非正規の思考、その可能性と危険性~高橋源一郎&濱野智史「論壇時評」(朝日新聞・5月)
(☆2012年2月25日追記: 最新記事をアップ。
~高橋源一郎&小阪淳&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・2月) )
☆ ☆ ☆
3月の東浩紀メイン執筆最終回で止めようかと思った、朝日新聞「論壇時評」
の批評。4月の高橋源一郎の時評が予想より面白かったので、もうしばらく
継続することにしよう。東の初回とでは、アクセスの入り方がかなり違ってる
が、高橋も確実に読者をとらえてる事がよく分かる。あと、小熊英二が想像
以上に人気があることも分かった。ブログ記事を書くということは、そういっ
た統計的データをリアルタイムで直接得ることでもあるのだ。
さて、今日は5月26日。論壇時評が掲載される、月末の最終木曜日だ。朝
日の1面トップ記事の見出しは、「『原発反対』各国で拡大」、「7カ国世論調
査 日独中韓は大幅増」。反原発寄りの朝日の調査だし、調査方法その他
詳細は27日朝刊まで不明だが、ネットではなく電話と面接で、各国1000
人~2000人規模の本格的調査とのこと。十分、「参考」にはなるだろう。
ただ、世論調査の数字、特に政治的な支持率が、その時々で大きく変化す
るという点は、大前提としなければならない。民主党にせよ、オバマにせよ、
大幅な揺れが数字で確認できた。ちなみに今回の調査は、日本が21、22
日。海外が5月上旬から中旬にかけてとのことだ。
いまだに、社会全体の関心が大震災関連、特に原発事故やエネルギー問
題に向かう中、今回の論壇時評では、小阪淳のCGも、福島第一原発らし
きイメージになっている。下に小さな施設らしき建物が並ぶ中で、白煙の中
へと高くそびえ立つ4本の黒っぽい塔。名付けて、「高度」。高度な技術の
結晶が、いまや誰もコントロールできないほど高く巨大な建造物になって
しまい、下界に暗い影を投げかけている。
これは明らかに、旧約聖書・創世記11章のバベルの塔を意識してるわけ
だ。天を目指し、人々が一ヶ所にまとまって住むために作り上げて行ったも
のの、神が人々に違う言葉を話させるようにしたため、人々は混乱(バラル)
し、バラバラになると共に、塔の建設も中止されてしまった。
小阪にしては珍しく、分かりやすくてメッセージ性の強い作品で、私も含め、
一部の読者の心をとらえたようだ。それもまた、ブログのアクセス解析から
把握できるのだ。。
☆ ☆ ☆
あらためて書いておくと、朝日の論壇時評は去年から、4つの記事の複合
になっている。今年度の場合、メインが高橋。CGが小阪。コラム「あすを
探る」は6人の論壇委員が担当(今回は濱野智史)。そして、一番控えめ
な扱いが、「編集部が選ぶ 注目の論考」だ。
実は先日から、電子版「朝日新聞デジタル」がスタートして、7月末まで無
料だから、朝日を購読してない方でも、登録さえ済ませれば、今すぐ記事
を読むことが出来る。新聞には無い、「論壇委員が選ぶ 注目の論考」ま
で載ってるので、購読者にもお勧めしとこう。
では、メインの高橋の時評について。タイトルは、「非正規の思考 原発も
テロも広く遠く」。始めの3分の2が原発関連、後の3分の1がテロ&アラブ
関連で、両者に対する態度を「非正規」という言葉=概念でまとめてある。
もちろんこの言葉は、昨今の労働事情を背景にしたものであり、「正規=
専門」の対立概念でもある。
高橋がこの言葉を見つけたのは、加藤典洋のエッセイ「死に神に突き飛ば
される」(『一冊の本』2011年5月号、朝日新聞社)の文章の中だ。この妙
なタイトルは、年配の自分たちよりも若い人々、これから生まれる人々へと
「死に神」(=原発問題)が襲いかかる様子と、自責の念を示している。
死に神を呆然と見送る加藤は、最後に責務としてこう語る。
すべて自分の頭で考える。アマチュアの、下手の横好きに似たやり方
だが、いわゆる正規の思想、専門家のやり方をチェックするには、こ
うしたアマチュアの関心、非正規の思考態度以外にはない
これはもちろん、専門家に足りない部分を外部から補う、あるいは付加す
るという意味であって、正規の思想や専門家の全否定ではない。「すべて
自分の頭で」とは、人文系の書き方、強調表現であって、理系なら「なるべ
く」とか「もっと」と書く所だろう。そもそも、「チェック」に必要なシーベルトや
ベクレルという基本用語は、完全に正規=専門の言葉であって、最初は
誰しも、直接的あるいは間接的に、正規の説明を読んだはずだ。「メルト
ダウン」、「半減期」、「水素爆発」もそうなのだ。
☆ ☆ ☆
では、高橋が実際に「非正規」と呼ぶのは、どんな思考なのか。『世界』6
月号の孫正義の文章「東日本にソーラーベルト地帯を」については、反
