外部被曝におけるベクレルとシーベルトの計算式(by IAEA)
時間に追われる中、前から引き延ばしにしたままの放射線記事を、軽く書
き上げておこう。原発事故から5ヶ月半経っても需要の多い話、ベクレルと
シーベルトの関係だ。
この問題については、3月半ばにアップしたロングセラー記事、「シーベルト、
グレイ、ベクレル~放射線・放射能の単位について」で扱って以降も、度々
言及して来たが、ベクレル(放射能)とシーベルト(放射線量、正確には実
効線量)の「物理的な関係式」(吸入や飲食を除く)については、一度も書
いてなかった。と言うのも、今の日本の状況だと、あまり実用的な話では
ないからだ。実際、マスメディアで正確に報じられることも(ほとんど)ない。
たとえば、当サイトへの検索アクセスを見てると、「○○ベクレルは何シーベ
ルトか?」といった質問文をよく見かける。これが、「○○ベクレルの放射性
物質を体内に取り込むと何シーベルトの『内部』被曝なのか」という意味なら、
かなり実用的な話で、もちろん当サイトでも度々書いて来た。身体の内部
で、長時間、至近距離から放射線を浴びることが避けられないからこそ、
重要な問題なのだ。
例えば、Cs137(質量数137のセシウム)なら、関係式は次の通り。
Bq(ベクレル数)×0.013(実効線量係数)=μSv(マイクロシーベルト)
ただし、こうして求めたシーベルトは、成人が飲食した場合の50年分の
被曝量(経口摂取による預託実効線量)で、子供だと別だし(年齢に応じて
不規則な変化)、1年分なら少し減る(以前のセシウム牛肉の記事を参照)。
ベクレルに掛け合わせる実効線量係数は、ヨウ素131なら0.022、セシ
ウム134なら0.019が、現在よく使われてる数字だ(別の説については、
以前のシーベルト記事参照)。
☆ ☆ ☆
それに対して、「○○ベクレルは何シーベルトか」という質問が『外部』被曝
に関するものなら、多くの市民にとって、ほとんど実用性はない。これはた
とえば、セシウム牛肉の「売り場」を通り過ぎるとどれだけの放射線を浴
びるか、というような話で、あまりに小さい値だからだ。そうでなければ、テ
レビでいわゆる「ホットスポット」(空間線量が異常に高い場所)の測定な
ど、気軽にするはずはない。
ただ、原発事故の現場処理の作業者とか、福島県の一部地域の住民に
とっては、小さい値とは限らないし、純粋に物理的・科学的な興味を持つ
人もいるだろう。あるいは、一部には、福島から来た人や物に近づくと危
ないような気がしてる人もいるようだ。心情的な側面もあるだろうが、正
確な知識があれば、そういった誤解や偏見を持つこともないと思う。
そこで、以下では、信頼できる公の文書を参照して、外部被曝における
ベクレルとシーベルトの関係を解説し、具体的に計算してみよう。ポイン
トは、放射性物質との距離、接近時間、遮蔽物(普通は空気)、これら3
つの要素だ。いわゆる距離の「逆二乗法則」、たとえば距離が3倍にな
れば線量は9分の1になるといった話を、厳密に定式化したものだと言っ
てもいいだろう。ちなみに逆2乗法則の基本的な話については、3月に
既に記事をアップしてある。
☆ ☆ ☆
出典は、IAEA(国際原子力機関)の2000年の文書、「放射線緊急事
態時の評価および対応のための一般的手順」(Generic Procedures
for Assessment and Response during Radiological Emergency)。この
日本語訳が、国の唯一の研究機関とされる放射線医学総合研究所に
よって、pdfファイルで公開されている。英語原文も簡単にダウンロード
可能だが、以下では基本的に邦訳を使用し、英語原文は補助的に示
すことにしよう。
全185ページの本格的文書の中盤、81ページから始まる「セクション
E 線量評価」の冒頭は、総実効線量を求める簡単な足し算になってる。
邦訳に続いて、参考までに原文も挿入しておこう。まさか著作権を問われ
ることはないと確信している。
要するに、全放射線量=外部被曝+内部被曝(呼吸&飲食)という当た
り前の話だ。ここから、「外部放射線からの実効線量」(つまり外部被曝)
を求める話へと移行する。もっとも基本的な、「点状線源」(狭い空間に集
まった放射性物質)の場合、その関係式は、次の通りだ。
これを見ると、線量はベクレル数(A)や被曝時間(T)に比例し、距離(X)
の2乗に反比例してるのが分かるだろう。表E1の換算係数というのは、
Cs137の場合、6.2×(10の-8乗)。Cs134なら、1.6×(10の
-7乗)、I (ヨウ素)131なら、3.9×(10の-8乗)だ。
また、「半価層」とは、線量を半分(0.5)にしてくれるような遮蔽物の厚み
のことで、物の種類によって異なるが、表E2で「大気」の項目を見ると、
Cs137なら0(ゼロ)とされている。これは0.99cm未満という意味だから、
多めに1.0としとけば十分だ。式の右上、「0.5」の部分は、遮蔽の効果
を示している。例えば半価層の3倍の「遮蔽厚」の遮蔽物があれば、0.5
の3乗倍、つまり0.125倍(=1/8)まで線量が減ることを示すわけだ。
☆ ☆ ☆
では最後に、具体的な外部被曝の実効線量を計算してみよう。4000ベ
クレル(=4kBq)の放射能を持つ牛肉から1m(=100cm)の場所に、
