つながりと祝祭、これからの革命と善意~東浩紀&香山リカ「論壇時評」(朝日新聞・2月)
(☆2012年2月25日追記: 最新記事をアップ
~高橋源一郎&小阪淳&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・2月) )
☆ ☆ ☆
旅行その他、個人的な用事が重なったために、10日遅れになってしまっ
たが、今回も一応、朝日新聞「論壇時評」のレビューを書いておこう。度々
指摘して来たように、「論壇時評」とは3つの要素からなる複合記事であっ
て、当サイトでは毎回、東浩紀による時評と、毎月交代する論壇委員によ
る「あすを探る」とを、統一的に論じている(編集部による論考紹介はほ
ぼ省略)。
その意味で、2月の「論壇時評」はまとまりが良かった。東と、今回の「あ
すを探る」の筆者・香山リカが、どちらも現代的な「つながり」と「祝祭」につ
いて語ってることが明白だからだ。
今回の掲載日は2011年2月24日。中東・アフリカでは、民主化を目指
す(と思われることの多い)革命が急速に進展した時期だし、日本では、無
名の市民たちによるささやかな寄付の連鎖、「タイガーマスク運動」が2ヶ
月ほど続いた後である。前者を扱ったのが東、後者を扱ったのが香山だっ
た。では、それぞれについて見て行こう。
☆ ☆ ☆
東浩紀の時評のタイトルは、「ソーシャルメディア つながりが導く祝祭型
革命」。今回の東の議論は、最初から簡単な結論が決まってるかのよう
に見える普段の時評よりも、奥行きを感じられる。それは、冒頭の書き方
からすぐに見て取れるのだ。
「160年前、マルクスは『共産主義の亡霊が徘徊している』と説いた」と書
き始めた東は、いまやソーシャルメディアの亡霊が権力をおびえさせてい
ると続ける。興味深いのは、『共産党宣言』冒頭に置かれていた「亡霊」
という単語(独語 Gespenst)を二度も使ってることだ。
もちろんこれは、ツイッターやフェイスブックなどが、既にある意味で死ん
でしまってる恐ろしい存在だ、などと言いたい訳ではなく、まだ実体の定
まらない幻影のような段階だと言いたいのだろう。ただ、ネット・若者・新
しさといったものに非常に好意的な普段の東なら、「いまや旧来の権力の
方が亡霊と化すかのように見える」とか書いても、不思議ではない所だ。
ところが実際は、冒頭でソーシャルメディアの側だけを亡霊と呼び、その
後この言葉は出てこないし、全体の論調も、かなり控えめになってる。簡
単に言うなら、今回の一連の革命に対して好意的ではあるが、慎重な態
度を崩してないのだ。それは、東がわりと肯定的に引用している3人の論
者にも共通して見られる性質だ。
新メディアを原動力とする急速な変化に対して、間に合わない旧メディア
(論壇雑誌)は「あまりに無力」だと指摘した後、東が旧メディアの朝日で最
初に引用するのは、これまた旧メディアらしき『フォーリン・アフェアーズ リ
ポート 2011年2月号』の論文、「ソーシャルメディアの政治権力」だ。
ニューヨーク大学教授のクレイ・シャーキーによるこの論文は、東も語る通
り「包括的な考察」であって、本来なら一言でまとめられるような内容では
ない。その点は、公式HPで一般公開された部分を見るだけでもすぐ読み
とれることだが、東は次のようにまとめている。
「情報の真偽よりコミュニケーションの有無のほうが重要だという
この洞察は(論文はジャスミン革命以前に書かれているが)、
一連の出来事の本質を正確につかんでいる」。
このまとめ方は、二重の意味で、間違ってはいない。まず、内容全体は複
雑多岐にわたってるけれども、元の論文の副題は、「バーチャル空間にお
ける言論と集会の自由を重視せよ」。バーチャル(仮想)という言葉で、真
偽や現実とは少し切り離された上で、コミュニケーションの確保を主張して
るわけだ。また、一連の出来事の本質(の一つ)が、コミュニケーション=
つながりにあるという見方についても、同意できる。
ただし、かなり危うい決定的な部分もある。それは、「コミュニケーションの
有無のほうが重要だ」と言う時の、「重要」という言葉の意味だ。上に引用