原発と、非・岩波書店的(=資本主義的)という意味であって、わざわざ
非正規と呼ぶほどのものではない。
それに対して、河野太郎の反原発論は、自民党の大物議員でありながら、
ネット上の生中継で「反・反原発」の池田信夫に応答するという点で、非正
規と呼ぶに値するかも知れない。専門家に見られない新しい様式で、しか
も好ましいものだ。ただし、もちろんその価値は様式に関するものであっ
て、「反原発」という姿勢自体とは一応分けて考える必要がある。
高橋自身はむしろ、河野が「まだ存在せぬ人びと(これから生まれ出る
人々)を、この問題の大切な関係者として召喚すること」を、非正規と感
じてるようだが、それは大昔から正規にある話のはずだ。「召喚」といっ
た現代思想的な用語の目新しさは、文学的ではあっても、本質的なもの
ではない。原発は文学ではなく、社会的現実なのだ。
けれども、さらに抽象的・一般的に突きつめて、「非正規」を「テーマが切
迫したものであればあるほど、逆に、広く、遠く、枠を広げて論じる姿」と
考えるのなら、河野の姿勢にもそういった側面はあるし、文明論の中で
考えようとする関曠野(『現代思想』5月号)や中沢新一(『すばる』6月号)
の議論は、より非正規なものだろう。
とはいえ、最も重要なことは、非正規の思考が本当に良いものかどうかと
いう事だ。例えば中沢は、原子力技術というものは、本来そこに所属しな
い外部を我々の生態圏に持ち込む一神教と同じであり、文明の大転換を
試みなければならない、と語ってるらしい(直接には未確認)。
これを高橋は、「奇異には聞こえない」と評価してるし、私も興味が湧く。
しかし、専門家はともかく、「アマチュア」でさえ、なかなか付いて行けない
発想だろう。ここで高橋の視界に入ってないのは、自らが「人文系的思考
の専門家」の側にいるということだ。どちらの側の専門家でもない立場か
らすると、まさにバベルの塔の最期のように感じられるのではないか。
つまり、原子力の専門家も高橋・中沢も、互いに自分たち独自の言葉を
語り、話が通じ合わない状況にも見えてしまう。
「非正規」とは、正規の側や第三者の側から見ると、別の意味での「正規」
になる可能性、あるいは危険性があることを忘れるわけにはいかない。特
に今現在、普通の意味での正規、つまり原子力の専門家が、全面的に批
判を浴びる中では、尚更そういった視線を持つ必要がある。
正規・非正規とは、相対的なもの、反転可能なものであり、ある観点にお
ける非正規に立つ主張も、別の観点からすると正規になり得る。当然、「非
正規」性は、主張の価値を決める絶対的基準にはならないのだ。
☆ ☆ ☆
そうした注意点や危険性にはもちろん、高橋自身も一応(薄々と)気付いて
る。というのも、時評の最後に、パレスチナ人作家・カマール・ハラフが書い
た、「はっきりと、シリアの体制を支持する」という「驚くべきタイトルのコラム」
を取り上げて、高く評価してるからだ。「・・・魂の叫びを感じた。そして、これ
こそが『非正規の思考態度』ではないか、という思いも」。
高橋自身の文脈では、根本的には、「原理主義・テロ vs アメリカ」という
構図が「正規の思想」であって、それがもはや古いという話になっている。
でも、読み方によっては、「若者たちのアラブ民主革命」という「美しいイ
メージ」が、新しい正規(=体制的・固定的存在)になってしまう危険性を
指摘してるようにも感じられる。
そうした危険に気付いてるからこそ、「無慈悲な弾圧を続けている、と誰も
が疑わない」シリアの体制を支持する過激なコラムを称賛してるわけだ。
もちろん、高橋自身がシリアの体制を支持するかどうかは、全くの別問題
である。
結局、何が正規で何が非正規なのか、何が良くて何が悪いのか、固定的
な枠組や視点ではとらえきれない時代であって、ダイナミックに変化する時
代の中で、「広く、遠く」「自分の頭で」考え続ける必要がある。その際、重
要な根本的姿勢は、「外部」や「他者」への考慮・配慮だろう。この平凡な
事実を、労働問題と専門家批判を背景にして新たに言い換えたのが、「非
正規の思考」というメッセージなのだ。。
☆ ☆ ☆
一方、高橋の時評の左に位置するコラム「あすを探る」は、メディアがテー
マの回で、担当は濱野智史。80年生まれの若い批評家で、童顔の写真
を見ると、大学生のようにも感じられるほどだ。
タイトルは、「『大衆2・0』 流言を自浄も」。正直、「Web2.0」以降、新し
いタイプを示すはずの「・・・2.0」という常套句は、もはや古い流行語、し
かも決して一般化しなかった言葉だと感じてしまうが、ネット系の論者の一
部がその後も好んでるのは耳にしてるから、軽く受け入れておこう。枝葉
末節や言葉の趣味にこだわるようでは、開かれた議論にはならない。
濱野の議論は、この用語もそうだし、内容も姿勢もかなり若い。つまり、ツ
