東浩紀とネットが開く新たな言論空間~朝日新聞「論壇時評」
(☆2012年2月25日追記: 最新記事をアップ。
~高橋源一郎&小阪淳&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・2月) )
☆ ☆ ☆
論壇とか言論界とか、それほど関係ないこのブログに、しばらく前から
時々、「東浩紀 論壇時評」といった感じの検索アクセスが入るようになっ
た。この朝日新聞の連載(月1回)は、今日・2010年4月29日が初回だ
から、検索の時点ではもちろん発表されてないし、それは検索者にも分
かってるだろう。それにも関わらず、無名のブログにまで検索が入るほ
ど、東浩紀(あずまひろき)の人気は凄いわけだ。
思想界の一人勝ちとか言われる批評家の注目度は、お堅い分野にして
は非常に高い。ただ、その人気の高さは言論の分野においてのことであっ
て、例えばジャニーズの山P=山下智久やキムタク=木村拓哉などと比
べると、3ケタ近く人気が違ってると思う。そうした事は、自分で長くブログ
を運営してると、アクセス解析だけからでも簡単に感じ取れるし、そこで
感じ取ったことをすぐにブログに書きこむことも出来るのだ。
私も含め、誰もがネットのおかげで、かなり安いコストで大量の情報を受
信&発信できる時代。それだけでも驚くべきことだが、ツイッターとかリア
ルタイムの動画配信といったシステムは、また一段と情報の流れを変革
しつつある。だから、今「論壇時評」なんてものをやるのであれば、当然
ネットその他の新しい状況を踏まえたものにすべきだろう。
その意味でも、人気者の東を起用した朝日新聞の方針は納得できるわ
けだ。東に近い代表的論客の宮台真司は、4月15日の twitter で、自
分が「ブログとツイッターのウォッチャーである東氏を書き手とするべき
だ」と提案したと書いている。それはもちろん、一つの要因にはなっただ
ろうけど、そもそも朝日は1年前に、「論壇はどうなる?どうする?」とい
う特集を1ページ掲載して、一番目立つ右上に大きく扱われてたのが東
であり、タイトルも「ネットが新しい論客を生む」となってた。
したがって、朝日の筆者選択はごく自然な流れによるものなのだ。ただ
し、「新しい論客を生む」と語ってた論者が、10年以上前から活躍する
人気者として、旧メディアの代表である新聞に大々的に登場するという
構図について、本人がどう思ってるのか、少し気になる部分ではある。。
☆ ☆ ☆
さて、注目の初回の内容は、まさにネットと論壇が中心テーマだった。見
出しは、「論壇の『復活』 ネットが開く新しい空間」。ほぼ1ページ全体が
「論壇時評」とされ、その3分の2ほどを東が占め、「基調講演」している。
あとは、左側に3分の1ほど、福岡伸一のコラム、「触れてわかる『媒体』
の実体」(この記事末尾のP.S.2参照)。他には東の文章の下に小さく、
「編集部が選ぶ 注目の論考」がプラスされていた。この新聞のレイアウト
だけでも、やや興味深いものがある。と言うのも、1年前の特集における
東の分量を、更に増加させ、一段と目立たせてるからだ。
話を東の論壇時評に戻すと、まず冒頭で、滅びつつあった論壇がネットを
通じて復活し始めたと語る。愚痴と中傷ばかりで、言論の場としてはあま
り機能してないと思われて来たネットにとって、大きな突破口となったの
がツイッター。これ自体は1回140字のミニブログなので、議論には向か
ないけれど、「すでに存在するサイトやブログへの高効率の『ポインタ』と
して機能する」というのだ。
(追記: 『中央公論』5月号の茂木健一郎との対談で「ポインター」という
アイデアをもらったようだ。茂木自身の話は前頭葉のことだった。)
私自身の経験でいうと、可能性とか潜在能力としてならともかく、今現在
は、「高効率のポインタとして機能」してるようには感じられない。まず、
ブロガーとしていうと、無名のウチださえ、GoogleとYahoo!の検索ア
クセスはかなり入って来るし、熟読してくださる方もそれなりにいらっしゃ
る。けれども、twitter からのアクセスはごく僅かだし、やって来た読者も
すぐ帰る人がほとんどで、関連記事もトップページも読んでない。正直、
検索サイトの方がケタ外れに機能してると思う。
もちろん、twitterからのアクセスを、ウチのブログのアクセス解析がとら
