みんなで上を向いた先に真実はあるか~高橋源一郎&平川秀幸「論壇時評」(朝日新聞・6月)
(☆2012年6月30日追記: 最新記事をアップ。
~小阪淳&高橋源一郎&平川秀幸「論壇時評」(朝日・12年6月) )
☆ ☆ ☆
メインの執筆者を東浩紀から高橋源一郎に代えて始まった、2011年度の
「論壇時評」。私としては、さほど批評し続ける意志も無かったが、ここまで
毎回、予想を超えて面白いので、今回も書かざるを得ない。検索アクセスも、
1ヶ月の掲載間隔を通じて、途絶えることなく入って来るので、世間一般の
評判もわりと良いのだろう。
さて、月の最終木曜日である今日・6月30日、朝日新聞・朝刊に掲載され
た複合記事「論壇時評」では、いつものように中央に大きく、小阪淳のCG
がある。この春からは、現代文明をイメージした画像で、今回のタイトルは
「先端」。これまた、去年とは大違いで、かなりメッセージ色の強い作品だ。
前回は「高度」と題して、福島第一原発とバベルの塔を思わせる、4つの塔
が暗くそびえ立ってた。それに対して今回は、1本の風力発電機が中央に
大きくあり(東京スカイツリーに類似)、下には小さな風車が無数に敷き詰
められてる。中央の1本の「先端」(最上部)には、葉が生い茂った木があっ
て、小さな風車がアクセサリーみたいに飾られてる。クリスマスツリーみた
いな感じで、その風車からヒモでぶら下げられた「プレゼント」らしき物は、
太陽光発電のパネルのようだ。
木=緑と太陽光パネルは、中央の大きな風車の全体にも見られるが、ま
ず気になるのは、パネルが整然と並んでなくて、パラパラと落ちそうになっ
てる点だ。それ以上に引っ掛かるのは、澄みきった青空に伸びている風車
が、美しさとか心地良さとはかなり離れてる点だろう。小阪の画風もあるの
だろうが、全体がゴチャゴチャと入り組んでいて、まるで現在の自然エネル
ギーをめぐる議論と対立をイメージしてるかのようだ。
風車の羽も、妙に本数が多くて、中央のものには8本も付いてるし、羽の
「先端」の一部は鋭く尖ってて、エコロジカルな柔らかさより、むしろ危険性
を感じさせる。そして、最もハッとさせられるのは、よく見ると羽が固定され
てないことだ。宙に浮いてる形だから、風が吹いても回らないだろうし、す
ぐに落ちてしまうだろう。羽のそばの木をなぎ倒すようにして。。
この小阪のCG、反原発寄り、自然エネルギー寄りの高橋には、どう見えた
だろうか。ちなみに私も、どちらかと言えば高橋の立場に近いが、彼よりは
中立に近い人間だ。その理由は色々あるが、一言でまとめるなら、「代わり
のもの」があまりに曖昧で不確定だからだ。自然エネルギーにせよ、電気エ
ネルギーをあまり必要としない新しい生き方にせよ。
確かに原発は、危なくて怖い。トータルのコストが安くつくかどうかも微妙だし、
トータルで地球環境的にどうなのかも怪しい。しかし、だからと言って、総合
的に見て、原発さえ下回るものを選択するのもおかしな話だ。したがって、
今こそ冷静かつ大局的に考察すべき時だと、私は思ってる。。
☆ ☆ ☆
CGに続いて、複合記事のメインとなる、高橋源一郎の時評を見てみよう。
今回のタイトルは、「原発と社会構造」「真実見つめ 上を向こう」となってる。
右側の高橋の写真も、わかりやすく上を見つめるもので、視線の先にはこ
のタイトル=見出しが位置してる(鈴木好之撮影)。
前回は、「非正規の思考」と題して、専門家ではない素人の立場から考え
直すことが多角的に論じられてたが、もちろん「非正規」という言葉は、昨
今の(日本の)労働事情を表してる。その前フリを受ける形で、今回は労
働問題そのものから話がスタート。ただし、議論全体は、労働問題を遥か
に超越した次元に関する、やや文学的な内容だ。
冒頭は、20歳の頃、大手自動車工場の季節労働者をやってた話から始
まる。初耳だなと思ったら、写真の下のプロフィールに、「作家デビュー前
の20代の10年間、肉体労働の日々を送った」と書かれてた。時は、労働
運動が落ち着いた後。かつての「左派」の生き残りが、一人孤独に無視さ
れてたので、高橋は話しかけてみる。
高橋 「この職場、暗いですね」
相手 「労働運動がなくなったからね」
高橋 「・・・労働運動って、何ですか?」
相手 「みんなで上を向くことかな」
この会話の最後、相手が数秒押し黙った後でしぼり出した文学的な言葉が、
高橋の時評タイトルになっている。
その後、電力総連(組合の連合組織)から事故へのメッセージが出てないこ
とが指摘された後(実はHPに一応ある)、木下武男の説が紹介される。50
年代の民間大企業の争議で、産業別労組を中心にした労働運動側は敗北。
「労働者」は企業ごとに横に分断され、「カイシャイン」となり、各企業内で縦
に上昇する競争システムが組み込まれた。結局、会社内での「労使癒着」に
よる「チェック機能の完全喪失」が生じた、というわけだ。
この場合、企業内で不都合なことがあると、他の会社へと回してしまいたく
なる。その典型例が、被ばく量の多い廃棄物処理(ラドウェイ作業)を請負に
