よりどころの崩壊、新たに築く試み~東浩紀&松井彰彦「論壇時評」(朝日新聞・9月)
(☆2012年2月25日追記: 最新記事をアップ
~高橋源一郎&小阪淳&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・2月) )
☆ ☆ ☆
毎月、最終木曜日の朝日新聞・朝刊・オピニオンページに連載されている、
「論壇時評」。かなり前から、評者や形式を変えつつ続いてるが、2010年
4月からは、メインの時評が東浩紀、左側の長めのコラム「あすを探る」が
6人の論説委員の交代(今月は経済、担当・松井彰彦)。そして一番下に
小さめの囲み記事として、「編集部が選ぶ注目の論考」がある(論説委員
会の討議を参考にしたもの)。
今まで、こうゆう説明を繰り返して来たが、実は中央には「現代社会をイメー
ジしたCG作品」が大きく掲載されている。口を結び、腕組みして読者を見据
える東の大きい写真と比べても、更に4倍の面積だ。
今月は小阪淳の「密」。現代美術だから、意味不明なのは普通だが、ほぼ
全面に、様々な部分が「密」集した感じのものが描かれてる。馬の顔・前脚・
耳と、バッタと、「ミツ」バチを、緊「密」に合成したものだろうか。評価に困っ
てしまうが、不気味に密集した現代社会がどこかに向けて疾走してるイメー
ジはある。右下に別扱いで描かれたポップなデザインは、社会の動きを別
世界のように眺める若者たちのイメージだろうか。右下の妙な形を見ると、
中国と日本列島の関係をも「密」かに匂わせてるのかも知れない。。
☆ ☆ ☆
さて、これまでも書いて来たように、この記事を読む人の大半は、東浩紀
目当てで検索してくる人達だろう。その点は、過去半年のアクセス解析か
ら集めた相当数のデータから、既にほぼ明らかになってる。私はそもそも、
その点にやや疑問を感じるし、東の写真だけが毎月特別大きく掲載される
ことにも違和感がある(文芸関連記事では全く異例)。だから、今回はいき
なりCGに注目したし、過去には「あすを探る」の方を重視したりして来た。
もちろん、今月の東の時評も、いつも通りそれなりに興味深いものではあ
る。しかし正直言うと、東が最初に取り上げて批判的にコメントした、松原
隆一郎の論文の方が面白かった。その事と多少関係してるのか、今現在
(30日夜)、Googleで「論壇時評」を検索すると、1位がウチの4月分の記
事(更新されないまま・・)で、すぐ上に「他のキーワード: 論壇時評 松原
隆一郎」と出る。ちなみに彼は「時評」の以前の評者でもあるわけだ。
その松原の論文について語る前に、まず東の時評の全体を概観してみよ
う。見出しは、「消えた老人問題 よりどころ、どこに求める」。大きく分け
て、福祉と経済、2つの分野を扱ってる。
まず、福祉を見ると、今まで「よりどころ」であった家族・企業・地域などが
機能しなくなっており、そうした状況の極端な形で示すものとして、消えた
老人問題がある。いまや家族は、福祉の担い手であるどころか、「家族の
壁」として福祉行政を妨げるものにもなっているわけだ(斎藤環「ひきこもり
と所在不明高齢者」、毎日新聞)。
一方、経済の分野でも、格差拡大と孤立化の中、「よりどころ」がないまま、
最低レベルの生存さえ困難な人達が増えつつある。そこで今、注目を浴
びているのが、以前にも取り上げたベーシック・インカム(BI=基礎的所得
: 国民全員への無条件一律現金給付)だ。
東の写真の下にある紹介文(毎月変わる)を読むと、本人としては、「『オー
プンネスとセットになった』ベーシック・インカムとして、追跡可能な電子マ
ネーによる導入を提唱している」そうだ。以前にも、BIに対してやや好意的
な態度を示していたから(5月の時評)、自然な流れではある。
ただし、BIが財政的に可能かどうか、経済政策として有効かどうかについ
ては、まだまだ不明な部分が多い。東も、肯定的な立場の小沢修司・飯田
泰之、否定的な立場の橘木俊詔の議論に触れた後、「議論の成熟を待ち
たい」と慎重な態度を示す。
さらに、財政・経済とは一応別の観点から反対する立場として、萱野稔人
の「問題提起」にも注目する。労働は単なる生活費確保の手段ではなく、
他人からの承認の証しや機会でもあるから、弱者への現金給付は、承認
の機会を奪い、社会の「包摂」(心のつながり)の機能を著しく阻害するとい
うわけだ。
私も一理あるとは思うが、やや偏った意見のようにも感じるし、実証性の
乏しい観念論のようにも思われる。ただし、萱野の議論自体を『POSSE
vol.8』で読んだわけではないから、態度は保留しておこう。
こうして、福祉と経済、2つの分野を見渡した後、東は結局、「思想的にも
実践的にもじつに厄介な課題」を確認して終わる(あとがき的な注目論文
は別)。「家族や地域の安易な再興は望めない。しかし、ではそこで家族や
地域抜きの社会保障が可能だったとして、そのときひとはだれに承認され、
どこに居場所を求めるのか」。つまり、国家の現金給付とかで救われた人々
の心のよりどころという難問に行きついた所で、話は終了する。
☆ ☆ ☆
東の文章だけ読んでると、もっともな疑問を共有して終わることになるだろ
う。ところが、ここで松原の論文「問題とすべきは年金詐欺のみ」(『中央公
論 10月号』)を読むと、少し違う思いも生じて来るのだ。
東の要約によると、松原の主張はこうなる。──戦後の日本は、国家より
も家族・企業・地域などが福祉を担うべきだとする共同体主義的な思想を
涵養してきたし、松原本人もその伝統を評価する。たとえ、孤独死する老
人が出るとしても、国家による情報管理の強化には反対だ──。
これに対して、東は部分的にうなずきつつも、疑問を提示する。人々が国
から自由でありたいと願ったのは、別に「よりどころ」があったからだろう。
ところが今、国家を補完すべき家族や地域がまともに機能していない。前