え切れてない部分もあるだろうから、今度は逆に、私がツイッターを使っ
てみた感じを報告してみよう。まず、一般に流行り始めた去年、あちこち
を軽く見たけれど、情報源として役だった覚えはない。自分でやろうとい
う気もなえてしまった。
ここ最近見たのは、ツイッタードラマ『素直になれなくて』の脚本家・北川
悦吏子のもの以外だと、東と宮台だけ。本人の話はそれなりに面白かっ
たけけれど、他のサイトへの「ポイント」としては役立ってないのだ。逆に、
私が毎日数十回くらい検索するGoogleは、しばしば有益な情報源まで
導いてくれる。したがって、ツイッターが他のサイトの言論へと導く突破
口だという東の主張は、ツイッターを使ってない私にとって、現時点では
ピンと来ないものだった。
(追記: 斎藤環のツイッター批判については、末尾のP.S.3参照)
☆ ☆ ☆
一方、東が注目するもう一つのネットの動き、動画サービスの方は、私
自身はあまり使わないけど、世の中を少なからず動かすシステムとして
機能し始めてると思う。東が名前を挙げた「ダダ漏れ女子・そらの」のよ
うに、一個人があちこちからネットでリアルタイムの動画中継を行うとい
うのは、一個人がツイッターでつぶやくことよりも遥かに影響力が強い。
というのも、一般社会のレベルでは文字よりも映像の方が遥かにインパ
クトがあるし、発信される内容も、全体的に見ると映像の方が高そうに
思われるからだ。それはやはり、動画の方が敷居が高いからだろう。敷
居が低いツイッターは、単なる個人の日常的つぶやきが圧倒的だけれ
ど、それを動画でやって通じるのは、ごく一部の人に限られる。他の人が
動画配信するのなら、それなりの内容でないと、見てもらえなくて淋しい
思いをするだろう。コスト・パフォーマンスが非常に低くなってしまうのだ。
☆ ☆ ☆
東の文章の最後(第三節)は、今までの「論壇時評」と同様に、論壇誌を
扱ってる。これが、東自身の選択なのか、編集部の意向を反映してるの
かは分からないけど、一応の理由づけは書かれている。
ツイッター化と動画化は、ネット言論の『フロー化』を推し進めて
いる。おそらく今後は、緊急性や共感度が高い言説はリアルタ
イムネットで即座に拡散し、硬質な論考は論壇誌あるいはブログ
に「ストック」されるという一種の棲み分けが進行するだろう。そし
て、ストックメディアとしては、論壇誌には重要な役割が残されて
いる。
こうして、ようやく最後に紹介されるのが、『文芸春秋 5月号』の藤原
帰一「鳩山民主はここで道を誤った」、『中央公論 5月号』の窪田順生
「ヤミ金を愛する縞 沖縄の恐るべき実情」、そして『表現者 30号』の
特集「断末魔の民主主義」だ。これらについては、私は読んでないし、
今回の時評のメインでもないので、軽くスルーさせて頂くとしよう。
(☆追記: 翌日、軽く読んでみた。この記事末尾のP.S.参照)
ほんの二言だけ書いとくと、まず東は沖縄のヤミ金について、「違法金
融が一種のセーフティーネットとして機能しているのではないか、との視
点が考えさせる」と書いている。でも、そういったポジティブな機能につ
いては、論壇誌どころか新聞の経済記事や世の中を見渡すだけでも、
自分で読み取れることだろう。ヤミ金に限らず、闇の取引全般にもそれ
なりの積極的な意味があるわけで、当たり前のことだと思う。
また、最後の特集について、「日本で民主主義が機能しないという論は
珍しくないが、本特集はさらに一歩を踏み出し民主主義そのものに欠
陥があると主張する」と持ち上げている。この着眼点や選択はいいと思
うが、民主主義自体の欠陥の話は、朝日新聞の文化欄でも特集があっ
たはずだ。何年前か思い出せないけど、おそらく数回の連載で面白かっ
た。当然、他の場にまで目を向けると、幾らでもそんな話はあっただろう。
チャーチルの名と共に有名な、「民主主義は最悪の政治形態だ」という
言葉も思いだされる所だ(ただし、他よりマシだというオチはある)。
その意味で、東が今そういった議論をあらためて取り上げるのなら、どの
点がこれまでの議論よりも新しいのか、明示して欲しかった所だ。なお、
東が記事中盤までに取り上げた言論は、佐々木敏尚『マスコミは、もう政
治を語れない』(講談社)、上杉隆『記者クラブ崩壊 新聞・テレビとの200
日戦争」(小学館101新書)、そらの「日経トレンディネット」( http://trendy.
