なぜセシウムのヨウ素換算値は40倍か~放射性物質の計算理論(by INES)
福島第一原発の事故評価がレベル7に引き上げられた翌日(4月13日)、
当サイトでは、評価に使われた「ヨウ素換算」という計算に関して、簡単な
記事をアップした。要するに、セシウム137を始めとする様々な放射性物
質の量を、ヨウ素131
の量へと換算する方法
の説明だ。その時点で
は、マスメディアにも日本
語サイトにもなかなか見
当たらなかったから、私
はINES(国際原子力・放
射線事象評価尺度)の英
語原文を直接読んで、福
島の場合の具体的な計算
と共にまとめたわけだ。
おかげ様で、その記事はいまだに多くのアクセスを集め続けてるし、少な
からずのリンク付けも頂いてる。ただ、例えばセシウムのヨウ素換算が「な
ぜ」40倍になるのかまでは理解してないと、その記事に書いておいた。そ
こへ、INES巻末に付けられた補足(アペンディックス=補遺)に説明があ
るという指摘を頂いたので、すぐに再読。一通り、表面的には理解できた。
まだ深い理解には到達してないし、そのまた元にあるIAEA(国際原子力
機関)の英語の研究論文2本(INESの出典14、15)も読んでないが、専
門家以外の熱心な方々には多少の参考になると思うので、以下でまとめ
とこう。つまり、この記事自体が、前の記事に付けた補足=アペンディク
スというわけだ。そもそも40倍という話が初耳の方には、先に以下の記
事をお勧めしとこう。
原発事故評価レベル7と、セシウムのヨウ素換算値の計算式(by INES)
☆ ☆ ☆
INESユーザーズ・マニュアル2008年版の補足Ⅰ(Appendix Ⅰ,p.
154)のタイトルは、「放射線学的な等価物の計算」(CALCULATION
OF RADIOLOGICAL EQUIVALENCE)。「等価物」というより「当量」
と訳すべきかも知れないが、差し当たり確信が持てないので差し控える。
簡単に言うと、なぜセシウム137をヨウ素131へと換算する際に40倍す
るのか、元にある理論と計算を手短に解説する項目だ。
まず、最も基本的な考えは、大気中に放出された様々な放射性物質から
受ける放射線ダメージ(=エネルギーで示した影響)を、相互に比較する
ということだ。セシウムのダメージは、ヨウ素のダメージの約40.4倍だか
ら、ヨウ素換算の際の乗数(=掛け算の係数)は、単純化して40と決め
ることになる。
次に、ではそのダメージをどう計算するのか。大枠としては、地面から
のダメージと、吸入によるダメージをそれぞれ計算して、最後に両者を
足し算するのだ。以下、基本的な数値をまとめた表15(TABLE 15)に
即して説明しよう。
「大気中への放出: 地表堆積物と吸入からの放射線量」(ATMOSPHERIC
RELEASE: DOSE FROM GROUND DEPOSITION AND INHALATION)とい
うタイトルの下に、各放射性物質(Nuclide: 核種)ごとに6つの値が横に並
んでいる。
最初の2つが地面からの線量、次の2つが吸入による線量に関する数値で、
5番目がそれらを足し合わせたトータル。最後、6番目(右端)は、各物質ご
との5番目の数値を、ヨウ素131(I-131)の5番目の数値で割り算して単
純な数にした数値だ。セシウム137(Cs-137)の場合は40となってるし、
ヨウ素131は当然1となる(自分の数値同士の割り算だから)。そしてこれ
が、ヨウ素換算の際に掛け算する係数だ。
☆ ☆ ☆
以下、核種の上から4番目・セシウム137(Cs-137)の場合を例に取り、
数値と計算方法を見てみよう。
① 地面からの線量(=ダメージ)
1番目の数字は、「地表堆積物からの50年分の放射線量に関す
る線量因子」(Dose factor for 50-year dose from ground deposi-
tion)。「1.30E-07」とは、1.30×(10のマイナス7乗)のこと。
単位は Sv/Bq・m⁻² だから、1平方メートルの地表に1ベクレル
堆積した物質からのシーベルト(=ダメージ)を示す値だろう。
これに、p.154の「堆積速度」(deposition velocity)1.5×10⁻³
m・s⁻¹ をかけ合わせて求めたのが、2番目の数字。すなわち、「地
表堆積物による50年間の線量」(50-year ground deposition dose)
になる。「1.95E-10」だから、1.95×10⁻¹⁰。単位は Sv / Bq・
s・m⁻³ だから、大気1立方メートルあたり1ベクレルの物質がある時
の、毎時シーベルト(=1時間のダメージ)という意味だろう。
ここまでの計算を数式でまとめると、次のようになる。
1.30×(10のマイナス7乗)×1.5×10⁻³ = 1.95×10⁻¹⁰
② 吸入による線量(=ダメージ)
3番目の数字は、「吸入に関する線量因子」(Dose factor for inha-
lation)。「3.90E-08」だから、3.90×(10のマイナス8乗)。
単位は Sv/Bq だから、1ベクレルの吸入あたりのシーベルトだ。
これに、p.154の「呼吸レート」(breathing rate)、3.3×10⁻⁴m³
s⁻¹ を掛けて求めたのが、4番目の数字、「吸入による線量」(Inha-
lation dose)の1.29E-11だ(小数第3位を四捨五入)。単位は
①の結果と同じく、Sv / Bq・s・m⁻³ 。この計算を数式でまとめる
と、次のようになる。
3.90×(10のマイナス8乗)×3.3×10⁻⁴= 12.87×10⁻¹²
≒ 1.29×10⁻¹¹
③ トータルの線量(=ダメージ)
5番目の数字が、「線量全体」(Total dose)。①と②の和だ。
