政策の「事後的」評価としての選挙~東浩紀&香山リカ「論壇時評」(朝日新聞・7月)
(☆2012年2月25日追記: 最新記事をアップ
~高橋源一郎&小阪淳&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・2月) )
☆ ☆ ☆
一昨日の木曜日(7月29日)は、4月の初回の時に匹敵するくらいの検索
アクセスが入ってたが、今日はもう激減している♪ 何とも、情報のサイク
ルが短いわけで、木曜の朝刊配達から既に2日半以上経過した土曜夜に、
朝日新聞「論壇時評」のブログ記事を書く意味があるのかどうか、ちょっと
疑問だが、悩んでるヒマがあったら書いた方が早いだろう。
さて、この春、東浩紀をメインの論者に迎えて拡大リニューアルした論壇
時評。第4回は、中央から右に東、そして左側に香山リカの「あすを探る」
が配置されている。そして下側に、編集部が選ぶ注目の論考。何度も書
いてるように、論壇時評とは3本の記事の複合企画なのだが、検索アクセ
スを見ると、「論壇時評 東浩紀」といった感じのものがほとんど。たまに
入る別の名前も、ひろゆきとか、小林よしのり。硬派な学者の名前の検索
は、東が論評した人間でさえ、ほぼゼロの状態だ。
私は初回の記事で、東の人気とジャニーズ人気を軽く比較したが、その
視点はやはり正しかったと思ってる。と言うのも、論壇時評のアクセスの
入り方と、ジャニーズドラマのアクセスの入り方は非常に似てるからだ。
ジャニーズドラマの検索も、ほとんどジャニーズの固有名詞で入って来る。
そして、他の記事には見向きもしないことが多い。ひたすら、お気に入りの
人物の情報だけを追い求め続ける。一方、「ドラマファン」のアクセスや理
数系の検索アクセスは違ってる。一人で2時間以上、色々読む人はザラ
にいるわけだ。スポーツファンその他のアクセスも違ってる。
ごく一部の有名人や芸能人の活動に注目が集中するこうした傾向、実は
今回の香山リカの論評「多数派ゲーム もうやめよう」と間接的に関係す
る話でもある(直接的にはズレがある)。ただ、今夜は時間もないし、中心
人物の東の文章とは直接関係ないから、また別の機会に回すとしよう。東
自身がそうした問題を自分で扱えば面白いのに、と密かに期待している。
☆ ☆ ☆
さて、東の文章には、「空転する政治 選挙は機能しているのか」というタ
イトルがつけられている(本人によるものかどうかは不明)。参院選で民
主党惨敗、衆参はねじれ状態に突入、菅政権の支持率急落、民主党へ
の期待は冷めきった。だからといって、自民党が選ばれたわけでもなく、
「二大政党制」は上手く機能してない(or そもそも出来てない)。国民はど
ちらも選べない。
「今月の論壇誌には、参院選前の出版にもかかわらず、すでにその袋小
路を分析している論考が目立った」という東が、数ある論文の中で特に興
味を示してるのが、空井護「『理念なき政党政治』の理念型」(『世界』8月
号,岩波書店)だ。
空井によると、理念が機能しない現代社会では、「理念なき政党政治」は
不可避で、だからこそ政策の変化が大きくなり、選挙で政策を選ぶこと
は難しくなる。「選挙の機能は、政治家に『事後的に』審判を下すことに限
定されざるをえない。つまり、政策については政治家に丸投げし、国民は
それを監視することしかできないというのである」。
東は空井の議論をこのようにまとめ、説得力を認めた上で、「それでいい
のか」と疑問を呈する。例えば、みんなの党や若年層の動きを見てみよう、
まだ可能性はある、という流れに持ち込むわけだ。
☆ ☆ ☆
私は、東がまとめた空井の議論を読んだ時点で、フロイト=ラカン的な
「事後的」という概念の使い方などが面白いと思いつつも、かなりの違和
感を持った。そこで早速、あちこちの本屋を回って、ようやく『世界』を発
見(時期的な問題か・・)。空井自身の論文を読むと、疑問が氷解した。
やはり東のまとめ方は、独自の読みなのだ。元の論文はかなり違う。
まず始めに、細かい点から指摘すると、「事後的に」と東が書いた部分は、
原文だと「事後」となってるだけだ。東の書き換えはもちろん、ラカンやデ
リダが注目した時間概念を連想したからだろう。「後になって」初めて意味
をもつ現象とか体験というものがある。すると、「点時刻」が直線上に連な
る通常の時間概念が揺らぐというわけだ。実際、その現象を時間軸上の
どの点に位置付けていいのか、考え出すと難しい。
