首都直下型地震、数年以内に数十%の確率・・(東大、京大、政府)
東日本はもちろん、首都圏で発生しそうな大地震についても、以前から時々
話題になってたが、ここ半月ほど大きく騒がれたことは無かっただろう。首
都圏に住む人々にとって、3・11東日本大震災の直後と同じくらいのイン
パクトがあったと思う。まず、信頼できる大手新聞社のニュースと東大地震
研究所のHPを元に、主要な情報をまとめてみる。
2011年9月16日 東大地震研究所・談話会
平田直(なおし)・教授、酒井慎一・准教授ほかの発表
「首都圏地域における地震活動度の変化」
2012年1月23日 読売新聞・朝刊
見出し 「M7級首都直下地震、4年内70%・・・東大地震研」
平田教授らのチームによる研究を報道。「首都直下を含む南関東
の地震の発生確率を『30年以内に70%程度』としている政府の
地震調査研究本部の評価に比べて、切迫性の高い予測」と書く。
各メディアが追随して、次々に報道。
1月23日夜 東大地震研HPが直ちに特設ページを作成、解説&釈明。
「2011年東北地方太平洋沖地震による
首都圏の地震活動の変化について」
要点を分かりやすくまとめると、以下の通り。
報道されてる内容は、11年9月の談話会の発表にすぎず、専門
家のレビューも受けてない。
地震研究所としての見解ではなく、所属する個々の研究者の個人
的研究にすぎない。
「示された数字は非常に大きな誤差を含んでいる」(原文のまま)。
計算には、11年3月11日~9月10日のM3以上の地震343回
を使用。
その後、11年12月までのデータを含めると、30年確率は83%
へと下がった。
誤差が非常に大きいので、「30年で98%とか4年で70%といった
数字そのものにはあまり意味がない」(原文)。
1月30日 毎日新聞・朝刊 平田教授インタビュー
「マグニチュード7のエネルギーは東日本大震災(M9)の1000分
の1ですよ。首都直下と予測したわけでもない。誤解を招きやす
い報道でしたけれども、関東地方の油断に警鐘を鳴らす意義は
あった」。
2月1日 朝日新聞・朝刊
京都大・防災研究所の遠田晋次・准教授が、12年1月21日まで
のデータで計算し直すと、M7以上の地震確率は5年で28%、30
年で64%になった、と報道。
2月6日 日経新聞・朝刊
東大・地震研チームが12月までのデータで再計算すると、首都直
下型地震は4年以内に50%以下になった、と報道。
(☆追記: 13日発売の『週刊ポスト 2月24日号』によると、日経
の取材を受けた酒井准教授は、50%以下とは答えてないそうで、
「まあ、(100%の)半分くらいですか」と答えただけとのことだ。)
2月9日 政府・地震調査委員会 (10日の朝日・毎日新聞・朝刊)
東大や京大の確率計算方法は精度が低いので、使わないことを決
定。30年で70%という数字も変更せず。仮に4年以内で計算すると
約20%とのこと。
☆ ☆ ☆
上の情報以外に、スキャンダル的な報道としては、日刊ゲンダイ(1月27
日)で平田教授が「5~7年以内に70%の確率でM7」と述べた事につい
て、週刊文春がインタビューすると、「ヤマ勘」と答えたというものがある
(2月16日号、8日発売)。ただ、これはいかにも週刊誌的な書き方だし、
見出しも「東大地震研 平田教授の『正体』」。あまり冷静な報道とは思え
ないので、聞き流しておこう。
さて、大手メディアの報道には、肝心の確率計算の方法がほんの僅かし
か説明されてないので、ここではもう少し突っ込んでみる。東大地震研
のページから、リンクをクリックして見れるのだ。
まず、政府の委員会が一貫して用いてるのは、信頼できるデータのある
1885年以降2004年までのM7程度(6.7~7.2)の地震の頻度で、
119年間で5回だから、平均発生頻度は23.8年で1回。一方、参考と
して、東大・京大も用いた「グーテンベルク・リヒター(Gutenberg-Richter)
の関係式」を使って試算してみると、約26年に1回となったから、ほぼ同
じ。よって、頻度23.8年を採用。確率統計学の「ポアソン過程」を適用し
て、30年で70%と計算したようだ。今後10年だと30%程度で、信頼度
