スローな民主主義と『スローなブギにしてくれ』~高橋源一郎&森達也「論壇時評」(朝日新聞・7月)
(☆2012年2月25日追記: 最新記事をアップ。
~高橋源一郎&小阪淳&菅原琢「論壇時評」(朝日新聞・2月) )
☆ ☆ ☆
人気作家・高橋源一郎をメインの筆者とする、朝日新聞の月1回の大型複
合記事、「論壇時評」。今日(7月28日)のオピニオンページに掲載された
7月分も面白かったので、論評することにしよう。去年4月から今年3月まで
の、東浩紀をメインとする時評の論評も含めて、これで16ヶ月連続の記事
となる。平均で1本、5000字程度だろうか。市民ランナーとしては、定期的
に長距離走を行って、持久力を高めるような感覚だ。
今回もまず、小阪淳の現代文明をイメージしたCG作品からスタートしよう。
記事全体の中央上部に大きく置かれた、「熱源」と題する作品は、暗黒の
世界で不気味に光を放つサッカーボールのような球体を描いてる。
もちろん、なでしこJAPANのW杯優勝による盛り上がりもイメージしてるわ
けだが、地球の各地でエネルギー関連の大事故が起きてる様子にも見え
るし、太陽の表面でコロナが広がってるようにも見える。さらに、古典的模
式図の原子核からエネルギーが放出されるイメージのようにも解釈できる。
極微の原子の世界から太陽系の天体まで、様々なレベルで、球体が大き
な熱源となってるのは、偶然なのか、あるいは必然なのだろうか。。
☆ ☆ ☆
続いて、メインである高橋源一郎の時評。今回のタイトルは、「情報公開と
対話」という小さめの活字の後に大きく、「スローな民主主義にしてくれ」と
書かれてる。
東の時もそうだが、時評のタイトルを誰が付けてるのかはハッキリしない。
編集部が付けてるような気もするが、その場合でも当然、筆者の了解を得
たものだろう。特に、高橋の場合は、言葉そのものにこだわりを持つ文学
者だから、記者が勝手に付けたタイトルだとは考えにくい。ただ、もし高橋
が関与してないにせよ、高橋の時評の中で圧倒的に目立ってる言葉が、
「スローな民主主義にしてくれ」であるのは事実だ。そこで今回は、珍しくこ
のタイトル自体に注目してみよう。
時評の中身にも書かれてる、「スローな民主主義」でGoogle検索すると、
約283000件ヒットする。一方、「スローな してくれ」という独特のフレー
ズだと、約4930000件のヒットで、結果のトップ3は「スローなブギにして
くれ」だ。試しに、検索オプションの「語順も含め完全一致」を使って再検索
すると、「スローな民主主義」が約3020件。一方「スローなブギにしてくれ」
は約173000件もヒットする。
よって、今回の時評のタイトルが、「スローな民主主義」という考えだけで
なく、「スローなブギにしてくれ」という昔の人気作品(小説、映画、歌)をも
意識したものだと考えるのは、自然なことだろう。そこで、試しに調べてみ
ると、高橋の時評内容との興味深い類似を発見できたのだ。特に、首都
圏に住むバイク好きの私にとっては、心に沁みる話だった。。
☆ ☆ ☆
そもそも「ブギ」とか「ブギー」と言っても、現代日本だと一般になかなか馴染
みはないし、ウィキペディアや辞書を検索しても、米国の黒人ルーツの1小
節8拍のピアノ音楽だとか、ジャズ系のダンス音楽だという簡単な説明があ
るだけで、イメージが湧かない。
そこで、元の言葉である「boogie-woogie」(ブギウギ)で動画検索すると、高
速でリズミカルでノリのいいピアノ演奏と共に、楽しく踊りまくる外国人男女
の映像が映し出された。日本語の「ウキウキ♪」と音声的に似てるのも、偶
然ではない気がしてしまう。英語版ウィキその他を調べても、やはり「アップ
テンポのブギ」が普通のようで、だからこそ逆に、「スローなブギ」というもの
の特殊性が浮き彫りになって来るのだ。
「スローなブギにしてくれ」は、高橋より一回り上、現在71歳の人気作家・
片岡義男の代表作(75年)で、浅野温子と古尾谷雅人で映画化もされて
るし(81年)、南佳孝による同名の主題歌もヒットしている(おそらくスロー
なブギの実例)。
角川文庫の同名の短編集で、59ページの表題作をチェックしてみると、
アッと言う間に読み終えたほど、面白くて感傷的な「青春」小説だった。も
ちろん、文庫カバーに、「わかってない奴らは、これを『青春』と呼ぶ」と書
かれてるのは、承知の上。青春と呼ばれるのを否定することこそ、青春の
証しなのだ。
ここでの議論に重要な点だけ書いておくと(ネタバレ注意)、主人公は、バ
イク好き、スピード好きの少年・ゴローと、生活感のない猫好きの少女・さ
ち乃。ある日、東京と横浜をつなぐ高速道路・第三京浜で、少女が猫と共