6分(=0.1時間)いたとすると、上の公式を用いて、次のように計算で
きる。公式の指定に合わせた単位の取り方に、注意して頂きたい。
これは要するに、ほとんどゼロということだ。この計算で大きい役割を果た
してるのは遮蔽の部分で、これを考え合わせるなら、線量は距離の逆2乗
よりも更に小さいことになる。ただし、これについては元の文書に、「遮蔽
は考慮できるが過小評価になるかも知れない」といった内容の話や、「遮
蔽を無視するためには遮蔽厚をゼロに設定する」という文も書かれてる。
そこで、遮蔽を無視して計算し直すと、2.5×(10の-5乗)μSv、
つまり、0.000025マイクロシーベルトとなって、ほんの僅かに意味の
ある数字となる。とはいえ、セシウム牛肉を大量に取扱った業者でさえ、
この10万倍程度の被曝だろうから、ほとんど実害は無いはずだ。
なお、原発の事故現場では、放射性物質が空気中(つまり身体のすぐ近
く)に大量に浮遊している可能性があるので、距離や遮蔽厚はゼロに近
づくし、ベクレル数も桁違いに上がる。すると、実効線量は数ミリ~数百
ミリシーベルトの危険域にまで達してしまうわけだ。もちろん、外部被曝以
外に、吸入による内部被曝も相当あるだろう。したがって、高性能な防護
服(つまり遮蔽物)に身をつつみ、時間を短く制限することになる。
☆ ☆ ☆
「ベクレル 危険度」とか、「ベクレル 危険値」といった感じの検索アクセ
スがよくあるが、ベクレルの値だけでは、危険かどうか分からない。放射
性物質の種類、距離、時間、遮蔽物に応じて、個別に計算・判断する必
要があるのだ。放射線の話は、きわめて定量的なものであって、しかも
計算の多くは単純な算数レベル。今こそ、目を背けず、みんなが正面か
ら向き合うべき事だろう。
それでは、今日はこの辺で。。☆彡
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
cf.原発から各地までの距離と、放射線の年間総量(by文科省データ)
放射線(放射能)の危険性と距離~2つの逆二乗法則(情報源明示)
雨の長距離ランニングで浴びた放射性物質の計算(by定時降下物データ)
原発事故評価レベル7と、セシウムのヨウ素換算値の計算(by INES)
福島原発レベル7の基準を読む~INES(国際原子力・放射線事象評価尺度)
なぜセシウムのヨウ素換算値は40倍か~放射性物質の計算理論(by INES)
被曝する年間放射線量すべての計算方法(自然・医療、外部・内部、屋外・屋内)
セシウム牛肉、食後1年間での内部被曝線量の計算方法(定積分&実効半減期)
放射性物質の半減期、壊変定数、質量(重さ)~微分方程式の初歩など
朝日の甲状腺被曝87ミリシーベルト報道の意味~実効線量と等価線量
WHO(世界保健機関)による被曝線量の推定(全国、年代・経路別)
義務教育における放射線・放射能~中学校・理科の教科書&副読本
(計 3834文字)
| 固定リンク | 0
「物理」カテゴリの記事
- ペルチェ素子による「冷温」効果のソニー「REON」POCKET 5、雑誌『LEON』(レオン)と同じモテ系オヤジの高価な流行り物か♪(2024.06.22)
- 水平回転と垂直回転のジャイロ効果の違いなど、ChatGPT4に質問した回答(『魔改造の夜』)&11km、休養でもランペース♪(2024.03.06)
- 冬(寒い日)にスマホの電源が急に落ちる物理的な理由・原因~電池の内部抵抗が増加、端子電圧が降下、保護回路が作動(2023.01.07)
- 量子もつれ(エンタングルメント)の実験的検証~ノーベル物理学賞2022、授賞・受賞理由(英文和訳)(2022.10.07)
- 家庭崩壊の恨みを抱く古芝=山上徹也、手作りの科学的武器で政治家の暗殺を計画~『ガリレオ 禁断の魔術』レビュー(数式解説付き)(2022.09.19)
「環境」カテゴリの記事
- 環境省「2100年 未来の天気予報」(by 気象庁&IPCC第5次評価報告書)(2018.09.01)
- 福島第一原発の汚染水、現状の定量的なまとめ(13年・夏)(2013.08.22)
- 丸2日間の山岳耐久レース、NHK『富士山トレイル161キロ』を見て(2013.05.13)
- 大気汚染物質の監視サイト、「SPRINTARS」&「そらまめ君」(2013.02.04)
- 外部被曝におけるベクレルとシーベルトの計算式(by IAEA)(2011.08.26)
「医学・医療」カテゴリの記事
- コロナ感染者数、第11波で下降トレンドを突破して上昇、ワクチン「定期接種」は10月開始か&「風邪」回復で短めのジム(2024.07.24)
- 39度まで急上昇した体温が丸1日で低下、コロナ抗原定性検査キットの販売店を探す間もなく&リハビリ小雨マスクジョグ(2024.07.17)
- アレルギー性疾患治療薬「オロパタジン塩酸塩OD錠」5mg、効き目はあるけど即効性なら冷やす方が上&痒みに耐えてまたジム(2024.07.10)
- 飲酒で顔が赤くなる人(アジアン・フラッシュ体質)は、新型コロナにかかりにくい?~佐賀大のネット調査研究(2024.05.23)
- ランニング中の転倒事故で広く出血、はじめての「湿潤療法」は、ラップの感触と傷口の見た目が不快で挫折・・(2023.11.05)
コメント