建設的な哲学とネット共同体への「期待」~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・8月)
(☆2012年2月25日追記: 最新記事をアップ
~高橋源一郎&小阪淳&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・2月) )
☆ ☆ ☆
昨日(8月26日)、朝日新聞・朝刊に掲載された8月の論壇時評。例によっ
て、東浩紀の批評が右上に大きく置かれ、苅部直(かるべ・ただし)の政治
批評が左端。「編集部が選ぶ注目の論考」が右下に控え目に置かれた、
3本立てのオピニオン特集だ。
東の批評には、「建設的な哲学 ネット共同体に未来見る」というタイトルが
付けられてる。彼の立場を考えると、非常に分かりやすいものだ。今時、普
通のことでもあるが、特に「脱構築」(deconstruction)で有名なジャック・
デリダの研究で売り出した彼としては、建設(construction)的側面を前に押
し出すのは自然なこと。また、ネットとの関わりの深さは、論壇時評の初回
(4月)の記事内容を見ても分かるし、あの時のウチのアクセス解析には、
iPhone からのログ(アクセス記録)が並んでた。これは、他の記事には見
られない、かなり特徴的なことだ。
今回、東は冒頭、米国の政治哲学者マイケル・サンデルの人気に注目する
所からスタートする。25日には東大でも出前授業を行った、対話型の白熱
教室で有名な、ハーバード大学教授だ。彼に関する日本での需要につい
て、東は語る。「日本では哲学というと、まずは権力批判との印象がある。
サンデルもまた、一部では『批判者』として受容されている。しかしその見方
は一面的である。哲学にはもっと積極的で建設的な役割があるはずだ」。
私自身は、日本での哲学の印象は、まずは「理屈っぽくて難しくて役に立
たない」といった感じだと思ってるが、差し当たり流しておこう。彼はあくま
で、高い目線で語ってるのだ。ともかく、単なる批判ではなく建設を行うこ
とが重要だ、という立場は、まさにデリダのディコンストラクションと一致す
るし、共感を得やすいものでもあると思う。。
☆ ☆ ☆
サンデルへの言及以降、東の議論の全体的流れをまとめると、次のよう
になる。最初に、『週刊東洋経済』の特集「実践的『哲学』入門」の、特に
橋本努・監修記事に着目して、まず建設的な政治哲学を導入することが重
要だと指摘。その一つが、サンデルの共同体主義(コミュニタリアニズム)
だ。ありがちなことだが、本人はこの呼び名に微妙な態度を見せてるから、
東はやや慎重に、共同体主義に「分類される」という言い回しを用いてる。
サンデルに続いて、論壇時評の執筆者の一人でもある広井良典の論文
「『創造的福祉社会』の構想」(atプラス05号)に注目。広井もまた、セーフ
ティーネットは市場経済の外部、すなわち共同体に求めるしかないと主張
してるということを紹介して、共同体の重要性をさらに強調。ところが、家
族、地域、国家といった伝統的共同体は弱体化してるし、その再生を訴
えるありふれた議論は、いまや「言葉が通じない」状況だ。
そこで、発想を大胆に転換する必要がある。議論を、「あるべきすがた」
(理想)ではなく、「いまあるすがた」(現実)から始めるべきなのだ。この点
で注目すべきは、ネットと若年層を通じて現実のものとなりつつある、新た
な共同体。濱野智史が、従来の「空間型」と対比して「時間型」と呼ぶもの。
宇野常寛の言葉なら、「ネットワーク化された郊外」。速水健朗なら「デフ
レカルチャー」。
もちろん、ネットは家族や地域の代わりにはならないが、共同体を部分
的に再生する可能性は秘めている。建設的な哲学の萌芽はそんな所に
もあるわけだ。。(全体的流れのまとめ終了)
☆ ☆ ☆
こうした、ネットや若年層を持ち上げて期待する議論に対しては、東自身
が「過大評価すぎるだろうか」という自問を示してる。5年間、毎日ネットを
通じてコミュニケーションしてるブロガーの私から見ても、確かに過大評価
気味だとは感じるが、意義強調のための過大評価は別に悪い事ではない。
それより問題なのは、旧来の共同体の再生を訴える議論を冷たく切り捨て
て終わりにしてる姿勢だ。新たなネット共同体への賛辞と比較して、偏り過
ぎだし、偏るための理由づけも欠けている。何しろ、僅か7行、全体の20
分の1程度の分量で、「日下公人ほかさまざまな論者」をばっさり切り捨て
てるのだ。
お気に入りのものだけ特別扱いする態度は、「私」の個人的趣味の世界
では問題ない。けれども「他者」、つまり様々なとコミュニケーションする
際には不都合が生じるだろう。もちろん、その程度のことは東も承知のは