に、外車から捨てられる。たまたま通りがかった少年が助けて、やがて2人
は一緒に住むことになるが、増え過ぎて少女が面倒みきれなくなった猫を、
少年が捨てたことをキッカケに、2人は激しく衝突。少女まで捨てられるが、
捨てた少年の側もその後かなり荒れてしまう。
やがて少女は、少年のもとに帰って来た。場所は馴染みのスナックで、バー
テンが「記念に音楽を贈ってやるよ。なにがいい?」とたずねると、少年は
ふるえる声で、「スローなブギにしてくれ」。やがて店のジュークボックスから、
スローなブギが流れ始めた。。
☆ ☆ ☆
世代的に考えても、高橋も当然、この小説は知ってるだろう。マシンでス
ピードを出したがる少年に対して、少女は「こわいから、ゆっくり走って」と
いう。これに対する少年の反応は微妙だったが、最後は「スローな」ブギを
注文したわけだ。
これは、出来過ぎた類似だろう。もちろん、マシン好きでスピード好き、表
面的な主導権を持つ少年が、原発派。一方、小さな命を大切にして、ス
ローな変化を求める、ちょっと現実離れした少女が、反原発派だ。たまた
ま一緒になった両者は、激しく衝突しながらも、最後は和解し、再び共生
をスタートする。お互いの不十分な「情報公開」のもと、まだ18歳の若い2
人が、真摯な「対話」を模索するわけだ。
今回の高橋の時評は、要するにそうゆう事だ。やや反原発、反政府・東電
よりの高橋だが、様々なものに対して、じっくりと対話する姿勢を見出して
いく。フィンランドの、放射性廃棄物の最終処分場を描くドキュメンタリー映
画、『100000年後の安全』。国策として原発を推進するフランスの代表、
ジャック・アタリの発言(実際に『Voice』8月号を読むと、対話というより強
気の理知的主張)。
さらには、日本原子力学会の学会誌『アトモス』&学会倫理規程。そして、
「熟議民主主義(スローな民主主義)」や「スローライフの政治」を唱える、
丸山仁の論考(『現代の理論』、夏号)。
スローな政治と言えば、去年10月、東浩紀の論壇時評で話題になった、
「ファスト政治」を思い出す。大衆の即時的で感情的な意見を中心とする、
現在の政治状況をややシニカルに語る言葉だが、「ファスト化」して良いも
のと悪いものがあるわけで、忙しい人の食事や衣服は、前者の代表。原
発を含むエネルギー政策のようなものは、後者の代表だろう。
非常に困難な問題だが、もう今しか考えるべき時はない。大震災の混乱が
一段落した現在こそ、一人一人が自分の問題としてじっくり考え、対話すべ
き時なのだ。そのためには情報公開や透明性が必須だと、高橋もアタリも
強調するが、私はむしろ、我々の側がもっと積極的に、今ある情報と向き合
うことの方が大切だと思う。すぐに出来る有効なことなのに、まだまだ実行
されてないからだ。
情報が少ないという指摘が目立つが、既にある情報だけで、真剣に取り組
むと大変な作業となるはず。当サイトとしては、これまで同様、今後も地道
に、独自の突っ込んだ記事をアップしていくつもりでいる。特に配慮している
ことは、しっかりしたエビデンス(根拠: 元になる文書・データなど)に基づく
ことと、「定量的な議論」を正確に行うことだ。
たとえば、危険性があるか無いかという二分法=二項対立は、実質的意味
がない。重要なのは、「どのくらい危険か」という定量的議論であって、その
ためにも、確率・統計学というのは根本的に考え直してみる必要があると思っ
ている。安全性、想定外、効率、コストパフォーマンス、いずれも基本的に、
確率や統計と関わる概念なのだ。
☆ ☆ ☆
なお、いい意味で予想を裏切られたと、高橋が高く評価している、原子力学
会誌の3つの文章(小出重幸、北村正晴、長谷川眞理子)すべてに目を通
したが、私から見ると普通の文章だった。おそらく、高橋の予想がかなり低
いレベルだったから、意外に良いものに見えたのではないだろうか。いずれ
も、学会HPで簡単に無料で読むことが可能だ。。
あと、海賊の本質を「国家の敵・国民の友」とし、それはウィキ・リークスも同
じだとするベネディクト・アンダーソンの論考(『現代思想』7月号・国家の見
えざる敵)については、全く別の話であるし、差し当たりコメントは差し控える。
ウィキ・リークスこそ「新しい民主主義」だと、高橋は言いたげだが、原発より
遥かに情報公開や透明性が足りないのではないか。
海賊とか民主主義の話とは別の、一般論として、まずリークすべきは、他の
ものに関してリークし続ける、自らの組織の情報そのものなのだ。もしそれ
が、危険だから出来ないというのであれば、国家の情報管理と同じこと。そ
れぞれの当事者に応じて、ある種の情報は、出すべきでないという、当たり
