どの常識をどう疑い、何に立ち向かうのか~高橋源一郎&平川秀幸&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・12月)
(☆2013年2月3日追記: 遅まきながら最新記事をアップ。
~小阪淳&高橋源一郎&平川秀幸「論壇時評」(朝日新聞・12年12月) )
☆ ☆ ☆
朝日新聞、月末恒例の複合記事「論壇時評」。今年の年末は、去年以上に
慌ただしいので、きっちり論評する余裕もないのだが、ここまで20ヶ月続け
て来たものをあっさり途絶えさせる訳にも行かない。ほどほどの記事を書く
ことで妥協しとこう。
まずはお馴染み、記事中央の小阪淳のCGについて。先月は初めて絶賛、
記事タイトルに名前まで入れたが、あまりにタイトルが長くなるので、今月
は入れてない。そう、最初は書いてたのだが、やはり入れることにしよう。
今回も小阪がベストであり、全体を上手くコントロールしてるのだから。
「明暗」と題する今月の作品は、一見シンプルながら、非常に良い効果を
全体に及ぼしてる。つまり、言語的主張2つ(高橋&平川)がいつものよう
に左に傾いてるのを、非言語的作品によって少し、かつ柔らかく、中立側
へと引き戻す役割を果たしてるのだ。作者の制作意図はともかくとして。
地球をモチーフにした前回の作品について、私は「左」と「右」に着目して
読み解いた。それが適切だったことは、今回の作品を見ればハッキリす
る。前回は多義的で複雑な構図だったが、今回は単純明快に、地球を
「左」「右」に分けてるのだ。つまり、続編と言ってもいいだろう。
おそらく月によって、地球の左側に「暗」い影が出来てる。右側は「明」るい
三日月のような形。そこは、日本列島を含む東アジアと太平洋だ。明暗の
境界には、影によって柵のようなものが出来てて、最初は意味が分からな
かったが、多くの人間が大の字型に立って手をつないでるようだ。この人
間の鎖は、明るい部分に押し寄せてるようにも見えるし、明るい部分から
の攻撃をストップしてるようにも見える。
つまり一方では、「アラブの春」、金融危機関連デモに代表されるような、
人々の連帯運動の流れを、東アジアに広げようとしてる絵に見える。しか
し他方では、日本からの放射能、脱原発の動き、東アジア的な諸問題を
拒絶してるようにも見えるのだ。
決定的に重要なのは、人間の鎖が「暗」部となってる点。普通、明暗と言
うと、「明」の方が価値が上で、「暗」が下だ。人々が連帯する姿を、「明」
ではなく「暗」の側で描いてる所が、この作品の批評性をよく表してる。今
回の言語的な論者2人は、このCGをどう見ただろうか。。
(☆追記: ご本人の小阪淳氏がツイッターで紹介してくださった。)
☆ ☆ ☆
続いて、高橋源一郎によるメインの時評について。今回のタイトル、または
見出しは、「二つの『津波』」、「立ち向かうため常識疑おう」だ。
冒頭で持ち出すのは、『のらのら』という耳慣れない名前の、子供向け農
業雑誌。早速、農文協=農山漁村文化協会のHPにアクセスすると、絵
や写真が満載でカラフルな内容を少し見ることができる。「のら」とは、「野
良。お家の近くの田んぼや畑、野原、山、川、海辺。つまり、人がかかわ
る身近な自然のこと」だと、ふりがな付きで説明されていた。高橋は語る。
「親たちは、子どもたちの自然との格闘を、じっと見守る。そこに、教育と
いうものがある」。
ここまでは普通の自然志向の話だが、ここから急速に政治的な主張へと
話が展開する。高橋がこの雑誌を見つけた小さな本屋、「日本で唯一の
農業書専門の本屋」農文協・農業書センターでは、震災・原発とTPP(環
太平洋経済連携協定)の書籍・雑誌が、大きな棚にまとめられてるそうだ。
TPPや、大震災からの復興論に関して、農文協が警告を発する一連のブッ
クレットを、高橋は「津波」(震災の大津波&TPP)という言葉でまとめる。
「二つの『津波』には、共通点がある。どちらも、小さなもの、多様なもの、
ヒューマンな共同体を破壊し、なにもかも一様なものにしてしまうのだ」。
あるいはまた、震災を「奇貨」(珍しいチャンス)として、小さい農漁家に対し、
大規模・効率的な企業的事業主体へと仕事を明け渡すように迫る政府・財
界のプランを、「災害資本主義」だと批判してるらしい。
災害資本主義なるものが、普通の資本主義とどのような関係にあるのか、
分かりにくいが、それよりも、「2つの津波」の違いの方が目立つ気がして
しまう。実際、高橋も、彼らの批判を「正しいのだと思う」と認めつつ、「僕を