1.95×10⁻¹⁰+1.29×10⁻¹¹ = 1.95×10⁻¹⁰+0.129×10⁻¹⁰
= 2.079×10⁻¹⁰
≒ 2.08×10⁻¹⁰ (Sv / Bq・s・m⁻³ )
☆ ☆ ☆
以上は大気中に放出されたセシウム137による線量=ダメージの合計だ
が、ヨウ素131についても同様に計算すると、5番目の数字「5.14E-12」
が求められる。つまり、5.14×10⁻¹² 。ただし、ヨウ素の場合だけ「堆積速
度」は10⁻² m・s⁻¹ としてある(p.154)。表に並んだ数字を一つの式にまと
めると、次の通り。
2.70×10⁻¹⁰×10⁻² + 7.40×(10のマイナス9乗)×3.3×10⁻⁴
= 2.70×10⁻¹² + 2.442×10⁻¹²
= 5.142×10⁻¹²
≒ 5.14×10⁻¹² (Sv / Bq・s・m⁻³ )
最後にセシウム137によるダメージを、ヨウ素131によるダメージで割ると、
(2.08×10⁻¹⁰)÷(5.14×10⁻¹²)=(208×10⁻¹²)÷(5.14×10⁻¹²)
= 208÷5.14
= 40.46・・・
≒ 40 (倍)
この割り算の答が、セシウム137の6番目(右端)の数字(Ratio to 131
I: ヨウ素131に対する比)である40だ。こうして、大気中への放出に関し
ては、セシウムはヨウ素の約40倍のダメージを与えるのだから、セシウム
の等価物をヨウ素で表す時には、40倍の量へと換算するわけだ。
流石にもう、このヨウ素換算の話に関しては、このくらいで追求を止めるこ
とにしよう。他にいくらでも、やりたい事、すべき事は溜まってる。
それでは、今日はこの辺で。。☆彡
P.S. 2013年8月21日、原子力規制委員会は、福島第一の汚染水
漏れ事故に関して、レベル3という暫定的見方を提示。この認定
では、液体だから、ヨウ素ではなくMo(モリブデン)99換算という
ものが使われてた。Sr(ストロンチウム)90なら140倍、Cs137
は12倍、Cs134は14倍。かなり大きくなるので、「数千テラ(兆)
ベクレル」という表面的な数字の報道が独り歩きすることになった
(ロイター)。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
cf.放射線(放射能)の危険性と距離~2つの逆二乗法則(情報源明示)
原発から各地までの距離と、放射線の年間総量(by文科省データ)
雨の長距離ランニングで浴びた放射性物質の計算(by 定時降下物データ)
原発事故評価レベル7と、セシウムのヨウ素換算値の計算式(by INES)
福島原発レベル7の基準を読む~INES(国際原子力・放射線事象評価尺度)
原発事故はみんなが無責任、だけどね・・~東電社員の息子・ゆうだい君への応答
被曝する全放射線量の計算方法 (自然・医療、外部・内部、屋外・屋内)
放射性物質の半減期、壊変定数、質量(重さ)~微分方程式の初歩など
外部被曝におけるベクレルとシーベルトの計算式(by IAEA)
WHO(世界保健機関)による被曝線量の推定(全国、年代・経路別)
義務教育における放射線・放射能~中学校・理科の教科書&副読本
日本人の自然放射線と医療被ばく線量(『新版 生活環境放射線』2011)
(計 3868文字)
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コメント
有用な記事感謝します。素人です。記事を拝読し、理由は下記と理解しました。
- Bqは「ある物体で1秒間に回原子核の崩壊が起きるならば1Bq」として定義される。「ある瞬間の放射線の強度」に対応する単位
- 原子の数が等しい場合、半減期が長い物質は、半減期が短い物質よりもBqで計ると小さい値となる(半減期が長い=時々しか崩壊しない、であるため)
- 逆に言えば、Bqで計った値が等しいならば、半減期が長い物質は、半減期が短い物質より沢山ある。1BqのCs-137(半減期30年)は1BqのI-131(半減期8日)よりはるかに大量にある
- 大量のCs-137は長い時間をかけて少しずつ崩壊する。50年間の累積量で見るとI-131より多大な放射線を出す
- 崩壊の種別、生物学的半減期などを考えつつ上記をきちんと計算すると、Cs-137は40倍、になる
投稿: Polly | 2011年4月27日 (水) 21時34分
> Polly さん
はじめまして。コメントありがとうございます。
以下、5つのご理解について、それぞれ応答します。
まず、ベクレルの理解ですが、前半はいいんですけど、
後半の「放射線の強度」という部分が少し気になります。
同じ物質で1Bqと2Bq比較するならいいんですけど、
別の物質で1Bq同士比較する時には違うので。
2番目は正しいと思います。
3番目は、「沢山」という言葉を「原子数で沢山」と
言った方がより正確ですね。
4番目は、「多大な放射線吸収を人体にもたらす」と
言った方がより正確でしょう。
ヨウ素換算は、あくまで人体への影響の話なので。
5番目は、「などを考え」の箇所に色んなものを
含ませれば、正しいと思います。
1回の崩壊あたりの放射線の差もあるし、おそらく
重さ(正確には密度)も関係するでしょう。。
投稿: テンメイ | 2011年4月29日 (金) 02時12分
より正確な表記への訂正ありがとうございます。言葉が足りませんでした。
投稿: Polly | 2011年4月29日 (金) 11時57分
> Polly さん
いえいえ。こちらこそ、わざわざどうも ♪
ネット情報のチェックなのか、たまに専門機関からのアクセスも
入ってるので、より正確な表記を書かせて頂きました。
悪しからずご了承ください。。
投稿: テンメイ | 2011年4月30日 (土) 03時56分