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世論調査、ファスト政治、ポピュリズム~東浩紀&福岡伸一「論壇時評」(朝日新聞・10月)

(☆2012年2月25日追記: 最新記事をアップ。

    現在の中に過去を見ること

      ~高橋源一郎&小阪淳&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・2月) )

            

       

          ☆          ☆          ☆

fast food」の発音が、ファーストフードから「ファストフード」になったのは、

わりと最近のことだろう。ウィキペディアでこの項目や「ファストファッション」

(ユニクロ,FOREVER21,H&Mなど)を調べると、2000年代半ば

全体的な換点として浮かび上がる。

               

ただ、「ファスト」というのは米国の発音のカタカナ表記だから、もっと以前か

ら一応存在して、個人的印象だと、2000年にディズニーランドで導入された

「ファストパス」(優先入場システム)辺りから浸透した言葉だという気がする。

私は英語表記の「fast」を見て、反射的にファーストと読んでたが、20代前

半の知り合いに、「ファストじゃないんですか」と柔らかく指摘されて驚いた。

即座に発音と表記の変化だと理解、恥ずかしかったのをよく覚えている。。

     

         

         ☆          ☆          ☆

とにかく、ファーストがファストに短縮されたこの10年間で、ネットのブロード

バンドも普及。多くの事かどうかはともかく、色んな事が、奇妙なほど速くなっ

気がする。情報の流れ、首相の交代、金融の崩壊と(暫定的)回復、ビー

ル系飲料の変化、etc。

     

今回、10月28日の朝日新聞・朝刊に掲載された論壇時評で、東浩紀が中

心的話題にしてるのは、世論、特に世論調査だ。新聞の世論調査も、個別

訪問から電話調査(現在ではRDD方式)に変わり、「速い、安い」ものになっ

たが、その「ファスト化」とでも言うべき変化を桁違いに進めたのがネット調

査だろう。

                 

ポピュリズム  “有権者の消費者化”に可能性」と題する東の議論の冒頭

では、先日の民主党代表選前の世論調査で、新聞とネットが対立したこと

が挙げられている。新聞は菅直人、ネットは小沢一郎。結果は、菅の勝利。

     

ここでまず指摘したいのは、「ネットが負けた」といった表現を東が使ってな

ことだ。「政治と世論、政治とネットの関係について考えるよいきっかけと

なった」という、中立的文章があるだけ。あれがもし、ネットの勝利に終わっ

ていたら、東がこうゆう穏やかな表現で済ませたとは思えない。

        

新聞とネットの差はさておき、共にファスト化した世論調査をどう見るべきか。

東は、『中央公論 11月号』の特集「ファストフード化する政治」の2つの記

事に注目しながら、世論調査そのものに対しては、やや冷ややかな見方

示してる。しかし、それと密接に結びついた、大衆迎合&利用主義とも言う

べき「ポピュリズム」一般に関しては、ポジティブな可能性を「夢想」するのだ。

              

        

         ☆          ☆          ☆

東が最初に注目するのは、与野党の政治家2人(民主,自民)と全国紙編

集委員2人(読売,朝日)による座談会「世論調査は魔物なのか?」。これ

に対して、「支持率はあまり気にしなくていい、という話が政治家とマスコミ

人双方から語られるのは興味深い」とだけコメントされている。その後、『世

界 11月号』にも触れて、「世論調査で浮かびあがる世論は、結局のところ

虚構でしかないようだ」とまで書いている。

      

この言い方は、微妙なものだ。評者として、独立した立場を保つのなら、「虚

構でしかないとされている」といった表現になるはずだが、論評対象となる

記事と自分を一体化させて、「虚構でしかないようだ」としてるわけだ。

     

常識的に考えて、これは極論過ぎるだろう。そもそも世論調査が「虚構」とい

うのなら、虚構でない「現実」はどうやって把握するのか。まさか、自分の周

囲を直接見渡しただけではあるまい。現実との対比があってはじめて、虚構

という言葉はネガティブな意味合いを持ちうる。どうも、一昔前のフランス現

代思想(特にフーコー)の流行り言葉を不用意に使ったように見えてしまう。

      

