「新しい公共」と他者への理解~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・5月)
(☆2012年2月25日追記: 最新記事をアップ。
~高橋源一郎&小阪淳&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・2月) )
☆ ☆ ☆
この4月から新たに、東浩紀をメインの評者として生まれ変わった、朝日
新聞・論壇時評。東の論評だけでも半ページほどあり、6人の論壇委員
が毎月交代で執筆する「あすを探る」が1/4ページ近く。更に、「編集部
が選ぶ 注目の論考」が小さく3/5段ほど加わって、全体で5/6ページ
ほどの大掛かりな特集となってる。
前回はそれほど感じなかったけど、今回は東の論評と広井良典「あすを
探る」が補完的にリンクして、全体として色々考えされられる興味深い特
集になってた。ポイントは、「公共」のあり方だ。
☆ ☆ ☆
東の論評の見出しは、「『新しい公共』 他者への理解と説得力磨け」。
東自身の立場はそれなりに明確で、様々な問題はあるものの、鳩山政
権が唱える「新しい公共」という理念を支持したいというものだ。冨田美
和(『世界』6月号)や、清水康之と寺脇研の対談(『週刊金曜日』4月23
日号)が示すように、新しい公共には、政府とNPO、市民運動の3者が
連携した新しい社会運営の誕生の可能性がある。
ただ、東はこの概念の具体的説明を省いてるので、ここで原点を振り返っ
ておこう。2009年(平成21年)10月26日の第173回国会における、
鳩山首相の所信表明演説だ。
第1章「はじめに」に続いて、第2章で「友愛」政治という目標が語られる。
みんなが助け合い、尊重し合い、生き生きと暮らせる社会の実現。これ
だけなら、前の自民党政権でも言いそうなことだ。それに対して、第3章
で提起される「新しい公共」という考えは、これまでの公共のあり方(古い
公共)との違いを多少明らかにするものだった。
そこではまず、障害者雇用を積極的に進めるチョーク工場の話が出る。
粉の飛びにくいダストレス・チョークでは、リーディング・カンパニー。つま
り、障害者にも環境にも優しくて、企業としても成功してる例なのだ。そ
して、少し後でこうまとめる。
私が目指したいのは、人と人が支え合い、役に立ち合う「新しい公共」
の概念です。「新しい公共」とは、人を支えるという役割を、「官」と言
われる人たちだけが担うのではなく、教育や子育て、街づくり、防犯
や防災、医療や福祉などに地域でかかわっておられる方々一人ひと
りにも参加していただき、それを社会全体として応援しようという新し
い価値観です。
英文を見ると、「新しい公共」は「new concept of public service」。「新しい
共同体」という言葉も使われており、英語は「new type of community」だ。
鳩山はこの辺りの議論で、自民党との違いを出すためか、「企業」という
言葉を避け、市民・国民・NPOといった言葉を強調する。東の論評に、
企業という言葉が入ってないのも、そのことと関係してるのかも知れない。
ただ、最初に具体例として挙げられたのが、中小企業の工場だったこと
は覚えておこう。別に、市民運動的なものでなくてもいいわけで、そうし
た既存の中小企業に対して、税制や規制緩和などで側面的に援助する
だけでも、新しい公共を目指す動きと言えるだろう。そうした民間レベル
の下からの小さめの動きに対して、国や自治体が障害者関連施設や
サービスを作ったりするのが、上から大きめに行われる「古い公共」だ。
新たな公共については、5月をめどに、具体的なあり方がまとめられる
ことになってて、現在も円卓会議でとりまとめ作業が行われてるようだ。
『アステイオン』72号が「なぜいま『市民力』か」という特集を組んだのも、
東が注目したのも、5月という時期と関係してるのだと思われる。
☆ ☆ ☆
では、東の議論に戻ろう。新しい公共には二つの障害があるという。一
つは、八木秀次が表明するような「反市民的」感情(『正論』5月号)。「市
民」という名の新手の圧力団体を生むだけではないかという懸念は、もっ
ともなものだろう。だから少なくとも、古い圧力団体よりはいいものだとい