はB(中程度)とも書かれてる。
ここで、ポアソン過程というのは、一定頻度の滑らかな発生の流れを表
す数学モデルであって、いずれ別の機会に数学記事を書いてみたい。
要するに、時間と発生の関係を数式で扱うわけだ。
(☆追記: 2日後に解説記事をアップ。
ポアソン分布(過程)による地震の確率計算(by政府・委員会) )
それに対して、グーテンベルク・リヒターの関係式は、余震の規模と頻度
に関する経験則を単純化したもの。たとえば東日本大震災の後、小さな
余震は多数あったが、大きな余震はごく少数だった。つまり、規模が大き
い余震ほど回数は急激に減る。これを、底(てい)が10の指数関数で表
すと、規模がM程度の余震の数をn(M)として、
n(M)=10の(a-bM)乗
=(10のa乗) / (10のbM乗)
(正確には、規模がM~M+dMの余震数をn(M)dMとする。
右側で掛け合わせたdMは、積分用の微小変化量。)
aは余震の活発さ。bは小さい余震の多さと深く関わる定数で、各本震ごと
にこの2つの定数を求めることになる。
最初のn(M)の式を、底が10の対数関数で表すと、
log n(M)=a-bM
さらに、規模M以上の余震すべての数(積算回数)N(M)を積分で求めるなら
N(M)=∫(M~無限大) 10の(a-bx) dx
=(-1/b ln 10)×[10のa-bx乗](M~無限大)
=(-1/b ln 10)×{ 0-(10のa-bM乗) }
=(10のa-bM乗)/b ln 10
≒(10のa-bM乗) / 2.3b
(ln 10はeを底とする自然対数で、約2.3)
仮にa=7、b=1とすると、M3以上が約4000回、M7以上が
約0.4回という計算になる。この場合、M7以上が1回起きても
不思議ではないのだ。。
☆ ☆ ☆
一方、東大・京大の場合は、グーテンベルク・リヒターの関係式の他に、
「改良大森公式」を用いて計算している。大まかに言うなら、本震からの
時間にほぼ反比例して余震の数は減るという公式だ(大森房吉の公式
を宇津徳治が改良)。
時刻 t における、単位時間あたりの余震の数を v(t) 、比例定数Kとして
v(t)=K / ( t + c )の p 乗
pは1か、それより少し大きな値、cは通常0.1日以下だから、要するに
K / t 、つまり時間に反比例する式に近いわけで、それを少しだけ小さく
修正して実状に合わせたものと言える。ちなみにpが無いのが「余震の大
森公式」。おそらく、「震源距離の大森公式」の方が有名だと思う(距離=
初期微動継続時間×約7、単位はkmと秒)。
結局、グーテンベルク・リヒターの関係式はM7以上という規模に関わり、
改良大森公式は4年とか30年という時間=期間に関わるとイメージしと
けば、それほど外れていないだろう。。
☆ ☆ ☆
なお、マスメディアが触れてない微妙で重要な点は、地域設定の問題だ。
毎日新聞で平田教授は「首都直下と予測したわけでもない」と語ってる。
元の9月の発表では、「首都圏地域」となってたのを、読売が「首都直下」
と書き直した、と言いたいのだろう。
元の談話会の発表が見当たらないから何とも言えないが、「首都」は東
京のみ。「首都圏」は、東京・神奈川・千葉・埼玉・山梨・群馬・栃木・茨城
の全体(または少し絞り込んだ地域)を指す言葉だ。
政府の調査委員会では「南関東」で、pdfファイルから縮小コピーさせて頂
くと、下の赤い点線内のことだ。首都圏の南東部を大きくまとめた領域で、
5つの赤丸が過去119年のマグニチュード7級の地震(右下の赤丸は単
なる説明)。左中央が、唯一の「首都直下」、明治東京地震(1894年)。
5つとも、南関東の東寄りになってるのが分かる。
なお、上図の左側で、赤い点線内に紫色の「関東地震」(1923、関東大震
災)が書き込まれてるが、これは別のタイプ(大正型関東地震)であり、今後
30年の確率もほぼ0%(信頼度B)なので、計算データとして使われてない。
☆ ☆ ☆
最後に結局、一連の報道・発表をどう受け止めるべきなのか。2月11日
の朝日新聞・朝刊、シリーズ「耕論」では、「『4年で70%』の衝撃」と題し
て、地震研究者・阿部勝征、メディア論・隈本邦彦、荒川区長・西川太一