私は、『世界』は読んでないが、『中央公論』は読んでみた。案の定、実際の

座談会ではそんな極論にはなってない。たしかに、あまり気にしなくていい、

というような話にはなっている。ただその一方で、読売の委員は世論調査に

も意味があることをハッキリ認めているし、朝日の委員も、世論調査に頼り

過ぎな状況を批判しているだけのことだ。世論調査が魔物になるか味方に

なるかは、メディア、政治家、一般市民によるその使い方次第であって、あ

る意味、当たり前の事を確認する座談会になっていた。

        

          

        ☆           ☆          ☆

それより刺激的だったのは、中央公論の特集の中心となる、佐藤卓己

苅部直の対談、「『ファスト政治』への処方箋」だ。「輿論」(よろん)と「世

論」を分ける佐藤の議論は、朝日の書評やインタビューでも話題になって

いたものだ。

         

簡単に言えば、熟慮と十分な議論の上で到達するのが輿論熟慮なしで

感情的かつ即時的な意見の集合世論。佐藤としては、世論より輿論を

重視。また、ネットの調査は統計的に無意味と切り捨てているのに対し、

新聞はそこまで批判していないから、ネットより新聞を(相対的に)重視し

ているとは言えると思う。

         

ちなみに、世論重視の現在の政治を佐藤が「ファスト政治」と名付ける時、

実は「ファシスト政治」と読み間違えてくれるのを期待していたそうだ。この

場合は、大衆迎合としての受動的ポピュリズムと言うより、大衆利用(or

扇動)としての能動的ポピュリズムを意識している。意図的な誇張の良し

悪しはともかく、佐藤がかなり現状に批判的なのはよく分かるのだ。

       

この佐藤に対する東の距離の取り方には、私も共感する。「じつに良識的

・・・しかしそれだけに観念的とも言える」。熟議が大切だからと言っても、今

さら全国民レベルで「教育」するのはほとんど不可能。大衆はファスト化を

選んだ。もちろん、「放任」するのも問題だから、その間の微妙な態度決定

や問題解決が重要となる。

                  

東は、佐藤自身の考えでもある「マシン」としての政治とか、山口二郎が『ポ

ピュリズムへの反撃』(角川oneテーマ21)で語る、民主政治の「商品化」、

有権者の「消費者化」という概念に着目。佐藤も山口も、それらを否定的に

とらえているが、東は逆に、それらに可能性を見出そうとしているのだ。

          

今の消費者は、店員との人間的やりとりより、機械(マシン)の素早くて単純

なレジ精算を好む。しかし、品質管理には敏感。また、品物や店への感情

的な拒否反応が、的確なこともあるだろう。「それゆえ筆者としては、有権者

の消費者化を逆手に取り、新たな政治参加の可能性として捉える理路はな

いものかと夢想するのだが、それは無理なのだろうか。・・・・・・政治思想の

新たな展開を待ちたいと思う」。

      

東自身が、自信なさげに語るように、これまた非常に観念的でイメージ的

な考えだ。ただし、佐藤の観念が古いのに対して、東の観念は新しい。古

い世代と比べると、若い世代の方が、東の側に共感しやすいだろう。ただ、

それが世の中を動かすほどの数や力になるかどうかは、少なくとも今現在、

かなり怪しいとは思う。

           

       

          ☆          ☆          ☆

私としても、ファスト化を逆手に取った政治思想の新たな展開を期待する部

分はあるが、まずはもっと着実に出来ることをすべきだと思う。それは、

校教育の改革だ。短時間で単純な問題を多く解ける生徒を高く評価し、そ

の数を増やそうとする、学校の「ファスト教育」の問題点が、政治のファスト

化の遠因の一つだろう。ただし、家庭のしつけのような個人的教育よりは、

改革しやすいはずだ。

                     

基本的な人間性の形成期に、圧倒的な影響力を持つ教育システム。特に、

小・中・高、12年間の学校生活を地道に改善して、じっくり考え、しっかり議

論する習慣を身に付けさせることが必要だ。もちろん、そのための改革自

体も、手間暇かけたものにならざるを得ない。「ファスト改革」など、観念的

で不可能なものにすぎないのだから。。

    

    

    

          ☆          ☆          ☆

最後に、東の時評の左側に位置するコラム、「あすを探る」について。今

月のテーマは科学で、担当は福岡伸一。タイトルは、「多様性は人間だけ

のものか」だ。

    