うことを示す必要はある。それで懸念が消滅することはないだろうけど、
和らぐ程度ならあり得るだろう。
東が挙げるもう一つの、より深刻な障害は、「行政に頼ること、政治に
期待することそのものへの忌避感である」。その例として、湯浅誠と堀
江貴文(ホリエモン)の対談(『週刊エコノミスト』5月4・11号)と、勝間和
代と西村博之(ひろゆき)の対談(『デキビジ』BSジャパン,5月2日放送)
が挙げられる。
IT界のカリスマ2人、堀江と西村が、「それって本当に大事ですかね」と
「卓袱台返し」を図り、ネットで圧倒的に支持されていると東は言う。ただ、
私がネットで勝間vsひろゆきの対談を見た限り、ひろゆきが圧倒的に
支持された大きな理由の一つは、勝間の単純な失敗だ。ネットの匿名
性の問題に関する勝間の話がやや粗雑で、ひろゆきがそこを指摘して
も勝間は認めず、話を逸らし続ける。おまけに、感情的な発言まで投げ
かけてしまったから、あれでは大差がつくのは仕方ないだろう。卓袱台
返しが圧倒的に支持された事例として挙げるのは、あまり適切でない。
東は結局、こう語る。「新しい公共を実効的に立ち上げるためには、ま
ずは八木や堀江や西村を説得できなければならない。いまの民主党や
市民運動の担い手にそれができるだろうか。おそらくそこで必要となる
のは、曖昧模糊とした『市民力』より、むしろ単純に国語力であり討論力
である」。そして、小林よしのりが「公論」復活のための道場新設を宣言
したことにも注目する(「本家ゴーマニズム宣言」,『WiLL』6月号所収)。
私もそうした力は、ある程度「必要」だと思う。ただ、「説得できなければ
ならない」とまでは思わない。議論や理解は重要だけど、全員一致の意
見などあり得ない理想だし、説得の形でもたらすべきものとも限らない。
あと、国語力や討論力と同様に、あるいはそれ以上に、別の要素が重
要だと思う。それは、議論とか説得などのような理論的な言語交換より、
もっと人間的なレベルでの作用とかふれ合い、あるいは相互理解だ。
たとえば、堀江やひろゆきがいまだに人気者なのは、何よりもまず、IT
界で圧倒的な「成功」を収めたからであって、それは論争能力とは別次
元のものだ。成功した行為、あるいは成功という事実は、言葉に説得力
をもたせる。それとは別に、酒を飲んで笑い合うとか、一緒にスポーツ
を楽しむとか、そういったコミュニケーションが、互いの理解を助けると
いうこともある。
東も一応、「討論は論理のみで成立するものではない。公共的な議論
は強い感情喚起力も備えなければならない」と語り、「情念の動員」の
重要性にも触れる。ただ、感情の問題もやはり、「言論」が直面すべき
課題として語られるのだ。
ここで参考になるのは、東の文章の左側に位置する、広井良典の文
章だ。「等身大の中国論を語る時」と題して公共政策を語る時、ポイン
トになるのは、言論の話ではなく、街づくりだ。社会主義とか土地公有
というと、日本ではネガティブな印象が強そうだけど、中国の都市計画
は、「無数の市場などとともに濃密なコミュニティー的空間」を可能にし
ている。
整然とした景観から少し目をそらすと、公園や路地に人が大勢集まり、
マージャンや将棋をしたり、音楽をかけて踊ったり、地面に筆で「書」を
行ったり。こうした濃密な地域コミュニティーのあり方は、それ自体が
新しい公共のイメージに合うものだし、そこから生まれた人間関係は、
言語的コミュニケーションをも手助けしてくれるだろう。
都市計画とかいうと、新しい公共ではなく古い公共のように感じられるけ
ど、古いものが悪いという話でもないし、古いものが新しいものを手助け
することもある。新しい公共を目指す際には、古い公共的な手法も重要
だろうと、広井の中国論を読みながら感じたわけだ。。
☆ ☆ ☆
最後に、東が別扱いで付け加えてた注目論文2本について。まず、原田
泰「ベーシックインカムが貧困を解消する」(『中央公論』6月号)。月7万
円の基礎所得(ベーシックインカム)を現金給付することは可能だとする
議論で、東の注目点は、現役のエコノミストが現実性を語った点にある。
私としては、ベーシックインカムというものも、新しい公共の支えになると
いう視点を付け加えとこう。と言うのも、偉人ならともかく、普通の人は、
