「1+1=2」はなぜか~小学1年生の算数の教科書
昨年末から、数学の原点を再考する試みとして、自然数(0,1,2,3・・・)
の足し算や掛け算に関する記事を色々とアップ。「1+1=2に関する数学
者ペアノの説明」を解説したものを中心に、予想よりかなり多くのアクセス
を頂いてる。ただ、アクセスの仕方(読んだ記事、時間、回数など)を見る
限り、ペアノや集合論の理解に苦しんでる方が多いような気がする。
そこで今夜は、遥かに分かりやすい方向から、数学の原点を再考してみよ
う。それは、学校教育における出発点、小学1年生の算数だ。昔から興味
は持ってて、教科書も手元にあったけど、なかなか記事にする余裕がなかっ
たのだ。読者の関心をどの程度集めるか、いま一つ読めないけど、私自身
が非常に面白かったから、記事にまとめることにする。おそらく、あと何本
か、のんびり書き続けるだろう。
☆ ☆ ☆
私の手元にあるのは、代表的
な教科書出版社の1つである
東京書籍の『新編 あたらしい
さんすう 1』だ。表紙の写真か
らも分かるように、全体が可愛
い絵や写真で溢れてて、数字
以外はすべて、ひらがな。オール
カラー112ページだから、昔よ
り遥かにとっつきやすくなって
る。これに限らず、今の教科書は、高校に至るまで非常に読みやすく工夫
されてるのに、学力向上には反映されてない。学習とか教育は、本当に難
しいもんだと思う。
全13章の構成だが、第1章の前、つまり一番最初に、特別扱いで「なかま
づくり」(仲間作り)という項目が置かれてる。1つの公園の中で、じゃがいも、
イチゴ、チューリップなど、同じ仲間を同じ場所に集めることがスタートなの
だ。これはある意味、日常レベルでの数の原点だし、遥か遠くに集合論を
見据えた出発点と見れなくもない。
(追記: 出版社や教師は、完全に集合を意識してるようだ)
続いて、第1章が「かずのなまえ」(数の名前)。ここでは、一気にハイレベ
ルな思考が要求されてて、子供の頭の柔らかさに感心すると共に、付い
て行けなくなる子が出るのは当たり前だなとも思う。内容部分の写メの掲
載は、著作権法的にやや問題だろうから、私が手書きの図を用意した。
「数の名前」、
つまり「2」と
か「に」を教え
る際、まず同種
の物の絵が書かれてる。実際の教科書は、赤いリンゴで、顔付きだ♪
その右横に、抽象的な赤い丸印が並んだ長方形がある。これは、さんすう
教材とか教具の世界で、「すうずかあど」(数図カード)と呼ばれてるもの
で、そのまた右横にある「2」と書かれた「すうじかあど」(数字カード)と共
に使われる。「に」という数字の読み方(言葉)は、カードとは別に、先生が
口にするか、黒板・ホワイトボードなどに書くんだろう。
さらにその右側、少し離れた位置(次のページ)には、2個のブロックが
示されてる。これは「りょうめんぶろっく」(両面ブロック)と呼ばれるもので、
両面が黄色と白になってる。私が感心したのは、真っ直ぐなケースを利用
して、ブロックを横(または縦)1列に並べられるようになってることだ。こ
れがやがて、物差し(直線定規)や数直線へとつながっていく。
前から、実数を横に並べた数直線というものは妙な存在だなと思ってたけ
ど、直方体のブロックを1個ずつ左右に並べたものからスタートするのな
ら、直感的に分かりやすいだろう。
次の第2章は、「なんばんめ」(何番目)。つまり、物事の順序を数えるも
のとしての数、「序数」を導入する。ここでは、異なる種類の物が並べられ
てるのが特徴的だ。顔つきのパイン、リンゴ、オレンジ、バナナ・・・が並べ
られ、「まえから3にん」なら、パインとリンゴとオレンジが一括りにされ、
「まえから3ばんめ」ならオレンジだけが丸く囲まれる。「3ばんめ」(3番目)
というのが序数だ。
「3にん」(3人)の「3」は、物がいくつあるか(個数)を示す基本的な数とし
て、「基数」と呼ばれるもの。この最初の理解には、明らかに同種の物の
「なかま」を作ることが便利だろうけど、「序数」、つまり順序の数の場合