郎の3人の談話をまとめてある。
普通、このシリーズでは、3人の立場がかなり違っていて、強い論調、柔
らかい論調、独自の論調となってることが多いと思うが、今回はみんなほ
ぼ同じ主張。要するに、地震に備えるキッカケとして、一連の報道には意
義があるということだ。細かい数字の違いなど枝葉の問題ということらしい。
この中で一番気になったのが、隈本・江戸川大教授の「いずれも高い確
率であることは変わりません」という言葉。聞き手の太田啓之記者のまと
めだから、実際の表現と同じとは限らないが、「4年で70%」と「5年で28
%」では大違いだ。天気予報で降水確率28%と言われると、傘を持って行
く人は少ないはずだが、70%ならかなり増えるはず。これほどの違いを
同じものとして扱うようでは、地震の予測への信頼が失われてしまって、逆
効果も大きいだろう。専門家がオオカミ少年になってしまってはダメなのだ。
それはそれとして、もちろん、備えが必要なのは確かだろう。自分自身が
諦めるとしても、自分の家の崩壊が他人に与える影響は考えるべきだと
思う。その意味で、「4年で70%」という報道は結果的に多少の効果をも
たらしたと言えるが、こんな事を続けてるようではいけないのだ。
ちなみに読売新聞HP内を探してみたが、4年で50%以下とか、5年で28
%といったニュースが見当たらない。代わりに、「今の時点で再試算する
と、発生確率はもう少し低くなります」とだけ書いてある(2月3日)。自社
のやや不適切な報道を正当化する形になってるのだ。
では、読売はどうすべきだったか。記事を掲載する直前に、平田教授らに
確認すれば良かっただけだ。そうすれば、「4年で50%」という記事になっ
て、適度なインパクトと正確さを併せ持つ警告記事になっただろう。
では、今日はこの辺で。。☆彡
P.S. その後、読売新聞は2月16日・朝刊の解説欄で続報を掲載。
再計算で数字が下がったことを伝えたが、大見出しは「地震確
率 備える契機に」となっており、自社の当初の報道を正当化
している。こうした読売の報道に対して、池上彰は、朝日新聞の
2月24日・朝刊で厳しく批判した(「新聞ななめ読み」)。
P.S.2 『週刊新潮』2月9日号では、地震予知に批判的な東大大学院
教授、ロバート・ゲラーが、平田教授らの計算を否定した。
(2011.3.11 東日本大震災当日の感想)
(計 4426文字)
| 固定リンク | 0
「科学」カテゴリの記事
- T・DK、トラちゃんウサちゃん50mバトンリレーで勝利!、熱い女性リーダーと社長・会長の応援で(NHK『魔改造の夜』)(2023.10.28)
- 科学技術週間(4月半ば)に文科省が毎年配布、「一家に一枚」巨大な科学ポスター(A3版、2005年~)(2023.10.11)
- 民間のispaceの月着陸船、月面100mの高度から自由落下?、地球の1/6の重力による衝突時速と落下時間&細切れの走り(2023.04.27)
- 近代ロケットの父・ゴダードの名言「昨日の夢は、今日の希望であり、明日の現実になる」、英語出典(『ROCKET MAN』)(2023.03.08)
- 日本人を新型コロナウイルスから守るファクターXの1つ、ヒト白血球抗原HLA-A24~理化学研究所の論文発表の簡単なまとめ(2021.12.15)
「社会」カテゴリの記事
- 賭け事ぬきの頭脳スポーツ・ゲームとして若者に人気、企業もサポート~麻雀人口の推移(レジャー白書 2023)(2023.12.09)
- ハトの群れに車(タクシー)が突入、鳩1羽ひき殺した運転手を通報・逮捕、産経の続報が冷静かつ抑制的で最良、TBSは名前と顔出し動画(2023.12.05)
- 宝石店襲撃を店員1人が刺股(さすまた)で撃退する動画、専門家のお勧めは、数人での対応と安全に逃げること優先(2023.11.28)
- 遊園地・テーマパーク人口の推移、新型コロナによる激減から急回復~『レジャー白書 2023』(2023.11.25)
- 道交法改正で電動キックボードの車両区分は3種類、速い一般原付自転車、免許不要で最高時速20kmの特定小型、6kmの特例特定(2023.07.03)
コメント