回すことを要求する、東電のある社員の姿ということになる。この請負の被
曝労働は、今野晴貴によると、農村や都市スラムから動員された作業員が
受け持つことになるそうだ。そして、彼らの姿は、「電力の消費地帯としての
東京」からは見えない、とされる。
この種の話は、刺激的で参考にもなるが、詳細が実証的に示されない限り、
すぐそのまま真に受けることは出来ない。そもそも、おおまかな構図として
は、昔ながらの左寄りの議論、あるいは格差論であって、それを原発事故
にあてはめてることになる。実際は、東電の社員だけでも色々のはずだし、
労働組合のせいでチェック機能が「完全」喪失したというのは、強調のため
の言い回しだろう。「労組によるチェック」が消えたとしても、他のチェックは
可能なはずだから。そもそも、労組など実質的に無い職場も少なくない。
☆ ☆ ☆
続いて、高橋の視線は、原発と地域社会の関係に向かう。まだ20代、福島
県出身の大学院生・開沼博の長大な論考『「フクシマ」論 原子力ムラはな
ぜ生まれたのか』に注目したわけで、これは面白そうだから、私も後で早速
確認してみたいと思う。原子力ムラとは、よく話題になる産・官・学の共同体
ではなく、福島の例のように、原発を選んだ地方のことだ。
高橋の紹介だけ読むと、何となくだが、福島への気遣いが感じられる。つま
り、外部から、被災者たちの誤った選択を指摘するのは難しかったのか、
責任の所在が曖昧な語り口になってるのだ。しかしおそらく、福島県の院生
なら、福島の失敗の側面を、もう少し真正面から語ってるのではないか。結
果的失敗か、元からの失敗かはともかくとして。。
(☆追記: 「フクシマ」論を手に取ってみた。ユニークでタイムリーな、質
の高い「修士論文」だと思う。やはり、高橋の語り口よりはもっ
とハッキリと、原子力ムラの側の「服従」について語ってた。)
以上の2つ、労働問題と原子力ムラの実情は、どちらも今まで「見えない」
もので、それを専門家が「見える」ものにしてくれた形だ。しかし、鷲田清一
が、メルロ=ポンティの現象学を意識しつつ語る所によると、「見えている
のに見てこなかった」ものはさらに多いのでは、ということになる(『科学』
2011年7月号)。
したがって、専門家が見つけてくれたものに限らず、それを見ようという素
人の強い意志が必要だ、と高橋は語る。これは、「ある意味」正論なので、
私も早速、高橋が最後に紹介したYouTubeの動画2本とツイッターを見た。
まず、アニメの宮崎駿から菅首相への、自然エネルギー礼賛的な激励メッ
セージ・ビデオ。これはごく短いもので、要するに宮崎という超有名人が堂々
と語ったという点に意味があるのだろう。もう1本は、論壇時評の4月にも登
場した、歴史社会学者・小熊英二。反原発のデモに参加した際の演説で、
独特の興味深さが色々あったのは確かだ(とだけ書いておく)。
小熊の人気は、あの喋り方にもあるのだろう。現代の論客の中では、比較
的フツーで、わりと馴染みやすいと感じた。それは、カジュアルな普段着や、
自然に伸ばしただけのようなヘアースタイルにも表れてる気がする。ちなみ
に彼がその演説で話題にした、保守派・西尾幹二による脱原発論は、今月
の「編集部が選ぶ 注目の論考」にも入ってる(『WiLL』7月号)。
高橋の時評の最後は、動画に続いて、作家・矢作俊彦のツイッター(かなり
刺激的で好印象)を紹介した後、こう結ばれる。「共通しているのは、忘れら
れていた『みんな(傍点付き)で上(未来)を向こう』という思いではなかったか」。
ここで注意すべき点が2つある。まず、最初からみんなで上を向こうとする
のか、将来的にみんなで上を向こうとするのか、という違い。最初からだと、
不可能だし実態にも合ってない。しかし将来だと、単なる希望的観測か文学
的幻想のようにも聞こえる。
もう一つの注意点は、上(未来)の方向の広がりだ。みんながそれぞれ上を
向いた時、その方向はほぼ一致してるのか。それともバラバラなのか。また、
一人の人間が上を向いた時、空の広がりと深さはどの程度で、それがその
人の歩みとどう関わるのか。
みんなが「真実」という一点に向けて顔を上げるというのは、今のように混迷
した時代に、甘美な香りを漂わせる。だからこそ、情動的に引き寄せられる
ことなく、甘美さの実情を冷静に見極める必要があるのだ。
なお、先月の高橋は、専門家に対して素人の視点が強調し過ぎていたが、
今月は専門家との適度な関わり合いを模索している。やや、一部の専門家
を信用し過ぎてる感はあるが、方向性としては好感を持てた。
ちなみに個人的には、みんなが見ようとしないものの代表例は、放射線の計
算だと思ってる。多くの人が、基準値や測定値を気にしつつ、その間の関係
を数式で結びつけることは出来ないままだ。単なる加減乗除(+-×÷)の算
数だから、見ようとすれば見えるはずだし、数字や用語の理解も深まる。無用
な不安を鎮めることも出来る。線量計算の全体を網羅したまとめ記事として、
1つだけリンクを付けとこう。。
