PTSD(外傷後ストレス障害)の診断基準~DSM-Ⅳ-TR
3月11日に発生した東日本大震災から、1ヶ月半近くが経過。被災者や
避難民の方々の精神的苦痛は、そろそろ限界だろう。当然、心の病の問
題が生じてくるはずだが、ここまで、少なくとも精神医学的レベルの話は、
マスメディアで少ししか見ていない。聞こえてくるのはもっぱら、その少し手
前の、心のケアとか支援の話が大部分だ。
非常時には、精神科などの治療より、身体的治療や差し当たりの衣食住
の問題の対応の方が遥かに重要だからというのが、おそらく一番大きい
理由だろうと想像する。また、当初の1ヶ月くらいは、心が張り詰めてるの
で、何とかなるという側面もあるだろう。
ただ、実は精神医学における国際的な診断基準を見ると、そもそも現在
の時点では、診断が難しいことが分かる。いずれ近い将来、精神医学の
問題がクローズアップされると思われるし、この辺りで代表的な診断基準
を見ておこう。うつ病も十分考えられるが、やはりPTSDが中心だろう。。
☆ ☆ ☆
PTSD(心的外傷後ストレス障害)について、当サイトで今まで一番詳し
く書いたのは、2年半前のドラマ『イノセント・ラヴ』第4話レビューだ。そ
こでは、ヒロイン・佳音(堀北真希)と弟・耀司(福士誠治)の2人のこと
を、PTSDカップルと呼んでおいた。
その際に用いたのが、国際標準とされる『DSM-Ⅳ-TR 精神疾患
の診断・統計マニュアル新訂版』,医学書院,2004)だ。米国精神医学
会による原書は2000年発行で、今現在は第5版『DSM-Ⅴ』の作成
中。3年前後で原書が出版されて、5、6年で日本語版が登場すると予
想している。以下では、現行のDSM(Diagnostic and Statistical
Manual of mental disorder)の改訂第4版・TR(Text Revision
=基準はそのままで説明のみを改訂した版)を参照してみよう。
「第7章・不安障害」は、大まかに言うなら昔の神経症(の一部)を扱う箇
所で、パニック障害、恐怖症、強迫神経症に続いて扱われるのが、診断
名としては歴史的にわりと新しい、PTSDだ。今ではこのアルファベット4
文字のまま、日本語として流通しているが、元の英語は「Posttraumatic
Stress Disorder」。ただ、何を省略したのかハッキリ示すには、最初の
部分を2つの単語に分け、「Post Traumatic」と書く方が分かりやすい。
つまり、PTSDの「T」とは、「Trauma」(トラウマ=心的外傷)の略なのだ。
DSMの基準は一般に、かなり長い説明(20~40行程度)になっていて、
PTSDの基準も、40行にわたる細かいものだ。以下では、多少省略して
引用する(邦訳 p.450~451)。
ちなみに基準の省略は、専門医でもしばしば行ってることだ。長過ぎる説
明は、一般にはかえって不親切で、逆効果になってしまう。とはいえ、ウチ
はマニアック・サイトでもあるし、かなり原文に近い内容を掲載しておく。簡
単な説明なら、既に他の場所にいくらでも書かれてるだろう。正直、あまり
感心しない訳文でも、そのまま掲載しておく。要するに邦訳は、原文直訳
に近いのだ。おそらく意識的なものだろう。。
☆ ☆ ☆
診断基準 309.81 外傷後ストレス障害
A. その人は、以下の2つがともに認められる外傷的な出来事に暴露
されたことがある。
(1) 実際にまたは危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を、
1度または数度、あるいは自分または他人の身体の保全に
迫る危険を、その人が体験し、目撃し、または直面した。
(2) その人の反応は強い恐怖、無力感または戦慄に関するも
のである。
B. 外傷的な出来事が、以下の1つ以上の形で再体験され続けている。
(1) 出来事の反復的、侵入的、かつ苦痛な想起で、それは心像、
思考、または知覚を含む。
(2) 出来事についての反復的で苦痛な夢
(3) 外傷的な出来事が再び起こっているかのように行動したり、
感じたりする。
(4) 略
(5) 略
C. 以下の3つ以上によって示される、外傷と関連した刺激の持続的回
避と、全般的反応性の麻痺:
(1) 外傷と関連した思考、感情、会話を回避しようとする努力
(2) 外傷を想起させる活動、場所、人物を避けようとする努力
(3) 外傷の重要な側面の想起不能
(4) 重要な活動への関心または参加の著しい減退
(5) 他の人から孤立している、疎遠になっているという感覚
(6) 感情の範囲の縮小 (例: 愛の感情を持てない)
(7) 未来が短縮した感覚 (例: 正常な寿命を期待しない)
D. 持続的な覚醒亢進症状で、以下の2つ以上によって示される。
(1) 入眠、または睡眠維持の困難