今日・29日まで、半月以上にわたって名古屋で開かれて来た、国連地球

生きもの会議・COP10。正式名称、生物多様性条約・締約国会議・第10

回。福岡の意見は、この会議への不満を示すもので、一見、常識的かつ良

識的であるかのように見える。

   

「生物多様性を保全することはそれを撹乱した人間の当然の責務である。

しかし今、問題は、生物多様性を資源としてとらえそれを囲い込もうとする

側と、自由なアクセスを制限されたくない側との対立にすりかわっている」。

まるで多様性を専有物のように扱ってる人間は、生物進化の歴史が示すよ

うに、やがて滅びるだろう。短期間のみ栄えた生物となるから、やがては、

地層の年代を示す「示準化石」となるに違いない。。

      

非常に大規模な会議を、福岡やメディアが強調するような人間的な対立

遺伝資源の利益配分を巡る途上国vs先進国)に単純化できるのかどう

かがやや気になるが、そういった側面が少なからずあるのは確かだろうし、

その側面に批判的な気持ちも理解できる。もちろん、わりと平凡な実質的

批判の部分を、生物学的かつ文学的なレトリックで脚色する技の上手さも、

いつもながら感心してしまう。

          

ただ、深刻な対立を第三者的に嘆くだけなら、単なる「感想」とか「溜息」で

しかない。お得意の生物に関するウンチクや動的平衡論を長々と展開する

よりも、個別の代表的問題に関して、代案とか対案を具体的に示すべきだ。

     

また、そもそも多様性に関する議論というのは、人間が行うものだし、人間

も生物の一つだ。自分たちを大切に思うのは当たり前で自然だし、必ずし

も悪いことではない。要するに、自分たちを一番大切にしながら、どの程度

まで他の生物に優しくできるか。ここをじっくり考えることが問題なのであっ

て、人間を新参者かつ邪魔者だとする自己批判的姿勢は、耳触りのいい

手軽な抽象論、「ファスト批判」にすぎない。

     

そもそも、どうして「生物」多様性であって、「存在」多様性ではないのか。そ

れは、我々が生物だからなのだ。また、どうして「地球生きもの」会議であっ

て、「宇宙物質」会議ではないのか。それは、我々が地球にいる生きものだ

からだ。自分が何であるかは、ごく自然にものの考え方に浸透する。それは、

全否定すべき悪しき傾向ではなく、部分肯定して上手く扱うべき本性=自然

(nature)だろう。

    

それでは、今月はこの辺で。。☆彡

    

     

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

cf.東浩紀とネットが開く新たな言論空間~朝日新聞「論壇時評」 (4月)

  「新しい公共」と他者への理解~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・5月)

  理想を語り、現実を変えること~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・6月)

  政策の「事後的」評価としての選挙

              ~東浩紀&香山リカ「論壇時評」(朝日新聞・7月)

  建設的な哲学とネット共同体への「期待」

                    ~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・8月)

  よりどころの崩壊、新たに築く試み

             ~東浩紀&松井彰彦「論壇時評」(朝日新聞・9月)

  中国の異質性、東アジアの同一性

             ~東浩紀&李鐘元「論壇時評」(朝日新聞・11月)

  情報公開の境界、資格付与の区切り

           ~東浩紀&松井彰彦「論壇時評」(朝日新聞・12月)

  新しい道具、使ってみるための条件

            ~東浩紀&広井良典「論壇時評」(朝日新聞・1月)

  つながりと祝祭、これからの革命と善意

            ~東浩紀&香山リカ「論壇時評」(朝日新聞・2月)

  各個人が独自メディアとして議論すべき時

              ~東浩紀&苅部直「論壇時評」(朝日新聞・3月)

        

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  震災後、身の丈超えぬ「ことば」に希望

             ~高橋源一郎&小熊英二「論壇時評」(朝日新聞)

  どの常識をどう疑い、何に立ち向かうのか

      ~高橋源一郎&平川秀幸&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・12月)

  対称的な関係の中にある前進

       ~高橋源一郎&小阪淳&森達也「論壇時評」(朝日新聞・1月)

  現在の中に過去を見ること

      ~高橋源一郎&小阪淳&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・2月)

         

                                 (計 4935文字)

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