した東の文章の直前を参照すると、これは差し当たり、「抑圧的な国家の
市民にとって」重要だという文脈になる。ということは、社会全体にとって、
世界全体にとって、それが重要かどうかは、本来は別問題だ。
☆ ☆ ☆
そういった部分の難しさが分かってるからなのか、東が次に引用(と言うよ
り援用)するのは、中東関連の大御所的存在・酒井啓子の温かいコラム、
「エジプト:祭りの後、でもまたいつでも祭りは起きる」だ。
ニューズウィーク日本版HPで今でもすぐ読める、短くて明晰なコラムでは、
中盤までかなり単純化された称賛が並んでいて、やや身構えてしまったほ
ど。けれども、その褒め言葉全体は、次のように始まる末尾の段落の前
置きだと考えれば納得がいく。「人々は簡単に、楽しく政府批判をし、祭り
が終わったら家に帰る・・・」。
つまり、一連の革命運動は「楽し」い「祭り」であって、気軽に参加して短期
間に終了するものなのだ。差し当たりの結果をどう見るべきか、今後どうな
るかさえ、まだよく分からない。ただし、「夢見たものと違っていたら、また
簡単に政治批判に立ち上がる」だろう(酒井)。だからこそ東も、酒井への
言及を、「祝祭は政権の監視には役立つ」と締めくくる。
こうして東は、ソーシャルメディア的な自由で気軽で広範囲にわたるつなが
りが、反政府的立場の市民にとっても、社会全体にとっても「重要」だとい
う流れを作って行く。それは、「基本的には」正しい主張だろう。
だが、政治的議論の場では昔から、「総論賛成、各論反対」という言い回
しがある。例えば、ソーシャルメディア的なつながりが導く新しい「政治」と
か「祝祭型革命」といったものを、どの程度、どのように認めるのか、旧来
の政治や変革運動と比べてどう評価するのか。そういった細かい点になる
と、直ちに分かりにくい次元に入り込むことになるだろう。東が主要部分の
最後に引用&援用した公文俊平のツイッターを読んでも、かなり控えめで
断片的なツイート(つぶやき)があるだけだ。
☆ ☆ ☆
その公文のツイッターでも話題になってたが、革命には常に祝祭の要素
が入ってるわけで、それは60年代~70年代の学生を中心とする運動に
対しても昔から言われて来たことだ。
日本の全共闘運動に参加した学生の内、しっかりした思想的根拠に基づ
いて行動したのは少数派だろう。あの頃のデモは若者のイベントだし、ヘ
ルメット・マスク・ゲバ棒・プラカードといったものは、ファッションとかパフォー
マンスの意味合いが強いと感じられる。その運動は結果的・長期的にどう
なったか。「単なる失敗ではない」と語る者は少なくないだろうが、「成功」
とまで評価する者は少ないだろう。
そうした大局的な観点に立つなら、一連の出来事については、もうしばらく
様子を見守りつつ、長期的に考える必要があるはずだ。民主化と言うより
イスラム化に向かうのか、親米から反米に向かう国家群によって、世界レ
ベルではむしろ不安定になるのか。リビアなど、犠牲者の増加が収まるこ
とを願いつつ、過去の歴史を踏まえた冷静な思索を続けて行きたい。
いずれにせよ、はっきりしてるのは、中国語に加えてアラビア語の勉強も
必要だということだろう。自分で現地の様子を読まない限り、何が実情で
何が虚像なのか、マスメディアや一部の専門家の意見しか便りにできない
ことになってしまうのだから。。
☆ ☆ ☆
一方、今回の「あすを探る」のカテゴリーは香山リカ担当の「社会」で、タイ
トルは「『これからの善意』の話」。昨年のベストセラー、政治哲学者マイケ
ル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』を意識したものだ。
香山は、「伊達直人」などの名前で行われる「タイガーマスク運動」を、1年
半ほど前の鳩山由紀夫の所信表明演説に結びつける。弱者、少数のた
めの友愛政治を目指した鳩山政権はまもなくフェードアウト。菅直人はそ
ちらにはあまり関心がないようだし、「友愛」に代わる言葉(協調・つなが
り・新しい公共)も大きなうねりにならなかった、と前置きするのだ。
これはほぼ正しい見方だろうが、気を付けなければいけないのは、言葉