自分の最低限の生活が保証されて初めて、周囲を支えることができる
からだ。
(28日追記: 原田論文を読んでみた。明快かつ論理的な語り口で、計
算上もなるほどと思わせるものはある。給付水準の問題
はさておき、やっぱり気になるのは労働意欲の問題だ。
原田は、労働意欲が無くならないという話は一応してるも
のの、減らないという保証まではない。あと、最近は政策
に安定性がないので、一旦ベーシックインカムを導入して、
すぐ止めた際の混乱が気になった。なお、『現代思想』6月
号の特集もベーシックインカムとなってる。)
一方、東が注目したもう一つの論文は、内田樹のブログ(「研究室」)の
「基地問題再論」(2010年5月07日)。「日本国内にある駐留米軍基地
がすべて撤去されること」を国民の合意にしたい、という単純明快な主張
で、非現実的だとネットで非難されたものの、好ましい原理原則を確認
するのは重要だと、東は擁護している。
私が内田の記事を読んで思った印象は、東とは少しずれてるものだ。そ
もそも内田の議論は、よく読むと、わりと複雑で微妙な構成になっている。
東のまとめは「単純明快」で、大筋では正しいものの、例えば内田は次
のような「ささやかな願い」を語ってるわけだ。
とりあえず、「国内に治外法権の外国軍の駐留基地を持つ限り、
その国は主権国家としての条件を全うしていない」という一般論
についての国民的合意を形成したいと願っている。
これは、米軍基地の完全撤去についての合意を願うこととは少しだけ
違ってる。まず、一般論にすぎないから、たとえ合意されたとしても、個
別の具体的事例に適用する際には、ある程度の幅が生じて来るのだ。
例えば、主権国家としての条件を全うしていない状況を、(差し当たり)
国民の多くが望むのなら、それもやむを得ないという話になるかも知れ
ない。また、「治外法権」という条件を外すだけでも、外国軍の駐留基地
を許容する余地が生じて来るわけだ。
あと、内田の議論は、原理原則の単純な主張にすぎないものではなく、
フィリピンや韓国における米軍基地の現実をふまえたものになってるし、
軍事ジャーナリストの解説にも向き合ってる。案外、ネット上の非難に
は、内田の話の端々にある皮肉とか極端な主張に目を取られたものが
含まれてるのではないか。
そもそも、今の時点で代表的な論客が米軍完全撤退とか言い出すと、
かなりの反発を受けるのは自然なことだろう。現実の政治も、連日メディ
アに叩かれてる状況なわけだ。内田自身も含めて、多くの人が感じてる
ように、基地問題は「正解のない」問題。どんな案にせよ、短所はあるし、
反対者もかなりいる。全員一致があり得ない中で、妥協しながら冷静に
模索し続けるしかない。
とりあえず、基地周辺に住んでない人でも、自分に直接関係ある問題と
して受け止めることが必要だろう。米軍完全撤退の場合、国の防衛はど
うなるか。日米同盟にヒビが入ると、仕事や生活にどう影響して、どの程
度耐えられるのか。逆に今のままだと、沖縄の人達にとってどうなのか、
私もじっくり考えるとしよう。米軍や沖縄という他者への理解は、自己の
理解でもある。
いずれにせよ、『クォンタム・ファミリーズ』で三島由紀夫賞まで取った、
「一人勝ち」評論家の東浩紀には、今後も注目していきたい。もちろん
彼だけでなく、朝日新聞が力を注ぐ論壇時評のページ全体に目を配る
つもりだ。
それでは、この辺で。。☆彡
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
cf.東浩紀とネットが開く新たな言論空間~朝日新聞「論壇時評」 (4月)
理想を語り、現実を変えること~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・6月)
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~高橋源一郎&小熊英二「論壇時評」(朝日新聞) (2011年4月)
~高橋源一郎&濱野智史&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・11月)
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