(2) いらだたしさや怒りの爆発
(3) 集中困難
(4) 過度の警戒心
(5) 過剰な驚愕反応
E. 障害(基準B,C,Dの症状)の持続期間が1カ月以上
F. 障害は、臨床上著しい苦痛、または、社会的・職業的など重要な
領域における機能の障害を引き起こしている。
☆ ☆ ☆
以上、A~Fの6つの基準すべてが満たされる時、初めてPTSDの診断
が下される、というのが建前だ。実際には、医師の裁量で臨機応変に
用いられてると思うが、かなり細かく規定されてるのは確かなこと。単に、
昔つらい事があって心が傷ついているといった話ではないのだ。
特に、基準Eを見ると、診断には1カ月以上の経過が必要だと分かる。
1カ月未満の同様の症状には、「急性ストレス障害」という診断名がある
が、こちらは一般に話題になってない。大きなショックの直後、しばらく
心身が不調になるのは当たり前だし、その程度では精神科を訪れない
からだろう。精神科、心療内科の類は、以前ほどではないにせよ、まだ
敷居の高い場所であって、かなり症状が続いた後にようやく訪れる場所
だと思われる。
なお、DSMでは一般に、基準自体の前に色々と補足的説明が付けら
れている。PTSDの場合、「関連する特徴」の冒頭て、いわゆる「サバイ
バーズ・ギルト(survivor's guilt)が見られることがあると説明されている。
つまり、なぜ自分だけ助かったのかという罪の意識にさいなまれることが
あるわけだ(ただし、常にではない)。一方、うつ病その他との関係はま
だよく分かってないとのことだ。
症状は普通、外傷的な出来事(今回なら地震、津波、原発周辺からの
避難など)の3ヶ月以内に始まるが、数年遅れて現れることもある。症例
の約半分は3ヶ月以内に完全に回復すると書かれているが、これは当
然、適切な治療を受けた場合の統計で、そうでない場合には長引く恐れ
もあるだろう。もちろん、治療がなかなか上手く行かない場合もある。米
国の成人では、生涯有病率は約8%だから、少なからずの人が自分や
周囲で経験することになるようだ。
治療の基本は、他の多くの場合と同様に、薬物療法。あるいは、認知行
動療法ということになる。薬品の具体名だと、例えば有名な「パキシル」
(SSRI)、あるいは「デパケン」(気分安定薬)を挙げられる(cf.日本トラ
ウマティック・ストレス学会HP、05年掲載の手引き)。もちろん、そうした
医療行為の他に、あるいはそれ以上に、周囲の温かく繊細な心配りが重
要だろう。医師に診てもらわない患者が大勢いることを考えても、周囲の
対応は重要だ。
PTSDとかトラウマという話は、精神医学の核心の一つでもあるので、ま
た違う角度から記事を書くと思う。とりあえず、今夜はこの辺で。。☆彡
cf. パニック障害&発作、広場恐怖の診断基準~DSM-Ⅳ-TR
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(計 3339文字)
| 固定リンク | 0
「心と体」カテゴリの記事
- 看板の視線への対人恐怖、軽い社交不安障害+限局性恐怖症(DSM5)か~黒井千次『庭の男』(2022年・共通テスト・国語)(2022.01.15)
- 精神障害者等の犯罪者、全体的には健常者より少ないけど、放火・殺人に限ると・・(『犯罪白書』)&7kmウォーク(2021.12.18)
- 眞子さまの診断名「複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)」と、国際的な分類基準(ICD11英語版、DSM Ⅳ・5)(2021.10.01)
- 子どもの睡眠からの起床、アラーム(電子音)より早く目覚めるのは母親の声、もっと早いのは足音か♪(2021.08.25)
- うつ病(抑うつ状態)の心理検査尺度CES-D、日本語訳と英語原文(米国NIMH、Radloff)の対比(2021.04.18)
「医学・医療」カテゴリの記事
- 新型コロナ「レプリコンワクチン」で論争中、接種してない人への影響「シェディング」(伝播 shedding)&小雨と低温で好調(2024.10.06)
- コロナ感染者数、第11波で下降トレンドを突破して上昇、ワクチン「定期接種」は10月開始か&「風邪」回復で短めのジム(2024.07.24)
- 39度まで急上昇した体温が丸1日で低下、コロナ抗原定性検査キットの販売店を探す間もなく&リハビリ小雨マスクジョグ(2024.07.17)
- アレルギー性疾患治療薬「オロパタジン塩酸塩OD錠」5mg、効き目はあるけど即効性なら冷やす方が上&痒みに耐えてまたジム(2024.07.10)
- 飲酒で顔が赤くなる人(アジアン・フラッシュ体質)は、新型コロナにかかりにくい?~佐賀大のネット調査研究(2024.05.23)
コメント