含めて都市の人間には、この二つの『津波』を同じ種類のものだと思える
感覚が乏しいのではないか」と語ってる。
高橋は、我々の側の感覚が問題だと言いたげだが、その論証は全く無い。
代わりに、農文協の他の雑誌『季刊地域』を取り上げて、震災に立ち向か
う態度を情緒的に絶賛するに留まってる。「全ページに怒りと、怒りをバネ
にした復興への決意、それを支える、冷静な考察と細密な現状報告があ
ふれる」。
議論の内容よりも、「長靴をはき作業衣を着た屈強な農民」に対するイメー
ジ的な美化が強いのでは、と感じてしまうが、元の文章を読んでないので、
私の批判もイメージ的なものにすぎないかも知れない。ただ、子ども向け
農業雑誌を冒頭に持って来たことを考えても、「当たらずとも遠からず」だ
ろうとは思う。
震災・復興・TPPに関する議論はあまりにも多様で、大量にあるが、それ
らの中で、本当に農文協の主張が際立って優れてるのなら、この高橋の
プッシュをキッカケに、それなりの地位へと浮上するだろう。高橋の文章
を読む限り、私には農家側の普通の議論だと思われるが、とりあえず今
後、お手並み拝見といった所か。その話とは別に、『のらのら』という雑
誌はそれなりにウケるかも知れないとは思う。
☆ ☆ ☆
時評の終盤で高橋が取り上げるのは、一転して、前年の時評担当者・東
浩紀の近著、『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』(講談社、広
報誌『本』の連載)。民主主義の理想は、熟議や公共的コミュニケーション
に置かれがちだが、それでは限界がある。そこで、新しい民主主義像、
政治像、国家像として、モデルを提示するのだ。
「熟議が閉じる島宇宙の外部に『憐れみの海』が広がり、ネットワークと
動物性を介してランダムな共感があちこちで発火している、そのような
モデルである」。
書名といい、このモデルの表現といい、東節が炸裂といった所だが、理想
的、あるいはより良いモデルの提示というより、むしろ現状の非常に大ま
かな描写に近いだろう。問題は、具体的細部と価値判断、そして予測性だ。
12月13日・夕刊の「回顧2011 論壇」でもこの著書を絶賛していた高橋
でさえ、このモデルの(進展の)実現可能性を疑問形で語るに留めてるが
(「・・・できるだろうか」)、それよりも善悪の問題の方が重要だ。
現状を追認し、さらにモデル提示で推し進めようとするのが、良いことかど
うか。例えば、「ネットの、より感情的な、より無意識に沿った世界」など、
既に肥大してるわけで、更に肯定的評価を加えて加速させるのが正しい
のかどうか。おそらく東なら、善悪ではなく変化の現実だから認めるべき
だとか、新しい道具は使ってみればいいとか、語るような気がする。実際、
昨年度の論壇時評はそういった主張になってたのだ。
しかし、現実にも新しい動きにも、善悪があるし、現実や新しい動きをあら
ためて語り直すべきか、そこにも問題はある。また、新しい変化にも多様
なヴァリエーション、選択肢がある。その場その場で、目先の新しい動き
に乗って行くのがベターとは全く限らないわけで、もう少し先、あるいは奥
にある動きをとらえるべきかも知れないし、実は現状維持という保守的選
択がベストかも知れないのだ。高橋も、E・トッドの反TPP論を引用しつつ、
自由貿易より保護貿易の方が優れてる可能性を示唆している(『自由貿易
という幻想』、藤原書店)。
末尾で高橋は、やや唐突に、次のようにまとめる。「襲いかかる『津波』に
抗するために、ぼくたちは、常識を疑ってかからねばならないのだ」。
しかし、何が悪しき津波なのかが本質的に重要だし、無数にある常識の中
でどの常識を疑うのか、そこも難問だ。すべてを疑うというのは、建前とか
理想論、あるいは空論にすぎず、疑うためにも常識が必要である。また、
疑うという同じ行為にせよ、その疑い方には相当な差異がある。疑いが直
ちに直接的攻撃や破壊につながるようでは、社会は成り立ちにくいのだ。
それらが正当化されるのは、悪役が自明とされる特殊な事例に限られる。
どの常識を、どう疑い、何に立ち向かうのか。先に熟慮してから行動すべ
きだとは、必ずしも言わない。しかし、行動の最中にも、自らを省みて、間
違いに気づいたら軌道修正することは必要だろう。風車に立ち向かったド
ンキホーテが評価されるのは、芸術作品だからであって、現実にそんな事
を行うようなら、左右や後ろにいる本物の敵に止めを刺されてしまうのだ。。
