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完全数、三角数、素数の関係~小川洋子『博士の愛した数式』

先日、小川洋子のベストセラー『博士の愛した数式』(新潮社)のレビューをアップしたので、話の中に出て来た数学的コネタに関して記事を書いてみよう。今日はまず、博士の愛した3種類の数、三角数、素数、完全数の関係について考えてみる。    

   

100702a

 まず、一番親しみ

 やすい三角数につ

 いて。ルートと呼

 ばれる少年がケガ

 をした時、診療所

 の廊下で不安を鎮

 めるために博士が

 持ち出した「エレ

 ガントな数字」だ。

 左図(文庫では

 p.108)のよう

 に、黒丸を1コ、

 2コと上から三角

 形に並べた時の合

 計の数であって、

 小さい方から1,

 3,6,10,15,21,28,・・・と続いていく。

 

    

n番目の三角数は、1+2+・・・+n、つまり1からnまで連続した自然数のだから、n(n+1)/2となる。これは基本的なことだし、小説でも簡単に説明してあった。厳密には、高校数学における等差数列の和の項目で習う話だ(初項1、公差1、項数n)。

   

念のため、簡単に証明しとくと、和をSとして、

 S=1+2+・・・+n   の下に、逆順の

 S= n+・・・+2+1   を書き、上下足すと、n+1がn組出来るから、

 2S=n(n+1)

 ∴ S=n(n+1)/2

     

   

     ☆     ☆     ☆

一方、完全数とは、約数の和がそれ自身になるような自然数のこと(ただし、それ自身は約数から除く)。主人公の「私」が発見して博士に話し、気持ちを通じ合わせた数で(文庫 p.69)、一番小さいのが6(=1+2+3)、次が28(=1+2+4+7+14)。この28は、博士の愛した投手・江夏豊の背番号でもあった。

   

さて、博士は小説で、「完全数は連続した自然数の和で表すことができる」と語ってるが(p.71)、先日のレビューに書いたように、これはまだ証明されてないことだから、不正確だ。厳密には、「これまでに発見された完全数は・・・自然数の和で表すことができる」とか、「偶数の完全数は・・・」と言う必要がある(奇数の存在は現在不明)。この場合の自然数の和とは、1から順に足し合わせた和だから、要するに三角数なのだ。

   

ところで、これまでに発見された完全数はすべて、メルセンヌ素数と呼ばれる素数から作られるものだ。素数とは、1とそれ自身のみを約数とする自然数(ただし1は素数としない)。メルセンヌ素数とは、(2のp乗)-1と書ける素数で、小さい順に3(=2の2乗-1)、7(=2の3乗-1)、31(=2の5乗-1)と続いて行く。ちなみにメルセンヌとは、17世紀前半に活躍したフランスの学者の名前(Marin Mersenne)だ。

   

メルセンヌ素数(2のp乗-1)に、2のp-1乗を掛け合わせると、完全が出来ることは、古代ギリシアの数学のバイブル、ユークリッド『原論』で既に証明されている。第9巻・命題36で、手元にある抄訳(『ギリシアの科学』所収,中央公論社)から引用してみよう。

   

 もし単位からはじまり順次に一対二の比をなす任意個の数が

 定められ、それらの総和が素数になるようにされ、そして全体

 を最後の数に掛けてある数を作るならば、その数は完全数で

 あろう。 (p.340)

   

「単位」とは1のことだから、「任意個の数」とは、1,2,4,8,・・・のこと。「最後の数」が2のp-1乗なら、「それらの総和」は初項1、公比2、項数pの等比数列の和だから、2のp乗-1となる(高校数学)。これが「素数になるようにされ」るなら、要するにメルセンヌ素数が出来る。これに「最後の数」、つまり2のp-1乗を掛けると、(2のp-1乗)×(2のp乗-1)となる。

   

100702b

 

  これがメルセンヌ素数から作られる完全数の式

 

 実際、p=2なら完全数6、p=3なら完全数28、p=5なら完全数496となる。

   

   

      ☆     ☆     ☆

この式が一般になぜ完全数になるのかユークリッドの証明は今のやり方と全く違うので分かりにくい。手元の訳書では証明が省略されてるし、英語版ウィキの Euclid の項目に付けられたリンクから、英訳の『原論』に飛んでも、その「幾何的」証明の解読作業に手間がかかってしまう。

   

そこで以下、私が現在の数学を使って簡単に証明してみよう。まず、

100702b

  

  左の式は既にそのまま、素因数

 

  分解の形になってるのが分かる。

 

つまり、素因数(=素数である約数)2と、2のp乗-1との積に分解されている。28=2²×7 という例を考えれば分かるだろう。

   

ところで一般に、素因数分解が分かれば、約数すべての和は簡単な式になる。28=2²×7の場合、(1+2+2²)(1+7)。これを展開すると、約数(=素因数の積)すべてがズラッと並ぶのが分かるだろう。上の pを使った完全数の場合なら、

  (2のべき乗の和)×{ (2のp乗-1)のべき乗の和 }

である。ちなみに、「べき乗」とは、ある数を何乗かしたもの(0乗も含む)。

    

より具体的には、次の式で表される。

   

100702c2   

  

左のカッコでは、等比数列の和の公式(初項1、公比2、項数p)を使い、右の中カッコでは、+1と-1を消すと、上の式はさらにこうなる。

  

100702d

  

左右を入れ替え、先頭を2倍(つまり 2×)の形にすると、右側に元の数が出て来る。

  

100702e

   

よって、約数すべての和は、元の数の2倍。したがって、約数すべての和からそれ自身を除いたものは、この半分。つまり、元の数と一致する。

  

100702b_2     

    Q.E.D. 証明終了。

   

  

      ☆     ☆     ☆

最後に、この完全数が三角数であることの証明。これは簡単だ。          

   

n番目の三角数 n(n+1)/2 の形に合わせて変形すると、

(2のp乗-1){(2のp乗-1)+1} /2

   

よって、この完全数は、「2のp乗-1」番目の三角数である。

   

なお、素因数分解と約数の関係がピンと来ない場合は、大昔の勉強を思い出すのが近道だろう。今の教育カリキュラムだと、中学3年の数学

で扱われる内容のようだ。ただし、上のように p乗 などと一般化すると、高校数学のレベルになる。 いずれにせよ、高校卒業程度で十分対応できる内容だから、小説の主人公「私」でも分かるはずだ♪

   

以上、今回は三角数、完全数、素数の関係を考察したので、次回はいよいよハイレベルな「オイラーの公式」(or 等式)を扱うことにしよう。と言っても、先延ばしにしてる話が沢山あるので、いつになるかは分からない♪

   

ではまた。。☆彡

 

 

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

cf.孤高の星+i (愛)=一筋の流星~小川洋子『博士の愛した数式』

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コメント

最近ですが、私は置時計の文字盤を設計(大袈裟です)して、実際に発注して友達の記念日に贈りました。その置時計の、文字盤の6時の位置には 2^1(2^2-1) を用いました。

投稿: gauss | 2010年7月 4日 (日) 11時28分

> gauss さん
   
こんばんは。
相変わらず、超マニアックでイイですね ♪
完全数6を、メルセンヌ素数から作った形(p=2)に
書き直したわけですか☆
     
設計&発注までするとは、博士に対する
「私」とルートのプレゼントを思い出すほど。
エレガントなエピソードに感動しました

投稿: テンメイ | 2010年7月 4日 (日) 21時59分

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