津波で死んだ妻の幻への情愛~柳田国男『遠野物語』第99話
昨日に続く猛暑の中、朝から夜まで一日中、仕事に追われる状況なので、
今日は手頃な話でサラッと終わりにしよう。大震災以降の当サイトでは、理
数系のマニアックな記事(特に放射線関連)が目立ってるが、今日は2ヶ月
前の寺田寅彦『津浪と人間』以来の、文学作品関連。日本民俗学の父とも
言われる、柳田国男の代表作『遠野物語』(1910年,明治43年,聚精堂
: しゅうせいどう)に関する簡単なコメントだ。
柳田国男(旧字体では國男、1875-1962)については3年前、哲学者・
鷲田清一に関する記事の中でほんの一言触れてるものの、他はまったく
無し。正直言って、名前、作品名、評判の高さしか知らなかった。おそらく、
似たような人は多いと思う。私の過去の経験上、一般に古典的名著と言わ
れるものは、実際に原著を自分で読んでる人は非常に少ないものなのだ。
特にネット時代になって、その傾向は強まってると思う。
今回、私に原著を読むキッカケを与えてくれたのは、例によって朝日新聞。
柳田の命日である8月8日の朝刊で、名物コラム「天声人語」が『遠野物語』
の一節について触れてたのだ。「名高い『遠野物語』に、津波で死んだ妻の
霊に、夫が夜の三陸の渚(なぎさ)で出会う話がある。・・・・・・珠玉の短章だ
が、怪異な伝承に投影された、生身の人間の切なさを思えば胸がつまる」。
上の私の引用で、「・・・」と省略した100字ほどの部分と、コラムの一番最
後に、手短なまとめが書かれてる。要するに、震災をめぐる生と死のあり
方に焦点を絞ってるのだ。しかし、これまた過去の経験上、引用文やまと
めというものは、実際に自分で読むとかなり違った印象を持つことが多い。
ちょっと気になったので、早速ネットでチェック。やはり、私の勘はハズレ
てなかった。確かに、震災と家族の話でもあるけど、それ以上にむしろ、
男女の哀しい恋愛物語だろう。。
☆ ☆ ☆
最初にアクセスしたのは、寺田寅彦の時と同様、合法的な電子図書館の
代表の一つ、「青空文庫」。101年も前の名著だから、当然あるだろうと
思ったら、意外にも見つからなかったので、国立国会図書館の近代デジ
タルライブラリーに飛ぶと、やはり公開されてた。ただし、特殊な画像ファ
イルになってるから、著作全体を見渡そうと思うとかなり重い。
目次を見ても分からないので、我慢して1ページずつ探して行くと、51番
目のファイル、元の自費出版本だと85ページから86ページにかけて掲
載されてる第99話(=九九節)
でようやく発見できた。「著作権
者許諾」で無料ネット公開され
てるものだから、トリミング画像
を縮小して個人ブログに掲載す
るくらい、問題ないと判断。左が
実物だ。「おおつなみ」とルビが
ふられてる漢字は、「大海嘯」
(だいかいしょう)。見慣れない
言葉だが、今だと、人気ゲーム
シリーズ『ファイナルファンタジー』
で使われてるようだ♪
遠野物語というのは、小説では
ない。岩手県遠野町(現在の遠
野市)出身の作家・佐々木喜善
(きぜん)が語る民話を、柳田が筆記してまとめた作品だ。
結局、男性主人公である村人の兄から佐々木が聞いた話を、柳田がまと
めたことになる。昔話とか民間伝承というものは、非常に間接的で曖昧な
形で伝えられるのだ。その辺りの事情については、遠野市HPの「『遠野
物語』発刊100周年記念」のページが参考になるだろう。
☆ ☆ ☆
肝心な、物語の内容は、寺田の時にも話題にされてた、「三陸大津波」
(1896年:明治29年)の後の怪談めいた話で、「遠野物語」全篇を通
して、この種の話が多いらしい(ウィキペディアより)。
妻と子供を津波で失った男(福二)が、元の家があった場所に小屋を建
てて、生き残った二人の子供と暮らすようになって、1年経過。夏の夜、
波打つ渚を通って便所(トイレ)に行こうとすると、霧の中に男女二人の
姿がある。女は、死んだ妻だったから、しばらく後を追って、名前を呼ぶ
と、振り返って微笑む。
相手の男も、同じ里で津波にさらわれた人で、朝日は「今は夫婦」としか
書いてないけど、実は原著だと、自分(生前の夫・福二)が聟(むこ)に
入る前に「互に深く心を通はせたりと聞きし男」なのだ。死後の世界の事
とはいえ、福二としては心穏やかではないだろう。妻を愛してた男なら当
然、激しく嫉妬してしまうはずだ。そこで、「・・・と聞きし男なり」の後、話
はこう続いて行くことになる(現在の表記に変更)。
今は此の人と夫婦になりてありと云うに、子供は可愛くはない
のかと云えば、女は少しく顔の色を変えて泣きたり。死したる
人と物言うとは思われずして、悲しく情なくなりたれば足元を
見て在りし間に、男女は再び足早にそこを立ち退きて、小浦
へ行く道の山陰を廻(めぐ)り見えずなりたり。・・・・・・
で、追いかけた後、家に帰ったものの、「其後久しく煩いたりと云えリ」、で
話はおしまいとなる。死人の亡霊と分かっていながら、いや、それだからこ
そ、自分の心の中で思い悩んでしまうのだ。そういった幻を見て、しかも動
揺、嫉妬してしまう、自分自身の存在に対して。。
☆ ☆ ☆
つまり、この物語は、「津波にさらわれた家族」への切ない思いよりも、「自
分のもとを去って昔の男と一緒になった妻」への悶々とした思いが強調さ
れてるわけだ。だからこそ、「子供は可愛くはないのか」と言う時、この世
に残していった子供は、という限定は付いてない。あの世もこの世も関係
なく、自分と共に作って育てた子供は可愛くないのか。つまり、自分との夫
婦生活、家族生活は忘れてしまったのか、と問い詰めることで、未練を示
してることになる。
もちろん、柳田の他の作品でも津波が扱われてるとか、事情は色々あ
るだろう。でも、この短い一節だけ普通に読むなら、古今東西に普遍的
な、浮気と未練をめぐる男女の哀しい物語なのだ。
ちなみに私も、現実と混ざり合った幻ではなく、夜の夢の中で、似たよう
な経験がある。覚醒時の意識からは隠されていても、睡眠時の無意識
では、つい本音が現れてしまうのだ。これが、おかしくも悲しい、人間の
姿というものだろう。
予想通り、また時間を取られてしまったか♪ それでは、また明日。。☆彡
(計 2587文字)
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