☆ ☆ ☆
三番目に、複合記事「論壇時評」の左側に位置するコラム、「あすを探る」。
今回のテーマは「科学」で、執筆者は科学技術社会論の平川秀幸。タイトル
は、「世界と結ぶか 3・11後の市民」だ。
まず、コラム全体の主張を一言でまとめるなら次のようになる。「原子力と
放射線に関する民主化を、世界の流れと共にこのまま推し進めていこう」。
ここでいう「民主」とは、ごく普通の意味で、政府、自治体、企業、専門家な
ど(だけ)ではなく、一般市民が主体となった状態を指してる。より具体的に
は、反原発デモ、測定器の購入&計測、勉強会、除染、グループ作りなど
のことだ。
原子力は核兵器・軍事とつながるものだから、公開性が制限されてるし、
一度「過酷事故」が起きれば、民衆の側に莫大な被害が出る。しかし今ま
では、地方にリスクを押しつけ、大多数が無関心のまま、そうした非民主
性を受け入れて来た。この態度自体も非民主的だが、もはやこれは許さ
れないし、実際に変化が生じてるから、たとえ困難であっても、このまま民
主化を進めよう、という訳だ。
平川の議論は、前回・6月の時もそうだったが、総論としては、普通の事を
手際良くまとめただけで、新しい主張や刺激的な考えが見当たらない。論
壇委員のコラムというより、普通の新聞記事の解説文みたいで、そこから
個別の事例の取材&説明を取り去ったようなものになっている。
名前と顔写真を出した、オピニオン・ページ掲載のコラムなのだから、もっ
と自分独自の主張を書くべきだろう。たとえば、今回の内容で一番重要な
点は、彼自身が分かってるのだから、そこに焦点を当てて突っ込んだ議
論をすればいいのだ。少し引用してみよう。
「危険か安全か、脱原発か否かの分断が生じてしまっている市民同士、家
族内でも、対立を恐れずに相手の意見を聞くこと、話し合うこと、その痛み
を引き受ける勇気が必要だろう。民主主義の根幹ともいえるこのことが、
今最も難しく、最も必要なことかもしれない」。
確信はまさに、ここなのだ。分断、対立を乗り越えること。この点、平川が
多くの字数を使って書いた部分は、「危険」とする側、脱原発の側の動き
がほとんどのように思われる。つまり、必要だと分かってる事を、自ら(無
意識の内に)避けてるのだ。逆の側の動きはどうなのか、そして両サイド
のやり取りの実情はどうなのか。そちらに焦点を絞れば、まったく違った、
内容のある議論になっていただろう。
平川の文章は、これだけ読めば、上手くて穏当な内容を持ってる。しかし、
それが掲載されてるのは朝日新聞であって、同じような内容が遥かに詳し
く、普段の新聞記事に書かれてるのだ。読み手の大部分は、朝日新聞の
読者なのだから、朝日が書かない情報、左傾した朝日とは違う主張を見
せて欲しかったと思う。もちろんそれは、読売・産経的な右傾の要求でもな
いのだ。
常識と呼ばれるものには、確かで安定的な価値があり、その意味で、平
川の常識的主張は、表面的に受け入れやすいものとなってる。けれども、
読者にせよ現実社会にせよ、もはや常識には収まらないものを必要とし
ている。無限の常識の中で、どれをどう疑い、それによって何に立ち向か
うべきなのか。結局は、各個人、各共同体が自ら考え、行動してみるしか
ない。つまり、「思考」錯誤と「試行」錯誤を重ねつつ、模索するしかない。
そのためには、様々な状況に対応できるポジション、姿勢、立ち位置が
必要となる。それこそ、ニュートラル、中立、自然体なのだ。そのあり方
をもっとも明確に、芸術的に見せてくれたのが、小阪淳のCGだった。次
回も記事全体の中央で、バランスを取る役割を果たして欲しいものだ。
では、今月はこの辺で。。☆彡
~高橋源一郎&濱野智史&小阪淳「論壇時評」(朝日新聞・11月)
~小阪淳&高橋源一郎&濱野智史「論壇時評」(朝日新聞・12年5月)
~小阪淳&高橋源一郎&平川秀幸「論壇時評」(朝日・12年6月)
~小阪淳&高橋源一郎&森達也「論壇時評」(朝日新聞・12年7月)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2010年・4月)
「新しい公共」と他者への理解~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・5月)
理想を語り、現実を変えること~東浩紀「論壇時評」(朝日新聞・6月)
(計 6285文字)
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