ε-N(イプシロン・エヌ)論法~数列の極限の定義と解き方
数学の中心的分野の一つ、解析学(微分・積分)の根本には、極限(limit)
というものがある。高校数学や最近の軽めの大学教育では、「限りなく近
づく」といった扱いで済ませてるけど、本来は「ε-δ(イプシロン・デルタ)
論法」で厳密に扱うべきもので、去年の春、3本の記事をアップしてみた。
極限の定義、定理(線型性)の証明、具体的問題の解き方についてだ。
これらの記事には、過去1年ほどで、予想以上のアクセスが集まってるし、
熟読する熱心な方も少なくない。そこで、「ある意味」、4本目の記事として、
「ε-N(イプシロン・エヌ)論法」について簡単に書いてみよう。
これは、定義の記事のP.S.にも書いたように、広い意味でε-δ論法
と似たようなものだ。数列の極限を示す代表的な書き方として、次の式を
考えてみよう。
この式を、ε-N論法では次のように定義する(細かい言い回しは人に
よって少し異なる)。
「すべての正のεに対して、ある自然数 N が存在し、
n > N ならば |a(n)-a|< ε 」
数列の番号を示す n が小さく入力できないので、(n) と書いてある。
論理記号で書くと、例えば次のようになる(これも人によって微妙に違う)。
εが実数、nとNが自然数なのは大前提として、
「∀ε>0,∃N, n > N ⇒ |a(n)-a|<ε 」
要するに、n が十分大きければ、数列 a(n) と極限値 a との差は、いく
らでも小さく(=どんな正のεより小さく)なる、と主張してるわけだ。「限
りなく近づく」というやや曖昧で特殊な言い方を、「すべて」「ある」「存在」
といった普通の論理的概念で処理する所が理論的ポイントになってる。
また、数列と極限値との差をある値より小さくしたい時、nをいくらにすれ
ばいいのか、具体的な求め方を与えてる所が、実戦的ポイントでもある。
ε-δ論法では、適当な実数δを見つけて関数の極限を求めるのに対
して、ε-N論法では、適当な自然数Nを見つけて数列の極限を求める。
この自然数Nを決める時、ガウス記号 [ ](下のP.S.も参照)使うから、
慣れてないとちょっととまどうことになるのだ。
実数 x に対して、それを超えない最大の整数を [ x ] と定義すると、そ
れは当然 x 以下だから、[ x ] ≦ x 。また、「超えない最大の整数」とい
うことは、最小の自然数1だけ加えると、すぐに x を超えることになる。
よって、[ x ] + 1 > x 。これら2つの不等式をまとめると、ガウス記号
に関する基本的な式が導ける。
x -1 < [ x ] ≦ x ・・・①
これを用いて、実際に数列の極限の問題を2つ解いてみよう。出典は、
たまたま友達にもらった本で、住友洸『大学一年生の微積分』(現代数
学社)。前に使った厳密な参考書、杉浦光夫『解析入門Ⅰ』とはちょっと
違う意味で、あまり読みやすくはない本だけど、ユニークという言い方な
ら可能だろう。
ここでは問題を2問お借りして、「解」も一応参照させて頂いたけど、略解
としてもかなり省略された記述なので、私が大幅に加筆修正した。あと、
一般に馴染みのない「λ」(ラムダ)という記号は c と入れ替えた(第2問)。
☆ ☆ ☆
では、まず第1問(p.11)。
分子は+3と-3の間を振動するだけなのに、分母は無限に大きくなるか
ら、極限が0になるのは直感的に当たり前。これをきっちり証明してみよ
う。分数は / (スラッシュ)で表し、分母のまとまりはカッコでつけてある。
(解答) 任意の正のεに対して、N=[ 3/ε ]+2 とする。
ガウス記号の式①より、 3/ε-1<[ 3/ε] だから、
両辺に1を加えて、3/ε < [ 3/ε ] +1
∴ 3/ε < N-1
よって、n>N の時、3/ε < n-1
∴ 3/(n-1) < ε
∴ 3|(-1)ⁿ|/(n-1) < ε
∴ |3(-1)ⁿ/(n-1)-0| < ε
したがって、ε-N論法により、もとの数列の極限は証明された。
(Q.E.D. 証明終了)
この問題を解く時のポイントは、Nの求め方だ。要するに、最後の式か
ら逆に遡って、3/ε < N-1・・・②まで持って行く。
ここで、ガウス記号を試しに使ってみて、①の左側より
3/ε-1 < [ 3/ε]
と書いてみる。両辺に1足して、3/ε < [ 3/ε] +1。
これを②と見比べると、N-1=[ 3/ε ]+1。