前の事の再確認につながるだろう。もちろん、出すべきでない情報の線引
き(=選択)に関しては、正々堂々と真正面から議論すればいいわけだ。。
☆ ☆ ☆
一方、論壇時評のページの左側に位置する、「あすを探る」。今回は「社会」
のカテゴリーで、執筆者は映画監督・作家としてお馴染みの森達也。タイト
ルは、「後ろめたさが視界を変える」。内容もタイトルの通りで、震災や原発
事故に関する後ろめたさを持ち続けることこそ重要で、その僅かな心がけ
によって、「僕たちの視界は、きっと劇的に変わるはずだ」という話だ。
冒頭の議論に関しては、私もほぼ同意する。つまり、「想定外」という言葉
が強く批判されているけど、我々のほとんどにとっても想定外だったはずだ
し、政府や東電を責めるのなら、自分をも責めなければならない。こうした
点は、当サイトではたとえば、毎日新聞に投稿した東電社員の息子・ゆう
だい君に関する記事において、既に書いている。
ただ、主たる内容である終盤は、かなり引っ掛かる内容になっている。「が
んばろう日本」、「日本は一つ」などの常套句を批判し、「誇り」や「品格」と
いった言葉の使用を「とても浅薄だ」と語っているが、少なくともこのコラム
を読んだだけでは、何が問題なのかよく分からない。正確に言うと、なぜ自
分の中の疼きや後ろめたさを抱え続けることが良くて、例の常套句や言葉
が悪いのか、説明できてない。
これでは、単に趣味とか好みの問題、あるいは性格の違いにすぎないよう
な気さえ、してしまうほどだ。同意見の者の間でだけ共感を得られる類の、
「内向き」の議論になってしまっている。「頑張ろう」の問題は、当サイトで4ヶ
月前に考察してあることで、ポイントの一つは、代わりになる激励や支援の
言葉が何なのか、ということ。森は批判だけ行って、代案を出せてないのだ。
涙でバラエティ番組を非難することは問題ないが、「代案」にはなってない。
おそらく森には、疼きや後ろめたさを抱えること自体が実は快楽「でも」あ
る、という発想が乏しいのだと思う。もちろんそれは、人間として大切なこと
だし、そこにある種のナルシシズム(自己愛)的な心地良さを感じることは、
別にいけない事ではない。ただ、それのみを素晴らしい事のように賛美し
て、他はかなり感情的に否定するというのは如何なものか。
私なら、疼きや後ろめたさを持って、ブログで震災関連記事を書き続ける
と共に、生活の中で必要な場面では、自分(たち)に頑張ろうと言う。自ら
の品格や誇りも、普通に重視する。もちろん、頑張ろうという言葉を使う場
面には配慮が必要だし、品格や誇りという言葉の意味も重要だ。しかし、後
ろめたさが良くて、頑張ろうや誇りがダメだというような主張は、もし意見の
異なる相手との「対話」を求めてるのなら、もっと説得的に語る必要がある。
その辺り、高橋の議論の方が、遥かに事の本質を理解してるわけだ。拙
速な批判や議論ではなく、スローな民主主義にしてくれ。男と女、原発推進
派と反対派、まったく異なる立場の両者が、お互い少しずつ譲歩し、妥協
しながら、じっくり関係を築き上げて行くべきなのだ。森が、「誇りある後ろ
めたさにしてくれ」と言う時、初めて共生(共に生きること)への一歩を踏み
出すことになるだろう。
それでは、今月はこの辺で。。☆彡
~高橋源一郎&濱野智史&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・11月)
~高橋源一郎&平川秀幸&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・12月)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2010年・4月)
「新しい公共」と他者への理解~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・5月)
理想を語り、現実を変えること~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・6月)
(計 6072文字)
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コメント
今日は力入っているねえー。
投稿: 友人U | 2011年7月30日 (土) 14時43分
> 友人Uへ

おっ、流石にこの記事の価値が分かるかね☆
ま、「今日は力入っている」じゃなくて、
「この日も」とか「この日は一段と」だけどな♪
って言うか、今日はマジメに読んだわけネ(笑)
投稿: テンメイ | 2011年7月30日 (土) 22時33分