政治家が既に実現した政策を、次の選挙で「事後」的に評価するという話
は、確かに空井自身の主張である。ただ、微妙ながらも、東と決定的に
違うのは、事後的な評価に対する姿勢だ。東は、「・・・しかできない」とい
う書き方を二度繰り返して、明らかにネガティブなものとして扱っている。
ところが、空井は微妙なのだ。そこに問題があることは認めてるものの、
事後的評価としての選挙に、ポジティブな価値も認めてる。要するに、選
挙というものを、ある一定の短期間に行われるお祭り的な政治活動では
なく、長期の持続的で地道な活動とみればいいのだ。これこそ、フロイト=
ラカン的な意味の「事後性」でもあるだろう(症例『狼男』なら4~5年間)。
普通の意味での「参院選」では、世論が民主党にノーという評価を下した。
これを受けて、今後の政治がまた動く。その様子を有権者は注視し続け
る。そして、明らかになった事実から、再び評価を下す。
一連のサイクルが繰り返される中で、有権者は無力感に浸る必要もない
し、政治家が好き勝手な行動を取れるわけでもない。それどころか、有
権者は公約だのマニフェストだのといった、絵に描いた餅のような政策の
みを参考にせず、実際に作られた餅を見る機会を与えられた上で投票
できる。こうした投票行動は、決して「・・・しかできない」と卑下するほどの
ものではない。
それどころか、東が名前だけ挙げた座談会「日本に二大政党制は無理」
(『中央公論』8月号,中央公論新社)では、むしろ世論が政治を動かして
るという側面が強調されている(半藤一利、保阪正康、松本健一)。そこ
で特に注目されてるのが、最近増えたと言われる世論調査だ。選挙以外
にも、政治家は常に世論調査という事後的評価を受けながら、次の意思
決定へと進み続ける。
普通の選挙のみに目をとらわれることなく、全体を見るなら、世論による
政策評価は十分な力を持ってるだろう。実はむしろ、その力のあり方や、
それが強過ぎることの方が問題であって、それこそが中高公論の座談会
の話題だったし、かつて佐伯啓思が国民の「情緒性」として問題視したこ
とでもあるのだ。
☆ ☆ ☆
なお、事後的評価しかできない状況を抜け出す可能性として東が挙げた、
みんなの党や若年層の議論については、一番注目されている菅原琢の
論文だけ自分で読んでみた。「みんなの党は本当に〝みんな〟の党?」
(『SIGHT』vol.44、ロッキング・オン)。これも確かに緻密な論文だが、
東のまとめから受けた印象とは微妙に異なる内容だった。
東は、今後は若年層の取り込みが鍵となるという菅原の指摘と、みんな
の党はもっと若い世代に支持されてよいという含みを取り上げて、その後
の比較的若い論者の話につなげてる。しかし、実は菅原の論文の前半に
は、もう一つ重要なことが書かれてる。みんなの党は、データを分析した
時点において「中高年層の党」、「50代中心・自営業者の党」ということだ。
つまり、今は若年層が取り込まれてない(特に20代は少ない)から、今後
はそこがポイントだという内容なのに、東はなぜか中高年層支持の話は
省いて、若年層の話ばかりを持ち出している。まるで彼自身が、みんなの
党を「若年層向けリベラル」の有力候補とみなして支持してるかのようにも
聞こえるのだ。
最後に冒頭の空井の論文に戻ると、そもそも理念がないと政策の幅が大
きくなるという点は、決して説得的な話ではない。理念の交代の方が遥か
に政策の幅が大きくなるのではないか、という疑問が当然湧いてくるわけ
だ。もちろん、空井はかなり広い視野で精密に分析してるから、別に「批
判」するつもりはないが、理念をイデオロギーとも言い換えてる点などを
見ても、やや「観念」的すぎる感があったことは書き記しとこう。
☆ ☆ ☆
香山リカの文章についてもコメントしようと思ったのに、時間が無くなって
しまった。また後で、機会があれば書くことにしよう。月刊『創』8月号のコ
ラムと、主題的に重なってるけど、よく言えば補完的な文章だ。私の考え
とはズレがあるが、頷ける部分もあるし、いかにも朝日新聞的に上手くま
とめた主張だったと思う。『創』の方は、相対的に、ややマニアックな各論
といった感じだった。
・・・と書いて、以上の文章を31日に一旦アップしたけれど、翌日に少しだ
け追記することにした。まずは、香山自身の考えをまとめとこう。
W杯・日本代表にせよ、民主党にせよ、最近は「多数派」の側に爆発的に