ここから、N=[ 3/ε ]+2 という値が決定。後は話の流れを整えて
解答を書けばよい。。
☆ ☆ ☆
続いて第2問(同じく p.11)。
指数関数である分母は、整関数である分子よりも遥かに速く ∞ へと発
散するから、極限は当然ゼロになる。高校数学でさえ時々常識とされる
事実を、厳密に証明することが問われてる。
(解答) まず、c = 1+h (h>0)とおくと、「2項展開」の式より
cⁿ = (1+h)ⁿ = 1+nh+n(n-1)h²/2+・・・
∴ cⁿ > n(n-1)h²/2
∴ n/cⁿ < 2/{ h²(n-1)} ・・・③
ここで、任意の正のεに対し、N=[ 2/h²ε ]+2 とすると、
①より 2/h²ε -1 < [ 2/h²ε] だから、
両辺に1を加えて、2/h²ε < [ 2/h²ε ]+1
∴ 2/h²ε < N-1
よって、n > N の時、2/h²ε < n-1
∴ 2/{ h²(n-1)} < ε ・・・④
③④より、n/cⁿ < ε
∴ |n/cⁿ -0|< ε
したがって、ε-N論法より、もとの数列の極限は証明された。
(Q.E.D. 証明終了)
この問題も、基本的には第1問と似た話で、あらかじめ証明すべき式
(最後の不等式)を変形してNを求め、その後で解答の流れを整えるこ
とになる。ただし、ちょっと違うのは、指数関数 cⁿ の処理のセオリーと
して、(1+h)ⁿ の2項展開を利用してある点だ。
2項展開とは、2項(ここでは1とh)の和のn乗に関する「2項定理」を使っ
て、h⁰ の項、h¹ の項、h² の項の順に展開する操作で、高校の「場合の
数・確率」の分野で習って以来、おなじみのものだ。この問題では、数列
の分子がnの1次式だから、それより上、nの2次式が出る所まで展開し
てある。仮に分子が2次の問題なら、分母は3次式にすることになる。
展開式がピンと来ない場合は、(1+h)²、(1+h)³、(1+h)⁴くらいま
で、実際に展開してみるといいだろう。2項定理の証明は、高校レベル
の普通の本に書いてあるだろうし、ネットでも見つかると思う。要するに、
nに関する帰納法と、展開公式の係数に出て来るC(Combination=
組合せ)の基本性質を使えばよい。
☆ ☆ ☆
以上、ε-N論法について簡単に説明した。そもそも私自身、友達に前
述の本をもらうまで、この名前は知らなかった(or 忘れてた)んだけど、
どの程度普及してる名前なのか、今後の検索アクセスの様子を見させ
て頂こう。
それにしても、久々に Word で数式を打ってみて、改めて使いにくさを
実感した。やっぱり、手書きが一番便利でしっくり来るけど、先日、別の
記事に対して、手書きへの不満をたまたま耳にしたから、ポイントだけ
は頑張って Word で打つようにしたい。
次回の数学記事は未定だけど、自然数とかペアノに関する検索アクセ
スが予想以上に多いので、その方向で書くかも知れない。特に、小学
校教育(算数)の関係者(学生含む)が興味を持ってらっしゃるようだ。
ちなみに私も去年、算数の教科書を購入。面白くて刺激的だった☆ 昔
と違ってカラフルだし、かなりの工夫が見られる。おまけに、安いのだ♪
とりあえず、今日はこの辺で。。☆彡
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P.S.「ガウス記号」をウィキペディアで調べると、「床関数と天井関数」
という項目に自動的に飛んで、「日本や中国ではガウス記号など
と呼ばれる」という記述に遭遇した。欧米ではそんな呼び名はない
と言いたいようだ。数学的には、「床関数」というものの記号とされ
ていて、記号自体には特に名前は付けずに説明が書かれてる。
ただ、言葉で話す時、記号の名前が無いのは不便過ぎるだろう。
案外これは、数学者が話し言葉(音声言語)をあまり使わず、書
き言葉(文字言語)を非常に重視してる事の表れかも知れない。
英語版ウィキに飛んでみると、毎度のことながら、遥かに詳しい説
明がある。天才ガウスが導入したのは事実のようだけど(1808年)、
確かに日本語の「ガウス記号」に相当する英語は見当たらない。一
応、名前というより説明の形で、「square bracket」(四角いカッコ)
と書かれてた。
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