nikkeibp.co.jp/article/pickup/20100406/1031435/?P=3)だった。。
☆ ☆ ☆
最後に、あらためて「論壇」という言葉の意味についてまとめとこう。これ
については、去年の記事(論壇はどうなる~香山リカ・東浩紀・中島岳志
in 朝日「耕論」)の冒頭でも書いたけど、少し書き直したくなったのだ。
まず、代表的な中辞典を3つ見てみよう。『広辞苑』(第四版,岩波書店,
1991)では、①議論を戦わす人々の社会。評論家・批評家の社会。言
論界 ②意見を論述する場所。
次に、『大辞林』(第二版,三省堂,1995)では、「1 議論をたたかわせ
るために設けられた壇。論争の場所。演壇。2 評論家・批評家が自己の
意見を発表し、他人と論争する世界。言論界」。最後に『大辞泉』(増補・
新装版,小学館,1998)を見ると、「1 意見を述べるための壇。議論を
たたかわせる場所。 2 批評家や評論家などの社会。言論界。」と書か
れている。
去年の私の記事では、大辞林と大辞泉の2つだけ引用して、「いずれに
せよ『論争の場』とされてる」と書いてしまった。これは少し先入観があっ
たかも知れない。改めてよく読むと、一番新しい大辞泉では、まず第一
に、意見の場とされている。また、一番古い広辞苑の第二の意味でも
そうなってる。
もちろん、大辞林がこだわるように、「表立った論争の場」とかいう意味
合いは今でも色濃く残ってるだろう。けれど今では、そういった場の果た
す役割が大幅に縮小してるので、むしろ単に「意見の場」と考えた方が
適切だ。その意味で、東が初回の冒頭から、ツイッターや動画を始めと
するネットに注目したのは正しい方針だ。ただ、東の「論壇の『復活』」と
いう表現はかなり期待を込めたものであって、ニュートラルに言うならむ
しろ、「論壇の拡散」だろう。「拡大」という言葉はまだ使う気にならない。
あと、欲を言うなら、今回ほとんど無視されてるテレビ・ラジオ・週刊誌と
いった旧メディアにも多少は目を向けてもらいたいし、斉藤美奈子の「文
芸時評」が扱わない作品(アニメ、ゲーム、映画など)のもつ言論性にも
着目して欲しいもんだ。
論壇時評の対象として、おそらく一番斬新なのは、普通の人々の日常
会話だと思う。日常的つぶやきなら、確かにツイッターやブログに溢れ
てるものの、そこには表情や間、語り口や空気といったリアルなものは
表現されてない。そういったものの直接的な体験取材にまで東が視野
を広げるなら、「外に出る」大切さのアピールにもなるし、鳴り物入りで
プッシュする朝日新聞社としても大きく頷ける論壇時評になるだろう。
検察審査会の議論も、選挙の投票も、意見の場としての「論壇」なのだ。
それでは、この辺で。。☆彡
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P.S. この記事をアップした翌日の30日、東が論壇誌から選んだ3本
の内、『文春』の藤原論文と、『公論』の窪田論文をサラッと読ん
でみた。『表現者』は特集全体が長過ぎるのでスルーした。
まず藤原の議論は、いかにも本格派の学者らしい内容だけど、
タイトルに弱点が表れている。「ここで誤った」というのは、過去の
解釈や批判なのだ。周知のように、過去の解釈や批判はかなり
自由に出来るし、現在の分析もさほど難しくない。特に政治だと、
当然「未来」の話が問題なのだ。
自民党と官僚とアメリカに任すのを止めて、日本はこれからどう
すべきか。その話は最後に1ページちょっと書かれてるだけだし、
なるほどと頷けるものとは程遠かった。あれを、藤原が差し当た
り支持する民主党政権が読んでも、あまり役に立たないだろう。
バラまき過ぎを止めるようにという意見にはわりと共感するけれ
ど、誰でも言うことだし、細かい具体的代案は提示されてない。
一方、窪田の論文。取材内容(インタビュー)と着眼点は確かに
ちょっと興味深い。ただ、東が注目したのはヤミ金のセーフティー
ネット的役割だけど、それを窪田が語る時、貧者への融資として
有名なマイクロファイナンスを急に持ち出していて、しかも批判的
視点が見当たらない。
私はつい先日、どこかのテレビで、マイクロファイナンスがもたら
した負の側面(夜逃げ、借金苦、ずさんな融資)を見たばかりだっ
たので、違和感を感じた。ただし、消費者金融などを徹底的に叩
く現在の政策に大きな不安を抱いてる点には、かなり共感する。
P.S.2 「論壇時評」のページの左側に置かれたコラムは、「あすを探る」
と題されたシリーズ。6人の論壇委員が毎月交代で執筆する。
福岡伸一(科学担当)以外は、香山リカ(社会担当)、苅部直(政
治)、広井良典(公共政策)、松井彰彦(経済)、李鐘元(外交)。
また、「編集部が選ぶ 注目の論考」も、論壇委員会の討議を
参考にしてるそうだ。この討議に東が参加してるかどうかは書
いてないが、おそらく本人がネットで告知するだろう。。
P.S.3 『週刊ポスト』2010年5月7・14日号(4月26日発売)には、
ツイッター批判・第3弾の特集が組まれていて、精神科医の論
客である斎藤環も登場している。全体的に頷ける内容で、ツイッ
ターに満足してるのは現実生活でも満足してる人であり、その
割合は僅かだという指摘はその通りのような気がする。
ただし、実証データが全くないコメントだから、何か裏付けは必
要だろう。そうでないと、実際に使ってる人達から「分かってな
い」と反論されるのは目に見えてる。あと、ツイッターという新
しいメディアの特性(リツイート、フォロー、ブロックなど)につい
ては、もう少し細かくて客観的な考察が必要だろう。。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
cf.「新しい公共」と他者への理解~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・5月)
理想を語り、現実を変えること~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・6月)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~高橋源一郎&小熊英二「論壇時評」(朝日新聞) (2011年4月)
~高橋源一郎&濱野智史&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・11月)
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