のレベルと実際のレベルを区別すること。例えば、社会全体で見た時「つ
ながり」という言葉は、「友愛」ほどの特別なキャッチフレーズとしては機能
してないような気はするが、ソーシャルメディアの世界的流行は、社会的
つながりの広がりと深化を示してる。
そしてもちろん、タイガーマスク運動も、ある意味で「つながり」から生じた
と言っていい。自分と恵まれない人達との一時的なつながり、自分と先行
者(=既に寄付した人達)との表面的つながり。
これをどう評価すべきか。社会全体としては好意的にとらえてると思うが、
「漫画のヒーローになるというイベントに参加する感覚で継続性がない」、
「押しつけ」、非効率、などの批判もあるわけで、それらは「正論」だと香
山は言う。私なら、「必ずしも間違ってない」と控えめに承認する所だ。
一方、共同体全体への配慮や共通善を重視するサンデルなら、タイガーマ
スク運動は全体への配慮が欠けてるので正義ではない、と批判するかも
知れない。そう、香山は書いてるが、別にサンデルに反論するためではな
い。有名な哲学者の仮想的な批判と比べる形で、自説を主張したいのだ。
「正義とは呼べない善意。効率の悪い善意。ひとりよがり気味の
善意。でも、弱者のための善意。これまでの善意とは少しばか
り違う『これからの善意』は、こんなふうにおさまりや居心地の
悪いものである可能性はないだろうか」。
「可能性」としてなら、これは正しいと思う。言い換えると、そうゆう新しい善
意「も」、古いタイプと同様、弱者のための善意として認めるべきだし、実
際にそうなりそうだと感じる。今回の流行=お祭り騒ぎが静まっても、何ら
かの意味で似たものなら、おそらくまた登場するだろう。
ここで中東・アフリカの新しい運動と比較した時、一見つまらないものに思
われるタイガーマスク運動に、決定的な長所があることに気付く。それは、
リスクも実害も少ないということだ。
不要なランドセルを送りつけられた施設は、事務手続きが面倒だろうが、
必要な施設を探して宅配で回送すればいい。別に、貴重な歴史的遺産を
破壊されるわけでもなければ、多数の人命が失われるリスクもないのだ。
反対勢力との過激な衝突も、まず無いだろう。もちろん、入試問題ネット
投稿によるカンニングのような、事件(or 犯罪)が生じる恐れもない。
いずれにせよ、今までとは異なる社会的な動きが多方面で力を発揮し始
めたのは確かだ。それが、「どの程度」異なるのか、「どんな」力なのか、
じっくり見極めて行きたいと思う。別に、新メディアの表面的なスピードが
格段に上がったからと言って、社会の本質的変化のスピードが格段に上
がるとは限らない。人々の考察のスピードを格段に上げることも不要だし、
不可能だろう。
物理的変化の法則に何の変化もないし、数学も論理もほとんど変わって
ない。人間の寿命も70~80年程度。陸上競技のタイムもあまり変化して
ない。自動車、船、飛行機など、物流の世界でも大差なし。人間や世界の
スピードは、少なくとも大局的には、格段に変化したわけではないし、また
それでいいのだ。
とはいえ、次回の記事のアップはもう少しスピードアップする予定♪ 今回
は、この辺で終わりとしよう。それでは。。☆彡
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
cf.東浩紀とネットが開く新たな言論空間~朝日新聞「論壇時評」 (4月)
「新しい公共」と他者への理解~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・5月)
理想を語り、現実を変えること~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・6月)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~高橋源一郎&平川秀幸&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・12月)
(計 5342文字)
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