被曝する年間放射線量すべての計算方法(自然・医療、外部・内部、屋外・屋内)
☆ ☆ ☆
最後に、複合記事「論壇時評」の左側に位置するコラム、「あすを探る」に
ついて。今月のテーマは「科学」で、大阪大学・准教授で科学社会学が専門
の平川秀幸が担当。タイトルは、「異なる意見集め磨く信頼性」。
平川の議論は、高橋と違って学術的で、一見難しそうに見えてしまうが、実
は非常にシンプルな内容だ。専門家もメディアも信頼できないことは、ますま
す明らかになっているので、多くの情報・知識へと「分散投資」すべきだという
のだ。比較的信頼できる情報を多く集め、誤りのリスク(危険性)をヘッジ(低
減)する。つまり、安定性や収益性の高いポートフォリオ(投資の組み合わせ)
を作るべきだというのだ。市民レベル、政府レベル、さらに社会全体でも。
情報は(ほとんど)全て不確定だから、複数のものに「リスク分散」すべきだと
いう基本的な考えには賛同する。ただ、複雑な金融工学が「100年に1度」の
金融危機を世界にもたらした、リーマン・ショック後に、こうした投資テクニック
の話を持ち出されると、たとえ単なる比喩としても、微妙なものを感じてしまう。
☆ ☆ ☆
問題点は2つある。、まず、本質的なことは、リスクの計算自体にリスクがあ
るという点だ。「リスク計算が誤るリスク」を、新たなリスク分散で低減しようと
すると、更なる別の計算が必要になり、分散の無限後退、無限拡散へと進
む恐れが生じてしまう。私が最近、最も気になってる事の一つは、まさにこの
リスク計算なのだ。これが無ければ、原発よりも脱原発・反原発の方が優れ
ているというような話も、定量的・客観的にはやりにくいわけで、結局はイメー
ジ・趣味・流行・情念のレベルになってしまう。
もう一つは、投資の世界でヘッジファンドという存在が話題になってた頃、耳
に入って来た、技術的な話だ。為替取引はもちろん、株式投資でも、注目す
る投資商品(米ドル、ある企業の株など)の値段が下がった時に儲けること
はしばしば可能で、実際に行われてるらしい。そこで、様々な投資を組み合
わせて、相場全体が上がっても下がっても儲かる組合せ(ポートフォリオ)と
いうものを目指す動きが生じる。
常識的に考えて、理想論に過ぎない感じを受けるわけだが、明確な欠点と
しては、ポートフォリオを組むためのコストが必ずかかるという点だ。この
コストは、事が複雑になればなるほど増すのに対し、儲けの方は限られて
いる。結局、トータルで長期的に儲かるのは投資家ではなく、ポートフォリオ
を組む業者=ヘッジファンドだけだろうとかいう指摘があって、なるほどな
と思ったわけだ。中高年を次々と新しい投資信託に乗り換えさせ、手数料
を確実に稼いでいく証券会社の姿も、昔からお馴染みだろう。
もちろん、投資ではなく一般の情報や行動の選択では、少し様子が違って
来る。少なくとも、一般市民の場合、別にプロにお金を払ってリスク分散し
てもらうわけではない。ただ、自分でやるにせよ、相当な手間ヒマがかかる
わけで、そのマイナスは、リスクを分散しようとすればするほど、増してしま
うのだ。肝心のリスクの低減は、たとえ可能としても、限られてるだろう。
したがって、「ポートフォリオ」を組むという発想に頷くのは、なかなか難しい。
ただ、適度なコスト(手間暇という費用)で可能ならば、リスク分散が大切な
のはその通りだろう。もちろん、リスク計算というものに、実質的意義がある
ことを前提とした場合ではあるが。ちなみに昨日の日経HPは、安定的運用
の中心銘柄である東電の株が、今年上半期の下落率No.1だと伝えてた。
結局、高橋と平川、2人の議論を読んで言えることは、素人も専門家も、誰
とどこを向いて、どう進めばいいのか、非常に難しい状況の中でも考えざる
を得ないということだ。考えた先、進んだ先に、「真実」があると期待するの
は、人間の生にとって重要ではあるだろう。たとえ、「真実」など無いにせよ。
それでは、今月はこの辺で。。☆彡
~高橋源一郎&濱野智史&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・11月)
~高橋源一郎&平川秀幸&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・12月)
~小阪淳&高橋源一郎&平川秀幸「論壇時評」(朝日・12年6月)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2010年・4月)
「新しい公共」と他者への理解~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・5月)
理想を語り、現実を変えること~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・6月)
(計 6766文字)
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