イッターやネットは基本的にポジティブ評価、それに対する政府期間(総務
省)の制限要請は厳しく批判。したがって、ネット上のデマ・流言は、大衆
の新たなあり方、自浄作用を持った「大衆2.0」に期待しようというものだ。
その際には、荻上チキの語るような「流言ワクチン」で、あらかじめ免疫力
を高めることや、真偽をチェックしてデマを火消しする「検証屋」を育てるこ
とも重要だろう、と主張する。
☆ ☆ ☆
私自身、毎日ネットを使うブロガーだし、震災後は、正しい情報の伝達に
努めて来た。おかげ様で、大量のアクセスも頂いてるし、少なからずのリ
ンクも頂いている。つまり、「うわさ屋」というより「検証屋」として情報発信
して来たつもりであって、その意味でも、ネットに自浄作用があるのは分
かるし、そこに期待する気持ちにも共感する。
ただ、規制を望む政府への反論の形で、河野太郎の発言を引用する仕
草(やり方)はどうだろう。「政府機関が放射能問題について安全である
と繰り返すのは、国民の不安をいたずらに煽るだけの流言飛語ではない
かと批判したのである。これは実に見事な指摘である」。
元の河野の言葉も、濱野の引用も、非常に「政治的な」言葉であって、ネッ
トや社会に今必要なことは、こうした一般受けしやすい主張に対して、一呼
吸おくことである。残念ながら、その後の濱野の語り口も、そうはなってい
ない。「ネット上の流言飛語をことごとく削除することができたとしても・・・火
に油を注ぐ『燃料投下』にしかならない」、「『政府にとって都合が悪い事実
が含まれていたに違いない』という推測を煽るだけ・・・」。
具体的に考えてみよう。例えば、関西での節電呼びかけチェーンメールに
対して、政府の支持に基づき、携帯各社が規制をかけたとする。その際
には、関西電力の公式HPを確認するように申し添える。議論のための一
例であって、私がこうした規制を積極的に提案しているわけではないので、
念のため。
すると、もちろん疑う人間も出て来るだろうが、なるほどと思って関電のサ
イトをチェックする人も少なくないはずだ。当然そこでは、チェーンメールや
節電呼びかけは否定されている。これで終了。燃料投下にしかならない訳
でもなく、煽るだけなのでもない。これが、一呼吸おいた冷静な思考という
ものだ。
ちなみにこの場合、濱野が援用する、清水幾太郎の古典的著作『流言蜚
語』の分析にもあまり当てはまらない。関電が節電を求めているというデマ
は、「知識の断片と断片との間に溝があり・・・到底・・・満足させることが出
来ない」状況において、「溝を埋めようとする『セメント』」として生みだされ
る」というより、単なる素朴で間違った善意の想像なのだ。
ネットを肯定し、政府を批判する。それは、一つの政治的身ぶりとして自
由だろうが、高橋の議論と比較した時、どうだろう。ネット、特にツイッター
は、普通の感覚ではまだ非正規な情報メディア、非正規な集合的思考で
あって、濱野の議論は、それを肯定する側の普通の主張だ。しかし高橋
の場合、ツイッターやフェイスブックを活用した若者たちのアラブ民主革
命、非正規の行動やそのイメージにさえ、別の角度から、正規として見直
す思考が存在している。
大量の情報や様々な意見が交錯し、考えや態度の決定に迷う状況の中、
本当に大切なことは、専門家の意見も聞き、その時点で「正規」と思われ
るような立場にも目配りした上で、落ち着いて「もっと自分の頭で」考え、
行動することなのだ。
非正規の思考には、確かに新たな可能性が広がっている一方で、危険
性も含まれている。その最たるものは、いつの間にかそれが「正規の思
考」のように機能してしまい、硬直化し、外部への想像力を失ってしまうこ
とだろう。言うは易く、行うは難し。各自が地道に、少しずつ実践していくし
かないわけだ。
それでは、今月はこの辺で。。☆彡
~高橋源一郎&濱野智史&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・11月)
~高橋源一郎&平川秀幸&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・12月)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2010年・4月)
「新しい公共」と他者への理解~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・5月)
理想を語り、現実を変えること~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・6月)
(計 6465文字)
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