平線を「長く」書くとの取り違えではないでしょうか。わたしは、コンピュータで判断線・内容線を入力するとき、|-- という記号を使います。
投稿: 清野克宏 | 2014年4月14日 (月) 09時00分
> 清野克宏さん
はじめまして。質問コメントどうもです。
私の取り違えではありません。このままで合っています。
水平線が単独の場合、マイナス記号との区別のため長く書く。
判断線と合わせた場合は、「ト」のように短く書く。
「短く書く」という表現は、対比を強調した私の解釈ですが、
「長く」は元の文章に書かれてることですし、
実際そのように各種の図が描かれています。
邦訳のp.57~p.60辺りをご確認ください。。
投稿: テンメイ | 2014年4月14日 (月) 12時07分
テンメイさん、こんにちは。
判断線と合わせた場合は、短く書くのですね。いま、手元に邦訳がないので、週末に見てみます。
別の資料として、フランス国立図書館が公開している概念記法の写しをみてみました。これは、内容線が長いように見えるのですが、いかがでしょう?
http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k65658c/f17
投稿: 清野克宏 | 2014年4月14日 (月) 22時14分
> 清野克宏 さん
こんばんは。再びのご質問&ご指摘、どうもです。
「概念記法」という言葉には2つの意味があります。
1つは1879年の書名の略称。
もう1つは、そこで始まった記述方法。
後者、つまり記述方法については、79年の著書と
その後とで、多少の違いがあるようです。
79年の著書の訳本は、私の周囲に無いので
確認できないし、おそらく読んでません。
ただ、公開されてる原書のコピーを見ると、
仰る通り、横線(当時の呼び名は「内容線」)が
長くなってますね。
しかし、私の記事で扱ってる1893年の主著
『算術の基本法則』第1巻では、
縦の判断線と合わせたシンプルな形において、
横線は短くなってます(原書、訳本共通)。
カタカナの「ト」の右横線より、さらに短い。
また、名前は「水平線」へと変更されてます。
いつ、どのような経緯で横線の長さが
変わったのかは分かりません。
ただ、ドイツ語版ウィキペディアの「良質な記事」を
読んでも、長さは気にしてないようです。
英語も同様。私も気になりません。
日本での受容における学問的慣習は知りませんが。
あと、同じ『算術の基本法則』の公開データでも、
元の本のままではなく入力し直したものでは、
横線が少し長めになってました。
この辺り、細かい話ですが、注意が必要でしょう。
ドイツ語のデータだからといって、
元の著書のままとは限らないわけですね。
証拠として、記事のP.S.2に、原著の該当箇所の
コピペを貼っておきます。
このコメント欄の少し上側にスクロールすれば見れます。
おそらくこれが、93年の原著そのものをスキャン
したものか、忠実な復刻本のスキャンでしょう。
本人の直筆原稿まで遡るとどうなのかは分かりませんが。
ちなみに、直接的には関係ありませんが、この第5節の
邦訳(第1版・第1刷)には、最初から誤植があります。
邦訳p.57の「=(2+2)」は間違いで、
原著では「=(2=2)」。
この誤植は、意味を考えながら読めば素人でも
すぐ気づくものだし、基本的な箇所なので、
翻訳本を読む時には多少の注意が必要なのでしょう。
一見、完璧な翻訳&解説に見えますが、
やはり生身の人間の仕事ということですね。
気になった箇所は原書でチェックするというのは、
訳本を精密に読む場合の一般法則。
もちろん、原書の単純なミスを訳本が正すこともありますが。
なお、私は専門家ではありませんし、
当サイトは単なる一個人の総合ブログ。
これ以上のご質問にはお答えできませんので、
ご自身か他の場所にて宜しくお願いします。
それでは。。
投稿: テンメイ | 2014年4月16日 (水) 21時41分
テンメイさん、こんにちは。
79年の概念記法のオリジナル版と、93年の算術の基本法則に応用された概念記法では、水平線の扱いが異なり、算術の基本法則では、|- A の場合、短く、--- A の場合、マイナス記号と区別する必要もあることから長く書くのですね。失礼いたしました。
内容線から水平線へと名前を変えたのも、この線の機能を変えたからなのだとわかりました。オリジナル版では、真偽判断可能な内容をつなげるものでしたが、算術の基本法則では、真偽値へと写像する関数になっており、もはや、内容ではないので、単に、水平線と呼ぶことにしたと。
フレーゲが内容から真偽値へと変更したことは、少し驚きでした。たとえば、公理系の各公理が正しいことを承認しようとして、水平線(と判断線)を適用すると、公理がただの真偽値に縮退し、公理系の機能が失活してしまう、というような動きになるからです。
そう考えると、ウィトゲンシュタインら、後の研究者が、判断記号を不要と考えたのも、わかる気がします。
いろいろと教えてくださり、ありがとうございました。
投稿: 清野克宏 | 2014年4月19日 (土) 16時42分