は、異種のもの(たとえばクラスの生徒達)の中で数える練習が有益だ
ろう。その意味で、非常に巧みに教科書が構成されている。
(追記: 東京書籍や啓林舘のHPの指導者向け解説を見ると、基数は
「集合数」、序数は「順序数」と呼ばれてる。集合数という言葉は、
おそらく単純な有限基数を指すものだろう。)
☆ ☆ ☆
こうして、最初の2章で「数」というものを直感的かつ多角的に教えた上で、
いよいよ広義の「たしざん」(足し算)が登場する。第3章は「いくつといくつ」。
中が見えない袋に、赤と青のおはじきが4個ずつ入ってて、そこから5個
取り出す。この時、その5個は、例えば赤1個と青4個になる。5個は、1
個と4個。つまり、足し算の原点は、足し合わせることと言うより、むしろ
逆に分けることなのだ。統合よりも分解が先。
これがどうゆう根拠や考えに基づくものか、よく分からないけど、意表を突
かれる事実ではある。我々、大人にとっては、5個を1個と4個に分けるの
も、1個と4個を合わせて5個にするのも、一瞬で済む同じことのように感
じられるけど、改めて考えてみれば、既にある複数の物を分ける操作の方
が、簡単で基本的なことかも知れない。ともかくこの教科書では、2を1+1
とする方が、1+1を2とするよりも先なのだ。ただし、まだ「+」という記号
も「たしざん」という言葉も登場してない。
分解の練習を繰り返した後、いよいよ第4章「あわせていくつ ふえるとい
くつ」で、普通の「たしざん」(足し算)が数式と共に登場する。
最初に理解するのは、2つのグループを「あわせる」こと。「みんなでなん
びきになりますか」という問題では、金魚3匹と2匹を大きな水槽に入れる
絵の下に、例の両面ブロック3個と2個を合わせる絵がある。ブロックを
1列につなぐと5個。ここで、次のように説明される。
「3と2をあわせると、5になります。
しき 3+2=5
3たす2は5 こたえ 5ひき 」
何とも「巧みな」説明に、思わず苦笑してしまう♪ 「3匹と2匹で5匹、だか
ら、3+2=5」とは書かない。金魚3匹と2匹で5匹という当たり前の話の
中に、抽象的ブロックの足し合わせ(3個と2個で5個)と、数式3+2=5
を混ぜ合わせて、何となく自然に教え込んでるのだ。
今の私なら、手品みたいな教育テクニックに苦笑するけど、当時は素直に
そのまま習得してたんだろう。正しい答えを素早く出せば、丸印や褒め言
葉を貰えて嬉しいし、間違った答えを出したり遅かったりすれば、ネガティ
ブな反応が返って来るのだから。賞罰=社会的サンクションの影響は、子
供でも大人でも非常に重要なのだ。
一方、理論的に考えると、第4章の前半では、2つの数を足し合わせるこ
とを教えてる。この場合、足し算を2変数関数とか2項演算として考えてる
わけだ。「 f(x,y)=x+y 」に、様々な自然数x、yを代入して、関数値 f を
求める。最も自然な足し算だろう。
☆ ☆ ☆
こうした「あわせていくつ」という話に続いて導入されるのが、「ふえるとい
くつ」という話だ。問題は同じく「みんなで なんびきになりますか」だけど、
今度は大きな水槽に金魚が最初から5匹いて、そこに3匹入れる。それ
に続いて、ブロック5個に3個を右から足し合わせて8個にする図。そし
て、こう説明される。
「5に3をたすと、8になります。
5+3=8 こたえ 8ひき」
手品的な説明テクニックは、先ほどと同じだけど、理論的な内容が違って
る。教科書のその後の記述はさておき、この場合は、与えられた数に3を
足して変化させる、1変数関数とか1項演算のようなものとして、足し算を
とらえてるわけだ。「 f(x)=x+3 」の x に5などを代入して f の値を求め
る。「・・・+3」という「右作用演算」の習得といってもよい。
もちろん、2変数関数「 f(x,y) = x+y 」の y を3に固定して、xに5など
を代入すると考えてもよいが、焦点が曖昧になるだろう。いずれにせよ、
元々あった数(ここでは5)を、別の数(ここでは3)だけ増やすと、いくつへ