ずで、だからこそ論評のラストは、「ネットコミュニティーに残された課題も
また多いのである」と締めくくられている。宮前ゆかりが紹介した、話題の
内部告発情報サイト「ウィキリークス」をめぐる一連の騒動を見ても、ネット
の「お気楽」な言論の自由や、連携の「ゆるさ」は、決して単なる長所では
ないわけだ。
もう1つ、気になったのは、まず始めに政治哲学を導入することの重要性
だ。これは、7月の論壇時評と関連する話でもあって、明らかな事でもな
ければ、「現実」となってる事でもない(少なくとも総体的には)。
実際、『週刊東洋経済』の記事を読んでみると、橋本努が哲学の必要性
を語る時の根拠が物足りないことがすぐ分かる。仮に、最近の政治的混
乱の原因が、「政策決定があまりに当事者たちの個別・具体的な情動
に左右されていることにあ」るとしても、政治哲学を導入すればより良くな
ることの保証はないし、硬直化した哲学によって更に混乱する可能性さ
えある。
だからこそ、この雑誌記事の冒頭も、東の議論の冒頭も、とりあえずサン
デルの政治哲学が売れてるという単純な事実を挙げることになるのだ。
この直近の表面的現象から、政治哲学導入によって混乱を解消できると
いう主張を導くのは、容易なことではない。差し当たり、哲学好きの論者
達による素朴な期待感程度のもので、限定された特殊な層には通じても、
一般にはまさに「言葉が通じない」だろう。
冷めた目で広く見渡すなら、サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の
30万部超えという部数は、一般には特に珍しくもないし、「ハーバード白
熱教室」の視聴率も、テレビ界全体の中では僅かなものに過ぎないのだ。
なお、『atプラス05号』は近くの書店や図書館で見当たらなかったものの、
ウィキリークスに関する宮前の紹介(『世界 9月号』)には目を通してみた。
確かに、刺激的ではあるものの、半ば既にメディアで報道されてる内容だ
し、ウィキリークスの情報の信頼性に関する議論が僅かしかないのが気に
なった。
政府や軍に対抗する情報源は必要だし、重要でもある。命がけの勇気や
行動も、人間として評価する。ただ、その情報が間違っていたり、偏ってい
たりするならば、存在価値は大幅に減ることになる(無いとは言わない)。
事の性質上、ウィキリークスがどのように情報を審査してるのかはあまり
明らかになってないが、そこでリークされる情報に対しても、その他の情
報と同様、厳しく吟味する姿勢が必要なのは当然だろう。複雑で高速な
情報化社会を生き抜く力が、我々に問われてるのだ。
☆ ☆ ☆
最後に、東の議論の左側に置かれた、苅部直の「あすを探る 政治」に
ついてもほんの一言だけ。「『55年体制』に本当の別れを」と題するこの
論評は、要するに、民主党の参院選大敗をポジティブにとらえるものだ。
1955年以降、自民党が「第一党」の地位を保ち、地元や業界の利益要
求に応えることで、選挙の票を獲得するシステム。断片化し、政策全体の
方向づけや柔軟な対応力を失った55年体制に、「本当の別れ」を告げる
には、与野党の緊張感が保たれる状況はプラスだと論じてる。
私も、直観的には、おおむねプラスのような気がしてるのは確かだ。とは
いえ、苅部の議論は、冷静な分析というよりは、期待感を込めた見通し
といった程度のもの。愛想のいい気象予報士が、「今年の冬は平年並み
の寒さで、わりと過ごしやすくなりそうな感じです。そうなるといいですね」
とか、信頼度の低い長期予報を語るよりも、もっと大まかな話だろう。
特に、今の社会には、政治状況をそこまで楽観してる空気は漂ってない
ことを考えると、もう少し具体的な根拠の提示が欲しかった所だ。55年
体制の「『終わり』の終わり」などという、耳触りのいい紋切り型の文学的
言葉で締めくくるような話でもないし、そうゆう時期でもないだろう。今現
在、2010年8月末の日本は、歴史的な円高、株安、二番底懸念、政治
不信、異常気象などで、非常に不安定な状況なのだ。
ではまた。。☆彡
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cf.東浩紀とネットが開く新たな言論空間~朝日新聞「論壇時評」 (4月)
「新しい公共」と他者への理解~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・5月)
理想を語り、現実を変えること~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・6月)
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