向かう動きが目立ってる。これは、時代状況の難しさの反映でもある。普
天間、消費税、大相撲テレビ中継など、態度や答を決められない難問が
目白押しだ。
こうゆう時、我々はつい世間の動きを見て、「多数派当てゲーム」を行うこ
とになる。社会的に生きることは、多数派当てのゲームなのだ、ということ
を精神分析の立場から明らかにしようとしたのは、フランスの精神医学者
ジャック・ラカンだ」。ところが今は、そのゲームが難しい状況なので、「こ
れだ」という対象が見つかるとなだれを打ってそこに集約されていく。日本
代表や菅内閣誕生は、ポジティブな集約の例。特定のタレントやスポーツ
選手のバッシングはネガティブな例だ(『創』によると、酒井法子や国母和
宏のことらしい)。
この多数派へのなだれ現象は、それ自体が「全面肯定か全面否定か」と
いう「スプリッティング」(=分裂)であって、病理的状態と言えるし、熱狂や
攻撃のような爆発も長くは続かない。そして再び、不安定な多数派探しゲー
ムが始まる。スポーツなどに留まるのならまだしも、強いリーダーシップを
持つ政治家が扇動する場合を考えると危険だ。実際、事業仕分けやみん
なの党の人気、公務員や特定法人への非難に、そうした兆候が表れてる。
「大切なのは、中途半端な所で判断を保留にし、世間の多数派につこうと
せずに、時間をかけて逡巡し続けることだ」。不安は自分の心の中から生
まれるのだから、即断即決しなくていいと考えて、まず落ち着いてみる。そ
れから答えを出して行けばいい。。
・・・かなり省略した要約だが、それでもこの長さになるということは、中身
が凝縮された一貫性のある論理的文章だということだ。特に、分かりやす
い具体例を常に示してる点は、香山の大きな特徴であり、長所でもある。
私はこの文章を読んで、かなり頷く部分があったが、結論や方向性は同じ
ではない。一番のポイントは、非現実的な目標の提示だ。判断を保留し、
時間をかけて逡巡することがもし現実的に可能なら、それは確かにいい
ことだと思う。でも、それは出来ないことであって、その点は少なくとも今
後10年程度は変わらないだろう。教育、しつけ、社会環境、個人の資質
・・・何が原因かはともかく、今の人間には、自分でじっくり考えるというこ
とはなかなか出来ないし、問題によっては、そうした時間的猶予が無いこ
ともある。
さらに言うなら、自分でじっくり考えて、多数派に従うよりもいい答が見つ
かるかどうか、その保証や根拠は見当たらない。簡単な例は、数学だ。
この世界では、自分でじっくり考えた結果が、誰もが習ってる理論体系、
どの参考書にも載ってそうな解き方に比べて、遥かに劣ってしまうのが
日常茶飯事だ。それでも自分でじっくり考えることを勧めるのなら、それ
は数ある生き方の一つの「アドバイス」になるだろう。このアドバイスは、
精神科の治療室ならしばしば有効かもしれないが、社会的にどう機能す
るのかは定かでない。
とはいえ、私は香山のアドバイスなど関係なく個人的に、自分でじっくり考
える生き方を選択する。有名人や一般論も十分参考にはするが、判断す
るのは私であって、多数派でも有力集団でもない。実際、今回も、有名人・
東の論評を参考にして自分で元の論文を読むことで、独自の暫定的考え
に辿り着くことができたわけだ。今後もこの生き方を続けるだろう。
なお、「社会的に生きることは多数派当てのゲームなのだ、ということを
精神分析の立場から明らかにしようとしたのは、フランスの精神医学者
ジャック・ラカンだ」と香山は書いてるが、3日後のGoogle検索で、めぼ
しい情報は全くヒットしない。香山の文章の単純な引用か、無関係な外れ
検索しかないのだ。後で分かれば、追記することにしよう。
それでは、今月はこの辺で。。☆彡
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cf.東浩紀とネットが開く新たな言論空間~朝日新聞「論壇時評」 (4月)
「新しい公共」と他者への理解~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・5月)
理想を語り、現実を変えること~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・6月)
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