提が崩れているのだから、かつてのような国からの自由は成立し得ない。。
けれども東は、松原論文の重要な点を素通り、または過小評価している。
それが意図的回避か、生産的誤読かといった問題は、差し当たりどうでも
いい。まず決定的なポイントは、松原がよりどころとして、別の共同体を提
示しているということだ。
周知の通り、格闘技好きの松原は、自分でも武道をやっている訳で、そこ
では疑似コミュニティーとか疑似家族のようなものが出来上がりつつある。
誰かがしばらく顔を見せないと、声をかけたりするようだ。武道でなくても、
現代の日本では、趣味のコミュニティーが数多くある。国家の管理の強化
は、そうした新興コミュニティーの成熟を見定めてからでも遅くないわけで、
差し当たりは年金給付のシステムを改善すればいいだけの事だ。
これが松原論文の一つのポイントで、東の時評はその点を素通りしている。
これは枝葉の問題ではなく、まさに「よりどころ、どこに求める」という時評タ
イトルと直結する話だから、読者の私としては奇妙に感じるわけだ。
さらにもう一つ、東が松原論文で素通り、ないしは過小評価してるポイント
がある。それは、「野垂れ死に」する自由を認めること、あるいはより広く、
多少問題がある程度の状況を「そっとしておく」配慮だ(例えば相撲界)。
東は、国から自由でありたいと願うのは別のよりどころがあったからで、今
はその前提が壊れてると語る。しかし、確たるよりどころなど無しに、自由
を強く求める人達もいるわけだ。福祉の報道を読めばすぐ分かることで、
行政やコミュニティーによる束縛よりも、個人的自由を求める人は、確か
に無視できない数だけ存在する。。
☆ ☆ ☆
ただし、だからと言って私は、松原の議論を全面的に支持するわけではな
い。自分の意志で孤独死する自由はあるとしても、それを選ぶ人達はおそ
らくかなり小数派だろう。より多くの、不本意ながら孤独死「してしまう」不幸
を救う「よりどころ」は、やはり社会的に必要だ。
趣味のコミュニティーとか、ネットをきっかけとする(リアルな)集まりとか、
新たな共同体がよりどころとしてどの程度機能するのか、あるいはどのく
らい待てば機能するのか、そういった点については触れられておらず、単
に楽観視しているようにも感じられる。
とはいえ、この種の問題で一番重要なのは、理屈をこねるだけでなく、まず
出来る範囲で自分から実践することだろう。その意味では、多くの人を周
囲に集める人気者・東もそうだろうが、身近でリアルな新興コミュニティー
作りを実践する松原は注目に値する。
私も、スポーツ、ネットその他で、社会的存在としての新たなよりどころ作り
を模索してる所だ。つい最近、母校のメーリング・リストを通じて、音信不通
だった友人の無事を確認できた時にはホッと安心した。こうしたつながりは、
古き良き時代には無かった効果的システムとして、積極的に活用すべきだ
ろう。ただし、最後は結局、生身のリアルな交流が重要なのは間違いない。
☆ ☆ ☆
最後に、松井彰彦の「あすを探る」は、「障害者活かすゲーム理論」というタ
イトルだ。障害者に対する福祉政策は、経済学的には費用対効果が低い
ものとされてしまうので、福祉と経済学は水と油のように対立する関係だっ
た。ところがゲーム理論という新たな学問が発展。「互いに相手のことを考
えた結果、人々がどのような行動を取るかを分析する」ことで、費用対効果
を上げたり、「通勤できない障害者は定職に就けない」という「社会的事実」
を変えたりしつつある。そう、松井は主張する。
話の大きな流れとしては興味深いし、気分を明るくさせてくれるものでもあ
る。まさに、障がい者の「よりどころ」を作るための建設的な議論になって
るわけで、東の時評と相互補完的な関係にもある。
ただ残念なのは、肝心のゲーム理論を上手く使えてないことだ。障害者用
の施設を大勢で使えば費用対効果が上がるとか、成功例を作って大きく宣
伝すれば社会的事実を変えられるとか、当たり前のことであって、ゲーム
理論という言葉は論理的な「遊び駒」(あそびごま=将棋で役に立ってない
コマ)に過ぎない。
文字数・スペースの制約とか、議論のレベルの制約(精密な議論は一般読
者に不適)とかあるのはもちろん理解できる。だが、ゲーム理論という、一
般には馴染みが薄く、一部では評価の高い「言葉そのもの」の力に頼るよ
うな議論では、表面的な見栄えはともかく、根本的な説得力に不満を感じ
てしまうわけだ。
これならむしろ、ウチで度々批判して来た勝間和代の経済理論的コラム
(朝日新聞・be)の方が誠実で丁寧だろう。浅くて粗い考察とはいえ、一
応は一般向けの分かりやすい具体例を提示してるのだから。東大教授の
学者である松井は、言葉を出すだけで納得してくれる、ある意味ラクな聴
衆を相手にし過ぎて来たのかも知れない。たとえお堅いオピニオン・ペー
ジといえども、大新聞は一般市民のためのものなのだ。
それでは、今月はこの辺で。。☆彡
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cf.東浩紀とネットが開く新たな言論空間~朝日新聞「論壇時評」 (4月)
「新しい公共」と他者への理解~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・5月)
理想を語り、現実を変えること~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・6月)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~高橋源一郎&平川秀幸&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・12月)
(計 5108文字)
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