と変化するのか。その意味での足し算が問われている。ちなみにペアノ
算術でも、「5+3」を、「5に1を足すことを3回連続する」と考えていた。つ
まり「+3」とは、「+1」という右作用演算3回のこととされてたのだ。
その後、我々は少なくとも高校卒業まで、足し算に少なくとも2種類の意
味(あわせていくつ ふえるといくつ)があることを、ほとんど意識しなくなる
けど、驚いたことに、小学1年生の算数の序盤で教えられてるのだ。。
☆ ☆ ☆
足し算教育の原点に関しては、これで既に終了と言っていい。あとは、反
復練習とひきざん(引き算)の導入に続いて、「3+2+4」のように3つ足
し合わせる計算が出てくるけど、既に習った計算を2回行うだけだ。
(追記: 出版社HPなどでは、3項のことを3口と書いてる。「くち」と読む
のだろうか。なぜ「項」と言わないのかも不明。)
結局、「1+1=2」の説明は、根本的には、2個の物を1個と1個に分け
たり、1個と1個足し合わせたり、1個に1個増やしたりすることを通じて行
われてる。砂山1つと1つ、合わせると大きな1つとか、上手くいかない場
合(反例)には触れず、上手くいく普通の場合のみを考察。それだけでは
なく、抽象的ブロックへの置きかえを媒介に、極度に抽象的な「1+1=2」
という「数式」まで持っていくわけだ。理屈よりも、視覚や身体的操作を通
じた直感的理解によって、抽象的思考を導入する。
自分の過去も含めて、思わず、「小学生の皆さん、お疲れ様♪ 君たち、
凄いね☆」と声をかけたくなってしまった。もちろん、巧みな教材の作製
者達も見事なプロフェッショナルだ。いずれまた、ひきざんその他、小学
校の算数を再考してみたい。(追記: 既にアップした。下のcfを参照。)
とりあえず、今日の所はこの辺で。。☆彡
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自然数に関するペアノの公理~論文『数の概念について』に即して
0、1、「次の数」に関する哲学的考察~フレーゲ『算術の基礎』
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コメント
なぜ1+2=3なのか、
数学的ではなく
言葉で答える方法は
ありますか?
投稿: かなみ | 2012年10月 7日 (日) 16時00分
> かなみ さん

はじめまして。コメントどうもです。
面白いご質問ですが、「数学的ではなく言葉で答える」と
いうのがどうゆう事なのか、いま一つハッキリしません。
そもそも「+」と「=」は数学や算数の記号ですからね。
あと、「言葉」というのが、口で話す音声だけなのか、
文字も使っていいのかが分かりません。
「答える」というのは、誰かに会話の中で
質問されて答えるという意味でしょうかね。
それとも、学校のテストの答のことでしょうか。
いま仮に、まったく音声の言葉だけで、
なぜ「1(いち)たす2(に)は3(さん)」なのか、
という誰かの質問に答えるとしましょう。
「1たす2」というのは、そもそも日常的にはない話なので、
何かフツーの物を使うのがいいでしょうね。
鉛筆1本(いっぽん)やお菓子1個(いっこ)だと、
「いち」という発音がハッキリ入ってないので、
紙1枚(いちまい)と紙2枚(にまい)とかがお勧めです。
1枚に2枚を足して3枚。
「いちまい、たす、いちまい、は、さんまい」。
この時、「まい」という言葉は、小さい声で軽く発音する。
続いて、1円(いちえん)足す2円(にえん=1円玉2コ)は3円。
1羽(いちわ)足す2羽(2わ)は3羽(さんわ;鳥の絵など)。
「だから、いち、たす、いち、は、に」。
読み書きする数字の「1」と「2」を使うのなら、
先に数字という文字を導いておくべきですね。
この記事で紹介したようなやり方で、
音声の言葉や物、絵などと関連づけながら。
とりあえず、このようにお答えしておきましょう。。
投稿: テンメイ | 2012年10月 8日 (月) 03時08分